青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS (137) ウィーン少年合唱団の帽子 2:Kappe

<<   作成日時 : 2016/03/12 08:47   >>

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追記があります。
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上の写真とは関係が無いのですが、まず最初に、この2013年6月の記事で
(記事29 http://ponko3.at.webry.info/201306/article_11.html
ポズナン少年合唱団が1969年の来日の際にレコード録音した合唱が聞けるようになった事をお知らせします。
ポーランド民謡の「森へ行きましょう、娘さん」の後に来る「A Little Bird Flew By」なんてもう〜素敵で……

先日、ブロ友のヤマチャンが少年合唱団ファンの為に手を掛けて載せてくれたので、当時の歌声をお聞かせすることが出来るようになりました。
彼等の今の歌声もまだ、このレコードの水準を保っています。
もう、聞かないと損をするくらい素晴らしい歌声ですよ。
そして、後続の記事を読みながら、またポワ〜ンになりました。
ベルリンでのヴォイテクとの再会のエピソードも書かねば…ね。


2016年2月初旬

「What a nice surprise !」
ありゃりゃ、この驚きの言葉にはniceが入ってるんだわ。

42年ぶりにメールで再会した1972年来日組のルカの時は、私の突然の連絡にホントにビビッたらしくて、そんなものは入ってなかったんだけど。
「あなたがお元気でいられましたように」と続く挨拶の言葉は、まるで一年前のルカのメールを繰り返して読んでるみたい。

これは亡くなった友人と一緒に1971年のウィーンを訪問した時に、まだ専門学校でコックの卵クンだった元来日団員(67,69年組)のヴォルフガングさん(記事42 http://ponko3.at.webry.info/201309/article_1.html)から来た最初のメッセージです。

今回は幾らなんでも私の旧性なんか書いてなかったけれどもね。
でもこの人が送ってくれた、急いで書いたような初めての短い文章の最後には、ルカと同じように「私は今ちょうど仕事中なのです」と言い訳の様な説明が入っていました。

携帯を使っていると、メッセージが突然入った時には、すぐに返事をしないといけないという義務感や焦燥感にでも駆られるのかしらね。
う〜ん、私は携帯なんか持っていないから、誰かからメセージやメールが来ても、机の上のPCを付けないと読めない事になっているのよね。

さて、この方との初めてのネット再会も、やはり45年以上も過ぎてしまってからの事です。

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ルカとの様なお互いの心の交流は無かったにしろ、いつも友人のヤッコ(記事96:2014年12月)のそばにいてくれた懐かしい元団員の方でした。
記事54(2014年11月)を読んだ方は、元ウィーン少年合唱団員と元ウィーンの森少年合唱団員とが固い握手を交わした場面を思い浮かべてくれた?
あの時の凛々しい二人の少年達の姿を思い起こすと、この方もやはり何とも懐かしくて、当時に向かって心が揺れ動いてしまうのですよ。

けれどルカと同様、彼の「故郷のオーストリアから離れて遠い海外で新しい暮らしをしています」と言う、この意表を突いた知らせには、再会の嬉しさよりも、あぁ、またかと言う落胆のほうが大きいのでした。

私が心から再会を望んだ元団員達がようやく見つかったと思うと、その半分が揃いもそろって身近な隣国から遠く離れた外国に行ってしまっているんだもの。

確かに70年代の多くの団員たちが外国で仕事をしてみたいと答えていましたが、選りによってまさかこの二人が実行に移したとはねぇ〜。

2016年2月下旬

この方とは何度か短いメッセージの交換をした後、ウサギちゃんと同じ筆不精と言う事で、最近では手っ取り早い電話でのおしゃべりも始まっています。
自分たちの近況ばかりを話すのに時間を潰していたので、昔話など殆ど出ていなかったのに、先日ついに彼が来日組の団員だったことを思い出しました(アホか)
というよりも、最近の話が尽きたので、昔話が始まったって事なんじゃ。

そうすると、気軽に聞ける電話ではもっと当時の団員時代の事が知りたくなって、ウサギちゃんや72年組のルカやハネスの事を聞いてみました。

彼はウサギちゃんの名前は憶えていたんですよ…嬉しかったなぁ。
(ウサギちゃんがヴォルフガングの事を知っているかは会ってから聞くわ)
でも、数学と英語の教師のハネスや69年に正式の合唱団員になったばかりだった小さなルカの名前は知らなかったの。

