青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS (135)ブルックナーコーアの気にかかるどうでもいい事

<<   作成日時 : 2016/01/23 06:10   >>

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Über den alten Bruckner-Chor
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今年も暖冬だと思っていたら突然こんな雪景色になってしまいました。
これが太陽の光で溶けて、道が濡れたまま夜になって凍ってしまうと、翌日はツルッツルの恐ろしい路面氷結となってしまうんです。


さて、昔のウィーン少年合唱団から始まってしまった今年ですが、ついでにここでもやっちゃいます…ごめんね。

blume-0071.gif von 123gif.de 不可解な動画  
          Ein rätselhafter Film

去年のある日、友人からこんな動画が届いて、これを見た時・・・・・



アメリカでの録画で、1972年の12月とあり、凛々しい少年たちの立ち姿や歌声も素晴らしく、ソリストのベック君やルカに似たような素敵な団員がいるので、アングルベルガー隊がまたアメリカ公演にでもに行ったのかと思いました。
しかしどのように見てもその他の団員たちはあのクラスの少年達の誰にも匹敵していないのですよね。

手短な日本語で72年組に詳しいオーストリアにいる友人に聞くと、これはアングルベルガー隊の声ではないだろうというお返事が返ってきました。
いただいた72年組のコーラスを何度も聞いていたにかかわらず、私にはその違いはいくら何でも聞き分けが出来なかったな。

それにベックに似たような少年はどの隊にも居そうだという意見です。
私も、この動画でルカに似た凛々しい少年を見つけ、胸がときめいたのですが、彼が第二ソプラノの場所で歌っているのに疑問を抱きました。
なぜならルカは、アングルベルガー隊は合唱の調子を確かめるために良く僕たちの声の高低を確かめていたにもかかわらず、最後まで歌い手たちの持ち場が変わらなかったのですと教えてくれていたからです。
この動画の指揮者もアングルベルガー氏とは違う気がしていました。

私は当の本人たちに聞くのが一番だと思って、世間話のついでにこの動画をルカとアングルベルガー氏に送りましたが、二人ともそろってこれには返答が無く(自分たちのクラスでは無かったので重大に取られなかったのか、それとも私の聞き方がいい加減だったのか)・・・・いつの間にか、なぜか忘れられてしまったのです。
偶然には恵まれていたものの、昔から熱心に後を追い掛けまわす情熱は持ち合わせていないので、素敵な動画とは思いつつ、一度問い合わせただけで、其のうちに私も忘れてしまいました。

ところが友人の最近のブログコメントでこの動画がまた話題になり、私は改めてこれについてある72年組の元団員の方に聞いてみたところ、彼らは1969年の12月から1970年の1月までアメリカで演奏旅行をしていたとのことで、偶然にもこの方からルカが送ってくれたのと同じ写真が送られてきて、1970年1月11日という撮影された日付まで書いてありました。
アングルベルガー隊は日本に来る前の年は、オーストリアとドイツでの演奏旅行があったそうなんです。
ルカったら1971年と1970年と取り違えてるみたいだし、甲府の舞台で幕とともに椅子が上がってしまった場面(記事99)をドイツの舞台だったよといって来たリ、何だか彼の記憶もプッ夫クンのに類似していそうだわ。
増してやメールの回を重ねる度に、私たちは両方ともどんどんと出会いの根源のウィーン少年合唱団から遠退いて行っています。
ま、43年も前のどうでもいいようなことに拘っている私の方がおかしいのでしょうが、この不可解な動画に関してはルカの隊ではないと分かって、うやむやが晴れてすっきりしました。

blume-0071.gif von 123gif.de 隊の名前
Der Name des Chors

さて、もう一つあるのですが、じつはウィーン少年合唱団の今の隊の名前に前から疑問を持っていたんです。

1972年のルカとのお別れで(記事108)ファン活動からすっかりご無沙汰していた私は、ネットをやりだす最近まで、隊は以前の様に指揮者の名前で呼ばれていたのかと思っていました。
ところがYouTubeで動画を観るようになってから、それぞれのクラスが4人の音楽家の名前で呼ばれるようになっているのを知りました。
へ〜ぇ、いつからそんなことになったんだろう・・・とは思っていましたが、今の様にウィーン少年合唱団に詳しい人達を知っていたわけでもなく、知る手段など全然無かったので、寛容(実はいい加減)にそのまま受け入れていました。
今はね、みんながコメントでいろいろ教えてくれるのでとても嬉しく思います。

さて、ネットで3年前に再会したウサギちゃん(記事12)とはそんな話題は出なかったし、このブログに出てくる来日組の元団員氏達は、すでに初めからその作曲家の名前の隊で歌っていたしね。

