青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 148 クラクフとアウシュビッツへのバス旅行 

<<   作成日時 : 2016/09/24 07:33   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 18

2016年9月15日〜18日

朝5時45分に我が家を後にして、ベルリン・アレキサンダープラッツ駅近くのバスターミナルに着いたのは6時45分。
バスは7時15分に出発するはずだったのに、30分も待たされたましたよ。
これが判っていたらちゃんと家で朝食を取れたのに、先を見る能力なんて持ち合わせていないので、コーヒーも飲まずに家を出て損したわぁ〜。
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あ、ちなみにベルリンの地下鉄のドアや窓は刃物で掻く悪戯書きから守る為にブランデンブルク門の模様の特別なラップが張られているんです。
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昔はガラスを引っ掻くような悪ふざけは無かったのに残念です。

3時間後にはドイツとポーランドの国境を何の支障もなく越えました。
緊張した国境の検査なんてもう、とっくの昔の思い出話。
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ポーランドではこのイギリスのBPガソリンスタンドが目立ちましたよ。画像

これを見るとどうしてもウィーン少年合唱団67年来日組のソリスト美少年マンフレット君が頭に浮かんでしまうの。

ウィーン大学で法学を学んだ彼は、後にBP石油会社のオーストリア支社の最高経営責任者になったんですもの。


その会社のガソリンで走っているのかいないのか判らないけれど、
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私達をクラクフの古都に連れて行ってくれるバスはこれです。
一瞬 MuTh と読み間違えて喜んだのじゃよ。    
しかし・・・・・・しかし・・・・・・
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そのバスから見えるのは広大なトウモロコシ畑とそれに続く田園風景ばかりなので時間が経つにつれて退屈になって来るのでした。
何だかまるで一昨年のアメリカ旅行を繰り返しているみたいじゃないかと内心いきり立つ寸前に街に入って来ましたが、クラクフではない
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バスの行先を見た時から判っていたんだけれど、観光客にはクラクフに行く人に混じって、ヴロツワフを訪れる人達も乗っていたのです。
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この古い街には6年前の冬に観光に来ていましたが、大雪で何も見えなかったので、今回はバスの中からでもその実態を見ましたぞ。
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ヴロツワフの観光客はこの騒然とした通りのホテルに宿泊ですってさ。
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古くて鼠色のこ〜んな建物を見たら45年前に行ったポズナンのペンフレンドのヴォイテク家族のアパートを思い出して胸が時めきましたherz-0003.gif von 123gif.de
(記事30 http://ponko3.at.webry.info/201307/article_1.html
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最後の高速道路料金所(ちなみにドイツは無料ですを通過したのが19時を過ぎていました(こちらの午後7時はまだそれほど暗くないでしょう)
え〜 つまり、クラクフには12時間近く掛かって着いたんですね。
バスは規定通り2時間毎にトイレの休憩時間を取っていたから、ベルリンからウィーンに行くより時間が掛かったって事……でも、ま、いいや。

ブロ友の yukaさんが前のコメントで、ショパンに関して何か見つかったら教えてって書いてくれましたが。。。。。。。
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   ご希望通り、もう着いたとたんに見つかりました
私達のホテルの名は『 ショパン 』でしたよ〜
え? はい、すみません。 調子に乗ってかなりふざけてます。
ま、ホテルの中身は此処で  勝手に見てください。
https://jp.hotels.com/ho132374/u-in-hausu-iji-shopan-kurakufu-kurakufu-porando/?locale=ja_JP&pos=HCOM_JP

バスの中でポテチをつまみ食いしていたのでお腹が空いていません。
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この季節にしてはとても暖かい夜だったので、テラスで夕飯をいただきましたが、注文したのはフィッシュ・アンド・チップスでした。
電灯の下のパラソルのジヴィエツビールのトレードマークが可愛い。

翌朝はまず窓からの景色を覗いて………え〜、何だかラスベガスのホテルからの景色に共通しているような気がするなぁ〜。
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芝生を越した手前には何らかの遺跡の(勉強不足)発掘場所があって、その先は旧市内に向かう市電の駅になっていました。

