青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 141 ウィーンの街の顔と魂 2

<<   作成日時 : 2016/06/18 00:23   >>

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春のウィーンは寒かった ……今回はチロルじゃないです。

それにこのページは、また古いウィーン少年合唱団に戻っています。
ファンじゃない人には面白くないページじゃからね。

はぁ〜・・・へばりつき病の再発じゃ〜・・・・・助けてぇ〜



これは1967年の頃、セキルンの休暇寮で全団員が集まった時のもの。
クリックすれば大きくなるようにしておきましたが無断転載は勘弁ね。
でも、個人的にダウンロードして保管するのは大いに歓迎です。
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もちろんオールドの方はもうこの写真を知っているでしょう?
記事の46と同じ写真をウサギちゃんがカラーで持っていたんです。
ブログに載せると知って団員時代のアルバムを用意してきてくれました。


さてと、私達がウィーンに来た時は、ちょうどアイスハイリゲンと言う
ちょっとばかり小寒い晩霜の時期に当たっていたの。
5月は暖かい季節だけれど、この日々ばかりは朝晩かなり冷え込む。
半袖ばかり用意しちゃったので、紺のジャケットを着っぱなしでした。

私達は中央駅の近くのホテル、プリンツ・オイゲンに泊まりました。
http://www.agoda.com/ja-jp/hotel-prinz-eugen/hotel/vienna-at.html
これを見れば説明が省かれるから・・・これってただの手抜きよね smiley-0037.gif von 123gif.de

中庭に面した私達の部屋からはウィーンの北北西の方向が見えます。
って、つまりず−っと向こうはプッ夫クンの待っている我が家の方角。
こんなクレーンを見ちゃうと、ベルリンの工事現場が目に浮かぶんだわ。
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先のとがった屋根は聖エリザベス教会で左は白い花のマロニエの大木。
そしてこのすぐ右にはベルベデーレ宮殿の大きな公園があるんです。
(カメラがバカチョンのオートから外れていたので色が〜。

ホテルの朝食はずっとこんな感じで、アメリカのホテルよりは良いかな。
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豪華に見せるためにもっと運んでくればよかったかしらん、エへへ。

さて、45年ぶりの再会とは言え、10分遅れてホテルのドアから入ってきた乾燥ナイトのウサギちゃんも、足のしびれを切らせて待っていたアンポンタンも(何てロマンのない表現なんじゃ)お互いにあ〜っ!と年取ったことを確認しあって(これもロマンが無いよぉ〜)めでたくソファーに腰を落ち着けました。
(yukaさん、ウサギちゃんと〇〇したぞ〜、って握手の事ね?

雨が降ると聞いていたのでウサギちゃんは傘を用意して来たのよ。
でも、ちっとも雲行きが怪しくならなかったので、残念ながら彼との折角の相合傘のチャンスを逃しちゃったんだわ。(ホテルにだってちゃんと傘の用意はありますのじゃ!!)

ホテルのロビーも素敵なのですが、椅子の間隔が大きいし、もっとゆっくり落ち着いてお話が出来るように、カフェに行くことに決めました。
画像
    ウッシッシ・・・ふざけた写真でごめんなさいな〜。

でもこのブログって元から真面目じゃないのでこれでいいんですよね。
ちなみにこのブラウスはポーランド市場で見つけたお買い得品です。
ブランド品が合わないって自覚してるからね(買えないから負け惜しみ)
でもこれ、中国製じゃなくってちゃんとポーランド製って嬉しい。
自分のお小遣いで買えるぐらい安かったのよ〜、14ユーロ!!! 
あ、余計な事は書かなくてもよかったか(女同士のおしゃべりね。)


 さて、場所をコーヒー店に戻しましょうか。

ウサギちゃんは律儀にも私の手紙の一部も持ってきてくれました。
まだ小さくて可愛いかった(今は可愛くないけど、カッコイイです)ウサギちゃんを、好きで好きで仕方なかった頃のエアメール…… 。
画像
これも、それも覚えているわよ……なっつかし〜……
でもね、その中には他の人達からのメールも混じっていたんですよ。
私の知っている人達かと聞かれましたが、知るわけないさ。
彼は筆不精なのでその方達にはお返事を出さなかったようですが……、
へぇ〜、ウサギちゃんにファンレターねぇ。
                  。。。。。。。。 
でも私だけじゃなかったんですね、あの切り抜きを見てウサギちゃんの名前が気に入って、アウガルテンパレスの彼にお手紙を出した人は。
だろうなぁ〜、あの頃はそれはものすごいファンの数だったものね。
じゃ、私は本当に運が良かった一人だったんだなぁ……しんみり。

