青きドナウはウッソォ〜だった 

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zoom RSS 177 ウィーン少オールドファンのお部屋 11

<<   作成日時 : 2018/03/03 04:14   >>

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今年もまたテレビ番組のThe voice kidsで上手にポピュラーを歌う子供たちを見て楽しませてもらっていますが、先週の日曜日に思わず耳をそばだてた歌声の少年がいました。
現代の歌曲ばかりが出てくる中、13才のユリアン君がプッチーニのオペラのアリアを歌ってくれたのです。
画像

その歌声は少年というよりも、まるで大人の女性の歌手の声でした。
曲はオぺラ『ジャン・スキッキ』の中の有名な『私のおとうさん』。

この少年の歌声をみんなとも共有したいと思って撮ったテレビの動画をYouTube にアップしたら、そのとたん警告が入って「『著作権侵害』でこの動画は全世界でブロックされました」ですって〜。

何だかそんなことが前にもあったなぁ、と考えたら「記事133」のウィーン少年合唱団のクリスマスショーの動画でしたっけ。

個人のデジカメで撮った画面でもばっちり見つけ出してみみっちくダメっと叩きに来るなんて、インターネットってなんて凄まじいんだろうと改めて感じました。
もう、ブログの敵ですよ、敵。

そこで苦労して何とかこの少年のプライベートの撮影を幾つか見つけましたが、ライヴで完璧な声が出ていないものもあって、一番気に入ったこの動画を載せておきます。
ちょっと音のずれるところもありますが12歳だった少年にしてはしっかりした歌い方だと思います。

まず最初はドイツ民謡の『小鳥ならば』。
この曲は気が付いたら小学生の頃に習った「夜汽車」でした。
------いつもいつも通る夜汽車----あ〜、なんて懐かしい。

(この横になった画像は私のせいじゃないですからね。)

もしも僕が小鳥ならば      
そして一対の翼があれば
君の元へ飛んでいくだろう 
でもそれは叶わぬこと
だから僕はひとりここにいる

私はこの少年が初めからウィーン少年合唱団に入っていたら、良いソロを聞かせてくれるのじゃないかなぁと思っていましたが、誰かに強制的にThe voice kidsの放送を見させられた元団員の方がこの歌い方は合唱には向いていないと教えてくれました。
はぁ〜、やはり素人の私には分からない判断です。
でももしユリアン君が合唱団員で、最初から違う発声練習を受けていたら、ココやスメタナ君のような素晴らしいアルトのソロを聞かせてくれていたかもしれません。
ひょっとしてこのまま進んだら将来はあの美声のフランス人、フィリップ・ジャルスキーのようなカウンターテナーになりそうな気もします。
今度の日曜日にはどんな曲を歌ってくれるか待ちきれません。
あ、受かっちゃたから第二選まで会えないんだっけ。

そうそう、ウィーン少年合唱団と言えば今年の来日はチャン指揮者のハイドンコアですってね。
http://www.japanarts.co.jp/wsk2018/cast.html

動画を見て合唱団の少年たちが現れたとたん吹き出しました。
だってドブネズミの皮ザックみたいな袋をぶら下げているんだもの。
高く澄んだ歌声はとても綺麗ですが、超オールドの私はいまだに昔の毅然と歌うウィーン少年合唱団の姿が頭にこびりついていて、今の制服姿が体を動かしながら歌ったり、手をぶらりと下げてお辞儀をする様子にはちくちくと胸を刺される思いなのです。
それも時代の変化で、こんな気持ちを持つファンは少しずつ消えていくのだから、それもまた良しとするかな。----ウヒー、淋しい。
(2018年3月10日:追記です。
このハイドンコアの動画も著作権侵害でさっき消されたようです。
消される前にあの袋を見た人は運がよかったのか。
それとも見ない方がよかったのか。)

画像
(ハイドンとモーツアルトと取り違えた写真です)
オールドの時代の元団員達だって自分等が今の団員達よりもどんなに厳しい要求を受けて立って来ていたか充分承知していますし、自分たちの歌った舞台での水準の高さに大きな誇りを持っているようです。
でも、本当のところ、舞台で腕をずっと後ろに組み続けて立っているのはとてもきつかったし、流れ出てくる額の汗をぬぐうことにも気が引けて動けなかったって。
そういう団員たちの実際の場面を見られたという72年組の通訳を務められたgillmanさんがご自分のブログにこんな記事を書いていらっしゃいました。

◆Episode3…合唱団のプロ魂
演奏旅行は長期にわたるので、移動日とは別にコンサートやイベントを入れない休息日を設けて子供達を休ませる配慮をしていたが、それでもツアーの終盤になると疲労がたまるのか、ただでさえ白い少年達の顔色が心なしか青白くみえる。

……略

プログラムが全ておわって、最後のアンコール曲は「小さい秋」だったと思う。ぼくらはもう舞台の袖でお疲れ様を言おうと待機していた。その曲も後半にさしかかった頃、袖で見ているぼくらにも分かるほど二段目の真ん中で歌っている少年の身体が前後に揺れ始めた。舞台の上でずっと立っていたので脳貧血を起こしたのかもしれない。

「倒れる!」と思った瞬間、両側の少年が客席から見えないように揺れている少年の後ろに手を回し腰のベルトを掴んだ。その間、立ったまま揺れている少年も支えている少年も歌い続けている。「あと一息だ」 幕が降りると同時にぼくらは舞台のところにとんで行った。まさに合唱団の少年たちのプロ魂を見せられた思いだった。



当時の少年たちの印象が私たちに大人びて感じられたのは、こんな環境の下で自然と彼らの精神力が鍛えられていたからなんでしょうね。

前の記事ではっぴーさんが自分のブログに72年組の記事を書いたとコメントで教えてくれました。
行くとこの動画が貼り付けたあったのでびっくり。

1972年10月に収録されたこの動画はギルレスベルガー氏が指揮をしており、72年組のヘルベルト・ベック君のソプラノソロが聞けます。


72年組にペンフレンドを持っていたekさんからこのレコードの事を聞いた時には、その合唱にはルカが加わっている事を思い、哀愁にふけってのたうち回りながらその曲を聞けたらと強い切望にかられていました。
でも、それが私の勝手な決めつけだとわかったのは、ルカから「日本公演の後の夏の合宿所で変声を迎えました」と聞いた時でした。
私が見たルカの制服姿は彼の最後の団員としての晴れ姿だったんだ。

平凡な考えしかできない私は、ルカが標準並みに14才まで歌えると思っていたので、ekさんがアウガルテンを訪問した時、ひょっとしてぎりぎりの線で年長組にいるルカに会っていたのではないかという期待にわなわなと震えたのでした。
・・・・・・空振り。

