190 春ですからね

今年は我が街に雪が殆ど降らないまま冬が終わりました。
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でも、エミリーがまだ小さかった頃にはこんなに沢山の雪が積もった年があったのですよ。
冬の厳しいヨーロッパも次第に暖冬になりつつあるのかしら。
ナスやオクラが庭で栽培できるようになればいいなぁ。

これは今年の2月27日の晴れた日に撮ったベランダの植木鉢。
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たまにこんなに暖かそうな日がありましたが、4月になってから急に本格的な春になりました。
寒がりなタヌキンが、庭仕事に精を出し始めたので、ブログは当分の間お休みになりそうです。

と言うものの、庭仕事の強行軍で、なまった体が筋肉痛を喰らってどこもかしこも痛くてたまらんのじゃ。
指は筋肉痛を免れた。
それに太陽が照っている間は暖かくて気持ちが良いのに、雲が現れて太陽を隠したとたんにグッと肌寒くなるのはこちら特有の気温。
それでも庭仕事が面白くて止められん。
池のカエルもハネムーンの最中で、可愛いイモリちゃんたちもガールハントに忙しい。

去年ウィーンに持って行った野イチゴはちゃんと手入れが行き届いて、すでに3月25日には花を咲かせている写真が届きました。
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でも我が家のは、今ようやく蕾を付け出したところです。
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なんだか葉っぱの色もウィーンの方が力強そうね。
そうそう、この野イチゴはオーストリアのバドガシュタインで採って来たものなのです。
ナイダー隊のウサギちゃんが演奏旅行先から送ってくれた絵葉書の一枚がバドガシュタインでした。
流れる滝が街の真ん中にある素敵な静養地で、71年の旅行では絶対にそこに行ってみる予定でしたが、同行の友人がウィーンで病に倒れてしまい、行けず仕舞のままに帰国した夢の観光地でした。
ドイツに来てからすっかり忘れていましたが、このブログを書き始めて、亡くなった友人の話になると急にそれを思い出して、ついにサンクトヨハンポンガウでの休暇の時に行って来たのですよ。
昔は栄えた観光地でしたが、私達が行った時はいくつかのホテルが閉められていて、何となく寂れた印象を受けました。
それでも、またもう一度ゆっくりと滝の音の聞こえるあの坂を登りたい気分に浸り出しています。

野イチゴに蕾が付いたところで、もう一つの嬉しい事は、去年スウェーデンで買って来たピヨーネがこんなに立派に冬を越してくれました。
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花をつけだすのはまだずっと先の事だけれど、去年のピヨーネと比べたら大したもんじゃ。
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それから1964-1967さん、記事141のコメントが2016年の7月30日から先が読めないそうですが、PCに詳しくないので解決方法がわかりません。
何人かの友人たちに聞いてみましたが、その方達にはちゃんと読めるようになっているそうです。
でも、せっかくのコメントが読めないのは残念ですから、此処にコピーを載せますね。
ついでに話題になった写真も載せておきます。
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Ponko 様
ちょっと失礼して、こちらに載っているゼキルンの集合写真でmaa さんにコメントをさせていただきたいのですが、悪しからず宜しくお願いします。
maa 様
オフェンベックさんは、タウチュニッヒ団長の左前で、眼鏡の人の右側の金髪の少年です。前の人の頭で顔が半分隠れているので見づらいかもしれません。それよりも、もっとはっきり写っているものが、レコードのジャケットにあります。確かクリスマスソングの入ったSPだったと思います。前はネットで見られたのですが、今は探したのですが見つかりませんでした。あったら又お知らせしますね。
1964-1967
2019/03/31 23:45

ponkoさま 1964-1967さま
お邪魔します。ponkoさんの知らない団員さんでバッハを歌っていたソリスト君がいます。オッフェンベックさんというの。そのかたを教えていただくため、ponkoさんの記事にのそのそやってきています。教えて頂いたのはゼキルンの集合写真なのですが、しばし記憶を煮詰めて「どこかで見た」と思ったわけです。
どこだと思いますか?それはこの記事の中のユーロビジョン動画です。ドナウを歌うboysの中ほどにいる背の高い子が、オッフェンベックさんではあるまいか?
maa
2019/04/01 19:07
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1964-1967さん、maaさん
私の寝ている間にそちらのブログで面白そうなおしゃべりがあって、会話の続きがこっちに飛んできた~。
なんか、楽しいね。
へ~ぇ、オッフェンベックさんはレーブル君の横にいる少年ですか?
動画についてはボケボケの画面で申し訳ない。
67年に来日していなかったのが残念でしたね。
でも今頃こんなところで自分の歌声が話題に上がっているなんて知ったら、きっと嬉しいに違いないわよ。
ponko310
2019/04/02 00:23

と、まぁ、こんな具合です。 
ところでコメントではなく、ブログでは動画を載せることが出来るので、話題のオッフェンベック君の美しい声を聞いてください。

1967年にタイマー隊じゃなくて、このオッフェンベック君やウサギちゃんのいるナイダー隊が来ていたら、一体どんな展開になっていたんだろう・・・・・と書いたらキリアン君のファンたちに恨まれますかな。

2019年4月12日 金曜日
気分転換にmaaさんのブログを覗きに行ったら、ブロ主さんと1964-1967さんのカペルマイスターに関する興味ある会話にぶつかりました。
http://pommier.cocolog-nifty.com/pointvirgule/2019/03/post-1829.html
私のブログは過去も現在もあまり関係ない事が書いてあるので、此処に書いてしまいますが、隊の名前で面白いエピソードがありましたよ。

 ウィーン少年合唱団ではすでに何十年も前から担当のカペルマイスターの名前が隊の名称でもありましたが、例外としてはまれにアメリカ隊とかそのように呼ばれることもありました。1968年にウーヴェ・ハラーがウィーン少年合唱団に指揮者として入り、それまでのアメリカ隊を引き継ぎました。アメリカ隊には固定の指揮者がいたのでしたが音楽的にはそれまでの正規の合唱団の水準に合っていませんでした。ハラーはその指揮の成功を納め、1969年までその隊を導いてきました。 当時、ウィーン少年合唱団の音楽監督だったフェルディナント・グロスマンは、すでに1966年からカペルマイスターだったタイマー隊とハラー隊の団員交換を決定しました。 その頃から合唱する隊を決める時など、誰もかれも今のタイマー隊か、前のタイマー隊か、または前のハラー隊か今のハラー隊かとまぜこぜになってしまいました。
そこで1969年の夏、グロスマンは鶴の一声で談を下したのです。
「この夏休みが終わったら、我々は合唱団の4つの隊をブルックナー、ハイドン、モーツァルト、そしてシューベルトと作曲家の名で呼ぶことにします。」
この決定が幹部会で認証された後、タウチュニヒ団長は早速外国で演奏旅行中のナイダー隊のプレフェクトのグレーガーに電話を掛けました。
「お祝いを言います。君は丁度ハイドンコアのプレフェクトになりましたよ。」
「なんですって? この隊は新しい指揮者になるのですか?」
「いいや、タイマー隊とハラー隊の混乱のせいで、グロスマン教授がクラスを作曲家の名前に変えたのです。」
そう言う理由で1969年の9月からウィーン少年合唱団の4つのクラスは、ブルックナー、ハイドン、モーツァルト、シューベルトの名に代わり、今までの混乱が解決したのです。

1969年の夏と言うと、丁度タイマー隊が来日した後でしたね。
でもアングルベルガー隊が来日した1972年はブルックナーコアの名は日本では知られていませんでしたし、メンバーだったルカでさえ、自分が退団したあとにその名になったと言っていましたから、合唱団員達はまだ、今までのしきたり通り隊を指揮者の名前で呼んでいたのもしれません。
日本ではいつからプログラムに作曲家の隊名が出たのかな。

そのブルックナーコアですが、1972年に辞めたアングルベルガー指揮者の後は1975年までトラベジンガー指揮者でした。
その後1977年までファルンベルガーさん(この指揮者はのちにハイドンコアに変わっています)、そして1977から1979までポヴィッシャー指揮者で、ソプラノソリストのルネの隊のデラーさんは1980年から1983年までです。
1969 年のタイマー隊員として来日したペーター・マルシーク君は1986年からブルックナーコアの指揮者ですね。
3年ぐらいで変わっているのがわかりますが、今の指揮者がマノロ先生だと言う以上は私にもわかりません。

2019年4月18日 木曜日
12日にmaaさんのブログに遊びに行った日に、他のお部屋も覗いてみたら、またまた面白い記事がありました。
http://pommier.cocolog-nifty.com/pointvirgule/2019/04/post-3b6334.html
実はこの動画の画面は見て知っていましたが、maaさんの記事を読むまで開かずに、もろに素通りしていたのです。
聞いてみたらなんと水準の高い素晴らしい歌声じゃないですか~。
その記事に書いてある私達のコメントの延長ではありませんが、ま、ここでもしゃべらせてください。
maaさんの動画でヨハネの受難曲を歌っているエルンスト・マンチュ君はムント隊のソプラノソリストでした。
記事の169に載せたメンデルスゾーンの「秋の歌」を歌う二人の団員の小さな方の少年です。