でもね、そういえば一昨日思い出したのですが、当時私の自尊心を掻き立てて(いえ、掻き乱して私に来たウサギちゃんのお手紙を上手く自分の手にした関西の少女(?)がいたんです。

記事12より: http://ponko3.at.webry.info/201304/article_12.html
そんなある日、関西のファンの文通相手が、私がウィ―ン少年合唱団員と文通していることなど信じられないので、証拠を裏付ける為に彼の手紙を見せて欲しいといちゃもんをつけて来ました。
そもそも彼女のお手紙からは、財閥の御令嬢の様な高慢ちきな印象を受けていて、読む度に劣等感を植え付けられていたのです。
大切なウサギちゃんのお手紙をそんな人に見せるなど・・・、一度は断りましたが、「ウソをついているから見せられないのだろう。みんなに言いふらす。」 と言う脅迫状の様なお手紙をもらい、自尊心を傷付けられたポンコタンは、アホ丸出しでその人にウサギちゃんのお手紙を封筒ごと送るはめに陥ったのです。
(ガハハハハ〜、ほんとバカみたい)

送ったお手紙は戻って来ましたが、それから何週間か経ってから来た彼女のお手紙には「あなたのペンフレンドにお手紙を出して、団員を紹介してもらいました。あなたの団員みたいに年少ではなくて、もう立派な14歳のチロルの少年でスキーがとっても上手だそうです。」と書いてあり、私好みのいやにハンサムなその団員の写真のコピーが添えられてありました。

あの頃は騙された〜なんて、ウサギちゃんが汚された気がしたけれど、
ひょっとしてその人の手紙も混じっていたのかもしれないんだわ。
あはっ、でもね、そんなことも今はもう懐かしいばかりなの。

ウサギちゃんは私が彼のお手紙を一枚も保管していなかった事を知らされて本当にがっかりしたみたいです。(もう弁解の余地ないよ)
これでまた私への乾燥度が一段と高くなるかもしれないな〜・・・・・。
でもね〜、ルカのお手紙でさえ保管していなかったのだから。
はい、結婚を期にウィーン少に関するものすべてを処分した、あの当時の軽率な自分に今はものすごく反省しています。

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これは知る人ぞ知るのフェルディナント・グロスマン指揮者(♰1970)に同行した時の写真なんですよね。
この方の偉大な指揮の下で歌えたなんてものすごく栄誉な事だと思うけれど、子供にとっては一生懸命に歌った事しか記憶にないみたいなのね。
グロスマン指揮のウィーン少年合唱団のレコードはいくつか持っているけれど、ネットの動画やCDでも数え切れないほど見つけられますよ。
合唱団が歌の大使と呼ばれて栄光に輝いていた時代の曲なんだわ。
この少年達にも才能はあったけれど、このグロスマンさんも、64年組のフロシャウワーさんも天使の歌声を誘導する天才だったのよね。

画像
この写真の説明を聞くのをすっかり忘れました。
でも、一番後ろの右に立っている痩せた男性は59年来日組のクサヴァ・マイヤー指揮者に似ていませんか?
そして、彼の向かって左斜め前(横から二人目)にいるのは64年組を引率したプレフェクトのヘルムート・レーゲナーメルさんじゃないかしら。
彼をうっすら覚えている64年組のファンの方、いないかしらね。
仕方ないから聞くしかないかな・・・・お〜い、ウサギちゃんと64年組の元団員の方、お願いだから教えて〜・・・・・でも、この二人はルカと違うからこんな質問の相手などしてくれないかもね。(2016年6月22日:さっきキューバから戻ったウサギちゃんから連絡があって、この二人の名前は記憶に残っていないけれど、確かアメリカ公演だったような気がしますって。 みんなこうやって結構気軽に海外に休暇に行ってるのよね。)


そもそも日常生活に関係ない事にはいい加減なので、後の事も考えずに説明も聞かないで気に入った写真を写してばかりしていたんですよね。
画像
でも、これははっきりと、ナイダー指揮者(左後ろ)とその横にいるのがプレフェクトのグレーガーさんだと分かります。
私はこのグレーガーさんにアウガルテンを案内していただいたんですよ。
彼も元団員で、私の手元にはこの方の歌っているレコードがあります。

