青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 158 ウィーン少オールドファンのお部屋 2

<<   作成日時 : 2017/03/18 00:42   >>

驚いた ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 24

これは先日、ドイツ大使館がSNSに載せたセールス品です。
凄い宮殿だからクリックして大きくしてみてね。
アウガルテンパレスよりも風格があると思うんだけれどな。
画像
http://www.deutschlandfunk.de/barockschloss-dornburg-kaeufer-verzweifelt-gesucht.1769.de.html?dram:article_id=381211

ドイツ連邦共和国大使館・総領事館

*80部屋、5500平米、57万ユーロ(約6900万円)*

ザクセン=アンハルト州にあるドルンブルク宮殿、買いませんか?😎

ヨハンナ・エリーザベト・フォン・アンハルト=ツェルプストの命で1751年〜1758年に建てられたこのバロック宮殿。

彼女はアンハルト=ツェルプスト侯夫人であり、また当時のスウェーデン王アドルフ・フレドリク (アドルフ・フリードリヒ)の妹で、そしてまた後のロシア女帝、あのエカチェリーナ2世の母でもあります。

主な用途は夫を亡くした彼女が居住するための宮殿でしたが、諸外国の王族・皇族となった兄や娘が訪れた際にもふさわしくあるようにと、大きく、そして豪華に作られた宮殿なんだそうです。(でも実際に来ることはなかったそう)

20年以上も誰も住んでおらず、現在はザクセン=アンハルト州の所有だそうですが、部屋数80、5500平米で、57万ユーロ(約6900万円)で絶賛(?)売り出し中です。

東京のマンションに比べたらなんてお買い得!!

…に聞こえますが、実際には購入後の修繕・管理・維持費が莫大になることが見込まれますね。そのため中々購入希望者が現れないんだそうです。でも歴史的な価値を考えると、このまま朽ち果ててしまうのも避けたいですね・・

ちなみに屋根は修繕済み、ガスのセントラルヒーティングも完備されてるそう。ドイツの冬は中々寒いですが、家の中が暖かいのが基本ですからね!

どなたかお城に暮らしたい方、(勇気と余裕が必要ですが)いらっしゃいましたら是非😉(ちなみに写真は2001年当時)


凄いよね〜、こんなのが売りに出されるなんて。
欲しいけど永久に無理だわ。
そのうち中国人とかアラブ人が手を付けるんじゃないかな。

・・・・・なんて言うおしゃべりから始まる今回の記事でしたが、
geburtstag-0146.gif von 123gif.de3月の初めに来たekさんからの記事149へのコメントに影響されて、またずっと昔の事が懐かしくなってしまいました。
もう、へばりつき病の回復の見込みなしですよ〜。

当時、私の大好きな64年組にファンレターを出すなんて、自分にはそんな大それたことは考えも及ばなかったのですが、このブログでその64年組の記事を書いてから何とフロシャウワー隊の元団員と、当時からお手紙のお付き合いをなさっているという方からコメントが入ったのです。

もちろん文通だけでなく、64年組の元団員と結婚なさっている方だって、かの有名なシャーリング氏やピューリンガー氏と再会なさったオールドファンの方だっているんですけれどね。
でも、元団員の懐かしいその方が書いたお手紙の一部を読ませていただいたら、自分に来たわけでもないのにとても親近感を覚えてしまいました。

これは記事149に来たekさんのコメントだったのですが、どうしてもこちらの方に載せたくなってしまったのでOKをいただいてきましたよ。


2017/03/08 17:11

Ponkoさん
早々にお返事ありがとうございます。

1993年.12月の手紙より
「1994年は特別な年です。
 30年前日本を訪問した事をはっきりと覚えています。
 クリスマスの数日前、ロスナー・レオポルト、ハルハマー、 スメタナと会って、
 この記念をどう祝うか話し合いました。
 僕達は全てのメンバーとアウガルテンで祝おうと決めました。
 住所を集め、電話し この企画の発起人のフロシャウワー氏に報告しました。
 きっと上手くいくでしょう。
 この事はまたお知らせしますね。」