それに反してルカにタイマー隊の団員の一人と再会したと知らせた時には
「タイマー隊ですか。 フム、ちょっと待てよ・・・僕たちはそんなに対面していた訳ではないので、あまりよくは覚えていないのですが、ソリストでコレッコ(ココ)がいました。 それからヴルストバウワー(リュートと呼ばれていたな)とビカン・クリスチャン。」 との答えが返って来たのです。

ビカンはクリスチャンじゃなくて、ルドルフだったのでルカの遠い記憶は確かではないのでしょう。
でも、彼の口から最初にヴォルフガングの名前が出て来るなんて、なんという思い掛けない偶然なのかしら。
有難うルカ、あなたはまだ知らないけれど、あんなに遠かった懐かしい思い出がこの言葉によって、また生き返っているの。
そう、たとえほんの短い間だけでもどんなに素敵な事なのかしら。

思うに、入団したばかりの少年たちは経験豊富な年長組には敬意を示していたけれど、先輩たちは他の隊の新入生には興味が無かったって事なのでしょうね。

そう、そうなんだわ、私はそれをすっかり忘れていたの。
ルカが書いて来たように、私達はあの頃、ヴォルフガングを親しくココと呼んでいたんだわ。
私にとって「ココとヤッコ」は一つの人称だったくらいなんですもの。

彼は日本から200通も300通もファンレターをいただいて、その何通かにはお返事を返せたけれど、結局のところ文通はヤッコだけとしか続けていなかったと教えてくれました。
でもいただいたファンレターにはすべて目を通しましたよって。

その話をした時、私は切手代が掛かるからすべてにはお返事なんか出来ないわね、と野暮な感想を言ったのですが、お金の事は念頭に無かったけれど、すべてのお手紙にお返事を書くなんて14〜5歳の少年は普通やらないでしょう、と・・・・
これ、64年組の人気者だったワルター・ピューリンガー氏がテレビで(記事3:2013年4月)言った事と同じなの・・・・腕白少年だった僕は他の事に気が向いていましたからってね。

ココは、あの時は手紙を書くのは好きではなかったけれど、今はその中の誰かと文通を続けていたら良かったと思っているそうです。
ケェ〜、 でもあなたって、筆不精なんじゃないのぉ〜 と、思わずベルリーナ シュナウツェ調に返してしまったんじゃわ。
すると、だからこうやって今、君と電話で話してるんじゃないかですって。
ちょっと、どこまで本気で話しているのか当惑。

ま、こんな感じの不真面目な会話ですが、これからは昔の様に彼を此処で団員時代の愛称のココと呼ぶ事にしますね。

驚いた事に、ココは自分がウィーン少年合唱団のHP「Hall of Fame(栄誉殿堂)」に載っていることを知らなかったそうですよ。
http://www.wienersaengerknaben.at/archiv/hall_of_fame

「でもあそこに書いてあることは確かではありませんよ。
 僕は1970年まで団員でしたからね。」

私は団員時代の話題はもう太古の化石だという彼に、懸命に当時の日本のファンにとって、あなた方がいかに立派な歌声の大使であったか、そして舞台上で輝く憧れの貴公子であったか力説しました。

お陰で受話器が唾で覆われて通じなく・・・・と言うのは嘘です。
彼はそれを聞きながら満更でもない笑い声を返してきましたが、人は経験によって思考が変わってしまうものだし、また環境や時期によって習慣を変えなくてはなりませんからね、と過去の栄光を薄衣でやんわりと覆ってしまいました。

彼の意見には同調しますが、そんな話には荒波の間から伸びている大人の道をずいぶん行ってしまっている今の自分達を認識せずにいられません。

団員時代は過去・・・でも、当時を語る私たちはその共通する青春の思い出の中では、みんなその時の若いままで構わないんです。

あの聡明なルカでさえ……「13年前に生まれて来てくれて感謝します。」と悪戯な言葉を書いて初めて送った誕生カードには、「僕を13歳に戻してくれてありがとう。」という素直に喜ぶお返事がありましたから。
仕事に追われる自分にも、とてもロマンティックな青春があったことを忘れてはいなかったのですよね。

