187 WSK-OdFのお部屋39/1960年以前 -

2019年1月17日 水曜日: イスラエルを脇に置いてやっぱり今年もこの題から始まっちゃた。

ここの記事はまだ編集の途中なのですが、今週の日曜日にホーフブルク宮廷礼拝堂のミサの実況放送があるので、みんな聞けるようにとりあえずリンクを貼って公開しておきます。
聞きそびれても収録が長い間残っているので心配はいりません。
シューベルトのミサ曲第2番で日本時間で午後6時からです。

https://religion.orf.at/radio/stories/2957934/

ミサが始まる前には元ウィーン少年合唱団員達のグレゴリア聖歌が歌われますからね。

これはほんわかと心が清められるような気分になります。

2019年1月20日:: さて、日曜日(ORFのプログラムの日付が間違って第二日曜日になっていますね⇒Jokuさんのコメントではカトリックのカレンダーでは間違っていないみたいです。ひゃぁ~、もう、めんどくさい。)のミサも聞き終わって一段落しましたが、このミサの実況を聞いている間、受信の場所を探す国内外の友人たちとのメッセージのやり取りに追われていました。
私の説明が足りなかったのがいけないのですが、今度またミサのライヴを聞くチャンスがあったら、まずリンクのページを開いて上の灰色の帯のRadioの文字を押すと新しいウィンドウが出ます。
https://radio.orf.at/
ここに出ているORF Regionalradioのチャンネル(私はブルゲンラントでした)のLive hörenを押すと実況放送になります。
すでに書いた通り、これからまだしばらくは最初のリンクを開いてaus Wienの字のアーカイブで今日のミサの放送を聞けますからね。
今日はマノロさんが団員と一緒にいたそうですからブルコアか、それとも他の隊との合同だったのかもしれませんね。
アーカイブになって聞けるようになっていますから、お楽しみあそばせ。

さて、今回は記事121
https://ponko3.at.webry.info/201506/article_1.html
みたいな映画のお話になりますが、オールドファンならきっとおしゃべりが出来ますよ。
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このレコードは私が日本から持ってきたものだけれど、何時どうやって買ったのか覚えていません。
買った時は気に留めていませんでしたが、ドイツ映画の『野ばら』を見てから、これはその時に写したチロルでの写真だと思っていました。
ちなみに、このレコードの曲の2曲がこの動画に入っています。
初めてこのレコードを掛けた時は、曲名を言う団員の声に大喜びでした。

さて、上のジャケットについては、この記事を編集している途中でひょんな事から、映画『野ばら』に出演していた当時の団員の方達と言葉を交わす幸運に恵まれました。
けれどその結果、このチロルの写真は残念なことに、その映画とは全く関係が無い事が分かってしまったのです。

と言いながら、さっきekさんからコメントを頂いて、ジャケットをようく見たら、あらまぁ、このレコードにはまったく別の曲が入っていました。
もう、期待外れな写真ばかりでなく、先に挙げた動画の曲までこのレコードに入っていなかったのですからね。
全く、なんて人騒がせで失礼なレコードなんでしょう 

と言っても、オールドファンの方ならこの二つのレコードはあの美しく輝く青春時代の日々の思い出に繋がるのですよね。
ちなみに上の曲はこのレコードに入っているものでした。
画像
私のはボロですが、これはekさんが持っているものと同じですね。
同じ指揮者の合唱ですが、ソロはこの3人によって歌われています。
画像
そしてこの中のヘルベルト君は1971年に私がアウガルテン宮殿を訪れた時にプレフェクトとして案内してくれた方です。
あ~ぁ、もし彼じゃなくて、ハネスが案内してくれていたら72年の再会は素敵だったのかもね~、ポワ~ン これ、読み返して笑った。
(記事102https://ponko3.at.webry.info/201501/article_6.html
それについてのおしゃべりは102でやりましょう~ 

さて、勘違いの責任逃れをレコードに押し付けてしまいましたが、最初のチロルの写真のレコードにはこの曲が納まっています
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ドリー君は映画「野ばら」のこの場面では「楽譜持ち」の役割です。
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わんぱくなヘルマン役のウーヴェ・タイマー君がトニー少年に最初の助太刀をしている場面です。
このトニーの歌声の本当の持ち主のハンズィー・クレス君は、映画の場面には出演していないのですって。
「青きドナウ」のトニー少年の歌声の団員は、一番最後の舞台場面でみんなと一緒に歌っているのに、此処のトニーの声の主は何処へ行った。
この美しい野ばらの歌はいつ聞いてもキュンと来てしまいます。
アルトのヴェルナー・クレン君が歌った時はつい心を惹かれたなぁ~。
ウェルナー君が同じ隊のフランツ・ティラー君と二重唱で歌っているヨハン大公のヨーデルのレコードは私も持っています。

さらにこの少年はmaaさんからのお知らせで、のちにテノール歌手になったことが判りました。
http://www.bach-cantatas.com/Bio/Krenn-Werner.htm?fbclid=IwAR2dWCydzsasXoN3hifg2HagHiAoPJJQ1exLL9Wm0paENl3-A-NdZJijCcg


「この中でたった一人歌えないやつと言ったら、ミハエル・アンデだけだったね」と口を挟んで来たのは、この映画では一番最後の場面にしか現れなかったギュンニー君(この方も氏です)で、演奏旅行に出る仲間を見送る少年達の一人でした。
画像
アメリカに演奏旅行に出かけるなら、アウガルテンの前から出発するのが自然なのに、何でベルベデーレ宮殿の後ろなんでしょうね。
まぁ、演出の為でしょうけれど、そこで何度も撮り直しがあったので監督と団長役のヘルビンガーの間でひと悶着起きていたそうです。

この物語のトニーはハンガリーから来て団員になっていますね。
当時のウィーン少年合唱団は殆どがウィーンのカトリック教徒だったけれど、今では生粋のウィーンっ子など団員の中に見つけるのは難しそうだね、と言うこのギュンニー君だって
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お母さまこそウィーンっ子だけれど、お父様がドイツ人なのよ。
この写真のように胸にワッペンの無かったころのウィーン少年合唱団の団員たちは大勢の応募者の中から厳しく選ばれたエリート少年ばかり。
日本映画の映画「いつか来た道」でオールド達が知っているマイヤー隊が1959年に来日したときは、ソプラノソリストだったギュンニー君は残念ながらすでに変声期を迎えて退団していました。
けれどホーフブルグ宮廷礼拝堂でのシューベルトの二つのミサ曲のソロを歌った事や、国立オペラ劇場で魔笛の3人の童子の一人だった事は新鮮に彼の団員時代の思い出に刻まれています。

今の合唱団にオペレッタが無くなってしまったのはコンサートに行くオールド達にとっても残念なことですが、舞台で歌ったドリー君も同じ意見なんですよ。
合唱団側は今の少年達が手を繋ぐのを嫌がると主張しているそうですが、それはナンセンスだと思います。少なくとも東洋ではオペレッタに拍手喝采でしょうし、僕たち団員達も歌劇を楽しんでいましたって。
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ドリー君のお父様は1925年ごろドイツから教会音楽をウィーンに学びに来ていましたが宮廷少年音楽隊総長のヨゼフ・シュニット神父に声を掛けられて、合唱団の再建のために最初のカペルマイスターの一人となった方でした。
当然の如く、ドリー君はウィーン少年合唱団員になるために生まれて来たみたいなものですね。
すでに7歳で入団して、10歳の時に正団員になったそうですが、両親はドイツに住んでいたので、4年間もずっと寄宿生活でずいぶんホームシックに掛かっていたようです。

maaさんのブログでこんな記事を見つけました。
これは私がまだブログを始めて間もないころの2013年の記事で、今初めて見つけてウハウハ喜んでいます。
http://pommier.cocolog-nifty.com/pointvirgule/2013/09/1954-0156.html

このトラック隊がNHKの招待で日本に来た最初のウィーン少年合唱団ですが、その時ドリー君は13歳でした。
彼らはプロペラ機で乗り継いで3日間も掛かって着いたそうですよ。
画像
このページを見つけましたが、日付は12月なんですね。
https://blog.goo.ne.jp/zenyam/e/e23c9a886841b31f6c89d7b67ad93ad5?fbclid=IwAR1gLSh0F9TqDxJTzRzfZhMkX1H1HR42CyLFFxAJKbGyDNxyZnmYyzaUVt8 
この記事を読むと合唱団に近づくのは当時から困難だったみたい。
彼らが来日した時の貴重なプログラムを友人から見せてもらいましたが、そのドリー君ともう一人のフランツ君の名前が載っていませんでした。
プログラムを印刷してしまった後に名前が送られて来るって言うことがあるみたいですね。
そう言えば、64年当時の少女雑誌に顔写真の無い来日組の名前が出ていましたが、その中のキムと言う名の少年がいませんでした。
来日の前に変声してしまったのでしょうかと、今更ながら、どんな年長の少年だったのか思いに馳せっています。

この写真は誰かの誕生日のケーキかと思いましたが、12月の演奏旅行なのでクリスマスケーキでした。
鳩山総理大臣官邸で祝われた模様です。
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おばシャン、機会を狙って余計なことしなくていいんだってば。

これはすでに前にも挙げたトラック隊のページですが、ドリー君と言葉を交わした後ではまた一段と見る目が違って来ました。
https://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/f1117c6fdd9b326a9a45b0aa7587d4eb

ウィーン少のこんな衣装のオペレッタを見ることはもう無いのかしら。
画像


最後にドイツ語の勉強のために野ばらを言語で見たい方の為にリンクを貼り付けておきますね。
https://gloria.tv/video/Q7zMSPjLbNRi1Ywk7HRBqP4ig?fbclid=IwAR3bAGQmuIfNa-jSFcnKDO59CZ1Cyd64rVY_XZiaNN4hfFHRUYMe3QmW1C4

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この記事へのコメント

ek
2019年01月18日 06:59
ヨハン大公のヨーデルが聴こえて来るような清清しいジャケット写真!
Ponkoさん ありがとうございます!
オールドもオールド。「野ばら」近日中に見直そうと思っていたところなんです。
シューベルトのミサ曲は柔らかい温かい気持ちになれます。
あ~スコラの一員で元気な彼が歌っていてくれたらな~。
ねぎ
2019年01月18日 16:06
聖歌などは言葉が通じなくても心に染み入るものがあります。
音楽にはそういう、国境を越えて理解できる部分が不思議とありますね。

