青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 164 ウィーン少オールドファンのお部屋 6

<<   作成日時 : 2017/06/17 00:08   >>

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ekさんの思い出 4


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  (今年のシェーンブルン宮殿の野外コンサートのテレビ場面より)

お待ちどうさまです。
またekさんの旅のお話の続きが聞けますよ〜、浮き浮き


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私達がウィーンを離れて19日目になりました。
15日間の楽しかったソフィア滞在が終りになり、問題が起こるたびに支えになってくれた友人達ともお別れの時が来てしまいました。
駅には私達の為に20人近くの合唱団員の友達が集まっています。
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彼女達のレパートリーの「友情の歌」が美しく合唱され、それが終わるとすでに列車の発車1分前になっていました。
気がついた団員の一人が向こうのホームに向かって、「その列車待って〜」と大声で叫ぶことになってしまいました。
駅員さんは私達に大きく手を振って「早く〜」と呼んでいます。
ブルガリア語ですから、そう言っていたのではないかとの私の推測です。

団員達が必死でトランクを運んでくれ、私達があわてて列車に飛び乗った途端、列車は動き始めました。(辛いお別れの時って、こういう騒動があった方が悲しむ暇が無くていいのかもね)
振り返ると、ホームを走って見送ってくれているソフィアのメンバー達。
もう私達の涙も手を振る姿も彼女達には見えないはずなのに…。
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私達の列車はウィーンまでまる1日掛かる イスタンブール急行です。
この旅で東欧各国の訪問は終わりになり、車中に座って揺られながら、私達はしばらく無言でした。(私達だってポズナンの時は後髪を引かれたものね。)
日本で予約した列車は、ソフィアで切符を取りに行った時にはダイヤ改正でもう走っていない事がわかり、手を貸してくれた団員達のお陰でこの列車に乗ることが出来た次第です。
東ドイツでもポーランドでも、本当に沢山のトラブルが発生し、その度に友人達の助けが私達を支えてくれました。

ブルガリアでは、個人で別々の行動が多く、それぞれにその思い出を心に刻み込んでいましたが、私はあのヨーグルトスープの味と同じように、この旅は一生忘れないと思いました。

その時沈黙を破って、突然同行の友の一人が口を開きました。
「私達って、なんだか本当にスターになっちゃったのね」と。
その言葉でようやく3人に笑いが戻って来ました。
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翌朝 、列車は9:20分にウィーンの南駅に到着し、私達は20日振りにようやくまたウィーンに戻って来ました。
〜かって知ったる我が町ウィーン〜 と、鼻が高くなります。
でもすぐにどこかから「まだ一人でどこにも行けないでしょ?」って言うヴォルフィ―の声が聞こえて来そうになりました。

ホテルではあの映画の(もちろん「青きドナウ」です)ヘラー先生似のオーナーさんが約1ヶ月ぶりの私達の再会を歓迎してくださり、彼の「Willkommen !」が日本語の「お帰り〜」に聞こえました。

オーナーさんが渡してくれた沢山のお手紙は家族から、東西ドイツの友達から、ツアーグループの方々から、そしてもう一通はウィーンの森少年合唱団指揮者のリヒター先生から、数日後に聖ガブリエルで行われる彼らの総会へのお招きのハガキでした。

またファールナーさんからもメッセージが入っていました。
「ここでまたあなた達が楽しい時を過ごすように、夜迎えに行きます」

急いで荷物の整理を終えて、帰国の ( はい、私にとって首都がウィーンの国に戻ったのが帰国なのです。)報告をするためにファルナー家と、リヒター先生にお礼の電話を掛けました。
ヴォルフィ―のお母様は「3週間は長かったのよ。 元気だった? 夕方にあなたの妹たちが迎えに行きますよ。」とおっしゃいましたが、その言葉が嬉しくって。
----もう〜、私の妹たちですって。
-------えっ そうすると、ヴォルフィーは私の弟…まぁ 良いか。

blume-0070.gif von 123gif.de  久しぶりのウィーン!
今行程では、この街の滞在は18日間です。
でも、この素晴らしい旅ももう半ばになっていました。
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すぐさま大好きな市庁舎とヴォティーフ教会に「帰って来ましたよ〜」と挨拶に向かいました。
私 どれだけここが好きなんでしょう