それで、もう昔の話はうんざりするかもしれないと思いつつも、話のついでにまた合唱団の今の名前についてルカに聞いてみました。

すると親切にもちゃんと答えを返してしてくれて、1972年当時はアングルベルガー隊、ハラー隊、タイマー隊、ネイダー隊の名前だったけれど、ルカのクラスが日本公演を終えた後に、ブルックナーコアと言う名前に代わり、他の隊もシューベルトコア、モーツァルトコア、ハイドンコアと呼ばれるようになったんですって・・・・・・・・きっと、指揮者の移り変わりが多くなったので、いっそのこと隊を確固とした名称にすることにしたのかもしれませんね。

そうだったんだ、

ルカは去年来日したブルックナーコアの大先輩だったのね。

( ↓これは2015年に来日したブルックナーコアの動画です。)
https://www.youtube.com/watch?v=E3vvf7ybbfA&feature=youtu.be

そうしたらYouTubeで聞いて感心していた1983年の来日クラスが何隊だったのかも興味が湧いてきました。

それで、オペレッタのウィーンの森の物語の「ミッチー」の役をした可愛い女の子?(記事100)に聞いてみたんです。

すると、キャァ〜 「僕はブルックナーコーアでした。」と言う答えが戻って来たんですよ

  3曲目のハイドンのハレルヤは72年組も歌っていたのね。

上の動画は余りにも何度も聞き返し見たので、知らないまでも見慣れてしまった団員達に目を向ける余裕が出て来てるんですよね。
すると今度はこの隊の少年たちの歌っているどの表情にも愛着を感じます。
一生懸命指揮者に目を向けて、腕を後ろに組んで歌う、これが彼等の昔からの健気な姿でしたよね。
最初の子守歌の場面で、ソロの後ろでハミングに合わせて眉を上げたり首を振っているのも可愛いね。
72年組までの様に、私が実際に経験したかったクラスの一つです。

こっちは別に隊に拘るつもりはないけれど、このクラスがルカの時代に繋がっていたブルックナーコーアと聞いたらすごく嬉しくなってしまい、おまけに舞台ではあなたはとても可愛かったよね(本当だもの)って、つい調子に乗ってしまったらこれにはものすごい反応が返ってきたので益々喜々としてしまったんだわ。

「うわぁ〜、思い出させられちゃったな。
そりゃぁ、もう33年前のことだよ。 
(多分青少年のころの事でしょうね)は恥ずかしかったけれど
今ではそれをとても自慢に思っているんですよ。」

そして、聞いたら私のブログにこの写真を載せてもいいよって・・・・。
画像

「僕にはシュリンツとかいうニックネームがあったらしいけれど、どうして?」
「さあね〜、私はその頃は日本にいなかったから知らないわよ。」
「きっと、日本のファンは僕の苗字が発音できなくて、それに僕がいつもニヤついていたからなのかなぁ」

笑ったぁ〜
どうして彼にこんなニックネームが付いたのか誰か教えてくれませんか?

此処で追記なのですが、コメントを読まない方の為に
それにあの天才ソリストのチェンチッチのいた89年来日組もブルックナーコーアだったそう。

そのエマヌエル・チェンチッチのいるブルックナーコーアのドキュメンタリーの動画を添えておきますね。
あの時代はまだ手を後ろに組んで直立不動で歌っていた頃。
(はぁ〜、団員たちが腕を後ろに組むことにへばりついています)

此処に出てくるオペレッタは69年組も演じた「カリフのガチョウ」です。
それにシュトラウスのワルツやポルカが素晴らしい水準の高い合唱で次々と聞こえてくるのも嬉しい動画です。
・・・・それに、最後まで楽譜なんて手に持ってないっちゃのよ〜ん。


あ、そうだ、今のブルックナーコーアの事なんだけれど、失敗、失敗!!
もし私がまだ熱心なファンだったならですよ(もしルカがいたならばね)・・・・申し込みに11日間遅かったんだけれど、ウィーン少年合唱団のホームページに、ブルックナーコーアを追っかけてブタペストに行こう、なんていうツァーがあるんです。
Zweitägige Fanreise nach Budapest im Februar
2月に二日間のファン旅行でブダペストへ

Zum allerersten Mal laden die Wiener Sängerknaben zu einer Fanreise ein: Wenn der Brucknerchor im Februar 2016 nach Budapest fährt, können Fans den Chor begleiten. Auf dem Programm stehen Probenbesuche, Workshop und ein Konzert - sowie ein abschließendes Meet & Greet.
ウィーン少年合唱団は初めてファンを演奏旅行に招待するんですってよ。
ブルックナーコーアが2016年2月にブタペストに行く演奏旅行にファンがついて行っても良いんですって。
プログラムには練習の時間や彼らのワークショップ(何するんだろう)、コンサート、そして会見式に参加できるんですって。
http://www.wienersaengerknaben.at/jart/prj3/wsk_website/data/uploads/downloads/BLAGUSS_saengerknaben_A4_v3.pdf

