192 今度はウィーンの夏でした 6

まだブログ玉が復活していませんが、記憶の薄れないうちにもう一つの記事を載せておきます。

2019年6月17日 月曜日
さて、念願の64年来日元団員のヴィリーさんとの再会を終えて、これからライニーさんが私とmaaさんをウィーン郊外にある高台のカーレンベルクに連れて行ってくれるそうです。
しかし、今日もまたひどく暑くなりつつある~。
国立図書館での騒動のあった帽子を被って来て間違いはなかった。
これから地下鉄の4でハイリゲンシュタット駅に向かいます。
http://wiener-untergrund.at/netzplanu-bahn-plan-wien-920px.png
P1130082.JPG
はて、駅に降りてみると、あらら。
目の前にあるピンク色の建物のアーチで、此処は2016年にピッピとウィーン少年合唱団員だったアーミン君の家に行く途中で下りた駅だった事に気が付きました。P1130083.JPGそうそう、グリンツィング行きはこのバスでしたよ。
あの時は雨模様でしたが、ピッピが待ち合わせの時間を1時間も間違えてくれたおかげで、私はのんびりと情緒あふれるグリンツィングの街角を散策し、すてきな思い出を作って来ることが出来ました。Heiligenstadt.JPGここには1971年にエッセンの男性合唱団のペーターに合う為にハラルドの初恋のマリアとも来たはずの場所だけれど、きっと以前は全然違う風景だったと思うので全く覚えていない。
さて、ピッピと来た時にもこの建物が印象的だったのですが、ライニーさんはこれはカール・マルクスホーフと言う、低収入の市民も入れる市営の集合住宅だと教えてくれました。
中庭のある、1キロ以上の長さの壮大なアパートなのですよね。
何故一目見て気に入ったか分かったのは、これが私の好きなユーゲントシュティールの建築だったからでした。P1130085.JPGカール・マルクスは裕福も貧困もない平等な共産党宣言をしたけれど、もしロシアやポーランドや東ドイツの共産国の姿を見ていたらさぞ嘆いたことだったでしょうに。
あれは絶対に彼らの思想に反した非平等な制度だったからね。
そう言えば、中学の時に習ったマルクスの「哲学者たちはこれまで世界をさまざまに解釈してきただけだった。しかし重要なのは、世界を変えることなのだ」と言う説がベルリンのフンボルト大学の正面玄関に掲げられてあるのを思い出しました。
Karl marx.jpg日本の学校で習った有名な言葉の原語を、思い掛けなくベルリンの大学で読んだ時の若き感動はまだ忘れていませんよ。
ほ~ら、また私のお得意の枝分かれが始まってしまった。
本筋に戻らなくてはね。
バスの中からは懐かしいグリンツィングの景色が過ぎて行きます。P1130102a.jpgあらら、ノスタルジック過ぎて白黒になってしまったではないか。

私達のバスはさらにウィーンの森の中の坂の道路を走って行きます。
あ、これはハイリゲンシュタットへ戻る対向車ですからね。
P1130087.JPG最初に下りた停留所はレオポルヅベルク。
広場のような停留所の周りはウィーンの森の木々だらけ。
おっ、これはオスマントルコか。
カッコイイ男性軍じゃ。Leopoldberg.JPGと、思って下を見たら1683年にトルコ軍のウィーン包囲で解放に手を貸したウクライナのコザック隊でした。P1130088a.jpgこんなことは日本の義務教育では習わなかったので、トルコがウィーンを占領しに来ていたなどとは知りませんでしたね。
しかし当時は実現されなかったものの、トルコの侵略はじわじわとケバプを掲げてウィーンどころかベルリンにも広まっておりまするぞ。
興味のある方は「第二次ウィーン包囲」でウィキペディアでどうぞ。
此処にそれに関したドイツ語での歴史の動画を貼り付けます。

さて、お勉強はこのブログではとんでもはっぷんなので、さらに先に進むと石垣のある場所に来ました。DSCF1788.jpg
後で調べると(あ、やっぱり勉強してまする)レオポルヅベルクは昔、石造りの要塞(城)があってオスマン帝国が攻めて来た時に破壊されていたんですね。
だからこの廃墟の石垣にはこんな掲示板が貼ってあったんだ。
1983年9月12日にオーストリアの陸軍によって貼られたものです。Leopoldsberg.jpgトルコ対ウィーン防衛300週年記念と読めますが、この標識を調べたら、本来はこの陸軍のカッコいい紋章がくっついていたのですよ。
此処は去年まで改築の為に封鎖されていたそうですが、見学に来た誰か悪い奴が記念に剥がして持って行ったのかもしれません。
年代からすると、さっきのコザックの兵士像と関係がありましたね。
この石垣に添って歩くと視界が広がってドナウが見えました。
此処から見ると向こう側のドナウ運河と真ん中のドナウ本流の色の違いはまさに「青きドナウはウッソ~だった」と分かるでしょう。
P1130090.JPGね、この本流の水は絶対に口に入れたくない色でしょ~。