朝食後、ポーランドの女性ガイドさんがクラクフを案内してくれました。
その前に私のブログは観光案内ではない事を念頭に入れておいてね。
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まずはバスに乗って地図の下にあるカジミエーシュ地区に向かいます。
黒い矢印はホテルショパンの方角で、徒歩で45分ぐらい掛かるわ。
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この地区には以前沢山のユダヤ人が住んでいて……あ、これ以上の説明は凄く長くなるのでやめておきます。
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私は勉強嫌いですから地理や歴史の説明を聞きながら納得はするものの、自分で調べた以外の情報はみんないい加減にしか覚えていません。

だから悲しい思い出が沢山詰まっているこの地区の事を知りたい方の為にこのリンクを見つけておきました。
http://www.luisaq.com/1262.html
『シンドラーのリスト』と言うナチス時代の映画を見た方はこのクラクフの街がシレジアという昔のドイツ領にある事を思いだすかもしれません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC

でもはっきり言ってこのリンクを見ないで見学して良かったんだわ。
私の身近には戦争後のシレジアから避難して来たドイツ人が沢山います。
その話を聞くたびに、抑制のない戦争へのむなしさを覚えるんです。
人は妬みと憎しみと欲をコントロール出来ない限り戦い続けるんですね。


晴天のクラクフの丘の上に立つヴァヴェル城……33度もある日でした。
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あんまり暑いもんで日陰を求めて足を速めます。
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でも、ひょっと後ろを振り向いたら、私たちのグループの人達がのんびりと丘を登って来るところでした
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私達はこのお城の説明を聞いた後、30分の自由時間。
http://witam-pl.com/2016/05/11/blog142/
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中庭の日陰に席を取って休んでいるとアジアからの観光客が……団体の中国人だと思ったらお行儀のよいベトナムからでした。

修学旅行で来ているイギリスの高校生達は快活で笑い声が絶えない。
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仲間を撮る為に腹ばいになった少年の姿が面白くて、そっと近づいて盗み取りしたら、丁度この少女に見つかってしまい、今度はみんながこちらに向かって大爆笑を送って来ました。

でも此処で一番印象に残ったのはね、
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まぶしい青空に映える雨樋の機能をもつガーゴイルなの。
持って帰りたいくらい気に入ってしまいました。

ポーランドには私の名前の揚げパンがあるんですよ。
つまり・・・・・・・イヒヒ・・・『 ポンチキ 』と言う名前です 
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左がそのポンチキで、右はベルリンの揚げパンのベルリーナ。
どっちも似ているんですが、ポンチキはバラのジャムでベルリーナはプラムのジャムが入っています。
但し、中に入っているジャムはどちらも同じように甘い、甘すぎる。

ちなみに『うまい棒』に興味を持った私に、友人がそれを沢山送って来てくれましたが、その「うまい棒」の味が全然着いていない『まずい棒』がクラクフに売っていました。
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20本ほど入っている一袋が70円ぐらいの値段でした。
でも日本の『うまい棒』も非常に人工的な味で美味いとは言えないね。

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観光の中にはローマ法王になったヨハネ・パウロ2世の住んでいた建物もありましたが、時間の都合で見学は出来ませんでした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD2%E4%B8%96_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87)
そもそもこういう観光は外見をさっと見るだけで、ゆっくり中を見たいと思ったら、個人で訪問しないとだめだって事なんですよ。

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ウィーンの街のフィアカみたいに、ここでも二頭立ての綺麗な馬車がお客を乗せて蹄の音も軽やかに走っていました。

織物会館のある中央市場広場に着くと、私達は此処で解散でした。
この後は塩の採掘場の見学があって、参加者はまたバスでの集合ですが、見学しない我々はホテルまで勝手に自分で帰れって事じゃ。
ま、明日の予定も自分たちで工面しなくちゃならないし、ま、いいか。
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どこかでコーヒーを飲もうかと、ふと横を見ると何となく騒がしい。
根っから野次馬根性があるので早速そちらの方に足を向けました。
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すると、なんでしょう
これはひょっとしてあのナチスとロシア軍のマークではないですか。
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聞くと1939年の9月のこの日、アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツはポーランドに侵攻し、同時にドイツと密約を結んだソ連が東部に侵攻し、第二次世界大戦が始まったという説明をうけました。

