青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 167 ウィーン少オールドファンのお部屋 7

<<   作成日時 : 2017/07/26 16:35   >>

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ekさんの思い出 5

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    (写真はwww.vienna-unwrapped.com/vienna-pictures-palaces/より。)

長らくお待たせしました。
楽しみにしていた記事164からの続きがようやく載せられます。


第二行程ウィーン滞在日

そんなある日、69年に来日したタイマー隊のエンゲルベルト君がホテルに現れました。画像
彼は同行の友人のペンフレンドでしたが、余りにも予期せぬ突然の訪問です。

日本公演の時、タイマー隊の帰国間近に友人についてお別れのご挨拶に行ったので、この少年とは顔見知りになっていました。
背はすっかり伸びていましたが、5年前に会った時に焼き付いた彼の明るい笑顔はそのままでした。
そのエンゲルベルト君が此処に来たのは、実は前の日に彼が友人と約束を交わして、アウガルテン宮殿を案内してくれる事になっていたからです。
この日はうす曇りで霧雨が降っていましたが、私は傘などいらないくらい浮足立っていました。

すでにアウガルテン宮殿には72年組の団員のお母様と来たことがありましたが、まだ表から見ただけです。
エンゲルベルト君が受付で許可を頂いて皆で中に入りましたが、青きドナウの映画ですでに見慣れた宮殿内とは言え、実際にそこに立った時の感動は言い表せませんでした。
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彼について、どこをどうやって上がったのか、まるで夢の中にいるように足がふわふわ浮いている気持ちでした。画像
簡単に内部を案内して頂いた時に、ピアノが一台おいてある小さな練習室に入りました。
そこで元団員の彼はしばらく華麗な独奏会をしてくれたのです。
でも歌が一緒だったらもっと良かった……贅沢な望みでした。

ふわふわの気分で部屋を出ると、そこで偶然何人かの団員に出会いました。
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お客様には慣れているのか、彼等から礼儀正しく挨拶を受けましたが、その中に見覚えのあるちょっと大きな団員が目に止まりました。
「あらっ!クリスじゃない!」
彼はこちらを見て一瞬棒立ちになっています。
それは72年に高輪プリンスホテルで会ったあのディケルちゃんだったのです。
彼は目を丸くして「なんでここにいるの?」という表情を見せています。
何かを察したらしいエンゲルベルト君が、クリスに「知り合いだったの?」と尋ねると、返って来たのは「ペンフレンド」の一言。
あら〜、そういえば私達ペンフレンドだったわね

現役団員のクリスはきっと練習にでも向かう途中だったのでしょうか。
これと言った話をするわけでもありませんでしたが、別れ際に一言「ママによろしくね」と声を掛けられました。


またウィーンの日曜日です

ここにいるならもちろん、ウィーン少年合唱団のホーフブルク礼拝堂でのミサを聞き逃すわけにはいきませんよね。

もう慣れましたので自分達だけで礼拝堂に向かいました。

あのカーレンベルクでの冒険からの帰路、ヴォルフィーさんから「日曜日のホーフブルクのチケットは用意してあるので、当日受け付けに僕の名前を言って受け取るようにね」と言われていました。

画像ですから、ちょっと早めに行ってチケットを受け取りに行きましたが、お相手をしてくださったのが64年組だったロスナーさんの弟君でした。
彼はヴォルフィーから日本のペンフレンドが来ていると聞いていたようで、「ウィーンはいかがですか?」「僕達が日本で持てたようにウィーンで素敵な時間を過ごしていますか?」「今日は本当のウィーン少年合唱団を楽しんでください」と言ってくださいました。

昨夜はクリスのお母様にお電話した際に、今日のこのミサで彼等が歌うと聴いていました。
聖歌隊としての本来の少年合唱にはクリスが、 そしてその合唱団で時を過ごしたOBの男声合唱にはヴォルフィ―が加わっています。
私の二人の友人達が憧れのホーフブルク礼拝堂のミサで歌うのです。
それが誇らしく、皆さんに大声で自慢したくなりました。
今日の演目はブルックナーの大ミサ。
期待で心はいっぱいですが今日は泣きません
誇らしい二人の友人達に心からの敬意を払っています。

ところがどうでしょう 
隣に座っている紳士に気が付いたら震えが止まらなくなりました。
タウチュニッヒ団長だったのです。
(きゃぁ〜、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 その心境、オールドだったら判るわよ〜)

礼拝堂に響き渡る演奏は夢のように美しいのに、心はここにあらず…。
頭の中では音楽が響き渡っていますが、心は緊張でドキドキです。
緊張し続けの中、 礼拝は厳粛に終りましたが、しばらく立てないでいました。
そんな私を見て団長は微笑まれました。(←この文を記憶に留めておいてね)
私、とっさに握手を求めてしまいました........というより自分で何をしているか判らない興奮状態だったように思います。
団長はその失礼にもかかわらず、優しく対応してくださいました。