古い石造りのちょっとロマンティックな展望台。
P1130091.JPGフルトモーザー先生の指揮に魅了されたmaaさんは、ライニーさんが彼のお墓のある方向を指さすと、此処からそこを見つめて感慨にふけっているようです。
そして森の間のブドウ畑の真ん中にはホイリゲがぽつんと。
P1130094.JPG
右にあるのが図書館での問題の帽子ですから。
Leopoldberg 1.jpg私達は多分この高台をぐるりと回ったのでしょうが、城壁にはアーチ形の入口があって、渋みのある古い板でふさがれていました。
そこには非友好的な木造の古い扉が付いていたのですが、そっと押すと簡単に開いて中に入ることが出来ました。
これは1950年頃の写真ですが、今は私営になっていて、庭師の説明では、此処は完璧な憩いの場所として提供されているので大騒ぎしたり大きな音で音楽を掛けたりすることは断じて禁じられているそうです。um1950.jpg向こうに見えるのはレオポルズ教会で、いろいろ歴史は有るらしいのですが、お好きな人は勝手に調べて下さい。P1130093.JPG手前にはうっそうと花を付けた菩提樹が涼しい影を落としていました。

元の停留所に戻り、同じ線で今度はカーレンベルクに着きました。
P1130095.JPGここはさっきの場所と打って変わった賑やかさです。
此処にあるのはカーレンベルク教会。
ここも1683年のトルコ戦争で崩壊されたらしく、その後の沢山の歴史がありそうですが、学校の授業ではないので素通りします。
P1130098.JPGこの愛の鍵は、今じゃどこの観光地にもありますね。P1130097.JPGここのレストランは人がいない時はこんな風景らしいのです。kahlenberg-coffee-to.jpg窓際が良かったのですが、あえて陽の当たらない場所を選びました。
ようやく水分補給で一休み。P1130100.JPG
昔のカーレンベルクはこんなだったと絵葉書をネットで見つけた。AK-Blick-vom-Kahlenberg-auf-Wien.jpg
実はこのトルコ軍からのウィーン解放戦争を記念して、毎年この時期になるとこの辺りでは大規模な記念行進が行われていたんですね。69918844_393495881362702_5827649847573872640_o.jpg
ところが今年は左翼の反デモ隊が、カーレンベルクとレオポルヅベルクへの道をふさいだために、記念行列の行進はこの写真のようにウィーンで行われたそうです。https://www.tagesstimme.com/2019/09/08/statt-kahlenberg-gedenkzug-1683-lief-durch-die-wiener-innenstadt/
さては、レオポルヅベルクの石垣の紋章紛失は左翼の仕業だったかも。

帰りのバスがグリンツィングに近づくとブドウ畑がありましたがカメラの操作を間違ったのでこの通りです。P1130101.JPG
この日の夕方の予定としては、ライニーさんからMuthでハイドンコアのコンサートがあると聞いていたのですが、丁度その頃ブルコアが日本公演から戻って来ると言う事で、ファン友さん達にくっついて空港にいくことに決めました。
実は、ライニーさんにもこの暑い中、これ以上観光案内してもらうのは気が引けていましたし、私達もホテルに戻って一休みしなくては。
翌日のウィーン発の列車が11時15分発なので、見送りに来てくれると言うライニーさんと駅で10時45分に待ち合わせの約束をしましたが、maaさんにとっては、今がライニーさんとの最後のお別れになってしまうので、ハグをされたときにちょっと泣き虫が顔を出しました。

ライニーさんと別れてホテルに戻る途中で、日本へのお土産を沢山買って来たスードさんとも偶然一緒になりました。

さて、この後はノーティーさんを交えてシュベヒャート空港へ出発。
中央駅から見た私達のホテルはこんな様子でした。P1130104.JPG
ここから電車に乗って、降りたらもう空港の出迎え口でした。
この便利さには脱帽しましたね。
しばらくすると団員の御家族らしき方達も現れて緊張が高まります。
飛行機が到着し、団員達がスーツケースを引っ張って出てきました。
ファン友さん達は彼らのコンサートを日本で何度も聞いていたので、出て来た団員達は記憶にある顔ぶれをウィーンで見つけて驚いた様子。
そりゃそうでしょうね。
日本で手を振っていた人たちが、この空港で出迎えてくれたのだもの。
そんな様子を眺めるのも楽しめました。P1130110.JPG
舞台で猫の泣き声を担当したと言う少年。
どうして自分が選ばれたかわからないと言っていました。
写真を撮って良い?と聞くとにっこりと良いお返事がもらえました。
動画はひどいけれどこれがそのポーズの写真です。P1130114.JPG名前を覚えていない子ですが、他にも撮らせてもらいました。
確かフランスの少年で初めはあまり笑わない子でしたね。
それが日本の演奏旅行では笑顔が増えてきていましたよね。P1130113.JPGモーコアが日本にいた時に良くネットで見たこの少年の笑顔はまるで画家のラファエルの天使のような印象を受けましたっけ。
65031349.jpg
実際に話しても交友的で、とてもいい印象を受けました。
お寿司とか天ぷらとかを食べたけれど、おそばが気に入ったそうです。
タウチュニヒ団長を知っていますか、と聞いたら「知りません。」
えっ、あの団長の名前を知らないの! なんちゅうことじゃ、と仰天して思わずのけ反ったら、ケラケラと笑い出されてしまいました。
だって私にとってはタウチュニヒ団長はウィーン少年合唱団とは切っても切れない存在だったからです。
でもね、それは今の子供たちにとっては関係ない事。
その代わり彼の横には団長を良く知っていたお祖母様がいました。
周りにはご両親の来ていない団員達も沢山いて、その子たちとの気軽なおしゃべりに気を取られて写真など殆ど撮りませんでした。
上機嫌なマノロ先生が現れると、彼はこの3人のファンにそれぞれ握手を求めたのですが、両手で手をしっかりと握って、深々と頭を下げてお辞儀をしていました。
いつでもどこでも明るくて愉快な方ですね。
ザルツブルクの音楽祭で魔笛の3人の童子の一人だった少年、えーと確かマシュー君でしたっけね。
彼にも声を掛けさせてもらいましたが、横にも興味ありそうに見ていた団員がいて、気を効かせた友人がおしゃべりの仲間に誘って入ってもらいました。P1130899.JPG二人共将来はクラシック音楽の道に進みたいそうです。
意味のない無駄話しをしている最中に、これが最後なんだとはっと気が付いてようやく記念写真を思いつきました。
「ね、この3人のファンたちと一緒に写真を撮らせてね。」
すると二人の少年達は手に持っていたスィーツをさっとトランクの上に乗せて、まるで示し合わせたかのように左右に分かれると、友人達を挟むようにして両側に立ってくれました。
そのスマートな気の利き様にはちょっとびっくりしましたが、現代人であってもさすがにウィーン少年合唱団員達、と嬉しくなりました。
それにしてもタイミングよく写真が撮れたものです。P1130123a.jpg
この後すぐに出発の合図があって、残りの団員達はスーツケースを引っ張ってありがとうとさようならを言いながら手を振り、私達から去って行きました。
友人達はあんなにフレンドリーで本当によかったね、と幸せな余韻を楽しんでいました。

