192 今度はウィーンの夏でした 4

2019年6月16日 まだ日曜日です

P1060607.JPGミサの後の朝食、と言うよりもすでにブランチになりそうですが、みんなは人混みをぬって冷房の効いたオーバーラーに向かっています。
日差しが強くて頭がボウッとなる寸前、ライニーさんから実に意地悪そうに「君はXX(髭の生えた案内役の青年・名前を覚えていません)に、僕が古くて厳しい時代の団員だから観客が早くに礼拝堂に入るのを嬉しがっていない、と話したんだってね。」と耳打ちされて仰天
思わず口に手を当てて ひゃー、ばれた
何でも筒抜けじゃん 。お蔭で頭はっきり
ライニーさんは苦が笑いをしながら、古くて厳しいと言う言葉を繰り返してやれやれと言う風に首を横に振っています。
何だかちょっと、先生に悪戯を見つけられた気分かな。

ところで(バツが悪いので話題を他に持って行くのじゃ)、ミサの時に香炉を振っている聖職の方がいらっしゃいましたが、何と64年組のロスナー君の一番下の弟さんだったそうです。
判っていたら良く良く顔を覗き込んでおけたのでしょうが、64年組の団員の名前を聞いただけでも嬉しく思いました。
5人兄弟(4人の間違いでした。)の全部がウィーン少年合唱団員だと言う事は昔、日本の雑誌にも書いてあったと誰かから聞きましたが、上のお兄様だけ聖職に付かれて結婚なさらなかったんですね。
ヨハン君が大好きで、サインまでもらいに行ったピンクのワンピースの級友が、それを知ったらきっと大泣きしてしまったかもなぁ。

オーバーラーではお馴染じみの場所に席を取り、皆そろっての楽しいブランチが始まりましたが、何と小柄なmaaさんが立派な仔牛のカツレツを頼んだのにはびっくり。(あとでmaaさんのブログを読み、私達の後ろを歩いていたmaaさんの心の中ではモーコアとのお別れがとても重く沈んでいたのを知りました。どうかオーバーラーのシュニッツェルで元気が出ましたように-----気分転換は大事です。
あ~ぁ、私だったらやけ食いの方になりそうだけど。)
P1130064.JPG私もライニーさんも太るのを気にして簡素にしています。
お腹がふくれたので、お店を出るときに通るこのショートケースは、入る時よりも楽に素通り出来る事になりました。P1130014.JPG
この後、13時40分にオペラ劇場の前で会う約束をしてライ二ーさんは身軽な服装になるために家に戻ります。
劇場に向かう途中に、昨日涼を取ったアウグスティーナ教会があるので、同行の3人を誘いました。IMG_3732.jpg中から大勢の人がぞろぞろと出て来る最中で、てっきりどこかの団体が見学にでも来ているのかと思いましたが、中に入ってすべてが霞んで見えたので驚きです。
涼しいと思って入った教会内は、今までの人いきれのせいか蒸し暑く、かすかに乳香の香りが漂っているところをみると、ここでもミサが行われていたと判りました。
此処で少し休んでから、昨日、帽子を忘れたのを"ハッと"思い出した場所を過ぎ、アルベルティーナ美術館の上に登り、そこから石を磨くユダヤ人の像を見せるつもりが、約束の時間に遅れそうになって慌ててオペラ劇場に向かいます。
oper.jpg
確か約束したのはこの辺と、確実に間違った日陰の場所で待ちました。
時間になっても現れないライニーさんを求め、結局オペラ劇場の周りを一周する事になり、私達を探し回っていたライニーさんとは再び友人の携帯連絡のお蔭で合流することが出来るのです。
携帯はやっぱりすごい。
見学希望の行列は日陰の無い場所に長々と続いていて、一瞬諦るような状況になりましたが、話しているうちに建物の中に入っていたのじゃ。
すると、そこに大きなカメラを手にした男が、行列を無視して先に行こうと割り込んで来ました。
古くて厳しい時代の、今とは違う旧少年合唱団員の友人が「君、列の後ろに戻りなさい。」と頼もしく注意します。
「私の家族が中に入っているから。」と返って来たので、ライニーさんは承諾しましたが、規律を重んじる私は思わず「そんな言葉は誰にでも言えます。」と反論してしまいした。
全く、暑い中で素直に並んで待っている表の人達を考慮したら、そんな卑怯な手段で優先的に中に入る事は許せないと思いませんかね。
同じくいざこざを避ける為に何も言わないで見逃すのも卑怯じゃろが。
でも、たった一人だったから、ま、いいか……と自分も卑怯者になる。
(今ここでガッツの気持ち玉が付いた気配)
劇場の中のロビーには国際色豊かな観光客が日本の通勤列車のようにぎっしりと詰まって案内を待っていました。
表で待っている時に、誰かが日本語の案内も30分毎にあると言っているのを耳にしましたが、今は英語とドイツ語の案内が始まるところで、友人たちは英語、ライニーさんと私はドイツ語と二手に分かれます。
友よ、しばしのわかれじゃ。
中の様子はネットで調べれば分かるのでここでは敢えて説明しません。P1130071.JPGキエフの団員君がこの劇場で撮った写真を見せてくれた時、余りにも美しかったので此処を是非見学したいと思いました。
ところがこの蒸し暑さの中、冷房も無いこんな人混みの中ではとても鑑賞と言えるものではなく、ただ動く列の流れに従うの感覚でした。P1130066a.jpgでも、人がいないところで見るオペラ劇場はやっぱりすごい。P1130067.JPG印象に残ったのは少しの間、客席に座って舞台を見れた事でしたが、ガイドから受けた説明の内容は全然覚えていません。
ライニーさんが団員の時に、この舞台で真夏の夜の夢の妖精になって、真っ青に塗られて歌ったそうですが、いろいろなオペラに出演していたのに、この劇場を見学したことは一度もなかっんですって。
まさに灯台、元暗し、とはこれですね。P1130074.JPG71年に此処の3階あたりからマグべスのオペラを見た事がほんの少し記憶の底から浮かび上がってきましたっけ。P1130072.JPG舞台の案内があった時に、ライニーさんがあそこが照明技術のリヒャルト・W(記事149)の仕事場だよと、上を差して教えてくれました。
この古い動画でソロを歌っている金髪の少年の事です。彼もきっとここのオペラに出演したに違いありません。