おいしいケーキ…ケーキは買うものというイメージが強いですが、お菓子作りが得意な方は自分で作れるのですよねぇ…
私はそれっぽいものを焼いたことはありますが、なんだかやたら堅いものになってしまったり、過去にはパンも失敗してやたら酒臭い蒸しパンみたいになってしまったり。
お菓子はちょっと難しいです。
ponko310
2019年01月18日 18:09
ekさん
あのレコードのジャケットはもう、古くてかなり傷んでいますよ。
懐かしい「野ばら」を見ながらタイマー先生の団員時代を思い描いてみてくださいね。
ウィーン少のホームページにも、日曜のミサの実況の知らせが出ていました。
スコラからヴォルフィーさんの姿が無くなってしまったのは本当に悲しい事だと思います。
私の友人もいつまで祭壇の横で歌えるのか気がかりですが、それだからこそ日曜日には彼らの歌声をしっかりと聞いておきます。
それにしてもどの隊が歌うのかしら。
ponko310
2019年01月18日 18:10
ねぎちゃん
私も高校の頃、ケーキを焼いたらお尻ばかり黒くなって、中は半焼けだったのをペンフレンドのウサギちゃんに書いた覚えがあります。
今は質の良いオーブンがあるので殆ど失敗はありません。
でもクリスマスに5人の友人の為に焼いたシュトレは最後に掛けるお砂糖とブルガー(穀物)と間違えてとんでもない出来になりました。
とても美味しいのですが、あれは今でも無くならず歯触りを気にしながらまだ食べています。
そのうちにそれも鳥の餌になりそう。
ek
2019年01月18日 19:13
Ponkoさん
私が持っているこの曲集のレコードジャケットは全然違うのです。
こんなに素敵なKnabenではなくて、たった一人のkindが猫抱いているもの。あ~Ponkoさんのジャケットいいな~。ウィーン少年合唱団ぽくって。
ケーキは焦げるといけないから、待っていますが、ドラゴンさんはしばらくお待ちいただいて....駄目?
ponko310
2019年01月18日 21:38
ekさん
私のブログがいい加減ブログだってこと、またまた確信です。
実はekさんのコメントを読んで改めてジャケットの裏を見たら、曲目が全然違ってたわ~。
あなたの言うレコードはフィリップスね。
私のと同じジャケットなの。
これからまた編集し直しよ~。
ek
2019年01月19日 16:33
Ponko様
そう!そう!私のはこのkind!
お騒がせして、お手数かけてしまいました。
今は演奏会で、団員が曲目を言うのは普通のようですが、当時 初めてこのレコードを聞いた時 違う感動を受けました。私 単純なので、歌詞とは違う 言葉としてのドイツ語の発音にドキッとしたり、知らない曲を身近に感じてしまったり....。
勝手に話している団員を想像したりと少女時代の自分を思い出してしまいました。なんだか懐かしい。
ponko310
2019年01月19日 18:25
ekさん いえいえ、あなたの言うお騒がせは私が自ら作り出したものですから、こちらの方こそ失礼いたしました。 強いて言えば、そのお騒がせは楽しいものでした。 私も初めて聞いたレコードの少年の声に嬉しくて、いろいろな想像を働かせたものです。 アルトの少年の声になんだかすごく頼もしいリーダー格の団員を感じたんだわ。 64年組で言えばバウムガルトナー君のような。 私のミュルナー君の声はもうちょっと明るい感じを想像したの。 ブラームスの円舞曲はドイツ語で「青春よ、黄金の青春よ」って言う題を聞いたとき日本語の題と全然違うじゃないかってびっくりしたわ。 何も知らない幸せな時代だったな。 ウィーンの何に関しても新鮮に受け入れて有頂天になれた時期だった。
Joku
2019年01月20日 21:22
Ponkoさん
今年は公現祭にラジオの予定がなかったので諦めていましたが、まさかフランツ君のD.167を演奏するミサを中継するとは。福音書が「カナでの婚礼」だったのでどんなお説教かと期待しましたが、時間の関係か短かったです。それでも、フランツ君効果で全体的にとても良いミサでした。次回のウィーン行きの時はミサに参列しないと!
少年たちの合唱パートも上手く、ソロも素敵でした。誰だったのでしょうね?
ponko310
2019年01月21日 03:04
Jokuさん
ミサのライヴが聞けた方からのコメントが入って良かったです。
多分聞きそびれた人ばかりかな~、と思っているのですがね。
私は前もって他の動画でこのミサを何回か聞いておきましたから、ライヴを満喫しましたよ。
マノロさんがいたようですから、ブルコアと、多分他のクラスも混じっていたのかもしれません。
スコラのグレゴリア聖歌がまた素敵な歌声でしたね。
ソプラノソロの可憐な歌声は多分ナタン君じゃないかと友人の話です。
Jokuさんの次回のウィーン行きはいつかしらね。
Joku
2019年01月21日 04:07
今回もPonkoさんのブログのおかげで聴けました。感謝感激です。本当にスコラも素敵で聴き惚れてしまいました。
ウィーンには2月3日のミサに!フランツ君のEs-dur!
と言いたい所ですが、先月ライプツィヒでお友達に来年また来るからって口が滑ってしまい、旅行費が…ウィーンにもお友達を作らないと駄目ですね。
ラジオ中継の時にブルコアが歌っていたなんて、流石Ponkoさん。運命の繋を感じます。
Joku
2019年01月21日 04:16
昨年の中継も公現祭ではありませんでしたね。勘違いしてしまいました。
ponko310
2019年01月21日 05:45
Jokuさん
それでは来年のライピチヒが楽しみですね。
お友達も期待して待っていらっしゃることでしょう。
またバッハを聞きに行かれるのかな。
はい、本当はベルリンで感激したモーコアを期待していたのですよ。
でも、やはりブルコアとはどこかで繋がっているのかもしれませんね。
それにしても、ルカやウサギちゃん達の若い後輩がまた水準を戻してくれているのは嬉しいですね。
ウィーン少年合唱団は私の青春の世界一の憧れのままであって欲しいと願います。
強いて言えば、おちびちゃんたち、腕を後ろに組んでてくれないかなぁ~。
ek
2019年01月23日 10:18
Ponko様
憧れの原点が、こんなに身近に感じられる素晴らしいお話をありがとうございます。ただただあの乙女の夢の世界が、現実的に拡がって 見直した「野ばら」を再度見直してみたいと思います。
ここに掲載してくださった白黒の写真 WSK の長~い歴史を魅せてくれますね。幸せな事にその道の途中に私達も足を踏み入れられたのですね。
Ponkoさん、情報をくださったご友人にくれぐれもよろしくお伝えくださいませ。ありがとう!
Yuichann
2019年01月23日 17:38
ponkoさん
素敵な続を有難うございます。ドリー君はどの辺りにいるのですか?皆、腕を後ろに組んでいいですね!オールドの知っているウイーン少年合唱団!初来日のメンバーとお知り合いなんて素敵です。数年前にNHKがウイーンまで取材に行った番組に当時のカペルマイスターのインタビュー、元団員の方のインタビューもあり興奮して見ました。
ponko310
2019年01月23日 17:46
ekさん
是非あなたの日本語の野ばらを今一度ご覧ください。
それは私が初めて見た野ばらなんですから。
ドイツに来てからも何度もこの映画の再放送に出会っていますが、「青きドナウ」同様、やはり日本語の方が懐かしさを覚えます。
はい、ドリー君にもギュニー君にもお礼を言っておきますね。
ponko310
2019年01月23日 17:57
Yuichannさん
やっぱり、こういうお話は私達オールドに取って興味ありますよね。
仲間が現れて良かった。
映画の場面で教会でのドリー君は独唱しているウーヴェ君の左斜めにいます。
トニー少年が野ばらを歌う場面では、楽譜を手に持っているのがドリー君です。
数年前のNHKのインタビューのお話は誰からも聞いていないような気がしますが、どなただったのでしょうか。
Yuichann
2019年01月24日 13:42
Ponkoさん
録画を見てみますね!
ponko310
2019年01月24日 22:15
Yuichannさん
彼らも言っていますが、もう何人の仲間が去って行っただろうって。
私達ファンだって、この隊のコンサートを実際に見た方が何人健在なのでしょうね。
時の過ぎるのを感じます。
Yuichann
2019年01月25日 16:49
ponkoさん
2013年、NHKで放映したものです。インタビューに出て来た元団員は、ヘルベルト シュテパネクさんです。物凄い歓迎でビックリしたそうです。指揮者のトラック氏も当時の事を良く覚えているそうです。「野ばら」の映画に出演した少年たちなのですね。


ponko310
2019年01月25日 19:42
Yuichannさん
2013年にNHKでトラック隊の元団員が出たのですね。
初来日の頃はまだ日本ではウィーン少年合唱団など知られていなかったと思われますが、興味ありますね。
私が少年合唱団の広告を初めて見たのは近所のお風呂屋さんの脱衣所に貼ってあったパリ木の十字架少年合唱団でした。
まだ小学校の頃で、子供達の顔が蝋燭の明かりで下から照らされていてすごく怖かった印象が残っています。
まさかこの時、少年合唱団が好きになるなんて思ってもいませんでした。
トラック氏は1934年のお生まれですからもう85歳になられるのですね。
指導の指揮者としてその後も何度か来日されているみたいです。
Yuichann
2019年01月25日 21:05
Ponko さん
トラック氏もウイーン少年合唱団の出身、ウイーン少年合唱団の出身者が指揮者になっていることが結構ありましたよね。今はあまり聞きませんが…。
1955年当時の映像を見ると結構凄い歓迎ぶりです。教育テレビNHKの力かな?小学校で少年合唱団をつくった大田区の先生がいらっしゃいました。ウイーン少年合唱団って物凄いのですね!日本の音楽教育を変えたのですもの…。
初来日から64年、日本の小学生の合唱のレベルも上がりました。ウイーン少年合唱団のおかげです。
ponko310
2019年01月25日 23:01
Yuichannさん
ウィーン少年合唱団の出身者の指揮者は去年病気で亡くなった1971年生まれのラウル・ゲーリンガーさんが最後なのでしょうかね。私が日本にいた頃はビクター少年合唱団とフレーベル少年合唱団ぐらいしか覚えていませんよ~。