無事に見送りが終わると私達も中央駅に帰ります。
お借りしてきた画像ですが、此処で夕食を取りました。
csm_BahnhofCity_Wien_Hauptbahnhof_11_7a4c5b3506.png
どういうわけかお手頃な中華に引き付けられます。
P1130125a.jpg私が頼んだのはいつもの四川料理でした。
P1130127.JPGわけがわからなそうでおいしそうでしょう。
そう、美味しいんですよね。
 
ホテルに戻るとライニーさんから連絡があって、明日は時間を変更して8時にホテルに行きますと言って下さいました。
それならmaaさんとスードさんと4人で朝食が取れますね。

翌朝は12階にあるmaaさんのお部屋を見せてもらい、ライニーさんにすっかりカーレンベルクと思っていた方向の間違いを指摘されました。
みんなで朝食を、と思っていたけれどスードさんは空港に行くためにすでにチェックアウトをしていました。
ロビーがお客で混んでいて騒がしかったのでスードさんに気が付かなかったのですが、私よりもライニーさんの方が先に彼女を見つけてお別れの挨拶を済ませていました。
日本に発つ前に会えてよかった。
maaさんは昨日涙のお別れをしたのに、また今日ライニーさんに会う事にちょっとバツが悪いようでしたが、そんなことよりもこちらはまた一緒に朝食が取れたので喜んでいます。
また一緒にアンカーのカイザーゼンメルを食べる事が出来ました。
今日の午後、日本へ発つmaaさんはその前にお土産を買うために旧市街に行く予定でした。
けれどライ二ーさんに勧められて中央駅のお菓子屋さんのマンナーのお店で買い物を済ませました。P1130130.JPGこれで自由時間が少し多めに出来ましたね。
私達が行けなかったシェーンブルンに行くのですって。
そろそろ、時間がやって来ました。
maaさんとライニーさんはまたお別れの挨拶をしなくてはなりませんが、今日のmaaさんはにっこり笑ってきりっと握手をしました。
荷物を取りにホテルに向かう途中、ドリンクの宣伝に出会いました。
P1130132.JPG二本もくれたのですが、ライニーさんから自分がもらった分まで渡されたので帰りの列車の中では飲み物に事欠かなくなりました。
ホテルが駅に近いと言う事は本当に便利です。
古い仲間みたいなライニーさんとのお別れは、彼が歌ったコルスヴィエンシスのCDを2枚お土産に頂き、涙なんかは何処拭く風で、時間が来るまでお孫さんの動画を見たりで大笑いしていました。
ウィーンから出てニュルンベルクで乗り換えだったのですが、動かなくなった貨物列車のせいでベルリン行の列車が20分も遅れて到着し、お蔭で一等車に乗れるサービスを受けました。P1130134.JPG列車の中では悠々と場所があって私はのんびりドラゴンちゃんと遊んでいたのです。
今回も本当にいい旅を体験できました。

2019年9月13日 金曜日 (13日の金曜日)
今日は午後からアウガルテンパレスで、ウィーン少年合唱団の元団員達の同窓会ですって。
64年組は大抵はみんなが集まると言う事だけれど、なぜかビュヒラー君は不参加するそうです。
外国にいるルカやココも参加できません。
もしルカが参加するなら、パレスの入り口で待ちぶせしていたかも。