さて、今日のとっておきのお話しはこれ。
1998年に書かれた記事ですが、筆者の方からここに載せてもいいという承諾が取れたので二枚の画像にまとめました。
画像
これはいくらでも拡大して読んでください。

この記事で団員たちには日曜の教会のミサがあると書いてあるように、ウィーンに住んでいる少年たちは土曜は自分の家に戻れても日曜の朝早く教会に歌いに行かなければなりません。
普段は観光で人込みの多いグラーベンの通りも、実際ホーフブルグに向かう団員の見る日曜日の朝はこんなに閑散としているのですからね。
画像
でもどうかな、今の子供たちは親に送り迎えしてもらっているほうが多いそうです。
ウサギちゃんは一人で市電で通ったそうですが、合唱団の制服姿をみんなからじろじろ見られるのが辛かったみたいでした。

あら、次はファンの事が書いてありますね。
ふふん、私は「もう一つ」の部類に入りそうです。
「首尾よく結婚までこぎつける----」には顔の筋肉が緩みました。
熱心なウィーン少ファンならきっと誰でも考えそうですもの。
けれど私はこのアホダヌキがエリート男性の奥さんになれるはずはないと初めから承知していたので、考えない事に決めていました。

しかし自分の息子が団員になるのも夢の一つかも----。
でもそれは合唱団が国際化した今は夢ではなくなっていますね。

お隣のエイドリアンみたいに「ウィーンなんかに行きたくないよ。寄宿舎になんか入るの嫌だよ」って言っていたにもかかわらず、私も声が綺麗で歌が好きな息子たちがウィーン少年合唱団員になってくれないかと思って、まず地元の小学校の合唱団に入れることにしました。
でも、二人は合唱団の子共達が真面目に歌っているのを見学しながら、その指揮者の後ろで素っ頓狂な動作をしてみんなを笑わせてばかりいたので、怒った先生にすぐさまボイコットを喰らいました。
やはり私の血が混じっているとエリートへの見込みはないのですね。
それとも私が息子たちの悪知恵にしてやられたのか。

画像
小さくて見えませんって?
これならどう? 拡大できますよ。
画像

お次は64年組の団員達が出てきます。
画像
金髪で青い目でソリストのエーリヒは私好みじゃなかったけれど、(でも上のユリアン君も金髪で青い目でソリストなのよね。強いて言えばソフト系の顔つきが好みなのかな)プロポーズのファンレターなんて出す厚かましいのまでいたんだ。
日本のテレビは新車を買えるほどの出演料を出して彼を呼んだのね。
声は聞いたものの、その番組を見損なっていたんだわ。
その代りワルターが出演したファンの日本女性との初対面のテレビ番組は偶然見ました。
再放送の時だったけれど、もう夢にも見なかった驚きで、あれには私も腰を抜かした。
画像
このエルンスト君は72年組の団員でした。
すらりと背が高くて、ファンも彼により多く傾いていたみたいです。
退団後に音楽の道に進まなかった少年たちのほうが断然多いですね。
でもみんな英語やフランス語など語学は堪能。
こっちはラテン語など出されると拒否反応が起きるわ。
ヨーゼフさんの事は全然知りませんでした。

画像
この最後のお話には胸がキュンとしています。
たとえ大人になっても少年の時に淡く憧れた日本女性を忘れないでいるなんて、余りにもロマンティックすぎる。
超オールドはこの話にもう、キュン死なのじゃ。

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コメント(60件)

内 容 ニックネーム/日時
Ponko様
もうびっくりの連続です。こんなすごいお話を今までそっとしまっていらしたのですか?ブログに載せてくださってありがとうございます。
甘い調べの「私のお父さん」大好きな曲です。お気に入りの歌をお気に入りの声で聴けるなんて時はそれこそ至福の時ですよね。
私、少年のアルトの声質ってすごく特殊に思います。美しく輝くソプラノを深く支える芯のある声質のアルト君に出逢えた時の感動は言いようが無い心地よさに浸れます。
通訳さんとして彼らと生活を共になさると、ファンとは全く違った角度から彼らを見つめ 彼らの子供らしさを垣間見ながら、子供ながらも歌い手としての自覚の強さを感じられていらっしゃったのですね。このお話は以前に読ませて頂いた事がありましたが、彼らは子供でも歌い手のプロフェッショナルだと思われる場面を沢山見てこられた事でしょうね。可能であれば、もっと沢山お話うかがいたいですね。
64年組のメンバーの名前登場にはドキッとしながらも、記事楽しませて頂きました。我が憧れのソリスト君のワルターさんを先生がスカウトなさった事は知りませんでした。先生!よくぞ見つけ出して下さいました!
72年組の歌声も両パートのバランスがしっかりとれた素晴らしいハーモニーでしたね。その中に友がいたという感激は私の誇りです。
あ〜懐かしい!
Ponko様!記事更新に素敵な話題 ありがとうございます!
ek
2018/03/03 06:42
ponko様
新しいお話ありがとうございます!もう感動で胸がいっぱいになりました。マジ凄いです。
ユリアン君の歌声美しいですね。歌声につられて、私が小鳥ならウィーンに飛んで行きたい!って思いました。でも、小鳥には遠い距離ですね(泣)。
gillman様のお話読んで 、あの時私が聞いた少年達もあんな思いでステージに立っていたのかな。私なんかよりずっと若い少年合唱団員の強さを心から尊敬してしまいます。
オールドファンの皆様が昔のウィーン少の歌声とステージマナーを絶賛なさるのが解るような気がします。歌声そしてステージマナー 今度のハイドンコアのステージがなおさら楽しみになりました。
感激しながら読ませていただいて、どぶねずみ皮のザックって言う表現と息子さん達のお話には思わず大笑してしまいました。それに、ルカ君!やっぱりリッキーさんに淡い恋心を持つ位大人だったんですね。だから成長が早かったんですね。
笑いあり、涙あり、感動ありのponko様のブログにアカデミー賞文化部門最優秀賞を贈呈して欲しいって思いました。
今日はこれから母と大好きなおば様に会う約束をしています。おば様にこの新しいお話更新をお知らせしたいと思っています。でもおば様の事 もうご存知かも。
野外席の母を外野に置いて おば様と大いに語り合ってきます。
でもね、外野席の母 この頃ウィーン少がお気に入りみたいです。毎日 おば様に借りた彼らのモーツァルト聴いているんですよ(笑)。
mika
2018/03/03 11:53
ekさん
コメント一番乗りありがとう。
夜も遅くなっていたのでお返事がすぐに書けませんでした。
ekさんは64年のワルター君のファンでもあったのですね。
実は私も少しファンでした。
ところでしばらくの間はこのユリアン君のファンを務めることにしましたが、やはり私のアルトの絶頂にいる少年の声はスメタナ君です。
あの子守唄の歌声は永遠の憧れだな。

