青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 142 ウィーンの街の顔と魂 3

<<   作成日時 : 2016/07/02 00:29   >>

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 これが初めてのホーフブルク教会

5月15日の日曜日はちょうど聖霊降臨祭に当たっていました。
https://www.culturall.com/ticket/hmk/sonntagsmessen_konzerte.mc
(これはウィーン少年合唱団の日曜日のミサ曲の予定表です。)
 
朝の8時半に、ピッピの長年の友人であるご夫婦が私達をホテルまで迎えに来てくれました。
9時までにはホーフブルク教会に着いていなくはなりません。

まだ冷気を帯びた朝の空気を吸いながら、誰もいないブルクガルテンの公園を歩くと木々の間にホーフグルク宮殿の姿が左に見えました。
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これはグーグルのマップで見る上空からのホーフブルグ宮殿の様子です。
https://www.google.co.jp/maps/@48.2055256,16.3661315,19z/data=!3m1!1e3

昔、西洋のお城には、暖かい南の国から運んできた珍しい観葉植物を、冬の厳しさから守る為にガラス張りの大きな温室が建てられました。
ホーフブルク宮殿のパルメンハウスもその一つ・・・・・初めて見たわ。
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グーグルマップでもわかる様に、此処はお天気の良い日にはテラスでコーヒーが飲めるし、中はレストランになってるのね。
https://www.tripadvisor.at/LocationPhotoDirectLink-g190454-d928973-i22400839-Palmenhaus-Vienna.html
ちょっと庶民的だし、一度はこんなところで食べてみたいな。

そのパルメンハウスの横の角を曲がるとごみ集めのコンテナがあった
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そう言えば女学生の頃、ウサギちゃんへのお手紙に「私はウィーンの街に憧れています。ウィーンの街にあるものなら何でも好き。ウィーンのごみ箱まで好き。」なんて書いたことがあったんだわ、きゃっはっは。

でも現実にはこんなところにこんなもの置いといてもらいたくないよね。
カラスとかかなり群がって餌を探していたわよ……ま、現実的にいえば
レストランのそばだから、ごみの置き場も無くてはならないのよね。
   
この建物の右先にアーチ形の入り口があって、そこを通り越すと……
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こんなところに出ましたが、おしゃべりばかりに気が向いていて
ふと後ろを振り返ってみると……ん?……ん

                あっ

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一瞬気が付かなかったけれど、此処って

2年前にズノイモのバス旅行で来た時に見た、此処なのよね。
        http://ponko3.at.webry.info/201401/article_5.html
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あっはっは。 二年前に来た時と全然変わってないじゃんか。(当たり前)
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2年前の観光案内ではこの黒ルートで此処に来ましたが、今回は赤ルート

       そしてついに出た〜 

教会への入り口にはすでに沢山の訪問者たちが長い列を作っています。
へ〜、熱心な人はこんなに早く来て並んでいるんだわ。
よし、どこが列の最終なのかしらん。
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と思ったら、ピッピ達は列の横を通ってお構いなく階段を先に行きます。

慌ててその後を追う私の目の前に現れたのは、プログラムを配る(当然考えられることなのですが)元団員の二人の若者たち。
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素通りしても良かったけれど、このチャンスに有難迷惑な詮索好きに豹変して、接待をしているOBの一人に声を掛けました。
「あなたは日本に行ったことがあるの?」
「はい、2004年に行きました。」
「お名前を聞いてもいい?」
「ティモシーと言います。」
「ブログの写真を撮っても良いかな? 向こうの人も日本に行った?」
にこやかなティモシー君はポーズをとるために持っていたプログラムを後ろ手にして横の若者にも声を掛けます。
「おい、お前、いつ日本に行った?
         うんそうか、……2000年ぐらいだったそうです。」

その時、階段の上から「はやく、こっちですよ。」と言う声が掛かって、私はこの馴染みのない二人の元団員達を惜しげもなく後にしました。
だれか、この二人の団員時代の写真があったらメッセージで送ってね。
他のネオ・オールドファンの為にここに編集して出しますから。
2004年っていうと、シューベルトコアにいた元団員なのね。