そして 教会近くの慣れたカフェには入らず、今回は別のカフェです。
だって、もうウィーンに慣れたものですから 。(アハハ、その近辺だけはね)

この日の夕方、 愛する妹たちが迎えに来てくれました。
次女のミッヒは私を見るなり嬉しそうに抱きつきましたが、私だって負けずに「愛しい妹だわ 」って思い切り抱きしめてしまいました。

5人で賑やかにおしゃべりしながらファールナー家に向う途中で、ミッヒは私と手をつないで鼻歌を歌っていますが、ふと、ミッヒが男の子だったら、ウィーン少年合唱団員に…って書いていらしたお母様のお手紙を思い出しました。

お姉さんは私の友人達の相手をしてくれています。
初めてこの少女に会ってから1ヶ月以上経ちましたが、なんだかもう彼女がすっかり女性らしく見えます。
やっぱりあの花束の青年は…。
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ファールナー家に到着すると、ご両親はまるで遠く離れていた娘達が戻って来たように迎え入れて下さったのに、天使のヴォルフィ―さんは柔らかな笑顔で「おかえりなさい」とただ一言。
えっ〜、たったそれだけなの? 
まぁ、弟なんてそんなものです(笑)。(ひょっとして照れ臭かったのかもね)
今日も再びお母様のあたたかい手料理が私達を待っていてくれました。
一家勢揃いで囲む夕食は落ち着いた素敵なひとときでした。
夕食後、さっそく旅の報告です。
東ドイツでもポーランドでも、ルーマニアでも、ブルガリアでも様々なトラブルがあった事、不安だった列車のチケットの件、怖かったベルリンの壁の事、そこで泣きながら食べたバナナの事、感激したいろいろな演奏会の事、そしてソフィアでは私達の訪問がテレビニュースになったり、そこでサイン攻めになったりした事などお話ししました。

お母様と妹たちはお父様と弟(オホン!)の通訳で話を聞きながら泣いたり笑ったり、驚きの連続です。
けれど男性2人は「良い経験だった」「旅ではいろいろ起こるものだ」と至って冷静です。(そう、やっぱり男性よりも女性の方が感性が豊かなのよ〜。)
ここウィーンでは、ご家族のご援助によりそんなトラブルに合わずに済んでいる事に感謝していると伝えました。
するとヴォルフィ―が「旅は冒険なのです!」
それに被せるようにお父様も「ウィーンでも冒険しなさい」と。
えっ〜どうか見放さないで下さいと心の中でお願いしてしまいました。
「それならウィーンの森を冒険しましょうよ!」とミッヒが嬉しい助け舟を出してくれました。
数日後、カーレンベルクのハイキングの約束が決まって、私は優しい冒険で良かった〜と胸をなで下ろしました。


 ウィーンの森少年合唱団との再会の日

今日はその少年合唱団の指揮者、リヒター先生に招待されていた日です。
彼らとの思い出はポンコさんと同じように沢山あります。
この合唱団の団員との思い出が私は一番多いようで、いつかまたお話させていただける機会があればと思います
(ありがとう、胸キュンの楽しい思い出を沢山おねがいしま〜す。)

午前中は、手紙書きで、家族へ近況報告、お世話になった友人達へのお礼状書きですが、各地の友と過ごした素晴らしい時が思い出されて、ペンがなかなか進みませんでした。
(心地よい思い出に耽ってしまうと、指が疎かになるのよね。)
合唱団のあるメートリンクに向かう為、ファールナーさんのお父様の言われたように冒険をしなくてはいけないと
画像意気込んで早めに昼食を取りました。
ウィーンですもの、ウィーン駅の近くのヴィーナーヴルストをね。
友人がマスタードをつけすぎて…まぁ。
そんな冒険はしなく良いのに…(笑)。