通訳のgillmanさんには、私ももっと当時のお話を伺いたい気持ちがいっぱいです。
団員達にとってもプレフェクトや指揮者と違う位置にいた通訳さんはきっと友達並みのいい仲間だったことでしょうからね。
ponko310
2018/03/03 19:53
mikaさん
やっぱな〜。
高校生ぐらいの若い方のコメントの書き方って、子ウサギみたいに跳ねている感じで、まるでここの記事にもひと早く春が来たみたい。
超オールドの私がのほほ〜んと書いたこの記事に感動って------ひぇ〜、ルカに爪を褒められた時の気分になってる自分が恐ろしい。
ま、老いの現象でそれも良しとする。
あなたの大好きなおばさまが今でもオールドファンでいらしてくれてわたしゃ、とても嬉しく思います。
ついでに野外席のお母様も仲間に引き入れておいてください。
ついでに私も仲間にはいりた〜い。
あなたもルカの変声をそう思う?
そだねー、彼がもっと子供だったら他の団員たちみたいに私を無視していたかもしれないな。
そしてこのブログはなかった事になった。
偶然にもあなたみたいなことをルカも言っていたわ。
若い人まで読むなんてウィーン少年合唱団から勲章を渡されてもいいね、って。
何だか、みんなのくれる言葉が自分の器の範囲からあふれ出してしまったと狼狽している現在です。
ponko310
2018/03/03 20:48
ponko様 えー!?いつからカー女になられたんですか?
私のコメントがウサギみたいに飛び跳ねたまとまりの無いコメントでごめんなさい。
でも、それだけあっちのお話もこっちのお話も感激してしまって 普段でもまとめるのが苦手な私が余計舞い上がってしまったんです。
そだねー(笑)、ponko様もおば様達のお仲間になってくださったら、めっちゃ最高のウィーン少講義を受けられそうです!
学校の講義もこんなに楽しいと良いんだけどなー。
私もルカ君のように大人にならなきゃいけませんね。
慌てん坊の母にいつも言われるんですよ「少しは落ち着いたら」って。おかしいですよ、今日だって おば様に会う時大事な物を母忘れて大笑いされていました。
ルカ君はじめウィーン少の団員達を見習って大人の老人になりなさいよって心の中で思っちゃいました。
mika
2018/03/03 21:27
mikaちゃん
この「そだねー」は、日本のメル友に教えてもらいました。
mikaちゃんのコメントから春の日差しに飛び跳ねている野原の子ウサギのイメージが浮かんだの。
学校の講義が楽しければみんな100点満点が取れるほど勉強家になるんだけれどね。
昔は機転の利く先生ってあまりいなくて、私は大の勉強嫌いになりました・・・・って自分の責任なんだけれど。
何だかあなたの外野席のお母様にいとも言われぬ好意を感じています、うふふ。
ponko310
2018/03/03 22:00
ponko様
 ハープ奏者のヨーゼフ・モルナール氏、知っています。はるか昔、あまり古すぎていつ頃かはっきりしませんが多分30年以上前、2回ほどラジオ番組に出演されて流暢な日本語で話されていたのを覚えてます。今どうされているのかなあ?
 W・P氏パイロットとして活躍されていたのですね。初耳です。ご実家はリンツでホテルを経営されていて、はるか昔(40年以上前)オーストリアをめぐるツアーでご実家が経営するホテルに一泊するコースを雑誌で見た事あります。
越後の雪椿
2018/03/03 23:17
越後の雪椿さん
W・Pさんのパイロットは多分ホビーじゃないかと思います。
でもリンツのホテルが実家だったとは嬉しいですね。
まだ泊まりに行けるかしら。
それにしてもそのホテルに泊まるツァーまで計画するなんて、当時の64年組の人気はそこまですごかったんですね。
ponko310
2018/03/04 00:17
 ヨーゼフ・モルナール氏懐かしい名前です。30年ほど前たまにテレビでみかけました。ウィーン少年合唱団のOBだったとは知りませんでした。
 ボーイアルトもすてきですよね。ウィーン少年合唱団の「ヨハン大公のヨーデル」の歌声もすばらしかった。そしてスメタナ君の子守唄の歌声は私も気に入ってます。
ヤマチャン
2018/03/04 15:25
ヤマチャンさん
Youtubeで見つけたモルナール作曲のハーフとフルートの曲を聞きました。
ハープっていう楽器の名前を聞くだけでロマンティックな場面を想像します。
WSKのOBがこんなところで日本にもいらしたんですね。
ヤマチャン、私はスメタナ君の子守歌の声に激惚れなんです。
その動画でソプラノを担当しているリヒャルト君をそれは自分だって言っているブラジルの「オレオレWSK」が最近では自分の名前にブルックナーってくっつけているのを発見。
記事170の話なんだけれど、彼はどういう心境なんだろう。
本当に彼がリヒャルト君なのかわからなくなってきた。
ponko310
2018/03/04 19:48
そうそう!ヤマチャンさん、私もあの「ヨハン大公のヨーデル」のアルト君の大好きです。
あの落ち着いた声にソプラノのヨーデルが響き渡って…あ〜どうしましょう!恋する乙女みたいにドキドキしちゃってます。
私が在籍していた合唱団で練習時、私はアルトパートなのですが、後ろがバスパートなんです。
我が合唱団(在籍していた頃)バスが素敵だったんです。パートごとの練習はいつもバスパートは一度でパス。後ろから響く声に聞き惚れてしまって 合唱全体を支えてくれているっていつも感動していました。
もちろん、多くの素晴らしい曲はソプラノ声部が曲を作り出してくれているのですが、私 支えてくれる声が好きみたいです(笑)。
なぜか 私のペンフレンドになってくださった少年合唱団員はヴォルフィーさんをはじめ、皆アルトさんでした。
だから 皆さんいまだに私の心を支えてくださったいるのかもしれません(笑)。
ek
2018/03/04 20:13
ponko様
 残念ながらホテル名は書いてなかったような気がします。ホテル名が分かればネット社会のご時世だからすぐに検索できるのに・・
WP様は4兄弟で少女フレンドに全員のお名前が載っていました。団員さえパンフレットに苗字は載せず、名前だけの記載。隔世の感ありですね。ファンレターを出すとき困りますね。