未だに思春期気分だと言って笑う私に、ココも今までの経験をしっかり把握した上で、残りの自分は決して大人にはならないと意気投合してくれました。

そうそう、私の日本の友人から彼の団員時代の思い出話しを聞きました。
それは1969年のコンサートのある日の事でした。
彼女は紺の制服の団員達の練習風景を見学させてもらった後、帽子が綺麗に並んでいる控え室で、少年の一人と通訳を通して話をしていました。
そこには他にもファンが二人いたそうですが、丁度そこにコンサート用の白い制服に着替えた彼がノックをして入って来たそうです。
「失礼します。どなたかサインペンをお持ちではないですか?」と聞いて来たそうだけれど、その時の紳士的な彼のお辞儀の仕方や、表情はまだ忘れていないんですって。
カッコいいなぁ〜、私も礼儀正しいそんな彼の仕草を忘れてはいません。

「僕は今だってまだ紳士ですよ。」
それを聞いたココは、笑いながら軽い口調で返してきました。

「僕を疑うのなら噛みつきますからね、ガルルルル」・・・爆笑
まぁ、あの白い制服姿のココならそんなことは絶対に言わなかったと思うけれど、ウィーン少年合唱団員ではなくなってヴォルフ(狼)ガングの名前に戻った彼は、どうやら狼人間になってしまったらしいの。

あ、ルカがヴルストバウワー弟をリュートと言ったのも感違いで、彼らは普通にクりスチャンと呼んでいたそう。
彼とも結構仲が良かったんですって。

ヴルストバウワー兄弟にはもう一人、カールと言う名前のお兄さんがいて、ココのお兄さんと同じクラスだったそう。
ココのお兄さんは1961年来日組のランク隊で、あの映画の「青きドナウ」にも出演していたのですよ。
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よく気を付けて探したら、あの映画の中にヴルストバウワー兄弟に似たカール少年が見つかるかもしれませんね。

私はココにあの映画のお陰で今、ドイツにいる事になったの、と話しました。
そのついでに、あなたのお兄さんが関係していたって事なのね、と付け加えると、「僕も兄のお陰でウィーン少年合唱団に入ったんだ」と、二人してウィーンに居るペーター・コレッコに想いを馳せたのです。

コック長のココとのスモールトークの合間にはたまに料理の話も出てきますが、彼から教えてもらった簡単な夕食を作ってみました。
もちろん少ない方のお皿が私のですからね。
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生サケをフライパンでこんがりとバターで焼いて塩コショーしてから、そのままメープルシロップを掛けてカラメル状に絡めます。
ゆでたほうれん草とニンジンと獅子唐辛子とバターライスを添えました。
マッシュルームは甘酢に漬けてあります。

「サケが上手く焼けているし、形を整えたニンジンなど君は手を掛けたね。 試食が出来ないので60点だな。」とココからお返事が有ったのですが、とても美味しかったので自分で40点足して100点にしてしまったの

そのころベルリンには米国からアート・ガーファンクルが来ていたので、プッ夫クンは私を誘って彼のコンサートに行ってきました。
60年代に日本でもヒットしたサイモンとガーファンクルを覚えてますね?
残念ながら彼等はとっくに分かれて今は個人でコンサートをしています。
ココにその話をした時に、彼が思い掛けないように、、と小さな声を漏らしたので、どうしたのか尋ねました。
「君の話が済んでから」と言う、やはり人を立てる紳士的なココには嬉しくなりましたが、彼の話を聞いて、私の記憶にはすっかり消えていた思い掛けない情景が浮かび上がりました。

私達が彼の手作りのウィーナーシュニッツェルを食べていた時に、ラジオからちょうど「明日に架ける橋」の歌が流れて来て、私がサイモンとガーファンクルの名前を言ったと言うのです。
それまでは曲はそれとなく聞いたことが有ったけれど、「君が言ったから僕は覚えたのです。」と懐かしそうに言いながら、曲の一部を口ずさんでくれました。
その歌声が今のガーファンクルに劣らないくらい素敵だったの
ココはアルトのソリストだったけれど、大人の声はやや高めの感じです。
ココのあの歌声を聞いて、私はすっかり我を忘れてしまいました。
やっぱりあの人も私にとってまだ懐かしいウィーン少年合唱団員でした。
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ところで彼に卒業の時にもらった記念の帽子を持っているか聞いたのです。
するとココはそんな帽子はもらわなかったと言いました。

