(83) 思い立っての小旅行/ キッテンドルフ

夏になったら、この春に行ったキッテンドルフの古城ホテルに コーヒーを飲みに行くんだ、と意気込んでいましたが、お天気の日を選んでそれを実行して来ました。  この4月に記事70を訪れた方は 此処を覚えていませんか? あの時はまだ緑が少なかったのですが、今はもうこの写真の通りの深…
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(82) 次からのペンフレンド(スイス・ケルンス)1

1969年にヨーデルを歌うスイス・ケルンザー少年合唱団が来日した時は、ちょうどウィ―ン少年合唱団のタイマー隊が帰国した後の真夏の暑い盛りでした・・・ね? 私がそれまでに日本で接したオーストリアの二つの合唱団とは、沢山のファンが集まるホテルのロビーなどでの、ほんのわずかなおしゃべりに過ぎませんでした。 (ギャッ、…
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(81)  FIFA2014とその他もろもろ  3

7月13日 日曜日 ドイツ対アルゼンチン 決勝戦 決勝戦を前にベルリンには大きなパブリックビューインが幾つか用意され、この日はブランデンブルク門には35万人以上ものファンが早くから集まりました。 私の息子達もFBで浮き浮きと友人達と待ち合わせを呼びかけ合っています。 学校に依っては翌日の授業を3時間目から繰り下げ…
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(80)  FIFA2014とその他もろもろ  2

7月4日 金曜日  第20回目 W 杯ブラジル大会(私は現在にこだわっていなので) この日は18時からみんなが待ちに待ったドイツとフランスの準々決勝でした。 私がワールドカップを見ているのを知っているポズナン少年合唱団の少年から、僕は今度はフランスを応援しているとメッセージが入りました。 確かにフランスはいつも強いけれ…
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(79)  次からのペンフレンド ( メートリンク Ⅶ)

共に此処までやって来た友人の、突然の帰国ですべてが狂ってしまったヨーロッパ旅行は、ペンフレンド達のお陰で更に続行出来る事になりました。  けれど、カ―レンベルクで再会したエッセンのペーターに約束したにも拘らず、男性のペンフレンドの所には流石一人で行く勇気が出ず、←そうです、ドレスデンのペンフレンドの所にも、友人が一緒だったからこそ…
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(78) うわぁっ、ぺぺ、死んだハエがァ !?

ある日、私が掃除機を掛け始めた時、 いつもは、その大きな音にすっとんで逃げるはずのぺぺが、 ガラス戸にぴったりと黒い背をへばりつけて、 何やらカーペットに猫パンチをしかけています。 汚れが目立たないように買ったこげ茶色のカーペットで、 ぺぺは白い前足を恐る恐る出しては 一見なんにもない場所を、ぺチッ。 じっと動かず、し…
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(77) FIFA2014とその他もろもろ(オタマちゃん)

ドイツは目下サッカー熱で沸いています。    メルケル首相は何時も選手たちに声を掛けに来ます。 私もワールドカップが終わるまでブログなんか書いていられませ~~~ん。 日本、負けて悔しい~~~~。 日本を応援してくれていたポズナン少年合唱団の団員からもがっかり~のメッセージが入っていました。 ベルリン大…
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(76) 次からのペンフレンド ( メートリンク - Ⅴ) 71年

「ウィーンの森少年合唱団」の前の記事 (⑮c) のコメントで、日本のお菓子のコマーシャルの動画がある事を聞いて、調べたら本当にありましたよ。 これは嬉しい・・・・なかなか綺麗に歌ってるじゃありませんか   此処は多分、セントガブリエル教会の庭ではないかと思うん…
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(75) ワン・ビリオン・ライジング                  女性よ立ち上がれ

驚くなかれ、世界の女性の3分の1に当たる10億人の女性達が、 何らかの暴力を受けたり、レイプされたりした経験を持つという事実がですよ 国際平和の組織である、国連の統計で明らかになったそうです。 発展途上国だけでなく、先進国でも女性に対する性犯罪は絶えません。 私が他のブログで知り合…
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(74) 次からのペンフレンド ( メートリンク -Ⅳ)

タマゴちゃんの家からそれほど遠く離れていない住宅街に、変声して退団した来日組の少年の家があり、一度 『ピアノの午後』 に呼ばれて行きました。 なかなかイケメンな彼は、自分の部屋でピアノ曲を何曲か弾いてくれたあと、スマートにスッと立ちあがって他の楽譜に取り替えたのですが、その時に~・・・・・・座ってい…
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(73) 黒なきどりの愛の歌

