198 旧ブルックナーコア 1964 年組 

2019年11月22日 
64年組の写真が沢山載っている記事195(https://ponko3.at.webry.info/201910/article_6.html)に来たekさんのコメントで思い立ったことがありました。
ウィーンの昔の物語.jpg
私は64年組の日本公演で上演されたオペレッタのウィーンの昔の物語の入ったオープンリールの録音テープを50年ほど前に日本でどなたから頂いて持っていたのでした。
それを大きな重い旧式のテープレコーダーを使って聞きまくっていましたが、ドイツに来るときはテープだけを持ってくることしか出来ませんでした。
こちらでは装置が無かったので、聞くすべもなくしばらくそのままになっていましたが、ある時ドイツの友人がそれをカセットテープに録音し直してくれました。カセット.JPG
けれど久しぶりにそれを聞いたとき、キンキンと響くだけであまりにもひどい事になっていたのにショックを受けて、2~3度聞いた後でしまい込んでしまいました。
そしてなんと35年あまり後の一昨日、そのテープを見つけ、勇気を出して聞いたところ、思い込んでいたほどひどくはなかったのです。
思うに、当時私が持っていた安いカセットテープレコーダーの質が良くなかったので、ひどい雑音にしか聞こえなかったのですね。
これなら聞けると思って、早速デジカメでそのテープを録音していたのですが、何しろ古いもので途中で引っかかってしまいました。
慌てて取り出そうとしたら、テープが絡まって機械が止まってしまったのです。
トリッチトラッチポルカの後、パン屋のキップェルが歌い終わったところまでですが、64年組のファンのブロ友達よ、日本でのフロシャウワー隊のウィーンの昔の物語の歌声を半分だけでも懐かしんでください。
フロシャウワー先生のピアノも嬉しいじゃないですか。
いつかテープが直ったら此処に続きを載せてお知らせします。
ウィーンの市民が中国人のカラファッティーが戻って来るそうだと歌います。
そして、カラファッティーの登場で昔のウィーンの恋の物語を語ってくれます。
次に登場するのが靴職人でミッチーとフランツが愛し合っているのに父親がシュテーグリッツ氏と結婚させたがっている。そこで靴屋の俺の出番だと歌います。
観客が笑うのは、シュテーグリッツの名前を言う時にきっと顔をくしゃくしゃにしたのかもしれませんね。
その後フランツの登場ですが、隊長からとても重要な任務を受けてウィーンに一足先に戻って来たと聞いて靴屋が口笛を吹いたので観客はそこでまた笑います。
フランツはその任務の他にミッチーの事が気に掛かるのです。P1090935.JPG
靴屋はフランツにミッチーは昼も夜も君の事しか心にないと教えます。
カラファッティーはヨハン・ロスナー君だったと思います。
そして靴屋はレッシュ君みたいな気がします。
フランツはワルターじゃなかったですか?
次の場面はミッチーが現れてフランツへの想いを歌います。
フランツとミッチーが手を取り合って再会の喜びの場面では「惚れ合っている同士は」、と靴屋が言うのは判りますがあとはウィーン訛りで理解できません。
何しろこの時代の団員達は何の引け目も無くウィーン訛りを出した。
初めはミッチーとフランツの二重唱ですが、3分50秒から靴屋との美しい3重唱になります。
場面が代わって洗濯女たちとパン屋のもめ事の歌です。
これはどうしても青きドナウのピーターの場面を思い出してしまう。
テープは此処で終わってしまいました。

これは参考までに1983年のブルックナーコアのオペレッタのウィーンの昔の物語です。
歌詞もセリフも64年の時と殆ど同じです。
https://www.youtube.com/watch?v=RH7vVjd70f0
でも、この時は日本語が混じっていましたね。
https://www.youtube.com/watch?v=-nYsEjKkwc8&t=5s
私はネットでしか知りませんが、この隊もすごかった。

このオペレッタに出て来るカラファッティーの大きな像がウィーンのプラター公園に立っています。Calafati_Prater.jpg

2019年11月23日・・・・・わっ、ブログ玉が増えてたぁ~。

2019年11月24日 日
私の古いポータブルカセットデッキは役に立たないので、お隣のおじいさんから借りて来た機械で一気に最後まで録音し直しました。
ところが今度は画像にミスが!!
綺麗な音になるようにデッキを動かしていたらそれが写ってしまった。
そしてベルリンベァまで出場。
音の保証は出来ませんが、ま、こんなもんです。

そうそう、残りの83年組の動画も貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=CXUhpGE_nQc
https://www.youtube.com/watch?v=8Z_YWEyIOiU
ま、楽しいオペレッタでした。

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この記事へのコメント

ek
2019年11月23日 01:39
Ponko様

カセットテープが切れた!?大切な宝物が!?
それなのに、私は酷い人間です。この歌声に狂喜乱舞!
正しくウィーンの昔の物語です!もう55年も昔の出来事!
こんな歌声! こんな場面!と夜中に興奮しています。頭の中で彼等のステージが浮かび上がって来ます。
配役については残念ながら、あまりの昔の物語のせいで記憶がテープ以上に薄れて切れてしまっていますが....。

Ponkoさん ありがとうございます!
テープお大事になさってください。
我が宝物の64年の歌声も聴きすぎてプッと何度も切れてテープで補修してあります。(昔の事ゆえ CDには、落とす事が出来ずでした)。
そのたびにまた切れてはとダビング。速度はもちろん歌声も変わってしまっているのです。
そうとは解っていながらも、酷い人間の私 続きを期待しています。
あ~ミッチ~!あ~フランツ!
あの愛らしい衛兵はいずこ?まだ出番じゃないとステージそでで待機しています。Ponkoさん 洗濯お姉さん達の後は兵隊さんも登場させてくださいね。無理は承知で平にお願いいたします!
ご苦労感謝しています。
ponko310
2019年11月23日 03:36
ekさん
あら、そんなに喜んでいただけてキュンです。
これを録音する前に嬉しくて懐かしくて6回ぐらい続けて聞いてしまいました。
録音している時もデジカメをスピーカーに押し付けて、動くまいとしながら体が音楽に合わせて楽しくゆらゆらしてしまいました。
でも、肝心の録音の時に、テープが絡まって切れたのです。
無理して機械から出そうとしたら・・・レコーダーの調子がおかしい。
どうしましょう~。
ここまでやったなら終わりまで録音したいので、せめてテープだけでも直さねば。
でもね~、普通に切れたなら簡単に貼り付けられるのだけれど(ekさん、私だって同じことしてましたよ)、今回の切れ方は、片方がカセットの中に入ってしまって取り出せないのです。
ビデオだったら分解できるのですが、これはぶっ壊すしかないみたい。
そして新しいカセットの中身を引き出してこれに貼り付けて中身を交換するしかないかな。
大変忍耐の必要な仕事ですなぁ~。
そしてもし、器械まで壊れていたら、それこそ私のボロのカセットでひどい雑音のまま録音するしかないのかも。
ek
2019年11月23日 14:50
Ponko様