礼拝後、ロスナーさんの兄君から「いかがでしたか?」と感想を求められましたが、「素晴らしかったです」と言う言葉しか出て来ませんでした。

何人かの団員達が通り過ぎて行きましたが、その中にはponkoさんのルカ君も混じっていたのかもしれませんね。
(あ〜ぁ、1974年にはルカは15歳になっていたから無理な期待ですよね。このお話を聞いた後、ルカにその事を尋ねてみたのですが、何故かその時はノーコメントでした)
しばらくしてクリスが昨日宿舎で会った二人の団員と一緒に現れました。
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演奏後のデッケルちゃんはちょっと緊張しているように見えました。
「昨夜お母様にお電話でご挨拶しましたよ」とお話したら、「その後、家に帰ってママから聞きましたよ」って笑っていました。
なぜ昨日はその後で家に帰るって言わなかったのかしらね。
でも多分クリスと会えるのは今日が最後になるのでしょう。
今度は私が「ママによろしくね」って頼みました。

私達は一度ホテルに戻り、夜はファールナーご一家とハイリゲンクロイツへドライヴに行きました。
車の中でヴォルフィーから「礼拝はどうだった?」と聞かれ、「素晴らしかったけど、緊張しました。冒険の日のようにドキドキしていました。」と答えたらヴォルフィーはなんて言ったと思います?
「隣がタウチュニッヒ博士だったから?」ですって!
歌いながら私の緊張を面白がっていたのかしら?…
チケットを手配してくれた彼は「疲れた礼拝だったでしょう?」って。
…私が固まっていたのを面白がっています。
まさか偶然お隣の席になったのでしょうが、それを見て楽しんでいたとはヴォルフィーも以外と意地悪です。
ご両親はその話を聞いて笑っていらっしゃいました。
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ハイリゲンクロイツの夜は礼拝堂のミサでの興奮を静かに穏やかに癒やしてくれました。
でも、一週間後に休暇旅行に出るファールナーご家族ともこれでお別れになるのかと思うと、帰路は無口になってしまいました。
5月4日ウィーン南駅でヴォルフィーさんのお父様にお出迎え頂いてから、まだ2ヶ月も経っていないというのに、私の心の中にはまるで20年分位の思い出が詰まっています。
少しお眠むのミッヒの頭を撫でながら、ちょっぴり心の中で泣きました。
           礼拝堂で今日は泣かないって決めたのに…。
kerzen-232.gif von 123gif.de6月も終りに近づき、オーストリアにはまだ後1ヶ月程いられると言うのに、後2日でファルナーご一家とお別れの日。
午前中 買い物を済ませ、 午後はホテルの部屋の窓からぼんやりと外を眺めて物思いにふけっておりました。
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ふと気がつくとノックの音か聞こえます。
ドアを開けるとあのエンゲルベルト君がにっこり笑って立っていました。
一辺に現実の世界に戻してくれる笑顔です。

「エンゲルちゃんよ〜」私は大声で彼のペンフレンドを呼びました。
アウガルテンを案内してくれた楽しいひとときから、私達は彼を天使ちゃん「エンゲルちゃん」と呼んでいます。
今日は二人のデイトなので私達は一応は遠慮したのですが、結局友人の希望で皆一緒にシェーンブルンに行く事になりました。
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けれど私達はずっと距離を置いて2人の後を歩きます。
ホーフブルクの礼拝後の、あの日ヴォルフィーと2人で歩いた博物館の時の私の気持ちを経験してくれますようにと願いながら…。

でも、予想に反してエンゲルちゃんはコメディアン(ごめんなさい) のように私達を笑いの渦に巻き込んでいきます。
宮殿の庭園をゆっくり歩き、グロリエッタに到着してちょっと一休みをした後、ふとエンゲルちゃんが立ち上がって友人に手を差し出しました。
「Lady!」(お嬢さんお手をどうぞ)とでも言いたかったのでしょう。
それを友人は「Ready」だと思って「Go!」。
私達はキョトンとしてしまいました。
あれ〜ほんとうはどっちの意味だったのかしら?