観光が終わって表に出ると日本の友人たちはまだ見えません。
石段には修学旅行のティーン達が疲れたようにずらりと座っています。
しばらく待っても3人が現れないので、ライニーさんが周りを見に離れましたが、ペットボトルを枕にして石段にひっくり返っていた少年が頭をあげてどこから来ましたかと英語で聞いてきました。
日本からだと英語で返すと、その少年はむっくり起きあがって僕はテネリファ島から来たんだけど、ウィーンの見学で3日間も寝ていないんですよ、と話し出します。
テネリファ島には何度か行きましたと必死で伝えましたが、こんな時、英語の出来るスードさんがいてくれたらもっと面白かったのに。occ.jpg思いもよりませんでしたが、友人達の見学はとっくに終わって、噴水のある表で随分私達を待っていたようです。
この後、アイスクリームを食べに、ピッピ達とも行ったことのあるスウェーデン広場に向かいます。P1130076.JPG友人達は金曜日にすでに此処で食べていて、言葉が通じない店員がいて好きなものを頼めないとぼやいていましたが、今回は大丈夫ですよ。
……………とタカをくくっていたら、ここの若きイタリア人の店員はジェスチャーでしか要望の通じない融通の利かない男でしたね~。
アイスクリームは、それはもう美味しかったのですが、暑さでトロトロ溶けるのが早くて、こんなにぬるいアイスクリームは初めてだったような気がします。
コーンが食べたくて頼んだのですが、カップの方が賢明でした。csm_Eis-c-Shutterstock-2640_751518f700.jpg