うふふ、カセットテープのインデックスのタイトル「ウィーンの森の物語」って書いてありますね。私も初代カセットテープのケースには同じこと書いていました。
添えられた写真の合唱団員の絵 可愛い!どなたがモデルかしら?
でも、こんな可愛いらしい絵が書かれた箱で保管されていたテープも幸せですね。ウィンナーワルツ歌っているのかしら?
絵から楽しさが溢れていて、聞く前に心おどるようです。
でも、そのテープが切れてしまったなんて…。
大切な宝物を私達の楽しみのためにごめんなさい!早く回復なさることをお祈りしています。お大事に。
ponko310
2019年11月23日 20:37
ekさん
恥ずかしながら、ず~っと「ウィーンの森」だと思っていました。
この絵は昔のいたずら描き。
1時間以上掛かってテープは直しましたが、全体に依れが来ているのが判ります。
でもカセットデッキが壊れてしまって、普通の声がまるでディズニー漫画のリスちゃんたちみたいになってしまいました。
小さな安いカートリッジのデッキでは聞けますが音がひどくて。
maa
2019年11月23日 21:25
ponkoさま
ありがと♡×1000回
ponkoさん、大切なこと忘れてるよ。
キプフェル親方はミュルナー君の声ですね。
この間のコメントで「雑音」なんて言ったのは誰ですか? 私はそれを真に受けていました。でも全然。リアルな少年たち声です。ノイズもないし素敵ですよ。
私が持っているテープは、やっぱり音が変質していると思いました。ponkoさんのテープは一度ダビングしただけですね。でも私のは人から人へ。何度ダビングされたかわからないものです。きっとその間に音が変わってしまったのね。
でもなんでもかんでも、64年の思い出は嬉しいです。子どもらしいセリフまわしに、すごく感動です。6月にウィーンでお会いしたときの時間を思い出しました。シャーリング君の写真は、たぶんピンクのドレスですね。最後にもう一度、ありがとう♡
Yuichann
2019年11月23日 21:57
Ponko さん
こんなに早く聴けるとは思いませんでした。
もう「キャー凄い!」(お馬鹿)感激、興奮しています。レネ君達のオペレッタを頭に浮かべて聴きました。64年組最高です!誰がミッチーのお父さんですか?
大変な作業だったのではないですか?聴かせて頂き本当に有り難う御座います!感謝です!
ponko310
2019年11月23日 22:45
maaさん
ほんとに、35年前に聞いたときはひどかったの。
今でもその時のカセットデッキで聞くとひどいのよ。
この二つの動画はプッ夫クンのお父様の機械で聞いたものだったので音は良かったのだけれど、今回の失敗で壊れてしまいました。
マァさんのブログに載せてくれたオペレッタも、丁寧に音が調節してあって綺麗に聞けています。
まぁ、パン屋さんはミュルナー君のあの役のままですか。
それは嬉しい。
私は日本でその64年組のオペレッタを見たことが無いのです。
オペレッタの少年達のセリフはまるっきりウィーン訛りで全然わからないのです。
ponko310
2019年11月23日 22:52
Yuichannさん
こうやって喜んでもらえることになって本当に嬉しいです。
もう今はテープをダビングなんてしないで済むので、このままの音で保管できますね。
ミッチーのパパはミュルナー君ですって。
よかったぁ~。
やっぱりフランツはワルターの可能性が一つ増えました。
でも少年達の声は今の団員達から比べるとひどく子供っぽいと思いませんか?
安物のカセットデッキで聞いたときは猿の鳴き声に聞こえてしまった。
maa
2019年11月24日 01:26
ponkoさま
私だってオペレッタのことは覚えてないです。
でも親方の声は、ベルローズと同じですからミュルナー君だと思いました。シュティークリッツは全然わかりません。上の写真だとツェルニー君?
オペレッタで一番好きなウィーンの昔の物語を聴けて本当に嬉しい。ミッツィがフランツのことを思って歌う曲が大好きです。
シュティークリッツが登場して、フッフー!ミッツィー♬とかチャライ感じで呼びかけるシーンも聴けますように。テープが復活することを祈ります。
ryo
2019年11月24日 02:24
ponko様

なんとお礼を言っていいか、わかりません。「デニス氏夫妻」が少女雑誌に出ていたので、ナネットがどんなふうに歌ったか、すごく聴きたかったのですが、「ウィーンの昔の物語」は、83年組のビデオを見るまで内容すらわかりませんでした。64年組の日本公演のプログラムを見ると、ミッツィーがシャーリング君、フランツがピューリンガー君で、私の中のベストカップル。靴や職人はレッシュ君でしたが、当時もその配役だったのでしょうか?ピューリンガー君はグリーンスリーブスの時の声に比べると低く感じますね?レッシュ君も。当時の団員たちは声域が広いのでしょうね?女の子の写真はシャーリング君でしょうか?プログラムのかつらより進化してませんか?こちらも当分毎日聴くことになりそうです。ponko様、本当にありがとうございます。
ponko310
2019年11月24日 19:42
maaさん
テープは無事に復活しました。
さっき、残りのテープを私の太古のカセットデッキで聞いてみましたが、声がキャッキャと聞こえるほどひどいので、お隣のおじさんに彼のポータブルデッキを借りて来ました。
まだ、私のよりましなのでそれで録音します。
しかしカメラのバーッテリーが無くなったので目下充電中です。
ウィーンでの様子が思い出されました、ふふふ。
シュテーグリッツはチェルニー君だったのかしら。
ponko310
2019年11月24日 19:50
ryoさん
お礼を言いたいのは私の方です。
ryoさんやekさんやmaaさんやyuichannさん達オールドファンが熱心な希望を示して下さらなかったら、あのテープは眠ったままでした。
私はこのテープで歌っているのはプログラムの通りだとおもいます。
そう、女の子はシャーリング君です。
1963年にドイツで放映された時のオペレッタの写真です。
著作権の問題で勝手にネットに載せられないものなので、期限が切れるのを待っています。
ryo
2019年11月25日 01:06
ponko様

四苦八苦してくださってる姿が目に浮かびます。パン職人のキプフェルは、ミッツィーのお父さんでしたよね?ペーター・ミュルナー君が演じているのですね?カラファーティはヨハン・ロスナー君で、クサンドルはレッシュ君ですよね?確かにシュティーグリッツは写真で見る限りツェルニー君のような。こうして配役を確認するだけで、また妄想の世界に浸りそう。シャーリング君が本当にかわいい。一日も早く著作権が切れることを心待ちにしています。

maa様
団員たちの話し方、声、デニス氏夫妻でも思いましたが、声が高くて子供らしくて、すごくかわいいです。
ek
2019年11月25日 03:02
Ponko様