この「秋の歌」の動画は1963年の3月に録画されたものですが、maaさんの記事の二年後のマンチュ君は更に素敵な歌声になっていますよね。

この録音についてはエピソードがあるんですよ。

 このヨハネ受難曲は1965年6月4日から7月5日までの何回かに渡る録音でした。
音楽監督のグロスマンを通して、指揮者のギルレスベルガー教授がアーノンクールと接したのは、アーノンクールがウィーン交響楽団のメンバーで編成した「コンツェントゥス・ムジクス」とウィーン少年合唱団が共演した時の60年代になってからでした。
その初めはグロスマンによって指導された少年ソリストと、ギルレスベルガー教授による練習を重ねた少年合唱団とコルスヴィネンシスで歌われたヨハネ受難曲でした。
ウィーンのシュワルツェンブルク宮殿での録音の予定でしたが、なんと、その時間と手間のかかった計画がその直前に突然中止になったのです。
アーノンクールはそれを幹部に伝えるためにテルデック(レコード会社)の担当者を引き連れて、アウガルテンを訪れました。
その結果、今までの無駄な練習と、子供たちの期待を裏切る無念を目の前にして、老いたグロスマンは泣いてしまいました。
アーノンクルはそれに大きな打撃を受け、結局その記念すべき録音が実行されたのです。(ミハエル・ギルレスベルガー著:ハンス・ギルレスベルガー ボイストレーナー・合唱指導・指揮者より)
maaさんの記事にはその時の録音風景の写真が載っています。
そして一年後、そのレコードはブリュッセルのレコード大賞で抜群の評価を得ることになりました。
これがその時に発売されたオリジナルのレコードのジャケットです。
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このレコードはCD化されて2008年に市場に出ています。
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此処まで書いたのだから、本当はそのCDをアマゾンで購入すべきなのでしょうが、私はどうやら収集家ではなく、少年の美しいソプラノに対するただのミーハーだけのようで、友人からこの音源を頂いた時点で満足してしまっています。
マンチュ君はムント隊でしたが、このレコードで合唱しているのは他のクラスでした。
この少年は合唱団を卒業後、64年組のミュルナー君のように医学の道に進んでお医者様になったそうです。
余談ですが、彼は1966年の夏に他の年長組と一緒にムント隊から退団したのですが、その秋に仲間のアルトソリストだったライニーさんと二人で呼び出され、6月に返却したはずの制服を手渡されました。
そしてその二人の過去のソリストたちは再び自分たちの古い制服を身に着けて、コルスヴィネンシスと一緒にウィーンのミノリーテン教会とリンツの大聖堂で14世紀のミサを歌ったそうです。
二人とも変声を迎えていましたが、突然の変声ではなかったので、そのミサではそれまでの訓練を身に付けたしっかりしたソリストの歌い手が必要だったのかも知れませんね。

さて、今日も素敵な春の晴天でした。
お蔭でようやく一つ目の野イチゴが花を開いています。
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一昨年、ウィーンからもらって来たスグリの木もこんなに成長しました。
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1964ー1967さんの言うところの赤いチロリアンデージーもこの通り。
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そして、エミリーと同じく、私も春の日差しの中で伸びています。
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2019年4月28日: 追記
ブロ友のyukaさんが興味ある動画のリンクを送って下さいました。

今年の3月にウィーンのコーブルク宮殿で行われたウィーン少年合唱団の舞踏会に参加した方の報告です。
42分ごろから始まりますが、モーコアがほんの少し見れます。
私にとっては漫画の少女を擬人化しているのがちょっと幼稚で違和感を覚えるのですが、今の日本はそれが普通になっているのかな。
コスプレがこちらでも人気なので若者には受けるのだと思います。
動画の中で「結婚の条件は踊りが出来ること」と言っていますが、結婚している踊れない男性なんてこちらにはうんざりするほどいますからね。
この舞踏会の様子は合唱団のHPでも紹介されていましたが、この動画はまた違った方面からなので面白かったです。

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この記事へのコメント

ek
2019年04月06日 06:48
春ですね。春になるといつもお庭の春を届けて下さるPonkoさんですから、今年もって思っていました。😁
新しい素敵なお話ありがとうございました。
このレコードは、私の最も愛する物の1枚なんです。この197番の歌声何度聴いていることか。
maa様 1964-1967様 そしてPonko様教えてくださってありがとうございました。この素敵な歌声の持ち主さんが我が天使さんと供に過ごしていた事がわかりました。だってあのレーブル君の隣が我が友ですから!
「春が来~た🎵春が来~た🎵どこに来た~?」ここ数年 私の心は春を迎える時期は、寂しい時なのに、今年はちょっと違いました。 前の記事のコメントでも書かせていただいたのですが、ここ数日 WSK来日記念演奏会を一人で楽しんでいます。1964年から始まった私のWSK生活も、令和の時代を迎えるのですね。楽しい思い出多き1989年までの昭和 そしてちょっと意味深い思い出多き平成。
後3週間ほどで、新しい年号に変わります。ここに集う皆様が素敵な楽しい思い出を沢山作る事の出来る時代になりますように。
Ponkoさん 春を迎え お庭の手入れもお忙しい時に、素敵なお話更新ありがとうございます❗️
maa
2019年04月06日 14:43
ponkoさま
庭仕事に忙しい中で、神対応ありがとうございました。
おまけにオッフェンベック君の歌声まで持ってきてくださり!
そうなの。このレコードはお気に入りです。この曲のために生まれてきた声だと、初めて聴いたときに思いました。
冬の雨の日も気持ちの沈んだ夜も、こればかり聴いている時期がありました。心の救いになる一枚があるというのは幸せなことです。
もしナイダー隊が67年に来ていたら、タイマー隊が代わりにユーロビジョンで歌っていたかもしれないですね。そうしたらこの「青きドナウ」の重唱パートは誰か他の団員が歌っていたでしょう。
そしてキリアン君やヨハン君の映像が残った!それはそれで「素敵なboysがいたのね」と喜んだかもしれません。
3年に一度の来日というのは、在団中のほんの一時にすぎません。たまたま日本に来てくれた偶然。その巡りあわせの順番は神のみぞ知る・・・ですから記録も記憶も残されたものはすべて大切にしたいです。
これから私もお庭をなんとかしなければなりません。スイレン鉢のメダカは今年も鉢底から上がってきました。今日は穏やかな土曜日です。
1964-1967
2019年04月06日 17:06
Ponko 様
きれいなお庭の草花の写真、こういうの私好きです。 そして読めなかったメッセージを載せてくださってありがとうございました。嬉しかったです。maa 様にもここをお借りしてお礼申し上げます。でも、何がいけないのでしょうね??
それから、オフェンベックさんのソロで出してくださったあのカンタータの盤、これ、これ、これです! いつか皆さんにお話を聞かせていただきたいと思っていた録音です。ek 様同様、私も大好きな一枚なのです。これ、ナイダー組だったのですね。ジャケットの裏面に録音風景が出ていて、どの組だろうとずっと思っていました。こうやって、皆さまのおかげでまた一つ知ることができてすごく嬉しいです。 
(このコメントは、読めるだろうか・・・)
ponko310
2019年04月06日 23:05
ekさん
小さな庭ですが、新芽が出始める春がとても楽しみです。
私もmaaさんからこの少年の歌声を教えてもらった時はずっと何度も聞きっぱなしでした。
ほんとだ、セキルンの写真はよく見たらヴォルフィーさんがヴィリー君の横で微笑んでいますね。
64年から89年までの日本公演の録音が聞けるなんて羨ましい限りです。
私の分まで懸命に楽しんで聴いてくださいな。
ponko310
2019年04月06日 23:38
maaさん
合唱団にいた間にソロを担当して、自分のその歌声が記録に残る栄光はずっと歳を取ってから、一段と愛しいものになるのだと思います。
心の救いになる歌声だなんて、なんて素敵な表現かしら。
昔のドレスデンのペンフレンドが愛は無くても生きていけるけれど、音楽が無かったら生きていけないって書いてきた時がありました。
美的感覚に目覚めたばかりの心の若い人たちはそんな風に音楽にすがってしまう時期があるのかもしれません。