1994年の手紙より
「前の手紙に日本旅行30周年記念の集会について書きましたね。
 大成功でした。
 僕達全員とフロシャウワー氏、レーゲナメル氏、エリカさんとタウチュニッヒ博士と
 アウガルテンで会いました。
 フロシャウワー氏が日本で撮った短いフィルムを見て、
 素晴らしかった時について色々話しました。
 また近い将来皆で会おうと決めました。
 写真が届いたら送りますね」

1995年の手紙より
「僕達の集会の写真約束していたのに遅くなってごめんなさい。
 まだ約束期限有効ですよね?
 日本を訪問して30年後、
 僕達はあの30年前と同じように合唱団の写真を撮りました。
 1枚目ソプラノサイドー1列目左から…、 2列目…
 2枚目アルトサイドー…、
 フロシャウワー氏はピアノの前に
 レーゲナメル氏とエリカさんは合唱団の前に座っています」

1人1人の懐かしい名前が書かれていました。
また近い将来皆で会おうと決めたのに…
そうですか…ハルハマーさんお亡くなりになられたんですか…
来月7日 彼も日本で言う七回忌です。
また長くなってしまいました。
ek


憧れの64年組にいた元団員の方と50年もの長い間お付き合いが続いているなんて、とても素敵な事じゃんかぁ、とワクワクしながらそちらの方ばかりに気を取られていて、最後の言葉の意味を良く呑み込まないまま、この記事を書き始めていました。

ekさんの記事149への二度目のコメントでは彼からのお手紙を最初から読み返していたら寂しくなってしまった事が書かれていたので、それを日本演奏旅行の回想でメランコリックになってしまったと言うルカの気持ちや、思い出の記事を書き終わって現実に戻った自分の複雑な気持ちと重ね合わせて、ekさんのも過ぎ去ってしまった輝く青春への郷愁だ〜、などと勝手な解釈をして自己満足な共感を楽しんでいました。


去年だったか、ウィーンのメル友のお話の中に、大分前だけれど音響技師になった64年組の元団員の方をラジオ放送の録音があるコンサートで見かけたとその方のお名前が書かれてあったので、ekさんの2度目のコメントを読んだ時に、あ、あの方かなとその元団員のお友達が誰だかほんのりと察することが出来ました。
画像
これはその音響技師の方が手掛けたCDです。
CD Hersteller: ORF Radio Wien Tontechnik: Ing. Wolfgang Fahrner
そこには懐かしい64年組のファールナーさんの名前がありました。
雑誌の切り抜き写真で見ていた、いつも優しい笑顔の彼が頭に浮かんで、私の大層なお気に入りの団員のひとりだったことが思い出されます。

そして編集を進めるうちに気付いたekさんの最後の言葉……

「来月7日 彼も日本で言う七回忌です。」

え、ちょっと待ってよ !
七回忌って、なに  いったいこれは何のことなの

思い掛けない文字の書かれたこの1行を何度も何度も読み返しました。
この意味を頭の中で把握するのが怖いのに、把握してしまった心の方がその文字を読み返すたびにどんどん沈んで行くのです。

いただいたekさんのコメントには、私よりも若くして先に逝ってしまった、来日組の三人目の元団員の方の悲報が暗示されてあったのです。
呑み込みの鈍い頭でのほほんと書いていたこの記事ですが、今新たに編集し直すために私はekさんとのコンタクトを求めました。
blume-0347.gif von 123gif.deekさんのお話の中のファルナーさんは音楽について熱く語られ、自分の後輩たちが日本公演をする度に、必ず「公演に行きましたか? 感想は?」とお尋ねになられていたそうです。
ekさんは日本の合唱団で歌っていられたそうですが、彼女の定演での取組曲には彼がウィーンからいつも丁寧なアドバイスをしてくれていたとか。
当時(多分1970年かな)友達と一緒にウィーンの森少年合唱団に会いに地方まで行くことを書いたら「存分に楽しんできてください」と言う言葉を送ってくれたそうですが、日本でファンが自分に会いに来てくれた時の嬉しさを忘れていなかったからでしょうね。
彼は日本での演奏旅行の間も日記を付けていたのか、来るお手紙が日本にいた時と同じ日付に重なると、1964年の今日は何処にいましたと、そこにいた場所の名前が書かれていたんですって。
当時11歳の少年がいかに日本での思い出を大切に保管していたか、想像すると胸が苦しくなります。
ファルナーさん、私達だって、64年組の少年達の事、同じぐらい大切にしてますからね。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートにも音響技術で彼の名前が画面に流れていた時かあって、ekさんは思わずテレビにかじりついてしまったそうですが、私だってきっと同じ事をやっていたでしょうよ。
なんて素敵な友情だったのかと胸がキュンとしています  blume-0125.gif von 123gif.de