書くのが面倒だから会ったら何でも話すよって約束してくれた通り、ウサギちゃんは勿論自分の団員時代の事も話してくれました。

日曜日にホーフブルグでの役割がある時は、朝早く自宅から市電に乗って一人で教会まで行ったそうですが、制服を着たままでの往復の時、みんなからじろじろ眺められるのがとても嫌だったんですって。
私ならもう、自慢で自慢で鼻高々の顔をしただろうになぁ〜。
同じ制服を着ていても、人それぞれに受け止め方が違うって事なのね。

画像
実は私は高校生の頃、アウガルテンで少年達の為にこんなお世話が出来たらなぁって夢をみていたんです。
私のブログを読んだファン友のドレスデン君に、アウガルデンで仕事をしたらって言われたけれど、当時それが可能だったら絶対にそうしたわ。
美味しいものをたくさん作ってみんなの喜ぶ顔が見たかったなぁ。
見てよ見てよ。少年達は皆、係の女性をウルウルの目で見てるゥ〜。


これは何のオペレッタだと思います?  聞くの忘れた。
画像

それからね、1996年来日した元団員氏のお話では、そのころはまだ合唱団の演奏旅行先でホームステイなんかがあったのですよ。

ウサギちゃんもそのお話をしてくれました。
彼がスイスでのコンサートの時に割り当てられたのは、ものすごく大きな猫のいる、だぁ〜れもお客のいない閉鎖したホテルだったそう。
その閑散としたホテルには小さな老婦人がたった一人で住んでいて、世話をしてくれる間でさえちゃんとした会話が何一つ無かったんですって。
運よくコンサートホールまでは何とか歩いて行ける距離だったので、制服姿のウサギちゃんはたった一人でそこを往復したそう。
こんなのを聞くと、昔の団員達は精神的にも随分鍛えられていたのね。

画像
「え、これってサインでしょ。」「そう、僕のクラスの仲間のね」
私はサインには余り関心が無かったのですが(だって人の筆跡は変わるでしょ)これを見たら観念が変わりま……ま……ませんねぇ、やっぱり。
でも、プログラムにしてあるサインは何となく記念になりますよね。

実は記事108:http://ponko3.at.webry.info/201501/article_13.htmlのサインの色紙を貰った方にお電話して、まだ持っていられるか聞いたんです。
あれは今の私にとってはとても大切な思い出になった出来事でしたから、写真だけでも送ってもらえたらと期待しました。
その方は当時の記憶はおぼろげにしかなかったのですが、私の願いを聞いて時間を掛けてその色紙を探してくださいました。
でもずいぶん昔の事でしたから結局は見つからなかったのです。
軽率な私にきっと罰が当たったのかもしれませんね、とほほ 


決して拍手はしないというのが当然だったローマのバチカン大聖堂なのに、ウィーン少年合唱団が歌った時にあちこちから拍手が起こったという逸話は昔、どこかの雑誌で読んで感動したことがありました。
私はこの日コーヒーを飲みながら、法王が自分達の歌に拍手を送ったと言うのをウサギちゃんから聞いて、あれはネイダー隊の事だったのかと(レディーさながらに)密かに有頂天になったんですよ。
本で読んだ記事を本人の口から事実として聞くなんて凄い事なんだわ。
(本当はコーヒーをブッと吹き出すところでしたん)
画像

此処にホーフブルク宮の広間で撮影された、ライヴでウサギちゃん達の歌う完璧なワルツ「美しく青きドナウ」の動画を張りましょう。
不動の姿で立つ後ろ手の少年達を指揮するのはフロシャウワーさんです。
次のオーストリア民謡も鳥肌が立つんだわ〜。


音源がここまで古くても、これだけの響きがあるんだから本物の歌声の素晴らしさは想像がつきますよね。(オールドのみの特権
この歌声こそ青春の乙女たちの心を深くの矢で突き刺したんじゃよ。 

私は彼がなぜウィーン少年合唱団に入ったのかも聞いてみました。
私には一番興味がある事だったんですよね。
なぜってウサギちゃんはウィーン少年合唱団時代に想いなんて寄せていないと言っていましたし、自分のカッペのリボンまでくれたんだもの。
でも、私は彼の答えを聞いて青天の霹靂の思いをさせられたの。

それは、亡くなられた彼のお父様もまたウィーン少年合唱団員だったからだと判ったからなんです
そのお父様が筆不精な息子の代筆を執って、よく私に丁寧なお手紙を書いて下さっていたのですね。
それは今のルカの書く様なユーモアのある魅力的なお手紙でした。
でも、私はその時、元団員の方からお手紙を戴いていたなんて夢にも考えていなかったのですもの。
お父様はきっとお手紙を書きながら、自分の団員時代の思い出を懐かしんでいたのかも知れなかったのね。
それが今頃分かるなんて、まぁ全くなんていうことなんでしょう。