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この記事へのコメント

maa
2019年09月14日 01:42
ponkoさま
2ヶ月もたっているのに記憶が鮮明で驚きました。トルコ軍の歴史のことなどもうとっくに忘れていました。ピンクのアパートの由来も、秒で忘れていました。
中学でマルクスを習いましたか? そんなことも試験が終わると同時に忘れていました。やはりponkoさんは行くべきしてドイツに行った人なのだと感じます。
空港は和やかな雰囲気で楽しかったですね。ブルコアは8週間ぐらい日本にいました。最近古い記録を読むことが多かったのですが、60年代のBoysは半年も海外に出ていた。ライニーさんは日本ツアー組にはならなかったけれど、合唱団の思い出を懐かしく大切にしているかたですね。ライニーさんもponkoさんと同じで、プライベートに架け橋みたいな存在です。
ponko310
2019年09月14日 04:12
maaさん
まっさか~、二か月もたっているのに記憶が鮮明なはずは有りません。
それは簡単にメモを残してあったからです。
それに書いているうちにいろいろ思い出してきますからね。
人は興味のあることは覚えているものでしょう?
私はユーゲントシュティールが好きなだけです。
ブルコアは8週間も日本にいたのですか。
どんな体験をして来たのでしょうね。
私はルカから彼の最後の旅行記をもらいましたが、ファンの知らない体験談が沢山わかりました。
当時のウィーン少年合唱団は本当に小さな大使だったような気がします。
今日は元団員達の同窓会でしたが、64年組はシモンさんとヴィリーさんとノヴァックさんしか来ていなかったようでしたが、そのペーター・ノヴァックさんって来日してませんでしたよね。
スメタナ君が来ていたら、あの子守唄の動画の事を聞いてもらうつもりでしたが、先延びですね。
Yuichann
2019年09月14日 11:10
Ponko さん
素敵なウイーンの旅でしたね!
30年以上前に行ったカーレンベルクの丘やグリンツイン、ブドウ畑懐かしいです。私の写真はボケボケでした。ウイーンにコーヒーが伝わったのはトルコ軍が逃げる時にコーヒー豆を置いて逃げたからだそうです?雑学の歴史を学生時代学んだのですが‥‥。またウイーンに行きたいですね。
日本公演で聴きに行っていたファンが空港に迎えに来ているなんて‥‥もうビックリ!どんな様子か興味興味津々でした。
素敵なブログ有り難うございます!次回も楽しみにしています。
ponko310
2019年09月14日 17:47
Yuichannさん
私は45年以上も前に行ったグリンツインのホイリゲがどこだったのか全く覚えていませんでしたが、2年前の記憶はちゃんと残っていました。
ウィンナカフェーはトルコ戦争のお蔭だったのですか。
それは面白い事を聞きました。
モーツアルトのトルコ行進曲もその由来があると知って、この歴史は記憶に残りそうです。
空港でのブルコアのみんなは気さくにおしゃべりしてくれましたが、きっと故郷に帰って来てホッとしたのでしょうね。

ek
2019年09月14日 22:27
Ponko様
更新ありがとうございます!今回の旅の終結のお話はいつかな?と待ち望んでおりました。
ライニーさんという一流のガイドさんに連れられて歴史のお勉強ですね。何と言っても以前のWSKのメンバーはオーストリアの親善大使ですから、詳しくお話を聞かせていただけた事でしょう。
素敵な旅でしたね。懐かしい地名に再び心は一緒に飛んでいました。ありがとうございます!

さて、コメント欄にお話されていた同窓会。64年組のメンバーが3人とは…。コメントを拝見して94年の日本旅行30周年のクラス会の事を思い出してしまいました。あの時は来日メンバー21名 フロシャウワー先生 レーゲナーメル先生 そしてエリカさん タウチュニッヒ団長皆さん勢揃いだったんですよね。その内の4人が旅立たれてしまいましたね。来日中のフロシャウワー先生の片手にはいつもカメラが。あのクラス会でも先生の写されたフィルムを皆で楽しんだと我が友が書いてきました。あ〜先生の残された沢山の思い出の品々の中にそのフィルムもあるんですよね。きっと先生 建造物の他に沢山の団員の笑顔を写されたんだろうな〜。団員達に囲まれた先生の笑顔 思い出します。
また長々ごめんなさい。
ponko310
2019年09月15日 01:54
ekさん
ライニーさんはまるでガイドのようになんでも知っていますが、私が外国人だと言う事を忘れるみたいで、早口で説明されると100%は理解出来ません。
だからこのブログもいい加減ブログになってしまっています。
ま、別に歴史の教科書でもないからいいですよね。
同窓会での集まりは300人も集まった時があったみたいですが、その時が94年だったのかと想像します。
フロシャウワー先生が64年に写された写真を見たいですね。
私達の天使たちがまだあどけない笑顔を見せてくれていた1964年だもの。





ek
2019年09月15日 06:54
Ponko様
このお部屋のメインのお話からそれたコメントでごめんなさい。1994年の64年組のクラス会は同窓会とは違うと思うんです。
あれは、Ponkoさんが158のお部屋に掲載してくださった私の話にもあるように1993年のクリスマス近くに我が友がレオポルドさん ハルハマーさん スメタナさんの会って話し合い企画したと手紙で知らせてくれました。日本演奏旅行30周年記念の集まりをしたいと発案なさったのがフロシャウワー先生だと彼は言っていました。
ですからその会は同窓会ではなく 64年演奏旅行組のクラス会だと私は思います。ですから、あの時 先生のピアノを挟んでsoprano altoとあのの旅行時のステージと同じ並びで写真を撮ったりしたんだと思います。その光景を写真に撮られているレーゲナーメル先生。そっとご覧になっているエリカさん 写真には写っていませんでしたが、その側に団長がおられたはず。日本公演の総メンバー勢揃いだったのですから。あの時ピアノに向かっていたフロシャウワー先生 何を演奏していのかな?そしてあの天使達がすっかり青年(と呼ばれる時期も過ぎていた頃)となったメンバーはそのピアノに合わせて歌ったのかな?
もし歌ったとしたら聞いてみたい!
彼に聞いたら、その答えははぐらかさせれ(笑)、あの時はフロシャウワー先生が旅行中に撮った8mmフィルムを見て盛り上がったと書いて来ました。皆の楽しそうな笑顔が浮かびます。
ponko310
2019年09月15日 15:51