ペチェク君の時のように、余りにも突然な悲しい知らせだったので、しばらくは唖然としていましたが、今は気を取り直して編集を続けなくては。

ただの慰みとは判っていても、逝ってしまった大好きな彼らがみんな一緒に虹の橋の向こうの国で元の団員姿に戻って私達を待ってくれているんだと強引な思い込みをすることにしました。
画像
   (この画像はお借りして来たものですが素敵でしょう?)


まだかなりショボンとはなっていますが、ekさんが1974年のウィーン旅行で体験した彼との思い出をお話してくれるそうなので新しい楽しみが湧いています。
何時になるか分かりませんが、そのお話はきっと此処で読めるでしょう。
blume-0074.gif von 123gif.deこの場所を通してオールドファンの方々と出会い、嬉しい事も悲しい事も、懐かしい団員達との思い出を此処で一緒に語リ合える事は私にとって貴重な宝物です。
改めて此処に声を掛けてくださるすべての方に感謝します。

私の来日組の思い出は書き尽くしてしまったような気がするのですが、屋根裏の物置を引っ掻き回したら懐かしいノートブックが出て来ました。

1965年頃から描いていたウィーン少年合唱団の悪戯描きです。
画像
きゃぁ〜、なっつかしい〜。
時めきの青春時代の落書きだわ
しかしまぁ、なんと幼稚な事ばかり考えていたんだろう。
あ、昔の団員達の写真の切り抜きじゃなくてごめんなさいね。
そういうものからはとっくの昔に卒業して、すべて友人にあげてしまったけれど、このブログをやりだしてからまた懐かしく思っています。

このブログに載せてある来日組の切り抜き写真は、殆ど此処に来るオールドファンの方々からいただいたものばかりなんですよ。
私だけが一人で楽しむのじゃなくて、懐かしがっているみんなとも分け合えるように協力してくださったのです。
     danke-0019.gif von 123gif.de

さて、その古いノートには、1971年に亡くなった友人から頼まれていた、団員達の書いた作文や手紙の下書きなどが数枚挟まっていました。

画像
画像

ありゃまぁ、この下のはひどい筆跡じゃ〜。
当時のウサギちゃんのミミズ文字よりひどい。

でもこれを見ると、団員達は国語の勉強として演奏旅行の間にもよく作文を書かせられていたようですね。

そんなものがどうやって友人の手に渡ったのか今となっては聞くすべもありませんが、ルーズな私が訳を頼まれて忘れていたのがそのままになっていたのは間違いないようです。

今になってその気になったので、此処に公開しても差し障りのないような11歳の団員の作文の断片を一つ訳してみました。
blume-0457.gif von 123gif.de  ホテルでの大声

こんなに長い演奏旅行の間にはとても多くのホテルに行き当たります。
時々は大都会の真ん中で、知らない沢山の人が泊まっている大きなホテルです。
それにたまに小さなホテルだったりすることもあります。
どっちにしろ、ウィーン少年合唱団員として、お行儀よく振る舞わなくてはなりません。
小さなホテルにだって、僕たちのことをよく注意して見ている人が泊まっているかもしれません。
僕たちは決してどんな些細な・・・・・・・してはいけないのです。


もっと読みたいと思ったところで、残念ながら、この……の部分から先は続いていません。
サインはオスカーとなっています。

そしてもう一つ、これは13歳の少年が書い書いた作文で、なるたけ原文の通りに訳したつもりです。 
ルカが来日した年はこの少年はもう18歳になっていたんですよね。

blume-0457.gif von 123gif.de   時間厳守について

生活の中で何にでも時間厳守なのはとても礼儀に叶って大切なことです。

なぜなら、日常生活に於いては欠かせない大切な点で、時間にルーズだと、とても嫌なことにぶつかる可能性があるからです。

さて、なぜ僕がこの5ページの作文を書かなければならなくなってしまったか、そのたとえをお話ししましょう。

それはいつもと同じようにコンサートのある日でした。

お昼寝の時間の後に起こされて、着替えをしてから軽食のためにホテルの食堂に行きました。

軽いスナックを取った後で、僕たちはプレフェクトから帽子(ミュッツェではなくカッペと書いてあります←記事126を取って来るように、そして僕たちが持って行きたいすべてのプレゼントをジャパンエクスプレス(多分新幹線?)のために持ってすぐに下に降りてくるように言われました。(これは多分ファンからのプレゼントを一つにまとめて運送するためだったのではないかと思います)