ナイダー隊が来日していたら・・・・そんなこと望んだら、キリアン君ファンには到底お叱りを受けますね。
そして、ウサギちゃんも私でなくて他の誰かに帽子のリボンをプレゼントしていたかもしれない。
わぁ~、やっぱり過去はそのままにしておきましょうや。
こちらの土曜日も暖かな陽が降りそそいで、テラスでは猫どもが大の字になって伸びているところです。
ponko310
2019年04月06日 23:48
1964-1967さん
私が一番に気に掛かることは、あなたが書いたように、このコメントがあなたに読めるかどうかです。
私達にはちゃんと読めるのですよ。
記事の草花の写真に興味を持ってくださってありがとう。
1年で消えてしまう草花でなく、来年はどうなっているかが楽しみなのです。
それに何かのお話が絡んだ植物とか、こちらも載せるのが楽しくなります。
だって全てに命があってそれぞれ懸命に生きているのですものね。
1964-1967
2019年04月07日 15:47
Ponko 様
今変なところを押してしまったのでしょうか、もし途中のコメントが送られましたら、無視してください・・・。 
ご心配頂きましたが今度は全部のコメントがしっかり読めています。
あのレコードでは、オフェンベックさんのソロはもちろんですが、83 番を歌っているアルトのソリストもかなりのものだと思うのです。やはりナイダー組の人なのでしょうか、誰でしょう?
それから、Ponko さん、昔少女雑誌に載っていた4組全員のメンバー表まだお持ちではありませんか? あれがあると記憶を引き戻すのにとっても助かるのですが。
ponko310
2019年04月07日 23:26
1964-1967さん
変なところを押してしまったコメントは届きませんでしたからご安心を。
さっきmaaさんのブログのコメントを読んで来ました。
それによると1964-1967さんはナイダー隊の事もムント隊の事も知っていらっしゃりそうでお話がもっと聞けたら嬉しいですね。
私はそのレコードを持っていないので何とも言えませんが、アルトのソリストに興味が湧きました。
残念ながら、ウィーン少のすべての切り抜きを、結婚と同時に仙台のファンの友人にあげてしまったので、今はブロ友さんから頂くものが全てです。
そうそう、青きドナウでは教会で団長の隣に座っていたのがフルトモーザ指揮者ではありませんでしたか?
フロシャウワー先生だったら良かったのに、と思いました。
また1964-1967さんにここのコメントが読めて本当に良かった。
1964-1967
2019年04月08日 20:29
Ponko 様
冬の間中寒さから守ったり日に当てたりと大切にしてきた草に、きれいな赤い花が咲きました。 Ponko さんの写真にあるのと似ています。あれは何という花ですか? 実はその花は、メインのタカラヅカという木の根元に生えたものです。せっかく生えているのだからと、抜かずにおいたらこんなかわいい花がさいてくれて、本当にびっくりして嬉しかったです。
そうです、教会で団長の隣にいるのがフルトモーザー先生です。私は来日しなかったナイダー組、ムント組のことはあんまり知らないのですよ。わかるのは、マンチュさんとオフェンベックさんくらいです。だから83のアルト君も知りたいのです。Ponko さん、カンタータ83がどうにか聴けるといいですね。 

そうですか、あの名簿もうお持ちではないのですか、残念。
私も探してみますが、何しろガラクタが山のように積んであるので見つかるかどうか自信がありません。
ponko310
2019年04月09日 00:26
1964-1967さん
「メインのタカラズカ」と言う木が気になって調べましたが見つかりませんでした。
私の写した赤い花はチロリアンディージです。
可愛いですよね。
私はナイダー隊の事もムント隊の事もマンチュさんの事もオッフェンベックさんの事もな~んにも知りませんから、83のアルト君の事となるとお手上げです。
ンマぁ~、ガラクタ山があるなんて浮き浮きします。
どんな素敵な宝物が出て来るのかしら。
一緒にかき回したく思いますよ。
1964-1967
2019年04月10日 13:51
Ponko 様
あの赤い花はチロリアンディジーというのですか、名前もかわいいですね。
タカラヅカは本当は、デュランタ・タカラヅカと言うようです。初夏から夏に房のように紫の花がさいてきれいですよ。これで写真がみられます。もと大きく灌木になります。
https://greensnap.jp/category1/flower/botany/221/growth

1964-1967
2019年04月10日 13:53
Ponnko 様に背中を押されてガラクタの山を少し掘ってみたらなんと、お宝の一部が出てきました。 残念ながら名簿はそこにはありませんでした。
第一回と第二回来日のプログラムがありました。
maa 様の情報と重なるところがありますが、第一回は「モーツアルト生誕100年記念」で招聘されたようです。
オペレッタは、バスティアンと薬剤師、その他に特別プログラムで、戴冠ミサと鎮魂ミサがありました。
1956年1月27日、産経ホール
指揮: ニコラウス・エシェンバッハー
ソプラノ: フリーデマン・ヴォネッシュ(戴冠ミサ、鎮魂ミサ)
アルト:  ヴェルナー・クレン(戴冠ミサ)
アルト:  ハンス・イェルク・リヒター(鎮魂ミサ)
テノール: 五十嵐喜芳
バス:   大橋国一
錚々たるメンバーですね。

他には、1965年の少女雑誌に、フロシアウアー組の新メンバーとして、フリッツ・シマーク、 ハラルド・ザルブレヒター、 ルドルフ・ニストル、 ハンネス・ヴルストバウアー、 カール・コホルカス、 ヴォルフラム・ハイル、 エーリッヒ・マイヤーホーファー、 リヒァルト・ヴァインベルガー、 ゲルハルト・ティリー の各君です。
他にも、「シャーリング君が退団した!」という記事もありました。
あと昔の4クラスの事は、 maa 様のところに書かせていただきましたから、良かったら行ってみてください。また何か出てきたらお知らせしますね。
ponko310
2019年04月10日 18:51
1964-1967さん
デュランタの写真を見ました。
ドイツ名ではタウベンベーレ(鳩の実)と言うそうですが、こんな植物はまだ見たことがありません。
この灌木、プッ夫クンが反対じゃなかったら絶対に買って来ます。
1965年の新メンバーの切り抜きは、名前を伏せてすでにこのブログに貼ってあります。
私でさえもうどこにどんな切り抜きが出ているのか判らなくなっていて困りますね。
1964-1967さん、もっと背中を押しますから、どんどんガラクタ山を掘って行って下さい。
大粒のダイヤモンドが出て来るかもしれません!!
ではこれからmaaさんのブログにお邪魔してきます。
1964-1967
2019年04月11日 00:06
Ponko 様
デュランタのドイツ名を教えてくださって有難うございました。この花きれいですよね? 写真ではまだ先のほうまでひらいていませんが、全部咲くと本当にきれいです。 Ponko 様のところでも植えられるといいなと思っています。私もチロリアンディジー探してみます。ガラクタ山の中には・・・あるわけ無いですよね。
ponko310
2019年04月11日 00:29
1964-1967さん
ずっと調べてみたら、デュランタの盆栽までありました。
本当に華麗な花を咲かせますね。
チロリアンディージー、けっこうガラクタ山の片隅にひっそり咲いていたりして。
うふふ。
1964-1967
2019年04月12日 00:16
Ponko 様
デュランタを買う賛同は得られましたか? これからなら、丁度きれいな花が楽しめていいですね。 盆栽があったのは知りませんでした。 Ponko 様の庭が更に魅力的になりますように!
ponko310
2019年04月12日 17:54
1964-1967さん
大きな木じゃなかったら何を購入しても構わないと言われましたが、今のところ近所の園芸店では見つかっていません。
こんな木が庭にあったらさぞ晴れやかでしょうね。
5月になってお隣さんのライラックの花が咲いたらブログに載せますね。
今はまた日本のように寒波が来ていますが(天気予報を見ると日本とそっくりです)来週から暖かくなるようです。
また暖房を入れています。
1964-1967
2019年04月13日 00:07
Ponko 様
私は近所のオバさんに一枝分けていただいて、植木鉢にさして置いたらつきました。その人の所のは、大きめの鉢植えですが1.5m くらいあります。 どこかであの木が生えている所を見つけたら、一枝分けてもらえるといですね、わざわざ買わなくてもすみます。Ponko 様が近くにいらっしゃったらお分けするのですけれどね。
1964-1967
2019年04月13日 00:20
ペーター・マルシーク先生は、1989年来日組の指揮者でしたが、来日最初の一週間に行われた戴冠ミサでは、歌うほうにまわっていられましたね。その時の指揮はどなただったか忘れました・・・その後の少年たちだけの時は、指揮者にもどられました。
ponko310
2019年04月13日 05:00
1964-1967さん
えっ、デュランタって、枝から根が出る木なのですか。
それじゃ何としてでも見つけ根ば。
園芸店に行くたびに気を付けて見てきます。
そして見つけたらポキっと!!
1989年のコルスヴィネンシスと合唱団の来日共演はウィーンの友人から聞いています。
あの天才ソプラノの少年がいたブルックナーコアですよね。
私はその夏、それを知らずに子供達と里帰りしましたし、冬にはベルリンの壁が崩壊した年でした。
戴冠ミサのためのタイムマシンが欲しいです。
ek
2019年04月13日 06:25
1964-1967様
1989年来日時のViennensisとの合同演奏会の際の指揮をなさったのは Uwe Christian Harrerさんではなかったですか?
大阪公演では、そうであったと聞いています。ソリストは
soprano M.Cencicさん alto M.Folleさん tenor G. Horlさん そしてbas話題のE.Jankowitchさんだったと聞いています。それは素晴らしい演奏会だったと。

maa
2019年04月13日 11:36
デュランタ・タカラズカはちょっと流行った時期がありました。白花が素敵なので買いましたが、戸外では冬越しできないので、室内に入れたりするうちに枯れてしまう。今も枯れ枯れですが、もしかしたら新芽が出るかもしれないと思って捨てはいないの。ははは
紫色の花のほうが丈夫だと思います。挿し木にすると根が出てくれるなら、増やすのもいいですね。