さて、私たちが通されたのはこの飾り気のない質素なお部屋でした。
はてさて、いったいどこなの?
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一番先に目に付いたのは古めかしい木製の洗面台なのよ。
それに反してどっしりした立派な銀の燭台が脇に置いてあるけど。
そしてドアの向こうにはには素敵な赤い椅子があって……

そこでは聞きなれた少年合唱団の高い歌声が響き渡っているのです。
ウィーンにいるハイドンコアと一部のモーツァルトコァの少年たちです。

ちょっと躊躇いながらも、その歌声に吊られてドアから覗いてみます。
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       わっ 
な、何と教会の客席の前の場所に出てたのよ


ホッ、でもまだ席に座っている人が殆どいなくてよかったです。

合唱団も楽団もちょうどリハーサルの最中で、目の前の最上階からの綺麗な歌声はずっと続いています。

これ、見る前にご報告しますが、がっかりしないでね
動画を撮ったつもりだったのが、スイッチを切ってしまったらしいの。
折角の素敵な独唱がただのつまみ食いになっちゃいました。
それにど素人のカメラ作業丸出しでごめんなさい……ショボン
でも、本当は(本番は)固く撮影禁止なんです。


充分撮った気になったので(実際は撮れていなかったんだけど)あわてて席に戻ると、お部屋の中ではもう着替えた聖職者の方々がミサの準備をなさっていらっしゃいました。
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これからホーフブルク教会でミサをご覧になられる方は、隠れた右の控室でのこんな穏やかな情景を思い浮かべてみてくださいな。
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今日は聖霊降臨祭と言う事で特別なお客様が日本からいらしています。
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大阪のカトリック教会の大司教様が招かれていらっしゃいました。

今では聞こえていた歌声も消えて、これからまさに厳粛なミサが始まろうとしているところです。
私達の席からは教会の様子は見えませんが、目の前にはテレビが備えてあって、お客様方もすでに着席なさっているのが画像に写されています。
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向こうのお部屋は教会専属の男性合唱団の控室かしら。
なぜなら、祭壇の横にも僧衣の若い男性方がいられて歌いましたから。

今日はシューベルトの最後のミサ曲のMesse in Es, D 950だとか。
聞くのは好きだけれど専門家みたいに曲の説明なんか出来ない人です。
この動画は過去にホーフブルグ教会で行なわれたコンサートです。
これを聞きながら自分勝手に解釈してください。
何時の動画か判りませんが、指揮はカール・ベームでドレスデン少年合唱団のソリストだったペーター・シュライヤーがテノールを歌っています。
私が写したのはこの曲の終りの54分当たりの独唱の部分ですね。
え? まさかこれを最初から練習してた訳じゃないんでしょうよねぇ。
(2017年5月17日:なぜかこの動画は消されてしまいましたが、何時かまた他のを見つけますからそれまでお預けですね・・・・しかし私がブログに載せる動画はどうしてこうしばしば消されるのかしら・・??)

勿論この長いミサ曲は、儀式の合間に区切って歌われるので、控室にいる私達もその間は教会内のお客同様、見よう見まねで立たされたり座らされたりアーメンを言ったりでした。

司祭様のお話の間は意味が解らないので他の事が頭に浮かびます。
勿論、此処で歌っていた私のナイト達の団員時代の事……
彼らの此処での歌声をいっちども聞けなかったんだよなぁ〜……って。

10時半になると、聖職の方が静かに戻って来て、出入り口の横にある白い小さな扉を開けると、中にある電源のスイッチの一つを押しました。

そのとたんに、表から聞こえて来たのは荘厳な教会の鐘の音です。
すごいなぁ〜、鐘の縄を引くんじゃなくて、もう電動式なのね。

向こう側では儀式が進んでいますが、祭壇の前の白い僧衣の男性たちもまるで歌うような素晴らしい祈りを聞かせてくれるのでした。
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時間はすでに11時近くなっていて、画面には聖なるパンを受けるために司教様の前に列を作って並び出した信者の列が映し出されています。
僧衣の男性たちの力強い単旋律なグレゴリオ聖歌が歌われています。