ウサギちゃんのお家に行った時、お父様が私の髪を見て「こんなに真っ黒な髪は初めて見た」と驚いたようにおっしゃったのを思い出しました。
記事56 http://ponko3.at.webry.info/201311/article_4.html
当時はアジア人の黒髪と接する機会などそれほどなかったし、お父様が団員の頃はアジアへの演奏旅行なども考えられなかったことでしょうね。
あの時の私のドイツ語は不確かで、お父様はタクシーの運転手だと受け取っていたのですが、本当は自動車部品の技師だったことがわかりました。

お父様の時代の寄宿舎はアウガルテン宮殿になる前の、ウィーンの北北西にあるウィルヘルミーネンベルク城だったそうです。
1934年から1939年までそこが合唱団の寄宿舎になっていましたが、その後は孤児院として使われ、今は超高級ホテルになっているそうです。
今、お父様が生きていらしたら、それこそ沢山のお話が出来たのになぁ。
昔の事を聞ける折角のチャンスだったのに、ベルリンっ子と違って、昔のウィーンの人は慎ましくて自己主張なんてしなかったのでしょうね。

今回のウィーン訪問は沢山の予定があって、ウサギちゃんとは一度しか会う事が出来ませんでしたが、こんなに沢山のお話が聞けて最高でした。
今度はベルリンのカレーヴルストの屋台で他のお話をしましょうね。
夏なら庭でバーべキューして、ベルリン名物の白ビールもご馳走するわ。
うふふ、でも、いつの事になるやらね。



心配していた雨雲なんてすっかり消えて、晴天が広がっています

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ホテルへの帰りは寄り道をしてベルベデーレの公園を通りました。

今回、宮殿のファサードをまじまじと見たけれど、手が凝ってるでしょ。
画像
45年前にタマゴちゃんと一緒に見学に来た時は、こんなに興味を持って見なかったので、風が冷たかった事しか覚えてないの。
でもこのスフィンクスの胸だけは凄く印象に残ってる。(ただの劣等感)
画像

あれれ 
確か今年の冬は大した雪が降らなかったんだけれど……。
こんなところでまだ頑張ってるのがいたんだ・・・・健気だなぁ 
画像


ホテルで休んでいたピッピとまた合流して(実はウサギちゃんとの会話の途中で彼女が眠くなってしまったの←歳のせいではなく旅の疲れです)
ショッピング予定のついでに私達は今度は此処を目指しました。
画像
そう、ウィーンでは絶対に見たかったハードロックカフェの合唱団員。
画像
それはのっぺら坊主でろくろ首のウィーン少年合唱団員でした。 怖〜。
あのね〜、ファンとしてはもっと可愛いマネキン人形にするんだけど。
でも、だれにも邪魔されずに凝視出来る大人しい団員だったので、これを機会にもう、上から下までじっくり見てきました。

そして、私が見たかったもう一つのウィーン少年合唱団員はこれ。
画像
  そりゃぁ、食べるだけの目的で2袋買って帰りました。
ウィーン少年合唱団員が、こんなに美味しいミルクチョコだったとは。


追記:2016年6月19日 日

画像
イェ〜イ、聞くまでもなく、あの写真の男性はやっぱり64年組のプレフェクトのレーゲナーメルさんですよ。
今、フェイスブックからお借りして来たこの1964年組の写真。
https://www.facebook.com/viennaboyschoir/?fref=nf
ひゃぁ〜、懐かしいこの顔々・・・・・・・

関係ないけれど、今開催されているサッカーのヨーロッパ選手権大会では応援するオーストリアはまだ一点も入れていないの。
私が応援するのはドイツ、オーストリア、ポーランドです。
画像

でも、今年はロシアやイギリスから過激なファン団体が来たり、スタジアムに火玉が投げ込まれたり、とんでもない事になっているんだわ。
最後までテロに見舞われることなく、この神聖なはずのスポーツ大会が終えられますように。


追記:2016年6月21日

コメントで「ノノレタ」と言う曲を思い出しました〜
私の大好きだった曲なんですよ。
思春期の1964年……サンレモ音楽祭だった。
あのフロシャウワー隊(後のブルックナコアの来た年。
日本の題は「夢みる想い」だった。
…そう、ジリオラ・チンクエッティって言う16歳の少女歌手だった。


