183 石は石でもね

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「この2か月でかなり大きくなっていますね。」

9月の健康診断で見つかった、私の胆嚢に作られた結晶石の事です。

数や大少に拘わらず、胆石は大人の10人に一人は持っているそうですが、怖いのは小さな胆石で、これが胆管に詰って炎症を起こすと、体がよじれるような地獄の痛みが生じるのですよ、と主治医がジェスチャーをして見せました。
私は笑ってしまったのですが、そんな痛いのは困ります。
通常、胆石を持っていても痛みが無いので、私のように健康診断で判る人が少なくないそうです。

私の石は大きいので胆管に詰まる危険性は無いのですが、胆嚢の中で泳ぎまくっていて、運悪く膜に傷がついてそこが炎症を起こしたりすると激痛に見舞われるんですって。
海外旅行中とか、飛行機の中でとか、突然それが起こったらどうしますか~、と主治医は手術をさせたくて仕方ないみたいです。

11月の結婚記念日にプッ夫クンはイスラエル旅行を計画していますが、私は嘆きの壁など見たくないので、胆石を口実にして行かない方針でしたが、厚生労働省研究班の調査で、胆石がある人は胆道がんを発症するリスクが高いことが指摘されています、と読んで、それならと手術を受けることに決めました。

上の写真にあるのは私の入院先の大病院の心地よいホールです。
横の猫ちゃんのプラスティックバッグは、7月に行ったイタリアでバングラデシュの朝市の商人から6ユーロで買ったMade in Chinaのお気に入りです。
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えへへ、その旅行記事は全然書きませんでしたね。
だって、ウィーンの記事の編集で時間を取られて、次はすぐにキエフになってしもうたからなのじゃよ。

さて、10月10日 水曜日、手術の日。
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昨日の18時の夕飯を最後に食べ物は一切禁止です。
朝、6時ごろに病院に着くと、ちょうど焼き立てのパンが届けられたところで、廊下に漂うその香ばしい香りは水腹に食欲を掻き立てるのです。
ホールの後ろにある受付で手続きを済ませると赤い扉のエレべーターで3階(日本では4階)の病練に行き、書類を渡すと後ろ開きの手術衣を着せられ、手術の順番が来るまで、診察室兼待機室に用意された自分の名前が記されているベットに4時間半も座っていました。
待つ事に順応できないプッ夫クンにはすぐに帰ってもらいましたけどね。
だって私よりも彼の方がビビっていて、そばに居られると感染されそう。
4時間半の瞑想の時間------一番新鮮な思い出はキエフの合唱団、うふふ。
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友人たちやドラゴンちゃんなどが次々に念頭に浮かび退屈しない時間。
しかし水ばかり飲んで来たので手術衣のまま3回もWCに。

お迎えの時間ですよと、手術衣を着せてくれた看護婦さんが、今度は血栓症予防用の弾性ストッキングを履かせに来てくれました。
それが済むと次にはニコニコ顔の看護師君を連れて、お水の入ったコップと精神安定剤を持って入って来ました。

私が18の時に実家の町医者の病院で腸の手術を受けたときは、こんな心の籠ったサービスは全く無くて、ぶっきらぼうな医者とぶっきらぼうな学生医師たちに囲まれてのただの局部麻酔だったな。
あぁ、我が若き体に大きな醜い切り跡を残された手術台。
その上に寝かされながら聞こえた医者の「おい、そんなところを切ったら子供が産めなくなるから。」と研修生に投げたそっけない言葉は今でもまだはっきりと覚えていますからね
居心地の悪い10日間の入院で唯一の力になったのは、ウサギちゃん(初めてのウィーン少年合唱団員の文通相手)の優しいお見舞いのお手紙でしたっけ。

さあ、こちらは車付きのベッドの上でタイの涅槃仏の姿勢を取り、これから階下の手術室に直行で運ばれて行きます。
そのベットを押して行く看護師君の笑顔が上から覗き込みます。
「怖くないよね、すべて順調に行くからね。」
しかし私は遊園地の乗り物にでも乗っている気がして、爽快な気分。
これはきっと、自分で病気だと感じていないからなんでしょうね。

実は、胆石はレーザー光線で粉々にすれば良いのかと気軽に思っていたのですが、医者は「腹腔鏡手術で胆嚢を胆石ごと摘出してしまったほうが安心ですよ。」と結局そっちの方になってしまいました。
(この写真では3本刺されていますが私は4本でしたからね。)
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美味しいポテチなど無い原始時代に、人間が生きるために野生動物を食べていた頃は胆嚢は大きな働きをしていたそうです。
でも、現代のポテチ美食生活ではあまり必要のない臓器なんですって。
私のようにテレビを見ながらポテチなんか爆食していると、コレステロールが胆汁酸と腕を組んで小躍りしながら胆石と化してしまうらしいんですね。

準備室に運ばれると精神安定剤を飲んだ事を確かめられ、手術台に移されると血管内に薬剤を投与できる医療機器が右の手の甲に固定されます。
すうっと眠れる静脈麻酔かと思ったら、呼吸麻酔でした。
大きく息を吸ってねと何回か言われているうちに眠ったのでしょう。
気が付くと何もかもぼんやりでしたが、手術は終わっていて、監視の看護婦さんが気分を聞いてくるたびに脳天気な答えを返していたようです。