指揮者さんの名前のエピソード、面白かったです。そりゃ混乱しますね。私はハラー先生にお会いしたことないので、一度でいいからハラー先生の指揮で聴きたいです。タイムマシーン、私にもください。
ponko310
2019年04月13日 17:35
maaさん
ブルータスお前もか、なんて的外れな言い方だけれど、maaさんも
デュランタを栽培していましたか。
こうなるとますますその灌木が欲しくなっています。
見つからなかったら諦めるけれど、念頭には置いておきましょうっと。

タウチュニヒ理事長はプレフェクトのグレーガー先生をとても重視していたみたいですね。
すでにお歳を召されていますが、今でも当時の団員達の間で大切な方のようです。

タイムマシーンの作り方、わかったらブログに載せます。
ek
2019年04月13日 18:44
Ponko様
またまたお邪魔させていただきました。前に書かせていただいた1989年の合同演奏会について、ソリストさんや指揮者は聞いているのですが、オーケストラはどこだったのか?ご存知の方いらっしゃったらお教えください。
ちなみに プログラムはモーツァルトがメインで、一部がヴェスペレ K339
美しく青きドナウ
二部が戴冠式 ミサ K317
合同でAve Verum Corps
少年合唱でこの道
Viennensisで菩提樹だと聞いています。日本でオーケストラ付で美しく青きドナウを聞けるなんて夢の様です。素敵なプログラムですよね。
あ~またこんなコンサートがあったら....。
Ponko様 タイムマシーンぜひ早急にお願いいたします。
ponko310
2019年04月13日 20:10
ekさん
詳しい情報をありがとう。
記事169にその時のポスターが載っていますが、指揮はハラーさんですね。
でもオーケストラの名前が出ていません。

タイムマシーンの場所がわかりました。
みんなの頭の中にありましたよ。
性能の良し悪しは人それぞれです。
ek
2019年04月13日 21:31
Ponko様
確かに前のお話にちゃんとPonkoさんが指揮者名から、プログラムまで記載されたチラシを掲載してくださっていましたね。こんなおとぼけだから、なんのお役にも立てないんだわ(泣)。
前のプログラムは3月28日の大阪シンフォニーホールでのものです。東京ではアレルヤが聴けたんですね。
確かに私の頭の中にタイムマシンありました。でも私のタイムマシンは錆び付いていて、数年分しか作動してくれません。 
特に4月は動かない。
今 タイムマシンのスイッチをオフにして、64年組の歌声 聞き入っています。
私のお気に入りのヴィヴァルディが始まりますのでこの辺で失礼いたします。
 
1964-1967
2019年04月14日 17:38
Ponko 様、また何かやらかしました。途中のコメントがとどいたら無視、お願いします。

ek 様
詳しい補足をありがとうございました。Ponko 様のこのブログは内容が多いので、全部を把握できずにおかしなコメントを書いてしまうことがよくあります。ごめんなさい!

プログラムを見ましたが、オーケストラは書いてありませんでした。当日会場には掲示されていたのかもしれませんが、覚えていません・・・ ただ、日本の楽団でしたが、N響とか日フィルとかよりは、もう少し少人数の楽団だったことは覚えています。 
この公演は、東京と大阪でたった4回しか無かったのにその内の半分は非公開でした。スポンサーの味の素の製品を買って抽選に当たった人が招待されたと聞いています。あの時来日したコーラス・ヴィネンシスには、あのヤンコヴィッチュ兄弟をはじめ、過去に来日された元団員もけっこういて、往年のファンには是非、聴きたい、観たい公演でした。 公演の価値をもっとよく調べて、前宣伝もしっかりしてチケットを売ってほしかったと今でも思っています。前もっての、情報不足だったと思います。
ponko310
2019年04月14日 18:36
ekさん
安心してください。
私は役に立ってもらいためにコメントを待っている訳じゃなくて、たまたま他のファンに興味がありそうなコメントが来た時は有り難いと思うだけですから。
そんなことより昔のファンが健在でいることが、此処に来るコメントでわかるのが嬉しいです。
錆び付いたタイムマシーンでも作動すれば十分ですよね。
私のも錆がはびこって来ています。
ponko310
2019年04月14日 18:52
1964-1967さん
途中半分のコメントは届いていませんから大丈夫です。
あはは、私のブログは自分でもどこに何が書いてあるのか把握していないので、テーマの名称を増やさなくてはいけないかな。
一応来日組の年代で分けたりしてはいますけれど、何やら他の話が入り込んでいますからね。
1989年の合同コンサートに行かれたと言う方はここのブログでは1964-1967さんが初めてじゃないのかしら。
たった4回のコンサートで半分が非公開とは驚きました。
個人的な招待だったのでしょうかね。
平凡な素人の私には特別な世界の事は判りません。
来日の元団員達が来ていたなら、ファンの方達は彼らの大人の歌声を聞き、また会いにも行きたかったでしょうね。
私が知っているのは67年組のオブランスキー氏が参加していたと言う事だけです。
そこにマルシャートさんもいたとは嬉しい事ですね。
記事169の、あのプログラムの写真は暗くて小さくて男性たちの顔が見分けがつきません。
ek
2019年04月14日 20:40
1964-1967様
フォローありがとうございます。
オーケストラはおっしゃるように、きっと当日掲載されていたのかもしれませんね。
日本でオケ付でWSKを聞く機会はそうあるものではないので、そんな幸運の機会を持ったオーケストラがどこだったのか?と非常に好奇心にかられてしまいました。
少数のオケだったということは、ホーフブルクの礼拝の時と同じような編成を組まれたのかもしれませんね。