それがきっかけでモーツァルトもどきの寸劇が始まってしまいました。
エンゲルちゃんが旦那様、友人が奥方様、私達が召使いの役です。
歌までは歌いませんでしたが、もう笑いっぱなしです。

笑い疲れてしばらくして「さぁ〜Let's go!」っと立ち上がろうとすると、エンゲルちゃんが「まだだめ」とひっぱたのでよろけてしまいました。
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彼はまるでチャーリー・チャップリンのように私達に笑顔を届けにきてくれた天使君でした。
ありがとう!エンゲルベルトさん!
この日の笑い話はファールナーさんには秘密。
間違ってもヴォルフィーとはシェーンブルンで寸劇など出来るはずもなく…。 69年組ってファンとこんなに楽しい友好関係を結んでいたのね。此処の記事の最後にもその一例を載せてあります。)(http://ponko3.at.webry.info/201601/article_1.html)

ポンコよりの追記:2017年9月 
ウィーンの友人がそのエンゲルベルト君(いえ、すでにエンゲルベルト氏ですね)に会う機会があって、その折にこの記事を見せたところ、これらの写真を興味深く見られていたそうでした。
エクと言う名前には心当たりがないけれど(そりぁ〜匿名だものね、ウフフ)、あの当時ウィーンに来た三人の女の子の事は覚えているそうです。
このブログのオールド達の為に提供くださった現在の彼。、
1969年にタイマー隊の団員で日本にいらした時の面影がまだ残っていられますよね。

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この行程最後のウィーン滞在日

西ドイツの友人達に会いに旅立つ前の日の午後です。
ヴォルフィーさんの妹たちとお父様がホテルに迎えに来てくださって、アルテドナウの船遊びに向かいました。
モーターボートに乗りましたが、向かい風が強くて妹たちと大騒ぎです。
お父様が周りの景色の説明をしてくださいましたが、「お父様!聞こえませ〜ん」。
ドナウ川の一部かと思っていたら湖なんですね。
(きっと私がウサギちゃんにボートに乗せてもらったところかもしれません。)
湖上から見るウィーンの町は全く違って見えました。
お父様は違ったウィーンを、そしてドナウと呼ばれている水上でウィーンの風と空気を感じるようにと連れてきてくださったのでしょう。
「美しく青きドナウ」でなくても、私には「美しきドナウ」でした。
熱くなった心を冷やしなさいとでも言うように風が冷たく感じられるようになったころ、「さぁ〜家に帰ろう」とお父様がおっしゃいました。
「家に」その言葉がなんだかとても暖かかったです。
お母様に会える!でも一番会いたいヴォルフィーには?…

家では笑顔で迎えて下さるお母様の手料理がすでにテーブルに並べられて私達を待っていました。
「楽しかった?」
「はい、とても」
ミッヒが「寒かったのよ」と言うので、彼女の頭を「ありがとうね」と言って軽く撫でると、突然泣き顔をされてしまいました。
この小さな妹は今日が最後の夜だとわかっていてくれた様です。

その時ドアが開いてヴォルフガングさんが現れましたが、べそをかいたミッヒの顔を見てどうしたの?と言う表情です。
でもすぐに事を察したのか「顔を洗っておいで」とお兄さん。
食事が始まると、いつもよりお話ししてくださるのがお母様でした。
お母様の気持ちが伝わって来ました。
「泣いちゃだめ!」自分に言い聞かせました。

食事が終わるとヴォルフィーが突然「アメリカに行った事ある?」と聞いてきました。
彼は雰囲気を変えようとしてくれています。
「無い」
私達は首を振りました。
彼は少年合唱団員の1966年とカンマーコアーで1972年にアメリカに行っているはずです。
でも「これは三回目のアメリカ旅行の時」と言って8ミリフィルムを見せて下さいました。
…3回目? あら〜いつ行ったの?…
ふとその画面の中に懐かしい顔を見つけました。
「あっ!」と小さく叫ぶと彼は笑って「ペーター?」と聞きました。
そう、64年組のマルシャートさんが写っていたのです。
1972年3月、2週間の滞在でニューヨークとボストンでコンサートを行い、その旅の合間の8ミリフィルムでした。
少年合唱団員の頃は8ミリカメラなんて持っていなかったでしょうが、少年合唱団員の頃が見たかったな。
確かこの1972年の時にはアメリカから絵葉書が頂いた事を思い出して懐かしくなりました。

最後に彼が見覚えのある一冊のアルバムを持って来ました。
1964年の日本旅行の時の写真を整理して私が送ったアルバムでした。

そこには私が書いたインデックスのメモに、見慣れた彼の文字でいろいろ書き加えてありました。
…いつ書いてくれたのかな?
アルバムを送ったのは確か旅行からずいぶん経ってから。
そうだ〜、退団した翌年!1968年に…
その夏にヴェルター湖の合唱団の宿舎にこのアルバムを持って行ったって手紙に書いて来てくれたんだわ…。