そのうち、私のベットは3階の病室に運ばれました。
室内の目の前の壁に掛かっている時計は15時半を示しています。
3時間近く麻酔で眠っていたのかなぁ。

まだぼんやりしながらも横を見ると、でっぷりと太った金髪の一見してお婆さんがベットに座って、品のなさそうな中年男性とおしゃべりの最中です。
腕に入れ墨をしたその男性はふと話を止めると「コーヒーを取ってくる」と言って部屋から出て行きました。
自分で飲み物を取りに行けるようになってから知ったのですが、この人は図々しくもまぁ、勝手に患者専用の飲み物を飲みまくっていたんですよ。
彼がコーヒーカップを持って戻って来た時、ちょうど綺麗な若い看護婦さんが私の世話に入って来て、男性は部屋から追い出されました。
美人の看護婦さんは新しい患者着(手術衣と同じ)を着せてくれ、さらに電動ベッドをちょうど体調の良い具合に合わせてくれます。
親切な看護婦さんが出て行った後、男性が戻ってくる前にお隣の一見してお婆さんに声を掛けました。
だって人のおしゃべり中に声を掛けるのは失礼ですものね。
「こんにちわ、私が新しいお部屋仲間です。」
その一見お婆さんは------------あれ? 返事がない。
ウッソォ~、聞こえなかったはずはないけれど、じゃ、もう一度。
「こ~んにちわ。」
はぁ? いくらぼんやりしていても、反応なしというのはわかりますよ。
しかしもう一度、ハローと声を掛けてみます。
え? え? 嘘だよね。やっぱり全く反応が無いわ。
しかしまたもやしつこくハローじゃ------漂うのは---む、む無言の空気。
さっきはちゃんと訪問の男性と普通に話していたのにおかしいよね。
だからもう一度、一見婆さんの反応なしを(アホか)確かめるために、ボケた頭でしっかりと最後の「ハロ~~。」の挨拶を送ります。
ははぁ、5回目でもやはり反応が無いと言う事は私とは拘わりたくないと言う証拠だなと、変なところでその結果に妥協。
でも記事9(https://ponko3.at.webry.info/201304/article_9.html)の婆さんを思い出す事になってしまって、むらむらと眠っていた虎が目を覚ます。
だからって、また声を掛けて自らを「腹が立つ状況」に持ち込むのは、我が人格をこの患者と同じ水準に下げることになるんだわ。
いいですよ、そっちがそう出るのなら私も完璧な無視を選びます。
入院のお見舞い言葉をくれた友人には「お部屋仲間とのおしゃべりを楽しみにしているの。」なんてお返事をしたけれど、私のお部屋仲間は最終的にはドラゴンちゃんだけにしておくことにきっぱりと決めますからね。
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此処に見える自己流タブレット立ての超アンティックな本立ては看護婦さんや医師達の人気ものになりました。
さて、そこにさっきの男性が戻って来て、言葉が通じないと思ったのか、私にもコーヒーを持ってこようかと言う手の合図を送ってくれましたが、私は無言で、しかもにこやかにノ~サンキューのゼスチャー。
この男の人は私の決意とは関係が無いけれど、言葉を交わす必要も無し。
私は目を閉じてしばらく休むことにしました。
決意を下したおかげで 心の中は安らかです。

目が覚めると表では夕食を運んでいる音がしています。
私はもう36時間以上も何も口にしていないので、ほんの少しのパンだけでも食べられるのを楽しみにしていましたが、どうやら私達の(いえ、私だけの)部屋は通り越されたようです。

空腹のまま夜の検診が始まり、無視を決めたお隣さんの担当医がお付きの看護婦たちと最初にやって来ました。
聞くともなく聞こえてくるのは患者の血圧や血糖値が非常に高い事で、彼女のベットには何本ものチューブが伸びていることから、どうやら経管栄養や誘導管を受けているようだとわかります。
でっぷりと肥えた患者はベットの高さが気に入らないと文句を言いますが、看護婦たちが高さを調節する際に大声で悲鳴を上げました。
きっと痛いんだろうな、と同情します。
でも無視を決めたからにはその同情心も抑えなくてはなりません。

私の担当医はその後すぐに、付き添いの看護婦と一緒に手術で取り出した胆石を持ってやって来ました。
「私のお腹がまだこんなに膨らんでいるんですけれど、中に空気を入れた手術だったんですよね。」
「そうよ。あなたのお腹は妊娠12か月ぐらいに膨らんでいたのよ。」
それを聞いたら面白くなって、「あら、それならついでに欲しかった女の赤ちゃんを入れておいてくれたら良かったのに」と返します。
すると女医さんは鎮痛剤を差し出しながら「女の子は反抗的よ」と苦い顔であたかも経験済みな答え。
「いいえ、私の女の子は違うわ」と反論すると「じゃ、私が反抗的な女の子を入れて、あなたから出て来たら素直な子になっているのね」と看護婦を交えて3人で大笑い。(反応無しのお隣さん、すみません)
「あのね~、此処でこんな冗談を言い交したら笑いで私の傷が痛んで仕方ありません。それに夕飯を頂けなかったのですがお腹が空いているんです。」
本当は手術後の夕飯はもらえないのですが、私の調子が良さそうなのでアスパラガスのクリームスープで38時間の空腹をしのぐことが出来ました。
でも38時間ぐらいなんでしょう。
18歳の時の手術では確か5日間も食事がもらえなかったのですから。
でもその後で最初に飲んだお味噌汁は今でも世界で、いえ、この世で一番おいしいお味噌汁として記憶に残っています。
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これが私の胆石ですが、耳飾りに出来そうですね。

