14 WSK-OdFのお部屋8/1967年組

さ~て、話が前後しますが、超美少年マンフレッド君の来た1967 年は私が実際にウィ―ン少年合唱団と接した初めての年になります。

ま、64年組はバスの硝子越しに見ただけで、テレビの画面みたいなもの・・・とでも思わなきゃ、立ち直れないでしょうがァ。
ただ画面の向こうが私のチンクシャアッカンべ―に ←あれからやってません!!まるで皇室並みのような気品のある微笑みなんか返してくれちゃったので、あれ以来、彼らの高い精神的レベルには付いて行けない自分の存在がどうも気になり始めていました。←やはり思春期、自覚の季節。

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  (67年組の写真が無いので代理です)←アンタねぇ
2019年3月:確かにこの時点では此処に載せることが出来る67年組の写真などありませんでしたがね、上の絵を見て、余りにも貧弱なブログだと思ったオールドファンの方が同情して67年組の写真をいくつかネットで送ってくださいました。
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   もう、有難くすべて貼り付けさせていただきます。

といっても、ナイダー隊の私の”ウサギちゃん”←初めてのペンフレンド もいない来日組は、コンサートとドイツ語会話の練習以上の興味は-----ありません(←だってぇ? 無理してェ)

ましてや会話と言っても、いざその場(そんな場はなかったのにね)になると思う様な言葉が出て来ない。            
そして一番参ったのは、今まで私の習っていた標準ドイツ語と、実際に彼らの話すウィ―ンなまりのドイツ語の違いでした。ホントはなまりなど関係なく素直に解らなかった。
                    
ホテルの前にはいつものように沢山の若いファン達が集まっていて、その中の一人はパンダの顔に似たウィ―ン訛りの達人の女性 でした。
どこかのおバカさんがその人に、私もドイツ語をやってると軽率な告げ口をしたらしく
「あのねぇ、あなたウィーンでは ”犬が好き” ってなんて言うのか知ってる?」と、私を見つけるとそそくさとやって来て、敵意に燃える態度でキッとこちらにパンダ目を向けて聞きました。
必死で文法を考える時間・・・・
犬=フント  すき=ゲルン +動詞=ハーベン=変化

「え、と、イッヒハーべフントゲルン、でしょ」←完璧に日本語的発音
「私、今、ウィ―ンでって言ったのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・   」

  ウッソォ~、
 何で私が試されなくちゃいけないのよ


そのウィ―ン訛りパンダは私をさげすんだ目で一瞥するとにやにやしながら言いました。
「教えてあげるわね。    イーアーフンギャーッて言うの。」
ウッソォ~、そんな汚いドイツ語、聞いたことないよ~
私はその耳障りな言葉を苦笑で無視し、さらにそのパンダも無視し、友達と切り抜きの交換などをしていました。
その時、団員達がバスでどこかから戻ってきて(ひょっとして教会?)バラバラに散ると、いつものごとく群れ集まるファンのサインに快く応じ出しました。
(2019年11月 昔は団員達はこんな時間を持ってくれたのですね。)               blume-0416.gif von 123gif.de            
そのウィ―ン訛りパンダ女性は私の近くで一人の団員をすっかり占領してペラペラと何やらひどく楽しそうに話しています。
私の出る幕ではないどころか、周りのみんなも一歩退いて敵視です。
ネットをやりだしてから今頃になって知るのだけれど、こういうのが「占領パル」、とか後に言われたのかな
でも、あのペラペラはうらやましい~。 
そして、ついに彼女の口から 出た!

「イーアーフンギャー」

もちろん私はそんな言葉が通じるはずはないっと確信しているので、全身を耳にして←と言うより、全身そっちに移動させて聞いていると、その少年は 「イーオー」 とにこやかに答えたのでした。

ウ、ウッソォ~、な、なんだ、いまの不気味なやりとりは!

”イーアーフンギャー” に ”イーオー” だって!

あれが賢く理性あり、我が敬愛するウィ―ン少年合唱団の会話言葉。

       キャー やめてぇ

でもそれが現実で、その現実を確かめるために(そこまで執着するか)
画像
いつかウサギちゃんの写真を見せたオスカー君を探し出し
「イーアーフンギャー」 と言ってみました。
   
すると彼は、はっきりと解らないという顔をしたのですっ!