電車が停止していたので急いで乗り込むとドアーが閉まりました。
でも、ハッと気がついて見ると、友人の一人が乗り遅れてホームに残され、情けない顔をして立っています。
私達が大慌てで 「次の電車で来てね。次の駅で待ってるから!」 と車内で叫んでいるところに、一人の老紳士が来て指で電車のドアーに触れると、それが簡単に開きました。
自動開閉押しボタン式の電車など経験した事のない私達は、メートリンクまでの道中をその親切な老紳士ご夫妻とのおしゃべりで過ごします。
お礼に小さな折り鶴を作って奥様に渡すと、感激してそれを抱きしめて「素晴らしい!」の連発です。(ね? 折り紙って大事でしょ)
「日本の伝統的な物で、何か願い事がある時は千羽折るんです」とお話すると「この一つだけで私には千羽よ」と言ってくださいました。
この老紳士のお陰で約束の時間よりも早く聖ガブリエルに来れたのです。
危ういところでまた団員達から「遅いよ〜」と怒られるところでした。
16時からのコンサートの前に総会があり、神父様(司祭様?)が私達を日本からの来客としてご紹介してくださいました。
私が代表してお礼と共に軽い挨拶をしましたが、胸の前で小さく、真っ先に拍手をしてくださったリヒター先生の奥様がとても印象に残りました。
少年達のコンサートは素晴らしくて感動せずにいられませんでした。
可愛いオペレッタの練習も見せていただきましたが、このプログラムが7月にあるスイス公演で行なわれると言う事でした。

blume-0161.gif von 123gif.de    ウィーンの森での冒険の日
   
ファルナーさんとのお約束の日です。
でも、その前に帰国の準備にモスクワ行きの切符を取りに行きました。
この切符を使う時はいよいよウィーンとお別れなのだと思うと、寂しさが込み上げてきました。
でもまだ、1ヶ月も先の事なのだと気分を変えてファールナーさんのお宅に向かいます。

今日はカーレンベルク冒険の旅にはぴったりのお天気で、お父様とヴォルフィーさんの2台の車でのドライブになりました。

一年半前に免許を取ったヴォルフィーさんの運転する車にはお母様と妹たちが乗り、私達はお父様の車ですが、本当はヴォルフィーさんの方の車に乗りたかったな〜。

車を降りるとなだらかな丘をハイキング。
爽やかな風、皆の笑顔、ちょっぴりまぶしい日差し。
ヴォルフィーの白いシャツが更に眩しさを増します。

あの横浜の舞台で白いセーラー服の天使だった少年が、すっかり大人の男性に-----10年経ったんだな〜と過ぎ去った年月の長さを感じました。
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ボール遊び、バドミントン--------ファールナーご一家とご一緒の時間は緊張しているのに、心は穏やかです。
いえ、ちょっと違います。
ヴォルフィーとのバドミントンは、彼が打ったシャトルを打ち返す時に、
私の胸はまるで恋する乙女のようにドキドキしていました。(弟って言ったくせに?  ウシシ、弟だったらドキドキなんてしないもんねぇ〜、ウシシシ)
なぜなら彼は私には決してきつく打ち返して来ませんでしたから。
ふわっと優しく舞い上がったシャトルを目で追いながら、このふんわりと幸せな時間がずっと続けば良いな〜と願っていました。(ほんと、そう願えていたこの時間が一番幸せだったのかもしれないよね。)

丘から見たウィーンの街並み---------あの街が決して騒がしい訳ではないのに、ここでは人の温もりが風に乗ってすっーと心の中に入って来ます。
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それは今ここに、ファールナーご一家と私達、緑に囲まれた大地に一緒に座って、穏やかな時を過ごしているからでしょう。
どこからか聞こえてくる笑い声さえ小鳥のさえずりに聞こえてきます。