Ponko様
単純なオールドファンの私がこうして素晴らしい場所を提供してくださっているお陰で 未知だった世界へと誘っていただけています。
あ~何故に私はもっと 彼に質問して教えていただかなかったんだろうと余計 寂しさが増して来てしまいました。
1964-1967
2019年04月16日 17:58
Ponko 様
指揮者の方々の詳しいお話有難うございました。 いろいろとあったのですね、私は「古代」の一部と、来日した方々しか知らなかったので、興味深く読ませていただきました。
ponko310
2019年04月16日 19:37
1964-1967さん
少年達の歌声とは関係の無い井戸端会議みたいなお話ですが、タウチュニヒ理事長や、知っているプレフェクトの昔の小さなエピソードが嬉しくてなりません。
そういうお話は、私の青春時代の映画「青きドナウ」のアウガルテンの様子を思い起こさせます。
特にグレーガー先生は私にアウガルテンを見せて下さった思い出の方ですし、初めてのペンフレンドのウサギちゃんの担任でもありました。
72年組の団員から彼には12人ぐらい子どもがいるんじゃないかな、なんていい加減な事を聞かされてギョッとなった方でもありましたから。
また声を掛けに来てくださってありがとう。
昨夜はパリのノートルダム寺院が燃えている場面に目が釘付けになっていましたが、今朝はその大部分が無事に残っていたのを知ってホッとしています。
これも歴史に残る事件ですね。
1964-1967
2019年04月20日 15:38
Ponko 様、
私のかわいい赤い花は、まだ三りんだけでしかも一りんずつしか咲きません。今年初めてだったので、来年はもっと咲くかな、と楽しみにしています。
またまた昔の記事を引っ張り出してきてしまいましたが、ゼキルンの写真つながりなので、よし、として下さい。
記事48で、ゼキルンの分割写真の名前あてを、「完璧なクイズサイト」とやらに編集してみて下さい。皆で参加できたら楽しそうではありませんか? もちろん、賞品つきでお願いします!
ponko310
2019年04月20日 19:02
1964-1967さん
赤いお花ちゃんはまだ生まれたてなのですね。
来年はもっと成長するでしょう。
セキルンの全員写真はそれだけで新しいページを開くには空間が開きすぎてしまうと思いますから、そのままにしておくつもりです。
新しく来日した団員の名前がわかったらそこにコメントを入れてくれれば嬉しいのですがね。
あそこのナンバー2の写真にブーハハ君の名前を入れましたが、改めて見るとどこにいるのかわかりません。
間違ったかな。
maa
2019年04月21日 01:37
ponkoさま
ヨハネ受難曲とマンチュ君のエピソードを追記して頂きありがとうございました。レコーディングにそんなことがあったなんて初めて知りました。録音風景で笑顔を見せる少年たち、コンセントムジクスの楽器奏者と声をかわす情景は、グロスマン教授の情熱がもたらした結果でもあったのですね。
そして今になってponkoさま、1964-1967さまから素敵な余話を伺い、古いレコードが輝いて見えます。30cm×厚さ1.5cmほどの箱に入った3枚組は、歌詞カード、演奏者・古楽器・録音風景などの写真が満載ですが、それは30cmのサイズで生きているものです。CDにも付録はついているかもしれませんが、小さくて虫眼鏡で見ないと・・・笑。私たち老眼には無理ね。
ノイズもなく美しくデジタル化されたCDよりも、ここで読んだエピソードの末に生まれたレコードを愛おしく感じます。どうもありがとう。イースターのこの日に、こんな話題にふれることができてうれしいです。
すでに虹の橋の人となった偉大なる先駆者たちにも、感謝の気持ちを送ります。
ponko310
2019年04月21日 03:54
maaさんのあげてくれた動画のお蔭でこのエピソードを思い出したのでした。
グロスマンもギルレスベルガーも私にとっては憧れのウィーン少年合唱団の歌声から欠かせない名前です。
このお話に喜んでくださる方がいてとても嬉しい。
これからも何か面白いエピソードに出会えることが出来ますように。
Yuichann
2019年04月21日 12:50
Ponkoさん 素敵な追記ありがとうございます😊
1963年3月の録画が有るなんて凄い!昔、何度も聴いた覚えが有ります!懐かしい歌声です。永久保存版です!
ponko310
2019年04月21日 17:20
Yuichannさん
ウィーン少年合唱団の秋の歌はこの録画の他に聞いたことは今までありませんでした。
何しろインターネットを知るまで、持っている何枚かのレコードばかり聞いていましたからね。
初めてYTでウィーン少年合唱団が聞けることを知った時は、手が震えたものです。
今は現役の団員達の出待ちの動画まで見れるんですから凄いですね。
でも私はやはり昔の貴公子達が懐かしい。
1964-1967
2019年04月22日 00:17
Ponko 様
では、こちらで失礼します。1枚目、クラウス・ハーベルさんはいません。2枚目、シュタイドルさんの隣は、アーラさん。3枚目、フーバーさん? レーブルさんはわかりませんでした!
ガラクタ山の発掘はやっているのですが、今のところ出てきたのは、昔の少女雑誌の記事や写真で、あまり目新しいものもありません。それより、名簿~! 
ponko310
2019年04月22日 00:39
1964-1967さん
あら、やだ。
どうせならナンバーの出ている記事48にこれを書いて下さったら良かったのに~。
でも、ま、いいでしょう。
クラウス君はキリアン君の後ろじゃないですか?
レーブル君は眼鏡をかけています。
Yuichann
2019年04月22日 11:02
Ponko さん
私も昔の貴公子達が懐かしいです。
昔、WSKのカセットテープをお土産に買ったのが出て来ました。忘れていました、聴けるかな?
1964-1967
2019年04月22日 14:51
Ponko 様
そう、その人クラウスさんに似ていますよね、来日されていない人なのでPonko 様のポリシーに沿ってお名前は伏せますが別の人です。
レーブルさん眼鏡をかけていらっしゃったのでわかりませんでした。写真って写り方によってわからない時がありますよね。
1964-1967
2019年04月22日 15:33
もう一つ植木のお話を。  チロリアンディジー沢山咲きましたね。とってもきれいです。花はあんな風に丸くなるのですね。全部開くとまん丸ですか?
花の色や葉のようす、全体の感じなどは私の赤い花の草に似ているなと思っていましたが、大きく写された写真を見て、あ、やっぱり違うな、と納得しました。私も今度園芸屋さんに行ったら見てみようと思います。そちらは一気に春になると本で読んだことがありますが、きれいでしょうね。こちらは、桜は終わりです。
ponko310
2019年04月22日 17:30
Yuichannさん
カセットテープの名前が懐かしい時代になってしまったのですね。
私も64年組のオペレッタ「ウィーンの昔の物語」の来日録音を日本で誰かにもらったのを持っていますが、音がひどくて聞けたものじゃありません。
昔はそれでも有頂天になって聞いていたものですが、今は耳が贅沢になっています。
Yuichannさんのカセットにはどんな宝物が入っていたんでしょう。
どうか聞けましたように。
ponko310
2019年04月22日 18:04
1964-1967さん
あれれ、クラウスさんじゃなかったのですか?
1964-1967さんはその方を知っていらっしゃる。
わぁ、その頃の他のクラスを知っていらっしゃるなんて凄いですよ~。
ところで本物のクラウスさんが何処にいるかわかります?
それとも来日69年組だからまだいなかったのかな。
そうですよね、写真は角度とか光とかによって、違う人に見えてしまう事もあるんですよね。
それに64年組は最年少組が最年長組になってしまっているしね。
少年達の成長が早い!
赤い花はあれがすっかり開花している写真です。
今年は歌の春が5月になる前に来ましたよ。
3日も経たずに森が明るい緑に変わります。
こちらの桜は今が見ごろ。
もうすぐライラックも咲き出します。
この季節のドイツは絵本のようで、一日中新緑と綺麗な青空に見入っています。
そろそろ池のオタマジャクシが孵るのですよ~。
イモリもずいぶん増えました。
maa
2019年04月22日 20:21
ponkoさま
ゼキルンは65年でしょう?その人、マンチュ君じゃないのかな?

ponkoさんの池にはイモリも住んでいるのね。羨ましいわ。うちは、ヤモリはいるけどね。イモリはいません。池じゃなくスイレン鉢だから、自然に生き物が増えるというのはないですね。ヤモリも可愛いからいいけど、最近ノラ猫がヤモリの子どもを狙うのです。田んぼが埋め立てられてから、カエルも来なくなったし、生き物たちはどこに行ったんでしょう。
maa
2019年04月22日 20:35
ponkoさま
連投失礼します。ゼキルンの写真見ていて思い出しました。No.2でアントン君がわからなくなりましたか? 彼はシュタイドル君・アーラ君の後ろで横向いてるよね。
ponko310
2019年04月22日 22:32
maaさん
そうだ、そうだ、67年じゃなくて65年の7月だった!!
私もかなりいい加減な事を書いておる。
じゃ、ハーベル君はいるはずがないか。
でも、あれがマンチュくんかな~。
1964-1967さん、あなたなら答えがわかる。
ん? シュタイドル君の後ろの・・・え~?
あれアントン君かね・・わからん。

イモリはその小さな手と足の指を広げて水の中で浮かんでいる姿がいじらしくてね。
いつまで観ていても飽きませんよ。
最近まで池のあるご近所が2軒あったのですが、両方とも去年つぶしてしまって、カエルは家の池に集まっています。
土蛙なので、普段は草の陰に隠れていますが、産卵の時だけ池に戻って来ます。
だから6月は家の庭は小さなカエルだらけ。
猫はヤモリの子供を捕って、食べちゃうの?
田んぼが無くなって、可愛そうなカエルは干からびて全滅したんでしょうね。
生き物たちの生息出来る公園を街の隅に造ってあげたら良かったのにね、と簡単に言うけれど、管理とかも費用が掛かるから駄目だったんでしょうね。
1964-1967
2019年04月23日 00:26
Ponko 様
おっしゃる通りクラウス君はまだいません。なぜかマンチュさんも写っていません。Ponko 様 maa 様、横を向いている人はミヒャエル・トマシェックさんです。来日されていませんが、maa 様のブログで URL を出しているのでお名前を出しました。この人、上のカラーの写真ではちゃんと前を向いていますよね。雑誌の白黒写真とはちょっとタイムラグがあって写されたようですね。

「森が明るい緑に変わります、ドイツの絵本のようです」って、いいなぁ~~、見てみたいです。お隣のライラックの花の写真、楽しみにしています。 Yuichann 様のカセットテープの中身もお宝だといいですね。
デイジーちゃん、エミリーちゃん、オタマジャクシちゃん、イモリちゃん達にもよろしく! 
maa
2019年04月23日 18:42
ponkoさま 1964-1967さま
見事に外しました。笑
アントン君はいなかったのかな?
カラー写真と比べるのもいいかもしれませんね。でも私はギブアップです。
うちの庭に住んでいるイモリとカナヘビ(トカゲみたいなの)は油断するとノラ猫のご飯になります。うちの近所も新築すると土の部分にコンクリを打って駐車スペースにしたり、雑草取りを省くために砂利を敷き詰めたりするので、原始的なうちの庭がノラ猫にとっても居心地がいいらしいのです。スイレン鉢の水を飲み水にすることもあるようですね。ponko池と同様にオアシスを求めてノラ猫が来ちゃう。
ponko310
2019年04月23日 20:22
1964-1967さん
ミヒャエルさんは来日もしていないのに、今オールドの綺麗な女性ファンが来るこんなところで名前を出されて、くしゃみの連続かもね。
でも、素晴らしい指揮の経歴を残されているんですね。
マルシーク君やタイマー先生みたいにウィーン少の指揮をしてくれていたらどうなっていたかしらね。
私のところは今日もいいお天気です。
表で日光浴をしていると教会の鐘の音が聞こえていました。
あ、そうだ、今度は私の近辺の様子を思い出に残しておくことにします。
イモリの赤ちゃんを見つけました。
ponko310
2019年04月23日 20:52
maaさん
野良猫がいるのは悲しいね。
暖かい住処のあるちゃんとした飼い主さんがいる猫たちになってもらいたいな。
イタリアとかスペインでも野良猫を沢山見たけれど、汚れて病気みたいな子猫もいて胸が痛んだわ。
私はプッ夫クンとドライブに行く時は、途中で捨てられた子猫を見つけたら引き取ろうねっていつも決めているの。
でも、今までまだ一度もそう言う事態に出会っていない。
ダスティーも池の水ばかり飲んでいるので、わざわざ入れ物に注いで居間の隅に置いてあります。
エミリーは水道の水の方が好き。
ウェ~、猫ってヤモリを食べるのね。
初めて知った。
どんな栄養があるのかしら。
中国ではまだイモリの黒焼きを食べてるらしい。
そんなの迷信に決まってるのにね。
Yuicha
2019年04月23日 23:14
Ponko さん
我が家の庭には、普通のデイジーが咲いています。チロリアンデージーと言って買ったのに?赤が無かったので----。ponko さんのお家の、丸くて素敵!
昔、ウイーンのお土産に買って忘れていたものです。初めて聴いてみました。懐かしい、カペルマイスターのお名前が出ていました。歌声も懐かしいです。虫眼鏡🔍と辞書が必需品です。