入院最初の日はそれですべてが終わり、後はやって来る安眠を待つばかりのはずでした。
ところが目の前のテレビは何故か昼間から無音でつけっぱなし。
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そして私のベットの上にある(多分)水素ガス生成器のゴボゴボの音が絶え間なく聞こえ、さらにお隣さんがこれまた大きないびきを掻きだしました。
くわぁ~、こりゃ、眠れんわ~、と思っているところに、頭の上で電話のベルが鳴り出します。
プッ夫クンにはすでに病院から連絡が行っているはずだし、この電話は私に掛かって来たものではないとわかっているにもかかわらず、無視することが出来なくて、体をよじって壁の受話器を取ります。
その動きが傷を刺激して痛ぁ~。
電話に出るとすぐに「ギーゼラ?」と聞かれました。
「いいえ、違います。彼女は眠っていますが起こしますか?」
受話器にはその大いびきが聞こえたかも。
「あ、眠らせてあげておいてください。彼女にはだれかお見舞いに来ていましたか?」
そこで私は男性が一人、とても親切にお世話に来ていたと告げました。
どんな人かと聞かれたので逞しい中年のお友達らしい男性です、と答えると彼女には男性のお友達がいるはずはないので、きっと婿でしょうねと返ってきました。
その男性が「大切な人」と呼んでいるのを聞いたので、婿でないことは分かりましたが余計なことは言いません。
「私はリヒターと言いますが、私から電話があったことをギーゼラに伝えておいてくださいますか。」
「とても遺憾に思いますがそれは出来ません。彼女は私と決して口を利かないのです。」
「まぁ、おかしいわ。どうしてかしら。------分かりました。明日また電話をします。電話に出て下さってありがとう。心地よい夜をお迎えくださいね。」
私はリヒター夫人と交友的な言葉を交わして受話器を戻しました。
しかし、いびきとブクブク、ゴボゴボの音は眠ろうとしてもだめ。

そこにまた夜勤の若い看護婦さんが入って来て、隣の患者の誘導管から出て溜まっている汚物を取りに来ました。
「あなた泣くでしょう。」と、患者は目を覚まして看護婦さんに言います。
看護婦さんは意味の分からない顔をしましたが「コーヒーを取りに来なくちゃならなかったからよ」の言葉でピンときたようです。
体内からの汚物をコーヒーですって。
看護婦さんはそんなことありませんよとシラっと言って出て行きましたが、そのコーヒーたるものの酷い悪臭が部屋に充満してしまったのじゃ。
もうこれは耳と目と鼻から五感への地獄の奇襲じゃ~。
鼻をタオルで覆って、ゴボゴボは泉の湧き水と考え、いびきは木材工場に置き換えているうちに残っていた麻酔と痛み止めのお薬のお蔭で眠れたようです。

とんだ目に遭った日の翌朝の検診で、血液検査の結果が良かったら明日は退院できる事になりました。
病院は医者も看護婦も親切で楽しく、居心地が良くてお部屋仲間が違っていたら一週間でも居たくなるような場所ですが、楽しみにしていた昼食があまりにも期待外れ。
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むか~し、少女雑誌でウィーン少年合唱団の男の子が緑色のドロッとしたスープの入ったお皿を持っている写真があって、なんだろうと思っていましたが、ほうれん草のピュレだったんです。
これもそうですが、これは味がぜんぜんついていませんでした。
スクランブルエッグもパサついていて美味しくない。
一番ひどいのはこのジャガイモの団子で、これはインスタントのピュレの粉を味も付けずに溶いて作ったものでした。
お腹は空いていましたが、3分の一も食べないうちに、コックには悪いと思いつつ蓋を被せることになりました。
ワルトマイスターのプリンは甘すぎて食べ終わるのに1時間掛けました。
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朝食と夕ご飯はワゴンで運ばれたパンやハムなどを自分で選ぶことが出来ましたが、内容はこんなものです。
家から遠い病院なので来る約束はしていなかったのですが、夕食の前にプッ夫クンがチョコレートを持ってお見舞いに来てくれました。
かがんでですが、もう私が歩けるようになっているのが嬉しそうでした。

夕食後、休んでいるとまた電話が掛かって来ます。
リヒターさんに違いないと思いましたが、隣の患者はどっしりとベットに座っているだけで、電話のベルに全く反応しません。
仕方なくベットから降りて受話器を取ると、リヒターさんの勢い込んだ声が「ギーゼラ?」と聞いてきました。
いえ、違いますと否定して、守っていた決意を破りギーゼラさんに受話器を渡すために声を掛けました。
「あなたにお電話ですよ。」
え?  ひゃ、こっちを向かない。
もう一度 「ギーゼラさん、お電話ですよ。」
ひゃ~、全然知らんぷり。
もうぜんぜん信じられない気分でさらに「ギーゼラさん」と声を掛けます。
それでも反応しないんですよ~。
私の声が大きくなってハロー。
その声に動じない物体に向かってさらに大きくハロー!!
すると突然悪意に満ちた声が「私はギーゼラじゃないよだって。
思い掛けない返答に私は受話器に向かって「ギーゼラじゃないって言ってますよ。」としか言えなかったのです。
リヒターさんは狼狽して「まぁ、ギーゼラはいったい何処に行ったの?」
そんなの私が知るわけないでしょうがぁ~。
きっとギーゼラさんは私の前の患者さんだったのだと思います。
リヒターさんは彼女が退院したのを知らなかったのですね。
こっちにはとんだ迷惑でした。