僕は上に行ってプレゼントのすべてを取り出して自分の名前を書きましたが、一つ足りなかったのです。

それを見つけるまでとても長い時間探して、もちろんその為に随分時間を失ってしまいました。

そのうえ、それにも名前を書かなければなりませんでした。

その後、僕は帽子を手にすると、二列に並んでいなければならないホテルの入り口に下りて行来ました。

そこにはもうみんながいて、ただ僕を待っているだけでした。

僕は、なぜ遅れたか一言も説明せずに素早くその列に入り込みました。

そしてそのままバスに乗りました。

僕はかなり後ろに座っていた為に、プレフェクトが自分の席から僕を前に呼んだのが残念ながら聞こえず、そのままずっとバスの窓から表を見たままでした。

プレフェクトはそれを見て厚かましい態度だと受け取りましたが、僕だってそう思います。

なぜって、彼には僕に声が届かなかった事が判らなかったのですから。

そこでプレフェクトは僕に時間厳守についての5ページの長い作文を書くように言い渡しました。

そうすることは、6か月もの長い旅行に於いて、時間厳守がとても重要な事だと学べるのに一番良くて、もちろん僕は了解しました。

さて、その時間厳守についてです。

もし時間にしまりが無かったなら、列車や飛行機や船に乗り遅れる事があるので時間厳守はとても大切な事です。

例えば、演奏旅行で船に乗り遅れたとしたら丸一日とか、まずいことになれば1週間も次の船を待たなくてはならなくなって、そうなれはウィーン少年合唱団にとってスキャンダルになるからです。

それに小さなことに関してでも大変重要です。

もしプレフェクトが僕たちを数えないとしたら、誰か遅れて来たやつは迷子になるかもしれないし、それは非常にまずい事です。

そうすればプレフェクトにもカぺルマイスターにもシュヴェスターにも迷惑が掛かりますから、僕はそう言う事が起きないようにこれからはしっかりと気を張って、いつも急ぐようにします。

時間をしっかり守る事は美徳です。

なぜなら、とても時間に正確だったらみんなと会う約束をした時、皆はほんの少しでも待つ必要が無く、それは人が誰でも得ることを願う名声です

時間厳守は人がしなくてはならない最も大切な事の一つです。


この作文を書いた少年は何と、1967年にキリアン君と一緒にしばらくの間、私と同伴の少女をにらんでいたゲルハルト君でした。
http://ponko3.at.webry.info/201304/article_5.html
ひゃぁ〜、あの時の二人の顔、怖かったなぁ〜。

halloween-0429.gif von 123gif.de

あれ?何でハロウィーンの画像が出て来ちゃったんだろう?