ponko310
2019年04月24日 02:04
Yuichaさん
白のチロリアンデージーも可愛い。
私は赤しか見つけられませんでした。
カセットの文字は読めましたか?
懐かしい指揮者の名前は誰でしょうね。
どんな曲が入っていました?
昔のウィーンのお土産が今になって参上するとは、それも楽しいですね。
きっと今の方が貴重な心持になっているのでは?
素敵な発見物ですね。
Yuichann
2019年04月24日 15:58
Ponko さん
ニックネームの尻尾が消えていたみたい、失礼しました!
bearb.H.Froschauerとありました。直接指揮したかどうか分かりませんが?あとbearb.Urbanekとありました。
日本でもお馴染みな曲ばかりです。オーストリア民謡みたいなのがEIN HENNLEIN WEISS よく分かりません。
ヨハン大公のヨーデルとフリースの子守唄ちょっと興味があります。編集はどちらもフロシアウアー先生でした。フロシアウアー先生は覚えていらっしゃるかな?
ponko310
2019年04月24日 18:18
Yuichannさん
指揮者の名前が書いていないならフロッシーさんが受け持ったことになるのでしょうね。
Ein Hennlein weissは私の持っているレコードに入っていました。
61年来日組のジャケットで、曲の題名は「小さな白いニワトリ」です。
Urbanek教授はウィーン少のカペルマイスターではありませんでしたが、他にも70年代のレコードに名前が出ていました。
本当にいろいろな方が録音に携わっているんですね。
maa
2019年04月24日 18:58
皆さんが昔のものを発見して、なんだったろうなと思いながら懐かしい気持ちでひも解いていく様子が、こちらにも伝わってきます。
私は夕べ、なんと久しぶりに「芸術家の生涯」を聴きました。YouTubeにあったのですが、音量が小さいので物足らず、結局レコードを引っ張り出しました。B面の最初の曲なのでさすがにちょっとノイズがあるかな。でも素敵でした。
ネットで調べたら録音は1962年となっていました。グロスマン教授が総指揮だと思いますが、associatesと書かれて、フロシャウアー、フルトモーザー、ランクの名前がありました。それぞれの隊が録音に参加したのかしらと思いました。シュトラウスばかりのLPレコードです。
近所にはノラちゃんがまた増えてきました。町内会の猫好きなかたがノラ猫を捕まえては自費で手術をして、ふやさないようにしていたのですが、そのかたが亡くなってから別のエリアで増え始め、こちらにもやって来るようになりました。小型で和洋折衷の雑種猫が何匹かいる。真っ黒な子がいて、ちょっと可愛いんだけどなつかないです。
Yuichann
2019年04月24日 20:42
Ponko さん
「小さな白い鶏」ですか。白は分かったのですが何が白なのか分からなかったです。ありがとう御座いました。昔の歌声はやっぱり良いですね!
ponko310
2019年04月24日 20:54
maaさん
芸術家の生涯は何か物悲しくて聞くといつもキュンなのです。
アウガルテンの階段でポーズを取っている64年組のレコードのジャケットで「ウィーン少年合唱団と共に演奏会」と言うレコードがありますが、1956,1958,1960年の録音で、その3指揮者とグロスマンの指導になっています。
A面がシューベルト、ブラームス、モーツアルト、民謡、B面がシュトラウスの曲。
そのレコードかな?
野良ちゃんたちが増えすぎない前に、町内会で猫の手術を受け持ってくれたらいいのにね。
でないとまた頭のおかしい奴が出てきて猫虐待が始まりそう。
真っ黒な猫ちゃんなら、私が欲しいわ。
maa
2019年04月27日 10:23
ponkoさま
そのレコードジャケットは知っています。でも私のレコードはワルツとポルカ集で、ジャケ写は兵隊に扮した団員がピアノの横に集まって歌っています。
皇帝円舞曲、南国のバラ、朝の新聞、トリッチ・トラッチ、芸術家の生涯、ウィーンかたぎ、千一夜物語、浮気心、全部で8曲。ドナウとウィーンの森がはいってないシュトラウス集なの。
アウガルテンの階段で撮影したあのジャケットは、誰がどこにいるだろうと思いながら見てしまいますね。でも録音内容は昔のコアなんですね。がはっは。
ponko310
2019年04月27日 18:07
maaさん
私も、その兵隊さんの扮装のレコード持っています。
64年組の階段のジャケットを当時見ていたら二重になっていても絶対に買っていたと思いましたね。
記事の3にそのジャケットの写真が載っていました----載せたのを忘れてたわ。
そう言えば、ドリー君が、自分たちが録音したレコードがジャケットの表紙ばかり変えて4回も売り出されていたぞって言っていましたよ。
良いものは何度でも出るのね。
1964-1967
2019年04月28日 01:14
Ponko 様 maa 様
私もその「階段」と「兵隊さん」のジャケットの盤を持っています。どちらもLPで、64年組の来日記念盤となっています。階段は、2枚組のベスト盤です。当時は本当に64年組が歌っていると思って聴いていました。 皆様のレコードには録音年や指揮者が書いてあるのですか? 今度教えていただけませんか。私の盤と内容が全部一緒ではなくても、何曲かは同じだと思いますし、その辺のものは他の盤で聴いているかと思うのです。
そうやって同じジャケットで違う内容をいくつも出すからややっこしくなるのですよネ。ドリーさんの「証言」は貴重です。その頃なら、50年代後半から60年代初めの録音でしょうね。
階段の写真は、主に64年組+フルトモーザー組+?組です。
ponko310
2019年04月28日 02:40
1964-1967さん
ほんと、ほんと。
ジャケットや中身ををひっかえとっかえして、私たちを翻弄するとはけしからん。
私は残念ながら階段のレコードを持っていません。
その代わり、当時ウィーン少年合唱団の世界の歌を、違ったジャケットで同じ曲を2枚買ってしまいました。
Yuichann
2019年04月28日 13:39
Ponko さん
私も同じジャケットのシングル版ですけど持っています。ジャケットの64年組が歌っていると子どもの頃は信じていました。持っているレコードは、曲目、曲の順番、ジャケットが違うだけで、中身は全部同じです。1955年代~63年代の録音もありました!64年組のはレコードとCD各1枚だけ。CDの方は、「世界をめぐる」、という題名です。4曲はレコードにあった曲ですがあとの曲は本当に64年録音かな?ジャケットのうらには、64年録音と書いてありました。ちょっと怪しい!
ponko310
2019年04月28日 20:16
Yuichannさん
64年組が歌っていると信じていたころの嬉しい気持ちはそのままにしておいた方がいいかな。
何にしても私は歌声を聞いて素敵な少年の姿を思いうかべてホンワカ気分でした。
どの隊だ、なんて関係なかった。
でも、知っている元団員が歌っている合唱だと判ると更に愛着が湧いてしまいますね。
私は自分の脳の波長に合った合唱ならどんな年代でも歓迎です。
と言いながら結局ノスタルギーを追ってオールドに傾いているんですけど。
maa
2019年05月02日 11:45
ponkoさま 皆さま
1960年代にたくさんのベストアルバムが出たのは、きっとウィーン少年合唱団が日本で人気が出て、聞きたいという声が増えたからでしょうね。レコードの解説を読むと2回の来日がどうとかって書いてあったり、それでそのレコードがりリーズされたのは60年頃かなと思うこともありました。
でも中身は本当に混ぜご飯のようですね。フィリップスレコードのベストアルバムは、ドイツやオーストリアで出ていたアルバムの中から適当に選んで集めた感じですね。ブラームスの円舞曲もベストアルバムで初めて聞きましたが、あとになって曲名を言うアルバムを買ったとき、それがオリジナルだと知って嬉しかった記憶があります。
レコードはジャケットに惹かれて買ってしまうこともありますね。あのサイズ感が好きで、今でもクリスマスには団員たちが写っている素敵な古いレコードを玄関に飾ります。
ドリー君のレコードがどれなのかと気になってしまいました。
ponko310
2019年05月02日 22:13
maaさん
確かに60年代はウィーン少年合唱団の人気が最高潮だった気がします。
第一回目の来日では男の子たちがあのように歌うのを初めて見た人がほとんどだったそうですからね。
64年のあの熱狂的な人気から、世界の少年合唱団の来日が増えたのだと思います。
あ~ぁ、私は頓着なので、どのレコードのジャケットも玄関に飾れるような代物ではなくなっていますよ。
ドリー君のレコードはきっとトラック指揮者の名前が出ているものなのでしょうね。
あ、でもレコード録音の時はフロシャウワー指揮だった時もあったみたいです。

