青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 162 ウィーン少オールドファンのお部屋 5

<<   作成日時 : 2017/05/20 00:00   >>

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ekさんの思い出 3

私が英国旅行から戻るとekさんの旅行記の続きが届いていました。
私の旅行記はさておいて、オールドファンの私としてはこちらの方がずっと楽しいのでどうしても優先してしまうのですよね。
ま、自分の趣味のブログなんだから好き勝ってにやってます。


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ウィーン滞在5日目


今日は友人と二人で、午前中東ドイツに行くためのチケットを取りに再び旅行会社に行ってきます。
なぜなら私達にはライプチヒのトーマス教会聖歌隊にそれぞれペンフレンドがいて、会えるのをとても楽しみにしているのです。
またどんな出会いが出来るのか、そしてどんな思い出を持ってまたウィーンに戻って来れるのか、二人で今から浮き浮きとしていました。
ヴォルフィ―との再会が夢のようでしたから、ライプチヒへの訪問も期待してしまっているのです。

もう一人の友人は、例の日本語を話すウィーンのペンフレンドと午後から再会するために、体調管理のつもりでホテルに残りました。
やはり慣れない外国では気が付かないうちに緊張しているんですね。

チケットは無事に手に入り、今度は二人でウィーンの街を散策。
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有名なブルク劇場に向かいました。
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そしてお気に入りの国会議事堂も見に行きます。
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その後はこんな立派な建物の市庁舎にも足を延ばしました。
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ここは博物館・・・・でも中には入りません。
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blume-0010.gif von 123gif.de こんな春のウィーンをのんびりゆったり歩き回った後、ヴォティーフ教会近くのあのカフェに入りました。
なにしろ、ドイツ語なんて頭のほんの片隅にしか入っていない私達です。
新規開拓なんて出来ず、慣れた・・・・・ってまだ二回目でしょうがって皆さんに笑われそうですね。(はい、笑ってます。ウッヒッヒ)
確かにそこのお店にしか入ることが出来ませんが、美味しくゆったりした気分でそこの軽食をいただきましたよ。
なにしろ慣れたものですから(笑)(慣れてよかったね、ワッハッハ)

それからホテルに戻りましたが、残っていた友人はペンフレンドと外出したようで、今日の1日は彼女とは別行動になりました。

この日は夕方から、ヴォルフィーの上の妹さんのピアノ演奏会があって、それにご招待頂いているのです。
どのような演奏会なのか判らず、まずは失礼のない程度にと、二人であれこれ持ってきた洋服を広げて選択。
(こんな場面を想像すると私のディアンドルの事を思い出しちゃうなぁ)
私はPonkoさんのように ピンクのワンピースを選びました。(わ〜い
でも、友達に一言われましたよ。
「今日はヴォルフィーさんには会えないんでしょ?
 だったら可愛く見せなくてもよいんじゃない?」
・・・ですって、全くもう〜 (今はこの乙女心が可愛いのよね〜)

そうこうしているうちに、お母様と下の妹さんのお迎えです。
まず下の妹さんの学校や近くの可愛らしい住宅を周り、ヴォルフィーの母校でもあるムジークギムナジウムの演奏会場へ向かいます。

会場でヴォルフィ―達のおばさまにお会いすると、「甥がご一緒出来ないのは残念だけど、これを楽しんで来てね。」とオペラのチケットをプレゼントしてくださいました。
妹さんが「パパが一緒に行くんですって」と横で笑いながら言いました。
musik-instrumente-0040.gif von 123gif.de 演奏曲はショパンのエチュードともう一曲、 う〜ん、でも作曲者と曲名を忘れてしまいました。
ちょっと私には難解な曲でしたが、まるで自分の妹の演奏を聴く姉のように緊張してドキドキしていたのです。
演奏はとても見事で「妹よ!素敵だわ〜」と心の中で叫びながら、お母様、おば様そして下のおしゃまな妹さんと笑顔で目配せして手が赤くなるくらい拍手しました。
緊張がほぐれると家族の一員のようにとても誇らしく思ったのです。

演奏会の後は、ファールナー家に戻って お母様がご用意くださったお夕飯をご馳走になりました。
皆で団欒しているところに3人のとても素敵な青年達が現れたのです。

友人達ですとしか紹介していただけませんでしたが、その内の一人が妹さんに演奏会のお祝いの花束を持っていらっしゃいました。
ボーイフレンドかと思って目で合図すると妹さんは笑いながら一生懸命にかぶりを振っていましたが、それは否定?・・・・それとも照れ隠し?
花束の彼とあとの一人はすぐにお帰りになりましたが、三人のうちの 一番たくましい容姿のとても素敵な青年だけが残られました。