時間の記憶があいまいなのですが、振り香炉もこの控室で用意されます。
教会独特の香りが私達の横を通り過ぎ、それがまた戻って来た時は座っている私達にも幸あるようにと充分な煙を振ってくださいましたよ。
ありがたや〜、何としても残り物には福があるって言いますからね。

恐れ多くも大阪の大司教様が私たちのいるところまでいらして、握手をしながら降臨祭の祝辞をくださいました。
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その時授け受けたのがこの聖なるパン(キリストが分け与えたというパンの象徴)でした。
見るだけで、いつかもらってみたいなぁと思っていたので感激です。
これを写してから食べてみたけれど、お腹いっぱいにはならないからね。
それに、味が無くて小さくてお茶のクッキーにもならないのよ。
うっふっふ、ただの象徴だから、現実はこんなものです。
(これは知らぬが仏の方が気が楽だったのですが、カトリック教徒の方にとってはこの聖なるパンはキリストの聖体に当たるもので、信者でない者はいかなる著名人であっても戴く資格は無いのです……って。
外国からいらしていた大司教様も、私達をてっきり信者と勘違いしてこのパンをくださったのでしょう。
まぁ、それを知ったらこの信じられない展開に益々恐縮してしまい、私は罪を犯してしまったのかしら、それとも神の恵みを受けたのかしら……と考え込んでいます。)


油断をしていたらさっきのティモシー君が献金用の袋を持ってきました。
えっ、教会の訪問者だけでなく、控室の私達も献金するんだぁ〜。
慌ててお財布から5ユーロ札を出して、生まれて初めての献金です。

ここまで来てちょっとケチったかなぁ……と反省していると、突然騒がしくなって部屋に駆け込んできたのは制服を着た子供たち。
あの天井桟敷で歌っていた少年たちが下りて来たのね。
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すごい勢いが良いでしょう?
写真がこの通り動きの速さを示しています。
周りの大人たちはこの子たちに何度もシ〜っと声を掛けていました。
これ、もう絶対にルカや64年組のウィーン少年合唱団の時と違う
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うふふ、でもこんな腕白達があの難しいミサ曲を歌ってたんだからね。

目の前にいる東洋のタヌキに気が付いた少年の一人が、さも楽しそうに盛んに手を振ってくれていました(いえ、本当は追い払っていたのです)
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この少年は多分朗らかな太陽の国からでも入団して来たのか、気取ったクールなウィーンの少年達とは誓う雰囲気です。
向きを変えては手を振るので、お礼に小さく挨拶を交わしました。
(まさか誰かと、つまりファンと勘違いされていたわけじゃないよね。)

でも本当はお行儀のよいウィーン少年合唱団員達ですよ。
すぐに姿勢を正して…???……でもなかったけれど、………おや? 出番を待っている間に、突然後ろの5〜6人の少年達が顔をしかめながら鼻をつまんで手で下の空間を仰ぎ出しました。
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うっふっふ・・・・こっちまでは臭って来なかったわよ。
まるでありきたりな兄弟同士の様な振る舞いを見て思わず顔が緩みます。

これが今のウィーン少年合唱団員のごく自然な姿なんだなぁ〜。

昔私の見て来た少年達はなぜあれ程気高く輝いていたんだろう。
若き日の夢の見過ぎだったみたい……クスクス。

そして此処には私の心の中で生まれた、世代の違う溌溂なウィ―ン少年合唱団の姿がありました。

時間はもう11時16分になっています。
さぁ、オルガンが鳴り出してみんなは用意万端な表情です。
おや、これから自分たちが写し出されるデレビを見つけたようですね。
フフフ、気になる?