わっ、1955年の来日組の凄い歓迎ぶりを見られる映像なんてどこで見ることが出来るのですか?
知っていたら是非リンクを教えてください。
Yuichann
2019年01月26日 15:05
Ponko さん
その番組(30分)の録画を持っていますがどうやってponkoさんにお見せしようか?しばらくお待ちください。
当時、テレビでコンサートを(スタジオかな?)放映したみたいです。少しだけ当時の合唱が聴けます。
ゲーリンガーさんお亡くなりになったのですか。不治の病と聞いて心配していました。残念です。ご冥福をお祈り致します!
Ponko310
2019年01月26日 16:42
Yuichannさん
すごい、そんな古い動画をお持ちの方は滅多にいないと思いますよ。
コンピュータに取り込んでYoutubeにアップしてみたらいかがかしら。
限定公開にすればファンの方だけにお知らせすることができますよね。
きっとオールドのみんなも見たがると思います。
野ばらの少年達ですものね。
私も作日、元団員の方からトラック隊が日本に行った時のドイツのDVDを頂きましたが、コンピューターに取り込めない設定になっているものでした。
これはカメラで部分的に撮るしかないなと思っています。
ゲーリンガーさんはまだ若いのにお気の毒でした。
彼の治療の為にウィーン少年合唱団の仲間の間で沢山の寄付金が集められましたが、病気には勝つことが出来なかったのですね。
お亡くなりになった時は彼の作曲でホーフブルク宮廷礼拝堂でのミサがあったと知らせがありました。
個人的には知らない方でしたが、名前だけでも知っていた元ウィーン少年合唱団員が亡くなるのは悲しい事です。
Yuichann
2019年01月26日 17:29
Ponkoさん
その録画は2013年にNHKの番組「Songs」で放映されたのを録画したものです。私の書き方が悪くて御免なさい!見たオールドも居たのでしょう?当時(1955年)のテレビで放映されたコンサートの様子や彼等の移動している様子、羽田空港に到着した様子、奈良で鹿に餌をあげているところなどが少し映っています。あとは、シュテパネークさんカペルマイスターのトラックさんのインタビューです。その他は元ウイーン少年合唱団員と結婚した日本女性とご主人(来日はしていません)のインタビューや2013年来日のモーツアルトコアーの演奏などです。
えーponko さんのDVDの方が良いですよ!見たい!コンピューターに取り込めない?残念!
ponko310
2019年01月26日 18:32
Yuichannさん
あっ、その放送なら私の友人がDVDに録画して送ってくれたものと同じかもしれません。
ご両親が早くにお亡くなりになってしまった後、元団員のペンフレンドとご結婚なされて幸せな毎日を送っていらっしゃる日本女性の映像を見て、心がふんわりと浮いた気分になったのを覚えています。
maaさんがいらした時には、前に載せたムント隊の古い録画を一緒に見ることが出来ました。
今度はあなたと一緒に見たいでですね。
Joku
2019年01月27日 04:29
Ponkoさん
フランツ君のミサの告知から始まって懐かしの映画「野ばら」。久し振りに観ましたが、フランツ君のアヴェ・マリアの所は感動です。でも、単にフランツ君繋がりなだけでないのがPonkoさんブログ。
問題となった1000シリング札にはブルックナー。こんな細部でさりげなくブルコアを押してくるとは流石過ぎます。
ponko310
2019年01月27日 05:20
Jokuさん
久しぶりの野ばらは新鮮でしょう。
私は続いて「青きドナウ」も見てしまいました。
それにしてもJokuさんの鋭い頭の回転には若さを感じますよ。
私は1000シリングのブルックナーまでは考えが及びませんでしたからね。
Jokuさんに言われて1000シリングを調べてはぁ~、と感心しました。
こっちの方がお手上げです。
Joku
2019年01月27日 17:32
Ponkoさん
1000シリングのブルックナーは今回観ていて偶然気が付きました。
そうそう、今回ブログを読み直してORFの第2日曜日が気になったのでちょっと調べました(カトリックでないので)。
カトリックの典礼歴ではFest der Taufe des Herrn(主の洗礼)が年間第1主日として始まりますので、2. Sonntag im Jahreskreisは年間第2主日となります。面倒なのはFest der Taufe des Herrnが必ず日曜日とは限らない事です。昨年は1月7日月曜日でした。
私も「青きドナウ」を見ることにしますね。
maa
2019年01月27日 18:54
ponkoさま
今回の記事はモノクロームですね。オペレッタの写真はと優雅で愛らしくてウィーン情緒いっぱい。私はやっぱりアラビアンナイトみたいな衣装の「カリフの鵞鳥」よりウィーンらしさのある演目が好きです。

初来日のときのプログラムが手許にありますが、講演は12月22日から翌年2月6日まで26公演行われています。興味深いのは12月24日のクリスマス公演。この日にはプログラムA、B、Cという記載がないの。きっと伝統的なドイツオーストリアのクリスマスキャロルや教会音楽だったのではないかしら。
それからモーツァルト生誕250年でウィーン少を招いたそうですが、誕生日である1月27日にはNHK交響楽団との特別演奏会があったそうです。戴冠式ミサとレクイエムが演奏されたと、他の記録で読んだことがあります。ソロが誰だったかponkoさんのお友達は覚えているでしょうか?
日本で戴冠式ミサがウィーン少の演奏で聴かれたのは、たぶん1956年と1989年だけではないかしら?
一度は聴いてみたいです。できることなら今のモーコアでね。笑
ponko310
2019年01月27日 20:32
Jokuさん
カトリックのカレンダーってややこしい。
私もカトリックではないので上の記事の第2日曜日の事は全く知りませんでした。
注意書きを添えておきます。
私の青きドナウはドイツ語です。
Youtubeでは英語版で見られますよ。
でも日本語で見たい願いが一番強いのです。
ponko310
2019年01月27日 23:42
maaさん
55年トラック隊のプログラム、貴重です。
私はこの隊が冬に来ていたとは今まで全然知りませんでした。
プログラムの書いていない12月24日のコンサートは何処のホールで行われていたのでしょうね。
ドリー君に戴冠式のミサのソリストが誰だったか尋ねてみます。
もう半世紀も前の事、覚えているかしらね。
トラック隊だのマイヤー隊だのの古いお話から、ここで一気に若く新鮮なモーコアに飛んで、私も今の指揮者で彼らの歌声のミサが聞いてみたくなっています。
ek
2019年01月28日 10:15
Ponkoさん
ヴェルナー クレン君と言うのは、あの素敵なtenor歌手のWerner Krennさんの事ですか?
私 彼の歌声が大好きなんです。優しくって温かい歌声。残念ながら、テナー歌手の彼の声しか認識していないのですが。
彼はマルシャートさんと同じようにファゴット奏者でもあったのでは.....?
確かそんな事を我が友が書いて来た事があったような....。記憶違いだったら、ごめんなさい。
Yuichann
2019年01月28日 15:57
ponkoさん
わー凄い!色々な事が分かって来ました!ekさんが書かれたテノール歌手(アルトだった)Wernerさんだったら良いなあー。
戴冠ミサ良いね!モーコアも上手いしね!やっぱりウイーン少年合唱団ですね。
次はどんな事が書かれているかワクワクです!(楽しみ)

ponko310
2019年01月28日 19:01
ekさん
そうですよ~~~ん。
あのウェルナー君です。
ポテチを食べて漫画ばかり描いていた薄学のブログの主は全然知らない男性歌手でした。
成人したウェルナーさんの歌の動画を沢山見つけて聞いていたらコメントのお返事がこんなに遅くなりました。
さすが合唱団のメンバーだったekさんはいろいろな方を知っていられますね。
確かにファゴットの奏者で以前はウィーン交響楽団の団員だったと書いてありました、
こんなお話はヴォルフィーさんからすでに聞いていらしたんですね。
私達はこういう情報が手に入って、そのウィルナーさんの少年時代の歌声が野ばらで聞けるんですから、ちょっと鼻が高いかな。
役立たずの雑学でも楽しい話題です。
ponko310
2019年01月28日 19:20
Yuichannさん
あのウェルナー君があなたの思った方で良かったですね。
でも、何だか私達って指名手配の犯人を追いかける警察の捜索隊みたいだな。
よし、次は誰の番か。
ek
2019年01月28日 20:31
Ponko様
あ~やはり あの甘き歌声の彼だったんですね。彼に窓辺で歌っていただきたい。私溶けちゃうかも。
ウィーン交響楽団員さんだったとは....ますます....。
我が友の演奏するオーボエも甘く優しかったですが。
素敵な繋りのお話ありがとうございます!
maa
2019年01月28日 20:39
ponkoさま
ソリストの名前、聞いてくださってありがとう。
フリーデマン・ボネシュ君とウェルナー君、これこそ古いモラルト盤のソリストたち。2のソロが東京で演奏されていたとは、当時これを聴かれた日本人はなんて貴重な経験をしたのでしょう。