2月20日から22日までで、ホテルは四つ星のこれ。
http://hotel-marmara.com/

ダブルのお部屋で一人349ユーロ(5万円ぐらい?)
ツァーに含まれているのは昼食と夕食(飲み物なし)が一度(これって朝食付きかね)。
リストアカデミーの案内と練習見学。
ブダペスト市内観光。
上カテゴリーのコンサートチケット。
コンサート後の団員達との交流会。
ウィーンとブタベストへ高級観光バスでの往復。

条件として、25名以上の参加・・・ですってよ。

あはは、結構アジア人ばかりの申し込みだったりして・・・。



2016年3月22日:此処で追記です

初めてのペンフレンドのウサギちゃんが自分の(身)代わりに紹介してくれたハラルド(記事46)はフロシャワー隊だったと判りました。

そして驚いた事に、ハラルドは自分が変声した1968年のアフリカ演奏旅行はアングルベルガー隊だったと教えてくれました・・・・・・・と言う事はですね、フロシャウワーさんの後を引き継いだのはアングルベルガー氏だったと言う事、つまり64年組もブルックナーコアって事になるんですよね。

ちなみにハラルドはルカもプレフェクトのハネスも知らないそうです。
時代が違ったか・・・。


もう一人、「ウィーン少年合唱団員でした」の記事の96年来日組の元団員の方はモーツァルトコーアだったそう。

この組のステージマナーは、ある一部のファンにとっては、残念ながら余り印象が良くなかったと聞いています。
この記事(84、86)にも、彼はクラスで一番の腕白共と同じ隊に入れられたって書いてありましたね。
でもこの動画を見る限りはみんな立派に舞台を熟しているように見えますが、重なる演奏旅行でたまたま疲れていた日でもあったのかなぁ。
オペレッタのヨゼフ役の背の高い少年なんて、話す声は男の子其のものなのに、歌う声の鈴の様な高くて澄んだ響きにはびっくりですよ。



それにしてもこのころからは舞台で楽譜を持つようになったのかしら。
記事の元団員の彼はこのオペレッタでは村の男性の一人を演じていますが、自分がウィーン少年合唱団員であったことをとても誇りに思っています。
これはどんなことがあっても、生涯消えない人生の一部になっていつまでも残っていますと言ってくれました。

日本への演奏旅行についても、もう来日の前からそこでのファンの歓迎が暖かいという事を聞いていたそうです。
すでに2年前に1994年来日組のハイドンコーアが日本での歓迎ぶりについて話しているのを耳に挟んでいたとか。
自分のクラスの仲間とも話し合って、心構えをしていたそうですが(あら、なんて可愛らしいんでしょう)、まさかあんなにすごい歓迎を受けるとは思っていなかったそうです。
「どんな小さな地方の街でもファンがバスの見送りをしてくれました。
 僕自身の印象としては日本もそのファンたちもとても良いものです。
 基本的には非常に尊敬すべき、そして礼儀正しい方々に日本で出会う
 ことが出来たのです。
 誰かが厚かましかったと言う印象はこれっぽちもありませんでしたね。
 それに、いったい誰が人気者になりたくないものでしょうか?
 子供の頃は永遠に近いほどのエネルギーや忍耐力でもって
 聞かれる質問に答えていました。
 でも、大人になってしまってから追い掛けられたりすれば、それが迷惑
 に感じてしまうのかもしれませんね。
 知らない人が遠くから望遠カメラで撮った写真を送ってくれたりしたと
 きは子供の頃は素敵に思いました。
 でも、今さらそういうことがあれば、オォ、僕は後を付けられている、
 ストーカーされている、待ち伏せされている、と感じてしまうのかも
 しれませんね。
 子供の頃はそれが嬉しかったことも、大人になると不審に変わって
 来ることもあるものです。」
彼は当時の日本のファンに対して、誰からも迷惑を掛けられる事はなかったし、嬉しい事ばかりあって、とても良い思い出ばかり残っていますと教えてくれました。

何だか彼に何隊だったのか聞いたら、いつの間にか話がファンの事になってしまったけれど、これはいつかストーカーについて話した時の名残かも知れないな。
今度はもっと楽しいお話に持って行かなくちゃね。


ところでハンス・クロックのマジックショーを見てきましたが、どうやったらあんな風に簡単に人を消したり替えたりできるんだろう。
いくら考えても不思議で仕方ないんだわ。

blume-0071.gif von 123gif.de おまけ  

オーストリアの国務長官が若くてカッコいい〜〜
Der österreichische Außenminister ist so jung!.