みんなには少し緊張感が出てきたようで、ようやく静かになった…??
これから祭壇の前に立ってどんな歌を聞かせてくれるのかしら。

出て行った団員達の様子が私達のいる席からはこうして見られます。
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そして、これは斜め前に備えられてあるテレビの画面。
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曲は初めて聞いたものですが、少年たちは思い掛けなく二つのグループに分かれていました。
祭壇の前の少年達の歌声と、上からの合唱の歌声が私の耳にはまるでこだまのように混じりあって響いて来たのです。
静かに聞くコンサートとは違い、周りの環境が現実的過ぎて、ベルリンドームで聞いたポズナン少年合唱団の様な感動はいまいち味わえませんでしたが、初めてのホーフブルグ教会でのとても良い体験だったと思います。

きっと、45年前だったら、もっともっと感動の波に飲み込まれていたかもしれないと、過去を想ってロマンに浸る自分に気が付きました。
きっと私ってこういう遥か彼方への想いが好きなんでしょうね。

さて、ミサが終わった後の団員達は我々に一別もくれることなくして、前にも増したすごい勢いで掛け去りましたよ。
みんな元気のいいことったら……これから帰宅できるからかしらね。

私達もさっきと違って、あちこちから英語や日本語やらの聞こえて来る混雑した出口を目指し、訪問客にもまれながら表に出ます。

そして毎度の如く観光客たちに囲まれるファンサービスの少年達。
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自信と誇りに満ちてポーズをとっていますが、その後ろにはカメラを構える観光客を仲間に任せて、自分はわき目も触らずに速足でさっさと逃げ去っていく団員達の姿もあります。
ピッピの話ではこの近くにある喫茶店が息子を待つご両親たちの溜まり場になっているそうですが、彼らはそこに急ぐのでしょうね。
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子供たちの元気の良いあの速足には到底追いつけないので、楽をして目の前にいる少年達にカメラを向けました。
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でも、そんな真面目な顔で構えたらだめだよ〜、って言ったとたん、沢山の見知らぬ観光客のカメラに囲まれて緊張していたのか、意識する笑顔が益々ぎこちなくなってしまいました。
ごめんね、黙って撮りゃ良かったのにね、テヘへ。
この左の子は控室では見なかったので、上に残っていた団員でしょうね。
まさか、この子が独唱者っだったなんてことは……判らないものね。
手を振ってくれたさっきの気さくな少年は、アウガルテンに戻るために、他の出口で待っている小型バスの所にでも行ったのかもしれません。

ピッピ達はそろそろ出発の気配を見せていますが、その前にもう一人大きな団員を呼び止めて最後の記念写真を頼みました。
だって、この少年だけがレインコートを着ていなかったんですもの。
画像
年長組なのか、とても落ち着いた優しそうな少年です。
帽子を取ってにこやかにポーズを作ってくれました。
でも私はきちんと帽子を被っている団員が撮りたいのです。
ちょっと瞳だけを向こうに向けてくれたら悪戯っぽくなるんだけどなぁ。
親切な彼は快くそのお願いを引き受けてくれました。
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あれ? 他の観光客の方は周りにいなかったのかな。
(何だかルカの時もこんな感じでファンの邪魔をしないで済んだの)
こういう運のいい時もあるんだけれど、もう時間の方が無い

      あっ、しまった

これがウィーン少年合唱団の最後の写真になるのなら、昔の団員みたいにピシッと胸を張って、腕を後ろに組んでもらうんだったぁ。

あんなに長いミサ曲を歌ってくれてご苦労様でした。
……なんて言う言葉も掛ける時間さえ無い最後でした。
baer-0103.gif von 123gif.de

おまけ・・・・・・・
小癪にも私が写真に撮った所と同じ場所が写ってるわい。



さて、これを公開した後にはまたオーストリアに向かって旅立ちます。
そう、ザルツブルガーラントのアルペンドルフのホテルです。
今回はミュンヘンを迂回して、オーストリアのアーヘン湖に一泊します。
そして山脈の景色を眺めながら、到着はお茶の時間になるでしょう。

ルカのおじいさんの育った美しい山岳地帯の風景を見ながら、また食欲が旺盛になって10キロは太る事を覚悟しなくちゃ〜、ウッシッシ。

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コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
ponkoさん 良い曲を聴けたのね。
シューベルトのミサ曲で一番好きなD950、日本ではミサ曲6番と言ってます。クレドの途中からソロが入ったの覚えてる? あの部分がとにかく好きでレコードやCDも集めました。ベームは76年ごろかしら。ホーフブルクで聴けるなんて運がいいわ! めったに入れない控えの間での鑑賞も、素敵な思い出になりましたね。丸いパンは私も体験してみたいです。ミサの映像でよく見るやつだわ。