「これを作るのは大変だったでしょう」とお母様。
「いいえ!楽しい時間でした」
…あの演奏旅行の時、横浜での演奏会の時にたった一度しか会えなかったけれど、このアルバムを作りながら一緒に日本中をまわった気になっていましたもの…。
「それにしてもよくこんなにヴォルフィーの写真を集めてくれましたね」とお父様。
ヴォルフィーもうなずいてくれました。
「あ〜日本に行きたいな〜」と妹たち。
「ぜひ来てね!お兄さんよりいろいろな所に行きましょう」と言うとヴォルフィーは「3カ月なんて行けないよ」って自慢していました。
演奏旅行だったんですものね。
もっとゆっくり日本を楽しんでいただきたいな…。

「明日の列車はドナウクリアーだね?」とお父様。
「はい」それでウィーンとしばらくお別れです。
そして皆さんとは…お別れの時間です。
もう駄目です!妹たちも私達も泣いてしまっています。
心からお礼申し上げます。
言っても言い切れるものではありません。
本当にありがとうございました!



ケルンに向かう朝です。
朝早く ヘラー先生似のオーナーさんに出発のご挨拶。
「7月14日に戻って来るんだね?」と確認。
…はい、2週間留守にしますのでよろしくお願いいたします…。
駅に向かう準備をします。
7時半、ホテルにヴォルフィーが迎えに来てくれました。
朝のご挨拶を済ませると彼は無言で荷物を下に運んでくれました。
オーナーさんも一緒です。

何か言おうと思っても言葉が出ません。
ただ「ありがとう」と何度も言えただけでした。
車の中でいろいろおしゃべり。
「西ドイツはどこへ?」
「ケルン大聖堂合唱団員の友達に会いに」
「あのドームで歌った事あるよ」
「カンマーコアーで?それともゼンガークナーベンで?」
どちらもだそうです。

駅に着きました。
私の目の前にいる方々を見て涙が止まりません。
荷物を持っていてくれるヴォルフィーの前にはご両親、妹たち、コンスタンツェのピアノの演奏会の時にお会いしたおばさま マリアヒルファーのお買い物にお付き合いくださった従姉妹さん。
それにヴォルフィー達のおじい様とおばあ様。
初めてお目にかかるお二人です。
まさか今日が家族旅行の出発だったのですか?と思ってしまったくらいですが…皆さんわざわざ見送りにいらしてくださったのです。
「孫の友達に一目会ってご挨拶したかったんだよ」とおじい様。
10年間お手紙を交換させていただいている大切な友のご一家。
一人一人抱き合ってご挨拶です。
こんな私の為に…それもこんな朝早く…。
「良い旅をね!」「健康には気をつけてね!」「ちゃんと食事とってね」「また会いましょう!」「忘れないでね!」「ウィーンは気に入ったかい?」「またウィーンに来てね!」 「大好きだよ〜!」皆さん温かい言葉をかけてくださいましたが、私はただうなずくだけで精一杯でした。
ヴォルフィーが「それではまたね!」と。
え? またねって…?

列車が走り始めました。
「さようなら!Familie Fahrner!皆さんのご親切は決して忘れません!ありがとうございました!」
何回も何回もつぶやきました。


ウィーン最後の日

西ドイツの旅行を終えて7月中旬、三度目にウィーンに戻って来てから、またいろいろな思い出が出来ました。
ホテルラートハウスに日本人の男性旅行者が宿泊。
その方とウィーンを散策したり、横浜からウィーンまで同じツアーグループだった方々がホテルに訪ねてきてくださったり、もちろんメートリンクの友達にもお世話になりました。
あっという間に時が経ちました。
明日の夜ウィーンを発ちます。
いよいよ帰国です。
荷物の整理を済ませたその時、ドアをノックする音が。
とっさに頭に浮かんだのは……エンゲルちゃん?
彼は落ち込んだ時に笑顔を見せてくれる天使君です。

でも… ドアを開けたら 本当の私の天使さんが立っていました。
「それでは、またね」って言ったまたねは今日の事だったの?
…「なんでここに?」「家族旅行は?」「兵役中だから家族旅行はご一緒出来なかったの?」…心の中に次々に質問が浮かびます。
でも答えは良いんです。今、目の前にヴォルフィーさんがいるんです。
「明日は見送り出来ないから、今日挨拶を」と彼は言いました。
忙しい中、彼は私の帰国日を覚えていて気にかけていてくれたのです。
少し微笑んで手に持っていた小さな箱を差し出しました。
「遅れちゃったけど誕生日おめでとう!」
自分で作ったケーキだけどって、ヴォルフィーさんあなたって人はなんて人なの!? 