ただただ感謝です。
あのまだ幼い自分が(まだ10代は幼いですよね?)朝から晩まで夢みていた彼らの歌声を55年経った今(まだ心はあの時の乙女のままですが)再びこうして聞ける喜び。
若いファンの方々の想像以上だと思います。そして今の私達はその方々よりきっと気持ちは若くなっている気がします。だってまだ10代前半の時に戻っているのですから。
演じた主なるメンバーが誰であっても、あの大好きな大切な64年組のメンバー全員の歌声なんですよね。(これは一人も欠ける事はなく)
それにしても、フロシャウワー先生の伴奏が共に歌い踊っている。一人オーケストラの様に演技を引き立てている。
ウィーンの香りがいっぱいにただよい、若葉がキラキラ輝き、花達がスウィングしているウィーンの森の物語のようなウィーンの昔の物語。
Ponko様 改めて感謝いたします。このオペレッタを初めて聴いた時の様な感動が蘇り、いや また新鮮な気持ちで聞かせていただきます。


カセット君達

お疲れ様でした。長い眠りから覚めて大活躍。
老人介護するのは大変なんですよ。
今の高齢者社会にはあなた方が必要なんです。
maaさん資料館でも大活躍なさっているのを知っています。
最高級の福祉士さんです。
身体は55年の若返りは無理でも、心は少なくても50年以上は若返る事は出来そうです。

改めましてPonkoさん お手数感謝いたします。
ponko310
2019年11月25日 03:26
ekさん
第3の動画の音が平たく安っぽく響くのはカセットだけのせいではなく、やはりテープ自身古いからでしょうね。
こんな音でも、私達には64年年組の舞台いっぱいに響く歌声が想像できますね。
彼らがどんなにオペレッタを楽しんでいるか、その力強い歌声でわかります。
しかしレネ君が演じたオペレッタが無かったらこの64年組の歌劇の内容もしっかりとは良く分かっていませんでした。
ekさん、あなたからの嬉しいコメントを心から楽しみます。


maa
2019年11月25日 12:38
ponkoさま
楽しい!メッチャ楽しいです。月曜日からこんなに楽しいなんて。
シュティークリッツは、マルシャート君かツェルニー君かと考えてます。わからないけど楽しい名演技ですね。親方はWo bin ich?と言ってましたか?数少ない聞き取れるドイツ語が聞こえなかった。エンディングの南国のバラを聴きながら、今日のこの日に感謝しています。ponkoさんどうもありがとう!
ponko310
2019年11月25日 20:16
maaさん
一緒に楽しめて嬉しいですね~。
そう、Wo bin ich ?は気を失っていたパン屋が目覚めて言った「俺は何処にいるんだい」という言葉ですね。
でも私にはこのテープ全体の言葉が殆ど聞きとれないのでした、シュン。
ただ、靴屋がミッチーにシュテーグリッツを懲らしめよう、うんぬんと言った後で、シャーリングの「wirklich? 」だけはっきりわかりました。
それに最後の方は途中で切れたのか、雑音が入っていましたが、どうやらおしまいまで録音出来ていたようです。
めでたし、めでたし。
maa
2019年11月25日 20:22
ponkoさま
たびたび失礼します。
エンディングは南国のバラはありませんでしたね。ははは・・・お昼休みに聞いた時、すっかり聞こえたつもりになっていました。
83年のビデオをさんざん見てきたので、空耳で聞こえちゃったのでしょうね。
みな一生懸命演じてくれています。ホントに一生懸命。64年の舞台が目の前に見えるようでした。今年一番楽しい昼休みでした。
ponko310
2019年11月25日 21:20
maaさん
うんうん、わかります。
83年のオペレッタは私も何度も見ていますし、言葉も綺麗な標準語に近いものですから何とかききとれますよね。
あれを知らない前は64年組の舞台はただシュトラウスの音楽だけを楽しむだけでしたよ。
83年でセリフが判って助かりましたが、64年の舞台はウィーン訛り丸出しで理解できません、あはは。
ryo
2019年11月25日 22:32
ponko様

もう胸がいっぱいです。彼らの精一杯演じている姿が歌の向こうに感じられます。私がそばにいたなら、精一杯の賛辞を贈りたいと思います。
83年の「ウィーンの昔の物語」は何度も聴きましたが、64年組は私が感情移入してしまって、落ち着いて聴くことができません。もうドキドキしてしまいます。"Wirklich?"絶対に聞き取ります。
ponko310
2019年11月25日 23:00
ryoさん
最後のテープで最初の方でwirklich?と可愛い声が聞こえます。
64年組の「ウィーンの昔の物語」にようやく出会えて良かったですね。
ちゃんとダウンロードしてずっと保管しておいてくださいね。
テープをダビングしなくてよいから、音はこれ以上悪くならないですよね。
ryo
2019年11月26日 00:10
ponko様

wirklich聞き取れました。ほんとにかわいい声。少年時代は、あんな声だったのですね?大人の声も知りませんが。
もちろん!1~3まで、保存させていただきました。バックアップもして、アクシデント対策で、複数保存しています。
ponko310
2019年11月26日 00:39
ryoさん
いいですねぇ~、私が無くしたらあなたのところにもらいに行きますから。
ryo
2019年12月02日 01:02
ponko様