1964-1967
2019年05月03日 14:59
Ponko 様 皆様、
今朝はなぜかPCの調子が悪くて慌ててしまいました。なんとか直りましたが、ちょっと心配です。ご存知の通り私は機械には弱いので。
それはさておき、確かにジャケットにはつられますよね、特に子供の時だと。 でも皆様のおかげで、64年に買ったレコードが、その時来日した64年組が歌っていたものだ、などどはもう思わなくなりました。 でもあの頃の歌声が、私にはウィーンのスタンダードになっています。 いつ出たものかわからないのですが、やはり2枚組のベスト盤で、プロペラ機から降りてきている写真のジャケットのものがあります。後で知ったのですが、なんでもオランダの盤だとかいう事です。これに入っている内容が、私は好きです。 いくつかのカテゴリーからの曲が選ばれていて、日本で出されたものとはちょっと選曲が違うなと感じます。シューベルトのミサの終曲(フルトモーザー先生指揮)が入っているのもうれしいです。オランダってけっこう合唱団のものがあるのですか? あの1907年の録音を持っていられるのもオランダのすごいコレクターのかたで、各時代のレコードをすべてお持ちだとかいうことですが。
1964-1967
2019年05月03日 15:34
続けて失礼します。またPCが壊れないうちに、と・・・
映画「菩提樹」のサントラ盤(ドーナツ盤、45回転)に入っている菩提樹が気に入って、他にも菩提樹が入っているレコードをさがしたのですが、すぐには見つかりませんでした。少し後の年代の盤には、入っているのを知って聴きましたが、ん~ 何かちょっと違う... でも、とにかく菩提樹そのものの入っているレコードが、他にはみつからなくて、もっと聴きたいとずっと思っていました。 そうしたら、89年にコーラス・ヴィエネンシスが歌ってくれたので、すごく嬉しかったです! 25年ぶりに聴けたゾ~って。

ponko310
2019年05月03日 17:41
1964-1967さん
歌曲の菩提樹探しのお話にちょっとほっくりです。
その歌の入っているレコードなら沢山出ている気がしますけれど、探すとなかなか無いものなのでしょうか。
私はめんどくさがり屋で、レコード探しなど滅多にしたことがないので詳しくありません。
此処に載せている情報もブロ友さんの影響で興味が湧いて、ネットで調べたり元団員の方に聞いたりしているだけですからね。
日常生活に必要のない事なので書いたら無責任に忘れています。
何しろ私のブログはエンターテイメントであるべきものなんですから。
それに今はYTで何でも聞けてしまう・・・・おっとっと、PCが壊れちゃったら大変な事になりますけどね。
私も甥が日本から持ってきてくれた最初のPCが壊れた時はあ、ゲームが出来なくなる~と、かなり落ち込みましたよ。
でも次男のアドバイスで新しいのをすぐに安く入手できました。
不思議な事に最初のはしばらく使わなかったらまた動いています。
1964-1967さんの言う、あの頃の水準のウィーン少は私の中でも同じです。
今回ベルリンでゴドイ先生の指揮を聞いて、久しぶりにキュンとしたノスタルジアに浸りました。
彼の音楽感覚は私の脳波に合いました。
そのオランダの凄いコレクターの方はどこで調べられますか?
その方に直接聞いたら古いレコードの事がわかるのでは?
1964-1967
2019年05月05日 00:41
Ponko 様の脳波に合う演奏が聴けて良かったですね。私は専ら自分の脳波にあう昔の演奏を聴いて楽しんでいます。やはり時代によって特徴がありますね。
オランダのコレクターの方の事はどこかのページで見ただけなので詳しい情報がわかりません。 でも、レコードのオランダ盤てけっこうあるのでしょうか? なにかそういう事を聞いたことがあるような無いような・・・ヤンコヴィッチさんのレコードでしたっけ?
各国の人たちにはそれぞれに違った声の質というか特徴のようなものがあるように思えます。上手下手、良い悪いとかとは全く別のことです。ですから、もちろん歌が上手でしっかり訓練を積んだとしても、そういう点で、近年はもしかして、昔のようなウィーン子の響きとは少し違ってきているのではないかなと思うのです。オペレッタも懐かしいです。
ponko310
2019年05月05日 04:54
1964-1967さん
>各国の人たちにはそれぞれに違った声の質というか特徴のようなものがあるように思えます。<
私も、いつだったか、そんなような事をここのどこかに書いたような気がします。
大きく分けて、私には欧州とアジアとアフリカとでは個人の歌声が違うと思う事が沢山ありますよ。
人種によって体つきが違うように、声帯の構成も違うのかなぁ~って灌漑深く思う事が沢山あります。
それに今のウィーン少年合唱団は世界の子供たちの集まりですから、昔の合唱団とは違ってきているのは当然なのでしょうね。
ま、好きな歌声がいつでも聞ける時代なのですから、時代に従って生きて行きましょうや。
昔は舞台でしか見られなかったオペレッタも今はYTで見られるのが何とも嬉しいじゃないですか。
ドイツのテレビで青きドナウの映画を放映した時はもう、胸が昔のように騒ぎましたっけ。






1964-1967
2019年05月05日 13:57
Ponko 様も声の事は同じように感じられたようで安心しました。

ところで記事187に載せた昔のレコードがいっぱい出ているサイトで、気になる盤を見つけました。
一枚は、Wiener Saengerknaben singen Lieder von Franz Schubert (78 008/ VDLP 315) と言うもので、ムント先生の指揮です。ムント先生はあまり長いこと合唱団にいらっしゃらなかったですし、レコードも少ないので、管理人さんの評と併せて、もしかしてマンチュさんの時代のものではなかろうかと思うのです。

2枚目は、Wiener Saengerknaben , Bartok-Britten- Koday (His Master's Voice / E 78007) フルトモーザー先生指揮、1962年初めの録音となっているものです。
指揮者、録音時期、それと管理人さんが聴かれた感じで、これはきっと青きドナウのメンバーが歌っているものに間違いないだろうと書かれてありました。 ソロは、トニーの声だったって、それってシルハネックさんのことですよね。
この二枚とても興味があります、聴いたことがあるかたいらっしゃっしゃいませんか? Ponnko 様はいかがですか?
ponko310
2019年05月05日 18:27
1964-1967さん
私はそのレコードを持っていませんから、お手上げです。
誰か、詳しい方はお知らせくださ~い。
見つかるといいですね。
ムント先生は1962年から1964年までウィーン少年合唱団の指揮者でしたがマンチュ君ならムント隊ですね。
maa
2019年05月07日 17:06
ponkoさま
デュランタの白花の新芽が出てきました。枯てなかったようです。去年台風が来て風害でハナミズキはダメージを受け、ほとんど花が咲かなかったの。海からの風で塩害だそうです。でも植物は健気にいきていますね。
今回のバルトークやコダーイの録音は、私も聞いたことがありません。発掘すればまだまだ出てくるものですね。
現役のブルコアも4年前とは全然ちがう楽しさと美しさで、マノロ流サービス精神にあふれたコンサートを続けていますよ。
子どもたちの力も計り知れないと感じています。

ponko310
2019年05月07日 22:15
maaさん
こちらはデュランタはまだ見つかっておりませんのじゃ。
枯れたと思っていた木から新芽が出るとすごく嬉しいものですよね。
私は今年もブドウの房が沢山付きそうでワクワクしています。
ハナミズキもこっちでは見かけないな~。
塩分を含んだ風で植物に被害が出るのも島国の特徴ね。
私が懐かしいのはキンチョウゲです。
あの香りの木にはドイツではまだ出会っていません。
ブルコアは日本で輝いているみたいですね。
今年は少し監視が緩くなって、ファンとの楽しい交流が出来る機会があるといいですね。
人間に感情がある限り、心があたたかく通じる出会いは一生の思い出に残りますからね。