ウィーンに来る前からもう一人の元団員氏と会う約束がありました。
映画「野ばら」に出演したマイヤー隊のギュンニーさんです。
彼は以前オートバイのレーサーだった方で、ウィーンに来たら自分のバイクで近郊を案内したいと申し出がありましたが、有り難くご辞退しておりました。
プッ夫クンのモーペットに乗らされてこりごりしているからです。
金曜日にウィーンに着いた日、フォルクスパークのバラ庭園でライニーさんに連絡を取ってもらい今日の初対面が決定していました。kafee.jpgギュンニーさんとの待ち合わせ場所は、去年ライニーさんとの観光の途中でコーヒーに招待された伝統的なカフェームゼウムです。
ギュンニーさんへのお土産に、猫ちゃんの鰹節と小型のマジパン入りドライフルーツケーキを二つ焼いてきました。
ところがですよ、私がウィーンに着いた日の夜、旅行中で会えないと思っていた64年組のレーブルさんから、ライニーさんの携帯に「月曜日に会えるように戻ります。」と連絡が入ったのです。
それで焼いたケーキの一つは明日の為にそちらの方に行くのです。
明日も楽しみが増えました。

喫茶店の中に入ると冷房が効いていない事がわかったので、まだ空いていた表のテーブルに席を取ります。
時を置かずに、赤い乗用車が止まり、一目でギュンニーさんと判るエレガントな白髪の紳士が長い髪の魅力的な奥様の手を取ってこちらにやって来ました。
初対面でしたが、まるで昔からの知り合いのようなハグの挨拶。
まず最初に交わす言葉は「ウィーンは一体なんて言う暑さなんだね。」
そこで私は日本に来たことのない3人に日本の夏の暑さを説明します。
「だから、私は日本から命からがら逃げて来た猛暑避難民なの。」
話題はお天気から避難民に移り、ペットの猫の話や庭仕事に……。
私はギュンニーさんの団員時代の歴史をすでに知っていたので特に聞くことはありませんでしたが、ここでしばらく振りに再会した古くて厳しい時代の元団員同士は仲間の情報交換に花を咲かせます。
聞き覚えのある古い団員の名前が出て耳をそばだてますが、二人共全くのウィーン訛りで話しているので何のことか全然わかりませんでした。

ギュンニーさんご夫婦とは二時間も一緒だったのに、まるで10分程しか経っていなかったように時間は早く過ぎました。
あげた猫ちゃんのお土産には「うちのは魚が嫌いだから食べないだろうなぁ。」ですって。
私は確信があって、かぶりついて食べると言う方に賭けたのですが、後からの知らせではガツガツ食べたのは結局お隣さんの猫だったそうです。

ライニーさんと明日の待ち合わせの場所を決めて分かれます。
ホテルに戻って早速、二人の女性陣と駅で中華弁当を購入して持ち帰り、私の部屋でお喋りしながらパク付き出しました。
昨日行きそびれたべルヴェデーレには、この後3人で行くことに決めていましたが、またおしゃべりに夢中になっていて、ハッと気が付くと窓の外はすでにほんのりと夕やけ色になりつつあります。20160629174400a9e.jpg(このブログ主、載せる画像を間違えてますね)
わっ、もう、21時過ぎになってる、こりゃ、たいへん。
こっちの夏はいつまでも明るいので、時間の目安が付きません。

3年前にベルヴェデーレに続く通りにあるホテルに泊まっていたので行き先はドンとお任せ下さい。
ところが、当時私が入った門はしっかりと閉じられていました。P1060391.JPG(カメラを持たないで出たので、これは3年前の昼間の写真)
有名な正門に続く前庭への入り口ですが、此処から宮殿は見えません。
そこで、どうせはいれないのならせめて柵の外からでも、と思い、宮殿の建つ方角に向かって古い建物が続いている道を歩くと、白くライトアップされた宮殿が夕暮れの中に見えてきました。
そこには古い黒塗りの鋳鉄の門がありましたが、やはり閉まっているところを見ると、一定の時間には庭園を閉鎖してしまうのでしょう。schloss-belvedere-.jpgその時笑い声がして、中から出てくる人達がいます。(矢印の場所)
管理局の人とも思えず、多分出そびれた観光客でしょう。
その人達が近づくとブザーが鳴って内側に門が開きましたが、私達はその隙を狙って考えもせず、3人でさっと中に入り込んでしまいました。
一人だったらぜ~~~ったいにできませんでしたが、3人だと気が大きくなって、ま、怒られたら素直に謝って出ればいいのですものね。
すでに辺りは暗くなって、庭園の木立も池も良く見えませんでしたが、白い宮殿だけは照明にはっきり浮き上がって周りにも薄い光を反射させています。
昼間の暑さはどこ吹く風で、誰もいない庭も心地よく・・・・・ん?
誰もいないはずの場所から少年達の騒ぎ声が聞こえました。
二人の友人達は池に写る月の影の被写体にでも夢中なのか、カメラを暗闇に向けて、今の声には無関心のようです。
私はカメラも持たずに出てきてしまいましたから手持ちぶたさで声の出先を見極めました。
800px-Belvedere_Wien_5.jpg何と、よくよく見ると3~4人の青少年がこの像を囲んで、その中の一人が馬の背に乗っています。
「こらぁ~、君たち、何してるんじゃ~!」
思わず大声で注意しましたが、静かな庭に響いて自分でもびっくり。
私以上に少年達はギョッとしたと思います。

