192 今度はウィーンの夏でした 3

2019年6月16日 日曜日 
日曜日ですよ。
それもモーコアが今シーズンで最後に歌うミサの日曜日です。

65018049_2501242663219932_3225550358038183936_n.jpg
カーテンを開けると今日もまた青空が広がっていますが、窓から手を出してみると、昨日程暑さを感じないので、帽子をかぶる必要も無いと嬉しくなりました。
もう、あの帽子にはこりごりしましたからね。

それ程お腹も空いていないし、昨日ライニーさんと別れる時に、ミサのあとはみんなで一緒に朝食を取りましょうと話しておいたので、101105-Trolli-Gluehwuermchen--Fruchtgummi--sauer--1-Kg-Beutel.jpg3人とも飲まず食わずでホテルから出ます------と言うのは嘘で、行倒れしないように酸っぱいグミとクッキーをいくらか黒猫バックに入れました。

地下鉄の3でヘルンガッセまで行きますが、駅で下りた場所が後の方だったので、階段を上がるとミノリーテン教会の前ではなく、そうなるともうスードさんの方が道順を知っているのです。
P1100713.JPG早朝のウィーンは観光客もなく、空気もすがすがしくてホッとします。
ホーフブルクの礼拝堂の広場では、minis-0124.gif von 123gif.de
すでに来ていたノーティーさんが笑顔で迎えてくれました。
昨日は4人揃ってのおしゃべりの機会が無かったので、ここぞとばかり誰の邪魔もされず、記念写真を撮ったり笑い話に講じています。
礼拝堂への階段を見て何かおかしいと思ったら、去年までは無かったのに新しく黒い手すりが設置されてありました。P1130040abb.jpgこれは気性の荒い中国女性達がミサの後、少年達を逃すまいとして、我先にドッと階段を駆け下りる際に滑って怪我をしてもらったら困るからじゃないかと考えます。

そろそろ階段の前の列が長くなって行きますが、私たちは予約しているのであせって並ぶ必要はありません。
ライニーさんに挨拶をしてから中に入ろうと思います。
約束していた通り、今日はグレゴリオ聖歌の奉仕にきて下さいます。
おっ、ライニーさんはすぐに私達に気が付いてくれました。
昨日はスポーツ的な半ズボンでしたが、今日はさすがに長ズボンです。
これで動くのは暑いので、朝食の後で家に戻って着替えて来ますって。
今日は午後からみんなで国立オペラ劇場に見学に行く予定なのです。

立ち話をしていると堂役の青年が通りかかり、ライニーさんは「よお、君が現れるとは驚きだ。」と言いながら嬉しそうに彼と握手をします。
私の知らない若者ばかりですが、さすがに友人達にはスーツを着た懐かしい元団員たちが此処に堂役になって参上して来るのが嬉しいようで、まるで3人で名前の当てっこゲームでもしているみたい。

そこにまたもやかっこいいイケメンの青年がさっそうと現れました。
P1130047a.jpg私達の方向に真っ直ぐに歩いて来ると軽く微笑みましたが、その笑顔で思わず「あ、ブルックナーコアの」と頭に浮かんだことが音声になって飛び出てしまい、どうやら向こうもそれで思い出したようです。P1100801a.jpg









去年、ミサの帰りがけに思わず声を掛けた、あの素敵な元団員達のトリオのうちの一人でした。
今でも変わらずにハンサムで優しそうなのを良い事に、あえて一緒に写真を撮らせてもらいましたが、オールドの美的感覚を破壊しないようにイケメンの部分だけ載せます。
判らなくて幸いですが、暖かい彼の手は(冷たかったら飛びのきますが)私の腰を軽く引き寄せています。うっひっひぃ~
チロルの山荘のサロンで、こんなカッコイイOB達がスマートにお客のご婦人方のお相手をしていた場面が浮かびますよ。
これじゃ、あのウィーン少年合唱団のホテルが、夏休みになるとヨーロッパ中のご婦人方のお客で満室になるのは当たり前でしたね。
団員やOB達の休暇寮のはずだったのに、接客に忙しくてその役目が果たせないチロルの山荘に見切りをつけて、タウチュニッヒ理事長がセキルンの湖畔に本来の新しい休暇寮を造ったのでした。
しかし、おばはん達には残念な事でした。(このブログは成人用)
この青年にはミサの間はお目見え出来ませんでしたが、帰りには団員たちと忙しくしている私たちの邪魔にならないように、手だけを振って挨拶をしてくれました。
う~ん残念、大いに邪魔してくれた方がよかったのになぁ。