越後の雪椿
2018/03/04 20:17
越後の雪椿さん
水商売は入れ替わりが激しいですからね。
リンツは大きな町だし、過去の事は過去としておきましょうか。
昔は少女フレンドに団員の家族の事まで載っていたのですね。
私も切り抜きを集めていましたが、すべてが集まったのではなく、その記事は知りませんでした。ワルター君の記事ではゴムの木が大きくなり過ぎたか、枯れそうになってるとかそんなことでしたっけ。
ネットでは必要以上に個人情報が世間に広まってしまう時代になっていますから、芸能人でもないウィーン少年合唱団員には常に用心しているのでしょうね。
ファンレターという言葉が懐かしく響きます。
ponko310
2018/03/04 21:18
Ponkoさん、お久しぶり!
ユリアン君、きれいな声ですね。
ところで、カンタータ録音に(年代的に)ルカさんが参加してないと思ってるそうですが、このカンタータ大全集の最初の録音は1970年12月ですよ。69年組の団員さんも参加してるくらいなんだから、もしかしたら、ルカさんも1回くらいは参加してるんじゃないですか?
それとも、すでにご本人に確認済なのかしら?
Pfirsichchen
2018/03/05 00:33
Pfirsichchenさん
久しぶりに顔を出してくれたと思ったら貴重なアドバイスを持って来てくれたのね。
このレコードはそんな大全集だったのか。
ルカとは合唱団時代の音楽の話をすることなどなかったので今度のメールで聞いてみます。
でも、アルトのソリストだったココですら自分がどんな曲を録音したか忘れちゃっているから、ルカもそうかもしれない。
ま、とにかくレコード録音に参加したか聞いてみます。
どうもありがとう。
ponko310
2018/03/05 01:07
Teldecのバッハ・カンタータ大全集(宗教カンタータのみなので1から199番まで)は、最初の予定では10年計画だったけど、結局20年近くかかり、そのうちWSKが参加したのは最初の5年間だけです。
ココさんもソリストとして参加しているはずだけど、私もどれが彼だかはわかりません。
でも、カンタータ以外ではアーノンクール指揮のAgostino SteffaniのStabat materで彼はソロやってますよ。これは私がWSKのレコードの中でいっちばん欲しいものなんだけど、CDも出てないので未だに未入手。
以前はWSKのサイトに、広報係の方の個人の持ち物として、ほんの一部だけ紹介されてて聴けるようになってたけど、今はないようですね。でも当時私はダウンロードしたので、ココさんの声、持ってますよ。
Pfirsichchen
2018/03/05 03:37
Pfirsichchenたん
ココの少年の時のアルトの声は大人っぽくて素敵でしょう。
私は69年のコンサートの時にそう思いました。
あのオペレッタのカリフは全く大人びていた。
本当に少年の声が一生そのままだったらいいのになぁ。
あ、オジンがあんな声をしていたら男性の魅力に欠けてしまうか。
Pfirsichchenさんが良いインフォメーションのコメントを入れてくれるので、そのたびに勉強嫌いな私のブログに少しは格が付きます。
ponko310
2018/03/05 08:03
 ponkoさん、あの「子守唄」のふたりの歌声は、ウィーン少年合唱団史上でも最高のものと、かってに思っています。それとライナー隊の「聖しこの夜」二重唱が私のウィーン少年合唱団の双璧です。「聖しこの夜」のソプラノソロが、スメタナ君の声に似ているんですよね。スメタナ君は、私にはアルトとというよりんメゾソプラノに聞こえるのですけど・・・。いづれにしてもあのころのウィーンは最高でした!
ヤマチャン
2018/03/05 17:48
ヤマチャン
あの二人の歌声がWSK史上でも最高----。
勝手でもそう思って下さる方が一人増えてなんて嬉しいことか。
え?でもライナー隊なんていましたか?
今の何隊だったんでしょう?
ponko310
2018/03/05 20:09
 すみません!!またしてもやってしまいました。ラング隊です。往年の名指揮者ライナーが頭にこびりついてて、ラの次についイナーがでてきてしまうのです。このつぎからあ〜あまたやってる〜とお目こぼし願います。
 ekさん、テノールやバスにしっかり支えられてこそ、飛翔していくソプラノがはえますね。ponkoさんもekさんもアルトだったのですよね。一番目立ちにくいけれど、ハーモニーの複雑な部分を担っていると思います。
ヤマチャン
2018/03/06 22:41
はい、ラング隊、わかりました。
私はソプラノを歌いたかったのですが、変声期の男の子みたいな声だったので到底不可能でした。
今はすっかり変声しています。
夢は1度でいいからコロラチューアソプラノで何か歌ってみたいな。
ponko310
2018/03/07 03:32
Ponkoさんはsopranoパートが歌いたかったんですか? やっぱりsopranoって合唱の花ですものね。 私はパートを決める時 ヴォイストレーナーからsopranoと言われたのですが、友人達がaltoだったのでお願いしてaltoになりました。女声三部の時はメゾを歌ってました。それに私のペンフレンドさん達はaltoが多いので、ご指導仰ぎやすいと言う裏心もあったんです(笑)。
アルトの位置って多くの曲は、後ろから素敵なバスが聞こえてくるので、幸せな時でした。
もちろん、少年合唱団を聴く時はソプラノもアルトもその美しさに酔っています。あの一時、神様が彼らにお与えになった素晴らしい宝物を私達が聴ける幸せは最高な事ですね。
ek
2018/03/07 06:04
そりゃあ、あの映画を見てからウィーン少年合唱団の団員に生まれ変わって最高のソプラノで歌いたいっていうのが夢だったわ。
ドレスデンクロイツの食堂で桜を歌った時は亡くなった友人はソプラノで私はどすのきいたアルトだったの。
彼女の歌声、可愛かったわ。
そうよね、ekさんもアルトで歌っていたのよね。
キャッ、後ろから男性的なバスの歌声が聞こえてくるなんて、もう聞き惚れて歌えなくなりそう。
ponko310
2018/03/07 07:23
ponkoさま