長く抱いてきたもやもやがスッキリ晴れました。レコードで聴くモラルトの指揮は音がやわらかで、テンポも幾分ゆったりしています。ドリーさんにお礼を伝えてください。

なお、クリスマスコンサートは日比谷公会堂。N響との共演は東京の産経ホールです。
zen
2019年01月28日 23:33
Ponko様
懐かしく拝見しています。お尋ねしますがヴェルナー・クレンさんは「野ばら」の中でウーヴェ・タイマーさんと「バスティアンとバスティエンヌ」の二重唱をされている方ですか? またYou Tubeの動画でカール・べーム指揮でウィーン少年合唱団によるシューベルトのミサ曲第6番をペーター・シュライヤーと共にテノールとして歌っている方でしょうか?Schubert: Misa No.6 / Böhm Wiener Hofmusikkapelle 【with Japanese subtitles】 (1976 Movie) - You Tube
ponko310
2019年01月29日 01:13
ekさん
窓辺で歌うなんて、何だかロミオとジュリエットの歌劇みたい。
でも溶けて上からベロッっと落ちて来たら怖い。
溶けても上に留まっていてください。
あ~、私って、白ける~。
ponko310
2019年01月29日 03:16
maaさん
ドリーさんが覚えてくれていて良かったです。
あの頃のウィーン少年合唱団はまだ知られていなかったでしょうに、Yuichannさんの言うようにものすごい歓迎ぶりだったみたいですね。
あの頃は男の子の高い声でコンサートが出来るなんて考えられなかったのじゃないかしら・・・・と、複雑な気分です。
プログラムの無いクリスマスコンサートで何を歌ったのかドリーさんは覚えているかな。
それにしても、レコードの方が良いと言う方、けっこう多いんですよね。
ponko310
2019年01月29日 03:22
zenさん
おっしゃる通り、野ばらもホーフブルクもここの話題のウェルナー君の事です。
こんな処で彼が話題にのぼるなんて楽しいですね。
彼は団員時代沢山のソロをレコードで歌っていたみたいです。
調べたら結構あるのかもね。
zen
2019年01月30日 12:54
ponko様
教えていただきありがとうございます。ウェルナー・クレンさんが映画「野ばら」の中で歌う「ヨハン大公のヨーデル」には心が癒される気がします。それにしても団員の方たちの自然な演技力は素晴らしいですね。
モラルト指揮によるモーツアルトのミサ曲K275とK317「戴冠式」の復刻盤CDを偶然持っていました。
初来日した団員の中にいた、タイマーさんとクレンさんが主要キャストとして出演していたことが分かると
「野ばら」がより親しみやすい作品に感じられました。
ek
2019年01月30日 14:49
Ponkoさんのご友人達のおかげで、消えかけた乙女の頃の情熱の炎の残り火にまたもや火がつき、寒い冬を乗り切る温かさをいただいています。「野ばら」は昔むか~し 学校から戻った時間の私達や、夕食の支度前の主婦の憩いの時間に放送されていた「洋画劇場」と言う番組で(タイトルは、定かではありません)、同じ映画を何度も繰り返し放送された作品の一つでした。
夢見るような場面に興奮し、歌声に魅了され、すっかりウィーン少年合唱団の名前が脳裏に焼き付きました(まだ白黒画面ですが)。その映画の中の団員の一人にお熱を上げて....。そして、次に映画館で見た「青きドナウ」。色鮮やかなウィーンの天使達。そして、64年組の来日。ステージ上の天使さん。
夢見る夢子はこうしてウィーンの深き淵に溺れていったのです。
今は思い出という深き淵より、何度もPonkoさんのブログに助けられています。この深き淵はどろどろのどこかの沼のようではないことを申し添えます。様々な思い出が甦り、歳のせいで動きの鈍くなった身も心をも ほんわりと夢の国へといざなってくれています。何歳若返えられたかしら?ありがとうございます!
ponko310
2019年01月30日 20:09
zenさん
彼らの演技力は私達もコンサートで演じられた歌劇で見ていましたね。
おじさんの格好をした団員が甲高い声でセリフを言う時はいつも笑いをこらえました。
今でも当時の歌劇がYoutubeで見られるのは嬉しいですね。
ponko310
2019年01月30日 20:38
ekさん
此処で歳を取るのは私だけで良いですからね。
ekさんはいつまでも乙女でいてください。
私は餓鬼大将で、父は西部劇以外の洋画は見ない人でしたから、私がウィーン少年合唱団を知ったのは青きドナウの映画が初めての出会いでした。
その後見た「野ばら」ではウェルナー君、「朗らかに鐘は鳴る」と「青きドナウ」ではヨゼフ君、64年組ではペーター君と私がホの字になる少年にはどこかに共通する点、ありますよね。
あら、すっかりミーハーになってますね。
でも、こういうのって楽しいんですよね~。
ekさん、このままで行きましょうや。
1964-1967
2019年01月31日 00:16
私の大好きな時代のお話なのでまたまた出てきてしまいました!
第一回の来日の映像は、NHKの「二十世紀の名演奏」とかいう番組で見たことがあります。yuichann 様が仰る「songs」と同じものでしょうか? あと当時の写真の乗った雑誌のようなものもあって雪の日光や、バスだったか列車だったかで沢山の少女たちに囲まれている所などが載っていたと思います。あのケーキを切っている所は、私も「おばさん、そこまでしなくたってケーキくらい切れるから」って思いました。
トラック先生は確か1900年代に「ウィーン男声合唱団」の指揮者として来日されていて、コンサートに行きました。あと、1957年録音の「バスティアンとバスティエンヌ」でクレンさんは魔法使いを歌っていらっしゃいますが、来日時もそうだったと聴いていますが。あの演奏私は大好きで、60年代にレコードで買った物を大事にしていますが、後年CD化されたのでそれも買ってしまいました。モラルト指揮の「戴冠ミサ」も大好きです。昔話は本当に楽しいですね。 
ponko310
2019年01月31日 08:50
1964-1967さん
おしゃべりにいらしてくださってありがとう。
いつでも楽しみにしています。
そのNHKの番組は一体いつ放送されたのでしょうかね。
でもそれが放送された時は私は絶対にウィーン少年合唱団なんか知らないときでしたよ。
ファンになりたての頃、そんな番組を見たらきっと心臓が破裂していたでしょうからね。
ヴィキにはトラック先生はコルス・ヴィネンシスを設立して、日本にも演奏旅行に行っていると書いてあります。
1964-1967さんが行ったコンサートは、きっとそれだったのでしょうね。
凄いなぁ~。
グロスマンの指揮で1975年録音のバスティアンとバスティエンヌのYouTubeがありますが、クレン君が歌っているのですか?
他の二人の名前は判りますか?
1964-1967
2019年01月31日 17:51
イエイエ Ponko さん、放送自体はそれほど昔ではないのです。90年代位だったかな~?すみませんちょっと忘れました。最近本当になんでも忘れてしまうので・・・若いころのトラック先生ってハンサムですよね。
1975 年録音のバスティアンとバスティエンヌですか、その you tube 紹介していただけますか?   
ponko310
2019年01月31日 21:04
1964-1967さん
90年代ならやはり私はドイツに来ていたのでその番組は見れませんでしたね。
でも2013年のSongsの放送なら私も持っています。
ご希望のYouTubeのリンクは残念ながらコメント欄に載せるとスパムとしてひっかっかてしまうのですよ。
でも、そのレコードのジャケットはバスティアンとバスティエンヌが影絵のような写真ではないですか?
リンデンベルグが指揮をしていて2004年にCDになって出ています。
もしそうでしたら次の記事にリンクを載せます。
でも、ソリストの名前が載っていないので、クレン君以外の二人の名前を教えてもらえたら嬉しいです。
maa
2019年01月31日 22:48
1964-1967さま
ponkoさま
思い出しました。50年代後期の録音のバスティアンとバスティエンヌで、コラの役は確かにウェルナー君の声ですね。太い声でびっくりした記憶があります。
ソプラノはその時代の録音でよく聞かれるちょっと可愛い感じの歌声です。名前は書かれていませんが、そのソプラノの声の主も知りたくなりました。モーツァルトの小曲もソロで歌っています。
レコード棚を見たら、モラルトのミサ・ブレビスK275もありました。ソロはウェルナー君とフランツ・ティラー君の名前が記載されていました。てことは、これも来日トラック隊です。
話がつきませんね。笑
ponko310
2019年01月31日 23:31
maaさん
私も最初のクレン君のセリフの声を聞いてびっくりした部類です。
でも少年らしい声でぞくぞくするわ。
次の記事で絶対に載せなくちゃ。
フランツ・ティラー君はソプラノの一人だと思うけれど、もう一人のバスティアン役はフリーデマン・ヴォネシュ君かしらね。
ドリーさん、知ってるかしら。
どんどん知りたいことが出て来るのよね。
1964-1967
2019年02月01日 00:25
多分「songs」も「20世紀の名演奏」も内容は同じではないかと思うのです。だって、来日時の映像がそんなに何種類もあるとは思えませんもの。多少編集したかもしれませんが。
Ponko 様、リンデンベルグ指揮で後にCD化されたものなら、そうです、その録音です。maa 様もおっしゃるとおりコラはウェルナーさんです。ほかの二人の名前も聞いたのですが、わすれてしまって・・・それで今友達に聞いているところです。わかったらすぐお知らせしますね。私は、バスティエンヌ役の子の声が好きです。少々早口で。 
突然ですが、シュテパネックさんてどなたでしたっけ? 聞いた事があるお名前ですがそれ以上思い出せなくて。
ponko310
2019年02月01日 01:04
1964-1967さん
あ、バスティアンとバスティエンヌはやっぱりそれでよかったのですね。
クレン君のコラは判りましたが、あとの二人がどなたなのか知りたいところです。
どうかあなたのお友達が知っていてくれますように。
その方もひょっとしてその頃の団員の方だったりして。
うわぁ~、ちょっとドキドキです。
シュテパネックさんですって?
う~ん、どこでその名前が出て来たのかしら。
64年から72年組の名前はまだ覚えていますが、似たような名前でシルハネックは知っていますけれど、私も記憶はどんどん薄れつつあります。
そんな名前をこのブログで綴ったっけ?
一夜付の記事が多いのでちょっと自信が無くなってきました。
質問が質問なので今はお答えすることが出来ませんが、思い出したらお知らせしますね。
ponko310
2019年02月01日 01:12
わかりました。
ヘルベルト・シュテパネックさんはYuichannさんのコメントに出て来たトラック隊の元団員ですよ。
2013年のSongでインタビューされた方でした。
あ~、これで肩の荷が下りた気がします。
ヤマチャン
2019年02月01日 20:31
 わー!どんどんひろがっていくponkoさんのネットワーク。とうとう55年組のメンバーにまでたどり着いてしまったのですね。
すごい~!
 そして知りたくてたまらなかった「ヨハン大公のヨーデル」のソリストも判明!「野ばら」の歌声に似てると思ってたけどやはりそうだったんですね。
 キュウバッヒャー隊のメンバーまで現れている。この隊の歌声は最も好きな歌声です~!私の持っているレコードと同じだけど、残念ながら少年たちのアナウンスの声はカットされています。ソリストが判ってうれしいです。「野ばら」「聞け聞けひばり」「流浪の民」「アルファベットの歌」妖精の歌」そしてここで紹介されている「ブラームスのワルツ」どれも擦り切れるほど聞きほれた歌声です。やっぱり55年の録音だったのですね。同じレコードで63年録音もあるのですが、指揮者が、ラング、フロシャウワー、グロッスマンで55年なのか63年なのかは判別できないのです。シューベルトの「のばら」「ます」モーツァルトの「ハレルヤ」はフロシャウワー、「聖しこの夜」はラング、このソリストたち判らないでしょうか?ponkoさんそしてフロシャウワー氏とコンタクトのある方、尋ねてもらえませんか?長年の望みです。知りたいと思っているオールドファンの方はたくさんいらっしゃると思います。