あの頃の世界情勢は、まだ米ソ対立があり、資本主義と共産主義のそれぞれの国の概念の相違を私は短い期間で深く感じる様になっていました。
東欧諸国を訪れ、そこで沢山の友人達に会える機会に恵まれ、それぞれの国で出会った人たちが全て優しく素敵な方達でした。
素晴らしい思い出も沢山いただきましたが、私達が持っている大切なもの「自由」を持てないでいる人たちもいる事を知りました。
家族の幸せについて、涙して話した友人達もいました。
あんなに素晴らしい友人ご一家と、ここでこうしてご一緒している素晴らしいご一家、どちらも私には大切な方々になりました。
人は自分の置かれた環境でこんなにも生活が違ってしまう事、またその環境に自分達を置かねば生活できない事を痛切に考えさせられました。

座って物思いにふけっていた私の足元にボールが転がってきました。
離れた所で妹たちが笑顔でこちらに手を振っています。

あ〜、今こうして自由な青空の下にいる自分はなんて幸せ者なんだろう。
夕暮れのグリツィングの温かい光の中から笑い声が響いて来ます。

帰りは私が行きに密かに願った事が叶ったように、ヴォルフィーさんが運転する車でした。
「冒険はどうだった?」 と彼からそっと尋ねられた時、私は「幸せについて考えました」 と答えました。
「ウィーンでは君は幸せですか?」
その時の彼は、あの日の私の東欧の友人達との思い出話しをきっと頭に浮かべてくれていたに違いありません。
君は人生の冒険をしたのだよと聞こえるような気がしました。
「今私は最高の幸せを感じています。こうやって自由な気持ちで笑っていられるんですもの。」

この冒険の1日は静かに暮れていきました。
カーレンベルク、レオポルドベルク、グリツィングの冒険は穏やかな中で私にいろいろ考えさせてくれました。


ありがとう、ekさん。
この最後の文章を読んで、私も当時の気持ちが改めて蘇って来ました。
安穏な日本から若い私達が、政治に何の知識も無く踏み込んだ共産圏の実態に接して、どんな衝撃を覚えたか思い出しました。
ベルリンの壁が開いてから28年経ちますが、当時の東ドイツやポーランドで受けた重い印象は今でも忘れていません。
共産主義が興亡した今は情勢も、そこに住んでいた人達の気持ちも大きく変わりました。
公共の場での隠れるようなひそひそ話が無くなり、あちこちで楽しい冗談や大きな笑い声が交わされています。
あなたがカーレンベルクの丘で感じた自由の幸せを、今日また再び、ここで噛みしめる事が出来ました。

さぁ、次のお話ではどんなドキドキが待っているんでしょうね。
読めるのは7月になりそうですが、もう楽しみで仕方ありません。

さて、私の方は来週二つの少年合唱団の野外コンサートがあります。
ベルリン大聖堂少年合唱団と二日後にドレスデンクロイツ少年合唱団。
此処にいるファンの若い友人に引っ張られて、行ってきますからね〜。


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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
Ponko様
ここ数回に渡り、自分の旅日記を記事に載せて頂いて、再び自分でコメントを書かせていただいてしまいます。
本当にありがとうございます。あの日々をこうして思い返しては自分がいかに幸せだったか改めて感じています。
皆様に、拙い旅日記を読んで頂くなんて更に幸せな事です。ありがとうございます。大した出来事でもないただの旅日記なのに…。ごめんなさい。

Ponkoさん、ベルリン大聖堂少年合唱団とクロイツコァーですか?!素敵!楽しんでいらしてください。そしてどうかその演奏会の様子お話し聴かせてくださいね。クロイツコァーは私達もソフィア滞在中に聴くチャンスを頂きました。
野外コンサートですか?!ますます楽しみですね。
ご一緒なさる方と楽しいお話しの時間も持たれるんでしょうね。楽しいだろうなぁ〜。
ek
2017/06/17 22:00
ekさん
こちらこそ、続きのお話をありがとう。
この思い出が大したことが無かったら、私はekさんの旅日記を此処に載せてもいいですか、なんて聞いていなかったでしょう。
ソフィアの少女たちも素直で可愛かったと、友人から聞きました。
大人になったペンフレンドと会えたなんて素敵だわ。
ティーンの彼等とはまた一味違うんですよね。