2017年3月18日土曜日(ドイツでは11時58分):追記

今日入ったekさんのコメントで知ったのですが、1964年のこの日はフロシャウワー隊が羽田に降り立った日なんですって

そして更に嬉しい事には、こんなニュースが出ました。


ウィーン少年合唱団が『 世界文化遺産 』に選ばれたんですよ〜。
来年は合唱団の成立520周年記念ですって。
わっ、すごい爺さん合唱団じゃないか。

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コメント(24件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。
ekさんのコメントを読んで、すぐにファルナーさんだと分かりましたが、亡くなられていたとは.....残念です。ご冥福をお祈りします。寂しくなりました。
hinda
2017/03/18 05:39
hindaさん、お久しぶりです。
hinnaさんはすぐに彼だとお分りになったのですね。
でも本当に、自分より若い元団員が先に亡くなってしまったという知らせは空しいです。
何だかやるせなくなってきました。
ponko310
2017/03/18 07:12
Ponkoさん
私の拙いコメントをこの大切な場所で記事として扱って頂いた事 大変恐縮いたしております。
Wolfgangさんからの手紙を通しての私の想い(喜怒哀楽)を、Ponkoさんがこんなにご理解くださっている事 感謝申し上げます。
「1964年」今日本では毎日のように、この年が話題になっています。そう、東京オリンピック開催年として。日本中がこの年を懐かしんでいる中、私の心には「この日の為に〜」と歌ってくれたフロシャウワー隊の歌声の方が懐かしく深く刻まれています。「1964年」は私にとって忘れえぬ感謝の年。
そして こうしてPonkoさんがFahrnerさんの事を記事にあげてくださった3月18日は、彼らが日本(羽田)に降り立った日。
ますます記念すべき日になりました。
団員の作文を読ませて頂きありがとうございました。あ〜横浜でこんな思いをしていたのかとちょっぴり懐かしくなりました。
ドルンブル宮殿…たくわえがありましたら、購入したかった。ファンの集いの館として。
ek
2017/03/18 08:08
ブログ玉に「悲しい」はないんですね。
長く生きていれば避けられないことですが、元団員の訃報は悲しい。思い出なんて何もないけれど、64年組はウィーン少の原点だから決して忘れません。
私の名前も虹の橋メンバーに混ぜておいてください。

maa
2017/03/18 16:55
ekさん
あなたのコメントのお陰でオールドファンのページがまた新しく出来たのですよ。
また一つみんなのお喋りのお部屋ができたんですね。
64年組のオールドファンの気持ちはみんな共通するところがあると思っています。
だって一番心の繊細な思春期の最中だったんだものね。
みんな音楽の都から来た64年組の美しい声の美しい少年達に夢を描いていたんだと思うわ。
3月18日は64年組が来た日だったんですね。
故意にこの日を選んだわけじゃなかったのに、オールド達のフロシャワー隊はやっぱり何かの糸で繋がれていたか。
ponko310
2017/03/18 19:15
maaさん
ブログ玉に「悲しい」がないのは前向きに行こうよって言う意味があるのかもしれないね。
生まれてきたものは必ず死んでいく。
だから私は虹の橋の向こうの国にもっと素敵な場所を用意したんだ。
あそこには心から嬉しくなる笑顔だけが待ってるよ。
すべての人が愛しく迎えてもらえる場所なの。
その場所に入ったらもう、樂しいことしか存在しないから、笑いジワがいっぱい増えるんだ。

ひぇ〜、考えてみたら私のウィーン少年合唱団の原点って、ディズニーのピーターパンだったんだわ。
ponko310
2017/03/18 19:23
 ek様のペンパルの元団員さんはお孫さんに囲まれて幸せな日々を送られている・・とばかり思ってました。
 亡くなられていたとは思いもしませんでした。私よりもお若いのに・・
今1970年合唱界 一月号にてウィーン少年合唱団の思い出のページを開きW・ファルナー氏の冥福を祈ってます。
越後の雪椿
2017/03/18 21:23
越後の雪椿さん
今回はみんなここにきて驚いた事でしょうね。
でもこうやってオールドファンの方が彼の冥福を祈ってくださること、ekさんにも慰めになると思います。
私からも有難う。

ponko310
2017/03/18 22:42
私は相変わらずいろいろなコンサートに行っていて、録音されるコンサートだと、会場の周りでORFの車を見かけるのですが、前はたまに車のそばでファールナーさんを見かけましたが、最近見ないなと思っていました。年齢的に年金生活者になられてORFを辞めたのだとばかり思っておりました。
亡くなられたと聞いて、ちょっとショックです。
もうずいぶん前のことなのではっきりは覚えてないけれど、94年のフロシャワー隊の同窓会の翌日の3月6日(シャーリングさんの誕生日ですね)、私は知り合いからチケットを貰ったので、2年ぶりで王宮のミサに行き、その日はフロシャワーさんが指揮をすることになっていたので、そこでかなりたくさんの64年組のメンバーを見かけました。その中にファールナーさんもいたような気がします。
ご冥福をお祈りいたします。
Pfirsichchen
2017/03/19 04:38
Pfirsichchenさん
ファルナーさんのお知らせはショックよね。
ハルハマーさん同様、私達より若かったんですもの。
しかしまぁ、憧れの64年組のその後の男性方を実際にご覧になられるなんて羨ましい限りです・・・・な〜んて、懐かしの64年組の少年達に昔そのままの姿で会えた方がずっと嬉しいけどな。
でも、あなたを初め、音楽をお好きな方は何処かしこで懐かしい顔に遭遇されるんですね。
やっぱり羨ましいな。
ベルリンじゃ何処に行っても誰にも知ってる人に会わないもの。
ponko310
2017/03/19 07:49
Ponkoさんを始め、hinda様 maa様 越後の雪椿様 Pfirsichchen様
Wolfgangさんの訃報への温かいお言葉ありがとうございます。
皆様のお気持ち 奥様へお伝えさせていただきます。
皆様の優しいお言葉に私自身、熱い思いでいっぱいになりました。感謝申し上げます。