おおっ!! 動画アップありがとうございます♪
永遠なんてない!と、ある時気がつきました。
ボーイソプラノもその一つで永遠には続かない。
でもYOUTUBEなどでその歌声が聴けるのであれば
永遠というものがあるかもしれないと今は思うのです。

私服姿の少年たち、どうしてもどこかの
インターナショナルスクールの生徒に見えてしまいます。(^^;
昔の普段着ユニホームが懐かしいわ♪

記事も読ませてもらいました。
やはり音楽関連に進む団員は少ないようですね。
「この道」(いつか来た道?)はだいぶ後になってTVで観ました。
哀愁を感じる映画でした。あっ最初は映画じゃなくて、たぶん「りぼん」か「なかよし」の付録についていた単行本で読みました。
WSKの子のセリフはカタカナだったのを覚えています。
はっぴー
2018/03/07 15:06
はっぴーさん
そうね、個人だったらこのユリアン君みたいに、変声してしまう前に撮って沢山残しておいてほしいですね。
でも昔はすべての人がテープレコーダーを持っている時代じゃなかったって言うのが残念。
青きドナウでトニーの声として歌ってくれたシルハネーク君の声がYoutube に残っているのがすごく嬉しいわ。

テレビの「いつか来た道」を見たのはきっと私もはっぴーさんと同じ日だったんじゃないかしら。
こんな風に制服で歩く姿が私達には当たり前だったんだなぁ。
私も普段着ユニフォームを非常に懐かしがっています。
あの日本映画の内容は暗くて好きになれなかったけれど、合唱団の歌声と山梨県の景色の美しさに惚れ惚れしてました。
あら〜、私はその本は神田の古本屋で買ったのよ。
ponko310
2018/03/07 19:04
こんにちは。
今年はハイドンが来日します。でもシュトラウス像の前にいるのはモーコアなので、私はこちらのほうが嬉しいわ。彼らがウィーンの街で私服を着ているのは珍しいもの。去年来た子たち、卒業した子もいるので懐かしいです。

ユリアン君のアルトは、89年組のマルクス君に少し似ていませんか? 私は89年組をライブで聴いていないので、直に聴いたら違うのかもしれませんが、公演ビデオのオペレッタでは彼のアルトが素晴らしいですね。近衛兵長の役をやっている少年です。

「いつか来た道」のオペレッタシーンで小柄な子がコミカルな仕草で歌っていたの。ソプラノできれいな声だったけど、あれは彼自身の声ではなく、記事に出ていた通産大臣になった団員の声なのですか?記事を読むとそんなふうに感じます。私の勘違いかしら。
maa
2018/03/07 21:12
あれれ、サービス精神で載せた写真を取り違えたためにmaaさんに喜ばれたならかえって良かったみたい。
ボケて小さい画像だけれど、そういわれてみると左から前列4番目がモーコアのイェトミール君みたいな気が。

89年組のオペレッタの動画を探してみてみます。
また楽しみが増えました。
近衛兵長の役は64年ではスメタナ君でしたけれど、彼のアルトも良かったなぁ。

私もこの記事では「いつか来た道」の映画のソプラノはシュテーガーさんの吹き替えだったと解読しています。
大柄だったために、なんて不公平。
ponko310
2018/03/07 21:57
えっ古本屋さんに?!
そうだったんですか。
WSKの映画って皆景色がいいですね🎵
そんな風景にも癒されました😃
はっぴー
2018/03/08 13:10
はっぴーさん
少年達の歌声にあの景色は最高の癒しですよね。
少年達から遠く離れた席のコンサートでは、目をつぶって景色を思い浮かべていましたっけ。
そんなことを書いている途中でプッ夫クンがウィーンで傷害事件があったと知らせてきました。
見るとアウガルテンパレスのあるレオポルドシュタット区で起こった事件ですよ。
地下鉄のネストロイプラッツ駅前にある日本レストランの前でオーストリア人家族が刺されたって。
67歳のご主人は重症、56歳の夫人と17歳の娘も刺されたけれど命に別状はないそうです。水曜日の19時45分という時間というと、日本レストランから出て来たところを刺されたのかしら。その30分後に次の駅で20歳のアフガニスタン人も刺されて重傷。その時に捕まった26歳のアフガニスタン人がこの事件の犯人らしい。動機に付いてはまだ明瞭ではないそうです。
ベルリンでも戦争難民がストレスのせいで起こす事件は沢山ありますが、どんな理由にしろ平和な国に逃げてきて罪のない人たちに襲い掛かるって、あり得ない。
アラブ系の人たちって国民性が激しいのよね。
国民性の合わない外国人が住んで事件を起こしているってありきたりになりつつある。
ponko310
2018/03/08 18:33
Ponkoさんのコメントに書かれていたウィーンでの事件にショックを受けています。
昨日、友人と、彼女がホラー映画は観るのは平気だけれど、実際に起こった傷害事件や殺人事件は見るのも聞くのも嫌だとの話をしていたばかり。
まさか、夢の街であるウィーンでそんな悲しい事件が実際に起きてしまったなんて…言いようもない悲しさでいっぱいです。
人の心は極限に追い込まれるとおさえきれない行動を起こしてしまうものなんですね。
誰にでもある弱い部分を支えながら補い合いながら生きるのが人なのに。
ek
2018/03/08 21:26
あらら… コメント二度打ちしてしまいました。ごめんなさい。m(__)m
それにしても驚きの事件ですね。😓
どんな理由があるにしても、人を襲ってはいけない事くらい暗黙の了解でわからなくては‼と思うと残念です。被害に遭われた方の回復をお祈りします。
はっぴー
2018/03/08 23:18
ekさん
日本レストランの前で起こったなんて、特に不愉快ですよね。
重症のご主人は腎臓を刺されたようで人口昏眠の処置をされていると言う事です。
娘さんんもまだ未成年だし、どうか回復なさって下さることを願っています。
もっと怖かったのはちょうどライニーさんもその近くのレストランに予約を入れていたそう。
でも風邪をひいてキャンセルしていたんですって。
それこそ不幸中の幸いだったのかもね。
あぁ〜われらの夢の都ウィーンはいずこへ。
ponko310
2018/03/09 00:46
いつか来た道のオペレッタは、映画のワンシーンでもありアフレコ感がありますね。でも吹き替えされたという歌声は幼さの残る声だしあの小さな子にあってます。彼の演技が好きなので、むしろ本当の声を知りたいくらい。

傷害事件こわいですね。世界一といってもいいくらい、住みやすいウィーンですよね。そういう街でこんなことがあってほしくないですね。ひと言でかたずけられる問題じゃないことはわかってる。でも理解できないこともたくさんあります。
maa
2018/03/09 00:49
はっぴーさん
初めのコメントは遅れて反映したらしく、重なった部分は消しましたのでお構いなく。
今の世の中、人を襲っても良心を咎めない人間が増えてきているようで怖いですね。
日本のニュースを見ても信じられない事がありすぎて、昔のよき日本はいずこへ、と思います。
せめてオ−ルドは在りし日の日本人の水準を保ちましょうよね。
ponko310
2018/03/09 01:32
maaさん
実は私は『いつか来た道』のオペレッタは覚えていないの。
友人がビデオを持っていてダビングしてくれる約束をしていますが、それを待っている次第です。
何しろ団員だったハネスが出演しているのですもの。
それにしても、80年以降のオペレッタがYoutube でいくつか紹介されているのは有り難いですね。
あの古いウィーンの娘姿の少年たちは可愛かったですもの。