しつこく「ウィーンの昔の物語」を聴いています。ウィーン訛りとハノーファー辺りの正統派ドイツ語とはそんなに違うのですか?それにしても、こんなに楽しいオペレッタを封印してしまうのは本当に残念ですが、行ったことはないのですが、MUTHなどでは上演しているのでしょうか?日本公演では、2000年代になって、オペレッタを一つだけ上演したことがありました。2つも3つものオペレッタを上演するのが難しければ、1つだけもありだと思っているのですが。最近は団員たちは正統派のドイツ語でセリフを言うのでしょうか?
ponko310
2019年12月02日 23:34
ryoさん
もう、思う存分聞いて下さいね。
私もアップしてから、シャーリング君のフランツを想う歌が耳から離れません。
標準ドイツ語と南ドイツやウィーン訛りは違いますね。
特にオーストリアはドイツとは名詞が全然違う事があります。
私もMuthには行った事がありませんから、何か質問されても全然わかりません。
ウィーン少は2000年代のオペレッタが日本で最後の公演になったのですね。
少年達がミュージカルみたいなのをやっているのを動画で見たことがありましたが、それは英語でした。
ryo
2019年12月03日 00:47
ponko様
そうなんです。フランツを想う歌、曲が好きなせいもあるのですが、シャーリング君が歌っていると思うと、もうたまりません。少女雑誌で「歌の天才少年」とか「合唱団始まって以来のソプラノ」ともてはやされ、ひたすらそれを信じていた私ですが、60年代の素晴らしいソリストたちをponkoさんやmaaさんのブログで知り、事実を知るにつけ、シャーリング君はウィーン少年合唱団の中では、特筆すべきほどでもなかったのかなあとちょっと悲しく感じています。でも、フロシャウアー組のソリストだし、レコードのグリーンスリーブスを聴くと、胸に響く美しい声だし、歌もうまいです。ponkoさんはシャーリングファンではなかったのですよね?ponkoさんはきっと生き生きとした地上の天使が好きな気がします。私にはシャーリング君はいつまでも雲上人なのです。
ponko310
2019年12月03日 01:21
ryoさん
まぁ、悲しく感じるだなんて、あなたが今でも雲上の天使と崇めている現実の人がいるのがとても羨ましいです。
その人の残してくれた美しい歌声を聞けるなんて、素晴らしい気分じゃないですか。
精神においての宝物ですね。
子守歌を歌う団員の歌声が好きでしたが、ネットの動画でその声が大好きなスメタナ君と知って仰天しました。
でも、今は本当に彼なのかかどうか眉唾物です。
少女雑誌で読んだ情報をひたすら信じ込んでいた少女時代の私達に愛しさを覚えています。
本当に夢のある時代でしたね。
ryo
2019年12月22日 00:38
ponko様
初めての地上の天使は、翌年、マルシーク率いるブルックナーコアの一員として日本にやってきました。1964年から25年後、それだけでも私には感慨深いものがありました。この年はコルスヴィエネンシスが共に来日し、生で「戴冠ミサ」を聴けたりや品川駅そばの歩道橋で大人になったノバーク君とすれ違ったり、ラッキーな偶然がありました。
でも、私が何度もコンサートに足を運んだ原因は二つあって、一つは少女雑誌で紹介された「デニス氏夫妻」のオペレッタを初めて見ることでした。25年前にシャーリング君が歌ったメロディーを知りたかったからです。どんな曲だったのだろうとずっと思っていたメロディーを十分頭の中にしみこませたかったのです。
もう一つは、初めて地上に降りてきてくれたマルティンに会うことでした。公演がテレビ中継されたら、録画して送る約束をしていました。マルティンを見つけて声をかけたら、彼はなんと!!覚えていなかったのです。
映画「青きドナウ」でピーターが指揮をする場面がありました。映画の紹介では、団員が実際に指揮をすることはありません、と注意書きしてあるのですが、沼津の公演で、マルシークが出てこないので、会場がざわつき始めた時に、少年たちが入場してきて、マルシークは出てこなかったのです。確かクレメンス君だと思ったのですが、ピアノで音を取り、指揮をしました。アカペラでも歌ったと思います。公演の途中で、マルシークは出てきたのですが、赤い顔して熱があるようでした。
マルティンは海老名の公演で、ソロで歌ったらしいのですが、私は翌日の横浜のチケットを取っていたので、海老名へは行きませんでした。彼の声を聴けず、本当に残念です。
ponko310
2019年12月22日 06:01
ryoさん
1989年はベルリンでも壁の開いたラッキーな年でした。
私も息子たちと里帰りしていましたが、ウィーン少年合唱団が帰った後でした。
品川でノヴァーク君とすれ違ったとは胸がわくわくします。
彼は懐かしい高輪プリンスホテルに行って来たのかしら。
89年のウィーン少には素晴らしいソリストがそろっていたそうですね。
私はデニス氏夫妻よりもウィーンの昔の物語の方にお熱なので、熱するものが少なくて楽です。
マルシークさんのハプニングには意外でした。
クレメンス君、責任感があって頼もしかったですね。
やはりブルックナーコァ、憧れの団員になりそうです。
マルティン君がryoさんを覚えていなかったのはセキルンで大した会話が交換されていなかったからではないのかしら。
もしお母さまが一緒でなかったらきっとryoさんの印象はもっと強かったのかもしれないと思いました。
それに日本で声を掛けてお話した後で再会したら忘れていなかったのでは?
それにしても沼津の公演は印象的でしたね。
89年組に少し興味が湧いてきました。
ek
2019年12月22日 15:22
ryo様

素敵な思い出お話下さりありがとうございます。私も楽しませていただきました。
夢の旅を終えて、帰国後に日本で再会出来た時の感動もまた強いものですよね。それもその時の演奏会が他に類のなかったヴィエネンシスとの共演のモーツァルトのミサ曲を聴ける時だったなんて なんて素晴らしい機会に恵まれたことでしょう!ryo様の思い出を読ませていただいて 89年組の歌声を懐かしみました。
私もあの旅行の翌年に来日した(WSKではありせんが)合唱団に友が参加しているかドキドキしながら羽田空港のロビーで待ちました。友のご兄弟を見つけ 彼が一緒だと確認でき、振り向いた時に輝く友の顔を見て思わず電信柱に止まった蝉みたいに彼に抱きついてしまいました。泣いている二人を見て 周りの団員達は笑顔で拍手してくれました。おっと!また私の悪い癖 別の道に逸れてしまいました。ごめんなさい。
マルティン君との再会 私の時の様です。私も72年組のクリスに会った時、最初クリスはきょとんとしてました。私に会うとき 彼はいつもきょとんとしてましたが、 私は彼のお母様と文通をしていて、彼とは初対面だったからです。お母様から私に会うようにとお話はされていたようなので、ご挨拶後は打ち解けましたけれど(笑)。
お母様を通しての出会いと思い出 大切なものですね。
そんな素敵な出会いと思い出をお持ちのryo様のウィーンルーツが同じ64年組なんですね。私よりお強い思い入れのご様子。
でも 89年組の華やかな演技は今もなお YouTubeで見ることが出来ますね。羨ましいです。
「デニス氏夫妻」は、もちろん私にとっても大切な思い出のオペレッタです。今でもシャーリングさんの歌声が耳に残っています。
ハタキを持って登場のナネットの愛らしさ。愛らしさというより美しさ。テレビに映し出された時 溜息をつきました。横浜の演奏会では歌声は素敵に響いておりましたが、あまりの遠さに顔までみえなかったんですもの。
大好きなオペレッタですが、Ponkoさんと同じようにこのお部屋に残された「ウィーンの昔の物語」は格別なものです。歌われる曲から、ウィーンを感じ 少年達の演じるウィーン娘に風を感じ…。
フロシャウワー先生の流れるウィーンの調べが少年達の演技同様心にのこります。
ryo様は旅行を通しても素晴らしい経験をなさり、夢と冒険の日々を過ごされたんですね。そして今でも、熱い心で64年組 89年組を心に強くお持ちなんですね。
それにしても、ノヴァック君 私もウィーンで何度も彼に遭遇しました。ホーフブルク アウガルテン近郊等。 「また会いましたね」ってお互い笑ってしまった位です。彼はお散歩好きなのかな?
ryo
2019年12月25日 01:30
ek様
どれだけ現実の天使たちとふれあいがあるのですか?どうしたら、こういうかかわり方ができるのか、ponkoさんやekさんに教わりたいです。ekさんもponkoさんのように、天使たちが引き付けるのですね?そして、深くつながっていますね?ノバーク君とはそんなに遭遇されて、ノバーク君にも認知されてるなんて。私は歩道橋の上ですれ違ったのです。友だちと二人で思わず「ノバーク!」と叫んだので、びっくりして振り向いた顔は今でも思い出せます。
「ウィーンの昔の物語」は83年組が全編公演して、ルネがミッツィーの歌を歌ってくれたので、歌もメロディーも知っていました。でも、「デニス氏夫妻」は89年の公演まで待たなければなりませんでした。もう一つのオペレッタ「カリフの鵞鳥」にとても美しいアリアがあって、シャーリング君で聴きたかったと思いました。マックスは本当に歌がうまくて、才能に恵まれているのですが、私が好きなのは少年の繊細な声なので、すばらしいと感じても、胸にキュンと響かないことがあるのです。でも、ナネットを見事に演じ、歌ってくれたので、シャーリング君はこの曲を歌ったのだと思いながら聴きました。
マルティンが覚えていないと言ったのは残念でしたが、この続きは夏の旅行に引き継がれることになります。
ek
2019年12月25日 21:08
ryo様
夏の旅のお話も聞かせてくださいね。
楽しみにしています。
Yuichann
2019年12月28日 22:03
Ponko さん
貴重な64年組のオペレッタ楽しく視聴させて頂いています。
私は、カラファンティはレオポルトかマルシャートではないかと思っていますが?ペテン氏はヨハンかなぁ?何方か覚えていらっしゃる方教えて頂けないでしょうか?
ek
2019年12月30日 00:26
Yuichann様