オーナーさんにお許しいただいて、誰もいないホテルのレストランの片隅で、2人でゆっくり話をしました。
4月に日本を発って3カ月。
訪れた国や街を話題に、彼の目で見た同じ街の事を話してくれました。
えっ〜、でもヴォルフィー、私、イタリアには行ってませんけど…。
でも楽しいお話しだったから、お話し聞けて嬉しいです。
少年時代から世界中を旅して素敵な音楽を届けている楽士さん。
彼の語り口はまるでウィンナーワルツのように心弾ませてくれます。

彼の微笑みそのままに、静かに穏やかに時間は過ぎていきました。
こんなにゆっくり、目の前に座って二人で話せたのは最初で最後です。
本当にお別れの時です。
…彼が合唱団在籍中、世界の作曲家の中でアントン・ブルックナーが一番好きだと言っていました。
ブルックナーの交響曲とミサ曲が特に好きだと。
少年合唱団在籍中、彼は2曲のミサ曲を歌ったと手紙に書いて来てくれた事がありました。
そしてそのブルックナーの2曲のミサ曲をここウィーンで、あなたが歌うホーフブルクで聞く事が出来たんです。
こんな素晴らしい偶然ってあるんでしょうか?

お別れの時、彼はそっとハグしてくれました。
「また手紙で会いましょう!」と。

ウィーンを訪れる数年前、「出来る限り長く僕達の文通を続けたい」と書いてきてくれた事がありました。
そしてその約束通り、1964年から亡くなるまで私の大切なペンフレンドでいてくれました。

翌日 夜も遅い10時近くウィーンを発ちました。
駅にはメートリンクからマンディとご両親、ウィーンに遅れて帰って来た友人が見送りに来てくれました。
お世話になった皆さんありがとう!
ありがとう、ウィーン!
ありがとう、メートリンク!
ありがとう、ホテルラートハウスのエルンストさん!
そして ヴォルフィー!
あなたのおかげで私は沢山の素晴らしい思い出をいただきました。
あの横浜で目が合った時のドキドキは一生忘れません!
ありがとう!

vogel-0078.gif von 123gif.de 皆様へ

2月にPonkoさんのお部屋にお邪魔してから、あれよあれよとこんな私事の旅行記まで特別に記事にしていただいてしまいました。
拙い文 、それに添えた不鮮明な写真など 恥ずかしい限りです。
それでも、こんな記事にお一人お一人、皆様から温かいコメントをお寄せいだきました。
本当に心より感謝申し上げます。
私にとって ウィーン少年合唱団との数々の思い出はいつまでも心の癒やしであり、力になってくれています。
ペンフレンドでいてくれたファールナーさん。
彼にはもう会う事は出来なくても、いつでも大切な心の天使でいてくれます。
実際に会えなくとも、思い出の中で そして彼のご家族から彼の面影は永遠に存在しています。
あの最後の日にヴォルフィーが作って持ってきてくれたケーキはその日の夜遅く、3人でしんみりといただきました。
甘くて美味しいのに…私にはちょっぴり涙の味が混ざりました。

皆様 本当にありがとうございました。
そして Ponkoさん!こんな私の支えになって40年以上も前の大切な宝物をもう一度掘り起こさせてくださって本当にありがとうございました!
ヴォルフィーは結婚して新居に引っ越した時、書庫を購入して右の上の段には日本公演に関する物(大部分が私が送ったアルバムや雑誌やポスターやテレビからの録音テープ等だったそうですが)下段はヨーロッパ内、左側の上の段はアメリカ、下の段はオーストラリア・アジアで記念ケースを居間に置いていたそうです。
時々その書庫の前に座り込んで懐かしそうにしていたとか。

先日、彼の奥様から手紙と一冊のアルバムが届きました。
そこには、皆様がWolfgangさんを偲んでくださっている事への感謝の言葉が書かれておりました。
「皆様の感動的な優しいお気持ちに心より感謝しています。
Wolfgangはいつも私たちの心の中におります。
彼は良き主人であり、良き父親であり、56日間、良きおじいちゃんでした。
彼はORFのクラシック音楽のサウンドエンジニアとしても懸命に勤めました。
彼の愛を沢山思い起こしています。
でも、昼も夜もやはり寂しいです。
そんな時は劇場、オペラ、演奏会に行きます。
そこには、彼が居てくれる気がします。
大丈夫!家族が支えてくれています。
私達の娘夫婦達、3人の孫達は大切な宝です。
あなた達だって、私を助けてくださっています。
下の娘がもうすぐ二人目の母親になります。
命は続いています。
本当にありがとう」


