青きドナウはウッソォ〜だった 

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<<   作成日時 : 2016/11/12 09:44   >>

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どうやら私の頭の中はこのブログでウィーン少年合唱団の事を書き出してから単純なミーハーになってしまったようです。(地が戻ったというか)

「ウィーン少年合唱団の楽しみなブログ 青木ドナウのポンコさん」

4日のアクセスレポートの検索で、リンク元ページにまたこんな言葉が飛び込んで来て『青木ドナウ』の文字にキャアキャア面白がって喜びました。
確か以前にも似た様な検索文字がやって来て嬉しがってましたよね。
目に付くかどうかわからないのに「楽しみなブログ」って書いて検索してくれる人がいるんだと思ったら居ても立ってもいられないくらい嬉しい気持ちになりました。
それに1日に「青きドナウはウソォ?+ウィーン少年合唱団オールドが良い感じ」と言う文字もアクセスレポートにあって、これにも素直に大喜び。
(多分その方からだと思いますがお願いがあってその一部を受理しました)
向こうは別に喜んでもらおうと打った訳じゃないのは分かっているけれど、 ウフフsmiley-0037.gif von 123gif.de  昔、ベルリンにあった三越の女の子が「ポンコさんだから」って言ってくれたあの時のジ〜ンとした感動が蘇って来る感じ。
そうすると何だか、この文字の主があの可愛い女の子達と重なってしまって、うわぁ〜、もうダメ smiley-0073.gif von 123gif.de
(記事15http://ponko3.at.webry.info/201305/article_2.html
経済的にも心情的にも苦しかった時期に、接した人達が無意識に掛けてくれた優しい言葉の数々が嬉しくて密かに感動した思い出が浮かび上がって胸キュンしてるんですよ〜。

若いころは歳を取ると感情が鈍くなるのだと思っていたけれど、ここまで来てしまってもそんなことなかった。(あ、動作は鈍くなってます smiley-0012.gif von 123gif.de
そのうえ涙腺までが緩くなって、それに繋がっている鼻腺に影響を及ぼす事この上なし……いや、これ以上は書かんわ。

もう一つオールドが胸キュンとするブログを見つけてしまったの
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67年組と69年組の指揮を務めたウーヴェ・タイマー氏の団員時代の合唱団が、一回目の来日で見せてくれた節度ある態度がここで実感できる。
座っている写真ではわからないけれど、舞台写真だとウーヴェ君(当時はね)はソプラノでピアノから2列目の少年じゃないかな。
http://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/f1117c6fdd9b326a9a45b0aa7587d4eb
確かに昔の(今も?)ウィーン少年合唱団員たちはバカでかい口の開け方をしてはいませんでしたよね。
それが彼等の上品さにもつながっているのかもしれません。



さて、ちょっとしたへばりつき病からケロッと全快して今日のお話はジャンダルメン広場の高級レストランでの仕事が始まった続きですからね。

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  (早番のダニーを捕まえて撮った朝のラングハンスのレストラン)
私の仕事は土日祭日を除く朝の8時から16 時半までと決まりました。
普通のレストランで仕事をする人には考えられない時間帯です。
けどそう言って喜んでいたのはレストランの基礎を知らなかっただけ。
土日祭日は大切なお客が多いから、私みたいなずぶの素人にキッチンでウロウロされたんじゃ仕事の邪魔にしかならないのです。
それに、ランチよりも夜のディナーの方が何倍も貴重な仕事でした。

少年の見習いも含めて14 人のコック達と、三人の皿洗い係がこのキッチンのチームでしたね。
勿論このみんながそろって出勤していたわけではなくて、早番と遅番があって、大きな宴会などが入ると皿洗いの人達はゴミ処理や清掃に夜中の2時近くまでキッチンに残っていたそうでした。