お母様が64年に日本へ行った方よとおっしゃいます。
あぁ、彼はきっとそれで残ってくださったのかもしれません。

でも・・・・・・誰? 誰? 頭の中にメンバーリストを浮かべました。
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え〜っ、彼でもない!   彼……でもない!
団員の顔が浮かびますが、全くもって当てはまらないのです

私の頭の中はパニック状態なのに、その青年は黙って微笑むばかり。
こんなにたくましい青年は…あのクラスの中で誰なのかしら。

困惑しきっている私を見てお母様がおっしゃいました。

「一番年少の団員だったのよ。」

はっと思い出して思わず大声を上げてしまいました。
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ええ〜っ、レーブル 

それも失礼な事に呼び付けにしちゃって

あの貴公子のような美しい少年だったレーブルさん
その人が、こんなに凛々しい青年になって私の目の前に立っているのです。

「そうです、ヴィルヘルムです」

そう言って彼は笑顔で握手の手をそっと差し出してくれました。

あんなに美しい少年だったレーブルさんが、今はこんなに男性的でたくましくなられて。
私の友人は唖然として握手さえ忘れてしまいました。

きっとその時の彼の目には、あの横浜でみたヴォルフィーの赤く染まった頬の何十倍も真っ赤な顔をした私が映っていたことでしょう。

彼にはこれまでちょっと近寄りがたい印象を持っていました。
あまりにも美しい少年だったんですもの。
えっ?それではヴォルフガングさんをどう感じていたの?……ですか?
彼は天使なのです。

レーブルさんは今までの印象とは違って、ちょっと愉快におしゃべりをしてくださいました。

当時彼は建築の勉強をなさっているとの事でしたが、64年の来日の時の事、日本は皆大好きだという事、ヴォルフィーは気楽な友達だとの事、このファルナー家には時々お邪魔している事などを。

「カーバーが技術者で、マルシャートはヴォルフガングと一緒に音楽やってるし…」
それを聞いてすぐに言いました。
「それは知ってます!二人の演奏は素敵でしたもの」って。
彼は驚いて、「聴いたの?そう、良かったでしょ?」ってウインクしました。(残念ながら生演奏ではなくレコードですが)。
他にもお話ししてくださいましたが、私はすっかり興奮してお話してくださった肝心な内容が飛んじゃっています。
こうして5日目の夜は瞬く間に過ぎて行きました。
ホテルに戻った時に友人がまた一言。hase-0110.gif von 123gif.de
「可愛いワンピースで良かったね」ですって!・・・全くもう〜。

(うわぁ〜、ファルナ―さんだけでなく、ロスナー兄弟でしょ、レーブル君でしょ、
あの64年組の元団員に4人も会ってるのね。 当時の私だったら赤面どころじゃなくて
心臓まひでひっくり返って泡吹いてるところだわ。でも、レーブル君を見た時の衝撃が
・・・・蝶が、いもむ・・・・?? あひゃ〜)


ウィーン滞在6日目

69年に初来日した国立ポーランド少年合唱団にも友人達がいます。画像
私達は彼らのいるポズナンへのヴィザを貰う為に、午前中はポーランド大使館に行ってきました。
友人と申してはおこがましいのですが、私は指揮者のストゥリグロシュ先生から来日当時よりお便りをいただいておりました。
大使館ではヴィザの取得に手間取って、ウィーンの森の指揮者のリヒター先生の奥様とのお約束の時間に間に合わなくてホテルでお待ちさせてしまったのですが、「気にしないで!」とおっしゃって、メートリンクの聖ガブリエルへと車をいそがせてくださいました。

そこでは顔馴染みの少年達が待っていてくれましたが、口をそろえて「遅いよ〜」って怒られてしまいました。
「だってポーランド大使館が…」って言い訳を始めたら「だからずーっとウィーンにいれば良いんだよ」と言われてしまいました。

私は教会のお電話をお借りして、72年来日組のウィーン少年合唱団員のスタヴィアニック夫人に連絡し、夕方にお伺いする約束をしました。
(すみません、「72年来日組」の文字にかなり反応しています。)
ウィーンの森のメンバー達との懇親会は彼らの無邪気な笑い声に包まれて、ウィーン少年合唱団で味わうあのドキドキする幸せな時とはまた違う、ゲラゲラな幸せを感じて過ごしています。
変な表現でごめんなさい。
でもおわかりいただけますでしょうか?