ライニーさんと別れた後、階段の踊り場で列の整備をしている青年に予約席の紙を見せて中に入れる時間を聞くと、あと15分でドアが開きますが、あなた方はすぐに入って構いませんと言われました。
「でもね、ライニー氏が、観客が早くから礼拝堂に入って来るのを好まないのよ。何しろ彼は古くて厳しい時代の団員だったから。」
すると、ひげの生えたその青年はおかしそうに、どうぞ構いませんから中に入ってお座りになってお待ち下さいと答えます。
でも、目の前にはものすごく長い行列ができていて、みんなが中にはいりたくて仕方ないのでしょうよ。
いいのかなあ、と気になりながらも行列の皆の目を気にしないようにして階段を上って中に入りました。
なんだ、座るのは礼拝堂の前のロビーにある椅子だったのね。
でも、そこでも中からの澄んだ高い歌声はよく聞こえてきます。
どうやらmaaさんがまた堂役の若者の中に来日組の顔を見つけたらしく、フィリップのお兄さんよ、と教えてくれます。
ん? フィリップってだれだっけ?
あぁ、3人の童子をやった一人ね、よく動画に出て喋っていた子。P1110296.JPG
お兄様の名前はラファエルだそうで、案内役の表札を胸に付けて、両手を前に組みながら礼拝堂の扉の前ににこやかな顔付で立っています。
誰も周りにいないので、maaさんが懐かしそうに彼と話しています。
ボケっと座っていたら家庭画報のインタビューの事を伝えて欲しいと言われ、ドイツ語で「雑誌」と言う単語が出て来なくて焦りました。
一か月に一回出る本、と説明して分かってもらえましたが、ウィーン少年合唱団員は世界中の雑誌や新聞に数え切れないほどの自分の写真や記事が出ているので記憶は曖昧なのでしょう。
彼が案内してくれた礼拝堂での私達の席は何と一番前ですよ。P1130053.JPGあの祭壇の後ろの彼も少年合唱団員として歌っていたのでしょう。
黒いカソックをすらりとした身に付けて静かに蝋燭に火を入れる姿勢が上品で-----チッ、見とれていたので一番素敵な場面を撮りそこないましたがここで見れますから。http://pommier.cocolog-nifty.com/pointvirgule/2019/07/post-bf26f9.html
ミサの始まるまではまだ少し時間があって、私達の席が一番前だと知っているライニーさんが、サクリスタイ(祭壇の横の部屋)の入り口から白いカソック姿でちらっと覗きます。
また思わず小さく手を振ってしまいました。
しばらくするとミサが始まる証拠に、フリップ君のお兄さんが現れて祭壇の正面に立つと、緊張した面持ちでミサの間は撮影機を使わないようにと説明してくれます。

ミサの始まる直前にサクリスタイから一人の少年がさっと現れて、祭壇と客席の間に張ってある綱を壁際で乗り越えるとすぐ近くの席に座りました。 一体なんだろう、行儀の悪い、ま、いいか。