パルメンハウスっていいですね。あの時代に鉄でつくられた構築物はデザインが素敵。ヨーロッパのプラントハンターたちが、世界中の珍しい植物を収集しては本国に持ち帰ったと聞いています。

回転する尻切れトンボの動画は、別の意味で面白かった^^ 横向きだぁと思っていたら回ったんだもの。
2人並んでいるのはMihail(左)とMarcus、上級生はMaurice 昨日彼は卒業しましたよ。そう、1日が卒業式。日本に来たことのある団員たちも成長して、卒業していきました。
maa
2016/07/02 14:00
いつもとても素敵な映像と可愛い歌声と面白いコメントにスルスルっと‥楽しませて頂きました

今日も
睡魔と暑さで
bububa
2016/07/02 15:23
Ponkoさん、今回のブログはびっくりだらけだわ。

Sakristeiでミサを聴いたのね!すごいね。あそこは一般の人は入れないのよ。ミサの関係者の家族や知り合いなどが座る席。きっとピッピさんのお知り合いのおかげなのね。
という私も、昔はいつもここで聞いてたんだけどね。当時は、ここにはテレビはなかったわ。

パンを貰ったということはPonkoさんも洗礼受けてるのね。知らなかったわ。私は違うから貰ったことないけど。

でも一番びっくりしたのは、PonkoさんがPalmenhausからHofburgkapelleへ行く通路をすでに経験したこと。
私、この通路の存在を知ったのは、5年くらい前に同僚から聞いてからなの。それまではミサに参加するWSKの楽屋口みたいに思ってたから、近づいたことなかったわ。あの先が通り抜けられて、PalmenhausからRingに出る近道って知った時はびっくりしたわ。まさに灯台下暗しよ。

ところで祭壇の左で歌ってる人たちはChorus Viennensisの人たちですよ。つまり元WSKです。だから上手なの。

SchubertのEs-Durは、大好きな曲だわ。私も聴きたかったな。これはいいソプラノソリストがいないと歌えないはずだから、これが聴けたのはラッキーだったのよ。
Pfirsichchen
2016/07/02 18:40
maaさん
いつも素敵なコメントをありがとう。
maaさんのコメントを楽しみに来る人も此処にはきっと沢山いるんだわ。
ありがとう、此処に写っているハイドンコアの団員達にようやく名前が付いたわ。

あの丸いパン……と言うか、オブラートみたいなものは憧れていた方が良かったなぁ。
何じゃこれ、と思ってしまったわ。

動画は本当にごめんなさい。
ソロがとても綺麗だったのに残念。
カメラを縦にして撮ったら、横に写ってたの知らなかったの。
いい勉強になったわ。

教会では6月のうちにフロシャウワーさんの最後の指揮でハイドンのテレジアンミサがあったのよ〜。
もし、それがわかっていたら何としてでも行きたかったなぁ。
本当に勉強不足で運を掴み損なってばかりです。
ponko310
2016/07/02 18:47
bububaさん
ウィーン少年合唱団のファンじゃないからあまり興味は無かったかもしれないけれど、ウィーンの緑は綺麗でしょう。
歌声はいつも可愛いのよね。
暑さが始まったようで気を付けてね。
ponko310
2016/07/02 18:53
Pfirsichchenさん
いつも興味深いコメントをもらえて実に感謝しちょるぞ〜い。

へ〜、私が座っていた所はザクリスタイなんていう名前が付いていたのね。
ルカにもココにも控え室で聞いたのよ、なんて書いちゃったわ。
でもブログを見れば彼等にはそれがどこだかすぐに判るから、ま、いいや。
あなたもそこで聞いていたことは知っていたわよ・・・ルポのおかげね、ウヒヒ。
いつか彼にも会ってみたいなぁ。
72年組は思い入れが深くって!!