えっ、もらわなかったって・・・・・栄誉殿堂に出てる人なのに、う〜ん
彼は現代の卒業団員が帽子を記念にもらえることを知らなかったのです。

私はそれを聞いてあまりにも驚いたので、その頃はそんなしきたりは無かったのかもしれないと思い、今度は1983年に来日したルネ君にも聞いてみました。

すると彼も卒業の時に「すべて返しました。」と教えてくれたのです。

1983年組のソリストがもらってないって言う事は、もちろんルカもでしょうね。
どうなっちゃってるんでしょう 
あの頃の水準の高い合唱で世界にウィーン少年合唱団の名を広めて来た団員達は、今の子がもらえる帽子をもらっていなかったんですよ。
こんな事実があったなんて知らなかったわぁ〜〜〜。

ちなみにココは合唱団に電話して頼めば帽子をもらるって言ってましたけれど・・・。
私じゃダメだろうね・・・イヒヒ。


コック長としての貫禄たっぷりなヴォルフガングさんです。
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彼が右腕に腕時計をしているので、左利きなのか聞いてしまいました。
すると団員時代にタイマー指揮者が腕時計を右にしていたのに気が付いて、それがとてもカッコよく見えたので、自分も真似をしてみたのが今に至っているんですって・・・・・・こんなところにも団員時代の名残があるのね。
嬉しくなってしまいます。

2016年3月15日:追記

いただいたコメントの内容を、今日ココに伝えました。
彼はメープルシロップがカナダ産であることがちょっと自慢みたいです。
それにファンの方が、もう何十年も時を経ているのに、自分の思い出をまだ忘れないでいてくれるのに、それはそれはとても驚いていました。
嬉しそうにみんなのお名前を聞かれましたが、此処にあるのはすべて仮名だと聞いてがっかりしたようです。
ひょっとして昔いただいたファンレターのいくつかの名前を思い出すかもしれないと期待でもしたのかしらね。
でも声が少年のようにはしゃいでいるのがわかりましたよ、えへへへ。
みんな当時の記憶が戻ると若くなっちゃうのよね。


私はずっと昔に聞いたことのある、この古い日本の曲と詩がとても好き・・・

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コメント(32件)

内 容 ニックネーム/日時
あわや、ponkoさんの唾で受話器が沈没するところでしたね(ハァ〜、よかったです)
ルカさんの、僕を13歳に戻してくれてありがとう
って言葉も素敵(嬉しいし)ですし
ココさんの、これからは大人になりませんも素敵。
大人になりきった人からは聞けない言葉だから、嬉しいです(自分が言われた気になっている♪)
なんだかココさんって、とっても魅力的な方ですね(お料理上手で歌声もサイコ‐らしいですし☆)
ponkoさんのお料理もおいしそうですが、試食が出来ないのでやっぱり60点です。
100点にする為には、食べてみないと・・・ねっ!(食べたいな)
YUKARI
2016/03/13 01:32
ココさんがHall of Fameで歌ってるのは、アーノンクール指揮のステファニのスターバト・マーテルでしたね。私の大好きな曲。彼はアーノンクールが亡くなったことを知ってるのかしら?それとももう関係ないかな。

今は卒業後、帽子を貰えるのね、知らなかったわ。(忘れてただけかな。)
そういえば「青きドナウ」に出たショーン・スカリーでさえ記念に貰ったのに、当時の団員は貰えなかったのね。
Pfirsichchen
2016/03/13 04:46
YUKARIさん
受話器は危ういところで溺れずに済みました。
ルカもココも古い元ウィーン少年合唱団員たちはみんなエリートだったんですもの、紳士的なところを発揮して上手なお話相手になってくれています・・・・私相手じゃそれも時間の問題だけどね、エへへ。
サケの料理は簡単で美味しいからやってみたら?
友人がココの言ったとおりにニンジンのグラッセをメープルシロップで絡めてみたら、びっくりするぐらい美味しかったって。
おばあちゃまに作ってあげてみたら?
私はまた近いうちに作ってみます。
何しろ美味しかったんだもの。

ponko310
2016/03/13 05:59
Pfirsichchenさん
アーノンクールが亡くなったことは世界中で放送されたんだもの、ココは絶対に知っているわ。
私は彼がどんな音楽を好んで聞くのかまだ知らないけれど、「明日に掛ける橋」をサラッと歌えるんだからね。