こんな曲を聞いてポワ〜ンとしていた幸せな時期だったなぁ〜

2016年7月1日:ブログ玉でのご挨拶をありがとう。
びっくり玉の方、何に驚いたのかコメントで教えてくださいな。
私は今でも律儀な日本人ですから何としてもお答えしますよ  

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コメント(26件)

内 容 ニックネーム/日時
Guten Morgen!いやそちらは Guten Abend!かな。

昔のWSK、素晴らしい歌声ですね♪
しばし聴き入ってしまいました。
2曲目の歌もミニアルバムで持っていました。
題名は忘れてしまいましたが、朝にピッタリです。(^^)
べルベデーレ公園と青空も素敵☆
ミスマッチな雪だるまさんもユーモアたっぷり。(^m^*)フフ
ハードロックカフェの団員さん、夜見ると怖いかも(笑)
いつかWSKの足跡を辿る旅、してみたいな♪
その時はponkoさん、案内人よろしく。
っていつになるだろうか。。。
はっぴー
2016/06/18 08:40
はっぴーさん
Guten Morgen & Guten Abend
ね、その歌声は流石にフロシャウワーさんの指揮よね。
私も2曲目の名前は忘れたけれど、あのもの凄い高音がまさにウィーンなんだよね。

はっぴーさんとのWSKの足跡を辿る旅ですって〜、憧れちゃうわ。
方向音痴の私は案内なんて出来ないから、二人で頭をゴツンゴツンぶつけながら地図を見て歩くしかないね、あっはっは。
ウィーンの街は団体で行くもんじゃないなって、益々把握して帰ってきました。
次の記事はホーフグルクよ。
ponko310
2016/06/18 17:06
ponko様
ヘルムート・レーゲナーメル氏、懐かしいですね。確かフロシャウワー氏と同い年と記憶してます。お元気かしら?

懐かしいメンバー!シャーリング君、ピューリンガ君、ヨハン・ロスナー君、タイブル君・・
皆さんお元気かな・・

秋のウィーン旅行、娘と地図を片手に見て歩く予定です。
楽しみです。

越後の雪椿
2016/06/19 20:49
越後の雪椿さん
やっぱり彼を確認できる方がいたんだって、嬉しくなりました。
当時はプレフェクトなんて目にも入らなかったのですが、どこかで記憶にあったのですね。
きっとお元気になさっていられるに違いありませんよ。
今日はフロシャウワーさんの引退コンサートがホーフブルク教会であったと知りました。
彼の最後の指揮がウィーン少年合唱団だなんて、感激です。
それも私の大好きなテレジアンミサだったのですから。
本当に聞きたかったな。
秋のウィーン旅行が楽しみですね。
ウィーンの街はきっと黄金色に輝いているはずです。
キノコ料理も楽しめるかも。
ponko310
2016/06/19 21:44
姐さま
長かったウィーンの一夜が明けました〜!!
まずはウサギさんとの○○、それは握手から・・・。
姐さまからのお手紙を今も持っていらっしゃたなんて、考え方の相違とはいえ私がその立場だったらどうしましょう。
私もどちらかといえば生活が変わった時点で断捨離する派ですから。
oldといわれる時代のウィンナーワルツは古き良き時代のWSKの薫りがプンプンでしたよね。
あの「凛とした声の響きよもう一度」と思いますが、時代の波には逆らえません。
せめて「美しく青きドナウ」だけでも省略しないで歌ってくれないかしら。
そして今年のシューコアにも何人かいましたが、親子兄弟とか何代かに渡ってWSK出身なんて羨ましくて憧れます。
彼らに人気のハードロックカフェは地域別の限定商品があるらしいですよ。
そのチョコの写真(?)はいつ頃の団員君たちでしょうね。
yuka
2016/06/20 20:59
ponkoさんの、ウサギさんの事を乾燥ナイトだ今はかわいくないけどって言う言い回しにちょっと笑ってしまいました。
時の流れには逆らえないけれど、気持ちは繋がっていたって事ですよね。
そういうのいいなぁ〜♪と思います。
ponkoさんの買われたブラウスも拡大したかったけど、私の携帯では出来なくて(悲)
でも私も、いい(かわいい)洋服を安く買うのが大好きです☆
動画もフェイスブックも見れなかったですが、ponkoさんの絵を見れたのが嬉しかったです。
嬉しい時間を過ごせたponkoさんが、今度はサッカ‐観戦で嬉しい気持ちになれますように☆
YUKARI
2016/06/20 21:22
yukaさん
思うんだけれど、ウィーン少年合唱団の元団員達は今でもファンレターを保管している人はかなりいると思うの。
ファンの方も結構物置の奥に昔のプログラムとか持ってるみたいだしね。
羨ましい限りだわ。
私は諦めが早い方だからみんな処理しちゃった〜。
自分の息子は寄宿舎に入れないっていう元合唱団員のいる中、親子代々のWSK出身者って、よっぽど合唱団の伝統を誇りに思っての事なんでしょうね。