ponko310
2019年02月01日 22:43
ヤマチャンさん
知りたかったソリストの名前がわかっただけでなく、その少年の姿まで動画で見られるなんて嬉しいったらないですよね。
ドリーさんはキューバッハ隊でしたが、日本公演の時だけトラック隊になったそうです。
残念ですが、先日私が知りあったのはキューバッハ隊とトラック隊とマイヤー隊の元団員で、それ以降はムント隊とタイマー隊とアングルベルガー隊で終わっています。
フロシャウワー隊では「こと終わりぬ」がペーター・マルシャート君でしたよね。
他のソロは誰が歌っているのか私にもはっきりわかりません。
フロシャウワー隊だとしたら、いつかそれも判る時が来ることを願っています。
64年に来日する前に変声してしまったソリスト達も何人かいますからね。
フロシャウワー先生、63年のレコーディングの事、覚えていらっしゃるかしらね。
1964-1967
2019年02月04日 01:05
Ponko 様 
これ問題なく貼れますか? 50年代のレコードがいっぱい出ていて、中にはソリストの名前がしっかり書いてあるのもあります。Ponko 様のおっしゃった影絵のようなジャケットのバスティアンとバスティエンヌも出ていますし、モラルト指揮の「戴冠式ミサ」もソリストの名前と共に出ていますよ。
http://www.ne.jp/asahi/zero/wind/sl_wsk10inch.html
ponko310
2019年02月04日 04:10
1964-1967さん
あら、すてき。
リンクを開いたら沢山のレコードが出てきました。
嬉しかったのは日本語でした。
これはみんなにも助かりますね。
ありがとう、これからじっくりと見てみます。
ヤマチャン
2019年02月04日 14:00
1964-1967様
 こののブログ、以前から知ってましたけど、灯台元暗しでした。ウィーン少年合唱団のところは迂闊にもあまり見てませんでした。本当に古い録音のソリストが書いてありますね。教えてくれてありがとうございます。でも原語で描いてあるものは、曲名がわからないものもある。残念!私もponkoさんのように勉強しとけばよかったです。
 NHKの「20世紀の名演奏」全部録画してあるのですけど、これも迂闊なことにまだ一部しか見てなかったので、ウィーン少年合唱団はまだ見てないです。ひょっとして55年組があるかもと思ってはいたのですけど、やっっぱり放送されたのですね。さっそく捜してみます。
ヤマチャン
2019年02月04日 18:11
ponko様
 私の持っているレコードはベスト盤で、「こと終わりぬ」は入ってません。なのでマルシャートさんのその歌声は知らないです。以前貼り付けてあった「ヨハネの受難曲」でマルシャートさんの歌声は聞くことはできましたけど・・・。ponkoさんやek
さんのようなオリジナル盤うらやましいですね。つくづく自分は生まれてくるのが遅かったと思います。5~6年早く生まれてたらなあと残念です。でも今、リアルタイム組のみなさんとこうしておしゃべりできるのですから、それでだけでも良しとするしかありませんね。
1964-1967
2019年02月04日 23:47
Ponko 様
気に入っていただけて良かったです。題名など原語で分らないところがあったら助けて頂けると嬉しいです。
ヤマチャン様
「20世紀の名演奏」の録画を全部お持ちとはすごいです。うらやましい! 55年組は何夜目だったか忘れましたが、多分前のほうではなかったでしょうか。どうかご覧になってみてください。
ヤマチャン様がおっしゃるシューベルトの「野ばら」「鱒」「アレルヤ」は、多分ですが私の持っているベスト盤に入っているものと同じではないかと思います。録音は50年代ではないでしょうか? 私も「野ばら」と「鱒」のソリストを知りたいとずうっと思っていました。どなたか知っていらっしゃるといいですね。「アレルヤ」は古い方の録音(何という大雑把な言い方でしょう!)ならフェルディナンド・ヤンコヴィッチさんだと思います。双子のソリストで2人だけの録音のレコードが今回のサイトにも出ています。知りたいことが沢山でてきますね。楽しい!
ponko310
2019年02月05日 02:58
ヤマチャンさん、1964-1967さん
さて、私はそもそも歌声を聞いて楽しむだけの人間ですので、レコードで誰が歌っているかはあまり考えていませんでした。
ただ偶然に声の主が判れば嬉しい方です。
でも、此処でお二人が交わす情報はきっと他のファンの方にもとても興味があると思いますよ。
レコードの曲名は直訳でお伝えできるかもしれませんが、日本の題がどうなっているのか判らない事もあります。
私達、次の話題もこの続きをしましょうよ。
Yuichann
2019年02月05日 12:29
ponkoさん、1964-1967さん、ヤマチャンさん素敵な情報を有難うございます!レコードは殆ど処分してしまい残念。今の合唱団のコンサートで購入したCDの中に当時の録音がありました。(私が勝手に信じています)双子のソリストが居たなんて初めて知りました。CDを聴く楽しみが増えました!ponkoさんのブログ最高です!ワクワク~ウフフ(๑・̑◡・̑๑)
ponko310
2019年02月05日 18:41
Yuichannさん
ワクワク~ウフフが嬉しいです。
私のブログって、此処に来るコメントの方が面白いのよね。
きゃぁ~、昨日から記事186に67年組のコンサートの歌声だけが入ってますよ。
オペレッタの歌声も聞けます。
こういうの見つけてくれたら此処に教えてくれてもいいのにね。
それともあれを見た人は此処に来るオールド達とは関係ないのかもね。
新しいCDの当時の録音は何ですか?
その双子の団員の歌声?
youtubeにもあるので次のに載せるわね。
zen
2019年02月06日 12:38
ponko様
youtubeに20世紀の名演奏 第5夜「不滅の名唱」がアップされています。14分22秒頃、初来日時の映像が出てきます。クリスマスパーティーで紙切り芸を楽しんでいる様子や、アヴェ・ヴェルム・コルプスを歌っているところなどです。
youtube.com/watch?v=zJE-pexvypA

ponko310
2019年02月06日 22:05
zenさん
凄い、凄い。
よくこんな映像を見つけてくださいました。
私が頂いたトラック隊のDVDは録画が良くないのですが、本当はこんなに綺麗に映っているんですね。
まずはzenさんにお礼を言って、このリンクはこれからゆっくりと楽しみます。
ウィーンだけでなく、クラシックの名演奏家が沢山出て来そうで興味いっぱいです。
良く見つけて下さり、此処に知らせて下さってありがとう。
オールドのみんなにもきっと嬉しい知らせです。
次の記事には映像が悪くとも初来日のトラック隊の歌声を載せてみたいと思っています。
maa
2019年02月07日 21:08
ponkoさま
楽しい展開、これからも楽しみです。
1964ー1967さんのご指定のサイトは私も随分参考にしてきました。管理人のHさんは古い録音だけでなく、amazonで新作CDにもレビューを書かれています。

ヤンコビッチュ兄弟のレコードは私も好きです。1964-1967さんの仰る通りこのレコードのアレルヤはフェルディナントさんですね。
63年頃のアレルヤ録音はフェルディナント・シルハネクさんと聞いております。
ebay.com/itm/Ferdinand-Ernst-Jankowitsch-Boy-Soprano-Boy-Alto-Wiener-Sangerknaben-1956-CD-/233117818536?oid=232874012607

ちなみにフェルディナント・ヤンコビッチュさんの息子さんアンドレアスさんも合唱団員でした。70年代のアメリカ公演のYT映像です。
youtube.com/watch?v=CY6Iy0Pk6Kk
ponko310
2019年02月07日 22:52
maaさん
70年代のコンサートの映像のリンクをありがとう。
さすが大歌手の息子さん、余裕を持って歌っていますね。
もしかして声帯も遺伝するのかなぁ~。
私はシルハネクさんの歌うアレルヤが大大大すき。
57年前の青きドナウの野ばらの歌声に参ってしまったからに~。
1964-1967
2019年02月07日 23:45
zen 様
これです、又みることが出来てとっても嬉しいです。有難うございました。

maa 様
ヤンヴィッチュさんのアレルヤは1964年の「来日記念盤」というベスト盤にはいっていて当時あこがれていた歌声でした。バカな私は、来日中のあの組が歌っているものとばかり思い込んで聴いていましたが、後年その盤は皆50年代の録音と知りました。その時「アレルヤ」はヤンコヴィッチュさんという凄く上手なソリストが歌ったものだということも知りました。 maa 様の仰る通り1963年録音のものはシルハネックさんです。(こちらと比べてヤンコヴィッチュさんのものを、「古いほうの録音」といったのです)この方は「青きドナウ」の「声の主」で教会でのミサや、最後のコンサートの場面でお顔が見られます。また、ヤンコヴィッチュさんの息子さん達はミヒャエルさん、maa 様ご指摘のアンドレアスさん共に元合唱団員で、ミヒャエルさんはカレーラスかどなたかと合唱団が共演したレコードでソロを歌っていらっしゃいます。「大人になった」ヤンコヴィッチュさんは1989年の「戴冠ミサ」に参加されていますし、ティーレマン指揮だったかの、やはり「戴冠ミサ」のDVDでもお目にかかれます。フェルディナンドさんはテノール、エルンストさんはバスです。
ついでと言っては何ですが、「ワンダーフォーゲルの歌」に入っている、「帰郷」と「さらば!いとしの故郷」、「エルンスト und ハイター」に入っている「かっこう」で、ひたすら「かっこう、かっこう」と歌っている人、これらのソリストの事が知りたいので、ご存知に方教えて頂けると嬉しいです。
1964-1967
2019年02月08日 00:38
Ponko 様
さっきのコメントに書き忘れました、度々すみません。
you-tube のリンクって貼っても無事に届きますか?
ponko310
2019年02月08日 04:02
1964-1967さん
大丈夫ですよ~。
YouTubeのリンクを張っても反映されます。
1989年にはウィーン少年合唱団と一緒にコルス・ヴィネンシスも来日してたんですよね。
そこには67年組のオブランスキーさんもいたんですってね。
今頃になっていろいろなことを教えてもらっています。
maa
2019年02月08日 20:29
1964-1967さま
「ワンダーフォーゲルの歌」で「さらば、いとしの故郷」は、「Nun ade du mein lieb'Heimatland」のことですね。私もソリストを知りたいです。最後のほうでade~ade♪と名残惜しそうに歌っているのが好きでした。
私は「夕べの歌」が生涯に及ぶ思い出の盤で、「お星さまいくつ」のソリストをponkoさんのお友達にも聞いてもらいましたが、残念ながらわかりませんでした。
カッコウは、忘れていたので先ほど聴いてみましたが、確かにカッコウと歌い続けていますね。シンプルですがハーモニーがきれい。「Tabakraucher」煙草のみの歌も、3人の歌声が気になります。このレコードはフロシャウアー先生が全体にアレンジされているようですね。50年代後期のフロシャウアー隊が歌っていたのかしら?