maa
2019年05月07日 23:21
ponkoさま
キンチョウゲは、沈丁花と書いてチンチョウゲでござるよ。
花は地味だけど、香りはいいね。ドイツにはないんですね。ハナミズキはアメリカ原産ですって。家の木は父が植えたもので40年以上になるよ。一部の枝が枯れてしまって、その枝を切ろうと思っていたら、クマバチが巣を作っていたので、そのままにしておうことにしました。クマバチは枯れた枝に真ん丸の穴をあけて、中に住んでいるの。大きなハチだけど、ハナバチ(花蜂)だからこちらが何もしなければ人を襲うことはないです。
マノロ先生はファンを迎える人ですね。そのせいか子どもたちも私たちにフレンドリーです。多感な時期の子どもたちに良い思い出が残りますように。
Yuichann
2019年05月08日 19:56
Ponko さん
追記の動画リンク面白かったです。あのバルに参加された方のお話や動画を見せて頂きましたがまた違った面白さが有ります!ありがとうございました😊
ponko310
2019年05月08日 22:15
Yuichannさん
沢山の方が参加されて、大きな場所で催しもいくつかあったみたいですね。
着物姿で日本舞踊をご披露してくれた方のお話が聞けたら、これもまた一風味が変わったかも知れませんね。
何と、記事189のギュニー君もこの舞踏会にカッコ良いタキシード姿で参加していました。
ponko310
2019年05月09日 03:46
maaさん
お返事を一つ飛び越してしまいました。
マノロ先生のファンへの寛大な応対の動画を見ました。
太陽の国から来た人のお国柄かな。
世界的に昆虫が死滅する現象が起こっている現在にmaaさんのお庭は虫の小さな保護地域ね。
熊蜂は我が家にもたまに訪れています。
あれ、むくむくしてて可愛いよね。
沈丁花をキンチョウゲだなんて、名前ももう確かでなくなってるんだわ。
次はどんな新しい植物の名前が現れるかお楽しみよね。

Yuichann
2019年05月09日 16:28
Ponko さん
エー!そうなのですか。チョット興味があります。どの方か想像してみます。ウイーン少年合唱団のバルだから卒業生が居るのは当然ですね!今年のテーマは日本だそうですね。日本大使館がバックアップしたようです。天井から大きな鶴がぶる下がっている部屋もあったようです。昨年は南アフリカだったかな?
ponko310
2019年05月09日 17:06
Yuichannさん
鶴のお部屋の事をお話して下さった方は他にどんな楽しい体験談をしてくれたのでしょうね。
私は夜会服など持っていないのでそんな舞踏会には出られません。
バルの動画を見たルカは外国なので参加しませんでしたが、希望すれば特別な招待状がもらえたのですって。
ウィーン少年合唱団員だった紳士たちはそういう華やかな催し物には慣れているのでしょうね。
私は人がわんさかいるパティーは苦手です。
来年のバルが南アフリカなら、ドラケンスボーイズが招待される可能性はあるんじゃないですか?
私服のウィーン少がアフリカで彼らのコンサートを聞いている写真を見たことがありました。
Yuichann
2019年05月09日 21:31
Ponko さん
大きな和紙で鶴を折ったそうです。それを天井から吊るしたそうですが、皆さん上を見ないので気が付かない方が多かったそうです。ウイーン少年合唱団の舞踏会、日本でも関係の有る方が参加者を募っていました。(お金が無い💰着られるドレスが無い👗参加は諦めました!)バルのテーマが日本という事で🇯🇵着物を持って行ったそうです。着物を海外に持って行くのは大変みたいですね?
昨年のバルのテーマが南アフリカだった様です。
ponko310
2019年05月09日 23:47
Yuichannさん
早速新しい情報をありがとう。
せっかく苦労して折った大きな鶴がみんなに気が付いてもらえなかったなんて、残念です。
きっとイベントを一緒にやった方なのですね。
日本から着物を着てドイツに来た女性がいましたが、ずっと姿勢を崩しませんでした。
でも、着物は素敵ですよ~。
そんなのを着て電車に乗ったら注目の的だろうな。
そう言えば、確かに去年のバルは南アフリカでしたっけ。
ドラケンスの代わりにゴスペルの歌手でした。
場所も宮殿じゃなくてシュトラウスの像のある公園のクアハウスでしたね。
1964-1967
2019年05月11日 15:14
Ponko 様
私の所のデュランタも新らしい葉が沢山出てきています。maa 様のも枯れなくて良かったですね、白いのもきっときれいでしょうね。
突然ですが、ベルリンからウィーンってどれくらいの距離があるのですか? 実際の距離だけでなく交通の便なども含めて、どんな感じなのでしょう。日本で例えると、どことどこのようでしょうか、日帰り楽勝とか、そう簡単ではないよとか、教えてください。
ponko310
2019年05月11日 17:31
1964-1967さん
お宅のデュランタを是非拝見したいものです。
私はまだ見つけていません。
ベルリンからウィーンに行くについては記事181や140を見てくださいね。
飛行機でも行けますが、まだ試していません。
飛行機ならきっと日帰りも出来ますね。
Joku
2019年08月14日 01:57
ミハエル・ギルレスベルガー著:ハンス・ギルレスベルガー ボイストレーナー・合唱指導・指揮者より

Ponkoさんこんな本があるのですね。恥ずかしながら知りませんでした。何気なく読みに来て良かったです。ウィーンの本屋さんになら売っているのでしょうね。12月に探してみます。
ponko310
2019年08月14日 18:04
Jokuさん
凄い、ウィーンでギルレスベルガーの本を探してみるのですか?
その勉強家ぶりにひれ伏します。私はヴィテシュニックのWSKの本を持っていますが、いまだに歴史とかややこしいところは読んでいないのですよ。
チロルに行ってウィーン少年合唱団の以前の山荘のあった場所を見て来ました。
そこを知っている元団員達と話が盛り上がりましたよ。
此処にブログ玉が復活するのを一緒に楽しみにしていて下さいね。
何気なくこの記事を読んでくださって、コメントをくれた事、嬉しく思います。
どんな些細な事でも、過去記事に声を掛けてくれことはまた書くを起こさせてくれるものなのですもの。
Joku
2019年08月17日 00:46
Ponkoさん
(ミハエル・ギルレスベルガー著:ハンス・ギルレスベルガー ボイストレーナー・合唱指導・指揮者より)
とあったので、てっきり読んだのかと思っていました。あら。
12月にウィーンでと思ったのですが、やる気がなくなる前にさくっとLehmannsのサイトで注文してしまいました。積本にならないように頑張ります。
メンデルスゾーンの「秋の歌」を聴いてから169に行ってセレナーデを何度も聴き直しました。この頃を実際に聴いてみたかったです。
ponko310
2019年08月17日 03:24
Jokuさん
本を手に入れられたら、私の翻訳で合っているか教えて下さいね。
私は何しろ根っからの勉強嫌いなので、そんな本は絶対に読みません。
他にもウィーン少年合唱団に関する本は沢山あるのですが、読まないものは買う事もしません。
ヴィテシュニックの本でさえ未だに全部は読んでいないので呆れるでしょう。
ただ面白そうな部分だけ、つまみ食いしてこのいい加減ブログに載せて喜んでいます。
Lehmann よりbooklookerの方が安価じゃないかな。
「秋の歌」のルドルフ君の歌声に涙します。
セレナーデも素晴らしい歌声で私も何度も聞いています。
私は64年組のレッシュ君のセレナーデも好きだなぁ。
オールドには苦しいほどの懐かしさを覚える歌声ですよね。

1964-1967
2019年08月29日 11:01
ponko 様

一か月位前にタカラヅカが3房くらい咲きました。今年はこれで終わりかと思っていたら、ここにきて他のすべての枝にそれぞれ、8-10房位ずつ蕾が一斉につきました。こんなに咲くのかとびっくりしています。 昨日位から咲き始めて、満開に近い房は花の重さでたわんでいます。とってもきれいですよ! まだ蕾は沢山あるのでこれらが咲いていったら、きれいだろうなと楽しみにしています。

チロリアンディジーに似ているといった赤い花は、ペチュニアというそうです。一年草で赤の他にもピンク、白、絞りなどあるそうです。 NHKで言っていました。
ponko310
2019年08月29日 16:52
1964-1967さん
1964-1967さん
お庭のタカラヅカの写真を送って頂けないのが残念ですね。
突然咲きだしたのは秋が来る前のサービスかしら。
それともあなたへの感謝の気持ち?
今我が家にたわわに実っているのはブドウです。
まだ半分近く緑なので、それが黒くなっていく度に摘まんでいます。
こちらは今日もウィーンで味わったような蒸し暑さで、まるで日本に戻って来たような気分です。
こんな夏は本当に滅多にありませんが、9月近くになっても湖に泳ぎに行けると喜んでいる人達が沢山います。
1年中こうだったら暖房費が浮くんですけれどね。
チロリアンデイジーとペチュニアはこちらでは全く種類も形も違うのですが、国によって呼び名が変わるのかな。
日本では「毛沢東→もうたくとう」ですがドイツではマウティトンと言うようにね。
ヤマチャン
2020年02月19日 23:46
ponko様

 記憶ちがいでした。おっしゃる通りこのブログで確かめたら、ソプラノはマンチュさんでした。教会もおっしゃる通りです。寄る年波には勝てません。スミマセン。
ponko310
2020年02月20日 07:22
ヤマチャンさん
きゃはは、自分でもどこに書いたか、それもマンチュ君だったのかも忘れていました。
このブログは私達の健忘症の背比べみたいですね。
よし、誰にも負けないぞ~。