ekさん
とっても素敵なコメントに感謝します。
これは64年ファンにとってすごいニュースじゃないですか。
確かにあのお話は覚えていますが、フォロッシーさんが亡くなった知らせで頭が未だ働かず、同窓会と混ぜこぜにしてしまいました。
今度の記事は64年組の年長者たちが過してた夏のチロルの山荘のお話を考えています。
それに関係させて、そのクラス会の写真を載せてみるのはどうでしょうか?
私のブログは枝分かればかりなので、それもゆるされるかと。
その写真と山荘とつながる理由を考えておきます。
ek
2019年09月15日 16:41
Ponko様
ぜひとも あの写真を お仲間の皆さんにも見ていただいてください。あの写真を掲載しても問題は無いと思います。すでにあのクラス会の時の写真は、雑誌にも載せられ、その写真をPonkoさんが別のお部屋で掲載してくださっていますしね。
ただ残念なのは、カメラマンさんであったと思われるヨハンさんとクルトさんが写っていませんし、リヒァルトさんが隠れて見えない(泣)。
それだけは寂しいことですが、maa様のブログにも載せていただいているステージの彼らの姿の写真や皆様お手持ちの写真と比べて あの天使達がどんなに素敵な青年(大人)になられたか知って頂けたらとおもいます。
そう ついでに(ついでなんて失礼な事を)あの64年来日時のフロシャウワー先生と天使君達の写真も掲載してくださったら嬉しいです。
でも、それらの写真は白黒だし、私の手持ちのアルバムの中の数枚を腕の悪い私がカメラで写したものですので、Ponkoさんが載せるに値しないと判断なさった時はその旨ではありませんのでよろしくお願いします。
チロルの山荘での旅日記楽しみにしています。
ponko310
2019年09月15日 18:10
ekさん
実はまだ全然手を付けていません。
でも、きっと面白い記事になると思います。
私は先日このCDを買いました。
こちらではドイツ語ですが、日本語になって出るとウィーン気質がウィーンの血って出て来るんですってね。
笑った。
https://www.jpc.de/jpcng/classic/detail/-/art/wiener-saengerknaben-die-groessten-erfolge/hnum/8717060
このレコードを買った昔、夢中で聞いていた歌声が今も全くそのまま再現されていて、聞いていて涙が出ました。
知らない曲まで入っていて得した感じです。
次はこれを狙っています。
https://www.jpc.de/jpcng/classic/detail/-/art/H%E4nschen-Klein-Lieder-f%FCr-Mutter-und-Kind/hnum/9934481
ekさんもきっと持っていらっしゃいますよね。
安いので驚いています。
フロシャウワー先生の指揮ですよ。
貴重です。
ek
2019年09月15日 19:49
Ponko様
チロルのお話 まだ手を付けていないとは…。 
お忙しいと思いますし、気持ち玊もつけられない状況下で気持ちも失せて居られるとは思いますが、何卒 残り少ない人生の楽しみをどうぞお届けくださいますようによろしくお願いいたします。
CDをお買い求めになられたんですね。ジャケットは違うし同じ物かわかりませんが、曲名を見る限り 持っているものと同じだと思います。もちろん、私の持っているものはレコードですが。(それをCDにおとしました)。ウィーンの香り 憧れの天使の歌声を満喫出来るものですよね。それに子供の歌の数々 愛らしい歌声に心が弾んだものです。
maa
2019年09月15日 22:30
ponkoさま ekさま
15年以上前に知人を介して知ったことで、その時の知人からのメールはPCがクラッシュして確かめられないのですが、64年の30周年の集りのときに、レッシュくんはお母様がスクラップブックに保存していた日本の記事なども持って来られたそうです。そして何度も書いてますが、レオポルト君が最後に東京オリンピックの歌を歌ったとか。その時はヨハン君が来られなかったと聞いたのですが、実際は来てらっしゃったのですか?
リアルタイムでは知らず、記事が載ったショパンの号をバックナンバーで買いました。皆さん、まだ40代でしたね。今思えば青春に近いぐらい若かった。 写真があるのでしたら見せて頂けますか?
yuka
2019年09月16日 01:27