表ではミサの始まる知らせの鐘が鳴っています。
厳かなミサが始まり、聖職の方々が後ろから祭壇へと向かいます。
今回のコーラルスコラのメンバーはかなり若い者が一緒です。
静粛なミサの様子や美しいミサ曲の事はmaaさんの記事に任せます。
ただ、グレゴリア聖歌を歌い終わると、二人の若いスコラの団員が先ほどの少年の方を見ては、何度も嬉しそうに顔をほころばせているのに気が付きましたが、後で聞くと、仲の良いフランスの交換学生の友人だそうで、それが気になっていたようです。
まさかパリ木の十字架少の団員だったとか・・・・・。
ライニーさんが二人に羽目を外さないように合図を送ったような。
此処にも若さの世代を感じますが、卒業生があの難しい楽譜のコーラルスコラで歌ってくれるようになるのは嬉しい現象ではありませんか。

ミサの後、いつものように少年達が祭壇の前に来て歌ってくれました。
親しみの無い知らない曲でしたが歌声は美しいままでした。
ドゴイ先生だったらどうアレンジしたかしら、と余計な事を思い、とうとう彼に会えなかった事を残念に思うのです。
私の目の前にはフェリックス君が堂々と胸を張って歌っています。
ベルリンで知り合ったファビアン君が見えましたが、後列にいるヤコブ君だけが前の団員と重なってすっかり見えません。

出口に人が殺到して私とmaaさんは先の二人に後れを取りましたが、丁度団員達が部屋から出て来たのに遭遇しました。P1130055.JPG表にはもうたくさんの観光客が団員を待っています。
その中に一人、団員でなく私達を待つライニーさんがいます。
そして少年達は自由と我が家に向かって急ぎます。P1130061.JPGその自由を奪うかの如く、何人かの団員にカメラを向けました。
ちょっと変わったお願いなのにじっとしていてくれました。P1130056a.jpg帽子のリボンはあるけれど、ワッペンをじっくり見たかったのです。

あのイケメン君が手を振ってくれた事や、真っ赤に日に焼けたファビアン君のパパが挨拶に来てくれたのと、イェトミール君のパパがスードさんの名前を憶えていると告げに来たことが過ぎると、私達はホーフグルクを後にして、あの涼しいカフェのオーバーラーに向かいます。
今別れた少年達が中国人の観光客達に捕まっているのが目に止まりました。
P1130062.JPG少年の一人が帽子を手にしていますが、しっかりと握られた手中のそれは、これからも彼の少年時代の一番大切な思い出の一つになるのでしょうね。

日差しが暑くなってくる中、ライニーさんと並んでみんなの前を歩きながら、やっぱり帽子を被ってくりゃ良かったかな、と考えています。

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この記事へのコメント

ek
2019年07月11日 00:07
日曜日ですね。年月は経てど わがおもいは、礼拝堂のあの階段の下にいる気分です。
気持ちは高ぶり 頭はふわふわ。
精神を洗われるどころか、夢の中にいる心持ちであの階段をおりました。あの感覚をまだ覚えているなんて....自分がこわい。
ponko310
2019年07月11日 00:17
ekさん
日曜日ですよね。
年月は経てど あなたの想いは、礼拝堂のタウチュニヒ団長の横に座っている気分かな。
ekさんがふわふわの気分で下りた階段を、私は餓鬼大将のようにダダっと下りました。
もうそろそろウィーンから卒業する時期かもしれません。
でも今度行くことがあったら
シュテファンスドームに登って来ます。
ekさん、まだやってないでしょう。
Yuichann
2019年07月12日 23:14
Ponko さん
次はどんな事が有ったのか、ワクワクしながら読ませて頂きました。 今のホーフブルクカペレの外階段の手すりはそう言う理由で付いたのですね?親切!ブルコアの昔の団員にまた会えた何て素敵ですね!
昔、シュテファンスドームに登りました、工事をしていたのか足場が組んであったように思います?