帽子の事は本当にショックだったわよ。
何時頃からもらえるようになったんだろうね。
帽子と一緒に万年筆だか、バッチだか忘れたけれど何か一緒にもらえるみたい。
ショーン・スカリーはまだ帽子を持ってるのかしらねぇ。
ponko310
2016/03/13 06:09
サケの料理美味しそう♪私も作ってみようかな。
サケはムニエルのように小麦粉をふらないで
直接焼くのかな?
ココさん、69年のコンサートで曲目紹介していたのを
覚えています。お兄さんも似てますね。(^^)
サイモント&ガーファンクルも懐かしいです♪
でも当初はウルトラマンに出てくる怪獣の名前か?と
思っていました。(失礼!)
はっぴー
2016/03/13 20:17
はっぴーさん
ココが舞台で曲目を紹介していた事、全く覚えていないけれど、今度あなたが覚えていたよって知らせるね。
きっと嬉しいと思うに違いないわ。

サケはそのまま焼かないとカラメルにした時上手くいかないと思うな。
メープルシロップは日本では高いらしいけれど、美味しいから買う価値はあると思う。

え? 怪獣の名前だって、ギャッハッハ。
ponko310
2016/03/13 20:29
私も嬉しいです♪ぜひぜひよろしくお伝えください。
メープル、確かに日本では高価ですけど、
砂糖より体にいいので積極的に使いたいですね。(^^)
サケの料理も頑張ってみます♪
はっぴー
2016/03/14 09:42
はっぴーさん
あなたの言った事やサケのお料理も試してみるって、ココには必ず伝えるからね。
こうやって、また間接的にでも昔のファンが存在していることを元団員に把握させるのもおもしろいんだなぁ〜。
私達ばっかりが一方的に懐かしがってるなんて、フェアじゃないものね。
ponko310
2016/03/14 17:42
プッ夫さんとのコンサートにしろ、ココさんのお料理の話や、ルカさんとの「13年・・・」の会話と言い、海外の男性はまめで気が利き、器用でロマンチストだという感じがしました。
伯母様が接しておられる男性とのエピソード一つ一つが、電話でもメールでも会話でも とても「おしゃれ」なんですよね。
合唱団の男性は、合唱団に入るくらいなので、元々センスがいいのだろう、色んな意味でと思いますし、プッ夫さんは美しいものを見る目が非常に肥えた方だと感じます。
伯母様がうらやましいなぁ
ねぎ
2016/03/14 17:57
ねぎちゃん
今ね、私の好きなドイツ語のお陰でこんな素敵な人たちと知り合えたんだと気が付いたの。
思春期の頃にウィーン少年合唱団に憧れたために、今の自分があるんだなぁって思うわ。
腹の立つプッ夫クンとはとてもうまくいっているし(矛盾!!)、元団員達は魅力的なボーイフレンドだしね。
あなたの言葉を彼らに伝えるのが楽しみだわ。
そんな言葉をもらえる彼らはきっともっと魅力的になることに努力してくれるでしょうからね、イヒヒヒ。
ponko310
2016/03/14 19:55
記事29でポズナンの歌声を聴きました。でもこの記事にはコメントできませんというエラーメッセージが出たので、ここに書きますね。69年頃のポズナンの声を初めて聴いたけど、ソロがきれいで嬉しく成りました。きっと彼らの合唱は変わらずにいると思います。

さて、サケのお料理をやってみました。メープルの香りがサケの生臭さを消してくれて、風味のあるソースになって美味しかったです。メープルはすごいね。結構万能選手だと思います。

ねぎさんがおっしゃるように、ponkoさんの周りの男性は素敵だと思いますよ。いろいろな会話を楽しんでいる様子が伝わってきます。ルカさんがちょっと距離を置いて、メールでウィットにとんだ返事をくれるのも楽しい。個性がばらばらで、それでいて何か共通したセンスがあるように思います。
maa
2016/03/14 21:32
maaさん
記事29にコメントが出来ないなんてウッソォ〜みたいな驚きです。
でもきっと、一時期の事じゃないかな。
ポズナンの少年たちは何と言うか、まだ都会ずれしていなくて(あ、ベルリンと比べちゃいけないね)可愛いの。