若葉の素敵なドイツの春はこのアムゼルと言う名の雄鳥の歌声で始まります。  この黒い中型のハンサム鳥は日本語では「くろなきどり」と言われているそうです。 この雄鳥が新緑の春になると、朝早くから夕方の暗くなる頃まで、素晴らしいさえずり声で休みなく歌い始め、何とも冴えない色の雌が「うるさいわね…
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(72)   誕生日と復活祭のあ・い・だ

鬱陶しい冬が終わって裸の木々の3月が過ぎ、4月に入ったとたんにお天気が良くなって、まるでもう楽しき5月 になった様です。 だからブログの編集などしないで、日の当たる庭に転がって素敵な春の風に当たっています。 でも今日は連なる菜の花畑の景色を楽しみながら、プッ夫クンの実家のお墓のあるバート・ピルモントに…
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(71)   誕生日記念の小旅行 2

昨日(3月24日)は一人で盛り上がって、自己満足な誕生日を過ごしました 。 目が覚めたとたん、早く家に帰ってもう一度あの動画を見たくなっています。 ・・・うん、あれは思い出として、私のブログに保管しておかないといけんぞ 。 今日はこの近くの街々を見学するのが楽しみです…
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(69) 次からのペンフレンド( メートリンク -Ⅲ)

レオもどき君のクラスで折り紙の実演をしてからというものは、そのクラスの女の子達に何かと声を掛けられる事が多くなりました。 ぽっちゃり太ったリズは 真っ赤なほっぺたの青い目の女の子。 お父様は農業に従事する、真っ黒に日焼けしたがっしりした方です。 何度目かのお茶の時間に招待された時、 赤ん坊にミルクを…
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(68)   次からのペンフレンド( メートリンク ーⅡ)

ウィ―ンの森少年合唱団員だったタマゴちゃんは、今日も授業が終わってからプォ~っと自分の部屋で趣味のトランペットの練習をしています。   その間、私はそのうるさい雑音を避けて、庭のバラの花の近くに座って、ヴォイテクからようやく届いた嬉しい手紙を読んでいるのです。 彼の面影を胸に描き、ため息をつきながら何度も、何度も、何度も…
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(66) なつかしい初恋物語

先日また昔の思い出に繋がる懐かしい映画にぶつかりました。 トニー・ザイラーの初恋物語なんですよ~ 私の歳ぐらいの方なら知っているはずのトニー・ザイラーが演じています。 私はウィーン少年合唱団のファンになってから、団員との文通にうつつを抜かす傍ら、その合唱団やオーストリアや…
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(65)  思い出し笑い

ベルリンの万国食品見本市の「緑の週間」で ルーマニアのブースの男性がハリー・ポッターの映画に出て来る森番にそっくりだったために吹き出しそうになって、その場から逃げ出して他のコーナーで大笑いした。 ・・・・で思い出した事があります。 あれはまだ私がうら若…
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(63) 42年振りのウィ―ンは、ウッソォ~だった 3 Wien nach 42Jahren

前の記事でウィーンのフンダートワッサーハウスについて書きましたが、 そのフンダートワッサーはオーストリアだけでなく、むしろドイツでの作品の方が多いと説明されました。 Im letzten Artikel habe ich über das Hundertwasser-Haus im Wien berichtet. Der…
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(62) 42年振りのウィ―ンは、ウッソォ~だった 2

自分の内心でアホらしい「ウッソォ~!」を繰り返しているうちに、自分の周辺では景色がどんどん変わっています。  あれ~、ここではタマゴちゃんとあの難しいオペラの「マクベス」を見たんだわ。 あの時は何だかわけがわからない内容だったけれど、舞台で這いずり回る灰色のモップみたいなもじゃもじゃのお化けだけはよく覚えているんだなぁ。 あれ…
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(61) 42年振りのウィ―ンは、ウッソォ~だった 1     (ズノイモ+ウィ―ン)

1971年の春、私と友人が初めてウィ―ンの街に着いて滞在した当時、そこにこんな有名なケーキがあるなんて事は知らんかったのじゃ。 日本に戻って何年か後にこのケーキの名が知られるようになったんです。 しかし、しかしなのじゃ~、ウィーン旅行から帰った人は誰でも彼でも食べて来たと自慢する。 ・・・・もう、私だけが食べていないんです…
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(60)  ベルリンのポズナン少年合唱団

               ・・・・・ 1969年 広島にて        後の真ん中の辺りで、あの当時、ポズナンの駅で私の友人にバラ を持って駆け寄って来た彼女のペンフレンドが笑っています(記事29)。 私のペンフレンドだった素敵なヴォイテクは彼のお兄さんでした。 ここに…
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(59) 二つ目の降臨節 :ウィ―ン少年合唱団演奏会(2)