ウィーンの森の団員達とのひとときは、可愛いわんぱく坊主の弟たちを見守る姉のように、気楽に遊んでいる感じです。
あ、遊んでいる感じではなく、実際に遊んでおりました。
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ミニゴルフらしい遊びをしたり、とても和気あいあいで、あっという間に時間が経ってしまい、私一人が約束の為にウィーンに戻り、スタヴィアニック夫人のお店に向かいましたが、7時過ぎになってしまい、此処でも遅いと叱られました。

「話したいこと沢山あるのよ。今夜一晩中起きていられる?」って。

夫人お手製のケーキとレモネードをご馳走になると「さぁ、これからディッケルちゃんに会いに行くのよ」と慌ただしく車に乗り込みました。
baer-0025.gif von 123gif.de彼女は可愛いご子息をディッケルちゃんと呼んでいましたが、今日は木曜日なのに、ディッケルちゃんがお家にでも戻っているのかと思ったら、降りた場所はなんとアウガルテンでした。(夜のアウガルテンですって、いいなぁ)

思い掛けない場所だったので、私が夫人の後ろでうろたえている時に、69年来日組のシーマーク君や、クリスティアンのクラスのシーファー君や、ヴェンツェル氏などのお顔馴染みの方々をお見受けしました。
8時近いと言うのに、OBのみんなはフットボールをしていたのです。
その中にルカさんがいたのかどうか、・・・・だって5月とは言え、もう殆ど暗かったのですもの。
もしPONKOさんが一緒だったらもっと違う思い出が持てたのかもしれませんね。
(うわぁ〜ん、ekさんにくっついてアウガルテンにいきたかったわ〜ん。 でも私ならハネスとフットボールをしちゃいそうだから、一緒にいかなくて運が良かったのよ。 
あ〜ぁ、この時は可愛かったルカももうOBになっていたのね。・・・蝶が・・)

そしてまたもや69年来日組のノヴァック君に会いました。
今度は「こんばんは」と日本語でご挨拶をしてくれて、「私達良く会いますね」と言葉を交わしました。

でも残念ながら、現役団員のディッケルちゃんには会えませんでした。
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会えなかったのは残念でしたが、再び夫人のお店に戻るとお店を早々に閉めてしまって、私達は夜遅くまでおしゃべりしました。
画像夫人のお話は可愛いご子息達の小さいころや現在の団員としての彼の事。
演奏旅行ばかりであまり会えないのが寂しいと嘆いておられました。
確かに一年の内何ヶ月ウィーンを留守にしているのかしら?

わかっていても寂しい思い、やはりお母様ですものね。

夫人はとても美しく、都会的なご婦人でした。
こうしてウィーン滞在6日目もあっという間に過ぎていきました。


ウィーン滞在7日目

ウィーン少年合唱団の大ファンと言えども、私は団員以外のペンフレンドもウィーンにいました。
その方が来日してくださったのですが、私はすでにヨーロッパ旅行の日程が決まっていて、残りの一週間は家族にその方のお相手を任せて来てしまったのです。
今日は、彼がウィーンに戻って来る日でしたので、私は早朝に起きて南駅まで出迎えに行きました。

あの一週間前に私達が出迎えられたように、私もワルシャワからやって来るショパン号の到着を待ちました。
列車の中で抱いていたような不安は今では一切消えて、タラップを降りて来る彼を、すっかりウィーンっ子になった気持ちになって迎えました。
そんな事を言ったら、おいおい、まだ一週間だよ。一人でちゃんとアウガルテンまで行けるのかい?ってヴォルフィーに笑われそうです。

今日の昼食は久しぶりの和食が食べたくてレストラン東京に行きました。
まだそのレストランはあの場所にあるのかしら?(あのね、当時はベルリンにも姉妹店があって、私は日本料理だと言うのでわざわざ着物を着て食べに行った事があったの。従業員にものすごく厳しいレストランで、鉄板焼きのコックはお客様と一切おしゃべりをしてはいけないって言われていたんですって。でもそのレストランはもうずっと前に無くなってしまったわ。)
夕方 ヴォルフィーのお父様と妹さんが迎えにきてくださって、フォルクスオーパーにモーツァルトの「魔笛」を鑑賞に行きました。
3人の少年達は勿論ウィーン少年合唱団員です。
丁度私達が楽屋入口を歩いている時、3人を乗せたバスが到着。
その3人のソリスト達と握手をして「楽しんでいただけますように」と挨拶されました。
はい、もちろん楽しみましたよ。(ウッキャァ〜、運良すぎ!)
でも、休憩時間にお父様から日本で大きな地震があったようだと聞いて、心配になり、夜中に家族宛てに手紙を書きました。(そうなのよね、手紙でしか連絡が取れなかった時代でした。)
音楽の都ウィーンで観ることが出来た大好きな魔笛のオペラ。
地震の心配さえなければ、それは完璧に感動の 一夜なのでした。