私は64年組の大ファンだと言いながら、Yuichannさんのお悩みに答えることが出来ません。WSKが今まで演じて来たオペレッタの中でも最っとも好きな演目なのに、あのオペレッタで誰がどの役を演じているのか確かな記憶がありません。友達に聞いても「55年も前のことだものね〜」と皆首をかしげております。
どなたか覚えておいでの方がいたら良いですね。

Yuichann様達が懸命にさがされているあの隊の映像は、残念な事にスタジオで歌った記憶はあっても、ステージでの映像おろか、その番組の録画映像さえ残っていない様ですものね。招聘元は民放のテレビ局でしたものね。
あるテレビ局関係にお勤めの知り合いに聞いたことが有ります。
昔は撮影フィルムが高価で余程のものでないと保存はされていないし、言い方変ですがその高価なフィルムは使いまわしされていたようです。もしあったとしても、民放ではスポンサー関係などの許可が下りない限り放送することは出来ないと言うのです。ましてや、貸し出し等は難しい。
スポンサーをなさった会社も諸事情により、様々な事から手を引かれている事がありますしね。NHKさんの様な公的な立場の様な放送局なら昔む〜かしの録画を保存なさっていたり、それを放送することは可能なのでしょうが、民放では、その制作に出費しているスポンサー関係各社に残っているフィルムでも再放送等は難しいのでしょうね。スポンサー会社も統合 解散などありますしね。

あら、ウィーンの昔の物語の配役についてのことでしたのに、余計なお話までしていまいました。なんのお役にも立てなくてごめんなさい。
ponko310
2019年12月30日 01:04
Yuichannさん
私は64年組の舞台を見ていないので、誰かこのコメントにお返事をくれる方がいないかと期待していました。
でも、ekさんまで判らないんじゃ、奇跡を待つしかありませんね。
お~い、誰か出てきて下さいよ~。
ek
2019年12月30日 06:12
Ponko様
駄目ですよ~、私だって たった一度しか生メンバーに会ってないですし、その頃はソリストの名前おろか、メンバーの名前すらわからない時でしたもの。ただ一人の立ち位置をしっかり覚えたくらいですし、それから彼らの帰国までに発売された少女雑誌等でやっと全員の名前と顔と名前を覚えたんですよ。
それに想像してみてください。体育館に50列並べられた49列目がいかにステージから遠いかを。オペレッタ 私の見たのはデニス氏夫妻なんですもの。それに 目の前に現れた彼らと遭遇出来たのが、あんな場所ですよ。恥ずかしいやら、嬉しいやら....。ぼ~っとなって天にも昇る興奮でした。
今の私なら、いかにテレビ画面が不鮮明でも誰かはっきり判ると思いますが(?)来日後 一ヶ月と10日の49列目からの彼らを見た私はそんなに鮮明に団員を認識なんて出来ませんよ~。
皆様と同じ!それに記憶力は皆様よりずっと低いですから。
嫌だわ、私がいかにダメ人間かと自ら暴露してしまいましたが、私などあてにならないと言うことをお話したかったんです。
私はこの声好き!と、お熱をあげるくらいでソリスト君の名前を探求することさえしないファンなんですからね。
ソリストも合唱団員の一人で その一人一人がいてあのハーモニーが生まれ、魅了され....何て思うファンですもの。
薄れてしまった記憶力に加え そんな私ですから なにとぞご容赦願います。
Yuichann
2019年12月30日 08:28
Ponko さん  ekさん
有難うございます。もう半世紀以上前の事なので仕方ありませんね!
きっと何処かに知っている方がいるのでしょう?ご本人に聞くのが良いのかも知れませんが⋯?
何処かの蔵に当時の8ミリフィルムが眠っているかも知れませんね!期待して待つことにします。
ponko310
2019年12月30日 08:28
ekさん
64年組のファンでネットをやっている方なんてそんなにいないのかもしれませんし、私のブログはほんの一部のオールドにしか目に付かないのかもしれません。
それに長らく此処を訪れてくれていないオールドの方も沢山いらっしゃると思います。
一度シュテーグリッツの衣装を着たチェルニー君の写真を見たことがあるのですが、彼が歌ったのかしら。
私にはわかりません。
ただこのオペレッタの声がこうして残っているのが嬉しいです。
私は72年組のルカの独唱の歌声さえ聞いたことが無いのですよね。
72年組の素晴らしい合唱を聞いて、あのソプラノに彼の声が混じっているんだと、それだけで単純にキュンキュンしています。
オペレッタの役が誰だか判れば嬉しいに越したことはありませんが、その歌声が今は低い男声の声になっていると思うと、ちょっと考えるのを止めたくなりますね。
美しい歌声を聞いて、漫画の美しい少年をその声の持ち主にして描いているのが一番幸せなんだわ~。
しかし、12歳のエーリヒのミッチー姿は永遠に愛らしく美しいのだじょぇ~。
ryo
2019年12月30日 23:57
ponko様
本当に写真をupしていただいて感謝なのですが、12歳のシャーリング君のミッチーはあどけなく可愛く、最高です。少女雑誌でも見たことがないので、貴重な写真です。旅行で会えなかったけれど、少なくても近いところに行けて、同じ空気を吸ったのだと思いました。
「ウィーンの昔の物語」「デニス氏夫妻」あとは、ハイドンの「薬剤師」ですが、どこかに存在していないかしら?