演奏会の休憩中は会場は殆ど空になります。 皆ラウンジにシャンペンや、ワインやジュースやコーヒーを飲みに行くのです。 でも私は隣のドレスデン青年と席に座ったままで、アドレスの交換やおしゃべりで楽しい時間を費やしています。 彼は元ウィーン少年合唱団員達ともメル友で、すでに彼らに招待されてウィーンに何度か遊び…
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(58) 二つ目の降臨節 :ウィ―ン少年合唱団演奏会(1)

日曜日(2013年12月8日)は午前11時から、ベルリンのジャンダルメン広場にあるコンチェルトハウスでウィーン少年合唱団の演奏会がありました。 上の写真は今回のドイツ演奏旅行のプログラムの表紙です。 ******************************************** さて、朝起きると・・・ …
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(57)  ベルリンです 3 /クリスマス

冬が来たので、例の如くもうすぐクリスマスですよ~。 あちこちのドイツの街ではクリスマス市の準備が始まりました。 ベルリンのシュテーグリッツと言う街のクリスマス市には大きな塔が立ちました。 クリスマスピラミッドと呼ばれて、こんなに大きいのは電気で動かしています。           でも家庭の小さな塔は蝋燭の気流で周り…
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(56) 初めてのペンフレンド(2)71年

                      ウィーン少年合唱団1967年代                     ( ウサギちゃんとジェフ少年の隊) 私がウィーンを離れる前に、アウガルテン宮殿訪問と同じぐらい強く望んでいたのは初めてのペンフレンドの「う…
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(55) 横浜ノスタルジー

むか~しむかし、ず~っと昔の事でした。←お休み前のお話調 私は横浜の高台に住む 叔母夫婦の家に かなりしばらくの間 預けられていた頃がありました。 大きな黒人や白人の 軍隊関係のアメリカ人が まだたくさん横浜に住んでいて、 お隣の若くて美人な娘さんは その一人と結婚して 近くの小さな家に住んでいました。 …
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(54) 次からのペンフレンド( ウィ―ン - Ⅳ)71年

友人の具合が良くならず、5月25~27日の間に予約していたアウガルテン宮殿の訪問も断る結果になりました。 何と言ってもウィーンでこのアウガルテン宮殿訪問は私達の一番の希望でしたから、彼女が良くなるまで待つことにしました。 団員のウサギちゃんと文通を始める前はクラスの友人(あのピンクのワンピース{%ワンピースwebry…
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(53) 次からのペンフレンド( ウィ―ン -Ⅲ)71年

ハラルドとクラーゲンフルトから戻ってくると、待ってましたとばかりにマリアは早速にも彼に交際を申し込みました。 でも、マリアの両親は、どうやらそれがお気に召さなかったようです。 後日うさぎちゃんとハラルドと三人で落ち会う事がありましたが、その時ハラルドが私にこう言ったのを覚えています。 「君の友達(マリア)の両親に、僕達二人…
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(52)  ポーランドバザール

     国境の街のお城 ポーランドバザールって何だか知ってます? バルト海に注ぐオーデル川と、その支流のナイセ川が、ドイツとポーランドとの国境になっています。 その川向こうのポーランドには、レートの違いを狙って来るドイツ人の客を対象とする大規模な市場が幾つかあります。 ドイツ統一の祝日、10月3日にその国境の街の一つ、バド…
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(51)  異常に暑かった夏がありました。

今まで ” ドイツの夏は涼しい ” はずだったのに、ウッソォ~とわめきたいほど蒸し暑い日が続く、そんなはずじゃない夏が来るようになってしまいました。 そんな暑い夏に日本から中学生と高校生の甥達がスポンとやって来ました。             ヨーロッパセンターの「泉」で ベルリンの壁が開いてからまだ三年目で、華やかな…
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(50)  日本の家族に不幸がありました

               1989年ドイツの従弟と まだ若く、元気で楽しかった私の甥が突然の交通事故で亡くなりました。 ブログはしばらくお休みします。 また元気を取り戻してからここにやって来ます。 http://www.sponichi.co.jp/entertainment/new…
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(48)  次からのペンフレンド ( クラーゲンフルト -Ⅱ)

セキルンの夏の休暇寮での写真で、私の誇り高きオールドファン達が だったり だったり になっているので、こう なってもらう為にあの画像を再度大きくして載せてみます。 けれど、これでもダメだったらあなたはただのファンもど…
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(47)  次からのペンフレンド( ウィ―ン -Ⅱ)