ponko310
2019年07月13日 05:03
Yuichannさん
階段の手摺りについては私の想像に過ぎません。
でも、60年初代の若かりし頃のファンが今、ウィーンに来ているとしたら、お年寄り用かもしれませんね。
ブルコアの青年は素敵でしょう。
勝手に私の孫にすることにしました、うふふ。
記事を読んだ方のコメントは恐れ多くて期待できませんが、せめてものエネルギー元の気持ち玉が無くなってしまったので記事を書く気が減少しています。
でもekさんやyuichannさんに少し後押しされた気がしました。
今、ポテチを食べながら日曜日最後の記事をまとめていますが、やけ食いです。
Yuichann
2019年07月13日 11:50
Ponko さん
ポテチ美味しいですよね!美味しいものは脂と糖で出来ている、というCMがありました。一袋など直ぐ食べ終わりますよね!緑茶(カテキン)を飲めば良いかな?などと思っている私。
ウイーン少年合唱団のワッペン、とても良く撮れてるいますね!双頭の鷲はハプスブルク家の紋章ですね?素敵なワッペン!
次待っていますね!(私も書かなくちゃ?)
ponko310
2019年07月13日 17:27
Yuichannさん
確かにポテチは太ります。
せっかくウィーンで節制していたのに、ブログのせいでまた太りそうです。
でも友人に緑茶を頂きましたからポテチの分、取ってくれるかな。
そう、双頭の鷲じゃない一頭のオーストリア国章のワッペンは団員君が胸を張って撮らせてくれました。
幾つか撮ってみましたが、みんな同じワッペンでしたね……当たり前か。
私もYuichannの思い出の記事をワクワクしながら待っているところです。
だって、あの頃じゃないですか。
yuka
2019年07月13日 22:40
姐さま
今も昔もファンにとって特別な場所、ホーフブルク教会の階段も進化しているんですね。
そこで成長した馴染みの顔に遭遇するの
も、ファンにとってはまた別の楽しみでもあります。
イケメントリオ兄さんたちの脚の長いこと!
顔にスタイル、そして感じも良しと、それぞれに三拍子揃ったトリオ君にオバサンはもう目が釘付けです。
もうすぐ日本発売のザルツブルク音楽祭動画「魔笛」はラファエル弟フィリップ君と同コアのマシュー君出演のものらしいですよ。
今から発売日が楽しみです。
私はソロがイェトミール君ではなく、ルイス先生不在というモーコアがまだ想像できないでいます。
新任のマヌエル先生も実力はもちろん、それにも増して素敵な音楽的センスをお持ちの方であって欲しいと願うばかりです。
ご掲載の今も昔も変わらない団員お帰りの姿写真に、胸キュンとなりかけたものの、キックボードを持っている少年を見ると現代なのだと時の流れを感じさせられます。
私は胸の紋章が今の今まで双頭の鷲だと思い込んでいました。
一頭だったとは。。。
カフェオーバーラーは朝食なども美味しいという日本人の口に合う人気のカフェらしいですね。
クーラーも入っていて良かったです。
それではまた次を楽しみにしています。
ponko310
2019年07月14日 03:18
yukaさん
次を楽しみにしていてくれる方がまた一人現れてくれて嬉しいです。
確かに来日組の団員達が成長してホーフブルク礼拝堂で堂役としてお手伝いしているのはウィーンを訪れるファンには素敵ですよね。
ゲルハルト・K君も1974年に堂役として訪問者の案内をしていたみたいです。
2011年に日本に行けなかったブルコアの団員達の魅力をせめて此処で知らせることが出来で本望です。
あのブルコアの団員の魔笛はテレビで見ました。
演出がモダンで、余り好きにはなれないのが残念です。
ミサの後で出て来る団員達はいつも急ぎ足で帰って行きますが、いつもたいてい何人かはカメラの対象になってくれました。
あの制服はどこで見てもキュンとしますね。
今回のミサにベルリンで知り合ったイェトミールもヤコブもファビアンもいました。
ルイスさんがいないのは覚悟していましたが、本当に遺憾に思います。