これは気分転換が必要と、ドラゴンちゃんとのプレイに集中しているところに、一心のお寿司を持参して友人夫婦がお見舞いに来てくれました。
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一心はベルリンの私の大好きな美味しいお寿司屋さんです。
友人夫婦の心遣いに嬉しくなって、お部屋から出てホールに座りました。
そこで昨日からの体験記を話してニセのギーゼラには3人で大笑いです。
友人も先日手術をした経験があって、記念にもらった私の胆石の話を聞くと、自分も摘出したポリープが欲しかったと言うので、吹きだしてしまった。
そんなぶよぶよしたものは記念に保管なんて出来ないわ。

頂いた太巻き寿司は病院の冷蔵庫に保管して、翌日帰宅してからプッ夫クンがサウナでいない間に私が一人でみんな食べてしまいました。
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これは病院から受け取った3日分の鎮静剤と、退院してからも自分で打たなくてはならなかった血栓症予防の注射です。
自分で注射を打つなんて事は夢にも思わなかったのですが、お腹の肉をつまんで直角に打つとそれほど痛さを感じません。
空になった注射器は薬屋さんに持って行かなくてはならなかったのですが、知らないでごみ袋に捨ててしまいました。
猫のトイレの砂に混じったごみを捨てに行く途中、不器用なプッ夫クンはそれを落としてしまい、掃除をするときに注射器の針が彼の指に刺さったのです。
刺さった場所が大きく腫れてベルリンの主治医まで行って抗生物質の処方箋をもらって来ましたが、薬屋で見るとその処方箋が印刷ミスで白紙でした。
その夜処方箋のミスに気が付いた医者から電話がありましたが、痛みも無く腫れも引いてきたのでそのままにしておいたら今日までにすっかり治りました。
やれやれ、なんとも落ち着かない日々でした。

偽のギーゼラの本当の名前はメドゥーサかもしれないし、それともタランチュラかクサンティッペだったのかもしれないね。
このお話は私の友人たちに受けましたが、ルカのこの感想にはお腹に力が入って、思わず傷口を押さえました。

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この記事へのコメント

2018年10月20日 12:17
ponko様
 入院されていたのですね。驚きました。
2度のお産以外入院経験がありません。病気ではないので4人の相部屋だったけど賑やかで楽しかった思い出が残ってます。
同室の方、話したくなくても挨拶ぐらいしてもいいと思うのですが・・・
何はともあれ無事退院は喜ばしい事ですね。
 毎年結婚記念日には旅行!日本ではあまり聞かない話でちょっと羨ましい気もします。
ponko310
2018年10月20日 16:49
越後の雪椿さん
母になることは病気ではありませんから、嬉しい入院ですよね。
同室の方とのおしゃべりも本来では楽しいはずでしたが、今回は呆れてしまいました。
外人嫌いだったのかもしれないと思いましたが、病院のスタッフは殆ど外人なのですよ。
何故あれほど嫌われたのか分かりませんが、問題は彼女の方にあるのでしょうね。
人の内面は複雑なものです。
私は単純に自分のペースで看護婦さんや患者さん達と楽しく過ごしていました。
結婚記念日の旅行は決まりましたよ。
maa
2018年10月20日 19:42
退院おめでとうponkoさん
ponkoさんの人生には、なぜこんなにユニークな事件がおこるのでしょう? 胆石取るのは不思議なことじゃないし、無事オペに成功して退院できて、それはこの齢になってとても嬉しいこと。
でもおまけが面白すぎる!
同室の太ったマダムは何を拒否っていたのかしら? きっとギーゼラともうまくいってなかったのね。本物のギーゼラはどんな人だったのかしらって、そっちも気になりました。
病院というのは、ドラマの宝庫ですね。他人事みたいねと、そう思うかたもあると思いますが、私にも母の闘病と死という経験があります。50日余り入院生活でいろいろなことがありました。不用意な言葉を平気で発する無責任な看護師がいて母をおびえさせ、夜10時過ぎに家に電話をかけてきて「お願い。今すぐ来て。心配なの。」と私に懇願した母のこと。学会がありますと言って渡米し、鼻を真っ赤にゴルフ焼けさせて帰国した母の担当医・・・・今だから言えることです。だから病院は人間ドラマの舞台にもなりますよね。
ponkoさんの胆石は、暗いお腹(胆嚢)から飛び出して、ドラゴンと遊ぶ家主の元気な様子を知って、去る時が来たねと悟ったかもしれない。ルカの感想も楽しかったです!
ek
2018年10月20日 21:16
Ponko様
無事ご退院 心より嬉しいお知らせです。
入院中、同室の方々との関わりにはいろいろありますね。私も入院中 数々の人生模様を垣間見せていただけた気がします。四人部屋だったのですが、一人は出された食事を投げ捨ててしまうほど、心も病んでいる方でした。夜になると同室の方の痛みを訴える声に我慢が出来ないと、自分のベッドを廊下に運び出したりと看護師さんも頭をかかえていらっしゃった位。初めは彼女にどう接して良いのかと戸惑いましたが、日が経つに連れて彼女も落ち着かれ、彼女の人柄に学ぶ事が沢山ありました。お互い無事退院した今では、事あるたびにメールをくれるほどのお付き合いになりました。
後の方々は、ご自分達の人生を熱く語る人生の大先輩でした。
退院間際には、私達の病室が一番 笑い声がきこえると看護師さん達に言われる位明るい病室になりました。お互いに心も癒していったのかもしれません。