ベルリンにもハードロックカフェがあるけれど、Tシャツ以外で何が限定なんだろ。
チョコの少年はただのイメージじゃなくて?
私にはなんだか5〜6歳ぐらいの坊やにしか見えないの。
ponko310
2016/06/20 22:35
YUKARIさん
あ、あなたに言われてみればウサギちゃんがかわいそうだったかな。
でも、立派な男性に可愛いなんて言えないもんね。
本当は可愛いぐらい若々しかったよ。

服は紺色の地味な仕立てです。
とても気に入っているの。

漫画は可愛いでしょ。
お誕生日カードのイラストに使ったの。

今はサッカー熱に浮かれていますが、これが終わったらまた漫画でも描くことにするかな。
いえ、PCゲームをする事にします。
ponko310
2016/06/20 23:46
素敵はお話をありがとう。
たくさんあって、何を書いていいかわからない。
1967年のEurovisonの放送は日本で見た記憶があるわ。タイマー隊はもう日本を発ってたけど、オーストリアには着いてなくて、その間の放送だったと思う。だから「これはタイマー隊じゃないんだなあ、残念だなあ。」と思った記憶があるわ。

ウサギさんに再会できてよかったね。彼とはずっと連絡してたの?
彼としたのは当然、握手以上のものでしょ?30年もウィーンに住んでる私なら当然だと思うわよ。ドイツ人よりはイタリア人に近いからね、ウィーンの人は。
Pfirsichchen
2016/06/21 01:59
Pfirsichchenさん
うわぁ、素敵なお話として読んでくれて凄く嬉しいわ。
制服の団員が一人で市電に乗って家に帰るところを想像して胸が時めいたわ。
そんな事ウサギちゃんは当時の手紙に書いて来なかったものね。
1967年のユーロビジョンなんてテレビで見ていなかったわ。
見ていたらウサギちゃんを見つけてどんなに狂っていたかしら。
そもそもフロシャワー先生の指揮なんて凄く感激だったと思う。
あなたが見ていたなんて、なんか不思議なつながりがあるみたいね。
YouTubeで見つけて驚愕したんだもの。

ウサギちゃんとは71年に初めて会ったけれど、友人の死後に他のペンフレンド同様すっかり文通を絶っていたの。
記事の96に書いてあるよ。
彼ともルカやココみたいに最近になってから連絡を取り合うようになったのよ。
みんな青春の深い思い出のある人たちばかりなのね。
勿論そんな再会のある時は握手だけじゃないよね、うふふ。
でも、私はこっちでも慣れちゃってるからね。
ponko310
2016/06/21 04:41
あら、私、2箇所も字を間違えてる。

30年ウィーンに住んでるけど、WSKの制服来た子を偶然に見かけたのは2回だけだわ。(2回とも市電の中)きっと普通は制服では出歩かないでしょうからね。

67年のEurovisionの放送は、Eurovision経由でヨーロッパの番組が初めて日本でライブで見られることになった記念のショー番組だったとずっと思ってたけど、YouTubeで見ると、どうやらソング・コンテストだったみたいね。そんな昔からコンテストやってたんだ。最近のものだとばかり思ってたわ。
Pfirsichchen
2016/06/21 07:34
Pfirsichchenさん
そうそう、昔はヨーロッパソング・コンテストだとかいう名前だったわ。
昔、イタリアの女の子がカンツォーネの「ノノレタ」を歌って優勝したの、覚えてる?
おっと、若すぎて知らなかったかな。
懐かしい素敵な歌だったわよ。

あれ?団員達はミサの時は今でも制服で自宅から教会まで往復してるわよ。
結構一人で帰っている子もいたわ。

ponko310
2016/06/21 07:50
私はソング・コンテストって全く見たことないわ。わりと最近、ソング・コンテストという言葉を初めて聞いたなって思っただけ。Eurovisionといえば、私にとってはNeujahrskonzertとか、テーマ・ソングのシャルパンティエのテ・デウムだわ。