ヤンコビッチュさんには息子さんが2人いらしたのですね。アンドレアスさんが成人後に歌う姿はYouTubeで拝見したことがあります。以前はインタビュー動画もありましたね。(今もあるのかな)歌唱力は遺伝すると思いますよ。シャーリング君のお父さんも、ウィーンの森の団員だったんですよね。今のシューコアのバレンティンは確か親子3代の団員です。
ponkoさん、どうしましょう? 次の記事を早く書かないと、この記事のコメント欄は延々と終わらないような気がする。笑
ponko310
2019年02月09日 00:31
そうなのよ、maaさん
本文よりもコメントの方が面白くってね。
私には知らなかった色んな情報が入って来て、記事なんて書いていられないんだわ。
でも、まぁ、編集はしてます。
キッチンで美味しいものを作るのにも時間を取られているし、途中でもいいから明日公開するか~。
1964-1967
2019年02月11日 00:48
次の記事が出ているのにしつこく延ばしていてごめんなさいね。

Ponko 様 maa 様、ワンダーフォーゲルの歌の録音が1958年とでていました。その中で前に書いたものと同様好きな一曲がyou-tube でみつかりました。当時の録音です。嬉しかったので聴いていただきたくて書いてしまいました。景色がとってもきれいな映像です。
Ponko 様、大体でいいのですが歌詞の意味を教えていただけますか? お忙しいのにすみません、お時間のある時でけっこうです。URL は、念のため分けてお送りします。
1964-1967
2019年02月11日 00:54
残念、スパムに引っかかって送れませんでした、どうしましょう?!
ponko310
2019年02月11日 01:02
1964-1967さん
やはりリンクが入るとだめでしたか。
なんだろう、上手く行く時と行かない時とあるなんてね。
その録音はぜひ聞いてみたいと思います。
良かったらメッセージとして送ってみてくれませんか?
1964-1967
2019年02月11日 01:52
drunten im unterland という題名です。
韓国の方の投稿のようです。
youtube.com/watch?v=QvQmiYGg-Ll
ponko310
2019年02月11日 03:28
1964-1967さん
あら、今度はちゃんと反映されましたね。
でも、リンクを開けたら『動画を再生できません」と出てしまいました。
ドイツ名の歌を調べたら、これは小学校の時に習った歌でした。
確か「あね、いもと~」という言葉から始まったんじゃないかな。
懐かしい動揺ですね。
ウィーン少の歌声で聞いてみたいです。
ponko310
2019年02月11日 03:53
1964-1967さん
その歌の歌詞は大体がこうです。
低地を下るあそこの低地は素晴らしい狩場だ。
そこでは自由に狩りが出来る。
狩りは私の喜びだ。
 
綺麗な乙女がやって来た。
彼女ははとても美しく、綺麗な羽の着いた小さな帽子を被っていた。
僕は彼女を家に送って行く。

あれ、ちょっとまってください。
この歌詞には二つ種類がありますよ。
どっちかしら。
Drunten im Unterland, ei da ist es wunderschön,
Da ist die Jägerei, da ist das Schiessen frei,
Da möchte ich Oberjäger sein, Schiessen ist meine Freud!
こっちのほうかな。
maa
2019年02月11日 10:27
ponkoさま
これで検索すると出てきました。

옹달샘 - Drunten im Unterland 빈 소년합창단
1964-1967
2019年02月11日 14:09
Ponko 様
再生出来ないなんてどうしたのでしょう、すごく残念です。
歌詞は動くのが早いのでほんの一部しか写せませんでした。
一番の出だしが、Drnten im Unterland, da ist's halt fein
二番の出だしが、Drunten im Nkckartal, da ist's halt gut
です。 その他には、高地寒いけれど低地は温かいとか言っています。狩は出てきません。
こんなので解かりますか?
ponko310
2019年02月11日 20:08
maaさん ありがとう。
見つけました。
きっとこの動画だと思います。
歌詞の内容も全然違っていましたよ。
動画の下に歌詞が書いてありますから、グーグルで翻訳すれば意味が解りますね。
ひゃ~、助かった。
ドイツ語はシュワーベン地方の方言で良く判らないけれど、「1あそこの下の平地は素敵だよ。高地にはスノーベリーが成り、低地にはブドウが成る。 2あそこの下のネッカーの谷は良いよ。・・・・・この部分は上手く理解できませんが、低地の人は良い気質だとでもいう意味でしょうね。
3高知は寒いが低地のそこは暖かい。高知の人は裕福だが心根は穏やかでない。感じよく見えないし、親しくもならないだろう。4けれどそこの低地はみんな貧しい。けれど愉快で自由で誠実な愛を持っている。だから低地のそこは暖かいこころがある。
ぜ~んぜん直訳になってしまっているけれど、大体こんな意味でした。
1964-1967
2019年02月11日 23:04
maa 様、助け舟を出してくださって有難うございました。 
Ponko 様、訳してくださって有難うございます、大体わかってスッキリしました。お忙しいのにすみませんでした。
1964-1967
2019年03月16日 13:46
Ponko 様
こちらでは間もなく各地で桜の開花が予想されていますがそちらはまだ寒いですか?ヨーロッパもこの冬は暖かかったとニュースでききました。さて、大変遅くなってしまいましたがファン友さん達の協力でお約束だったバスティアンとバスティエンヌの配役がわかりました。私が風邪をひいていたりで、書き込むのがさらに遅くなったことも申し訳ありませんでした。
バスティアンは、フリーデマン・ヴオネッシュさん(コンサートではソプラノのソリストの位置にいらしゃる背の高い方です)、バスティエンヌは、ヘルベルト・シュテパネックさんでした。
なんとソースはトラック教授とのこと、嬉しかったです。
これでお約束が果たせて安心しました。

ponko310
2019年03月16日 19:42
1964-1967さん
お体はもうすっかり良くなりましたか?
私のブロ友さん達の何人かもひどい風邪にやられたそうです。
ドイツはまだ寒くて暖房が入っています。
私の方は188の記事からブログをさぼっていますが、ブロ友さんから声を掛けられる度に嬉しくなってまた編集のページを開くのです。
コンサートの動画ではフリーデマン君はウーヴェ・タイマー君の横にいますね。
シュテパニック君はソプラノ前列の一番左にいる少年です。
彼が日本のテレビでのインタビューに応じた当時の団員だったのですね。
何だか、知らない団員達とはいえ、私達オールドにはやはり年が近いせいか、身近に感じてしまう人たちです。
1964-1967
2019年03月19日 00:46
シュテパネックさんの位置を教えていただいてありがとうございます。どの少年か知りたかったものですから。
それから、コメントの更新が出てもしばらく内容が反映されないことが時々あるのですが、私のパソコンに問題があるのでしょうか?
ponko310
2019年03月19日 02:48
1964-1967さん
コメントがすぐに反映されないのは、私にもわかりませんが、記事が反映するのにも時間が掛かることがあります。
調べると「設定や更新が反映されない場合は、キャッシュ(古い情報)を表示している可能性があります。」と出ていました。
ますます意味が解らなくなりました。
それから、コメントを書いてもすぐに反映されないのは、私が時間が無くて保留してままになっているからです。
来るコメントはなるたけお返事と一緒に更新したいのでそうしています。
Yuichann
2019年03月19日 10:43
シュテパネックさんの歌声が聴けるのですか?聴きたいです。
テレビでも少年合唱団時代ソロを任せられた事を話していらっしゃいました。
ponko310
2019年03月19日 21:08
Yuichannさん
シュテパネックさんはドリー君と同じクラスでしたから、記事188に彼らのコンサートの動画が載っています。
この時のトラック隊がオペレッタをやらなかったのが残念ですよね。
NHKはコンサートの録画を撮らなかったのかしら。
Yuichann
2019年03月20日 08:58
Ponkoさん
NHK「SONGS 」は録画して有りますが、ブログに有る映像は録画していません。知らなかったので残念です!NHKにはコンサートの録画がもっと有るのかな?
ponko310
2019年03月20日 18:41
Yuichannさん
私がアップしたのはドイツで放送されたNHKの番組でした。
だからドイツ語になっています。
これと同じ番組はNHKに保管されていると思いますよ。
日本語で見たいものです。
Yuichann
2019年03月20日 23:35
Ponko さん
「エー」そうなんですか!そう言えばドイツ語みたいでした。何故日本語でないのかな?と不思議でした。NHKなのに?
でも面白いですね。ドイツのテレビ局?オーストリアのテレビかな。初の日本公演、取材班が同行したのでしょうか?
日本語でみたいですね。しつこくNHKに聞こう!
1964-1967
2019年03月20日 23:40
Yuichann さんがお持ちの録画みてみたいですね。シュテパネックさんのインタビューや、バスティエンヌ以外にもソロを歌っていらっしゃったのなら是非聴きたいです。
Yuichann
2019年03月21日 20:14
1964-1967さん 私の持っている録画はNHKで2013年に放映した「songs 」です。シュテパネックさんのインタビューはありますが、残念ながらソロはありません。
初来日のコンサートの様子の映像がNHK に残っているのではないでしょうか?
1964-1967
2019年03月29日 01:33
Yuichann 様
NHK のアーカイブにでも問い合わせれば回答してくれるのでしょうか。とりあえず分かっているシュテパネックさんのソロは、もう聴かれたかと思いますが、上に書きましたように1957 年録音の「バスティアンとバスティエンヌ」でのバスティエンヌ役です。やっぱり私はインタビューがみたいです。あのかわいらしい歌声が好きです。
Yuichann
2019年03月29日 22:44
1964-1967さん
NHKのアーカイブスで検索したら当時のテレビ番組表が出て来ました。5回位テレビでコンサートの模様を放映したみたいです。NHKにお願いして当時の映像を見せてもらいたいですね!
Ponko さん、今年は日本とオーストリアの友好条約が結ばれた150年なのでウイーンでも今日、明日とお祝いの行事があるようです。知り合いが参加しているようです。
150周年を記念して、第一回ウイーン少年合唱団の演奏会 の模様を放映してくれる様、NHKにお願いしてみましょう?
1964-1967
2019年03月29日 23:42
シュテパネックさんのその後の消息の一部がありました。ウィーン少年合唱団の学校の校長先生をされた時期があったようです。下から13行目に書かれています。
1964-1967
2019年03月31日 00:09
あれれ、URL が無い!カットされたのかそれとも私が貼り忘れたのか・・・失礼しました(笑)
念のために検索できるようにもしておきますね。
Schulen der Wiener Saengerknaben historisches bis-heute です 。