私は急に「古くて厳しい時代の」タヌキになりました。
少年達に近づいて見渡します。
「自分たちがしていることが、良くないって判ってるね。」
その中の利口そうな一番年上らしいのが私を見降ろして言いました。
「僕たちは写真を撮っているだけだよ。」
「像に乗らなくても写真を撮れるでしょう。」
「僕たちは税金を払っているから構わないのさ。」
「税金を払っているだって? その年で?」
思わず近づいて顔を覗き込んでしまう。
そんなこんなの会話がありましたが、どう見ても16歳以上ではない。
「あんたたちオーストリア人?」
「そう、みんなオーストリア人さ。」
「それなら、あんたたちの国の貴重な宝物を守るのが普通でしょ。」
規律のタヌキは正論で餓鬼に勝つのじゃ。
「おい、ヨシュア、降りろよ。」
とうとうリーダー格の少年が馬に乗っている少年に言いました。
「そう、ヨシュア降りなさい。」
タヌキの言葉は夜のベルヴェデーレに響き渡り、宝は守られた。
と思ったら、別れ際に、私と言葉を交わした少年が
「あなたが像に乗るのなら僕たちがお手伝いしますよ。」
(´Д`)ハァ……私は本当に勝ったのだろうか・・・・
彼らにこぶしを振り上げて見送りしましたが、愉快でした。

もう暗いけど、もう少し此処にいましょうよ。
私達はベルヴェデーレの花壇の方に回って、ベンチに腰掛けます。
静かな夜の始まり、まるで妖精の世界に誘い込まれたよう。
65477390_713092382457354_6597881017258737664_n.jpg
写真機を持ってくればよかった、と言ったら「今はカメラと言うのよ。」と笑われたことが今では懐かしい思い出になりました。
この写真はmaaさんにお借りしてきましたが、こんな幻想的な夜景を見られることが一体これからもあると思いますか?
この静かな庭園にゆっくりと夜がやって来ます。
私達3人が座るベンチには、一人ひとりが大好きな人がそっと寄り添っているような気配がしていました。
沢山の、それは沢山の大好きな人達がね。