ぎゃぁ〜、いったいなんて言う日にぶつかったのじゃ。
でも、此処に立っている青少年たちの何と穏やかな顔なんでしょう。
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多くの悲しみを作った戦争が遥かな過去のものになってくれたから。
共産圏さえ知らない君たちはこのパレードに参加しながら、今日あるこの平和を噛みしめる必要も無いんだろうね。
それでいいんだと思う。
戦争なんて知らない時代がすべての人に訪れる日が来ればいい。
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あ〜あ、のどにビリっと来る熱いコーヒーが飲みたくなったよ〜。

カフェのある織物会館に近づくと、あれ、綺麗なピアノの旋律が。
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まぁ〜、なんて素敵なカフェなんでしょう。
まるでウィーンの街の片隅にある様な雰囲気じゃないですか。  
でも、この中に席を取るのは暑すぎてひっくり返るわ。
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だから、風通しの良いピアノの聞こえるテラスに座ろうね。
私が頼んだのはガイドさんの勧めるウィーンのクリームケーキです。
あのまろやかな味は、今でも唾が出てくるくらい美味しかったの。

青空に映えるガーゴイルも印象に残って消えないけれど、このカフェは本当にホッと一息つける憩いの場所でした。

そして、翌日の朝食を取った後は……
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昨日とは比較にならないほどの冷たくて鬱陶しい雨が降っていました。
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こんなお天気になるなんて、なんてついていないんだろう。
私達は北アイルランドからやって来たグループに合流して、一時間近く離れたある場所に向かっています。
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そこに着いた時は激く降っていた雨から小降りに変わっていました。
まるで必死に抵抗した後で、疲れ切って偲び泣いているような……

「アルバイト・マハト・フライ(働けば自由になる)」
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これはアウシュヴィッツのナチ収容所の入り口に記された文句です。
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まるで自由な人間が此処に入るのを拒絶するように冷酷な鉄線が延々と延びていますが、そこには強い電流が流されていたのです。

さて、ここまで編集したらまた写真を乗せる余白が殆ど無くなりました。
でも、本当はアウシュヴィッツやビルケナウの強制収容所の編集がこれ以上出来なくなって安堵しているのです。
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ねえ、みんなだってこんな写真見たくないでしょう。
これは収容された人達が使っていたトイレですが、好きな時に自由に使えるわけではなく、朝と夕の二回しか使用を許されなかったそうです。
他にも壮絶な場面が沢山あるのですが……ダメだ……書けない。

代わってビルケナウ収容所の焼却炉の瓦礫に添えられた言葉を載せます。
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このハートの石には「人生に限りあり、けれどかの思い出に限りなし」と彫られてありました。

ベルリンへの帰りのバスは行きと同様に長く、そのうえ二つの強制収容所の印象が深くて、夜遅く家にたどり着いた時はぐったりしていました。

そのままベットに倒れ込むつもりでしたが、ほんの少しPCを付けると、ルカからの「お休みなさい🌻🌙」のメッセージが入っていたんです。
わっ、絵文字まで入ってて可愛い〜、嬉しくて本当はお返事をしたかったのですが、この疲れた頭ではとりとめなく何時もよりアホな事を書きそうでそのまま電源を切りました。
でも、お陰で暗かった気分が紛れて………今度は反対に気持ちが高揚してかえって眠れなくなってしまったのでした。

かの思い出に限りなし・・・・・・・か。blumenkoerbe-0002.gif von 123gif.de




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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
PONKOさん、うまい棒を食べた事があるんですね。
ちょっとビックリ!!
でも私も、ポテチの方が好きです♪
おトイレは、、元々胃腸の弱い私には1日2回の時間が決まってるだなんて耐えられないです、、
でも、そういう場所だったんですよね、、
それから私も勉強は苦手で、今まさにずっと仕事の勉強漬けです↓。
PONKOさんのブログで、素敵なカフェやおいしいケ‐キを見てホッと一息つけました☆


YUKARI
2016/09/24 13:34
YUKARIさん
うまい棒は友人が来た時に教えてくれました。
それこそいろんな味があるって言っていたので、興味が湧いたの。
そうしたら沢山送ってくれた。
でも、味はあるけれどお腹いっぱいにはならないね、ははは。
私もポテチの方が好きだわ。
お仕事の方針が変わったの?
ごめんなさい、ずっと行ってなかったけれど、これからまたそちらに伺いますね。
私もトイレには行きたいときに行かなくちゃ耐えられないわ。
私達、良い時代に生まれたと思うよ。
でも、お仕事で体を壊さないように。
ponko310
2016/09/24 14:50
姐さま、ポーランドに入るといきなりBP社のガソリンスタンドですか?
冒頭から反応しまくりです。
以前、緑の党関係の会で講演されていたロマンスグレーなお姿をビデオで拝見しました。
WSKではソリスト、大学は名門ウィーン大学、社会に出られてからは最高責任者と、まさに夢見る夢子さんの王子様路線まっしぐらな方なんですね。
素敵です!
あの頃の王子さまの歌声をもう一度聴いてみたい。