89年組の日本公演をテレ朝が放映した時、マルティンのご両親との約束を守るために、ダビングして送りました。残念なことに、マルティンはオペレッタには出演していなかったのですが。でも、マルティンのお父様からは丁寧なお礼の手紙をいただき、ウィーンに来るときは連絡してください、と書いてあったのです。
夏、旅行はミラノから始まりました。旅行は2人ではなく6人で、そのうちの1人がミラノ中央駅で、現金とクレジットカードをすられてしまいました。自由旅行は楽しいけれど、一人では怖いとその時に焼き付けられました。とんだことから始まった旅行になってしまいました。ものすごい動線で、まだまだ元気な時に行けて良かったです。

Yuichann
2019年12月31日 14:29
Ponko さん
私もryoさんと同じです。ハイドンのオペレッタ(cプロ)についての情報が少女雑誌にも載っていませんでした。(私が読んでいなかったのかな?)プログラムには載っていましたが⋯コンサート御覧になった方いらしたら詳しいお話を聞かせて下さい。お願いします。
ekさん御覧になりましたか?
ponko310
2019年12月31日 20:07
ryoさん
64年組の3つのオペレッタの名前がわかって嬉しいです。
私はやはり、映画の青きドナウで見た「ウィーンの昔の物語」が一番好きですね。
89年組がオペレッタをした時、何故マルティンがいなかったのでしょう。
それが気に掛かります。
約束通りテープを送って頂いたご両親はその忠実な友情に感激したと思います。
ミラノはとても風紀が悪いときいていますが、スリに遭ってしまったなんて、凄いショックでしたね。
私の日本の知り合いのご両親も、初めてベルリンに来て、スリに遭い、パスポートの入ったお財布を取られて、計画していたパリへの旅行を取りやめて寝込んでしまいまし
た。
イタリアはともかく、ベルリンのスリは東欧諸国から来ているのが多いです。
私もすでに3回スラれていますよ。
人混みの多いところは気を付けなくてはいけませんね。
マルティン君とはその後会えることが出来たのでしょうか。
ponko310
2019年12月31日 20:13
Yuichannさん
64年組のファンはもうかなりのお歳の方ばかりでしょうから、ネットをやっている方も少ないでしょうね。
それに私のブログはそれほど読者もいませんでしょうから、配役の答えを出してくれる方がいらしたら奇跡だと思っています。
何か素敵なチャンスが訪れますように。
あ、それから自分であげておいた写真にチェルニー君がシュテーグリッツで出ていますね。
すっかり忘れていました。
ryo
2019年12月31日 23:04
ponko様
私も「ウィーンの昔の物語」がベストです。オペレッタらしい筋書きだと思います。何といっても喜歌劇なのですから。
yuichann様
少女雑誌でも紹介されませんでしたね?たぶん雑誌記者が見た公演の演目が「デニス氏夫妻」だったのでしょう。「たのしいオペレッタ」という本に、コミックオペラと書いてあります。ヨーゼフ・ハイドン作曲の「薬剤師」、見たいですね?たぶんシャーリング君が、金持ちの娘グリレッタを演じただろうと思っています。

ponko様
マルティンがいないのは、たまたま警備兵の衣装が一つ足りなかったのだと思います。公演のたびに、譜めくり君が代わりましたので。この年の旅の続きは年が明けて、また書かせてください。
ponko様、思えば2019年はponko様やmaa様のブログにお邪魔するようになり、シャーリング君が歌うミッツィーの声を聴かせていただき、奇跡かと思っています。ハッピーな年になりました。
ponko様、良いお年を。また年が明けたら、お邪魔させてください。
ryo
2020年01月03日 00:13
ponko様
「薬剤師」の動画、見つけてくださってありがとうございます。金持ちの娘グリレッタが3人の男たちから思われていて、最後はグリレッタと恋人同士の薬剤師と結ばれる話ですね?簡単に言えば。本当に64年組が演じたら「ウィーンの昔の物語」のようなオペレッタになったのではないでしょうか?

旅行の続きです。イタリアのミラノのサンタマリア・デッレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」を見て、ベネルクス3国。アムステルダムからミュンヘンへ。クラーゲンフルトへ向かいました。列車で知り合ったN大のドイツ語の先生と知り合い、楽しいひとときを過ごしました。この先生と一緒にインフォメーションに行って、前年の旅行で泊まったセキルンコロタンに電話してもらったのですが、満室で泊まれません。コロタンだけでなく、セキルンはすべて泊まれないと言われました。前年、ミサは朝だと信じていて聴けなかったので、目的を一つ達成していないので、またセキルンに行ったのです。それにしてもセキルンのホテルすべてが泊まれないのは、WSKのミサがあるからなのでしょうか?私と友だちはミニムンドゥス近くのペンションに予約し、船でセキルンに行くことにしました。セキルンで腹ごしらえするために、カフェに入って食べていたら、店のマスターに、"Wiener Sängerknaben?"と聞かれ、「そうだ」と言ったら、”今、Marschikが行ったよ”と教えてくれました。今度は外れないと確信。教会にタウチュニッヒ・ジュニアも到着。ブルックナーコアかと期待したのですが、別のグループでした。86年組たぶんモーツアルトコアだったと思うのですが、年少だった数名がすっかり大きくなって出演しました。
翌日、Maria Wöltでミサがあるというので出かけたのですが、WSKは出演せず、ガッカリ。でも、セキルンのミサが聴けて、前年の目的は達成しました。まだ旅は続きます。
ponko310
2020年01月03日 02:34
ryoさん
旅の続きのお話を待っていました。
ありがとう。
6人グループだったそうですが、お金を取られた方は立ち治られたのでしょうか。
6人ともウィーンファンだったのですか?
わいわい楽しい旅だったのでしょうね。
セキルンでのミサに出席出来て良かったですね。
ホテルがどこもいっぱいだったのは、観光客の他に団員の家族の方達が来ていたからではないからでしょうかね。
ホーフブルクだけでなく、他の教会でウィーン少のミサを聞くなんて、全く私の念頭にはありませんでしたよ。
それにしても、ryoさんの額にはウィーン少年合唱団と書いてあるのかもしれませんね。
カフェーでの話しには思わず笑ってしまいました。
ryo
2020年01月03日 15:07
ponko様
6人の旅は、それぞれ向いてる方がバラバラで、3-3とか2-4とか別行動になることがありました。
クラーゲンフルトからウィーンに戻り、翌日はまたまたヴァッハウ渓谷、ショーン・スカリー演じるピーターが指揮した城壁に上ったり、「野ばら」で歌ってたデュルンシュタインのウェッジウッドのような教会の中に入ったり、メルクの修道院に入ったりしました。
ウィーンで遊んだ後、夜行でブレゲンツへ。国境の町、フェルドキルヒからリヒテンシュタインへ。フェルドキルヒからウィーンに戻る途中、車窓にボーデン湖が見え、「魔女の宅急便」の舞台だからリンダウに行くことにしました。ザルツブルグではサウンドオブミュージックツアー。
ザルツからグラーツ(初めて)に一泊。旅も終焉を迎えていました。グラーツにしたわけは、ウィーン南駅に着くからです。今回一緒の4人には別行動をお願いし、私たちは南駅でマルティンの家に電話しました。私はドイツ語わからないのに電話で聴きとれないと思って躊躇していたら、友だちが代わってくれて、交代で受話器を
握りました。その時のドキドキわかりますか?確かにマルティンのパパは「そこにいてください。迎えに行きます。目印にマルティンを連れていく」と言いました。(中断)後ほど続き書きます。
ponko310
2020年01月03日 15:48
ryoさん
わぁー、ウィーンファンそのものの凄い旅行記で、読みながら想像してドキドキです。
それに若さが伴って、それはエキサイティングな旅だったでしょうね。
ペーターが作曲した歌をみんなで歌った廃墟の岩に私も友人と登ってみる予定でした。
もし今それが実現できるとしても、体力的に遠慮しますね。
やはり若さと情熱は大切です。
電話から聞き取れたマルティン君のお父様の言葉、読んで今すごく興奮しています。
どんなに胸が高なったか、こちらにも伝わってきています。
コメントではなくて、こんな旅行記はちゃんとした記事でよんでみたいですね。
ryo
2020年01月03日 21:05
ponko様
セキルンで泊まれなかったのは、ponkoさんがおっしゃるように、家族らが泊まっていたのかも。ミラノでスリにあった友だちは、イタリアのホテルからクレジット会社に電話して止めてもらい、現金は貸して、事なきを得ました。ご心配かけました。
前のコメに書きましたように、ponko様の旅を読ませてもらうと、みなさん仲良しで、同じ方向を向いてるでしょ?それがずっと続いているでしょう?それは本当にうらやましいことです。
みんながWSK大好きならいいのですが、全く興味がない人もいたので、途中で分散したり待ち合せたり、難しいところもありました。私は前年の足跡をたどる旅の方が楽しめたのです。でも、終わりよければといいますか、マルティンとそのご家族と過ごした時間は、私たち2人には最後に大きなプレゼントをもらったようだったのです。