第一行程最後のウィーン滞在日

ウィーンを一時離れる朝を迎えました。
私達はこの日、プラハやライプチヒやポヅナンにいる友人達に会いに行くために、再び東欧に向かって出発です。

トランクは小柄な私達が一人ひとり持って旅するのは大変だろうとお父様がおっしゃって、一つはファルナー家に預けさせていただくことになりました。

ヴォルフィーのご両親がホテルまで迎えに来てくださり、しばしの別れの思い出にと、プラター公園やアウガルテン公園を周ってフランツ・ヨゼフ駅に連れて行ってくださいました。

私の大好きな市庁舎やベルヴェデーレ宮殿には心の中で「またね」ってお別れしました。
駅に着き、列車が入ってくる直前にお母様が「列車の中で食べなさい」と渡してくれたのは、ヴォルフィ―と次女のミッヒが飾り付けてくれたと言うケーキとオレンジやパンが入った包みでした。

そのお心遣いが嬉しくて、しばらくお会い出来ないのかと思うと、このウィーンでの日々が走馬灯のように浮かび上がり、寂しさがこみ上げてまるで永遠のお別れの時のようにお母様の胸で泣いてしまいました。
お父様が笑顔で、「11日後にまた会おう」と泣いている私の背中を優しくさすってくださいました。
鼻をぐしゅぐしゅさせながら、トランクを持ち上げ、停車している列車に乗り込みました。

列車が緑の国に向かって走り始めました。
次の出会いではどんな思い出を持つ事が出来るのか、東ドイツで初めて会う友はどんな人なんだろうとの期待も、列車の速度と同じように増して行きました。


まるでウィーン経由

その11日間の最後の日ですが、ポズナンからウィーンに戻る時のヴァウチャーがタイプミスで21日乗車の予約が12日になっていたのです。
ポーランドに入国したのが19日なのですから、明らかに12日は間違いだと判るのに、旅行会社のオルビスの人が駄目だと言って聞き入れてくれませんでした。
そこでとんだ出費になって泣く泣く改めて切符を買う羽目になりました。

ところが、列車がカトヴィッツェに到着した時、凄く素敵な紳士が駅のホームで私の名前を呼びながら歩いているのに気が付きました。
そりゃぁ、凄〜く素敵な紳士だったんですよ。(そうポーランド男性って素敵)
オルビスが本社と山下新日本に確認してみると日にちはミスだったと判って、返金に来てくれたのです。
それも会話が通じるようにと、わざわざ英語を話すカトヴィッツェの大学の教授に頼んでくれたのです。
まさに感動でしたよ  (わっ、こんな経験なんて滅多に出来ないわぁ〜)
停車時間にその紳士がカトヴィッツェをちょこっと案内してくれました。
あの教授素敵だったな〜。(これこそ災い転じて幸になるじゃんか〜)

旅行先では無事に友人達に会えて、11日振りにウィーンに着くと、まるで故郷に戻って来たような気分になっていました。
あの日と全く同じように、早朝、ショパン号でウィーン南駅に着いて、ファルナーさんのお父様のお出迎えを受けて。
でも違ったのはホテルではなくて、そのままファルナーさんのお宅にお伺いしたのです。
そこにはお母様が私達の為に美味しい朝食を御用意下さっていて、まるで実家に戻ったような熱いものが胸に込み上げて来ました。
本当に幸せ者だと感じました。

お母様と各地の思い出話に耽っていると、ヴォルフィーの従姉妹がいらして、お散歩を兼ねて近くのマリアヒルファー通りにお買い物に出ました。
気さくな素敵な方で、楽しくアドバイスをしていただき、お家に戻るとテーブルには再び豪華なご馳走が用意されてあったのです。
これから約11時間半のブカレストへの旅に備えて「沢山食べておきなさい」とお母様が気を配ってくださったのです。

そう、私達はウィーンにたった8時間の滞在で、午後にはかの有名なオリエント急行でブカレストに向かって発つのです。
新しい旅行の荷物整理が終わると、お母様がお弁当を3人分作ってくださっていました。

お弁当の包みを抱きしめて、私達はお母様と従姉妹さんに見送られウィーンを出発しました。

約20日間のウィーンとのお別れです。
baer-0103.gif von 123gif.deふぅ〜、読み疲れです。
一緒に行動している気分になってしまいました。
慌ただしいこの旅行は若さゆえに出来るものなのですね。
沢山の懐かしい団員達に会えたのも私には素敵に思えます。
これからの展開がどうなっていくのかまた続きが読めますように。