越後の雪椿様
以前の記事のコメント書き込みにも優しいお言葉ありがとうございました。
Wolfgangさんが亡くなられる約2ヶ月ほど前に、彼にとっての初孫君が誕生されました。
今では、3人の可愛いお孫さんのおじいちゃまです。
きっと ご自分の娘さん達に向けられたあの熱い眼差し(彼からの手紙の文面からの感じですが)が、更に暖かさを増し、虹の橋のあちらの場所から微笑んで見守っていらっしゃると思います。
ek
2017/03/19 12:08
WSKが世界文化遺産に選ばれたとは!
オールドファンとしては嬉しい限りです♪
天国の階段、素敵な絵ですね。ponkoさんが描いたんですか?
この階段をペチェク君や64年組の亡くなられた方々が登ったんだろうなぁとしみじみ眺めてしまいました。
はっぴー
2017/03/19 16:59
ekさん
私が管理しているので一番最初にお言葉のお返事をさせて頂くことになってしまいますが、本来なら他のオールドの方々もきっと私よりも先にあなたにお返事を返しているのでしょう。
ekさんが此処でみんなと更に一緒にお話が出来ますように。
長い間一人で心に秘めていた悲しみが、今此処で皆と分け合って少しでも軽くなりますように。
ponko310
2017/03/19 18:16
はっぴーさん
64年組もそうだけれど、世界文化遺産の基盤を作ってくれた私の小さなルカ(もう変化してるけれど)はこれを知っているか聞かなくちゃ。

この絵はネットで見つけて、厚かましくも借りて来てしまいました。
この階段、私もいつか登ります、キッ。
もう、浮き浮きしてます。
ponko310
2017/03/19 18:26
ek様
 日本旅行30周年記念の集会を開催していただいた事に「彼らは日本を大変愛してくださっている。」と感じとても嬉しくなりました。でもそれ以上に私を含めオールドファンは’64年組を愛してやみません。
 そうですね。きっとwolfgangさんは虹の橋の向こうでご家族を見守っていることでしょう。私もそう思います。
越後の雪椿
2017/03/23 18:35
姐さま
いずれ私たちも渡ることになる虹の橋。
色々と想像していたらこの曲が思い浮かびました。

虹の彼方に Over the Rainbow
https://www.youtube.com/watch?v=NnjBHsRciCI

訳詞
虹の向こうのどこか空高くに
子守歌で聞いた国がある

虹の向こうの空は青く
信じた夢はすべて現実のものとなる

いつか星に願う
目覚めると僕は雲を見下ろし
すべての悩みはレモンの雫となって
屋根の上へ溶け落ちていく
僕はそこへ行くんだ

虹の向こうのどこかに
青い鳥は飛ぶ
虹を超える鳥達
僕も飛んで行くよ
yuka
2017/03/23 23:40
yukaさん
リンクをありがとう。
オズの魔法使い、この映画をずっと昔に観ましたよ。
この時は本当に竜巻がこんな風に家を運んで行くんだなんて思ってました。
素敵な事を信じるって幸せ気分ですね。
人間は頭の中でいくらでも幸せを作れるんだな〜って思います。
ponko310
2017/03/24 01:02
越後の雪椿様

確かにおっしゃる通りですね。
64年組のメンバーは日本のみならず、各国に天使の歌声を届け、各地で、親善大使としての役割を果たされていた中で、日本公演を大切に思い出してくれていた事
1994年にメンバーひとりも欠けずに集まり、思い出を語り合ってくださっていた事
私達 64年組を愛する者にとっては光栄であり、自慢すべき事ですね。
何故って、もし私達ファンの印象が悪かったり、日本が彼等に嫌な思い出を与えてしまっていたら、こんなに思っていては下さらなかったと思います。
人気爆発で、たまにはちょっと行き過ぎた行動を(私も入ってしまうかも?)とってしまったファンもいたでしょうが。
彼等は最高な演奏で、最高なマナーで、日本中に爽やかな風を残してくれましたよね。
ek
2017/03/24 13:23
合唱団のことについてお詳しい方々に混ざってのコメント恐縮ですが