姐さま
お久しぶりで~す!
ブログ玉回復より早い姐さまのお出まし、とても嬉しいです。
しかし、私も一緒に旅気分でしたので、親切なライニーさんやファン友さんたちとのお別れは寂しかったです。
空港でお迎えの天使君たちは、帰国してからもう3か月くらい経ったなんて思えないくらい印象深く覚えています。
懐かしいお写真をありがとうございます。
本当にみんな可愛いですね。
今年のブルコア君たちも気さくで人なつっこく、おっしゃるようにオペラ出演組のマシュー君、ダビッド君(写真右)、フィリップ君のファンサービスは群を抜いていたと思います。
もちろんステージマナーもです。
プログラムによれば、3人とも将来の夢はオペラ歌手だそうです。
例のビデオ「魔笛」のカーテンコールで3童子が出て来たときのいっそう大きな拍手と歓声、一度でもあの感動的な場を体験すれば、そりゃ大人になってまたこのステージに立ちたいと思うでしょうね。
姐さまが上げられたURLのCDは、2枚ともお値段の可愛さに惹かれて昨年買いました。
特に「ウィーンの血」(笑)が収録されている方は、あまりの素晴らしさに二度びっくりでした。
お好きな「南国のばら」も入っていましたね。
もう1枚もきっとお気に召すと思いますよ。
@giveMtakeU
2019年09月16日 14:31
ponkoさん、映画『愛の嵐』(ドイツ語のタイトルはNachtportier)を見たことありますか?ダーク・ボガードとシャーロット・ランプリンク主演の。二人が最後にアパートの部屋に閉じ込められてジワジワと狂気に陥っていく場面はカール・マルクス・ホーフで撮影されたんですよ。
ekさん、リプライが遅れていてごめんなさい。色々お話ししたいことがあって、うまくまとまりません。ツイッターは字数が限られているので難しいです。
同窓会の写真、楽しみにしています!
ryo
2019年09月16日 16:13
横から失礼します。
一昨年の夏、私もカーレンベルクの教会に行きました。64年組のビデオに入ってる「こよい鳴りわたる」の教会はカーレンベルクの教会ではないかと昔行ったのですが、どうもよくわからないと、また行ったのです。ponkoさんの写真にあったレストランでリンゴジュースを飲み、かすみのようなシェーンブルン宮殿を見つけて喜びました。
昔はウィーン南駅だったのが、ウィーン中央駅になっててびっくり!
他の国に行ってて、オーストリアに長いブランクを作ってしまったと反省しました。
ご紹介のフロシャウアー先生の指揮のレコードとCDは貴重なので大事にしています。
ponko310
2019年09月16日 22:27
ekさん
ちゃんとメモや写真も取ってありますから、のんびり構えていてください。
CDは何と3日目に届きました。
ジャケットがあまりにもウィーン少とはかけ離れているので初めは本当にあのレコードからなのかと勘繰りました。
でも、聞いたら本当にそうでした。
子供の歌のレコードは高校の時に友人から借りて聴いていましたが持っていなかったので買う事にしました。
(^ ^)
2019年09月16日 22:46
何年か前にいつも楽しく読ませていただいてコメントもたまにしてたものです!携帯が変わって、やっと見つけました!また宜しくお願いします
ponko310
2019年09月16日 23:20
maaさん
ドイツで始まった生活に、ウィーンの事はすっかり忘れていましたが、2013年から始めたブログで、今またこうしてブロ友さん達の協力のお蔭で、懐かしい64年の情報に触れることが出来て嬉しく思っています。
彼等のクラス会は1994年ですからもう25年も経っているのですね。
レッシュ君はまだそのスクラップブックを持っていられるのでしょうね。
覗いてみたいです。
確かに写真を見るとekさんの言われるように写真を撮っていらしたのかヨハンさんとクルトさんのお姿は有りませんでした。
では、次の記事に載せさせていただくことにします。
ponko310
2019年09月16日 23:52
yukaさん、お久しぶりで~す!
ブログ玉が回復してくれないので、こっちまでしょぼんとなっているのです。
それにフローッシー先生の訃報には打ちのめされました。
でも、あの「何ちょっとこれ!」の表紙のジャケット(この表現で合っているのかな)のCDを買って、またあの歌声に元気が出ました。
yukaさんがあれをすでに昨年聞いてその素晴らしさに驚いた事、嬉しいですね。
青きドナウで聞いて人生が変わってしまった感動のウィーン少年合唱団のそのものの歌声なのです。
でも「芸術家の生涯」が入っていないのが残念。
もう一枚の子供の曲の他に、ドミンゴと一緒に歌っているCDも買う事にしました。
モーコアの魔笛の少年達、もしウィーン少にオペレッタがあったら凄い活躍してくれたのでしょうにね。


ponko310
2019年09月17日 00:06
@giveMtakeUさん
ハイリゲンクロイツの建物を調べるにあたって、その映画の場面を動画で見ましたが、おどろおどろしていて、あの「青春様式」の雰囲気とは全く一致しません。
興味が湧くかなと思いましたが、見ない事にしておきます。
そもそもナチに関与する映画はどうも暗くていかんわ。
ek
2019年09月17日 00:27
Ponko様
チロルの旅日記期待して待っています。
その上に余計なお願いまでしてこめんなさい。
お買い求めになったCD楽しんでくださいね。