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コメント(29件)

内 容 ニックネーム/日時
Ponko様
私の旅行日記を取り上げてくださって本当にありがとうございます。私にとっては大切な思い出。それが記念誌のように残していただいているなんて なんと幸せな事でしょう。
でも Ponkoさん ここを楽しみにいらっしゃる方々はPonkoさんのイギリスへの旅日記の方が 読みたいと期待なさっていると思います。
私の旅行日記は置いておいて、Ponkoさんの重厚な旅行記念誌を掲載よろしくお願いいたします。
楽しみにいたしております。
ek
2017/05/20 01:31
ekさん
お疲れさまでした。
私の旅行記はのんびりと書きます。
それよりekさんのお話の方がずっと面白いのよ〜。
お願いだから続きを書いて下さい。
ponko310
2017/05/20 01:58
ek様
今回は更に夢のような出来事が次から次へと進み、免疫不足な私の頭の中は、まるで夢と現実の狭間をさまよっているかのようです。
「事実は小説より奇なり」
そうだ!これは現実なのだ!
夢が現実になったのだ!
っと言い聞かせ、これからもう一度、頭と相談しながら少しずつ読ませていただきたいと思います。
どうかこの幸せがず〜と続きますように・・・。

姐さま
遅ればせながら「おかえりなさい」
ご旅行から無事のご帰還後に、ek様のブログでひっくり返らないでくださいねー(^o^)丿
yuka
2017/05/20 22:46
yukaさん
私への言葉をありがとう。
ekさんの旅行記事を読んだら、私の体験なんて色あせてしまっていますよ。
でも64年組のファンとしてはもう、その場面を浮かべて興奮しっぱなし。
それにルカのクラスにいたクリスの友人だったなんて、焦るわ。
なんていう素晴らしい出会いの旅行だったんでしょう。
先が楽しみじゃない?
私が一番先に読める人だから、もう何度もひっくり返っては這いずり回ってるのよ。
ponko310
2017/05/20 23:55
Yuka様
私の拙い旅日記に、こんなやさしいお言葉をいただけるなんて、感動を味わっています。
この旅行は本当に夢のような日々でした。
期待と想像 夢と現実私の場合はありがたい事にそのすべてに恵まれておりました。そして沢山の事を学ばせていただけました。中には絶望だってありました。
でもYukaさん! Yukaさんの人生と言う旅の途中にYukaさんにとって、どんな出会いがあり、どんな感動があるんでしょう?
なかなか上手く行かないのが人生という長い旅。絶望だって苦しみだって味わうはずです。
それでも私は今この旅を終えた後にここで素晴らしい皆さんとの出会いがありました。感謝しています。
私の人生の旅はまだまだ終わっていないのですね。
どうかYukaさんも旅の途中に沢山の素晴らしい出会いが有りますように。今度はあなたの旅のお話を聞かせていただきたいです。本当にありがとうございます!
ek
2017/05/21 01:55
Ponko様
家主Ponkoさんのこの宮殿には、今まで100以上のお部屋(中には続き部屋まであり)、それぞれのお部屋には沢山の感動や夢や笑いや失望や悲しみがあり、その一つ一つドアを叩いて行くと最後は必ず笑みになります。そんな宮殿にここしばらく、ちょっとお邪魔虫のお部屋が出没してしまいました。でも、その小さな虫をPonkoさんは受け入れてくださった。
長い年月が経ってちょっとボロボロになったお邪魔虫をお部屋に招いてくださってありがとうございます。
ek
2017/05/21 02:19
ekさん
このオールドファンのお部屋に他の方の素敵な体験記も載せられたらなぁ〜、って願っていたんですよ。
ところがekさんが現れて、凄い体験記を聞かせてくれました。
これを期に、昔の合唱団との思い出を語ってくれる方がまた現れたらいいなって思います。
行動範囲の狭い私自身の話は尽きちゃったんだもの。
それにウィーンオールドファンのブログって他にもあるのかね。
ponko310
2017/05/21 15:45
Ponko様
この旅行記については本当に感謝しております。
Fahrnerさんの事を書かせていただいてまだ3ヶ月余りなのに、もう50年近く親しくしている者のような気持ちになってしまっています。
私のように、ウィーン少年合唱団から受けた様々な感動を更に求めて、世界中の合唱団員と交流を結び 沢山の感動、思い出をお持ちの方は沢山いらっしゃると思います。
私はPonkoさんのお部屋の様々なお話に感動させていただいていて、まだまだお邪魔しきれていないお部屋がありますが、いろいろなお仲間のお話を聞かせていただけるのは楽しいですよね。それは旅行に限った事ではなく。
ek
2017/05/21 23:56
こんにちは。
掲載された写真の少し色あせた感じが月日を感じさせます。でも素晴らしい思い出はあせることなく、また新たな登場人物にときめきながら、いちいち頷きつつ読ませて頂きました。今回は レーブル君だ・・・sigh
20日間も滞在されていたのですね。計画を立てご家族に理解してもらい、ファールナー家の方ともいろいろ相談されたことでしょうね。
シベリア鉄道でヨーロッパへ行く。今の私には想像もつかないことです。確かにあの時代はナホトカまで船で行きました。従兄がイギリスに、知人がイタリアに1971年から74年ぐらいにかけて行きました。それで横浜の港まで見送りに行った覚えがあります。
でもうら若い乙女がウィーン、ライプチヒ、ポズナン・・・お友達に会うために旅をされたと思うと、その行動力に頭が下がります。・・・そういえば、ponkoさんもそうだった!半年も旅していたんでしたね。お二人ともすごい。やはりその情熱が、彼の地の人々の気持ちに届いたのだと思います。