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セバスチャン・クルツ氏・・・・27歳ですってよ

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何しろカッコいい〜〜
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コメント(32件)

内 容 ニックネーム/日時
>この不可解な動画に関してはうやもやが晴れてすっきりしました。

結局どうにもやもやが晴れたのかわからないのだけれど、これは70年代でなく90年代の映像だと思うわ。
私が個人的に知ってる子が映ってます。彼は94年に訪日した子。もう1人、メガネの子も90年代に見たことある顔だわ。ベックに似た子は似てるだけでベックじゃないし。鼻の形が違うわ。おそらく92年頃の映像かしら?

72年組がブルックナーコーアだというのは、聞いたことある気がしてたから、やっぱり記憶違いじゃなかったんだね。ありがとう。
何年も前にWSK内の人から、ブルックナーコーアはいつも優秀というのを聞いたことあるの。なぜそうなんでしょうね。83年は確かにすごかったよね。全員ソリスト級だったそうだからね。
ちなみにツェンチッチのいた89年もブルックナーですよ。
Pfirsichchen
2016/01/23 20:47
こちらも雪が降って来ました。大寒ですから雪が降る。当然のことですね。雪国ですから・・

WSKのオールドファンの私、でも20年ほど前からコンサートに行ってません。

’96年、当時小学生だった娘をWSKのファンにしようと連れ立ったのですが、「興味ない。もう来なくてもいい。」と言われ、団員のステージマナーを見て「あれ?なんか違う。私の知るWSKではない。」と違和感を覚えました。それでも2年に一度の楽しみ!と思い直し’98年も行ってみましたがやはり昔のWSKではないと再び感じて、それ以来行ってません。’00年に行った従妹も「がっかりした。」と言ってました。
 
以前は世界一なんて言われましたが、歌に対しては私は素人なのでよくわかりませんがいまは普通の合唱団!なんて言われているようです。

近年毎年来日公演ありますが、’02年に私が住む街に来てくれましたがそれ以来ありません。
あっても行かないと思います。
私にとっては永遠の’64年組です。その’64年組にお友だちがいるponko様が羨ましい限りです。でも誰でしょうね。

オーストリアの国務長官、若い&イケメン!
こんなに若い大臣なんて考えられません。当選回数で大臣を任命している部分がありますから・・
越後の雪椿
2016/01/23 21:51
Pfirsichchenさん
うっひょっひょ〜、チェンチッチのいた89年もブルックナーコ−アだったとは何という偶然なのかしら。
83年組は動画でしか聞いたことが無いけれど、舞台での態度といい歌唱力といい、ウィーン少年合唱団としての本当の水準の高さを覚えますね。

一番初めの動画に関しては、
う〜ん、最初にこの動画を見せた時に94年の来日組だって教えて呉れりゃよかったのにぃ〜。
ルカに似た子がいたから見るたびにずっとドキドキしていたのよ。
だって、あの子がハッキリ見られる動画なんて他に無いじゃないの。
そういう意味でのうやもやだったってわけなんだ。
でも、さっぱりして気が楽になったわ。
このクラスも上手いと思うんだけれど、ハイドンコーアだったって事なのね。
ponko310
2016/01/23 22:45
越後の雪椿さん
そうね、名前からしてもあなたは雪国のレディーなのだと察せられるわ。
20年もウィーン少のコンサートに行ってなかったんだ。
私を上回っているじゃないですかい。
96年組は、其のうち再編集で書きますが、観客の方もがっかりした舞台があったそうですね。
せっかく楽しみにしていたのでしょうにとても残念に思います。
昔は3年に一度の来日だったのが2年に一度になり、今は毎年来日しているなんて、驚きでした。

64年組の時は私たちはごく感受性の高い年齢だったんですよね。
指揮者が優秀で指導も上手だったのでしょうが、やはり思春期に聞いた天使の歌声は特別な響きで私たちの心に焼き付いてしまっているのだと思います。
64年組の元団員・・・結構明るい髪の少年でしたよ。
そちらにコメントを送りますね。
ponko310
2016/01/23 23:08
さっきのコメントで、この動画が94年訪日組のメンバーなんて一言も言ってないですよ。
この動画に94年に訪日した知り合いの子が1人いるだけ。もし彼が訪日前にコーア移ったとしら、彼だけが94年組かもしれないしね。もう1人見たことある子は日本には行ってないと思うし。行ったとしても92年?単なる想像だけどね。
在団中に何かの事情でコーアが変わることもあるからね。
Pfirsichchen
2016/01/23 23:37
あらら、また私のお得意の早とちりが出てしまったかいな。
何はともあれ、94年に来日した子が映っていると言う事で、あれはルカの隊ではないと判ったのが最高のインフォメーションです。
あ、でもルカかと思ってドキドキ出来た時間が有った事、得しちゃったわ。
ponko310
2016/01/24 00:58
ponkoさん まずお詫びします。そもそも私の思い込みから始まったことだと思います。お騒がせして申し訳ありませんでした。まさか90年代とは思いもしませんでしたが、アメリカには毎年行っているようですから、いつの年であってもおかしくなかったのですね。12/00/72という数字に惑わされました。← 言い訳ですが。<m(__)m>