はっ、こ、この子こそ本物のウィーン少年合唱団員なのです。

私はちゃんとしたドイツ語で「私は犬が好きです」と言い(←ホントは猫の方)、オスカー君は 「イーオー」ではなく、 「イヒ アオホ (僕もです)」ときちんと返しました。
                        
  
  無事に一件落着。

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これは当時からバッチリと追っかけをしていた友人から後日談として聞いた話しなのですが、合唱団と同じ日本旅館に泊まり込んだ時に、なんと偶然隣が団員達の部屋だったそうです。
オスカー君の大ファンで一緒に来れなかった彼女の友人にそれを知らせると、電話に出してくれと頼まれ、彼女は隣の部屋にいたオスカー君に来てくれるようにお願いしました。
すると彼は女の子の部屋に入る事は出来ないと言って・・・・
画像
もう、足の先がぶるぶる震えるくらい背伸びをして、敷居から出ないように頑張っていたそうです。
それを他の団員がくすぐったりしてからかっていたとか…
見たなかったなぁ~

画像これも余談なのですが、キリアン君のお父様とお話した友人が、高見エミリーちゃんにはすべての団員たちが夢中になっていたって聞いたそう。
なんか、わかる気がしないでもないんだわ。
みんな思春期近い男の子だものね。
・・・きれいな少女には憧れるんだろうな。


さて、この日はそんなドイツ語のハプニングなどで干し大根の様にぐったりとなり友達と、ホテルのレストランで お茶を飲んでから 画像
のんびりと軽く食事を取っていました。

野暮いウィ―ン訛りをコケにしながら
とろりとしたデミグラソースが美味しくて
料理に舌包みを打っている最中に
タ、タ、タ、と靴音も軽やかに入って来たのは

だ、だ、だ、団員達なのです

彼らは私のすぐ後ろに席を取りました。

あんまり、急で思いがけなかったので、気持ちがたまげ狂って、デミグラソースをテーブルクロスに飛ばしてしまいテーブルナプキンが椅子の下に落ちてしまいました。

私の前に座った友達もカチンカチンに畏まっています。

私のお尻の下のナプキン、なんか”おしめ”みたいでカッコわる~。

わざわざ高級ホテルにまで出向いて習った学校のテーブルマナーでは、”落としたナプキンはそのままにして、ウェイターに知らせる事”、と習ってる。

でも、そんな事したら団員に”見られそ~”でカッコわる~。←すごい思い上がり
体を曲げて取るのもカッコわる~・・と思いながらウジウジしていると
画像
私の目の前にスッと、そのテーブルナプキンが現われたのです!

”カッコわる~”の私に、”カッワいい~”団員がそのナプキンを差し出していました。

ぐわ~ん。

突然 ”カッコわる~” から ”バツわる~” に変身した私は、その少年が軽く会釈しながら渡してくれたナプキンを“ハハァ”と両手で大層に恐縮していただき、思わず日本語で「どうもすみません」と言ってしまい、それを、ちり紙よろしく、そこそこに折りたたみ、あわただしくデミグラソースの付いた口を拭ったのでした。

「今の、アントン・ブ―ハハーよ。」
と友人は小声で言います。(こっちを向いて笑っている少年です)

この人はブーハッヒャ―と言えないのでブーハハーです。

たまには、ブハハとも言いました。 

それを聞いてブハハと笑っていたのですが
このテーブルナプキンの事があってからは意を正しました。
後記:これはこのページにいただいたコメントで明らかになったのですが”40年間のブーハッヒャ―”が、実は一秒たりともブーハッヒャ―ではなく、世間で言うブーハハ―はそのままブーハハ―で良かったのです。
それが分かってウッソォ~、とわめき、信じられなくて何度も確かめるように発音させたプッ夫クンにまた、おまえねぇ、と言われました。
ブハハの友よ、わるかった。 ブハハと笑って誤魔化そう。
ただし、2つ目の”ハ”は犬がハッハと息を切らせる音です。)

    
 「ねぇ、アントン君て、ちょっとプックリな感じのいい子よね。
   私の“ウサギちゃん”もあんなだったのかな。」
 「やあだ、ぜーんぜん、顔ちがうわよ。」

と、その時レストランの外から、一人の団員の名を呼ぶ女の子の声が。
一度ならず、2度3度と(いや、もっとしつこく)長く引きずるような甘く切ない声で、ある年長の団員を呼ぶ声が聞こえてきたのです。