「私にも思い出があります!」と手を挙げる人が、さらに現れますように。ponkoさんのイギリス滞在記も楽しみにしています。
maa
2017/05/22 00:23
ekさん
そう、他にもまだ沢山の素敵なお話が隠れているはずなんですよね。
もう、70年代までのお話なら、オジンとオバンの私達にはもう時効だから、幾らロマンティックな思い出だってやっかみの種にはならないでしょう?
むしろ過ぎ去った青春時代への愛しさと無邪気な愛への健気さが感じられない?
あ、こりゃ、へばりつき病が活気を帯びて来てるわ〜。
ponko310
2017/05/22 05:10
maaさん
はい、わかりました。
イギリス旅行の編集に掛かります。
ekさんの話に夢中になっちゃた。
ponko310
2017/05/22 05:13
maa様
拙いとりとめのない旅行日記読んでいただいた上、素敵なコメントまでありがとうございます!
Ponkoさんのような長〜期滞在ではありませんでしたが、ウィーンに約1ヶ月、通算して3ヶ月ちょっとの大冒険でした。
私に取りましては夢あり涙あり笑いありスリルありの大スペクタル長編作品を胸の中に残しています。
でも、maaさんにも皆さんにもお詫びせねばなりません。
写真の事です。いつものPonkoさんの記事には楽しいお話に素敵な色鮮やかな写真が添えられ、訪れた私達を色彩的にも感動させていただいていています。
私の写真は 当の本人同様 ボケてしまって、ピントもあっていない物ばかり。更に保管場所が(アルバム)悪かったせいか、色褪せしまって…。本来なら皆さんにお見せするような写真ではありませんでしたが、拙い文にちょっと色を加える為に承知の上載せていただいています。
お許しくださいね。
ek
2017/05/22 06:26
ek様
長い間アルバムの中で眠っていた写真たちは、華やかな場所に貼られて驚いているかもしれませんね。でも「それが」いいと思います。私たちは昔のカメラのことや、フィルムのことをよく知っていますから・・・。
かえってお気遣いさせてしまいましたね。ごめんなさい。
40年以上も丁寧に残しておいてくださってありがとうございます。
maa
2017/05/22 18:45
maa様
優しいお心遣いありがとうございます。
この素敵な場所に私事の旅行記をむかえ入れてくださったPonkoさんやこうして優しいコメントで受け入れてくださった皆さんに心から感謝しています。
ピントもあっていない色褪せ写真も何十年かぶりに空気を吸って生き返ったかのようです。
考えてみると、私の旅行のアルバムには景色より、人を撮ったものが多いです。
それも、小さく撮っているものばかり。 きっと私なりに、今(当時)私が見ているこの一瞬を残したいって思っていたに違いありません。
ですから、他の方からしたら「この写真は何を撮りたかったの?」って不思議に思われるかもしれません。(中には今では、自分でも何を撮りたかったのかな?って思うものが…)
その上、写真を撮る事ははなから不得手な私。あまりカメラを持ち歩いてはいなかったんです。当時の私のカメラは小さな私には大きく重かったのも原因の一つなのですが(汗)。
映像は心に焼き付ける!なんて偉そうに言ってました。
maaさんからのコメント しっかり心に焼き付きました。ありがとうございます。
ek
2017/05/22 20:59
わ〜、またまた素敵な旅の思い出をありがとうございます。まるで一緒に体験しているかのようにワクワクして読ませていただきました。素敵な人たちに囲まれて異国の地で素晴らしい体験ができましたね。天使みたい。
nene
2017/05/25 07:23
ponkoさんイギリスの記事や写真楽しみにしてます☆彡
nene
2017/05/25 07:26
nene様
ありがとうございます。
私達(特に私)本当に恵まれていたと思います。
私の旅行の思い出は、人との出会いの回想ばかりです。
どこに行っても、沢山の方々の多大なお支えがありました。
感謝でいっぱいです。
ek
2017/05/25 22:15
ponkoさん、フランクフルトから戻ってきました。ここの駅や空港は何度も通ったことあるけど、滞在したのは初めて。高層ビルがたっくさんあって、びっくりしましたよ。ホテルは、開業したばかりの東横インに泊まりました。