私が辿ったPalmenhausからの道順をあなたが知らなかったなんて私の方が
驚いたわよ。
でも私は方向音痴だから、もう一回行けって言われても迷うかもよ、テヘへ。

え?! そ、そうだったの?……あれは元団員達のコーラスだったんだ!!
もう、めっちゃくちゃにほれぼれする気分で聞いたんだわ。
ソプラノの少年の素敵な歌声もほんの少し動画で撮れたし。
まぁ、私って本当になんて素敵な運に恵まれたんだろうね。
あなたのコメントでそれがわかった〜!。
でも、カメラが入っていたから、どこかでこのミサが見れるかもね。
私は洗礼を受けていないけれど、パンは大阪の大司教様が私達のところにいらして祝辞と共にくださったの。
それも凄く運が良かったから戴けたと言う事がわかったわ。

何だか、みんな本当にウッソ〜みたいな経験だったんだね。
ponko310
2016/07/02 19:40
ウィ‐ンの街にあるものなら、ゴミ箱でも好き!って言う気持ちがよく分かります。
いまだに、私はそんな事を思っていますょ〜。
その、まさに今私が大好きな大阪からドイツに招かれていた大司教さまがいたなんて驚きました。
大阪=阪神タイガ‐スが好きなおっちゃん、みたいなイメ‐ジだったので意外すぎてギャップが凄いです。
と、そんな大司教さまから頂いたパンならおかげがありそうですね☆
YUKARI
2016/07/03 21:12
こんにちは
コメントが遅くなってすみません。実は記事を3度ほど読み返させていただいていて、盛りだくさんの内容にどういったコメントをしようかと色々考えておりました〜

私は合唱団のことは、伯母様のブログで教えていただくばかりなので、あまり気の利いた突っ込みを入れられないのですが、ミサで合唱を聞いたり、パンをいただいたり・・・とのこと。
私は大学がプロテスタントの学校だったので、何度か礼拝に出たことはありますが、日本の礼拝は(日本の・・というか、日常的な礼拝のせいかもしれませんが)割と簡単だったりします。
大阪の司教さんがいらっしゃってたくらいなので、一種イベントのようなミサだったのだと思いますが、一度そういう場所に伺ってみたいように思いました。
私は無宗教ですけど、そういう荘厳な空気に触れると、磨き読められたような気持ちになれますね。

いつも合唱団の動画ありがとうございます。今後も楽しみにしています。
ねぎ
2016/07/04 22:17
YUKARIさん
う〜ん、現実はそんなもんじゃなかったって言う事の方が多いからね。
夢を見ている間が一番幸せ。
大司教様はとてもやさしそうな雰囲気が体全体からあふれ出ていて、そばに来ていただいた時は何か安心感を覚えました。
私は運が良すぎたのかも。
ponko310
2016/07/10 06:48
ねぎちゃん
今回のミサは聖霊降臨祭と言ってキリストの復活から50日経った日曜日に行なわれるの。
カトリックのミサはプロテスタントに比べると確かに厳かですね。
スイスやドイツやオーストリアの田舎ではみんな民族衣装を着てミサに出ているの。
そりゃあ、見ものだわよ。
さっきサンクトヨハンから戻ってきたばかりなので、頭の中がまだ華やかな民族衣装の人達で一杯です。
忘れないうちに編集を始めますね。
6日で3キロ太ってしまったわ。
ponko310
2016/07/10 07:11
姐さまの行かれるところに狸様のお導き有り。
偶然が必然を呼ぶのかその逆か、いずれにしてもお見事です。
そしてその貴重な体験を私たちもブログで読ませていただく。
こんなに嬉しいことはありません。
姐さまと狸様のコンビに感謝かんしゃです。

カトリックの儀式はそれのみでもムードいっぱいなのに、加えてWSKとコルスビェネンシスの聖歌、それにウイーンフィルメンバーによる演奏。
もうたまりませ〜ん。
おみやげの横向きから入る動画の素晴らしい歌声に、もう熱くなり過ぎて蒸発してしまいそうです。
ホーフブルクのミサは贅沢過ぎます。

これもお導きなのか、新入団した馴染みのない天使君も沢山いるのに、帰りに撮影された写真が来日したミハイル君。
当時を思い出して懐かしいです。
そうです!姐さまと狸様のお通りには、たとえスナップ写真であっても誰も邪魔は出来ないのです。