冬の寒さに強い人ならウィーンは居心地が良いかもしれませんね。
でも今は世界中からの観光客が多くて、情緒あるウィーンの静かな雰囲気を味わうにはかなり朝早く起きないと。
何はともあれ、事実って思いがけないところで思いがけない時間に事件は起こるって事ですね。
平和に観光を楽しんで戻ってこれる事に感謝します。
ponko310
2018/03/09 01:56
姐さま
ponko姐邸の新しい部屋に入り遅れた私が目にしたものは、とても悲しい出来事。
我が夢の街、WSKファンの聖地でこのようなことが起こるとは・・・信じられません。
これら2件の犯行は自分の人生に対する怒りの感情から引き起こされたもので,政治的動機はないとか。
天使の歌声がこの様な病んだ心の琴線に触れ、少しでも多くの人々が癒されますように。
yuka
2018/03/09 22:59
yukaさん
この23歳のアフガニスタン人はオーストリアでの亡命申請が通っていないうちにそういう事件を起こしてしまったのだから、強制送還されるか監獄行き。
いくらウィーンの天使の歌声が流れてきても、アラブの旋律じゃないと歪んだ心にはとどかないかも。
これも戦争が生んだ悲惨な結果なのよ。
平和な国に逃げてきても深く負った心の傷は癒されない人が沢山いるんだわ。
ponko310
2018/03/10 01:18
「いつか来た道」のウィーンのオペレッタの話で盛り上がっている中、思い出した事がありました。
もう30年前の在籍していた合唱団での練習の時の事です。
ある日、練習に入る前に、指揮者の先生がピアノを弾かれ「この曲わかりますか?」とお尋ねになりました。
あっ!と私はひらめきました。何度も聴いている曲でしたから。
周りの団員達はざわついています。「ベートーベンだよね?」とか「英雄だよな?」とか…
「モーツァルトだよね?」と小声の私。「違うわよ。ベートーベンの交響曲よ」と友達。
そんな小声の私達の会話を耳の良い先生は聞き逃さず 私を指して「わかりますか?」と聞かれました。「はい、モーツァルトです」と答えました。他の団員達は「何言ってるの?」という顔をしています。
先生は満足そうに「正解!曲名はわかりますか?」とおっしゃいました。 はい、私は何度もこのメロディー聴いていますから、耳に焼き付いています。「バスティアンとバスティエンヌです。」先生は微笑みながら「バスティアンとバスティエンヌ」の前奏曲の続きを弾かれました。モーツァルトのミサ曲の練習の時の事でした。
正直申しますと、私にはあの曲はベートーベンよりモーツァルトの曲として頭に残ってしまっていました。67年のあの素敵なオペレッタを思い出しました。
今年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートでは我らが映画「青きドナウ」を思い出しました。
やっぱりオペレッタのない今のプログラムは私には寂しいです。
ek
2018/03/10 03:54
「バスティアンとバスティエンヌ」なら私にもわかりますよ。
いえ、67年組のオールドファンならだれでもわかるはずね。
そんな事もオールドならではのおしゃべりになるんだから。
少年たちの扮するぎこちないウィーン娘の動作が私たちに笑顔をくれましたものね。
ponko310
2018/03/10 08:03
姐さま、ek様はじめまして。
天使たちが犯人の敵であるキリスト教の礼拝堂でミサ曲を歌っているとしても、音楽として心の深奥に訴えるものがあればと思っています。
戦争中、敵味方でにらみ合っていたときに、一方の兵士たちが故郷を想い「埴生の宿」を歌い始めたら、もう片方も歌いだして暫く休戦になったとか聞いたことがあります。
音楽の力って本当に凄いです。

「バスティアンとバスティエンヌ」は私にとっても忘れられない作品です。
テレビで観たキリアンさんのクールなバスティエンヌちゃんが今でも目に浮かびます。
この曲は今でもWSKのモノラルCDで時々聴いていて、当時の名残りを感じながら何とも言えない幸せな気分に浸っています。
私もWSKのオペレッタ復活を希望しています。
今はMuThで、それらしきことをやっているのですから不可能なことではないと思うのですが。。。
yuka
2018/03/10 12:07
yukaさん、初めましてって、いつものyukaさんでしょ?
ま、いいや。
その埴生の宿を歌う古い戦争映画をテレビで見た覚えがあります。
そう、今調べたら「ビルマの竪琴」だった。
小学校の国語の時間で習って、図書館で本を借りて読んで、アルプスの少女の時みたいに感動して泣いたんだったわ。
そしてその映画をテレビで見た時も泣いたわ〜。
あら、また調べたらYouTubeでもその映画が見られるみたいなので今日が午後から見ますっ!!
https://www.youtube.com/watch?v=-7USDR9ka60
歌の部分の動画のリンクですよ。
どうか消されませんように。