送られたアルバムには今年のイースターのパーティーでの家族1人1人の写真とメッセージが張られていました。


ekさん、大切な思い出のお話を聞かせてくれてほんとうにありがとう。
あなたがコメントをくださらなかったら、この思い出は誰とも共有できなかったのですから。
一緒にドキドキしたり、嬉しくなったり、最後には涙を浮かべながら読ませていただきました。
60年代のファンとして、好きな団員とこんなに深く長く交際の続けられた方はほんの指折り数えられる程だと思います。
私の場合はお話の中でヴォルフィ―さんだけでなく、64年組のロスナー兄弟の名前や、ココやジェフ少年の69年組、そして小さな愛しいルカのいた思い出の72年組の団員が出て来たことで心の中は大騒ぎでした。
ヴォルフィーさんの奥様の最後の言葉、『命は続く……』
今年6歳になったヴォルフィ―さんのお孫さんがekさんの望まれるように、お祖父さんと同じウィーン少年合唱団員になってくれることを私も心から願っています。
可愛らしいクレメンス君にはきっとあの素敵な制服が似合うでしょうね。




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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
ek様
大切なたいせつな思い出のおすそ分けをいただき、ありがとうございました。
ek様のブログでは、何よりも人と人との繋がりの温かさに感動でした。
それも憧れのWSKやそのご家族という夢のようなお話。
当時の時代背景もあるでしょう、が・・・それだけではない、やはり皆様のお人柄がそうさせたのだと思います。
WSKの面々も今の時代よりもっと大人だった。
最後の奥様からのお手紙がまた涙を誘います。
そうです、ボルフィー様の命は後世に受け継がれ、彼らの中で生き続けています。
その息子様がもし入団されたら、受け継いだ彼の声を聴くことができるんですね。
そうなったら私も嬉しいです。
ek様、また機会がありましたら、他のペンフレンド様とのお話などもお聞かせくださいませ。
楽しみにしています。

姐さま
この様な有意義な場をご提供くださり、ありがとうございました。
私はただ今モーコアロス病です"(-""-)

yuka
2017/07/27 00:54
yukaさん
あなたを置いて帰国してしまったモーコアなのね。
その空しい気持ちは私も過去に経験しているから判るんだなぁ。
まさにお気の毒様です。
でもどうしてあげる事も出来ないから、切ない時間の過ぎるのを待つしかないね。
沢山の動画が出ているからそれだけでも気のまぐれになってくれるでしょ〜がぁ。
私なんてなぁ〜〜んにも無かったんよ。
ponko310
2017/07/27 01:32
yuka様
あたたかいコメントありがとうございます。
お礼が遅くなってごめんなさい。
yuka様のおっしゃられた通り、この旅行では、どんなに沢山の友とそのご家族に支えられ、助けていただいていたことか…。
素晴らしい友達に恵まれた感謝のみです。
訪れたすべての地で感激の涙が、そして衝撃の涙が何度頬を伝わった事でしょう。そんな時必ず傍らに友がいてくれたのです。
写真には写らない心の支え。何よりもどこよりも美しく私の胸に焼き付いています。

コメントをくださった皆様のお力に支えられ、自らの大切な宝箱を開けさせていただきました。
ありがとうございました。

Ponko様
本当にありがとうございます。この宝物大切にいたします。
ek
2017/07/27 05:35
ek様 ponko様
読み終えたばかりで、どういえば自分の気持ちをお伝えすることができるのか、言葉を見つけられずにいます。
半世紀近い月日をペンフレンドとして、友人として過ごされたことは、神様から頂いた奇跡に思われます。お二人が同じように誠意のあるお人柄だったから、こんなに素敵な思い出を残されることができたのでしょう。