ウィーン南駅にマルティンが現れた時の様子は、今もはっきり覚えています。パパいわく、目印でしたから(笑)
パパの車で、メートリンクの方に向かいました。マルティンが住んでいる町は600年もの歴史があります。ブドウ畑を通りながら、大きな教会、小さな教会、マルティンが行く予定だった小学校、マルティンが教えてくれました。町を一巡りして、カフェHeinerでアイスクリームをご馳走になりました。マルティンはドアを開けてくれたり、席に案内してくれたり、ドアボーイに徹していました。
家で過ごした時に、マルティンによると、日本公演の後、ニュージーランド、オーストラリア公演があったのだけれど、オーストラリアでは、マルシークが3日間入院したので、彼らは2回アカペラで公演したそうです。
折り紙をしたとき、マルティンは日本で覚えた鶴の折り方を忘れていませんでした。ビデオも見せてもらいましたが、ほしいビデオがいくつもありました。パパが日本公演のビデオを見ながら、「ウィーン少年合唱団は日本では有名だけど、オーストリアではこんなアプローズも拍手もない」と言ってました。ponkoさん、それというのも64年組が築いた礎を崩さないように、オールドファンが守ってきたからですよね?
マルティンに合唱団の帽子をかぶせてもらって、写真を撮りました。マルティンを知って、ウィーン少年合唱団のイメージが変わりました。64年組は雑誌でしか知らないので、現実のものと思えない気高い存在のように思うのですが、マルティンたちはどこにでもいる普通の子。笑ったり喋ったりふざけたり。手を差し伸べたら、そこにいる身近な存在でした。マルティンのママがとても面白い人で、「マルティンはバカだ」と言うのです。そして、「ウィーン少年合唱団の子はみ~んなバカ」だって。笑った笑った。
マルティンと妹が、庭の桃の木を揺らして、桃を採ってくれました。そして、ずっと見送ってくれました。別れたくなかった。悲しかったです。
そして、パパはなんとホテルまで車で送ってくれました。マルティンの家族は本当にいい人たちでした。

それから2年ぐらい、パパと手紙のやりとりをしたと思います。「孤児院ミサ」のカセットテープを送ってくれました。
私がずっと後悔しているのは、そんなマルティンのパパと文通を続けられなかったことです。
ponko310
2020年01月03日 22:04
ryoさん
何て素敵な思い出があったのでしょうね。
マルティンは来日組の団員で、きっとファンも沢山いたでしょうにね。
そんな少年とプライベートの思い出を作ったのですから、私達の事を羨ましいなどと思うのは罰が当たりますよ。
ryoさんだって最後の二人の旅行は同じ方向に向いていましたね。
6人一緒だったら、マルティン君の家もあたふたしたことでしょう。
一人か二人ぐらいがちょうどいいのですよ。
今の私のウィーンファンのお友達は、このブログを始めてから知りあった方ばかりです。
ryoさんもその一人ですからみんな同じです。
私こそもうウィーンの方ばかりに目を向けてはいません。
今でも72年組までのファンには変わりありませんが、最近ではまたPCゲームの方が面白くなってきています。
マルティン君のお父様はまだご健在なのでしょう?
だったら御挨拶状を送ってみたらいかがですか?
きっとryoさんの事を覚えていて喜んでくれると思いますよ。
私は確信しています。
ryo
2020年01月04日 01:31
ponko様
足と手、何をするにも不自由ですよね?春ごろには完治しますか?手が痛いのにPCゲームとは?骨、折れているのですよね?

私は確かに罰当たりかもしれませんが、私がうらやましがっているのは、旅友がいないからなのです。少しでも元気なうちに、私は今年もヨーロッパに行きたいのですが、私の友だちは介護や孫守り、温泉旅行やアジアの近場なら行くという連中ばかりなんです。それぞれの事情があるので、無理強いはできないし、今年は行けるのかと心配。外国ひとり旅は不安だけど、それに慣れれば、毎年友だちに交渉しなくてもいいので楽なのですが。ベルリンは一人でも大丈夫ですか?旅友、もう少し当たってみるつもりですが。同じ方向を向いている人はいないので、それは望まないことにします。
ponko310
2020年01月04日 02:52
ryoさん
PCゲームは指で打つだけなので手はしっかりと守られていますから大丈夫。
あぁ、気の合った旅のお友達を見つけるのは簡単な事ではありませんね。
年取るともっと難しくなるかもしれません。
このブログに来てくれる方が手をあげてくれないかしら。
同じように一人旅は自信が無いと思っている方がいるかもしれません。
ベルリンも最近はスリが増えています。
でも一人旅の若い日本人はかなりいるようですけれどね。
何しろ言葉が出来ないとどこに行っても不便です。
ryo
2020年01月04日 10:20
ponko様
やっぱり、そうですよね?
今年も行くぞと念じて、旅友何人かにアタックしてみます。ありがと。
ponko310
2020年01月04日 16:51
ryoさん
イエーイ、がんばれー。
joku
2020年01月05日 16:12
ベルリン。
新しい空港は今度こそ10月終わりに開港するのですかね?日本との直行便が飛ぶようになるのではと思うのですが。
新しい空港では、テーゲルより暇潰しができる事をねがっています。
ponko310
2020年01月05日 18:21
jokuさん
日本に行くのにいつもテーゲルで乗り換えしていたのですか?
今年の秋に開港すると言う新空港は我が家からず~っと遠くになってしまいます。
私はテーゲルの街に行くと、頭のすぐ上を飛んで行く飛行機の大きな機体を見るのが楽しみでした。
だからその空港のせめて1部だけでも使われて行くことを願っていますけれどね。
新空港は地下鉄も通っておらず、街に出るのがきっと不便なのではと心配しています。
ek
2020年01月12日 00:07
ryo様 そして Ponko様

