(18) リベラでリベラックス

私が、生まれて初めてリベラの合唱をを聞いたのはたった3年前の事。 このPCを手に入れてネットで知った合唱団です。←遅いんだってば     これは1時間以上に渡るこの子達のコンサートです。      もう何も言う事ない・・・・ トム・カリー君の独唱のYou were thereやFar awayから始まって何曲も聞きました…
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(17) 不気味な電話

そうなんですよ! そんな電話が来た事あったんです! あれは再び大雪の降り始めた11月の終わりごろでした。 面白いテレビも無いし、夜も更けたのでそろそろ、寝に行こうかなと思って立ちあがった瞬間、突然電話が鳴りました。 耳鳴りが聞こえるほど静かな夜にけたたましい電話の音です。 そりゃ~、ドキッとしますよ。 こんな夜遅…
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(16) アドリア海で脱皮

まだ西ベルリンが東ドイツの真っただ中にあって、国境警察の監視する、かの有 名な壁に周りをぐるりと囲まれていた頃の、そう、もう25年以上前の話です。 海の無い西ベルリンに住んでいた私達は、子供たちが夏休みになると 家族でプールか、森に面したヴァン湖やテーゲル湖に泳ぎに行っていました。 けれど、そこは波は無し、日差し…
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(15) ロバのパン屋さん

そんなパン屋があるなんて知りませんでしたよ。 以前ベルリンに住んでいた悪友のT君が教えてくれました。 壁が開いた後、心の境遇にも経済的にも苦しい時期があって、もがき半分に思い付いたのがベルリンには売っていないカレーパンを作って売る事。←しかしビジネス才能はゼロ人間 当時は日本にあるようなパン粉がなかったので、こ…
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14 WSK-OdFのお部屋8/1967年組

さ~て、話が前後しますが、超美少年マンフレッド君の来た1967 年は私が実際にウィ―ン少年合唱団と接した初めての年になります。 ま、64年組はバスの硝子越しに見ただけで、テレビの画面みたいなもの・・・とでも思わなきゃ、立ち直れないでしょうがァ。 ただ画面の向こうが私のチンクシャアッカンべ―に ←あれから…
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13 え、ウッソォ~!こんな世界があったの?

私がウィ―ン少年合唱団の虜になってドイツに来てしまった所以・・・ この1963年代の写真の制服の少年達を見ると、彼らのファンになりた立てだった少女時代に見た頃とは大分印象が変わっていて・・・・・ お気付きでしょうか。 映画「青きドナウ」の前のウィ―ン少年合唱団の制服の胸には    ”まだ、ワッペンがついていなかっ…
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12 WSK-OdFのお部屋7/初めてのペンフレンド(1)

此処もはっきり言って「青きドナウ~64 年組」の続きなんですけど。          え?、しつこいんだよ~って?  だって、そのお話がしたくってこのブログを立ち上げたんだもの。 まっ、い~じゃないですか ……私のブログなんだからぁ~ イェィ、イェィ~~~ 好きな事、勝手に書かさっせ…
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11 WSK-OdFのお部屋6/1972年組

ジャジャ~ン。 偶然って、あるものなのですなァ。 ウッソォ~、ってびっくりしてしまいました。 実はさっき、ずっと更新の無い”あるブログ”を見つけて今読み終わったばかりです。←最後の更新は1年前の2012年、でもまだ生きてるとあります。 2009年10月現在ウィ―ンでの記事なのですが、←4年前ですね。 ウィーン少年合唱団…
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(10) のだめカンタービレ見ました

”のだめ”なんて聞いたら”野にある肥えだめ”だと思ってしまった。 昔は”肥えだめ”が畑の隅にむしろの屋根を掛けられてあったんですよ。 鬼ごっこをしていてそこに落ちた子がいて、とうとう靴は捨ててきた。 幾つかの音楽のブログを読んでいて 何回も”のだめカンタービレ”という映画の話題が出てくるので 興味が湧いてググってみ…
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(9) さやいんげん取らしてよっ!

手の込んだ料理が面倒で、たまにスープ用の骨付き牛肉を使って、プッ夫クンの好みの、こ~ってりした野菜のシチューを作る日があります。 入れる野菜はカラフルにして人参、玉ねぎ、セロリ根、さやいんげん、ポワロ葱、そしてジャガイモ。 冷蔵庫を開けると、あれ、さやいんげんが足りなかったわい。 プッ夫クンにならば別になくても良い色なんだ…
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8 WSK-OdFのお部屋5/ウィ―ン少1963年の記事みっけ

私の憧れたウィ―ンの団員達はこうだったの・・・・、と言う記事です。 1963年の「女学生の友」の記事の『切り抜き』を見っけた。 もう、紙の色が茶色くなって、シミが付いて字もはっきり読めない。 これもあの頃の級友が破いて渡してくれたものなんでしょうね。 あぁ、懐かしき友よ。 でも、これ、すっかり読めな…
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(7) 主人をプッ夫クンと命名します

世の奥方共よ、教えてください。 40を越した男どもはみんな、あんなにおならが出るものなのでしょうか。 私の父、前の夫、今の夫、皆40を越した途端に昼も夜もラッパの連続です。 父もひどいものでしたが、特に今の夫は例を見ないほどひどい。 匂いはしないものの、その音たるや紙風船を割ったようなすさまじい爆音で…
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6 WSK-OdFのお部屋4/1969年組

本来は3年毎のウィ―ン少年合唱団の来日なのですが、1970年の大阪万博と重ならないように、今回は一年早い1969年の来日です。 それも何と、前回来日したタイマー隊が再びやって来ると言うではないですか。 ええっ~~、 と言う事は、一昨年の団員達も再来日って事? 3年も経てば、変声期で殆どの団員は…
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(4) クッキー猫の生涯 ( 1) ←真面目な話

クッキーはアマデオ・フォン・ヴァンヴィルウ―ファーと言う名の猫でした。 東ドイツのあった頃、育種で生まれたヒマラヤンです。 生れてからまだ四週間目なのに、無理やりに母猫から引き離されて、 西ドイツの家具店の店長の、小さな息子のおもちゃに売られて来ました。 けれどそこに来てから一年もたたないうちに、 そのわがまま息子…
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3 WSK-OdFのお部屋2/64年組がやって来たぁ

気持ち玉が増えてます、有難う(2016年8月) さて、あの映画「青きドナウ」を見た前後の話です。←しつこくねばる 「花残り月」さんへのコメントにも“懐かしのファン3”として書いていますけれど    http://terimitihime.blog11.fc2.com/?no=25 学校でローマ字の授業が始まった時は←小学5年…
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2 WSKOF1/ なんで青きドナウがウッソォ~なの?

       初めは “青きドナウ”の映画から この時代、ウィーンを流れる青きはずのドナウ河が本当は青くないって知っている人ばかりで、こんな題はちゃんちゃらおかしいって言われるのでしょうね。 実はその「青きドナウ」は1963年に日本で放映されたディズニー映画の題名でもありました。 その頃の私は美的感覚に目覚める{%ハー…
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(1) 百年ぶりの寒い3月  このブログの始まり

  ねぇ、この宇宙から見たら、猫の鼻くその「ばいきん」の💩にくっついてるゴミの、そのゴミよりも、もっともっと小さいくらいの私が、ネット世界の誰もが読める可能性を持つブログなんてものをふてぶてしくも作成するなんて・・・・ もう、ウッソォ~って感じなんですけどね {%最悪…
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