106 WSK-OdFのお部屋17/1972年組

blume-0074.gif von 123gif.deその少年の名は・・・
  Der Name des Junges
いくら頭をひねっても思い出せないんだけれど(思い出しました!)
プレフェクトのへそが曲がっちゃた日があったんですよ。

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         これも当時のもらいものの写真です

合唱団とは関係ない個人的なおしゃべりの中で、この人とは良く意見が合わない事がありましたからね。
彼が白と黒と言えば、私は灰色と答えるくらいでしたから、知らないで彼の誇りを傷つけたのかもしれませんね。
アングルベルガー指揮者の言う様にやはり私達は若かったのでしょう。

ホテルのロビーで団員達を整列させている最中でも、彼は故意に私からそっぽを向いて、その機嫌の悪さは何人かの団員にも判ったほどでした。
その日はコンサートが無かったようで、団員達もカリカリプレフェクトに引率されてどこかに行ってしまいました。
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お別れもしないで残った私は、半分腹立ち紛れ、半分ガッカリして
ファンの友人達とホテルのロビーでおしゃべりです。
「あの子達、私がエレベーターで何人かの団員と一緒になった時にね、『この人スペイン語が出来るんだ』って話してるのが判ったわよ。」
「ウッソォ~、みんなドイツ語でしゃべっていたはずでしょ。それがなんであなたにおしゃべりの内容が判るのよ。」
「そりゃぁ、ドイツ語を少しはかじったしね。そのくらいの会話は大体の想像が付くわよ。あの子達の態度とか眼つきでも自分の事を話してるなって判るもの。」
(2016年追記;そうなんですよ。
私達がまだ団員達とそのような接触の出来た時代は、少年達も私達と同様に、一部のファンの女の子に興味が湧いてこんな会話があったのが、当時の元団員の男性とのお話から判りました。
思春期の時代に全く女の子に接触のなかった少年達には、初めての身近な異性の若いファンとの交流がとても嬉しかったようです。
とても紳士的だったあの頃の団員達とそんな交際が出来た情景を思い出すと、ずいぶん昔だったとはいえ未だに心が躍ります。
最も、今の私のような歳のいった人などは目につかず、それこそみんな輝くような若いファン達ばっかりでしたけれどね。
あぁ、この子達も私も、その頃はまだ本当に若かったんじゃ~。)

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「ふん、あなたには語学の才能があるんだ。でもあの子達、なんであなたがスペイン語を話すって知ってるの?」
「その中の一人が『彼女はリッキ―の友人だ』って言ってたから、あなたが教えたんじゃないの?」
「あれ そんな事誰かとしゃべったのかなぁ。 それに、私ぺチェクとブレッヒとポポの外に名前知らないわよ。」
「ぺチェクでもブレッヒでもポポでもなかったわよ。」
「・・・・・・・・・・私、そんなにみんなと話してないよ。」
「ドイツ語が出来るファンってそんなにいないから、話す人がいるとみんなでチェックしてるんじゃないの?」
「まっさかぁ~。 言葉が出来るファンなんてすごく沢山いるんだから。あんな有名な合唱団の子がそんな事いちいちする筈ないじゃん。」
「でも、あなたは絶対に誰かに言ってるのよ。 でないとあの子達にそんな事、判る筈ないじゃない。」
「う~ん、話しの繋ぎに誰かに言ったのかなぁ~。」 
全く記憶のない話でしたが、64年や67年組のようには雑誌で団員の写真を見る事が全く無かったので、あの歳になっては小さな年下の特に気に掛かる少年などいるはずもなく、みんな同じ様に見えて、だれが誰だかどうでもいいのでした。
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私の見る限り、どの合唱団員も複数のファンにいつも囲われていて、そんなにたやすく話しかけられる団員なんてなかなか見つからないのに。
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本当にいったいどんな団員と何時、そして何処でどんな話をしたのか、友人に言われても全く記憶に残っていません。
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rosen-0136.gif von 123gif.deでもファンと会っての久し振りのおしゃべりは楽しくて、時間があっと言う間に過ぎて行くと、合唱団を乗せたバスが私達の待つホテルに再び戻って来ました。
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私などに目もくれず、プレフェクトは厳しい視線で少年達に支持を与えると、今日初めてのファンとの時間を許してくれたようでした。

嬉しそうに立ち止まる団員もいれば、声を掛けるファンを軽く無視して、ホテルのお土産コーナーに行く団員もいます。
(2015年後述:今年来たブルックナーコーァの中には、煩わしいファンを避けるために、バスに乗ってすぐに窓のカーテンを閉めてしまった子もいたとか。あの時代はファンを無視すると言っても、ぺチェク君みたいに軽くちゃんと断っていたんだけどなぁ。・・ガショーン。)

明日後日、合唱団はまた長い地方公演に発ってしまい、東京に戻って来るまで私達はまたしばらく会えなくなってしまうのです。
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いつもならファンには優しい笑顔と快い態度で会話してくれるはずのプレフェクトは、明らかに私を避けてどこかに姿を消しました。
いいさ、大人げない奴だ。
・・・でも・・・やっぱりちょっと寂しいんだなァ~。