仕事場ではフランス語の名詞が多くて、聞いたそのままの言葉を書くと、ゾーシエがメイン料理の部門、エントロミテェがスープや野菜の部門、ガドモンジェがオードブルの部門、パティセリーがデザートの部門。
フランス語なんて難しくて嫌いですから、いい加減に聞いていい加減に聞き流していたので、今ではもっと確かではありませんね。
千切りの事をジュリエンとか、賽の目切りをブルノアスとか、アムスブシュって一口料理のことだったけかな?
専門家のココに聞いてみようかと思ったけれど、スペルも分からない必要のない単語をわざわざ引っ張り出す程重要な事でも無いわさ。

私が割り当てられたのはガドモンジェを担当する3人のコックの下請けみたいなもので、コック長からお客様に出す料理はしなくてもよろしいと言われて、ホッと一安心。

え? じゃぁ、私はいったい何をするの?

初出勤までは一週間の余裕がもらえましたが、その間に保健所で健康証明書を取得し、キッチンで動きやすいように軽いサンダルを購入。
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     色気なんて全くないでしょう?
それに、コックたちはみんな自分の包丁セットを持参しているのに…
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私は梟模様の普通のエプロン姿で、手ぶらで出勤しました。
ピチッと糊の効いた真っ白い料理服の若いコックたちには、こんなところも私のド素人ぶりが滑稽に思えたようです。

初出勤の日の最初の仕事は勇ましく包丁を振り回して、野菜炒め用のこれらの沢山の野菜を切ることから始まりました。
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ガドモンジェの若いチーフのトーマスが、お手本野菜の形を切って見せてくれましたが、そんなものは主婦だったらお茶の子さいさいの仕事。

ところが手ぶらで来てしまったので、共同の引き出しから見つけ出した西洋包丁は手入れもしていなくて使いにくい事この上なし。
それを見たゾーシエのコックのアンドレアスが親切に自分の野菜包丁(何とjapan_w015.gif von 123gif.de日本製を貸してくれたので、家にある使い慣れた自分の包丁を持参しようと思いつくまでの一週間、何とそれをずっと借りたままでした。
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ちなみに、引き出しの中にあった砥棒が上手く使えなかったので、アンドレアスの包丁が切れなくなると、呆れたことにざらざらした床のタイルで刃を磨いていたんですからね。
要するに、こういうところはロビンソンクルーソーのように、どこかの島に取り残されても私だったら結構生き延びるかもしれないな。

チーフのトーマスがまた、私好みのハンサム青年でね〜、ウッフッフ
え? もっちろん私は若くてピチピチしたイケメンなコック達のみんなを最初から自分の息子同様な気持ちで受け止めていましたよ。
初めに紹介された時にそう言ったら、何故かみんながドッと笑いました。
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ま、いいさ、本気にされないのは72年組のハネスの時から慣れてる。

自分の包丁と砥石を持参してからは、仕事がもっと面白くなりました。
コックたちは自分なりの研ぎ棒を持っていましたが、この砥石で研いでいると私の横にはいつの間にか何本もの包丁が横に並ぶようになりました。
そして、その黒い日本の研石はみんなのものになってしまったのです。

私の小さな果物ナイフは余りにも良く切れるので、それを黙って使った同じチームのアンドレアが指を切って、それ以来そのナイフを怖がるようになりました、ワッハッハ。
このアンドレアはジュリオと同じサルデーニャ島の出身で、主にパスタの担当でしたが、彼の作るイチゴのティラミツを食べたら忘れられなくなります。
アンドレアがイタリア語なまりのドイツ語で話してくれたのは少年の頃、いつもママの作るパスタを食べながらコックになる決心をしたと言う事。
オリーブ油を使った料理の国際大会で優勝したのだけれど、今の彼がコック長になっている高級イタリアレストランにはメルケル首相もお食事に行っていましたよ。
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セロリの筋まで取り去るような野菜切りが、初めは3時間も掛かっていたのが慣れて2時間で終わるようになると、他のセクションのコック達からも私に手助けの要望が来るようになりました。