yuka
2019年07月14日 14:37
姐さま
ホーフブルクでゲルハルトさんに迎えられるなんて、当時のファンの方は夢を見ているような瞬間だったでしょうね。
以前、ブルコアにはイケメン君が多いとファン友さんと話したことがあります。
このイケメン3人組も2011年に来日していたら「○○君だ懐かしい」とか言いながらお写真を拝見していたのでしょうね。
残念なことにはなったけど、彼らがその後姐さまに出会い写真で紹介してくださり、最近またそのひとりに会われたのには、やはり何かの縁を感じます。
これもタヌキ様のお導きか?
今回の魔笛は数少ないWSK出演のオペラビデオですから内容よりも、最近の団員が出演していることが嬉しいです。
私もあまりアレンジされているものは好みません。
いつだったか同じくWSK出演で、スターウォーズヴァージョンの魔笛がネットに挙がっていた時にはギョッとしました。しかしこの作品はそこまでのことはなく、アレンジによって彼らの少ない出番が多くなり、ずっと観ていたいファンにとっては願ったり叶ったりではないでしょうか。
魔笛というよりはWSK出演のオペラビデオとして楽しませていただこうと思っています。
ponko310
2019年07月14日 18:00
yukaさん
なんと、ミサでそのゲルハルトに会ったと教えてくれたのはekさんです。
けれどそのekさんはミサで緊張のあまり、キリアン君にもタイマー先生にも気が付かなかったそうで、あとで彼女の同行のお友達が書いてあったものを読んで今更びっくりしたんですって。
なんともったいない。
きっと彼女の目の中にはヴォルフィーさんしかいなかったのですよね。
私は今だ以って当時のウィーン少の歌声に心奪われたままですが、光り輝く現役のファンにとって、此処に頂いたyukaさんの言葉は頼もしく、とても嬉しい意見だと大歓迎します。
世界中の(特に日本の)忠実なオールドファン達によって、現在までウィーン少が保たれてきたのですもの。
yukaさんがブルコアにハンサムが多いとお友達とお話しされた時、どこかから沢山の大きな拍手が聞こえませんでしたか?
それは私とルカと64年組のみんなからでした。♬♬

maa
2019年07月16日 19:03
ponkoさま
私はドイツ語を聞き取れないので、堂役のお兄さんとそんな会話があったことをすっかり忘れていました。そういえば私たちは、並んでいる人を横眼に、さっさと入ってしまいましたね。
スコラで歌っている若手のメンバーが、覚えている元団員ばかりで嬉しかったですよ。ジョンミン君もジーノ君も(あと後列にいた兄さんも)ソリストでしたが、レアンダー君は日本ではソロはなかった人でした。でも覚えているのは、彼が団員時代に確かアジアのどこかでフェリーに乗っているとき、カッペを風に吹き飛ばされたということ。カッペは戻って来なかった・・・ような気がします。予備はあったのでしょうか? それからコンサートでは曲の紹介もしてくれました。「水兵のポルカは日本初演です」と、今でも彼のハスキーな声を覚えています。
合唱団は退団したらおしまい・・・ではなく、こうして堂役やスコラのメンバーとして王宮礼拝堂で活動を続ける、それも素晴らしいと改めて思いました。
ponko310
2019年07月16日 22:52
maaさん
風邪で飛ばされたカッペの事、私も誰かから聞いたことあります。
予備はいつも用意してあるみたいですね。
でも、レインコートを失くして弁償させられた親がいたとも聞いたことがありましたが、どうなのかしら。
ミサの時に、知っていた堂役やスコラの兄さんたちがそんなにそろっていたとはすばらしかったですね。
私だったらきっと落ち着いていられませんでしたよ。
maaさんが話しかけた兄さんはとても嬉しそうでした。
元団員氏達が言うには、一度ウィーン少年合唱団員になったら、一生ウィーン少年合唱団員なのですって。



maa
2019年07月16日 23:11
ponkoさま
一度ウィーン少年合唱団になったら、一生そうなんですね。今の自分には一番うれしい言葉です。それを信じて、これからもずっと聞き続けようと思います。
1964-1967
2019年07月16日 23:19
Ponko 様 maa 様