1956年に撮影されたヘディング隊(後のランク隊)です。
教育映画だそうですが、この動画は私達が少女の頃に夢見たことがそのままになって再現されているのですよ。

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この記事へのコメント

ek
2019年07月17日 21:42
Ponko様
一方的なコメントになりそうですが、なんだか懐かしい気分で今の気持ちをお伝えしたくて書き込ませていただきます。
Ponkoさんの正義感 古い物(人物も含む)への敬愛の心 読ませていただいて吹き出しそうになったり、感激したり...。
私の大好きな場所をお守りくださりありがとう!(って自分の庭でありませんが)。なぜかあの庭園 あの宮殿の写真を見るだけでうるうるしてしまう私です。
楽しいお話をありがとう。まだ続きますよね?
ponko310
2019年07月18日 00:13
ekさん
1974年に行った思い出が浮かび上がって来ましたか?
あそこはいつまでも変わりありませんね。
けれど昼間よりも、夕暮れの方が断然素敵でした。
はい、ウィーンの記事はまだ終わっていません。
Yuichann
2019年07月18日 00:19
Ponko さん
オペラ座懐かしいです。大勢の見学者にビックリです。
日本でも文化遺産にまたがって写真を撮る族がいるとテレビでやっていました。係の人が注意をしたら「怒られるから降りよう!」だって。周りの人は注意をしなかったのです。ponko さんは偉いです。
楽しいお茶の時間だった様ですね!ギュンニーさん今は自分の時間を楽しんでいるのでしょうね?
もう素敵な動画!
ponko310
2019年07月18日 03:24
Yuichannさん
怒られるから降りよう、なんて、情けないですよね。
小さい時にちゃんとした情操教育がされていない気の毒な人なのでしょう。
そう言う人には観光などに来てもらいたくないですね。
それに注意されると食って掛かったり、嫌味を返したりする人も気分が悪いですよね。
私が声を掛けた若者たちが不良じゃなかったから運が良かったです。
最後の動画は素敵ですよね。
沢山の夢見る乙女が幸せ気分になってくれますように。
maa
2019年07月18日 11:39
ponkoさま
新しい記事も楽しく拝見しました。
ロスナー兄弟のことで、私も5人と思っていたのですが、ライニーさんが4兄弟&4姉妹とおっしゃいました。8人?と確かめたらYesとのことで、大家族だったのですね。ヨハン兄さんもお元気でありますように。♡
オーバーラーでは気取って白ワインを注文しましたが、オッタクリンガーのビール(カーレンベルクで飲んだ!)とフレンチフライポテトなら、もっといけたと思います。
アウグスティーナ教会は、外側があまり教会っぽっくないのでしたが、礼拝堂は素晴らしかったです。王宮周辺に行かれるかたは、是非足を運ばれるといいですね。
ponko310
2019年07月18日 18:38
maaさん
5人から4人への訂正、ありがとうございます。
パンの方に気を取られて会話には上の空でした、てへへ。
あれ?maaさんはワインなんか飲んでましたっけ?
それも上の空で気が付きませんでした~。
上品にお酒を楽しめる方、羨ましい。
アウグスティーナ教会にはあまり観光客は来ていませんから、静かにホッと一息つくならあそこが良いですね。
それに国立図書館も絶対に見逃してはなりませんよね。
あそこにはまた行きたいです。
そして帽子の誤解を解かねば。

越後の雪椿
2019年07月19日 20:24
ponko様
1966年頃、退団した’64年組のお宅訪問が少女フレンドに載っていて、シャーリング家、ロスナー家、ネンメルト家が紹介されていました。その記事にはロスナー家は大騒ぎ!というタイトルで7人きょうだいで、お母さんが2歳くらいの弟さんを抱いていたのを覚えてます。その後もう一人誕生されていたのですね。
お父さんがウィーン国立歌劇場に勤めているせいかみんな音楽好き!というヨハンさんか、レオポルドさんのコメントが載っていました。
ponko310
2019年07月19日 21:46
越後の雪椿さん
そんな記事の事まで覚えていてくれてありがとう。
私は見ていませんが、結構少女フレンドは取材に出ていたのですね。
ネンメルト家にまで行っていたとは驚きです。
今では考えられない。
1966年と言うとタイマー隊が来日する前の年ですね。
まだそんな記事を覚えているならどうかコメントで教えて下さいね。
64年組は私の憧れの貴公子たちでしたから。
越後の雪椿
2019年07月20日 20:01
ponko様
昨年秋上京した際、国立国会図書館で1964~66年の「少女フレンド」と「マーガレット」を読んできました。WSKの記事は「少女フレンド」が多かったです。
前に書いたと思いますが「少女フレンド」はデジタル化されているのでパスワード等を登録していれば自宅のPCからアクセスし読むことが出来ます。私も登録していますがなかなか忙しくアクセスしてません。
秋になれば夜長になるのでアクセスし読んでみようと思ってます。

「マーガレット」はデジタル化してないので国会図書館に行って読むしかないですね。

 ネンメルト氏のお父さんは若くして亡くなり、写真が壁に飾ってある写真が少女フレンドに載ってました。
レーシングカーで遊ぶネンメルトの写真を見ながら「日本ではもうブームは去ったのに・・」なんで当時WSKファンの友達と話していた事を覚えてます。もう半世紀も前の話なのに(笑)
 