今とても満たされた気持ちでいます。長い年月の裏には悲しいことも辛いこともあります。人生の機微を感じるトシになり、そこでekさんが宝箱のふたを開けてくださったことを心から感謝しています。
ファールナー君のお孫さんが、あのセーラー服を身につけていつか日本で歌う日が訪れたらいいなと私も思います。その時はekさんコンサートにご一緒しませんか。お孫さんもピンクの頬で、ステージに立っているかもしれませんね。
maa
2017/07/28 00:33
maa様
maaさんからのメッセージを読ませていただいて、年月の長さを再認識いたしました。確かに 64年組来日から半世紀以上が経ったんですね。
この旅行だってもう43年前の事なんですもの。
そんな昔むか〜しのお話をいえ思い出を、Ponkoさんに後押し頂いて皆様に恥ずかし気も無くご披露してしまいました。
でもね、maaさん こんなに年月が経ったと言うのにいただいた感動は色褪せず、時を感ぜず心に焼き付いています。
ただ 思い出す時 ちょっぴり目から汗が出てしまう。皆さんから受けたお心遣いが、本当に熱かったから。
そして 今こうしてこのお部屋に頂いたコメントを読ませていただいて、思い出+皆さんの優しさに更に熱くなっています。
ありがとうございます。
maaさん クレメンス君がおじい様のように音楽に興味を持ち、あの制服を着てくれたら…そして日本のステージに立ってくれた時は 是非ご一緒させてください! 自分の孫の成長を観るおばあちゃんのような気持ちかな〜。
あの駅でお目にかかったおばあ様のような優しい眼差しを向けられるかな〜。きっと泣いてしまってクレメンス君が恥ずかしがって頬をピンクに染めてしまうかもしれません。
おじい様と同じように東京オリンピックの年だったら…私ったら、もうこんな想像してしまいました。
maaさんもyukaさんもモーコアとの感動・思い出はきっと日が経つに連れて、ますます熱いものになっていかれる事でしょう。
どうぞ熱中症にお気をつけいただきますように。
ek
2017/07/28 05:49
ponko様
お邪魔させていただきました。個人的なメールのようなコメントで失礼いたします。
親友から、青春時代の夢や憧れを何度か聴いてはいたのですが、ここに掲載していただいたような詳しい心情まで理解出来ずにいました。
ただ、あの時代にヨーロッパ旅行なんて凄い冒険!って思っていたのです。
でも、親友の話にブログに訪れた皆様から添えられたコメントを拝見してなんだか全く違う感動を持ちました。
一度、別のオフ会で親友達と高輪プリンスホテルに行った事がありました。一生懸命話をしている私達の姿が親友には見えないような感じを持った事がありました。
きっと 親友の心はウィーンに飛んでいたのかもしれません。
ponko様 親友の大切な時代を蘇らせてくださってありがとうございます。
私も若返らなくては、今の親友の心について行けなくなりそうです。彼女の今の心は半世紀近く前に戻ってしまっていますから。
私からもponko様のお力添えお礼申し上げます。
北きつね
2017/07/28 12:23
北きつねさん
筆を執って下さって本当にありがとうございます。
ekさんはきっとここで北きつねさんのお言葉を見つけて腰を抜かすんじゃないかしら。
そしてきっと、あなたの理解あるお言葉に心を震わせると思います。
たいせつなお友達の隠れた憧れの気持ちを知ると、その人がちょっとだけ前よりも愛しく感じてしまいませんか。
話したいと思っても理性が先に立って口には出せない時が沢山あるんですよね。
ましてや気の遠くなるような昔の思春期の頃に受けた美しいものへの衝撃から未だに抜け出せないなんて、なかなか現実の世界では話せませんから、あはは。
そんなekさんの気持ちに共通感を覚えて記事をお願いしました。
書きながら心に溢れた愛の心情をまき散らしていただきました。
オールドにとって暖かくて、嬉しいページが出来上がったと喜んでいます。
そしてもし若いファンの方が読んだなら、人の心の愛や憧れには老いの無い事を覚えていて欲しいと願います。
私達もかっては同じように若くみずみずしい姿で少年達のエネルギーの元になっていたんですもの。
若さって素晴らしいですよね。
心の中が若さで溢れているだけでも素晴らしい気分です。