退院からまだ日が経っていないのですから、ご無理はなさらずに。
ponko310
2018年10月20日 21:56
maaさん
電話を掛けて来たお母さまの場面が頭に浮かんでその病院の態度に腹が立ちます。
私の18歳の時の記憶もそうですが、同じ病院で父が胃潰瘍の手術を受けた時もひどかった。
その医師は頓死の父にモルヒネを渡しただけで他に何の処置もせずにゴルフに行っていましたっけ。
その夜亡くなった父の壮絶な死を今考えると病院を訴えなかった無知な自分たちがバカのように思えます。

その肥満婆さんがあんな上品で礼儀正しいリヒター夫人とお友達のギーゼラでなくて良かったです。
リヒターさんはギーゼラが私と口を利かないと聞いたときに本当にびっくりしていましたから。

友人は私が退院するときに「ギーゼラ、お大事に」って声を掛けたらきっと憤慨するよ、って笑っていましたが、彼女はもちろん眠っていた(ふり?)ので黙って出てきました。
ponko310
2018年10月20日 22:12
ekさん
本当に入院中はいろいろな方と知り合えますね。
今回はたった2日半でしたが、一つの記事が書けるくらいの面白い体験でした。
でもひっきりなしに痛みを訴える方が同室にいたらたまりませんよ。
出されたお食事を投げ捨ててしまうのも困りますが、私の昼食のようによっぽどまずかったのかな。
お話を読むとその方は自分勝手で社会性の無いように思えますが、そんな方と心を通じ合ってメル友にまでなったekさんのお人柄に魅力を感じます。
やはりいつか一緒にマインルのコーヒーを飲まなくてはいけないですね。
Joku
2018年10月20日 23:43
Ponkoさん
1枚目の写真、ウィーンにもありそうな雰囲気ですね。
重病でもなく、無事に短期間で退院できて良かったです。が、私には自分で注射をする勇気は…
ところでPonkoさん。東京でもユリウスのコーヒーを飲めるのはご存じですか?ウィーンのラントマン青山店、カフェウィーン日本橋三越店。ウィーン少年の日本ツアーに合わせて旅行してみては如何でしょうか?
yuka
2018年10月21日 00:23
姐さま
姐さまの人生波乱万丈記、今回の入院編には驚きました。
しかし、無事にご退院とのことでホッとしています。
入院患者も十人十色、病気以外にもそれぞれに複雑な事情を抱えていて、病院というところは社会の縮図そのものですね。
またそのような環境や事情が病気の原因になったのかも知れません。
好奇心旺盛な姐さまのことですから、すでに何かしたくてウズウズされているかも知れませんが、しばらくはご無理をなさらずゆっくりとお身体の回復を待ってくださいね。
お大事に。
ponko310
2018年10月21日 01:55
Jokuさん
最近の病院は明るくて気持ちいいですね。
ウィーンの病院は行ったことが無いのですが、こんな感じなら世界中にあるのかもしれません。
そりゃ~、自分で注射を打つなんて、麻薬患者か重い糖尿病の方なら兎も角、怖いですよね。

東京でもマインルのコーヒーが飲めるとは気が付きませんでした。
ウィーンファンの方には良い情報ですね。
私はひたすらベルリンで飲みます。
ponko310
2018年10月21日 02:06
yukaさん
突然の病院のお話で驚かせてごめんなさい。
本当は胆石を取るつもりはなかったのですが、医者の言うように手遅れにならないうちに取ってしまった方が治りも早いと思ったので。
お蔭さまで退院翌日から普通に食事の支度に掛かれました。
今日はたこ焼きを作ったのですが、これをあのまずい食事の病院で作ってあげられたらなぁ、と思いながらいただきましたよ。
仰せの通り、今のところ何も予定が無いのでしばらくは大人しくしています。
ねぎ
2018年10月21日 23:05
胆石は、単に粉砕するだけではなく取ってしまった方がいい場合もあるのですね。本当に手術お疲れ様という言葉が正しいのか、とにかく回復されて本当に良かったです!

臓器を取られてしまうというのがどういう感覚なのか、術後「む?何かが腹の中で足りない気がする」とか、そういうのはあるのでしょうか?私のいとこが、三人目の子供を産むときに胎盤が癒着して子宮を全摘出したのですが、内臓が下がってくると言っていました(怖いよー)

不謹慎ですが伯母様の胆石の美しい事・・・幻の黄金のマリモとでもいいましょうか、見ようによっては琥珀のような。
それなのに伯母様の体の中で石になって苦労を掛けたとは憎いねという感じですね。

病院のお食事はやはりドイツと日本だと当たり前ですがメニューに違いがありますね。母の食札を見せてもらったことがあるのですが、日本は酢味噌和えみたいな和え物と麦飯、お味噌汁とか毎日そんな感じで。
私はドイツ式も大歓迎だな~なんて思いながら拝見しました。
もっとも私が抜歯で入院した時は、離乳食みたいな食事ばかりでしたが💦