それにしても、最後の動画は悪意に満ちていますね。いったい誰がこんなものを作るんでしょう。作ってどうしたいのでしょう。理解できません。

先日東京都内にも雪が降りましたが、私の住む地域ではまだ降っていません。私もponkoさんのような雪景色の庭を撮影したいです。

83年組の彼の写真はご本人が送ってくれたものですか? あのオペレッタはミッチーもキプフェル親方も他のすべての配役も最高です。今も楽しんでいますとお伝えください。
maa
2016/01/24 01:47
maaさんの思い込みのお陰でずいぶん楽しませてもらったし、記事にもなったのでかえって喜んでいるくらいなんですよ。
でもこうやってみんなから助けてもらえるって、ネットってすごいですね〜。

この最後の動画はやっぱりmaaさんにも快く映らなかったでしょう?
意図がよくわからないんだけれど、其のうちに消されるんじゃないかな。

レネ君のあの写真は会話の途中で彼が調子に乗って載せてくれたものなの。
ブログにもらうよって聞いたら、もっちろんじゃないかってお返事が有って、動画の場面については「僕はあのコンサートには満足していないんだ。僕の仲間たちも本当はもっと出来栄えの良い舞台が見せられるんですよ」って書いてあったわ。

maaさんの言葉を伝えておきますね。
何かまた謙虚な事を書いてくるかもしれないけれど・・・。




ponko310
2016/01/24 02:38
最初の動画ですが、本当にアメリカで録画されたのでしょうか。。。?
と、言うのは、少年達の立っている後ろの金色の屏風。ナンカ日本っぽい、気がするのですがネェェ。

オーストリアの大臣さん、うっふっふ。
この人も右翼系イヤ失礼、愛国者の間違いでした。
日本の腐敗臭するバカ政治家共、とっととヤメロ!!

韓国の少年達ガンバレ!
ただ、韓国の文化をむりやり持ち込まないでね。
おかめねこ
2016/01/24 04:39
おかめねこさん
ナ、なんじゃ、このコメントは!!
初めは良かったけれど、だんだんラジカルになって来たじゃん。
オーストリアは小さいからそんなに難民を受け入れられんのだと思うよ。
彼のクラスでも半分は移民の歴があったそうだからねぇ。

こんなところで日本の政治家に足蹴を喰らわそうとしてもなんの役にも立たないんじゃよ。
此処で喚いてもただの自己満足に過ぎないでしょ〜がぁ。

韓国の少年達も日本の少年たちも、他の外国の少年たちも、それぞれ健気に頑張ってるよ。
でもまさか、自分の文化は持ち込むチャンスは無いでしょう。
だって、みんな合唱団の厳しい流れに従って生活してるんだもの。

ponko310
2016/01/24 06:56
    カタカタ〜♪
  || ̄ Λ_Λ
  ||_(∀`  ) 美しき歌声・・・
  \⊂´   )
    (  ┳'

隊というと、零戦オタクの私は、もうちょっといかつい隊を思い浮かべてしまいますが、合唱団の「隊」には、もう少し素敵な、芸術的名づけの理由がありそうですね。

私は昨日かおとといか、「なるほど」のブログ玉をつけました。いつも、二回は読み直してからコメントさせていただいているので、遅れてしまってすみません。
驚いたのブログ玉を投げるとしたら、オーストリアの国務長官に対してかもしれませんね。
ちょっと日本じゃ考えられませんよ、27歳でイケメンで国務長官なんて。日本だと27歳では、そもそも政界に進出すること自体困難な気がします。

それにしても、画像で何年組とわかるってすごいです。
それも考えてみたら「驚き」ですね。逆に当事者のルカさんがちょっぴりアバウトなのが、それはそれでほほえましかったりして。。。
ねぎ
2016/01/25 22:12
うわっ!寒そうですね。
こちらも数年ぶりの大寒波で、今朝は顔が痛かったです。
ponkoさんも、霜焼けponkoさんにならないように気をつけて下さいね。
って、ハンサムな国務長官さんのおかげでponkoさんの周りの温度は上昇してるかも?
なんて(^_-)-☆
YUKARI
2016/01/25 22:40
本当のコアのファンなら動画を見てどこの何年来日組なんていうのはすぐに判るみたいよ。
私だって64年組から72年組までならはすぐにわかるもの。