これから行かれるルカさんのおじいさまの田舎でも何かが起こりそうですね。
おじいさまがいらっしゃるとか・・・・・。
続きを楽しみにしています。
yuka
2016/07/12 00:38
yukaさん
な、なんというオーバーなコメントをくれるんじゃいな。
今回のホーフブルグはブログにも書いたようにすべて運が良かっただけなんだわ。
写した少年たちは私にとっては全くの知らない団員だから、yukaさんに喜んでもらって安心しました。
私の代わりにyukaさんやmaaさんが行っていたなら、感激はもっと大きくて甲斐があったんじゃないかなって思います。

ルカのおじいさんの故郷はとっても素敵でしたよ。
でもね、そこで見たサッカーの試合はドイツが負けてしまいました。
まだウィーン訪問の編集が終わっていないのに、庭仕事で時間が取れないんだわ……と言うのは嘘で、編集をサボってるだけなの、えへへ。

ponko310
2016/07/12 03:12
動画が増えてましたね。
ミサ曲6番、ベームのはゆっくりで重い。他に60年代から90年代、ほんの一部だけどつい最近の日本人ヒビキ君のとか、いろいろ聴きました。いつかライブで聴きたいです。ハイドンのニコライミサとこの6番とドイツミサ曲は、本当に好き。
FBよりインスタグラムが好きで、365austriaとか、salzburgerlandというアカウントが素晴らしい風景写真なの。ponkoさんが撮影したようなきれいな写真が更新されてくるのが楽しみです。ルカのおじいさんの故郷も素敵ね。日本の山岳地帯とは少し違う。草花とか空とか山の形とか、少しの違いがもやもやっと憧れにつながります。
たぶん私は今だに、ウィーンにあるものならゴミ箱も犬のウン〇用袋も好きかもしれない。だってあの黒い袋、もったいなくて使えないもの。
maa
2016/07/19 00:21
maaさん
コメントが入ると嬉しくてサボっているブログを書く気が湧いてきます。
きゃっ、あの黒い袋ね、えっへっへ。
今度の土曜の記事に出てきますからね。