ホテルの名前がショパンですか?
お食事に食パン(ショッパン)が出されたなんて書かれてなくてよかったε-(´∀`*)ホッ
ポーランドは彼ゆかりの地でクラクフにも何かあるのではと思ったのですが。
もしかしてカフェで演奏されていた曲がショパンだったということくらいは有りかもです。

ポンチキ様が美味しそうと脳のなんとか中枢が刺激されそうになったところに「甘すぎっ」と遮られ、行きかけたものが行けなくなったジレンマに襲われました。
こうなったら甘くないジャムを入れて自分で作るしかないですね。
クラクフの美味しそうなウィーンのケーキは食欲を遮られなくてよかったです。

私はアウシュビッツの記事はまともに読めません。
シンドラーのリストを含めそういう映画も観れません。
思い出は無限なり。。。。。楽しい素敵な思い出に溢れた世の中になって欲しいです。
姐さまとルカさんのように。
彼の絶妙な登場タイミングが、お二人のそんな思い出にいっそう花を添えたのではないでしょうか。
yuka
2016/09/24 21:27
ベルリンからバスでポーランドに行くというのは、ウィーンからバスでブダペストに行くようなもんだと思ってたけど、全然違うんだね。(国境まで30分、ブダペストまでは3時間)
地図見たら、Krakauはベルリンよりウィーンのが近いんだ。ふうん。それでも600キロを12時間じゃあ、大変だったね。きっと直通のバスならもっと早かったんだろうね。お疲れ様。
ドイツは今でも高速道路無料なんだ。オーストリアはもう20年くらい前からVignetteというシールみたいのを買って、1年毎に買い替えるシステム。そのシールをつけない車は罰金なのかな。詳しくは知らない・・・
ところで制限速度は今でもないの?もちろん全区間じゃないだろうけど。
最近、車で(もとい、車に乗せてもらって)旅しないから、全くわからないわ。
Pfirsichchen
2016/09/24 23:11
yukaさん
何ですか、あなたの今回のコメントは、それ自体が一つのブログ記事になりそうなくらい味があって、これを読む方も楽しまれるでしょうね。
まぁ、朝のショ(ク)パンも悪くないじゃないですか。
ウィーンのクリームケーキはパイ生地とバニラプディングで出来上がっていますから、自分でも作れそうですよ。

私もあの貴公子の優しい歌声の響きをまたこの耳で体験したいです。
彼は映画「悲しみの天使」の少年に似ていましたね。

アウシュビッツの重い印象は胸に深く沈む前に、ルカのお陰でまた塞き止めることが出来ました。
この収容所の事は私が書かなくても幾らでも調べられますからね。
私はひたすら世界平和を願う方の側に身を置きます。

ponko310
2016/09/25 04:16
Pfirsichchenさん
バスでベルリンから出るまで1時間はかかるくらいこの街は大きいもの。
ドイツの高速道路はバスや自動車は無料だけど、バスの最高時速は100キロで、工事現場などもあったから時速80キロぐらいだった。
プッ夫クンが車で走る時は大抵100キロで、たまに120キロを出すけれど、ポルシェやフェラーリなんか私達の横を軽く走り去って行くわ。
ponko310
2016/09/25 04:30
マンフレッド・キリアン君の横顔、時を超えてもやっぱりハンサムボーイだわ
そうそう!私も彼がBPオーストリアのトップになって、ドイツの緑の党のイベントに招かれた時の動画、観ました。
すっかりロマンスグレーになったけど、昔の面影はありますね。そしてまた、ここに来て近影を拝めて幸せです❤
ponkoさん、ありがとう♪
クラクフは日本でいうところの京都みたいな所かな?と思いながら読ませてもらいました。ショパンの曲をピアノで聴きながらウィーンのクリームケーキ🍰、最高だろうなぁ。それとは正反対に、あの🚽、写真だけで身につまされる思いがしました。1日にたった2回なんて。。。σ(^_^;)だったらとっくに膀胱炎だわ!!!
はっぴー
URL
2016/09/25 10:11
はっぴーさん
また懐かしの貴公子に会えておめでとう。
これは5年前の写真ですが、彼はいつまでたっても気品に溢れていて素敵ですよね。
私も彼の感情の溢れたあの時の顔をまだ思い出すことが出来ます。
今の彼の写真を見ても、ルカと同様この人たちには頭の中であの時のままの姿が浮かんで来るの。