う〜ん、ねぎちゃん・・・微笑ましくてもアバウトのルカって困るのよね。
でも、最近もっとアバウトになってきてるのよ。
MollofBerlinでの写真を送ったら、「君はブランデンブルグの女性よりもベルリン女性に見えるね」だって!!!
何それ、私は日本女性なのよ!!
これってもうひどくアバウトじゃない?!
これには驚き玉と笑い玉をいくらつけてもつけたりないんだわ、わっはっはっは。

私もあの若くて綺麗な国務長官にはおったまげてブログに載せたのよ。
こちらでは17歳から車の免許書を取れることになったしね。
結構みんなしっかりしているんだわ。
負けないようにお互いに頑張ろうね。
ponko310
2016/01/25 23:14
YUKARIさん
そっちは顔が痛くなる寒さね〜・・・。
こっちは目が凍っちゃう寒さだったのよ。
今また氷が溶けて来ているわ。
今日はまた冬の終わりみたいな穏やかさで、いったいなんて言う変な気候なのかしら。

ハンサム過ぎる国務長官さんは私には若すぎて霜焼け予防の役は立たないわ、ウフフ。
でもルカのユーモアで笑い転げているので体はポカポカです。
ponko310
2016/01/25 23:30
お久しぶりです

実際はすごく寒いのでしょうが、綺麗な雪景色写真♬
私の住んでいる場所は、あまり雪が降らない土地なので、雪景色には少しだけ憧れますが、ニュースを見ていると何処も大変そうです。
この前聞いた話の救助された人は、偶然落ちてきた屋根の雪で顔から下が埋まってしまい、死を覚悟した…とか。
こ、怖い…
ponkoさんはもう雪との生活には慣れているかもしれませんが、お気をつけくださいませ。
それにしてもponkoさんのブログは、毎回美男子が拝見出来るのでこちらもドキドキしてしまいますね次回も楽しみです♬
yukitake
2016/02/01 10:21
yukitakeさん
余り雪が降らない温暖な地方に住んでいるあなたが羨ましいです。
雪は見ている分にはいいけれど、雪掻きとか、溶け始めのベチャベチャ道とかそっちのほうが・・・若いうちは気にならなかったんですけれどね〜。
今回もハンサム達が出て来たでしょう〜。
近くに中学校や高校があるので、私の周りには華やかな若い美男美女がいっぱいでルンルン気分ですよ。
早く春にならなかなぁ。


ponko310
2016/02/01 17:45
姐さま
こんばんは
今回の記事で、WSKのオペレッタ復活を願う私の気持ちが、更に燃え上がりました。
でも現実は、、、
やはり国際化も影響しているんでしょうね。
今だったら字幕の設備もあるし、より楽しめそうな気がしますのに。
ミッチーちゃん、女の子らしくて(?)本当に可愛い♡
チェンチッチさんの歌声は安定していて、初めてCDで聴いた時、大人顔負けのコロラトゥーラに圧倒された覚えがあります。
噂どおりの稀にみる逸材を実感しました。
若くてイケメン過ぎる国務長官さんには、難問山積のこの情勢の中、腕を揮って大活躍して欲しいですね。頑張ってー/~~~とついつい応援したくなります。

寒い中、お体に気を付けて下さい。
yuka
2016/02/01 22:32
yukaさん
オペレッタはみんな可愛らしかったわよね。
合唱団の国際化はやはり影響していると思いますよ。
でも72年組はヘンゼルとグレーテルの日本語のセリフを演奏旅行中のバスの中で覚えたって言うから、やれば出来ないことも無いんでしょうがね。
いや・・・あれは綺麗なファンの女の子たちの為に力んで頑張ったのかもね。
今はモスレムの団員の少年が女の子の恰好をして歌うなんて考えられないもの。

そう、目下戦争難民の問題で、ドイツもオーストリアも頭を抱え込んでいるわ。
此処に来ても西洋の文化に馴染めない難民が沢山いるの。
彼らが国に戻れるようにシリアに早く平和が戻ってくれればいいのに。
ponko310
2016/02/01 23:36
おはようございますはじめまして!
キンゴジュさんのところから来ました。
実は前からこっそりponkoさんのブログを読ませていただいておりました。

ウィーン少年合唱団との思い出、ロマンチックでとっても素敵ですね
ときめきます

私は最近ファンになったばかりですが、特にブルックナーコアが好きです^^

ブルックナーコアを追いかけてブダぺストに行きたかったです::

でも他の組もみんないいですよね!

まりこ
2016/02/10 07:50
まりこさん
いらっしゃい!!
あっはっは、こっそりなんて水臭いぞ。
これからもおしゃべりに来てくださいな。
此処の団員もファンもオールドばかりだけれど、孫みたいな若いファンも来てくれたら大切にしますよ。

ブルックナーコーアは20日にブタペストだから、同じホテルに個人で泊まっても会えるのよね。
こちらはファンがそれほどいないからおしゃべりもできるチャンスありかな。
どんな人たちがツァーに参加するのか興味がありますよ。
団員達よりもそっちの方が気に掛かる。

私はもうファン活動はしていないので、まりこさんみたいな若い人に任せます、えへへ。
ponko310
2016/02/10 09:31
おはようございます
ponkoさんありがとうございます
そう言っていただけて嬉しいです!