友人はその少年を目線で教えてくれました。←ホントに知らなくてわるい

本当はぐるりと振り向いてバッチリと見たかったのですが、そうもゆかず、わからないようにうかがうと、その少年はちょっと紅くなったような顔でうつむき加減にひたすらナイフを動かしていました。
不愉快な表情ではなかったので、きっと内心嬉しかったのかもね。
きっと、知っているファンのきれいな女の子だったのかも、と、わたしの野次馬根性は大いに想像力を高めるのでした。

画像


このエピソードは”花残り月”さんのブログによって思い出した事なのですが、彼女はそのナプキンを、持ち帰って額に入れて飾っていただろうとお答えになっていらっしゃいました。

そして私は、茶色のシミの付いた、汚いよれよれの布切れが入れてある額を想像し、それを壁にかけてうっとりと眺めている一人の品のある女性を想像しその方がこちらを向いてにんまりする姿を想像し、腹を抱えて笑ってしまうのです。

画像


昔懐かしい、腕を後ろに組んで『 歌い手の愉快なポルカ 』を軽やかに歌う当時のウィーン少年合唱団の動画をご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=Tvc3dLa1kow&index=30&list=PL8EB327F7114D9BCC
私の知らない隊ですが、時代は胸が苦しくなるくらい懐かしい1973年の頃です。


あ、それからウサギちゃんを知っていると頷いてくれたオスカー君は今、耳鼻咽喉科の執刀医として活躍なさっていられるんですよ。
動画の初め、31秒ぐらいに出ている方がセールマン氏です。


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この記事へのコメント

Melba
2013年05月04日 15:10
ponko様、昨夜こちらにお立ち寄り
しましたら、既に更新されていて
可愛いイラストにニンマリです。
イッヒ アオホは英語のme tooですか?
ドイツ語全く分からないので、想像で
読んでいます。
ナプキンのお話、微笑ましいですね~
何度読んでも、mufufu
私もアントン・ブ―ハハーさんだと
思ってました
少女雑誌にはそのようにカタカナ表記
で書かれていたような!? 或いは自分で
勝手にそう思い込んでいたのかも。
では、マンフレッドorマンフレート?
セールマンorゼールマン?
発音が分からないのですが…。
プチドイツ語講座、リクエストしても
よろしいでしょうか。
ドイツ語で、「あ、そう」と聞こえる
時があり意味も日本語と似ていると聞
いた事があります。
読みたい本は英語の出版をしていない
ので購入をためらっていますが。。。
ドイツ語、勉強しようかしら。
ponko310
2013年05月04日 18:03
Melbaちゃん
キャー、やだ、ブーハッヒャ―の編集やり直しよ。
プッ夫クンに読ませたら”ブ―ハハー”ですって!
これ、今からやり直すわ。バツワル~。
読みなおしてみてね。
これでお解りかと思いますが、
私のドイツ語は未だに自作自演なのです。
Manfredの発音は書くとマンフレッドに
なるのですけど
ドとはっきり発音せずにトゥとドゥの中間です。
舌の先を上の歯の後ろに軽くあてますが
殆ど聞き取れないくらいの発音です。
Seelmannはドイツではゼ―ルマンで
訛りのあるオーストリアではセールスマン、
あ、まちがった、セールマンです。
あ、そう=Ach,so
これはドイツ語で、ああ、そうなんですか。
悪い言葉じゃないですから、使っても良いです。
ドイツ語、面白半分にでもなさってみたら?
応援しますよ。
Melba
2013年05月04日 20:20
ponko様、早速コメントに返信ありが
とうございます。
緑色の修正記事も面白くて
セールマンさんの発音なるほどです。
今回思い切って聞いて良かったです。
謎のままでしたから。
また、何か疑問がありましたら質問
してもよろしいでしょうか。
ドイツ語の学習は、ponko様が応援して
下されば心強いですね~
あとは私の気概ですが…
ponko310
2013年05月05日 00:42
Melbaさん
私が応援しても良いのですね。
よし、気軽にどんどん質問してください。
でも、後で悪かった・・・なんて言うかもよ。
てか、プッ夫クンがついているから大丈夫か。
私はあなたの気概を信じますよ。
これをきっかけにブログも始めては?
私にできた事が他の人に出来ない訳ないはず。
お互いにがんばりましょ~
長老純爺
2013年05月08日 14:35
こんにちは
私のブログをお読みいただき感謝しております。
ponko310さんの記事には毎回感心させられております。
その子細な表現力と文章力に、読むたびに私の完敗が思い知らされるようです。ドイツ語の勉強も三日坊主で終わってしまった私です。
これって、嫉妬と言うのでしょうか?
でも負けませんよ、67年組のパンフレットは手元にあり、メンバー紹介のページや写真もあるのですから!!!
そんなことで威張ってどうするの?(…ですよね)