サケのお料理が成功してこの上極まりなくニヤついています。
もう、絶対にココに言うわ。
ほうれん草入りのリゾットと一緒に食べても美味しいのよ。

会話の楽しい男性って、すごく魅力的よね。
どんな禿でもシワクチャでも、そんなの関係なく(ウヒヒ)中身の魅力に魅かれています。
昔、大手の商社から派遣されたオンブズマンと話したことがあったけれど、日本にもあんな魅力的な男性がいたんだ〜って、一晩眠れなかったわ。
頭のいい人は快いウィットに富んでるのよね。
ルカのウィットはたまに飛び過ぎて頭をひねるんだけれど・・・ね?
ponko310
2016/03/14 22:56
姐さまのブログには楽しい事はもちろん、悲しい事もあるけど、ひとつひとつかけがえのない大切な思い出がいっぱい詰められています。
それをこうして毎回読ませていただくこの贅沢。
今回もルカさんココさんや例の帽子話など楽しいやり取りに、懐かしかったりホッコリしたりと楽しい時間を過ごさせていただきました。
お好きだという「ゴンドラの唄」
調べてみたら、歌詞を平仮名にして文字数を数えると
「いのちみじかし こいせよおとめ あかきくちびる あせぬまに」
7文字、7文字、7文字、5文字 になります。
これは「都々逸」(どどいつ)と同じ法則になっていて、声に出してみると心地よいリズムを感じるのだそうです。
他にもこの法則が使われている曲があるとか・・・。
「そういうことだったのか」とひとり納得でした。
(もしかして、姐さまは既にご存じだったかも知れませんね?)
そうそう、過去ブログで話題になったJ・シュトラウス管弦楽団情報ですが、鬼に笑われる覚悟で来年の話です。
来年も「ニューイヤーコンサート」で来日予定です。
また聴きに行きたいな〜(^^)


yuka
2016/03/15 00:05
文字数が制限超えたかと思って、少し打ちなおしてもう一度コメントボタンをクリックしたけど、やっぱり駄目でした。一時的なものかしら。
ルカ氏のユーモアは頭の体操と思って、脳細胞を刺激してください。若返るかも知れないですよ。

残りの自分は大人になりません・・・て、いい言葉ですね。人生の重さをわかっている人からそんな言葉をきくと嬉しくなります。
ホウレンソウ入りのリゾットはどうやって作るの? リゾットはお米を洗ってスープを足しながら作るやり方をしています。ホウレンソウは初めから入れたらとろけちゃいますね。今度教えてください。
maa
2016/03/15 00:22
yukaさん
ゴンドラの歌のそんな秘密?が有ったなんて知るわけなかったけれど、口調が良いのは感じてました。
日本語は言葉を選んでそういう遊びが出来るから楽しいのね。
それにしてもそこまで調べるなんてyukaさんは勉強好きなんだなぁ。
私と反対だわ・・・・反省。

来年、シュトラウス管弦楽団がまた日本に行く予定なのね。
ワルツのファンにとっては嬉しい情報ね。
私がウィーン少年合唱団だと間違って買ったCDに彼らの演奏が入ってたの。
楽しんで聞いてるわ。

私も昔から人の思い出話や経験談を聞くのが好きだったから、こうして自分のを書いてみたの。
後で読んで懐かしさがまた戻って来るから嬉しいし、あなたが読んで退屈しのぎになってくれるのも嬉しいな。

ponko310
2016/03/15 01:12
maaさん
もう一度試してくれたのね、ありがとう。
他の方からのコメントと、私が返したお返事はちゃんと反映しているのにおかしいなぁ。
一時的なものだといいけれど・・・。
何はともあれ、ポズナニを聞いてくれてよかった。

リゾットはまずみじんの玉ねぎをオリーブ油で炒めて、色が軽く着いたらお米を入れて透き通るまで炒めるの。
三分の二まで煮詰めた白ワイン(私は甘さのあるのを使ってる)をお米の量の半分いれて水気が無くなるまで炒めます。
それから野菜スープをお米の量の1.5倍入れて、ほうれん草をその上からかぶせてふたをして細火にして焦げ付かせないように煮るの。
こちらのほうれん草は日本のよりもがっしりしているので、それでうまくいくけれど、日本のは煮上がってから入れて混ぜても良いような気がするわ。
こりゃ〜、一度、maaさんと一緒に作った方が良いかな。
ponko310
2016/03/15 03:19
ponko様
現在のウォルフガング氏の写真アップありがとうございます。長い年月が経ちましたがウィーン少年のころの面影残ってますね。今はカナダでコック長ですか。彼の料理食べてみたい!
現在ショーン・スカリさん、どうしているのでしょう。
サイモン&ガーファンクルの歌好きでした。CD持ってます。