...私そんなに若くはないですよ〜^^:
でもウィーン少年合唱団のコンサートに行ったときだけは魔法にかかって10代になったつもりでいます(笑)

ブルックナーコアと同じホテルに泊まれて、お会いできたら夢のようですね!
ツアーに参加されるファン、私も気になります〜

ウィーン少年合唱団の過去のことも色々知りたいです!
また遊びに来ますね^^
よろしくお願いします

まりこ
2016/02/11 07:49
まりこさん
そんない若くはないって・・・けっけっけ。
それは別に言わなくてもいい事なんじゃ。
あっ、私も懐かしい団員達の事を考えるときは思春期に戻っているのでお相子ですね、うふふ。
ウィーン少年合唱団の古い元団員達も結構過去に戻っておしゃべりすることがあって、みんなに騒がれていた少年時代が懐かしく思うこともあるんですって。
でも、今の彼等にはもっと重要な仕事が目の前にあるので、私が突かない限りそんな話はしないの。
ただ、言葉を交わすたびに、ユーモア一つとっても彼らの知的さが判るわ。
やっぱり、優秀な少年達だったの。



ponko310
2016/02/11 08:12
ponkoさんお久しぶりです。懐かしい大好きなルネ君の写真があったのでこちらにお邪魔させていただきました。レネ君と言ったほうがよいのですか?私はどちらかわからなくてルネ君と言っていました。悪友とルネ君に会いに昔ウイーンに
行きました。優しそうなお母様にもお会いし手作りケーキをごちそうになりました。とても美味しかったのを覚えています。72年組の追っかけをして高輪プリンスホテルに行ったことがあります。そこで2人のファン友さんと知り合いになりました。そのうちの1人の方は72年組の団員とペンパルになったみたいです。それでウイーンに語学留学したんだ!
(今思い出しました。)30年以上肝心なことを忘れていました。72年組は私にとっては思い出の多い組です。
yuichann
2016/09/04 22:02
yuichannさん
うわぁ〜、ウィーンに行って上手くレネ君と会えたと想像します。
お母様にケーキをご馳走になったくらいなら絶対に会えましたよね。
彼とは今でも交流を保っているのかな。
私は彼とは会ったことが無いのですが、写真を見るとあの当時の面影が全く消えていませんね。

64年組の大ファンだけではなくて、懐かしい72年組の追っかけをしていたなんて、私にとっては何と嬉しい方じゃないですか。
72年組の事、何か覚えている事はありますか。
その隊が来た時に日本でペンフレンドを見つけた少年は何人かいるみたいですね。
そのことでルカが書いて来てくれたことがあるのですが、ここに書くチャンスが無くて・・・・。
72年組のファンのお話、私はとっても聞きたいです。

語学留学までしたその方、今はどうしていらっしゃるのでしょうね。
yuichannさんは亡くなってしまったペチェク君の事はまだ覚えている?
ponko310
2016/09/04 23:30
ponnkoさんお返事有難うございます。レネ君とは会えました。15歳になっていましたが来日した時のまま大きくなっていました。お姉さんのご主人様と姪御さんにもお会いしました。お人形さんみたいに可愛い子でした。彼とは交流はありませんがなつかしいです。ぺチェック君亡くなったと聞いてショックです。とても可愛い少年でしたね。72年組のプログラムに週刊誌の切り抜きがはさんでありました。ぺチェック君が東洋的な雰囲気の少年として紹介されていました。ルカ君もでていますよ。(たぶんあの少年だと思いますが?)ファン友の彼女は今帰国して家庭を持っています。10年ウイーンで生活していたのに残念です。ロスナーさんのお向かいに住んでいたんです。(ロスナーさんの持ち家を借りていた)彼女の家に遊びにいきましたがロスナーさんにはお会いできませんでした。残念!72年組のテープ(会場で録音したのか頂いたのかはっきりと覚えていません)をもっています。あまりよい録音ではないですが。知床旅情が好きですね!あとオペレッタで歌われた「さあ踊りましょう」(小学生の音楽の教科書にのっています)もすきですね。
ふるさと・春の小川の楽譜をプレゼント(ローマ字に直したもの)しました。
yuichann
2016/09/05 22:56
yuichannさん
またまた新しい情報をありがとう。
嬉しくて胸を高まらせながら読ませていただきました。
72年組に詳しいあなたがルカだと思う少年はきっと合ってるとおもいますよ、ウフフ。
同じ隊のファンが現れて楽しいなぁ〜。
残念ながら私の話はもうすっかりブログに出してしまったのでこれ以上記事に書けないのですが、yuichannさんの情報はきっと私の知らない事かもしれませんね。