あ〜、高輪プリンスで「心ここに無き」状態だったekさんの気持ち、もう125のサンフランシスコの記事と同じなんだわ。
ponko310
2017/07/28 15:44
姐さま ekさま
まだ見ぬ夢の国からやって来た美しい天使たちに憧れ、愛して止まなかった多感な少女時代。
長い年月を経て、見知らぬそれぞれが、沢山の様々な宝物を持って姐さまのお部屋に集いました。
そしてこの場所で、あるキラキラと輝く唯一無二の宝箱が開かれ、共有されました。
何と素敵なことでしょう!
今も昔もWSKのファンでいられて幸せ∞です💛
yuka
2017/07/29 00:52
yukaさん
嬉しい言葉を送ってくれてありがとうね。
私のブログには未来が無くて過去の話ばっかりなんだけれど、それでも楽しんで読んでくれる方がいるなんて感激です。
お返事をくれる元団員の方達がいるのも嬉しくてたまりません。
やっぱり当時のオールドファンのお行儀が良かったからその印象が変わらず残っているのかな。
ponko310
2017/07/29 03:05
yuka様
yukaさんからいただく優しいメッセージに本当に感謝しています。
このPonkoさんのお部屋の広さと言ったら、シェーンブルンよりも広く、オーナーさんの心はそれより広くて…。
時々 どこへ行こうか迷ってしまうくらいです。
訪れる皆様が沢山 ご自分の宝物を披露してくだされば良いですね。
先ずはyukaさん お聞かせきくださいな。
きっと温かいお話だろうなぁ。
ek
2017/07/29 06:26
ekさん
ご報告お疲れ様でした。
ekさんの旅日記を通して、こんなにも永い年月、ウィーン少年合唱団、64年組に対して純粋な愛情を持ち続けている方がいらっしゃることを知りました。それは私にとって新鮮な驚きであり、感動的なことでした。
その感動を分かち合える場を惜しみなく提供してくださったponkoさんにもお礼を申し上げます。
tack
2017/08/15 08:31
tackさん
長い間、皆さんの大切なPonkoさんのお部屋を独り占めしてしまいました。それにもかかわらず、優しいお言葉を頂いて なんだかじ〜んと熱くなってしまいました。ありがとうございます。
私の64年からのウィーンへの想いをあの拙い旅日記からtackさんがご理解くださった事 嬉しく幸せに思います。
もう半世紀も前の事なのに、あの歌声、ヴォルフガングさんとの交流をまるであの頃の少女時代の時と変わらずにいる私です。
他の方からみたら、ちょっと不思議!いつまで昔にかじりついてるの?って思われてしまうかもしれませんね。
でも、純粋にあの歌声と彼等から受けた感動は永遠の私の宝物です。
tackさん、コメント本当にありがとうございます。
ek
2017/08/15 20:19
Ponko様
先日、懐かしくこの記事を訪ねてびっくりしました。
ドアを開けたら、あの日と同じようにエンゲルベルトさんが笑顔で…。
あの日のように、私は彼のペンフレンドに「エンゲルちゃんよ〜」と知らせようと連絡をしたのですが、今日現在、残念な事に彼女とこの喜びを語り合えないでいます。
一緒にPonkoさんと、エンゲルベルトさんにお話してくださったお友達と、元気な笑顔をみせてくださったエンゲルベルトさんに喜びと感謝を申し上げたいなと、今日までお礼が遅くなってしまいました。私一人のご挨拶がちょっと寂しいのですが、本当にありがとうございました。
エンゲルベルトさんがあの時の事を覚えていてくださること 本当に感激です。
楽しい素敵な時間と思い出をくださったエンゲルベルトさんがお変わりなくお元気でいられること 嬉しい限りです。

どうぞお友達とエンゲルベルトさんよろしくお伝えくださいませ。
Ponkoさん 架け橋になってくださってありがとう!
ek
2017/09/17 20:09
ekさん
当時旅行に同伴したお友達と連絡がつかない事、とても残念ですね〜。
今頃になっても一緒にわぁわぁ騒げたら面白いだろうになぁ。
でもね。私は当時一緒に団員達との楽しい思い出を作った友人から、今はもうそれに触れたくないとバシッと言われたことがありました。
長い年月が経って生活感が変わり、もっと大切な新しい思い出が出来て、へばりつき病の私は見放されたんじゃ。
ま、いいさ。此処にはまだ忠実なオールド達が来てくれている。
な〜んて、勝手に思い込んでははかなき自己満足です。
ekさん、架け橋の名称を下さってありがとう。
これからもこの橋が朽ち落ちない様に気を配ります。
ところでね、ヴォルフィ―さんの事なんだけれど、ライニ―さんとミサで歌っていた時の頃、ミサが終って団員達が観光客に囲まれているのを見て悪ふざけをしていたらしいわ。
団員達に英語で「全く、なんて愛らしいんだろう。君たちに触ってもいいかい」なんて声を掛けていたらしい。
ponko310
2017/09/17 21:43
架け橋のPonko様
Ponkoさんはヴォルフガングさんのこんな話をしたら、きっと私がショックを受けるとお思いになって、あの礼拝の後のヴォルフィーさんのように笑っていらっしゃるかもしれませんね。
確かにショックです。
でも、それはそんな愉快なヴォルフィーさんの姿を私が見られなかった事。
いつも穏やかに微笑んでいた彼にそんな一面があったなんて…。
愉快な先輩じゃないですか!
あっ でも もしかしたら…ヴォルフガングさん、私のようなにウィ〜ンウィ〜ンって酔ってしまっている事を嫌っていらしたのかな〜 ショック!(泣)

ek
2017/09/18 00:06
ekさん
男の子でも女の子でも異性と同性とでは一緒にいる時に態度が変わるってわかっているでしょうがに〜。
優しいほほ笑みを送ってくれたヴォルフィ―さんは異性のファンのあなたを意識していたからでしょ。
ところが古い仲間のライニ―さんとは気さくに悪ふざけ。
自分も観光客の振りをして「きゃわゆい〜、さわらせて〜」なんて声高にふざけてたのよね。
あ〜、ウィーン少の熱々のファンの観光客だったらそんな事絶対に団員に言えないものね。
ponko310
2017/09/18 08:50

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167 ウィーン少オールドファンのお部屋 7 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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