友人との野外コンサートは雪が降ったら行かないからね〜、あはは。
ponko310
2017/06/17 22:47
ponkoさん、こんにちは〜!
市庁舎の夜景(というか夕暮れ)綺麗ですね💕
ソフィア少年少女合唱団も懐かしい♪
WSK以外にコンサートに足を運んだ唯一の合唱団です。
横浜港に到着した時も甲板から歌ってくれたのを
今でも鮮明に覚えています。
「少年少女合唱団」というわりには男の子は二人しかいなかった。
ブルガリア民謡を歌う時の彼らは活き活きしてたなぁ。
美人が多く、皆フレンドリーだったのも印象的でした。
あっ!さっき唯一の合唱団と書きましたが、
もうすぐドランケンスバーク少年合唱団の初日ライブに行きます。
それも楽しみにしています。
はっぴー
2017/06/19 16:19
はっぴーさん
私が見た市庁舎はいつも昼間でしたし、シーマーク君と見た時はこんなに綺麗なライトアップじゃなかったんだわ。
ネットって便利すぎるわね。
ソフィアの少女たちの温泉のお風呂上りの頬がピンクに染まってそれは美しかったって言う記事をどこかで読んだのが未だに印象に残ってるわ。
私はテレビでしか視聴しなかったけれど、よくもまぁ、ここまで外見を揃えたなぁ、って感心していたの。

ドラケンスバーグも聞き逃した(ベルリンで)合唱団だけれど、きっと彼等のステージは力強くて楽しくて体も気分も浮き浮きさせてくれるんじゃないかな。
こっちでも国際カーニバルがあって、アフリカのリズムには体が自然に動いてしまうのよ。
楽しんで来てね。
ponko310
2017/06/19 17:46
ek様 ponko様 ご無沙汰していました。
先日私の若いお友達が初めてウィーンに行きました。当地で歓迎を受け、ウィーンで暮らしたいと思うほど大きな感銘を受けたそうです。違うのはFBを通じた交流だったこと。ホーフブルクも飛行機もホテルもネットで予約したことなど、時代の違いを感じます。
比較してしまえば、今のほうが容易に渡航でき、トラブルも少ないでしょうし、費用も安く済むかもしれないですね。
でも若い友人たちの感動の大きさは、ekさんやponkoさんと同じだったと思われます。憧れの地には多感な時期に思い切って行くべきですね。
今年のモーツァルトコアが帰国しました。その感動がまだ心の中でふつふつとしています。64年組を除けば、私は今までで一番好きな団員ができました。応援しているという実感はとても心地よく、少しせつなく、ekさんが天使クンを大切に思う気持ちが、前よりずっとわかるようになりました。
maa
2017/06/22 23:26
maaさん
そう!!!!
多感な時期にすべきことなのよ。
若い時は本当に心が新鮮で感銘も大きいのだわ。
その時に受けた印象はいくら時が経っても消えないのよね。
maaさんのお友達がウィーンで幸せな時間を作ってくれたこと、私も喜ばせてくださいな。
将来のオールドファンが一人増えたかな。
それにもう一つ、maaさんには64年組程の愛しい少年がモーコアにいるって、それも嬉しい。
ponko310
2017/06/23 02:08
maa様
なんだか心がふるえるようなお話しありがとうございます。
maaさんの今のお気持ちよくわかります。 思い出すだけでもう胸が熱くなり、その歌声が響き渡ってくる…。素敵な隊に会われましたね。

ご友人の方も沢山 素敵な思い出で持たれて帰国なさる事でしょう。
ねぇ maaさん Ponkoさん 素敵な忘れ得ぬ思い出を作れるって事は年齢に関係ないですよね?若返りし乙女だった昔も、年を経た年齢になった今も、心を揺さぶられた熱い想い、思い出、出逢いは変わらずに感動的な事ですものね。
maaさん!その熱い想い、どうか大切になさってください。
今私は、こうしてその想いを皆様への失礼もかえりみず、この大切な場所をお借りして お話しさせていただいてしまっております。
ありがとうございます。
ek
2017/06/23 06:02

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