ekさん、旅行記の続きを読ませていただきました。お友達がたくさんいらして、羨ましいです。私が初めてウィーンに来た時は、ペンフレンドは1人もいなかったので、ただ市内観光と、アウガルテン宮殿の訪問と、あこがれていた元団員に会えたらいいなというくらいでしたから。(会えました!)
レストランTokyoは、もう30年近く前に証券取引所の近くに引っ越して、その後経営者が韓国人か中国人に代わったり、回転すしのお店になったり、いろいろ変化はあったようですが、今はもしかしてもうないかもしれません。でも、かなり最近まではあったと思いますよ。

モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」を歌われたのですか!いいですねえ。私はこれは40年くらい前にラジオで聴いたのが最初で、その後、NHKでアーノンクール指揮のモンテヴェルディの「オルフェオ」を観たりしたのが、この作曲家を好きになったきっかけです。
「聖母マリア・・・」はウィーンではあまり演奏されませんが、ドイツでは何度か聴きました。教会での演奏は素晴らしいですね。「オルフェオ」ももちろん、何度も観ています。1番好きなオペラですから。
ツェンチッチ演出、主演のシロエ、素晴らしかったです。舞台が豪華でした!彼は、子供時代も大人になってからもずっと第一線で活躍していて、素晴らしいと思います。
ちなみに、ヘンデルのシロエとハッセのシロエは、どちらもメタスタージオのリブレットですね。
Pfirsichchen
2017/05/26 04:09
neneちゃん
はい、今編集中です、
ponko310
2017/05/26 05:37
Pfirsichchenさんよ
私は、今3SATでシェーンブルン宮殿前のウィーンフィルの夏の野外コンサートを見ているの。
ちょうどハリーポッターの映画の主題曲を演奏してるわ。
すてきよ〜〜〜。
ponko310
2017/05/26 05:59
何よりも驚くのが、ご本人だけでなくご家族までもが歓迎してくださって親切な事です。
ファン(人)を大事にしてくれる、日本を好きでいてくれるのが伝わってきて嬉しくなります。
ピンクのワンピ‐スを選んで着る気持ちは、私も乙女(えっ?)なので分かりますよ。
ただ、レ‐ブルくん凄くキレイな顔なのに気になるのが・・・
ponkoさんの、蝶がいもむ(ゴニョゴニョ)発言です。
ponkoさんの合いの手には、笑ってしまいます。
つまりこれは、言わずもがなって事ですね?

YUKARI
2017/05/26 10:06
Pfirsichchenさん、お帰りなさい。
「シロエ」楽しまれた様で羨ましい限りです。
合唱仲間からはヘンデルのシロエはアリアが素晴らしいんだと聴いています。
いつかモンテヴェルディ聴いてみたいです。それもツェンチッチさんだったら最高だろうなぁ〜。
モンテヴェルディのあのレチタール・カンタンドできっと場面が絵画のように浮かび上がって来るのでしょうね。
私達が「Vespro della Beata Virgine」を来年の定演のプログラムにしているので練習が大変だと私が嘆いた返事に、「モンテヴェルディの作品は沢山演奏会で歌ったり、レコーディングしましたよ。数年前 僕達(Choralschola der Hofburg kappelle)はグラーツでアルノンクールさんの指揮でVesproを歌いました。それはグラーツの聖堂に響いていて、本当に輝いた素晴らしい演奏会でした。まずはその素晴らしい音楽を楽しんで歌ってください」と書いて来てくれました。
私達は音楽を楽しむ余裕など有るわけもなく…(泣)。