私は、WSKは全く制服では出歩かないなんて言ってないけど・・・。
WSKが週末、家に制服を持ち帰って、家から制服で出かけるのは、ミサの他、たまたま週末に楽友協会などのコンサートで歌う時です。
だから、王宮や楽友教会の近くでなら、たまには制服の子を見かけるけどね。
私が言った「偶然見かけた」とは、「なぜここにWSKがいるの?」という場所で、という意味でした。
でも、今は車の時代だから、めったに制服の子が市電に乗ることはないでしょうね。「ミサから一人で帰る」という子も、家まで一人で帰るのではなく、親が車で迎えに来てる場所までかもしれないし、王宮近くのカフェかもしれないし。
Pfirsichchen
2016/06/21 17:19
Pfirsichchenさん
おかげさまで懐かしい曲を思い出したわ。
早速ここにアップしちゃった。
もう何十年も忘れていた大好きな曲。

何処で見かけても、ウィーン少年合唱団の紺の制服を来た少年には心が躍るんだわ。
私って、今でもやっぱり昔の感覚を引きずったままなんだね、ケッケッケ。しあわせ〜。
ponko310
2016/06/21 17:55
美しく青きドナウの動画ありがとうございます。
一回目は感動しながら聴き、二回目は聞いていたらウトウト。
入眠剤を使うより、リラックス効果があるような気がします。
すばらしい天使の歌声ですね!
ねぎ
2016/06/21 21:19
ねぎちゃん
ウィーン少年合唱団の歌声が子守歌に聞こえるくらいリラックスできるなら音楽の効果てきめんね。
わたしも、ふさいでいる時には音楽を聞いて気を紛らわせるの。
音楽のない世界なんて考えられない。
ponko310
2016/06/22 03:56

Hallo 本当に天使の歌声素晴らしい
ジリオラさんの夢見る想いにもウットリしました
いつも素敵なブログでヽ(・∀・)ノ
でもコメントは上手く書けなくて‥
bububa
2016/06/24 20:50
bububaさん
どんなコメントでも、コメントがあるってこと自体が嬉しい事なんですよ。
どうもありがとう。
暑くなる日の為にお水をたくさん飲んでお仕事頑張ってくださいね。

ponko310
2016/06/24 21:52
ノノレター、ノノレター、ベルマルティ、ノノレター、ペルシレ、ソラコンティ・・・・、小学生の時に耳で聴いて覚えましたが、今聴いても結構あってるね(笑)意味はこの動画で初めて知りました。懐かしいです。この歌手の[雨」ラ・ピョージャというのが好きでした。
オペレッタの写真は、何でしょうね。アメリカ少年合唱団はこんな感じの扮装でヘンゼルとグレーテルをやっていたようですが、よくわかりません。
64年組の写真は良く撮れてますね。もう少し大きかったらダウンロードして写真屋に持って行って、ちゃんとプリントしてもらいたいくらいです。
ウィーンのハードロックカフェにも行ったんですね。私も横浜と上野のショップに行ったことがありますが、チョコレートは日本には売ってません。テディベアがめちゃ可愛くて、今度買うつもりです。2400円だったかな。シュタイフほど高価ではないです。ハードロックカフェの白いTシャツを着ていて、とても可愛いの。
ウサギちゃんが持ってきてくれた手紙の、切手やAirmailの封筒の表情が懐かしいですね。やっぱり手紙はいいと思います。eメールはこんなふうに残らないもの。でもponkoさんの手元には何も残っていないのよね(笑) ドイツにすべての荷物を持っていくことはできなかったでしょうし、しかたないかしらね。
ゼキルンの写真はモノクロしか知りませんでした。カラーがあったなんて。ウサギちゃんに感謝しなくては。
maa
2016/06/25 02:48
maaさん
嬉しいコメントをありがとう。
綺麗な旋律のノノレタも懐かしいけれど、『雨』の歌も覚えてますよ。
すごい!!小学生の頃にもう外国語の歌詩を覚えたなんて、ウィーン少に負けないね。
私は何に関しても奥手だったからなぁ。

ウィーンのハードロックにあるお人形はお店の二階にあって、ちょうど誰もいない時間だったの。
でも、あのガラス張りの棚の不気味なのっぺらぼうの団員にはまいったなぁ。
白シャツのテディベアならベルリンのハードロックにも売ってるのかな。
あれも可愛いけれど、今ebayで見たらいろんなの売りに出されているんで驚いた。
チョコレートはそこで売っていたのではなくて、シュテファンスドームの近くのスイーツのお店だったわ。