私もドイツミサ曲が大好きです。
インスタグラムって、まだ馴染めないんだけれど、maaさんの言葉でちょっと興味が湧いてきました。

ルカのおじいさんの故郷は素敵なのに、農場を引き継ぎたくなくて都会に移ってしまったそうです。
外国に行ってしまったルカもそういうおじいさんの血を引いているのかしらね。
彼の今いる仕事先は地獄のように暑くて汗ばかり掻いてるんですって。
日本もそうだろうし、過ごしやすいこちらの夏をみんなに分けてあげたいくらい。
ponko310
2016/07/19 02:53
Ponko様
今まで何回となくブログにお邪魔しては、そうなんですよ〜そうだったんですか〜って独りで感動、感激をさせていただいておりましたが、
今 こうして近しくお話させていただくようになって 改めて記事を読ませていただくと また違った思いにかられます。
いつか Ponkoさんと時間を気にせずゆっくりと歩いてみたい。
あのホーフブルクへの細道…懐かしいです。
私が初めて聴く事の出来た礼拝堂。そこには Fahrnerさんが歌っていらした。彼はウィーン少年合唱団員としてまたヴィエネンシスの一員として何度ここで歌われたのかしら?
それから4年後 彼はこの礼拝堂で結婚式を挙げられました。
それから33年後 彼のご葬儀がここで執り行われました。
そして その数日後 ウィーン少年合唱団やヴィエネンシスの皆さんで追悼ミサがこのホーフブルク礼拝堂で捧げられました。
いつかPonkoさんと誰もいないこの礼拝堂に座って 涙を流したい。
彼への感謝の祈りを捧げたい…。
ek
2017/05/17 06:35
ekさん
あなたのホーフブルク礼拝堂にはただの憧れとは違う特別な想いが秘められているのですね。
私達のとても愛した元団員達が歌っていたと思うだけでもぞくぞくしてしまうのに、あなたにはそれ以上の嬉しくて悲しい思い出があるんだ。
そうね、いつか一緒に誰もいないこの場所にひっそりと座って、いろいろな想いに浸ってみたいね。
あなたはきっと泣いてしまって、私もそれにつられて泣くに決まってるわ。
maaさんもyukaさんも連れて来ようよ。
猫の二重唱じゃなくて偲び泣きのカルテット。
あ、ゲンコツを喰らった。
ponko310
2017/05/17 18:55
ponko様
早速来ましたが、自分のコメントを書く前に、ファールナー君がここで最後のお別れをされたということを知りました。ホーフブルクはかつての合唱団員にとってミサ曲を歌うだけでなく、人生を語るうえでなくてはならない場所なんですね。
予定していたことは書けない心境ですが、確かにこの記事にモーツァルトコアがいますね。くったくのない今の団員たちの顔が、かえって悲しみを誘います。生きるってことは、こういうことなのね・・・。
maa
2017/05/22 19:19
maaさん
知らぬが仏って言う言葉、まさに必要な時もありますよね。
私が此処に来た時はただミサの事しか頭に無かったもの。
でも今は何だか、この礼拝堂がどっしりと重く感じます。
ponko310
2017/05/22 20:51
Ponkoさん、maaさん
ホーフブルク礼拝堂を何か重い所のような印象にしてしまった事、ごめんなさい。
私が初めてこの礼拝堂を見た時は、彼の歌うミサに感激の涙を流し、次には ファールナーさんが光り輝いて、少し照れながら結婚式での祭壇に向かう誇らしい彼の姿の写真でした。
先日、彼に関係ある方が彼について話された言葉を知りました。「彼の職業歴は少年合唱団員として王宮礼拝堂で歌う事から始まっていました。(中略)そして最後まで合唱団員であった王宮礼拝堂で葬儀・追悼ミサが執り行われました」
彼に親しいその方のこの言葉を嬉しく誇りさえ感じました。 決して、この礼拝堂では悲しみの涙は流すべきではないんだと。彼はここで彼の人生を全うなさったんだ!彼が愛した音楽に従事した王宮礼拝堂での彼の人生は悲しむものではないのだと知りました。
ek
2017/05/24 06:23
なにをおっしゃるekさんよ。
ごめんなさいとはもってのほかですからね。
私はあなたの言葉に自分勝手な感傷に酔ってるだけじゃわい。
でも、その方の下さったお言葉にまたまた感動です。
いいなぁ、人を平気で傷つける事が多くなっている今の時代にこんな言葉は胸に沁み込んで来ます。
今度はうっとりとホーフブルクを想って、感傷に浸っていますから。
ponko310
2017/05/24 16:23
ここにまた来なくちゃと思っていました。そして再び来てよかった。
だって私の天使君を発見したわ。ふふふ
動画の中でイェトミールの前に並んでいるメガネ君です。今はメガネはかけてないけど、古い写真だとメガネしてますね。この子が本当に素敵な声なの。60年代の懐かしくなるような響きがあって大好きです。たぶんミサ後の写真に写っているメガネの子も彼ではないかな。
動画でメインに映っている東洋系の少年は、ハジュン君韓国出身です。その後ろあたりにいる大柄でメガネをかけた子はセルビアの出身でサッシャ君。この二人がとびきりすごいソリストで、ハジュンは今は声変わりしてますがたぶん当時はソプラノだったと思います。きれいな声ですよ。サッシャ君みたいなアルトもめったに現れないかもしれません。ソプラノとの相性がいい素敵な声なのです。2人とも4年生で今年卒業です。
maa
2017/06/25 20:32
他の記事に依るとこのモーコアは日本で抜群の歌声を聞かせてくれたそうね。
私が撮った写真は此処で出し切ってしまったから、中庭でもっと撮っておけばよかったと今更くやしがっています。
何しろ急き立てられていたからなぁ〜。
それにこの子達が日本に行くなんて知らなかったのも残念。
あ〜、預言者になりたい〜。
ponko310
2017/06/25 20:55

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142 ウィーンの街の顔と魂 3 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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