料理の途中で突然不足するゾーシエの必須のバターの角切り。
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キッチンが50度にもなる事があるので、バターがすぐに柔らかくなる為に、これはいつもみんなが手を焼いていた仕事です。
私は出勤するとまず五つのバターを冷凍庫で固くしてから小さく切り分け、すぐに冷房の効いたゾーシエの引き出しに保管しておきました。
それ以来、野菜切りとバターの用意は私の仕事になった。

夏のキッチンは暑くて、一段落すると私は冷蔵室に逃げ込んでいましたが、ある時には60度にもなってしまったことがありました。
丁度ランチタイムで私達はてんやわんやしていた時で気が付かなかったのですが、熱で火事のアラームが自動的に働いてしまったんですね。
ラングハンスの前に消防自動車が何台も出動して来たのです。

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火が見つからなかったので、消防隊員がドヤドヤとキッチンにまでやって来たのでみんなびっくりしましたが、あれは面白かったなぁ〜。

面白いと言えば、近くにプラネットハリウッドのレストランもあって、時々アメリカのスターが訪問していましたっけ。
斜め前にはヒルトンホテルがあって、カサイ大統領が泊まった時は警察の護衛が凄かった。

当時の日本の会社システムでは考えられなかったことですが、この仕事に就いてから半年後に、2週間の休暇を貰ってスペイン旅行にも行きました。


11月はドイツの一年の内で一番どんよりした天気が続く時期です。

ルカから、君達がこのもっとも憂鬱な時期を逃れてテネリフェ島にいくのは素敵だね、と言われたように、私達はもうすぐシトロンの花咲く太陽の国に行ってきます。

無事に戻って来るまで寒いドイツとはしばしのお別れじゃ〜い。

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コメント(34件)

内 容 ニックネーム/日時
ponko様
ウーヴェ・タイマー氏、当時から眼鏡をかけていましたので、写真の眼鏡の少年がそうかもしれませんね。
越後の雪椿
2016/11/12 18:33
越後の雪椿さん
舞台での写真のウーヴェ君はメガネをかけていませんね。
ponko310
2016/11/12 18:40
イケメンコック集団が気になりますね。
外国でも包丁って当然使いますけど、外国にも日本と同じような砥石ってなくて、砥ぎ棒っていうのを使っているんでしょうか。
なんだか棒だと使いにくそうだなぁと思いました。
私も高校時代、学校に内緒でレストランの洗い場でバイトをしていましたが、飲食店で働くと食に対する価値観変わりますね。
食べ物は大事にしないとと思います。
ねぎ
2016/11/12 20:05
ねぎちゃん
イケメンコックたちのお話はまだ続きますよ。
若くてカッコ良かったコック達も、今はジュリオの様なオッチャンになってしまいましたが、嬉しい事にナイト達と同じでその中身は変わっていないのよ。
砥棒の写真を新たに張り付けました。
オッホン、食べ物に関しては、私のところはこの9軒の内で一番食品ゴミが少なくて自慢です。
ponko310
2016/11/12 21:37
映画「野ばら」のHermannが噂どおりタイマーさんなら、確かに前列ピアノから2番目のは彼みたいですね。いつかご本人に「Hermannはあなたですか?」と聞いてみたいのですが。
Ponkoさんの、キッチンでのお話、ものすごく面白い。続きがとっても楽しみです。
ゾーシエってもしかしてスーシェフのことかしら?
Pfirsichchen
2016/11/12 22:05
ロバのパン屋さんのイラスト可愛い❤
ウヴェ・タイマーさんのウィーン少時代も見ました♪
確かに独特の口の開け方ですね。それにしても練習厳しそう。(^^;
はっぴー
2016/11/12 22:25
Pfirsichchenさん
お〜や、あなたからのお褒めの言葉をもらえるなんて何と嬉しい💛
キッチンでの出来事は面白い事がいっぱいあったからね。
ココが教えてくれたサケのシロップ煮みたいな簡単なレシピなんかも書くかもね。
ソーシエって多分、お肉やお魚を担当していたから料理の命ともいえるソースを作るセクションじゃないかしら。