maa様
友からの手紙によりますと、あの94年のクラス会について「前の手紙で 日本ツアーの30周年記念の集会について話したと思いますが、それは大成功でした。僕たちはアウガルテン宮殿でthe whole choir とフロシャウワー先生 レーゲナーメル先生とシュヴェスター エリカ そしてタウチュニッヒ博士に会いました。(中略)今は写真が手元にないので送ることが出来ませんが手元に届いたら送ります。(中略)フロシャウワー先生が日本で撮ったフィルムをみたり、あの素晴らしい時間について語り合いました」とありました。彼もアルバムを持参したようなのでレッシュさんのようにメンバーそれぞれに記念の物を持ち寄ったのかもしれませんね。レオポルトさんはまとめ役のお一人でもあったのですから、盛り上げて「この日の為に〜」とお歌いになったのかもしれませんね。
後日写真が送られてきた時には、写真に撮されているメンバー一人一人の名前(彼は私が皆さんの変わり様に誰だかわからないと思ったのかもしれません)が並んだ順に記されていました。「ヨハン ロスナーとクルト クレパイツの二人が写真にはいません」とだけありました。これらの文面からして、21名全員が参加したと私は思っていました。

tack様
私へのお返事気にかけてくださってありがとうございます。
正直 私はネット社会に疎いものでtwitter等をやっておりませんので、ただお邪魔させて頂くだけでツィート等出来ず申し訳ありません。いろいろなお話 楽しませていただいております。
こうしてPonkoさんのお部屋をお借りしてお話させていただいていること感謝しています。
ponko310
2019年09月17日 01:16
ryoさん
すごい、そんな昔に64年組の動画を見れたのですか?
あの雪の中の教会は一体どこだったのでしょうかね。
今、その動画を見ていてふと思ったのですが、あの木の様子とか教会の姿を見て、あれは教会と言うよりも、墓地にあるチャペルじゃないかな、と。
ryoさんもカーレンベルクのレストランに座られたのですね。
時は違うとも、同じ場所にいたというだけで嬉しいお話です。
南駅がウィーン中央駅になっていたのには私も意を付かれました。
旧市街も随分修復されましたよ。
CDは買って本当に良かったと思います。

ponko310
2019年09月17日 01:20
(^ ^)さん
戻って来てくれてありがとう。
どなたか分からないのが残念ですが、また気楽におしゃべりの仲間に入ってください。
どのお部屋も鍵は掛かっていません。
時間も止まったままですよ~。
ek
2019年09月18日 14:57
Ponko様
今 テレビのエンタメで秋篠宮佳子様のウィーン訪問を放送していました。(昨日もこのニュースは他の番組でも見たのですが)
佳子様が、アウガルテンにWSKを訪ねられ 彼等の歌声をお聞きになっているニュースでした。メンバーが歌っているのは「流浪の民」でしょうか?指揮をなさっているのはなんというカペルマイスター?
ご案内役の団長はわかるのですが…。
先駆けて訪れた大統領府では、ベルン大統領から「世界的に有名なウィーン少年合唱団が日本で数多く公演を行っている」と話題にふれられ お話が弾んだご様子。
こうした皇室の方々のご訪問時のニュースや来日時のちょっとした番組への出演だけでなく、昔のようにコンサートそのものの放送をしてくださらないかと願いながら見ていました。ドイツにお住まいのPonkoさんは見られないことはお詫びしますが、そんな番組があったらお話だけでもお伝え出来るんですもの。
お部屋にそぐわない話題でごめんなさい。

更に お部屋をお借りします。 

@giveMtakeU様
twitter拝見しました。お気にかけてくださってありがとうございます。黒澤明監督監督の作品 私も全てとは言えませんが幾つか観賞いたしました。私には 奥が深くて難しい所が沢山あります(笑)。
ponko310
2019年09月18日 20:01
ekさん
そう言う面白そうなニュースがこちらで見れないので、このコメントを嬉しく思います。
日本はますますWSKと深い中になっていくようで先が楽しみです。
ekさん、手っ取り早くTwitterをおやりになってはいかがですか?
黒沢さんの作品は羅生門をはじめ、何だか哲学的ですよね。
yuka
2019年09月18日 20:40
続きです。
指揮は来年来日予定のシューベルトコア、オリバー・シュテヒ先生です。
ponko310
2019年09月18日 21:52
yukaさん
話題になったニュースの動画のリンクをありがとう。
こんなきれいな日本のお姫様がアウガルテンを訪れるなんて自慢です。
オリバー先生は見分けがつきませんでしたよ。
シューコアは小柄な少年達が多いのかしら。
昔と比べるのはアンフェアですが凸凹でユニークな合唱団になりましたね。
せめて少年達が歌っている間はナレーターは無言でいて欲しいといつも思います。
ek
2019年09月18日 22:38
yuka様
そうです!あちらこちらの番組でも同じような場面でしたが まさしくこのご様子。
カペルマイスターを教えてくださってありがとうございます。
シューベルトコアでしたか。
来日なさったら、佳子様 演奏会においでになってこの時のお話で交流なさるのでしょうね。
yuka
2019年09月18日 22:56
姐さま
佳子さま、可愛いでしょう(^^)v
来年組のシューコアが「おもてなし」できたのは◎でしたね。
オリバー先生のお顔にはお髭が大分育っていますね。
シューコアは全員入れ替わっているので、私も全く分かりません。
情報が入って来るのは新学期が始まったこれからです。
海外遠征されている方は既にご存じかも知れません。
ponko310
2019年09月18日 23:41
yukaさん
あの髭の顔のお写真は見て知っていましたが、新しい先生かな、と単純に考えていました。
私は事件で目撃者になっても警察や裁判で信頼できる証人には到底なれませんね。
来年はシューコアの少年達も佳子様に会えるのを楽しみにすると思いますよ。
年長の少年達の嬉しそうな笑顔。
我が初恋のウィーン少年合唱団が天皇家と友情の繋がりがあることを嬉しく思っています。
@giveMtakeU(tack)
2019年09月19日 00:04
ponkoさん、忙しくてざっと目を通しただけだけど、すごく面白そうな記事! 後でゆっくり読んでまた来ます。
一言だけ。
maaさんの情報は正しいです。合唱団は6月6日に羽田から沖縄に向かっています。ビートルズのエピは最初にピューリンガーさんから聞きましたが、フロシャウアー先生も同じ事を話してくださいました。
ekさん、ponkoさんの言う通りTwitterをやりましょう。アカウントを作るだけでいいんですから。なんだかponkoさんの妹さんらしき人も登場なさっていますよ。ponkoさんにお部屋代請求されないうちにw
ponko310
2019年09月19日 00:43
@giveMtakeU(tack)さん
あらまぁ、忙しいのにお顔を出してくれてありがとう。
うんうん、此処ではいい加減な事ばかり書いてあるので、せめて几帳面なmaaさんの情報だけは信頼感がありますけど、「6月6日に羽田から沖縄に」、なんてここの記事とどんな関係がありましたっけ。
ひょっとして記事の196の5番のヴィリーさんとのお話しの続きかな、
忙しさにかまけて開けた部屋の番号を間違えたか。
私の素っ頓狂な顔が見えますか。