http://www.wsk-schule.at/historisches/bis-heute/
ponko310
2019年03月31日 01:04
1964-1967さん
リンクを付け加えてくれてありがとう。
シュテパネックさんの事、これでどうなっていたのかわかりました。
Yuichann
2019年03月31日 11:59
ありがとうございます😊
正確では有りませんが、私なりに理解が出来ました。NHKのインタビューにピッタリの人物を合唱団側が紹介してくれたのかなぁって思います!
1964-1967
2019年04月08日 22:45
Yuichann 様
もしかしたらPonko 様が書かれていたかもしれません、重複していたらごめんなさい。 これがバスティアン・ゔォネッシュさん、バスティエンヌ・シュテパネックさん、コラ・クレンさんで演じられた1957年の録音です。

URLだけ別に送ります。
1964-1967
2019年04月08日 22:55
残念、メッセージにしてもなぜか送れませんでした。you-tube に Bastien und Bastienne で出ていますのでよかったら検索してください。動画はついていません。
yuichann
2019年04月10日 18:17
1964-1967様
ありがとうございます!早速調べてみます。
ponko様
本当に凄い!貴重な情報が盛りだくさんですね。情報を元に調べる楽しみが増えました!昔のWSKの写真にも興味が有ります。
ponko310
2019年04月10日 18:36
yuichannさん
現役団員達の写真はネットに溢れているので探せばたくさん見つかられますが、こんなに昔だと滅多にありませんからね。
何か見たいものがあったら元団員さんにお願いしなくてはならないかもしれませんけれど、カメラを持っていた子がどのくらいいたのでしょうね。
yuichann
2019年04月10日 22:54
Ponko さん
NHKの短編映画「ウイーンの子どもたち」(1955年?)ブログに一部載っていた映像を最初から見てみたいと思いました。ドイツ語で説明していたものです。(字幕スーパーが出ていた)ドイツで放映されたのはいつ頃ですか?
ponko310
2019年04月10日 23:27
yuichannさん
それは1955年にトラック隊が来日した時のドキュメントフィルムの事ですか?
ドイツ語の題は「日本でのウィーン少年合唱団」ですけれど、ドイツでの放映は1956年になっていました。
NHKの制作したものをドイツで流したのでしょうね。
ヤマチャン
2020年02月15日 23:22
 前のコメントで偉そうなこと書きましたけど、コロナウイルスには正直まいってます。実は梅見物に、京都に行こうとしてたのですが、さすがに実行しかねてます。
体力維持に努めて、かかっても重症化しないようにしなければ。日本では、もう広がり始めてると考えた方がよさそうですものね。
ponkoさんは骨折されたのは災難でしたが、かえって外出しないことが、文字通り怪我の巧妙になりましたね。でも早く回復するといいですね。。
 ひさびさにこの記事を読んで気晴らしになりました。キューバッハ隊の歌声は大好きで、71年にponkoさんが会ったプレフェクトがあの素晴らしい歌声の持ち主だったなんて!
 ちょっとお尋ねしたいのですがこのレコードの中に「さすらい人の夜の歌」入ってますか?昔ラジオで聞いた歌声がキューバッハ隊によく似てたのです。ソプラノソロも「流浪の民」や「妖精の歌」の歌声と同じだと思ったものですから。よろしくお願いします。
ponko310
2020年02月16日 01:10
ヤマチャンさん
残念ながらこのレコードにはあの素敵な「さすらいの人の夜の歌」は入っていません。
私もあの歌声には身も心も空中に流れています。

京都の桜見物は今年は我慢した方が無難かもしれませんよ。
何だか日毎のニュースでコロナウィールスが広まりつつあるのが怖いです。
オールドのブロ友さん達はよっぽど気を付けてもらわないと!!
ヤマチャン
2020年02月16日 13:33
 違いましたか。でもどちらも素晴らしい歌声です。50年代から60年代前半のWSKは本当に素晴らしいです。

  ponkoさんご実家のほうも心配だとおもいます。でも健康な方なら重症化の心配はないようです。初期症状の特徴として強い倦怠感があるそうなので、その症状が出た時に無理をしないようにして、早めに安静にすることが大事かなと思ってます。
 ここに集う方たちがどうか無事にこの状況をやり過ごすことができますように!
ponko310
2020年02月16日 17:59
maaさん
ありがとう!!
正にこの歌です。
レコードでは持っていないのでこのYouTubeで聞いていました。
学生の時、友人とそれぞれ交換しながら聞こうと別々のレコードを買って、この曲が友人の買ったレコードに入っていて悔しかった。もう一つあのキュンキュンの、芸術家の生涯も私のレコードに入っていなかったぁ~。
しかし今は持っていますぞ。
ponko310
2020年02月16日 18:29
ヤマチャンさん
日本でもコロナが幅を効かして来ているようなニュースを読んで心配しています。
1月にこの感染症が判った時に、中国からの観光客をすべてシャットダウン出来たらよかったのにね。
カンボジアに入港したウエステルダム号に感染者がいたのですね。
乗船者のツイッターを追っていたのですが、更新されていません。
全世界から早くコロナが消滅しますように。

私も早期のウィーン少の歌声には心の底から魅了されています。
でも来日した72年組と64年組は特に贔屓しちゃってるんですよね。
水準が高かっただっただけでなくつながりのある人が歌っている隊に惹かれてしまう。
なんか現役の団員達のコンサートを追って聞くファンの気持ちに繋がっているかな。


ヤマチャン
2020年02月17日 17:19
maa様 ponko様の言う通りこれです!maa様のブログでさんざん取り上げていたアルバムに入ってたのですね。指揮者はグロスマンだったのですね。ラジオからエアチェックして聞きほれてました。シューベルトの「夜」もこのレコードに入ってるのですか?
ryo
2020年02月18日 01:04
ponko様
今頃、この長い帯の下にくっついていいですか?昨年、ekさんが「野ばら」を、小学生の時に何回も見たと書かれていたと思います。私も、毎日見ていました。「テレビ名画座」という番組でした。61年頃、NHKで「みんなのうた」の放送が始まりました。最初の毎月の歌は「おお牧場はみどり」でしたが、次の毎月の歌は「歌声ひびけば」でした。♪歌声ひびけば心おどる、さあ行こうよ~と、毎日聴いていました。思えば、当時の「みんなのうた」は、世界の歌をたくさん教えてくれました。「ヨハン大公のヨーデル」も「谷間をゆけば」も。ツィラータールです。”drunten im Unterland”も「モルゲンローテ」という題名で放送されました。WSKにつながる歌の数々を教えてくれた昔の「みんなのうた」はなつかしいです。
ヤマチャン様が探されていたmaa様が見つけられた「さすらい人の夜の歌」でないとすれば、Philipsの「ウィーン少年合唱団はうたう」の中に入っている(オムニバスですが)「さすらいの歌」ではないでしょうか?でも、この歌はウルバネックと書いてあるのですが。レコードは、ロベルト・キューバッハ、ヘルムート・フロシャウアーとなっています。
drunten im Unterlandのように、原題と日本語の題名が違う場合が多いので厄介ですよね?
ponko310
2020年02月18日 03:39
ryoさん
何処でもいつでも書き込んでください。
コメントはいくら多くても数に制限が無いみたいです。
「おお牧場はみどり」は中学校の時に、モルゲンローテは高校の時に習った記憶があります。
みんなの歌で「ヨハン大公」も「歌声響けば」も知りませんでしたが、「歌声ひびけば」は映画の野ばらで知って当時「ビクター少年合唱団」の歌っているレコードを買っています。
今見たら、パリ木の古いレコードも一枚持っていました。
ウルバネックさんはキューバッハさんより以前の指揮者でしたね。
さすらいの歌ってどんなだったっけ?
ヤマチャン
2020年02月18日 14:55
ryo様 わざわざ調べてくださってありがとうございます。maa様のでしたけど、キューバッハ隊のレコードとなると興味をそそられます。
透明感のある声で、緩急やメリハリがしっかりした生き生きした表現に惹かれるんです。ryoさんもmaaさんやponkoさん、1964-1967さんに負けない知識をおもちですね。お知り合いになれて、うれしいです。
 ponko様 ドリーさんとは、今でもコンタクトを取ってるのですか?この「さすらい人の夜の歌」レコーディングしたか聞いてもらえませんか?
それとライニーさんはソロのレコードはあるのでしょうか?卒業後にあのシルハネックさんとホーフブルグで歌ったくらいのボーイアルトだったわけですから、素晴らしい声の持ち主だったに違いありません。
ponko310
2020年02月18日 20:24
ヤマチャンさん
パリ木の古い動画やマルクDM君の歌声を聞いたせいで、彼らのコンサートhttps://www.youtube.com/watch?v=kB-0c5xPe4QをYouTubeで見つけたら、野ばらをたどたどしいドイツ語で歌っているソリストがいて嬉しくなりましたが、フランスの少年達の歌うフランス語は一番きれいに聞こえます。
へぇ~、アルトの団員達がまさに14~5歳の本当に変声中の声をしていますね~。
これきっと、昔のウィーン少だったら歌わせないのではないかと思いました。
それにまぁ、韓国の観客の何と生きの良い事。
嬉しかったのは彼らが客席に降りて来たと思ったら72年組の歌ったexsultate justi (ludovico da viadana)を披露してくれた事(72年組の歌声の方を優先するけれど)。
ま、それはさておき、キューバッハ隊は1952から1956年までの指揮者でしたけれど、トラック隊のドリー君がその歌を録音したか聞いてみます。
「私は君より歳を取っているのでネットをあまりやらない」そうで、メッセージをすぐに見てくれるかどうかわかりませんけれど、お返事は期待せずに気長に待っていてください。
ライニーさんのソロは残念ながら録音されていないんですって。
私も彼のアルトをとても聞きたかったんですけれど、残っている彼の団員時代の声は聖劇の短い文句だけです。
はて、彼が変声後にまた自分の制服を戻されて仲間の一人と教会で歌った事は聞いて覚えていますが、ホーフブルクではなく、そのかたわれはシルハネックさんじゃなかったと記憶していますが・・・・。
だんだん記憶力が弱くなって何処に書いたか忘れましたぁ。