伯母様お大事になさって下さいね。体を切ると体力が低下すると言います。お風邪などひかれませんように。
ponko310
2018年10月22日 00:04
ねぎちゃん
私の場合、胆石のせいでどこかが痛むと言う症状は全くありませんでした。
取ってしまった後もどこか足りないと言う気分ではないです。
ただ頑固な便秘がちだったのが何となく治って来た感じがします。
ポテチは食べていませんがとんかつも鳥の唐揚げもクリームケーキも食べてなんともありません。
ただ、傷口がまだつっていますけど。

いとこさんはなるたけ腹筋の運動をして内臓を支える筋肉を鍛えなくてはなりませんね。
お子さんが3人授かってからの事で良かったです。

抜歯で入院しているときに固いものを出されたらきついですよ。
流動食が無難でしたね。
お互いさま、歯を大切にしましょう。
ヤマチャン
2018年10月22日 23:09
胆石で入院されていたとはびっくりです。胆石は激痛を伴うものだと聞いてますから、その前に手術されてよかったですね。ただ全摘ですと、胆汁が出なくなるので脂っこい食事がつらくなるらしいのですが、ponkoさんの場合それもなかったとわかり安心しました。
 病院には、いろんな方がいますね。自分自身(出産やただの検査入院)や身内の入院中に、私もいろんな悲喜こもごもを経験しました。いずれにしても健康のありがたみをつくづく感じるところではありますね。
 誕生日の旅行が楽しいものになるように、しばらく養生してくださいね。
ponko310
2018年10月23日 01:38
ヤマチャンさん、ありがとう。
私も胆汁の事を気にしたのですが、肝臓などの他の臓器がその代わりを務めてくれるそうですから心配する必要は無いようですよ。
病院までの道が遠かったのですが、お蔭でベルリンの黄金の秋の風情を楽しんで来ました。
途中にキエフの合唱団が歌った教会も通り、思い出が再び蘇りました。
うふふ、私の誕生日は来年です。
11月に来るのは結婚記念日。
やはり嘆きの壁の前でその日を後悔して来ることになるかな。
Yuichann
2018年10月23日 21:08
ベルリンの黄金色の秋、素敵!
お元気そうで何よりです。来月、イスラエル旅行ですか?素敵な結婚記念日になりますね!どうか楽しんできて下さい!
ponko310
2018年10月23日 21:58
Yuichannさん ありがとう。
まさかイスラエルに行く事になるなんて夢にも思っていなかったのですが、下調べをしだすと結構面白いんですよ。
実は結婚10周年記念にイタリア船クルーズでイスラエルに行く予定でしたが、ちょうどパレスティナとの紛争が始まってしまって、船は突然ギリシャへとコースを変えなくてはならなくなりました。
その時行けなかったイスラエルは長い間プッ夫クンだけの希望でしたが、今になってこの旅行は私が好きになった聖歌隊が出来た原点の原点たるものの場所だと思い付きましたよ。
神やキリストや聖母のお話しがあそこから始まったのですからね。
これは見て来なくちゃ。
Yuichann
2018年10月24日 19:03
イスラエル旅行のお話を是非聞かせて下さい!
ブログ、楽しみに待っています。
気を付けて、行ってらっしゃ~いませ!
ponko310
2018年10月24日 23:09
どんなところなんでしょうね。
私のネガティヴな想像よりもずっと良いところでありますように。グーグルマップで見たら、景色など比べるとドイツにいた方がいいような気がするんですけれど、11月のベルリンよりもお天気が良いみたいですから、せめてビタミンDだけでも補って来ますね。
nene
2018年10月28日 06:59
日本では心無い言葉や態度を患者や家族にぶつける看護士が多いですが笑い多い入院になって精神的に落ち着けて良かったですね。Nachuntersuchungはないのですか?イスラエルに行く前にもう一度診察してもらった方が安心かなと心配してしまいます。
ponko310
2018年10月28日 19:04
病気で心細い心境の人に不躾な言葉を投げる失礼な看護士など許せんわ。
でも病で落ち込んでいる心にはそれに対抗できる力が無いのですよね。
病は気からと言いますが、病気になると気まで巻き込んでしまうのでしょう。
何につけても前向きに考える癖を付けていくようにしないとね。
旅行前の診察は考えましたが、体調に聞いてみると「そんなもの必要ないよ」ですって。
心配してくれてありがとう。
その気持ちがますますエネルギーになりました。
KAZU2205
2018年10月31日 19:05
ponko310様
ご無事に退院 良かったですね
何事も前向きに進んで行くponko310様 素敵です