何かの折にタイマー先生に遇ったら、ヘルマン君の事を聞いておいてね。
67年組の時に野ばらの彼がそうだと知っていたら、絶対に聞いていたわ。
当時は結婚していたのかどうかわからないけれど、「私の彼女の為に真珠のネックレスを買いました」って言ってたのを思い出した〜❢❣
ponko310
2016/11/12 23:54
はっぴーさん
エへへ、ロバのパン屋さんの記事は最初の頃に書いたからあのイラストは借り物です。
タイマーさん時代の合唱団はまだ本当に厳しかったかもしれないけれど、それだけウィーン少年合唱団員である事の自覚と誇りが高かったんだと思うわ。
彼等が座っている姿を見るだけでも揃っているし、エレガントさを感じるものね。
ponko310
2016/11/13 00:07
姐さま、WSKが発音で出演中の語学番組「旅するドイツ語」の録画を観ながら(聞きながら?)ブログのコメントを書かせていただこうと思ったら、タイマー先生が「野ばら」の中にいらっしゃるというPfirsichchenさまの話題が気になり、急きょ予定変更して「野ばら」のビデオを観直すことにいたします。
念願叶ってタイマー先生にお会い出来ればいいんですけど。
そんなわけでコメントはまた後日に、、、失礼しま〜す(^_^)v
yuka
2016/11/13 00:33
ごめんなさ〜い!「聞いたそのままの言葉を書くと」って書いてあったから、つい、最近の日本のドラマやアメリカ映画やフランス映画(全部料理の映画)などで、スーシェフって言葉を覚えたばかりの私は、ソーシエ?もしかしてスーシェフ?なんて思ってしまいましたよ。しかもメインの担当者って書いてあったから、「うん、きっと副料理長がメインを担当するんだ!」と思ってしまった。

ここにありましたよ。
http://www.fcaj.or.jp/tips/word/1260

正確なカタカナで検索すれば、フランス語のつづりもわかるかもね。

さっき書き忘れたけど、やっぱり砥ぎ棒より砥石のが、こっちのプロにもいいんだね。
私は面倒で砥ぎ棒使ってるけど、あまりよく切れないから砥ぎ方が悪いのかなと思ってたけど。
Pfirsichchen
2016/11/13 00:48
yukaさん
私も最近、ブロ友からそのNHKの番組のリンクをいただいて見ました。
映画の野ばらは何回も見ているから、ヘルマンはすぐわかるわよ。
トニーが最初の日にアウガルテンで野ばらを歌う時に、助け船を出した綺麗な声の金髪の少年。
https://www.youtube.com/watch?v=xov7HAaBYCw
ponko310
2016/11/13 01:25
Pfirsichchenさん
役に立つリンクをありがとう。
ひぇ〜、私は耳で覚えただけだけれど、これを見て思い当たる言葉が沢山出て来たわ。
でも今は絶対に使わないからね。
うん、スーシェフ(副料理長)は確かにソ−シエの担当だったわよ。
凄い日本ファンで、私がいない間によく私の包丁を研いでおいてくれたの。
研石の使い方を覚えたコックは、絶対に欲しくなると思うわ。
当時は手に入れるのが難しかったけれど、今はネットで何でも買えるものね。
ponko310
2016/11/13 01:48
エレガントな天使たちの凛とした空気が伝わってきます。
私も「旅するドイツ語」、毎回観てます。ウィーン少のちょこっと出演も番組に花を添えている感じがします。先週は忘れかけていたエルフ、ツェルフを思い出しました。(^^ゞ
はっぴー
2016/11/13 20:53
姐さま、ヘルマンさんの動画ありがとうございました。
DVDでは、制服に着替えたトーニをマリアさんが紹介する少年たちの中に彼の自己紹介シーンを発見しましたが、あまり映っておらず。
実際に教えていただいた彼がタイマー先生だということも、私の拙い記憶ではどう観てもわかりませんでした。
一番思い出のある67年組の先生だというのに、こんなものです😞

姐さまの料理人体験記も面白くて楽しそうです。
しかしそれは、そうではない事も全てを受け入れてユーモアに変化させてしまう姐さまのお人柄から来るものだと思います。
そうやって料理の腕を上げ、最後には愛しのプッ夫さまの胃袋をつかまれたんですね。
Σ(゚∀゚ノ)ノキャー〜〜〜〜〜〜!