今は子供たちの気持ちを尊重している時代だから、少年達の間では女役のあるオペレッタはあんまり歓迎されないのかな。
元団員だった人も女役になるのはいやだったって言っていたからね。
きっとファンなんかの前では、やっぱりそういうところは男の子でいたいからなのね。
ponko310
2018/03/10 20:16
Ponko様
そうですよね!ウィーンオールドならあの旋律はベートーヴェンじゃなくて、「バスティアンとバスティエンヌ」ですよね。ベートーヴェンさんはバスティアンとバスティエンヌをウィーンでご覧になったのでしょうか?
yuka様 はじめまして!? 他のお部屋でお話ししていたあのyuka様ではないのでしょうか…?
ともかくどうぞよろしくお願いいたします。
あのバスティエンヌのキリアンさんは美しかったですよね。
私もこのオペレッタをモノラルのレコードからCDにして時折懐かしく聴いています。歌っている三人が67年のメンバーの顔で浮かんでしまいます。
yuka様のお話なさっている事よくわかります。
音楽には国境も思想も宗教も関係なく人の心に響くものがあり、疲れを癒やし、平穏を願う力をもたらしますよね。
yuka様のお話に出てくる「埴生の宿」のお話で、映画「ビルマの竪琴」を思い出しました。
WSKの今まで来日公演で演じられたオペレッタ懐かしく思い出されますね。
「デニス氏夫妻」「薬剤師」「ウィーンの昔の物語」「バスティアンとバスティエンヌ」「カリフの鵞鳥」「ヘンゼルとグレーテル」それから… あっ〜懐かしいですね。
あの愛らしい演技や歌声からウィーンの香りが漂って来て、ひととき自分自身がウィーンに居るような錯覚に陥るくらい心酔していました。
もう あのようなひとときは持てないのでしょうか?残念ですね。
ek
2018/03/10 21:09
姐さま
「はじめまして」は、点(、)で区切ってek様だけのつもりだったのですが、改行すればよかったですね。
お気を遣わせてしまってごめんなさい。
歌のリンクありがとうございます、後程ゆっくりと聴かせていただきます。
そうですよね、今も昔も男の子たちの気持ちとしてはスカートをはきたくないでしょうね。
しかし「そこを何とか」復活して欲しいと思う、私のようなオールドファンがいる今日この頃です。
yuka
2018/03/10 21:12
ek様
私は今までのyukaです。
ek様宛に直接コメントさせていただくのは初めてだと思いましたので、ご挨拶させていただきました。
私の記憶違いでしたら(キャーーー恥ずかしい!)、お許しくださいませ<(_ _)>
yuka
2018/03/10 22:09
姐さま、ek様
何度も失礼します。
私が聞いたことのある「埴生の宿」のエピソード、出処と内容が判明しましたのでご報告致します。
どうでもよかったら無視してください。
「らららクラシック」というテレビ番組で「埴生の宿」が特集されたときの話です。
この曲(原曲名はホームスイートホーム)が作曲されて40年程後のこと、アメリカの南北戦争で、夜に一方の軍の兵士がこの曲を演奏し始めると、敵軍も川の向こうで一緒に演奏を始めたということです。
「ビルマの竪琴」の似たようなシーンはこの実話を元に作られたのかも知れませんね。
yuka
2018/03/10 23:04
yukaさん
私にはこういう雑学的なお話は楽しいのでいつでもドアは開けておきますよ。
ビルマの竪琴は日本のテレビで見ましたが、yukaさんが言うその映画も確か見た覚えがあるのです。
ドイツに来てからテレビで見たのですが、ホームスイートホームの歌で、ちょうどクリスマスの日の出来事だったような気がします。
戦争で故郷を離れて戦いに出た男性たちが、どんなに家族に想いを寄せながら生命の危険に怯えていたか考えると胸が痛い。
ビルマの竪琴もそうですがその映画も男声合唱に感動して目頭が熱くなりました。
さっきビルマの竪琴の動画を見終わってちょっと感傷的になってしまっていますが、戦争はいやだ〜〜〜。
ponko310
2018/03/10 23:35
Ponkoさま
記事を紹介してくださいました事を感謝申し上げます。
これはトラベルジャーナル社発行のガイドブック「ヨーロッパ・カルチャーシリーズ」のうち「オーストリア・ウィーンの街が待っている」に掲載された記事ですが、20年前のリサーチなので内容的に現在の状況とは異なっているところがあります。
また寄せられたコメントを拝見して、訂正あるいは補正すべき箇所も見つかりました。
それでこちらのコメント欄をお借りして説明させていただければ有難く思います。ただ現在ドキュメンタリー映画撮影の下働きを始めてしまいましたので、少し先になってしまいますが、とりあえずponkoさまと記事に対してコメントをくださった方々、また読んでくださった方々にお礼を申し上げたくてコメントいたしました。
どうぞよろしくお願いします。
M.T.
2018/03/20 23:35
M.T.様
筆記者の方じきじきに来ていただいて光栄です。
お仕事で忙しい中、このブログ記事に訂正をしていただけるお知らせをありがとうございます。
追ってM.T.様からのコメントが新しく入りましたら、それはコメントでなく、まだ載せる余裕のある本文のほうに導入させていただくことになるでしょう。
その日を楽しみにお待ちしています。
ドキュメンタリーが早く終わりますように。
ponko310
2018/03/20 23:53
ponko310様
初めまして。 ウィーン少年合唱団 ハンネス(ヨハン)ウォルストバウワーさまを検索して、こちらにたどり着くことができました。
素敵なブログに巡り逢えたことに心より感謝しています。
実は、67年に中学生だった私は合唱部でウィーン少年合唱団鑑賞に行ける筈だったのですが、チケットが取れず他の合唱団を鑑賞しました。
それから50年以上経ってしまいましたが、今日初めて生ウィーン少年合唱団を聴くことができました。
もちろんヨハン様には逢えませんでしたが、オペラシティコンサートホールに響き渡る天使の歌声は、涙が出るほど幸せな時間をくれました。
《野ばら》を聴ことができて、《オー・ハッピー・デイ》も楽しませていただきました。
日本語の《ふるさと》やアンコールの《千の風になって》も素敵でした。
あっ! 申し訳ありません! 初めてこちらのブログにおじゃましたのに、話しが止まらなくなってしまいました。
素敵な歌声の後は、帰りのバスで見せてくれた本当に可愛い笑顔で、最高に幸せ!
ということで、図々しい書き込みをお許しくださいね。 



KAZU2205
2018/06/17 22:43
KAZU2205さん
初めまして。
オールドファンのお部屋にようこそ。
仲間がまた一人増えて嬉しい限りです。
50年も経ってからウィーン少年合唱団の舞台を初めて見るのは、私のレーゲンスブルク少年合唱団のコンサートの経験と同じですね。
でも、心に染み入る感激はきっと50年前でも同じだったかも。
オールドファンのお話は誰でも懐かしいものですからいつでもコメントを書き込んでください。
ヨハン・ヴルストバウワーの名前を読んで心が震える方も何人かいらっしゃるでしょうね。

年代は変わっても、バスの中から見せてくれる少年たちの笑顔は変わらずに愛らしいままなのが嬉しいですね。
今年のハイドンコアの印象を教えてくれてありがとう。
ponko310
2018/06/18 02:32
ponko310様
優しいお言葉をありがとうございます。
50年以上経っても、憧れは色褪せることなく、感激は心に染み入って来ました。

ヨハン様の得意な科目が『国語(ドイツ語)』だと知り、
いつかはウィーンに行けると夢見て、学生時代にドイツ語を学び始めましたが、、女性名詞・男性名詞も難しく、辞書を引くのも大変で挫折しました。
ウィーンにも行けませんが、ponko310様の努力と、素晴らしい行動力を尊敬しています。

残念ながら、ヨハン様の写真は一枚も手元に残っていませんが、憂いを秘めたヨハン様のお顔は心の中にあります。
特に美しく記憶に残っている写真は、瓶入りの飲料『7up』を手にしたヨハン様でした。
数年前に7upのロゴマーク入りTシャツを即買いしましたが、これからは、コンサートグッズの黒のWSKのTシャツが着られるのが嬉しいです。
WSKのトートバッグも買いました(*^^*)
CDも数種類販売していましたが、さすがに67年当時に録音されたものはありませんでした。
今はベストアルバムを繰り返し聴いています。