レストラン東京はもうないんですね。
いえいえ、レストランばかりではなく 私達が見たウィーンももうすっかり変わってしまったのでしょうね。地下鉄なんてなかったですから…。
あの教会近くの慣れた?カフェももうないかな〜。
時はたつものなのですね。決して止まっていてはくれない…
ek
2017/05/26 10:13
YUKARIさん
みにくいアヒルの子って言う童話を知っているでしょう。
あれは美しい白鳥がずんぐりアヒルになっちゃう話だったっけ。
あれ?何か勘違いしてたかな。
あ、私の事でした。
ponko310
2017/05/26 14:52
YUKARIさん
おっしゃる通りです。丁度Wolfgangさんが兵役中だった事もあり、彼のご家族には本当にお世話をおかけしてしまいました。
でも、正直申しますと、もしお会いしたのが彼だけだったら、私 今思い出など飛んで行ってしまっているかもしれません。
何故って、彼とふたりだけでいる時って、ドキドキして頭に血が上ってしまっているようでぼぉ〜っとしちゃっていましたから。なにしろ彼は私の天使でしたから。
YUKARIさん どうぞPonkoさんの言葉に惑わされないようお願いいたします。
レーブルさんは素敵でしたよ。あの本当に美しかった少年があんなに男性的に変わられるなどとは想像もつきませんでしたが、私は素敵だ〜って見つめてしまいましたよ。美しさは変わらないんです。 ただ、とても男性的だったんです。
でもね、不思議なんですが、あんなに美しいレーブルさんなのに、Wolfgangさんに対するよりおしゃべりな私になっちゃっていたかもしれません。
彼の物言いがそうさせたのかもしれません。
Wolfgangさんは優しく穏やかにゆっくりと(私は言葉がわからない〜゙って顔していたからかもしれません)話してくださっていたので、ゆったりとした時間になっちゃったんです。(短い時間でも気持ちが)
きっとレーブルさん早く話して帰ろう〜って思われていたのかも…。(笑)でも 眼差しは優しく穏やかでした。

Ponkoさんのイギリスへの旅日記楽しみですね。
やっといつものPonkoさんのお部屋に戻るんですもの。
ek
2017/05/26 15:42
ponkoさん、
いつもお邪魔してごめんなさい。

ekさん、
ツェンチッチのモンテヴェルデイなら、ここでオペラ「ポッペアの戴冠」(2012年)が観られます。(6月4日まで)彼はネローネの役です。
http://www.theoperaplatform.eu/de/opera/monteverdi-die-kroenung-der-poppea

明日と9日から、さらに2つ、彼が主演のヘンデルのオペラが観られます。
http://www.theoperaplatform.eu/de/upcoming
Arminio(2017年)は、彼の演出作品2つ目です。
Alessandro(2013年)の彼はかなり愉快ですよ。
Pfirsichchen
2017/05/26 16:06
ekさん
いやだ、いやだ。
私の記事よりekさんの思い出話をもっと聞かせてよ〜。
イギリスの次はまたあなたのお話を待ってますから。
そうしたら、私も元団員の承諾を得た、愉快なエピソードを公開するわ。
ponko310
2017/05/26 17:34
Pfirsichchenさん
情報をありがとうございます。
合唱には数年関わりを持っておりましたが、オペラとなると全く疎く…。
これからもご教授よろしくお願いいたします。
ek
2017/05/26 19:03
ek様
モンテヴェルディの曲を歌われたなんて素敵ですね。
私も少しだけ声楽をかじったことがありますが、本当にかじっただけで終わってしまいました。
聖堂で「聖母マリアの〜」なんて聴いたら本当に天国で優しいマリア様のお傍にいるかのような気持ちになりそうです。
「シロエ」は初で聴いてみたいと思います。
実は中学生の頃ミサに通っていたことがあるんですよ。
しかし、そこではこのような素晴らしいミサ曲を演奏される術もなく(地元では大きな教会だったんですけど)・・・・もしそれを聴いていたら私の人生大きく変わっていたかも知れません(*^-^*)

姐さま
ウィーンフィルの「サマーナイトコンサート」、こちらではネット中継がありました。
もちろん、私は・・・☽★★🌃(ー∀-)zzzzzで夢の中にいました。
例年だと7月にNHKで放送されるはずですので、その時までお預けです。
yuka
2017/05/26 20:54
Yukaさん
声楽のお勉強なさっていたんですか?
それは素敵!
私は合唱に興味があり、約20年在籍した合唱団で歌っておりましたが、周りの団員に姿も声も隠れていた状態でした。
私もキリスト教系の学校に通っておりましたが、プロテスタントの教会でしたので、カトリックの御ミサのような荘厳さはなく、ただ賛美歌を歌っていただけでした。
ek
2017/05/27 20:19

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162 ウィーン少オールドファンのお部屋 5 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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