ご旅行はお気をつけて行ってらっしゃいませ。

さて、次は何が起こるやら。。。
楽しみ半分、怖さ半分でお待ちしています。
yuka
2016/11/13 22:02
はっぴーさん
エルフ、ツヴェルフ、ドロライツェーン……やっぱり少しドイツ語をやってみたんですね。
英語と全然違うものね。
NHKのドイツ語でウィーン少年合唱団の団員達に発音の手助けをしてもらうのはいい考えだけれど、可愛らしいウィーン訛りが聞こえないのはちょっと寂しいな。
51年組の写真は大人びていて今の感じと違っているでしょう。
今年のホーフブルクで団員達がどやどやと駆け込んできた時にはそこにいた大人たちが慌てて制してたわ。
あ〜ぁ、どっちがいいんだろうね。
ponko310
2016/11/13 22:24
yukaさん
今回の記事にもこんな素敵なコメントをいただけて恐縮で、その何倍も嬉しいです。
ウーヴェ君の場面では、一番最初に教会でミサを独唱しているのも彼ですよ。
ね、幾ら可愛い団員達でも、おじさまになってしまうとすっかりわからなくなるでしょう、うふふ?

それに、男性にとって幾ら恋した美人でも毎日見ているとマンネリ化してくるし、セクシースタイルなんて年取れば悪くなってくるものでしょ。
でも、美味しいものを食べたいと思う気持ちは一生変わらない。
ドイツでは「愛は胃を通してやって来る」って言う格言があるの。
美味しいものを作って、好きな殿方の心を掴みましょ〜。
ponko310
2016/11/13 22:40
日本の包丁と砥石は本当にすごいと思います。世界に誇れるね。最近は世界の料理人が日本に包丁を買いにきてる。

ところで、ここにもウィーン少初来日の可愛い写真がありますよ。元が印刷媒体らしくてちょっと粒子が粗いけど、タイマー先生もいます。

http://blog.goo.ne.jp/zenyam/e/e23c9a886841b31f6c89d7b67ad93ad5
maa
2016/11/13 23:59
忘れていたので連投です。
自宅近所(船橋)で「ろばのぱん屋」の歌が聞こえた時期がありました。10年・・・いやもっと前かな。ちょっとネットを叩いたら、こんなのが有りました。
https://www.youtube.com/watch?v=3Ck5JKVaGRM

そうそう、今はろばじゃなくて軽自動車で、この歌をスピーカーで流していました。家の前は通らなかったから、買ったことはありません。
maa
2016/11/14 00:24
maaさん
うわぁ〜、また新しいリンクをありがとう。
そこでも当時のウィーン少年合唱団員たちの規律の良さが書いてありますね、ウォッホ〜ィ!
やっぱり、昔の団員達は私にとって今でも貴公子でありプリンスなんだわ。

ロバのパン屋さんの歌も凄くかわいいね。
私はそんなのは見たことも聞いたこともなかったの。
3年前にあの記事を書いた時、コブレンツの友人に歌があるって聞いたけれど、YouTubeで探す知恵も無かったから、これを聞くまで知らなかった。
動画の写真を見て笑ってしまったわ。
だって私や弟の小さいころに似ているちびたちがいっぱい写ってるんだもの。
maaさん、いつもありがとうね。
ponko310
2016/11/14 01:16
Ponkoさんはもう当然わかってると思うので、もしよかったらyukaさんにご報告させて下さい。