ryoさんのマルティン君と彼のご家族のお話読ませていただきました。そしてその素晴らしい出会いだけではなく、ryoさんは私などには出来ない素敵な経験を沢山なさっているんですね。Ponkoさんもそして他のこのお部屋のお仲間もそうですが、ウィーンの団員達が歩んだ道を(歴史的な事を含め)ご自分の足と目で確かめられ 私達の憧れであった空気感を直に味わう事を実践なされたんですね。
確かに私の憧れの地への旅には同じく合唱団に魅せられた友達が同行していましたし、それぞれに素敵な思い出を作ることが出来ました。しかし 今考えれば、それは「その時の旅」だった様に思います。ウィーンにしても、他の地にしても彼らの歩いた道をたどる旅ではなかったのです。私の尊敬する先生からのお手紙に「貴女の旅の思い出の一コマに自分が関われた事を嬉しく思います」 とありました。その先生とのひとときでさえ、その時を楽しんでいました。先生の手紙に「自分の90年の人生の思い出の全てを記憶の中に残しておくことは出来ないが 今の自分は確かにその長い時間を歩いて来た。貴女と過ごした時もその道の途中なのです。」とありました。そうなんですね、ryoさんやPonkoさんは温故知新の道を歩まれている。その先生程長い人生ではないけれど、私はあの64年のひとときとそれから先の時を楽しんでいる。それ以前を歩こうとはしなかったのかもしれません。それだけに、今ryoさんのお話やPonkoさんやお仲間の皆さんの歩まれている道を羨ましく思っています。
また いろいろ教えて下さい。
ponko310
2020年01月12日 18:21
ekさん
コメントをありがとうございます。
お知り合いの指揮者様のおっしゃるように、誰かと接すると、その思い出は自分の人生の一部に加わるのですね。
その出会いを楽しい思い出にするか、苦い思い出にするか、人生勉強の土台にするか、その人次第なのだと思いますが、いつまでも心に残るのは切なく甘い恋の思い出~。
私は砕けた骨がまだ治っていないので、今のところは頭の中だけで過去の道を歩んでいます。
と言うよりも、松本清張の作品の動画をYouTubeで見るのにハマっています。

ryo
2020年01月12日 23:34
ponko様 ek様

ponko様 松本清張の動画ですか?携帯電話よりずっと以前、私も清張の文庫本を読み漁った時がありました。途中でやめられなくなりますよね?

ek様 私はek様が思ってくださっているような旅をしたわけではなく、やっぱりその時その時を楽しんできたのです。それがたまたま子供時代に夢中になった「野ばら」や「青きドナウ」の世界にまつわる場所だったので、ほんと嬉しかった。マルティンのことは偶然以外の何物でもありません。団員と会えるなんて考えてもいなかったのです。いつも同じ表現をしていますが、64年組はどんなに好きでも平面の世界。でもマルティンは立体で、後ろも前も横も斜めも
すべての角度から見られて、表情も動くし、ふざけるし。地上の天使ってこういうことなんだ、と実感したのです。それからはウィーン少年合唱団であっても普通の少年と思っています。64年組は今も雲上人。夢なので未だに引きずっています。少年の時のままで。

ponko様 マルティンのパパの手紙を見たら、ドイツ語でぎっしり。裏には、1969年 カペルマイスターマルシークと書いてあって、これまたぎっしり。日本に行ったことなどが詳しく書かれていたのかと思います。まったく理解不能だった自分が残念です。 
ponko310
2020年01月13日 01:03
ryoさん
立体のマルティン君が普通の少年だったと言う事がとても微笑ましく思えます。
私の見た2013年以降の団員達も、すべて普通のお行儀のよい坊や達でした。
きっと私がお婆さんの目で見ているからなのでしょうね。
でもティーンのころまでは、いくら年下でも団員達を素敵な豆紳士に感じていました。
それともあの頃のウィーン少年合唱団員達は紳士の態度を崩さなかったのかな。
ふざけるにしても大人っぽい魅力的なふざけ方だった。
そしていつも礼儀正しくて。
ryoさんは64年組を平面でしか見ていなかったのですね。
私は実際に見ましたが、いつもガラス越しでした。
でも、気品があって、あの態度はやはり憧れの少年達でした。
今思うと、私達が彼らをはやし立てたせいで、彼らもやはりファン(もちろん若い娘ばかりでしたからね)をとても意識していたのだと思います。
さて、マルシークさんは何を書いていらしたのでしょうね。
ryo
2020年01月14日 00:12
ponko様
悲しいかな。64年組のメンバーの顔を思い出そうとすると、少女雑誌のあるページだったりするのです。平面でも、大人びた品のある姿がわかります。ずーっと平面なんですが、もう立体で会うチャンスは無いと思うので、平面の彼らを思いとどめておくしかありません。一人でも地上に降りてきてくれた天使がいたことは幸せでした。
ponkoさんのガラス越しの64年組は、まだ少年でしたか?生き生きと動く彼らをずっととどめておけますね?
そうそう「厄介な婚約」の動画、ありがとうございました。このオペレッタは、大人が演じていても、団員たちが演じた姿を容易に想像できますね?
ponko310
2020年01月14日 03:20
ryoさん
厄介な婚約のオペレッタはとても軽快な曲で、ウィーン少の舞台で見てみたいと思いました。
でも、私はやはりウィーンの昔の物語が一番好きです。
青きドナウの映画で脳みそに焼き付いてしまったからでしょう。
ガラス越しの64年組の少年達はルカのように私の思い出の中では永遠に少年のままでいてもらっています。
還暦を過ぎた現実の彼らとぜ~んぜん関係なく、私の頭の中でみんなはそのままの声でそのままの優しい微笑みを向けて続けていてくれています。
ノ~テンキって結構幸せですよん。