越後の雪椿
2016/03/15 19:22
越後の雪椿さん
ココの面影、すっかり残ってるでしょう。
彼がまだ元気で暮らしていることがわかってとても嬉しく思いました。
私もまた彼のヴィーナーシュニッツェルが食べたいわ。
ショーン・スカリー・・・元気かな。
プッ夫クンもS&GのCDを持ってるの。
もう素敵な曲が沢山聞けて幸せです。
ponko310
2016/03/15 21:02
夜な夜なお邪魔します。
一度では済まないのです。ココの画像ありがとう。ひと目で美味しい料理を作りそうな人って思います。

ゴンドラの唄、大正時代のラブソングですね。大好きですよ、私も。
黒澤明監督の「生きる」という映画の中で、余命いくばくもないとわかった主人公が、公園のブランコで一人つぶやくようにこの歌を歌います。日本の映画史上に残るシーンだと思います。
父からもらった歌集にのっていたので、子供の頃から歌っていました。黒髪の色あせぬまに、心のほのお消えぬ間に、今日は再びこぬものを・・・ 日本語は美しい!

リゾットの作り方、どうもありがとう。ホウレンソウのタイミングだけ変えて作ってみますね。ホントにponkoさんと一緒にお料理したら楽しいでしょうね。これから春キャベツ、新玉ねぎ、新ジャガ、お野菜がどんどん美味しくなります。
maa
2016/03/15 22:15
キャァ〜、maaさん、また来てくれたぁ〜。
やっぱりmaaさんもこの古い歌が好きなんだ。
嬉しいなぁ・・・・。
こういう日本語はもう使われていないんでしょうかね。
以前此処に来た女の子が自分の事をボクって言ってたので時代が変わったと思いました。

リゾットが美味しくできますように。
生のアスパラガスのリゾットも美味しいのよ。

私はmaaさんと一緒に、ポズナンやドレスデンやトマーナやウィーンの少年合唱団をベルリンで聞ける日がいつか来ることを願っています。
だってベルリンにはいろんなコンサートがあるんだもの。
ただ、一人じゃ腰を上げないの。
ponko310
2016/03/15 22:36
ココさんの写真をありがとうございます!
見ていて思ったんですが、外見がどんなに変わったとしても目は変わらないというか目を見ると以前のココさん(だったりルカさんも)を思い出すんじゃないかと思いました。
魔法使いじゃないから若返る事は出来ないけれど、若い頃を感じられるのはスゴい発見だな♪なんて思いました。
右手に時計をして左手はポケットに、ココさん様になっていますね☆
今度はココさんのお料理も見てみたいです。
ponkoさんVSココさんのお料理対決もいいですね(ス‐パ‐マンVSバットマンみたい!?)
YUKARI
2016/03/17 13:33
大切な思い出の方々と今こうして再び繋がり、交流のあることが素敵で羨ましく思います。
ponkoさんの人柄なのかなぁと考えながら、自分もponkoさんのような人になりたいなぁと改めて思うのでした。
yukitake
2016/03/17 14:42
yukitakeさん
コメントをありがとう。
思っていた人と繋がりの出来るネットの時代にとても感謝します。
でも、文通も良かったけれど、ネットだからこそこうして簡単に交流できるようになったんだと思うわ。
人柄よりネットだからなんじゃないかしらん・・・ぶつぶつ・・・。
今、スミカスミレの動画を見てるの。
なんかキュンと来る内容で、わびし〜〜〜。
ponko310
2016/03/17 21:22
YUKARIさん
そうなのよね、目は変わらないのよね。
あ、目玉は変わらない・・・ウフフ。
ココやルカの目は近くで覗き込んだ事なんか無かったから、と言うよりも目をじっと見て話した事なんか無かったから、送ってくれた写真で見るまで本当はどんな色か判らなかったの。
二人の目がとても綺麗な色をしていたのには胸キュンでした。
ココが盛り付けの写真を送ってくれたら嬉しいんだけれど、仕事をしている時間に写真なんか撮っていられないわよね。
料理の対決は私はココには負けるわ・・・ゲームでは負けないんだけれどな。
ponko310
2016/03/18 08:51
ココさんの近影ありがとう♪お歳を召されたけど面影はありますね。思い出をシェアできてよかった。(^^)
私もココさん自慢のシュニツェル食べたいな。
はっぴー
2016/03/19 21:33
はっぴーさん
ココは友人とホームパーティーをするときはシュニッツェルも作ってるの。
オーストリアのお団子もあったな。
ココのシュニッツェルをもう一度食べたいのは私も同じだな。
シャキッと噛むときのあの感じ・・・よだれ〜〜
ponko310
2016/03/20 05:56
こんばんは。
ヴルストバウワー君兄弟の情報ありがとうございます。
昔、何か雑誌でヨハン君にそっくりなお兄さんがいると読んだ事があります。
カール君っておっしゃるのですね、それも61年組みだったとは。(61年組の知識はありませんが)
『青きドナウ』、もう一度しっかりと見てみたいですね。
でも三人揃ってなんて羨ましいです。