一度ウィーン少年合唱団員になったら、一生ウィーン少年合唱団員なのですって。

本当にそうらしいですね。卒業後も色々な形で合唱団に関われるし活動もできると聴いたことがあります。お葬式も合唱団葬みたいだっだりしますし・・・
いいですねそういうのって。

タカラヅカが咲き始めましたが、このところの日照不足と梅雨寒で、花が今一きれいではありません。小さいし、房が少ない。来週からは夏らしくなるといっていたので、私は暑いのは好きではありませんが、花には良いと期待しています。
ponko310
2019年07月18日 00:09
maaさん
今のmaaさんにとって団員の言葉が一番嬉しいように、ウィーン少年合唱団にとってもmaaさんのような忠実な支持者は一番嬉しいのではと思います。
ハート黄両想いって一番嬉しいですねハート黄
ponko310
2019年07月18日 00:12
1964-1967さん
あの制服を一度着た少年達は一生ウィーン少年合唱団員としての誇りを持つのでしょう。
思春期の時期には団員だったことにバツの悪さを感じる子もたまにいるようですが、音楽の道に進む人たちは胸を張って自慢できますね。
私は今だにデュランタが見つかっていません。
デュランタは太陽の花だそうで、秋までには持ち直してくれるといいですね。
バニラの香りがするそうですね。
joku
2019年12月09日 21:24
Grüße Gott Frau Ponko.
ウィーン旅行記を読んでからずっと王宮礼拝堂ミサに参加したい欲が出てきたので、なんとか時間の取れた8日のミサに参加してきました。
前回ウィーン少年を聴いた時のレベルがあまりに…だったのでちょっと不安でしたが、Ponkoさんのおっしゃる通り昔のレベルに近づいて良かったです。勿論Ponkoさん推薦のChorus Viennensisの聖歌も。ちょっと習いたくなりました。
最近を知らないので誰が歌っているのか、案内等をしているのは誰なのかわかりませんが、Ponkoさんのブルコアのカッコイイ若者とはすれ違いましたよ!
マリア 無原罪の御宿りのミサでしたのでお説教もとても良かったです。ウィーンに移り住んで毎回参加したくなりました。今度こそはフランツ君のミサ曲の時に。
joku
2019年12月10日 01:21
先ほどChorus Viennensisと書きましたが、コーラルスコラの間違えでした。
ご存じとは思いますが、Chorus Viennensisの12月1日のクリスマスコンサートのラジオ放送があります。今から楽しみです。
15日ドイツ時間10:00~ HR2
https://www.hr2.de/programm/alte-und-neue-weihnachtsmusik---wien,sondersendung-musik-270.html
24日ドイツ時間14:04~ ORF OE1
https://oe1.orf.at/programm/20191224#585157/Du-schoene-Morgenroet
ponko310
2019年12月10日 03:35
jokuさん
コラールスコラだとすぐに分かりましたからご安心を。
それに12月1日のヴィネンシスのラジオ放送の情報に飛び上がって喜びました。
時間差はありますが、これならきっとインターネットで日本でも聞けますね。
ライニーさんからすでに写真やプログラムを頂いていたので、聞きたいと願っていたところだったのです。
彼にもリンクを早速教えました。
本当にありがとう。
まぁ、昨日のホーフブルグのミサをお聞きになった?
あの素敵なブルコアの若者にお会いになった?
なんてaufregendなんでしょう。
少年達の歌声の水準が上がって来たとのjokさんからのお言葉も嬉しいものです。
昔のウィーン少年合唱団は戻って来ないのでしょうが、新しいウィーン少年合唱団も心の底から懸命に歌ってくれていることに変わりないですね。
このブログのミサの後、紺の制服のモーコアの年長の少年から、今日が僕のウィーン少年合唱団員としての最後に歌った日になりました、って小さな声でポソっと言ったのを聞いたとき、それが心に深く深く刻まれました。
今であろうと昔であろうと、ウィーン少年合唱団員はいつまでも誇りを持って行くのでしょう。
あなたのフランツ君だってその一人だったのですからね。