こちらのブログで、忘れられないヨハン様の面影に触れることができ、大切な1枚の宝物ができたことに感謝しています。
やっぱりヨハン様は、あまり笑ったりしない印象があります。
お時間のある時に、またヨハン様のことウィーン少年合唱団のこと等をお話しいただけたら嬉しいです。
KAZU2205
2018/06/18 14:33
KAZU2205さん
わぁ、7upを手にしたヨハン君の写真なんて記憶にないのじゃ。
一番多かった切り抜きは64年組だったので67年組の写真は半分も持っていなかったからかもしれません。
このブログのオールドファンはたいてい67年組からなので、きっとその写真を覚えている方は沢山いるかも。
ただみんな、声を掛ける勇気が無いのか、面倒なのか、やり方がわからないのか、読むだけのファンの方が断然多いのですよ。
ekさんが声を掛けてくれたおかげで、あんな素敵なお話が聞けたことがとても良かったと思うんですけどね。
好きな団員をファンの間から束の間見た、と言う事ですら嬉しく聞こえるんだけれどなぁ。
私の思い出話は尽きてしまったので、誰か新しい方の出現を期待しています。
彼らの団員時代のファンの思い出話は時効として、大いに自慢話も楽しいと思いますよ。
ponko310
2018/06/18 18:41
ponko310様
うわぁ〜どうしましょう、、、
私の記憶がちがっていたら (;^_^A

でも
こちらのブログでヨハン様のお話しをさせていただくことが
とても嬉しいです
皆様の想い出をじっくりと読ませていただいて、私もとても幸せな気持ちでいっぱいです
ありがとうございます。

そして みなさま
想い出話 自慢話を どうぞ
これからもよろしくお願いします。 <m(__)m>





KAZU2205
2018/06/19 22:42
KAZU2205さん
記憶が違っていても、それはそれで面白いですよ。
それにしても67年組のパワーはすごい。
此処にコメントが入ったとたんにアクセス数がガボッと増えてまする。
と言う事はみんな67年組の思い出話を待ってるんですよ。
ココがハンネスの弟のクリスチャンと仲が良かったと話してましたけど、ヨハンの団員時代の事はあまり聞きませんね。
何か面白いエピソードでもあればいいんだけれどなぁ。
誰か声を掛けてくださ〜い。
ponko310
2018/06/20 05:19
ponko様
ひさしぶりにお邪魔させていただきます。感激を沢山くれたハイドンコアが日本を去り、そして6月ももう終わってしまいますね。梅雨の季節なのに私の住んでいる所はもう夏のような暑さです。ウィーンのせいか?ワールドカップのせい?
ponko様のお住まいのドイツは今はどんな気候ですか?
KAZU2205様はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします。私も母のご友人の古くからのファンの方にこのブログを教えて頂いて、楽しいお話を沢山聞かせていただいています。私には夢の世界のようです。
でもponko様!私も夢の世界に参加して来ました。ハイドンコアの演奏会行って来ました。素敵な演奏会でした。本当はもっと早くご報告したかったのに、6月はウィーンの感動の演奏会の他に母達の日本の童謡を歌う会の演奏会・大学の研修旅行・祖母の法事・母の所属の合唱団のメンデルスゾーンの演奏会など次々にいろいろあって今日になってしまいました。またponko様に叱られてしまう所からです。
ハイドンコアはまるでソリストのグループみたいな演奏会でした。次から次へと美しい天使の声が響き、私の汚れた気持ちをすっかり洗い流してくれました。
今まで聴いたウィーンの演奏会とはまた違った感動をくれました。
演奏会後 お見送りにバスのそばに行ったら 団員達が素敵な笑顔で現れ、手を振ったら、振り返えしてくれました。握手もしちゃっいました。「素敵な演奏会でした」って指揮者の方に言ったら「あなた達のパワーが助けてくれました」って言って下さいました。
mika
2018/06/26 07:44
mikaちゃん
ハイドンコアは無事にウィーンに戻ってきたようですね。
大阪の大きな地震を体験せずに済んでよかったわ。
これから団員たちは夏休みに入るのでしょうね。
セキルンの休暇寮が騒がしくなるな。
チャン先生とも言葉が交わせて良かったですね。
とても人当たりの良い方とか。
ponko310
2018/06/26 21:02
mika様
はじめまして こちらこそよろしくお願いいたします
私は『野ばら』を聴きたいと思って、プログラムBを選びました
目を閉じて、聴いていられるだけで幸せ、と思っていましたが、天使たちは目でも魅せてくれましたね
ジミー・チャン先生とも交流のある mika様と、素敵な演奏会の想い出を語らせていただける、この出会いに心より感謝申し上げます

ponko310様
返信が遅くなって本当に申し訳ありません。
実は、資格の研修やら、提出物の締め切りやらで、てんやわんやしています
それだけではなく
ウィーン少年合唱団でいっぱいになった、私の心が落ち着かないのです
CDを聴いて! 動画も観て!
パソコンで、調べものをしなくちゃいけないのに、『ウィーン少年合唱団』とか『ウィーン観光』とか検索しちゃってます
初めて自分のパソコンを手にした15年くらい前から、『ウィーン少年合唱団』は検索していたんですが
今とは、気持ちの込め方が全然違います
ずっと消えなかったヨハン様への憧れが、胸いっぱいに広がって、心は恋する乙女です
キャ〜ッ! 自分で言って 照れちゃいます
あまり重くなって ponko310様と皆様にドン引きされないように、課題の提出に戻ります

また返信が遅くなると思いますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします 


KAZU2205
2018/06/29 21:08
むし暑い夜、YouTubeを見ていたら64年組の「東京オリンピック」の歌声を耳にしました。さすが64年組ですね、子ども時代を想い出して胸キュン!やっぱり64年組最高です!
今、67年組の日本公演を聴いています。タイムスリップしたみたいです!この組も上手。
今年のハイドンも良かったですね。みな一生懸命に歌い踊って楽しかったです。ソリストがまた懐かしい歌を歌ってくれて感激!元気にウイーンに戻って一安心です。ゼキルンの山荘も出来て40年以上になるのでしょうね。

Yuichann
2018/06/29 21:35
KAZU2205さん
此処では思いっきり昔の団員への憧れの気持ちを出してもらってもすべて時効になっていますから大丈夫ですよ。
本来の調べ物が脇道にそれてしまうのは困ったことですが、ま、ウィーンは我々の心から去りませんからのんびりやっていきましょう。
今日の更新は最近のウィーンのお話です。
ヨハン君の事は出てきませんが、やっぱりウィーンのお話です。
ponko310
2018/06/30 01:11
Yuichannさん
64年代のウィーン少は私達にとって憧れの中の憧れでしたからね。
幾つになっても思春期の頃の感動を忘れないでいられる私達は幸せ者ですよ。
今年のハイドンも良かったと言う事で安心しました。
私も二つのコアの合同合唱を聞いて感動してきましたがどのコアなのかわからないので181の記事で読者の方に決めてもらいます。
ponko310
2018/06/30 01:45

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177 ウィーン少オールドファンのお部屋 11 青きドナウはウッソォ〜だった /BIGLOBEウェブリブログ
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