ココさん、ほんと昔の面影が。
同窓会やっているなら皆さんの写真見てみたいです。

こうしてBlog拝見していると一気に昔に飛んでいけるど、現実はと言えばなかなか戻りたくないとじたばたしてます。
夢見る夢子ちゃんの頃は良かったですね。
しんのすけ母
2016/03/21 20:22
しんのすけ母さん
お久しぶりの声、嬉しいです。
あ、カール君は61年来日組にはいなかったようですが、ココのお兄さんと同じ隊だったそうです。
61年来日組には64年に来日したピヒラー君のお兄さんもいて、彼も青きドナウの映画に出演していたんです。
其の3人の団員達が判れば面白いわね。
私はヨゼフ君が好きだったなぁ〜。

何でも、3年前に元団員達の同窓会があって、フロシャウワーさんも来ていたそうですよ。
私もみんなの合同写真が見たいので機会があったら聞いてみますね。

現実は大人の世界ですからね・・・でも、ココが言うように私達、すべてを大人にしなくたっていいんじゃないかな、ね?
せっかく元団員たちも引き込んだんだから、みんなで輪になってヨイヨサノヨイヨサって、回って転んで大笑いしましょ・・・・キャッハッハ。
ponko310
2016/03/21 22:27
ponko様
私も64年組の同窓会の写真が見たいです。
ぜひ手に入れて公開してください。
待ってます。
越後の雪椿
2016/03/26 20:09
越後の雪椿さん
3年前の合同写真の事を聞いてみましたよ。
それに参加したハラルドは写真を撮らなかったそうです。
残るはココですが、まだ聞いていません。
64年組の方はメッセージに書いた通りです。
ルカやウサギちゃんは参加していなかったようだし・・・64年組はやはり幻のままに留まるのかな。
レネ君のいた83年組のは見たことがありました。
でも、もし手に入ったとしてもそれを個人のブログで公開することはできないでしょうね。
だって、ネットでの公開写真ではないでしょうし、写っている人に承諾を得ることは不可能だと思いますから。
ponko310
2016/03/26 20:41
ponko様
そうですね。今や昔と違ってなんでも勝手に公開できる世の中ではないですよね。
お返事ありがとうございました。
越後の雪椿
2016/03/27 06:12
越後の雪椿さん
ウィーン少年合唱団員であった男性たちがよく言う言葉は、団員でなくなった自分はただの一般市民です、と言う言葉です。
ウィーンの歌の大使として舞台に立っている間はその姿が公共の場に反映されるのは当たり前でした。
でも、それが終わった後は普通の人になるんですよね。
記事の135でも元団員の男性が言っていたように、印象も変わっていくのかもしれません。
ま、人によってそれぞれですが、個人的に写真の交換はしても、それをネットにまで公開されるのはごめんです、と言う人の方が多いのでしょう。
私自身、ここにある自分の写真はもう見分けがつかないずっと過去のものですものね、えへへ。
ponko310
2016/03/27 07:59

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(137) ウィーン少年合唱団の帽子 2:Kappe 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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