それから
この場をお借りしてponko310様と皆様に 御礼を申し上げます
実は昔の少女雑誌から(67年組)ヨハン様の写真を入手できて
なんと現在のお姿も拝見できました
これは温かなponko310様と皆様に巡り合えたからできた事です
7upを手にした懐かしい写真を見つめたり
昔の面影たっぷりの笑顔を見ることができてとても幸せです

ponko310様 皆様 本当にありがとうございました
あまりコメント出来ませんがこれからも宜しくお願いします

ponko310
2018年10月31日 19:55
KAZU2205さん
嬉しいお知らせをありがとう。
少女時代に憧れて、懐かしく愛しく思う団員の当時の写真を手に入れた時の心の時めきはすごく伝わってきました。
7Upを手にした写真が見つかったようですね。
本当によかった。
ヨハンさんはお歳もそれほど召されていなく昔のようにスマートなままでしたか?
人気のあった少年でしたから、今でも秘かなファンは沢山いるのでしょうね。
彼はそれを知っているのかな。
あなたの事を伝えたい気持ちが湧いています。
ek
2018年10月31日 20:13
KAZU2205様
ヨハンさんに巡り会えて良かったですね!
お気持ちとってもよく解ります。
私もPonko さんやここに集う皆様のおかげで、大切な友の姿に逢わせて頂く事が出来ています。
懐かしさと、嬉しさとちょっぴり寂しさと複雑な感動をいただいています。
ゆっくりじっくり再会を楽しんでください!

Ponkoさん 本当にこのブログによって、若い頃の言い表せない淡い幸せを再び取り戻させていただいています。ありがとうございます!
ponko310
2018年10月31日 21:21
ekさん
ありがとう。
ますます元気が湧いて来ました。
私もekさんが乙女時代の思い出の記事を載せて下さった事に感謝しています。
なんせ当時の共産圏への旅行の体験は今ではもう味わえませんからね。
私もみんなが応援してくれるこのブログのお蔭で、懐かしい元団員達とささやかな交流が始まった訳ですから、お礼を言うのはこちらの方です。
これからも楽しく、愉快に、またはちょっとしんみりと、みんなとおしゃべりしていけますように------な~んちゃって、筆不精が始まっています。
ごめんね。
KAZU2205
2018年11月01日 11:25
ponko310様
温かいお言葉ありがとうございます
ヨハン様は 一歳年下のままで(笑)
写真からも、とてもスマートで、お洒落な印象でした
ponko310様がウィーンの街中で、元合唱団員を見つけられるのも納得です
上手く言えませんが どこかが?違いますよね

団体をフォローしましたが、やはりドイツ語が難しいです
実は、再来年の2月に仕事の資格試験があるので、、、
試験勉強の気分転換にドイツ語を学び続けます
気の長い話で笑われそうですが、御縁があればきっと逢える、
と思って頑張ります。
KAZU2205
2018年11月01日 11:45
ek様
一緒になって喜んでいただいて、本当に嬉しいです
同じ想いを抱いた方からのお言葉は何より心に響きます

この小さな星で今巡り合えたponko310様とek様そして皆様との御縁を大切にさせていただきたいと思っています。

ヨハン様の昔の写真は、ずっと眺めていられるのですが
最近のカメラ目線の写真には、恥ずかしくて照れてしまう
おチビなおばさんです(笑)
ponko310
2018年11月01日 19:06
正直に言うと、6月のウィーンで私が偶然見つけた元団員の若者たちは正装をしていて、礼拝堂の近くだったこともあって、本当の本当に当てずっぽうだったのですよ。
これがベルリンの街の中だったらエホバの証人かと思っただけかもしれません。
再来年の試験にはまだ時間がありますが、頑張って下さいね。
仕事をしているうちは気が張り詰めていて内心の若さが保てますねよ。
そのエネルギーでドイツ語をマスターして、きっとハンネスさんに会いに行ってください。
応援します。
KAZU2205
2018年11月02日 18:34
ponko310様
エホバの証人には、思わず笑わせていただきました。
いや笑いごとではないかもしれませんね
宗教が元で戦争になることもあるなんて、おかしいですネ!
(私自身は、ごく普通の仏教徒の家庭で育ちました)

「きっとハンネスさんに会いに行ってください。
応援します。」
の御言葉、何より心強く嬉しいです。
「はい きっとハンネスさんに会いに行きます」
そう ハンネスさん ハンネスさんなんですよね当たり前ですが、、、
私もponko310様を見習って、これからはハンネスさんと呼ばせていただきます  いいないいなぁハンネスさんって
それからponko310様と皆様も、、、ponko310さんとみなさんで、お許しくださいね
それと、、、もう一つ 時差のことですが
8時間の時差で、そちらは今午前10時くらいですね?
例えば、そちらの夜中にコメントさしあげるのは御迷惑でしょうか?
何かパソコンの設定によって、大きな音がするとか?
私自身は不規則な生活をしていますので、申し訳ありませんが教えていただけたら幸いです。