うん、お手紙ねぇ……あの頃、失った友人の思い出を絶つために、結婚を境にウィーンに関係あるものを処理したの。
思い切りが良すぎたね、あはは。
でもブログに載せてみんなに分けられる、楽しくて新しくて懐かしいお土産をいっぱい用意した、あの思い出の人々をまた連れ戻してきたからね。
ponko310
2016/06/25 15:13
そうだったんだ。処分しちゃったか・・・。人は転機が来ると「よし」と思うものですね。40年前には、こんな日が訪れるなんて、想像もできなかったもの。
思い出の人々を連れ戻せたのは、リッキー姉さんの人柄とナイトたちの愛によるものでしょう。羨ましいです。

maa
2016/06/26 00:35
maaさん
40年前どころか、6年前でさえこんな日が来るとは思っていなかったのよ。
ネットをやり出していなかったら、私はまだのほほんと読書でもして日々を過ごしていたでしょうよ。
今思うとそっちの方が気が楽だったような気がします、エへへ。
ネットで初めてリベラの歌を聞いて、ものすごく感動して、色々な少年ソリストの歌を聞いているうちにウィーン少年合唱団の動画に行き当たったの。
それがまずかった。
64年組のスメタナ君の動画を見つけちゃったのよね。
そりゃぁものすごい衝撃だったわ。
だってあの子はペータ―の次に大好きだった坊やなんだもの。
あの最高に好きだった子守歌の声がスメタナだったって事も初めて知ったくらい。
そこから思い出がどんどん広がって行ってしまって、今のこういう結果になってるの。
でも、私は此処ら辺で目的の場所に行きついた感じ。
来週のホーフブルグが私の最後のウィーン少年合唱団になるのよ。
ponko310
2016/06/26 02:35
いつも楽しく読まさせていただいてます。
たまたまユーチューブで1936年のウィーン少年合唱団の映画を見つけました。「野ばら」オリジナル作品です。
Video: Full Film, "An Orphan Boy of Vienna", Vienna Boy's Choir, 1936
https://www.youtube.com/watch?v=ro_wX76tBn8
当時の宿舎だったウィルヘルミーネンベルク城やホテルウィーン少年合唱団が映っています。ウサギちゃんのお父様も出演していたかもしれませんね。
zen
2016/07/03 13:38
zenさん
野ばらの映画の素敵な情報をありがとう💛
早速リンクをウサギちゃんに送りました。
実は今さっきホテルウィーン少年合唱団のあったキッツビューエルを通ってサンクトヨハンから戻ったところでした。
この動画は以前友人が教えてくれていたのですが、見るのをすっかり忘れていて、リンクもどこかに無くしてしまっていたんです。
有り難いことにzenさんのコメントのお陰で私だけでなく此処に来てくれるファンの方も見ることが出来ますね。
知らない1936年当時を偲んで見ることにします。
もう一度ありがとう。
是非またいらしてくださいね。
ponko310
2016/07/10 05:37
45年振りの再会、おめでとうございます。
そんなに久しぶりでも、会ってお話しができるお友達って、素晴らしいですね!
古いお手紙を処分してしまったのは残念かもしれませんが、その時はそうする必要があったのだから、いいんですよ。それに、手紙にこだわらなくても、ちゃんと会ってお話し出来るのだから。思い出よりも現在の方が大事ですよね!
ponkoさまのブログは、皆を引き寄せていますね。すごいパワーを感じます。
panana
2016/07/30 12:22
pananaさん
おめでとうの言葉にありがとう。
思い出に拘らなくても現在の方が大切なのは確かにそうよね。
しかし、がっかりしたようなウサギちゃんの顔は忘れられません、クスン。
彼の紹介してくれたハラルドの手紙も処分してしまったの。
思い出の人の手紙はなにも残ってないわ。
だから、今は戻ってくれたペンフレンド達とのネットでの会話は……
ひゃっ、これだってPCが壊れたら読めなくなるね。

私のブログはウィーンファンのオールドが来てくれていると思うの。
コメント数やブログ玉を見ても判るように、アクセス数は同じ人に繰り返し読まれているからだと思うわ。
読者は100人を切っていないような気がする。
其の100人みんなからコメントが来て交互におしゃべりが出来たら嬉しいんだけれどね。
今度、猫ちゃんのお話もするわね。
ponko310
2016/07/30 14:20

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141 ウィーンの街の顔と魂 2 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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