さて、何とか共産圏の赤色にも染められないで、無事にウィ―ンに着いた途端、それぞれがお互いのペンフレンド達の家に招待されていた為に、友人と私は泣く泣く(でもないけれど)まったく別々の行動を取る事になります。                   入団当時のジェフ君 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
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(46)  次からのペンフレンド ( クラーゲンフルト - Ⅰ)

1967年、ドイツ語をかじりだしてから私の3人目のペンフレンドはウサギちゃんを始めに、2人目のウィ―ン少年合唱団員です。 変声期を迎えたウサギちゃんが、これから勉強で忙しくなるからと身代りに差し出した少年、あ、その-----いえ、自分の代わりに紹介してくれた少年でした。 この11歳のハラルドはウィ―ンではなく…
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(45) 64年組フロシャワ―隊の歌声

このレコードを持っていらっしゃらない方、聞いて下さい。 http://hd1201jtk.blog.so-net.ne.jp/2013-09-17             ↑ ヘルムート・フロシャワ―指揮する64年来日組の歌声のブログです。 たったひとつの曲ですが、この「ウィ―ン少年合唱団以外の何物でもない歌声」が64年組で…
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(44)  英語版「青きドナウ」

長い間探して見つけた時は天にも昇る気持ちで載せたのに、いつの間にか削除されてしまっていた動画をまた見つけました。 よかった、よかった。 これでまた、私の人生を変えた原因をお見せできますね どうかこれがこれからもず~っと消されませんように。  20…
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(43)  合唱団の懐かしいVW-Bus・・・

昔ウィ―ン少年合唱団が移動に利用していたバスがこの型でした。 映画「青きドナウ」でも、この小型バスがとても印象的でした。 だから、このバスを近くの店のショーウインドウで偶然見つけた時は、 あぁ~っとわめいてしばらく立ち止まって覗いていました それからは毎日買い物の途中でこのバスにうっとり…
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(42) 次からのペンフレンド ( ウィ―ン -Ⅰ)

2016年2月以降の後記が加わっています。                   1969年来日組 1971年5月中旬 列車がドレスデンの駅を出てしばらくすると、エルベ川が見え出します。 鉄橋を渡ると、じきにあの圧倒されるような断崖の景色が見えてきます。 列車はザクセンのスイスと呼ばれている国立公園の真っ…
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(40) ある少年合団員の物語 2 Geschichte eines Chorknabens

”歌い喜べ” 「僕は数センチ成長したみたいな感じでした。」   その37歳の長く濃い色の巻き毛の男性は、片方の耳にイヤリングを付けています。 彼がギターを抱えて、デニスのいた古い学校の門をくぐると、子供達はよく声を揃えて彼を迎えます。 …
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(39) ある少年合唱団員の物語 1 Geschichte eines Chorknabens

          去年(2012)の暮の南ドイツの新聞に、こんな記事が載っていました。 興味が湧いたのでブログにも載せてみたいと思いました。 でも、勉強嫌いなので、だらだら訳していたらこんなに時間が経ちました。 なるたけ本文に沿って訳しましたが、私なりの翻訳ですから、日本文に合うようにかなりポン子文字が入っています…
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(38) ベルリンです 2 /外国人

         数ある典型的なベルリンの大通り またドイツの首都、隣街のベルリンに行って来ました、今度は歴史的遺産です。 な~んちゃって、実はプッ夫くんが前々から「見たい~っ!」とわめいていた ”ベルリンの隠れた地下の防空壕 ”を見に行って来ただけなのです。 場所はベルリンのミッテ区(中央)にある主要駅のひとつ、ゲズン…
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(36) 次からのペンフレンド( ドレスデン-Ⅳ)71年

彼は毎日のように新しいものを見せてくれましたが、彼の家から木々に囲まれた人気のない石ころ坂道が続く、何と言う事も無い近くの丘に登った時です。 「この石はいつごろからあるのか知らないけれど、   どんな事をしても壊せないんだ。   多分、宇宙からの隕石じゃないかって言う事だよ。」 そう言って教えてくれ…
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(35) 次からのペンフレンド( ドレスデン-Ⅲ)71年

私達がその日の内に向かったのは彼の生家です。 よかったぁ、気温も少し下がって来てますよ~。 列車の中では過ぎ去る景色をボウっと眺めながら、益々遠くなるポズナンの事をしつこく考えていましたが、 「ポン子、実は君にとても悲しい知らせがあるんだ。」 と言う彼の言葉でぬぼ~っと現実に戻りました。 彼は膝の…
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