ますますハンネスさんファンのKAZUより
ponko310
2018年11月02日 20:39
ハンネスさんファンのKAZUさん
いいなぁ、ハンネスさんって---って、私にはすごくうれしい反応です。
人がそうやって喜んでいるのを知るのは楽しいですよね。
ハッピーエンドを期待していますから。
そうそう、時差の事ですが、思い出したことがあってまた笑ってしまいました。
バレンタインデーのメッセージカードを友人に送ったのですが、やはり時差の関係で彼の国では夜中の2時でした。私はてっきり彼が朝起きてから読むものと思っていたのですが、どうやら携帯のスイッチが切れていなかったらしくて、何やら全然わけのわからない言葉がすぐに返ってきたのです。これは失礼なことをしてしまったと思った私はすぐに謝罪しました。すると折り返し誤解だ、僕は寝ぼけて君の素敵なメッセージにカードも添えずに返事をしたのが恥ずかしい、とお返事があり、てんやわんやの問答の後、しばらくすると可愛い目の風船のようなデブデブハムスターの画像が送られてきました。バレンタインデーと何の関係があるのかわからないカードでしたが、こちらは大笑い。それからは時差と言う文字がその時の様子と結びついてしまいました。
大丈夫、私はコメントは一時保管にしてありますから時差とは関係ありません。
コメントを直接反映にしておくと、ロシアからのスパムまで載ることになりますからね。そんなものを公開したら謝って開いてしまうドジな読者に迷惑が掛かります。
ちなみにそんなことがあってから、不要なバレンタインデーのカードなど送らないことに決めました。
ハッピーエンドを迎えるためにも不規則な生活の方は健康に気を付けて下さいね。
そして、タヌキなどに邪魔されないように、寝るときは携帯の電源を絶対に切っておかねばなりませぬ。
ek
2018年11月07日 11:38
Ponko様
バレンタインカードの話 愉しく読みました。Ponkoさんはちゃんと季節のカードご友人に送られるのですね...。私はクリスマスとお誕生日位です。
時差の問題はいろいろありますね。
私がこちらから深夜に送ったメールには、すぐに返信くれた友人は、昼間に送るメールには全然返事をくれず...。それはあちらは夜中なんですから、パソコン開く迄は読まないってのは判るのですが、「届いてないよ」って言うんですよ~(泣)。きっと指無精(こんな言葉無い)なのか、とても忙しいのか、お邪魔虫と思い無視されているのか?そしたら、「沢山のメールの中から、君のメールは君みたいに小さくて見つけられなかった」だそうです。それは貴方は大きくご成長なさったんでしょうし、私は会った当時と変わらずおちびですけど...って苦笑いしました。

KAZUさん ハンネスって響き 素敵ですね。Ponkoさんにとっても懐かしい響きなのでは?
私には、ハンネスの前にヨを付けた響きはもう最高なんですけど(お邪魔虫の独り言でした。お許し下さい)
ponko310
2018年11月07日 20:04
私もカードは実際、誕生日とクリスマスだけです。
お友達へのバレンタインカードは初めの内だけで、今はもう不要になっています。
だってそんなものいらないくらいみんなはお互いに暖かいハートを持っていますから。
時差のメールも電話も困りますよね。
私はお手紙の時のように、友人のメールにもすぐにはお返事を書く事は滅多にないですね。
物体が無いものだからそのうち忘れちゃったりして。
ほんと、ハンネスって懐かしい名前です。
私はハネスって発音してましたけどね。
あなたはそれに対して一つ多くのヨハネスさんなのね。
トマーナコァの・・・・・。
凄く切なくて悲しい美しい思い出の。
センチメンタルな時期ですね。
ek
2018年11月07日 23:07
Ponko様
「そんなものいらないくらいみんなお互いに暖かいハートを持っていますから」
なんて素敵な言葉でしよう!
そんな素敵な方々に恵まれたPonkoさんはそれ以上の熱いハートをおもちなんだろうな~?って疑問文ではなく、確かにPonkoさんは熱いです。
私のような者さえ熱く受け止めてくださっていますもの。
ありがとうございます!
はい、私のハンネスさんはヨハネスさんです。
彼はのっぽさん(確か180cm以上だったような...)で、私と話す時には完全に身体を丸める位。
細くて風が強いと飛んじゃいそうで、街を案内してくれる時は真っ先に「疲れたよ~」って座り込み...そんな彼がよくぞバッハの大曲を歌い続けたものと尊敬いたしております。あっ、彼の話をしだしたらとまらないのでこの辺にしておきます。
ponko310
2018年11月08日 03:47
熱いハートを持った素敵な方々の中にはあなたも混じっていますからね。
ヨハネスさんのお話は止まらなかったら止めずに続けて下さいな。
私達オールドは、美しい歌を歌ってくれた団員とのロマンティックな思い出話に若さを復活させるのですから。
うふふ、うふふ。
panana
2018年11月11日 15:40
ponko様、入院されていたのですね!
キズはもう痛くないですか?大丈夫??
胆石って意外とキレイな色なのですね。
お腹を切らずに手術が出来ると回復が早いって言いますけれど、キズも小さいし出血も少なくて、良いことばかりなのかな?
でも手術室に入っていく時は不安になりそうですね。
私は出産時に帝王切開だったので、局部麻酔で切腹しましたよ。事前の説明事項が怖すぎて、手術室に入る時には『死ぬかも』って思いました。
とにかく、ponko様の手術が無事に済んで、良かったです。
病院の食事は美味しくないから、家に帰ったら美味しくて食べすぎないよう気を付けてくださいね(笑)。
こちらは少し前までは果物が色々美味しかったのですが、もう柿とミカンくらいかな。冬が近づいています。
ponko310
2018年11月11日 19:00
pananaさん
お久しぶりです。
私もあなたを訪問しなきゃ。
私はすっかり元気になりましたが、ポンポコタヌキで出たお腹が引っ込みません。
美味しい間食のし過ぎです。
pananaさん、局部麻酔で帝王切開は怖かったけれど、出産の痛みを免れましたね。
もちろん、切った後は自然分娩の時よりも面倒だったでしょう。
何はともあれ、お母さまは無事に赤ちゃんを立派なティーンに育て上げましたね。
こちらも柿とミカンが市場に出回って来ました。
両方とも南国からの輸入品です。
日本のあま~いミカンを思い出しました。