お友達が10年もウィーンにいらして、日本に戻ったのはホームシックに掛かってしまったのかしら。
でもそこに幸せな家庭生活があるならそれに越したことはありませんね。ウィーンにはいつでも旅行できるのだもの。

ロスナーさん兄弟は昔、アウガルテンのそばに住んでいたという記憶があります。
でも会えなくて凄く残念だったわ。
以前のコメントで彼らに会えたと言うブロ友さんがいらっしゃいました。

それにしても15歳のレネ君はまだ可愛らしかったんでしょうね。
私が71年に会った元団員達はもうみんなムンムンの時期に入ってましたからね、可愛くなかったな〜。

本当に72年組の歌声は素晴らしいですよね。
歌うテクニックも洗練されているし、よくあれだけの難しい曲を歌いこなしていると感心します。
知床旅情、私も大好きで去年、来日した後輩のブルックナーコアの動画と一緒にルカに送ってみましたが、反応はありませんでした……かなしい〜😢。
自分が舞台で歌っていた思い出はそれほど楽しくなかったのかもしれませんね。
楽しんで懐かしんでいるのはファンの私達だけなのかもしれませんよ、あはは。
ponko310
2016/09/05 23:45
ponko様
私もロスナー兄弟の家はアウガルテンから歩いて行けるアパートに住んでいたと記憶してます。少女フレンドが自宅訪問した時の写真に末弟を抱っこしたお母様と弟、妹が載っていましたね。弟レオポルドは文通していた日本女性と結婚されたと雑誌で知りました。
越後の雪椿
2016/09/06 13:54
越後の雪椿さん
そうそう、それ。
少女フレンドの記事だったわね。
あの当時は「団員達のその後」なんかも随分記事になっていたのよね。
そういう記事は69年組当たりから少し下り坂になってきたのかしら。
何しろお金になることならどんな小さなことも載せていたものね。
64年組の頃はファンの熱狂ぶりも凄かったものね。
懐かしいなぁ〜、あの頃の話。
オジン達になってしまった元団員とオールドファンの思い出話を聞くのが楽しみなの。
そんなことがあったのね〜、って自分の知らない素敵な時間を垣間見るのも嬉しいわ。
ponko310
2016/09/06 17:26
ponko様
レオポルドなんて呼び捨てしていました。すみません。
そうそう、あのころ凄まじかったですね。自宅訪問なんて今やあり得ませんね。それにプログラムには名前だけで、苗字が載ってないので、ファンレターも出せない。
今思うと、少女雑誌ってファンが興味を持つような文を作って載せていたのではないでしょうか?
元団員に「こんなことあった?」と聞いたら「そんなことなかったよ!」と言うかも(笑)
越後の雪椿
2016/09/06 20:04
越後の雪椿さん
こちらでは名前の呼び捨ては普通ですからね。
むしろ「さん」が付いている事に慣れなければと頑張っています。
昔はなかなか海外旅行なんてできなかったから、海外のペンフレンドを珍しがって招待する家族がいましたけれど、今は簡単にどこにでも何度でも行けるし、外人が珍しくなくなっているんですよね。
そう言えばワルター君の家のゴムの木が枯れそうだとかいう記事を読んだようなことがありましたが、そんなことまでオーバーに書いてあったなぁ。
ponko310
2016/09/06 20:51
ponnko様
ロスナー家はアウガルテン宮殿の近くです。今はどうかよくわかりませんが。アウガルテン宮殿に行くときに家の前を通りました。レオポルドさんのお家のほうです。奥様が日本の方で、とても綺麗な方です。2人の可愛いお嬢さんがいらっしゃいます。69年来日組にも奥様が日本の方がいらっしゃいますよね。
今のプログラムは名前だけですね。昔は出身地も載っていましたね。オーストリア観光をするときに来日組の出身地に行ってみたことがあります。ガイドブックにも載っていないところでしたがまた機会があったら行ってみたいです。

yuichann
2016/09/06 21:35
yuichannさん
64年組のお話で、コメントだけでも新しいページが開けそうな感じです。
当時からのブルックナーコアの編集をしたくなってきた。
69年組の方が日本の女性と結婚したことは聞いたことがありますね。
誰にもドラマチックな経緯があってそのたびに感動します。

ウィーン少年合唱団員の多くが地方から来ていましたから、ガイドブックに載っていないところもあるのは察せられますが、彼らが毎週実家に帰ることは難しかったのでしょうね。

yuichannさんがこちらにいられるときはお知らせくださいね。
ponko310
2016/09/06 22:12

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(135)ブルックナーコーアの気にかかるどうでもいい事 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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