ヘルマン少年は「野ばら」で、ただひとり、ピープスやフリッツと違ってストーリーに関係ないのに、一番目立つ少年です。Ponkoさんがご紹介した、教会のミサでのソロや、トーニのテストで助け舟を出した他は・・・
モーツァルトの「バスティエンとバスティエンヌ」のデュエットの後、モダンリズムでピアノを弾く。ゼキルンで、ケプラー先生の歴史の授業で指されて、「僕、そこにいなかったから知りません。」と答えたのも彼です。(その前に先生が「ヘルマン!」と呼びます。)そのすぐあとのシーンでは、オペラの準備の時、偽鼻をつけてケプラー先生の真似をします。
タイマーさんの当時の写真は、1969年の日本公演プログラムに載っていて、ヘルマン少年と同じ顔をしてますよ。ただ、「ヘルマンがタイマーさんだ。」と言ったウィーン在住の友人は、ご本人に確認したのか、その写真にそっくりだから言っただけなのかよくわからないのですが。

Ponkoさん、砥石、今度里帰りしたらぜひ買おうと思います。
Pfirsichchen
2016/11/14 03:30
Pfirsichchenさん
こらこら、記事の本体がまたとんでもない方向に行っちまうじゃないかい。
と言っても、昔の(72年組以前の)おしゃべりは私にとってウェルカムなんですけどね、ウヒヒ。
私の代わりにウーヴェ君の出現画面の説明をしてくれてありがとうね。
砥石は今ならヨーロッパでも買えますが、日本に行くなら買って帰った方が断然いいですね。
私はたま〜にお隣さんの包丁も研いであげているの。
よく見たら研石がかなり減っていたわ。

ponko310
2016/11/14 06:07
ponkoさまの働きぶりが目に浮かびます♪
どんな時でもユーモアがあって、仕事熱心だったら、どんな職場でも大事にされますよね。
ヨーロッパには砥石がなかったなんて、知らなかったです。
このお話の続きもと〜っても楽しみですが、ponkoさまの旅行のお話も楽しみ♪
また美味しいモノを食べて、教えてくださいね。
panana
2016/11/14 20:09
Pfirsichchenさま
ヘルマン少年ではありませんが,強力な「助け船」をありがとうございます。
心強いその船に乗せていただいて余裕で野ばら巡りをして参りました。
お教えいただいた場面は画面なしでも全て浮かんで来ます。
しかし、その時の彼が同一人物だったとは・・・・・気が付きませんでした。
ホントに今までどこを観ていたんでしょうね。
まだまだWSK修行が足りなかったと痛感しております。
こんな私ですが、今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致しますm(__)m

姐さま、Pfirsichchenさま、皆さま
タイマー先生で思い出しました!
来年は彼の率いる楽団がニューイヤーコンサートで来日する年のはず。
っと思って検索しましたが、2015年の分までしかヒットしませんでした。
今の時期になってもチケット発売の告知もありません。
あっても遅すぎますが・・。
来日がなくなったのであれば寂しい限りです。
(ノД`)・゜・。

yuka
2016/11/14 20:49
pananaさん
いやぁ〜、コメントをありがとう!!
楽しんで読んでくれる人がいて嬉しい❣❣
飛行機の中では座りっぱなしの時間があるから、頑張ってこの続きを書きますぞ、イェ〜ィ。
スペインではどんなことが待っているか、浮き浮きしています。
来月またブログで会おうね。
ponko310
2016/11/14 22:28
yukaさん
来年も日本にタイマー先生が指揮に来てくださる事を祈っています。
ニューイヤーコンサートでなくてもいいから来ていただきたいですよね。
そうしたらお会いしてヘルマンの事を聞かねば ❣❣
ponko310
2016/11/14 22:47
Ponkoさん、またまたyukaさん宛てのコメントです。