当然ご存命だと思っていた方が亡くなっていたと聞くと本当にショックですね。私も中学高校時代の知人が、自ら命を絶っていたと知った時は、本当に衝撃を受けました。(亡くなり方も衝撃だったというのはあるのですが)

ウィーン少年合唱団が世界文化遺産に選ばれたのはすばらしいことです。日本で言えば戦国時代位から変わらず続いてる文化なのですから、これからも大事に受け継いでいってほしいですし、団員の方には文化芸術の継承者として誇りをもって活動してほしいと願っています。
ねぎ
2017/04/01 23:05
ねぎちゃん
あなたの学生時代のお友達がそんな形で亡くなっていたとは遺憾です。
まだ若かったのに、自分から命を絶つなんてね。
忍耐があれば時が解決してくれたかも知れないのに。

ちなみに男性の50代は一番危険な年代なんですって。
私の父も52歳で亡くなっているし、働き盛りを過ぎたばかりの男性は健康に気を付けないとね。
ウサギちゃんはリタイヤしてのんびりしているけれど、まだルカやココは仕事に追われていつもストレスだからなぁ。
この人達が今のウィーン少年合唱団の名声を築き上げて来てくれたのだと信じている私は、この嬉しいニュースを聞いて自分の事のように喜びました。
現役の団員達は歌いながら栄誉でピカピカに輝いているんだろうな、ウフフ。
いつも素敵なコメントを有難う
ponko310
2017/04/02 03:14
「古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ
晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても おもかげ探して よみがえる日は 涙そうそう

さみしくて 恋しくて 君への思い 涙そうそう
会いたくて 会いたくて 君への思い 涙そうそう 」

40年以上 FAHRNERさんとお便り交換していた年月を長いと感じたことはなかったのに この6年はとっても長く感じています。

今でも「長い間手紙書かなくてごめんなさい」と言う書き出しで 彼から手紙が届くのではないかと思ってしまいます。

もう間もなく 素敵な風を日本に届けてくれるウィーン少年合唱団が来日ですね。
「今年はコンサートに行きますか?行ったら感想を聞かせてください」ってお手紙が届くような気がします。
今年 来日組の少年達がそれぞれに素敵な友情を結び、64年組の方々のように大切に思ってくださると良いですね。
ek
2017/04/07 19:16
ekさん
今日は彼のお命日でしたね。
ろうそくを一本立てました。
コメントからあなたの彼を想う気持ちが伝わって来るようです。
本当に残念な事をしました。
沢山の思い出のある大切なお友達を失くすのは本当に胸に隙間が空いてしまうのですよね。
もっともっと沢山のお話がしたかったのに。
私も当時の思い出のある大切な友人を失っているのでお気持ちを察することが出来ます。
今日は思いっきり悲しんでください。
でも、これから春ですよ。
明日からまた何かいいことがある事を期待して気持ちを沸き立たせましょうよね。
ekさん、頑張れ〜。
ponko310
2017/04/07 21:34
Ponko様
温かい励ましありがとうございます。
今日1日(忘れた事は1日もありませんが)ひとりでWolfgangさんを偲ぶ会をしていました。
Wolfgangさんが眠る場所の近くでPonkoさんも一緒に思っていてくださったこと嬉しく思います。
はい、Ponkoさん 私には素敵な友達がいるんだ!と幸せを再確認して 新しい春を楽しむようにします。
Ponkoさんのお部屋にお邪魔させていただいて良かった!
ありがとうございます。
ek
2017/04/07 23:03
ekさん
私の言葉が本当の励ましになるのか自信を持って言えませんが、友人を偲ぶ気持ちは同じだと思います。
すべての人が自分と同じ気持ちでは無い事は承知していますが、数少ない同じオールドファンの方と、こうして新しく言葉を交わせる喜びを長く持ち続けて行きたいですね。
ponko310
2017/04/07 23:56

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