これからも楽しい記事を楽しみにしております。

      五月晴れで、ツツジが満開の東京より
ponko310
2013年05月08日 20:36
長老純爺様
いや~だ、完敗とか、嫉妬とか

わたしの記事はそんな事を言っていただける
までの高い段階に達しておりませんから
長老純爺様が何をおっしゃられても
頭の上をスーッと通り越していきますよ。

けれど67、69年組はともかく、
64年組のパンフレットをお持ちですね。
お気をつけなさいまし!
キッ、私の念力をご存じないでしょう!
長老純爺
2013年05月09日 10:16
お~怖っ!お~怖っ!

皆の衆(って誰?)バリアーを張りめぐらすのじゃ!!
異国からの念力に用心せよ!!
よいか、64年組をお守り通すのじゃ!!
ponko310
2013年05月09日 17:45
わっはっは 
バリアじゃと?!
我が威力にはそんなものは通用しないわぃ。
オッ、プッ夫クンをバリアに引き込んだか。
あ、64年組が変色、変形、変態。
いらん、いらん。直ちに退散じゃぁ。
ひでっち
2013年05月26日 09:38
ponkoさま
ウィーン少年合唱団の大阪公演に行ってきました。
「天使の歌声」堪能しました。
アウガルテン宮殿、行きたいと思っていてまだ行けてないんです。焼き物とあわせて、アウガルテン宮殿、気になる場所です。
やはりライブはいいですね。
心洗われました。
「花は咲く」「ふるさと」のあまりに澄み切った
美しいハーモニーにぼろぼろ涙があふれて大変でした。
質の低下? 私は初めてライブで聴くので、比べるものがありませんので、それはそれはすばらしい歌声でした。
ますますウィーンへの思いは高まった一日でした。
ponko310
2013年05月29日 18:25
ひでっち様
ウィ―ン少のライブ、行ってらした。
一言、”うらやましい!”です。
涙の出るほどの感動、私も嬉しいです。
頭の芯にズ~ンと刺さるあの美しい歌声が
思い出の中に蘇って鳥肌が立ちました。
韓国人カぺルマイスタリンの良い評判も
聞いていますし、とても安心しました。
古いウィ―ンの伝統を継いでくれる大切な
少年達ですね。拍手を送ります。
アウガルテン宮殿は絶対に見るべきです。
私は重要な接待室に置かれてあった日本の
ピアノを見つけた時は足が震えましたよ。
ponko310
2013年07月19日 02:56
みりっちさん
わかっちょる、わかっちょる
はっぴー
2013年11月23日 23:01
見つけました♪67年組だぁ!(笑)
オスカー君、懐かしいです。
彼が夢に出てきたことがありました。
夢の中で私は英語で会話していました。(^^;
実際にお会いして話ができたponkoさんが羨ましいです。
今も「オスカー賞」なんて言葉を聞くと彼の事を思い出します。私もブハハー君だと思っていました。(^^;
ponko310
2013年11月23日 23:56
はっぴーさん
私のブログはみ~んな非常に過去のものばかりなので、書きあげた当時にすぐに読まなくても良いって言うのが長所でしょ。
今日読み返してまた、楽しみました。
あ~っ、いくらなんでもブハハ―はひどい。
YUKARI
2013年12月10日 12:45
ponkoさん、コメントにお返事をありがとうございます。

会話の中にイ‐ア‐フンギャ‐を入れ込んだパンダ女性は、ponkoさんを意識してのだったのでしょうか。

お聞きなさいよ、みたいな(違いますかね)