お役に立ててよかったです。これらのシーンは私自身、すぐに思いつくシーンだったので、たぶん、映画を最初から最後まで、じ〜っと見てなくても済むかなと思いましたので。
何度も書きますが、ヘルマンがタイマーさんであるかどうかは、今のところ不明です。もう何年も前に一度、フォルクス・オーパーでお仕事されていた時にお会いしたことがあるのですが、そのうちまたチャンスはあると思うので、その時は絶対にヘルマンの件、伺ってみようと思っています。
Pfirsichchen
2016/11/14 22:58
やっぱりドイツ語力の凄さも感じました
ドイツ人と同等に仕事できるんだもん
とってもとっても羨ましい限りです
でもすっごい努力の賜物ですよね
本当に尊敬しています
私も‥できる所まで残りの人生こそ悔いのないように頑張るね
本当にいつもヽ(・∀・)ノブログ有難う
bubba
2016/11/16 16:14
bubbaさん
ドイツ語を勉強中の人にはドイツ人の間で仕事をするのが夢かも知れないね。
私は単にウィーン少の団員達とドイツ語で話せるのが楽しかっただけなの。
でもそのおかげでそれが此処での生活の役に立っている事を何時までも感謝しています。
私もこれからの残り少ない時間を無駄にしないように前向きに進んで行きたいと思っています。
肩を組んで歩ける人にこれからも沢山出会えると嬉しいね。
ponko310
2016/11/16 18:54
Pfirsichchenさま、姐さま
ありがとうございます。
タイマー先生のお答えが、「Nein」だっらという一抹の不安も残しながら「Ja」に期待している私です。
お詳しい先輩方のおっしゃることを信じて待っていたいと思います。
もしかしたら、先生の組にいた元団員さんたちもご存じかも知れませんね。
それにしても、先生はフォルクスオーパーにいらっしゃったなんて凄い方なんですね?
「メリーウィードウ」のビデオを観たときは、オペレッタの楽しさだけでなく、ウィーン子の楽しみ、「オラが街の楽団」と言われているという由縁がよくわかりました。
日本公演ではチケット代も半端じゃないですけど・・・(◎_◎;)
yuka
2016/11/16 20:47
yukaさん
野ばらを見てみたけれど、いまいちあれはウーヴェ君だと確信したわ。
ponko310
2016/11/17 07:55
ponkoさん また、旅行するんだってぇ。
シトロンの花のかおりぃぃ
野辺にながれてたーだよぉう
なんか歌があったのを思い出したような。
木枯らしのふく冬空の下で毛を逆立てながら頑張るね。
どら焼きのあんこは、自家製だったの?。
おかめねこ
2016/11/27 01:39
おかめねこどん
コメントをありがとう。
残念ながら旅行からもう寒いドイツに戻って来ちゃったわよ。
シトロンの花は咲いていなかったけれど、気持ちよい気候だったわ。
もちろんどら焼きのあんこは私が小豆から作ったのよ。
森のはちみつ入りで、ほっぺたが落ちるよ。
ponko310
2016/11/30 22:48
梟のエプロン、どんなのでしょう?
私も朝の仕事ではエプロンをしているので、興味がわきました♪
年をとると感情が鈍くなるどころか、敏感になって困っています(^^ゞ
涙腺もここ最近は、よく決壊していますが泣いてスッキリもしてるかなと思います。
ponkoさんのブログは楽しいですね♪
続きにお邪魔しま〜す!
YUKARI
2016/12/04 19:52
YUKARIさん
キッチンでは本当はコックのユニフォームが良かったのですが、私はコックではないし、エプロンのまま通してしまいました。
フクロウのエプロンは私の日本の友人が昔プレゼントしてくれたもので、日本製ですよ。
まだ持ってます。
歳を取ると涙腺が緩んでくるのかしらね。
でもまだ若いYUKARIさんの場合は繊細な感情の持ち主だからじゃないかな。
泣いてすっきりできるならジャンジャン泣いた方がいいわ。
私は目下遠吠えの方よ。
ponko310
2016/12/04 20:50

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