アウシュビッツだけでなく此処にあるザクセンハウゼンのトイレも目を覆う気分でした。
トイレを使えない彼らの多くは表で用を足していたのでしょうよね。
ponko310
2016/09/25 17:19
ponko様
つい先日テレビでドイツでは小学生の時からナチスとヒットラーがどんなことをしたかしっかり勉強すると伝えてました。日本の場合、明治ぐらいまでは授業でしっかり教わりますが、肝心の近年の歴史は年度末になり時間がなくなり詳しく教わっておらず、日本がアメリカと戦争し負けた事も知らない若者がいる!とテレビが伝えていたとき唖然となりました。なぜ日本が戦争へと突き進んだか詳しく知ることは戦争を繰り返さないと最善の道だと思うのですが・・
子供のころから歴史が好きで今で言うなら歴女な私はアウシュビッツに関する本もよく読みました。「アンネの日記」も中学生の時読みました。過去の出来事に目をつむらず知ることが悲惨な歴史を繰り返さない・・と考えているからです。
話は代わってM・キリアン君、じゃないキリアン氏、エリートコースを歩んできたようですね。ロマンスグレーで素敵ですね。演説する彼の姿ユーチュブで見てみたい物です。


越後の雪椿
2016/09/25 17:38
越後の雪椿さん
歴史好きのあなたが羨ましいわ。
どこの旅行に行ってもあなたの周りには興味深い歴史で一杯なんですものね。
ベルリンも歴史の街なんですよ。
でも沢山有りすぎて私はいつも素通り。
私のところにもアンネの日記の本があります。
でも、読めない。
映画は何度か見ましたが、私なりの場面が浮かんでしまう本は読めないんです。
アルプスの少女の本だけでもずいぶん泣きましたからね。

私ぐらいの年になると世界平和を望むのは当然になって来ますが、平和の中で生まれてぬるま湯の中で育っている若者たちは、強制収容所の現実を見て読んで、少しでも苦しんできた人の印象が残れば、人を傷つける事なんて考えられなくなるのでは。
見方が甘いかな。
これについてはいくら討論しても終わりが無いような気がします。

キリアン氏の動画は演説ではなくて、確か環境問題についてのインタビューだったと記憶にありますよ。
ponko310
2016/09/25 19:00
あら、ごめんなさい!
オーストリアとハンガリーの国境まで30分はちょっと大げさかも。ウィーンのセンターから市を出るまで30分くらいかかるからね。だからハンガリーとの国境までバスなら50分くらいはかかると思うわ。
いずれにしてもウィーンもベルリンもかなり東寄りだから、旧東の隣国は近いわね。

プッ夫さんは安全運転なのね。でも100キロから120キロを安全運転と感じる私は、もしかして日本人の感覚じゃないのかしら?
Pfirsichchen
2016/09/25 20:49
Pfirsichchenさん
うちの彼が時速100キロを保つのは、それが一番ガソリンを喰わないからの理由よ。
典型的な節約家のドイツ人。
ponko310
2016/09/25 21:43
学生たちの制服かわいいですね。セーラー服日本みたい。ポンチキはバラのジャム?食べてみたいです〜。ここでうまい棒が出てきた!ポーランド暗い過去があるけど行ってみたいです。このトイレで決まった時間で順番に並んで使用したのかな・・・。トイレだけでも過酷な生活を物語ってますね。この薄暗い空がアウシュビッツの収容所を更に悲惨に見せています。
それにしてもルカくんは今でも天使ですね♡
nene
2016/09/28 06:43
neneさん
コメントをありがとう。
ばらのジャムは本当にバラの花で作るの。
ラム酒が入ってるのよ。
レシピ、欲しい?
Zutaten

10 Handvoll Rosen - Blätter, frische
1 Pck. Gelierzucker, ( 2:1 oder 3:1 )
1 Liter Wasser
3 Zitrone(n), ( Saft )
1 Pck. Vanillezucker
Rum
自分で作ってみたら?