2020年2月19日追記
ヤマチャンさんが記事190で見つけてくらました。
maa
2020年02月18日 20:44
ponkoさま
みなさま

また賑わっていますね。さすらい人の夜の歌は誰が歌っているのでしょうね。フロシャウアー隊かフルトモーザー隊だったらいいなと思っています。あのレコードには、シャーリング君が日本公演でヨーデルをやった「夜おそく」という曲も入っているので、フロシャウアー先生の昔のクラスかも。⇐ 妄想
ライニーさんのソロは私も気になっていますよ。どこかのレコードで歌っていませんか?
ヤマチャンさま、シューベルトの「夜」はこのレコードには入っていません。キューバッハのほうにありますね。なんか声の響きが鈴の音のように響く感じが二つのコーラスに共通ですね。
ponko310
2020年02月18日 21:38
maaさん
このレコードは1958年に録音されていると言う事ですから、その頃の指揮者はフロシャウワー、ランク、マイヤー、ちょうどトラックから引き継がれてフルトモーザー。
グロスマンの指導と言えど、隊はフロシャウワー隊かもしれませんね。
ウィーン少年合唱団のソプラノは『鈴の声』が正解。
昔の鈴は特に上等に響いたなぁ~。
ryo
2020年02月19日 01:43
ponko様
maa様
ヤマチャン様

ヤマチャン様 とととととんでもないです。声よりルックスに振り回され、美しい声を聴いても聴き分けられず、64年組は別格として、この声が好き、この歌が好きとWSKを愛し続けてウン十年です。「野ばら」でWSKを知り、「青きドナウ」でミハエル・アンデやヴィンセント・ウィンターでなく、ショーン・スカリーが団員のイメージとして出来上がりました。邪道でしょ?
でも、まちがっていることや知らないことは、ponkoさんやmaa様や1964-1967様が訂正してくれ、教えてくれるので、事実を知ることができてほんとに良かったと思っています。

maa様
私の[Abentlieder]は、[Wanderlieder]とで1枚のLPなので、「夜遅く」は入っていませんが、「さすらい人の夜の歌」とWanderlieder側に「さすらいの歌」が入っています。この盤には学校で習った歌がいくつか入っているので、団員たちの歌声が私には優しく感じられます。

ponko様
少女フレンドの創刊号、なんと!学校で配られたのですよ。少フとの縁はそこでできて、以来、お世話になり続けます。パリ木も少フで知りました。「きよしこの夜」は英語、ドイツ語、フランス語で歌うのですが、フランス語は私にはしっくりしません。でも、フランスの「プチパパノエル」や「シャントンノエル」などは、パリ木の独壇場です。ponkoさんのパリ木のレコードに収録されてますか?
ponko310
2020年02月19日 03:38
ヤマチャンさん
ドリー君は合唱団に入って約3年の間ロビー・キュビーの隊だったそうです。
あ、キューバッハ隊です。
ヤッホー!!
そしてそのレコードの旅人の夜の歌の合唱にも加わっていましたって。
ソリストは多分ノルベルト・ローゼ二ヒ君かもって。
私は高校の時、おこづかいが少なかったのでまずキューバッハの指揮では野ばらと流浪の民のシングル盤しか買えませんでした。
その流浪の民でもノルベルト君が歌っています。
ponko310
2020年02月19日 04:30
ryoさん
正直言って、私だってウィーン少年合唱団員達の美しいルックスに魅了されて青きドナウに夢中になったのですからね。
音楽やレコードの知識に関することは私を外してください。
わたしゃ自分の脳波にぴったりと合うメロディーに遭遇すればそれですべてが満足な単細胞なだけです。
え~~~っ、少女フレンドが學校で配られたなんて、なんと凄い!!
そんな本を持っていたら我々の学校なんて罰を下された!!
この差の違いはもう、不公平だ!!
私の持っているパリ木のレコードはシングル盤でヨハネ受難曲のフィナーレ、きよしこの夜、キリストは苦しみ受け、我が肉は我が食物なり、が入っています。
フェルナン・マイエー神父指揮ですって。
ヤマチャン
2020年02月19日 23:25
ponko様
 わお~!!ponkoさん!そのパリ木のレコード、57年来日時の日本録音盤ですよ。幻の来日記念盤をお持ちとは!!!いつでもいいから、ブログに載せてください。お願いします。  
 それから、さっそくドリーさんに聞いてくださってありがとうございます。ponkoさんのブログに、彼が来日直前にキューバッハ隊から移ったって書いてありましたよ。そして思った通りドリーさんたちが歌っていたことが分かり、うれしいです。ソリストまで判明してもう天にも昇る気持ちです。
ponko310
2020年02月20日 07:12
ヤマチャンさん
へ~、そのパリ木のレコードはそんなに珍しかったのですか。
では、記事155にパリ木の記事が有りますから、表紙にそのレコードの写真を張り付けることにします。
https://ponko3.at.webry.info/201701/article_1.html
ジャケットの中を見たら、昔のファン友がくれた71年来日組の団員達の写真が入っていましたよ。
ヤマチャン
2020年02月20日 19:51
 ジャケット写真ありがとうございました。これを見ると国内録音にしては、日本語少ないような気もしますが、でも57年来日の際にこの内容の録音をしたという記事を、どこかで読んだんです。図々しいお願いですが、少しでいいので、音も聞かせてもらえませんか?
今ponkoさんは手が不自由でしょうから、治ってからで構いません。なんだかお願いばかりで恐縮ですがお願いします。
ponko310
2020年02月20日 23:38
ヤマチャンさん
蓄音機でレコードを掛けながら、デジカメで音を録音するしか手段がありませんでしたが、「お風呂屋さんのパリ木」に動画を貼り付けておきました。
お聞きになってみて下さ~い。
音声の保証はしませ~ん。
ryo
2020年02月21日 00:12
ponko様
少女フレンドは創刊号だったから。配るから持って帰って見なさいという感じでした。ちなみに男子は少年マガジンが配られました。
ponkoさん、私がパリ木を全く知らなかった頃の貴重なレコードです。1枚だけ持っているというパリ木のレコードがこれですか?マイエー神父は私にとっては伝説です。レコードのジャケットの古さがマイエー神父の時代であることを象徴していますね?
ジャケットの画像のところの記事に、オーベルンキルヘン少女合唱団のことが書いてありました。おさげ髪の天使と言われてましたね?懐かしいです。私は少年の声と明らかに違う少女の声はあまり好きではないのですが、ドイツの少女合唱団は押しなべて少年の声に近い気がします。WSKの影響で、来日した時には、子どもの歌番組に出演していました。指揮者のメラーさん作曲の「ゆかいに歩けば」はまだ教科書に出ていると思います。「元気に笑え」「ひかる小道」などこれらもNHKの「みんなのうた」で覚えました。
ponko310
2020年02月21日 03:43
ryoさん
少女フレンドも少年マガジンも、なんとも鷹揚な校長先生だったのですね。
羨ましい~。
パリ木もオーベルンも見たのはテレビでだけでした。
ただひたすらウィーン少年合唱団中心でしたからね。
先ほど、50年ぶりにこのたった1枚持っているレコードを聞く羽目になりましたが、きよしこの夜以外、知らない宗教曲で今聞いても単細胞の私には難しい。
昔はこんな曲を歌っていたのですよね。
オーベルンキルヘンの事は他の記事でも書いていますけれど、も少年マガジンも、なんとも鷹揚な校長先生だったのですね。
羨ましい~。
パリ木もオーベルンキルヘンも見たのはテレビでだけでした。
ただひたすらウィーン少年合唱団中心でしたからね。
先ほど、50年ぶりにこのたった1枚持っているレコードを聞く羽目になりましたが、きよしこの夜以外、知らない宗教曲で今聞いても単細胞の私には難しい。
昔はこんな曲を歌っていたのですよね。
オーベルンキルヘンの事は他の記事でも書いていますけれど、どこだったか?
ヤマチャン
2020年02月22日 23:20
 ponkoさんもう音をアップしてくれて、本当に恐縮です。画面が揺れていて痛かっただろうにありがとうございます。しかも全曲入れてくださるとは…。
おまけもうれしかった。71年組が映ってます。左端の青年はひょっとするとセルジュさんかもしれません。71年組にはいなかったけど…。
 おっしゃる通りこの頃のパリ木は地味で、日本側もよくこんな地味なレコードを売り出したものだと思います。当時のレコード会社の人たちが採算度外視で、パリ木の本領を大切に選曲したのだと思います。
 ほんとうにありがとうございました。
ponko310
2020年02月22日 23:34
ヤマチャンさん
一人でも本気で喜んでくださる方がいて、このレコードも嬉しいでしょう。
私にはもったいない持ち物でした。
今、役に立って良かった。