ナプキンを拾ってくれたアントン君、王子様って彼のような少年なんでしょうね(日本人じゃイメージが)
ponko310
2013年12月10日 18:46
YUKARIさん
確かに当時はドイツ語など話せる若い子は希でしたから、その人が私の事を小癪に思ったのは間違いありませんね。
でも、私のブロークンなドイツ語など彼女の足元にも及びませんでしたよ。
彼女のドイツ語を羨ましいとは思いましたが、妬みはありませんでしたね。
多分ウィーンで生活していた帰国子女だったのかもしれません。
アントン君ですけど、最近の日本の少年って洗練されてかっこよくなってますよ~。
昔はひどいのばっかりだったなぁ、鼻水たらしてたり・・。
Pipi Langstrom
2015年09月10日 11:52
当時団員たちと,雑誌の取材やらで一緒にいる機会のあった高見エミリーさんは。現在あのお騒がせ元首相鳩山由紀夫氏の弟でやはり政治家の鳩山邦夫氏の妻となり、子供さんも立派に育てられ、その責を果たしているようです。残念ながら体形も当時の?倍ほどの貫録になられていますが。
ponko310
2015年09月10日 17:01
Hallo, Pipi
あ、あの可愛らしかったエミリーちゃん。
当時の愛らしい団員たちと同様、我々も年と共にみんな体型が変わっていくのかもね。
ましてや日本の食べ物は美味いからなぁ。
彼女の姿は他のブログで見た事があるわ。
貫禄はあっても未だに美人よね。
ryo
2019年11月28日 01:11
ponko様

この動画です。オスカー・セールマンだ!この子も美少年でしたね?派手じゃないけれど、控えめな感じの子だと思っていました。耳鼻咽喉科のお医者様になったのですね?私、難聴気味なので、治療してほしいです。オスカー君に治療してもらえるなら、喜んで耳を差し出します。この動画、何年ごろでしょうか?少年時代の時の美しさを留めていますよね?それにしても、音楽の道に進まなくても優秀な人材をどんどん輩出して、ウィーン少年合唱団恐るべしです。
ponko310
2019年11月28日 01:48
ryoさん
動画の年代を見ると2013年とありますね。
私もセ-ルマン先生に診てもらいたいです。
ミュルナー先生もいいですね~。
ベルリンには元団員の産婦人科の先生もいらっしゃるとか・・・名前は判りませんが、絶対に行きません。
Yuichann
2019年11月28日 10:14
Ponko さん
此方にもお邪魔します。久し振りに此方のブログを読ませて頂きました。オスカー君執刀医凄いですね。アントン君もお医者さんでしたよね?
昔の団員達の活躍する姿が見られて大変嬉しいです😊ベルリンに産婦人科のお医者さんがいるのですか?何とも凄いですね。
皆んな優秀なのですね!
ponko310
2019年11月28日 19:21
Yuichannさん
さ~て、此処に来たコメントのお蔭で私も久しぶりに6年前の記事を読みました。
あんな事、書いていたんだと腹を抱えて大笑い。
でも、読者の方はまだ私のブログを知らなくて、ブログ玉なんて殆どついていませんでしたね。
やっぱさびし~、でもま、自分が楽しきゃ、それでいいんです。
・・・ん、読んだ人の笑い玉が付いたらもっと楽しい。
ek
2019年11月29日 01:42
泣き言を言うなとお思いなさるなPonko様

あのスマートでキリリとした少年オスカー君が耳鼻咽喉科のドクターになられていたなんて!
もちろん このお部屋にも以前お邪魔したのですが、その頃は足跡も足音も残さず、失礼してしまってました。
なんだか、賑わってますね。
あ~ぁオスカー先生が私の主治医だったなら、手術執刀医だったら私の人生は変わっていたかもしれません。私の主治医はオスカー先生ではなく、おがた医師でした。もちろんおがたー先生も最善尽くしてくださいましたが、オスカー先生だったら「我が人生から歌をうばわなかったかも?」あら?そんなこといったら まるでおがたー先生が最善尽くさなかったみたいではありませんが。おがた先生ごめんなさい。
先生のお陰で普通の生活出来ているんですものね。
こんな話をしたいのではなく、ウィーンの 団員は皆さん優秀と言いたいのですよね。