プフッ……ルカね、昔は可愛い天使だったけれど。
中年な元団員達の平均を行っています。
しかし、おば〜はんにとってはみんなまだ可愛いテディベア連中なのよね。
ponko310
2016/09/28 07:12
私が住む市の隣町、習志野市には第一次世界大戦の後にドイツ兵の捕虜を収容する施設がありました。収容所ですが人道的だったと聞いています。
習志野は明治時代から軍隊の町で、司馬遼太郎の小説の舞台にもなりました。ドイツ兵は当時田舎の町だった習志野に、クラシックなどの音楽と演劇、ソーセージとベルリーナをもたらしました。ビールやワインの作り方も伝えられました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BF%92%E5%BF%97%E9%87%8E%E4%BF%98%E8%99%9C%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80
規模は小さいですが今も年に一度ドイツフェアがあり、地元のパン屋が作ったベルリーナも食べられます。日本人向けに甘すぎない美味しいジャムが入っています。
キリアン君のyoutube動画は何度か見ました。言葉がわからず残念でしたが、姿は颯爽としてかっこよかったですね。彼のことは数年前のWSKコンサートのプログラムにも掲載されました。定年退職したら日本にも行ってみたいとか話していますが、CEOでは定年の日も先のことになりそうですね。
キリアン君はエリートコースと思われますが、ルカ氏も努力され誇らしい人生を歩まれたのではないかしら。ATにとどまらず世界を舞台に活躍している。でもその忙しい合間にponkoさんにタイムリーなメールをするところは、初恋の姉さんを忘れず義理堅くロマンチックで素敵です。私が好きだったN君も可愛らしいおじさんになりました。それぞれに道は違うけれど、元気な様子を垣間見ることができ、ネットに感謝ですね。
maa
2016/09/29 00:54
maaさん
あ、その習志野の捕虜収容所だったのかな。
第一次大戦で戦ったドイツ人の捕虜によって日本で初めてベートーベンの第九が演奏されたって、高校の時に読んだことがあったの。
今maaさんのコメントに載っていたリンクを開いたらウィキペディアだった。
やっぱり習志野の収容所だったのね。
あの記事にはとても感動したけれど、青きドナウやベルリーナの事までは知らなかった。
その後で第二次大戦のナチの事を読んでドイツ人が嫌いになったんだわ。
キリアン氏の定年退職は何時なんでしょうね。
ウサギちゃんの時は運が良くて60歳で定年だったから、キリアン氏も同じじゃないかな。
でも仕事が面白くて引き延ばすことも考えられるわね。
ルカも今新しいプロジェクトに取り組んで多忙みたい。
今度は12歳の時に行ったインドでの仕事ですって。
また月に何度も出張するんじゃないかな。
PCを叩いている猫の画がそえてあったわ。
笑った。

maaさんが好きだったN君が歌っているクリスマスソングの動画がこの次の記事に載ります。
でも、64年組のファンだったらみんな知っている動画なのよね。
もう、新しいネタが無いので誰かの助けを待つしかありませんわい。

ponko310
2016/09/29 08:17
ponkoさんの記事を拝見していて、国は違いますが「ライフ イズ ビューティフル」という映画を思い出しました。
映画の感想というのは、人それぞれかと思いますが、自分は収容所でのシーンを思い出し、また泣きそうになりました。
当時の人たちを思うと、やはり戦争はもうあって欲しくないと思いますし、今でも怖い武器たちが作られ取引されていると思うだけで怖くなります。
ponkoさんのおっしゃるように良い意味で戦争の知らない人たちの時代が早く来ればいいのに…と心から思います。
yukitake
2016/10/26 16:27
yukitakeさん
あの悲しいライフィズビューティフルをあなたも見ていたのね。
私はドイツのテレビ放送で3回も見てしまったけれど、子供に対する父親の強い愛情には毎回胸を打たれています。
こんな記念館やああいう映画があるにもかかわらず、未だにあちこちで迫害が行われているのよね。

日本やドイツは敗戦後、戦いには参加していませんが、これ以上世界情勢がややこしくなるとそれも分かりませんよね。
アメリカとロシアがまた近づいてくれると心強いんだけれどなぁ。
ponko310
2016/10/26 18:21

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