@giveM takeU(tack)
2019年09月19日 22:56
・・・・ぎゃ〜 失礼しましたっ! バタン(ドアを閉める音)
ponko310
2019年09月19日 23:45
@giveM takeU(tack)さん
こらっ、私のポテチを!!
yuka
2019年09月20日 19:53
姐さま
下記のクリスマスCDが今月末に発売されます。
お持ちでなかったら、よかったら試聴してみてください。
これは新録音ではありませんが、昨年、内容が同じでジャケット違いのものを偶然みつけて、お値段も優しかったので買ってみたら思いのほかよかったのですよ。(また買ってみたらよかったシリーズです)(^^;)
試聴のところに出ているジャケットが私が持っている古いものです。
私が購入するときは、どこか他の海外サイトを探して試聴しただけで何の情報もありませんでした。
ケースの中にも曲紹介以外何もなし。
しかし、今回はメーカーサイトで試聴可能な上に、曲名も日本語表記があり、ギレスベルガー先生指揮、67年頃の録音(頃というのが廉価版らしいですが)と記載があり、お値段もより優しくなっています。
収録曲は13曲と少なめで、コルス・ヴィェネンシスとのコラボが7曲あります。
とても綺麗で、チャペルのクリスマスコンサートを聴いているかのようです。
特に5のヘンデルの曲が素晴らしいと思いました。
何回めの再販なのか、原盤がこのとおりだったのか、曲を抜粋したのか、その辺の情報は全くわかりません。
お好みもあるのでよかったら聴いてみてください。

試聴
https://wmg.jp/wienersangerknaben/discography/21649/

上記以外の国内販売店
https://www.amazon.co.jp/dp/B07VFQMD7L/?coliid=I2TP10BSYEZB2W&colid=1MYH7DJYZOF48&psc=1&ref_=lv_ov_lig_dp_it

ドイツの販売店(例)
https://wom.de/classic/detail/-/art/wiener-saengerknaben-weihnachten-mit-den-wiener-saengerknaben/hnum/9412885


それから、先日のオーストリア訪問ニュースで、佳子さまの艶やかな着物姿から始まりアウガルテンでWSKの歌鑑賞までのニュースがあったので、貼っておきます。
天使たちが「休暇旅行で」を歌っているのもはっきり聞こえます。
ご興味があればどうぞ

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190917/amp/k10012085101000.html?__twitter_impression=true
ponko310
2019年09月20日 22:09
yukaさん
はい、すべてのリンクを開いてみました。
私は1973年のギルレスベルガーの指揮でピアノ伴奏がヘルムート・ドイチュのクリスマスソングを持っていて、それは22曲も入っています。
yukaさんから教えてもらった67年の録音もドミンゴとの共演も子供の歌も、ついでにアメリカ映画のコーラスの動画も注文しました。合計したらウィーン少のコンサートより安かった。



yuka
2019年09月22日 20:15

姐さま
こんなものがありました。
どこかのお部屋に既出だった場合は公開しないでください。

「アサヒグラフ別冊「映画と演芸」1956年4月号から、その頃来日していたウィーン少年合唱団の練習の模様です」

https://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/f1117c6fdd9b326a9a45b0aa7587d4eb
ponko310
2019年09月23日 07:10
yukaさん
いつも情報をありがとう。
このリンクは187のトラック隊の記事に貼ってあります。
ウィーン少年合唱団の初来日で1955年の12月から1956年の1月に掛けて来ていた13歳のドリー君のお話も出ていますよ。
ponko310
2019年09月23日 18:51
zenさん
動画のリンクをありがとう。
初めのリンクは「歌う天使達」の映画の場面で、その映画の事は記事の121に載っています。
今度の記事にも関係している事が最後に書いてあるページですよ。
2番目の動画はあまりにも私達が昔夢に見た場面にぴったりなので、すでにブログに載せてありますが、どこの記事か忘れました。
でも、このコメントでまた見ることが出来ました。
こういう情報はファンには嬉しいものです。
また何か見つけたらお願いしますね。