 レオポルド君、当時日本に3人ペンフレンドいる!と言ってましたがそのうちのおひとりと結婚されたようですね。

 シャーリング君は家族で写っている写真が載っていて、4歳上、2歳上のお姉さんが紹介されていました。
ponko310
2019年07月20日 20:44
越後の雪椿さん
古い少女フレンドが自宅のPCで読めるとは驚きでした。
この情報は64年組のファンにとってセンセーションかも。
私はどうやっていいのかわからないので、越後の雪椿さんからいただいた団員達のお話で満足します。
でも写真が見れないのが残念ですけれど。
レオ君、たった3人しかペンフレッドを選ばなかったのですね。
そりゃ~もう、凄いファンレターがアウガルテンに来ていたそうです。
それにしても当時は本当にのんびりしていたのですね~。
今は個人情報を守るとかで団員の名前も家族の事もみんな秘密なんですものね。
あ~、昔が懐かしい。
Yuichann
2019年07月20日 22:13
Ponko さん
お邪魔します!ロスナー家、あの雑誌の取材の後に兄弟が増えたみたいですね?越後の雪さんのコメントに興味があり当時の切り抜きを見ました。7人でした。女の子は4人なので8人目は男の子?その子がホーフブルクのミサの時、香炉を振っていたのですかね?
64年組に関する事は、どんな些細な事にでも興味を持ってしまいます‥‥。国立図書館、行ってみたいです!
ponko310
2019年07月21日 00:14
Yuichannさん
あらまぁ、64年組の記事を自宅に持っていられる方がいたのですね。
それらの64年組の記事を是非Yuichannさんのブログに載せていただけたら嬉しいのですが。
私は写真ばかりに興味があってそういうものを一度も保管していませんでした。
懐かしいお話し、ぜひ聞かせてください。
ek
2019年07月21日 06:53
先日 yuichannさんの所でWSKには、家族代々団員と言う歴史的な時代があったですよねと、お話をしていたところだったのですが、maaさん 雪椿さん そしてさらにyuichannさんまで この話題を深く感じる事をPonkoさんの所でも出来ました。
皆様の豊富な記憶とWSKへの思いをうかがう度に自らも長年思い続けている彼らの調べの歴史の凄さを感じる事が出来ています。
皆様 ありがとうございます。
そして なによりこの場所を設け 様々な話題を広げてくださる Ponkoさんに感謝しています。
皆様 これからもいろいろ感動させてください。
はっぴー
2019年07月21日 14:39
Ponkoさん、ごきげんよう♪
休日の午後、昔のWSK動画にしばし夢見る乙女気分を堪能させてもらいました。VilenDank!
ponko310
2019年07月21日 17:48
ekさん
すてきなコメントを嬉しいですね~。
実は私もその家族代々と言うのが面白かったんですよね。
これって、やはり血筋なのかしらね。

ブルコアのフィリップ君も動画で僕の兄も団員でしたって言ってましたね。
ホーフブルクでそのお兄さんに会った時、二人が似ていなかったのでピンとこなかったのですが、フィリップ君が日本からウィーンに戻って来た時は空港に出迎えに来ていましたっけ。

私のブログは歌よりも、歌う声を持っていた少年達への思い出話ばかりですが、せめてその声が聞こえる動画が消されないように願っています。
消されてしまったら、私が持っているレコードやCDから貼るしかないですからね~、メンドクサイ。
ponko310
2019年07月21日 17:54
はっぴーさん
この動画を見た時はいっぺんに14歳に戻りました。
私も団員に化けてアウガルテンに潜り込みたかったですね。
でも、私の夢は夏休みにアウガルテンの団員達を訪れることでした。
その頃はみんなチロルに行ってるなんて知らなかったし。
それにこのセレナーデを聞いて、ピンクのワンピースの友人がヨハン君が恋しいと泣きながら電話をして来たこと。
僕たちは静かに、足音を忍ばせて去っていく・・・・なんて、すてきじゃ~。