団員達はそれぞれのファンやお土産コーナーで時間を費やしています。
どの少年とも交際のない私は、じっと座っているとまた重苦しいあの変な胸の圧迫感が現われて来そうで、故意にみんなから離れて一人でロビーの方隅をゆっくりと歩き回っています。

blume-0074.gif von 123gif.de     僕はルカと言います
  


その時、腕を後ろに組んだ一人の団員が、口元にほんの微かな微笑みを見せながら、躊躇するようなゆっくりした歩調でこちらに足を運んで来るのが目に留まりました。
その紺のセーラー服の少年が近づいてきた時、彼に漂う穏やかな雰囲気がふと、どこか懐かしさに似た気配を感じさせるようでした。
周りにはこの少年のファンらしい人は見当たりません。
けれどこの合唱団と接してから間もない未知の私には、単にこんな優しい笑顔を向けてくれる少年がいるはずは無いのです。
私はこの子と接触があったのかしら・・・そんな気はするんだけれどblume-0013.gif von 123gif.de
まさか、この子はもしかしたら “ボクちゃん” と呼んでしまった、あの甲府での頭の良さそうな少年なのかな?
何となく見覚えがある様な気がしますがはっきりとは覚えていません。
私にはまだ知らない団員達の、ほんの少数の決まった顔がようやく分かりかけて来たところでした。(2015年後記: と言っても当時はたった4人だけでしたが、いただいたプログラムの写真を手にした現在ではもっと判ります )
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あの時、あの少年はドアの前に立った私のすぐ横をするりと抜けて、ペーターが話している間中、まるで何かを観察するようにこちらをじっと眺めていたのでした。

すると目の前で微笑んでいるこの子は、あのエレベーターで守ってくれた少年紳士と同じ子だったのではないのかしらと、そんな気がして来るのです。
今まで接した少数の団員たちの中で、その雰囲気が一番記憶に残っているあの生真面目な表情の二人の少年達は、此処に立っている名前も知らないこの子と同一人物だったのかしら。

もしそれが本当なら、こんな優しい微笑みを持つ少年だったのね。

そんな嬉しさがさっと頭を過りましたが、この合唱団にペンフレンドを探す気持ちなどすでになかったので、自分から団員の名前など聞く気持ちはありませんでした。
でも、こうやって目の前に立って黙って微笑んでいられると、他に話すことが見つからない気まずさが先に立って、そのありきたりな質問をしたのです。
握手の手を差し出して彼が名乗ったのは姓名ではなく、団員同士の間で使われている呼び名の “ ルカ (仮名にさせてもらいます)  ” でした。   
リッキ―です、と返した時には「知っています。」とうなづいたので、スペイン語の出来る友人の事をこの子に言ったのかなぁ、と考えました。
いや、そんな筈は絶対に無い。
こんな魅了的な笑顔の団員とスペイン語友人の話をした覚えのないこの感覚だけは確かだわ。
頭に靄が掛かっているようで、その少年の呼び名が判ってからも、先ほど推測した二つの疑問をすぐにその場で確かめる必要性を感じません。
この少年が舞台でどちらの、どの列で歌うのかも知らないのです。
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もう、子共相手などしないお姉さんになっているのですから、この年下の団員達は私には誰でも名無しの“ボクちゃん”のままでいいのでした。

けれど、この少年の落ち着いた穏やかな笑顔に誘われて、ふと思わずに「プレフェクトと喧嘩しちゃったんだ。」とポッツリ愚痴を漏らしてしまいました。
え?、こんな子供にそんな事をぼやくなんて、なんて情けない。
大人になった私にとって、この子達はただのボクちゃんなはずなのに。
でも、この選ばれた特別な少年達は上流社界へ向けて受けて来た上品な躾と、厳しい規律のせいだけでなく、本当に賢く、更に大人びた態度と魅力的な雰囲気を醸しだしているのでした。

子供だと思い込みたいくせに、なんだろう。
私はこの大人びた雰囲気を持つ少年に自分と隔たりの無い年齢を感じて話をしているのではなかろうか。
私の愚痴言葉を聞いたあと、この鳶色の髪の少年は、しばらく前方を見つめながら、厳しい顔つきになって何処となく考え込む様子を見せています。
今さっきまで見せていた笑顔ではなく、再び記憶を呼び起こすあの生真面目な表情に見覚えがあって、やはりこの少年があの二人と同じだったのかと。

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彼の笑顔は元に戻りませんでしたが、表情は和らいでほんの少し顎を上げると「きっと大丈夫ですよ。」と軽くうなづきながら小さな声で答えてくれました。
それがまた、まるで自分の方が私より年配であるかの様な、自信と慰めに溢れた答え方なので、「私の方がお姉さんなんだから。」という、いつもの気力を奪われそうな雰囲気になりました。
…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・blume-0412.gif von 123gif.de
そうだよなぁ、この子の方がプレフェクトの事を良く知っているものね。
私は彼の言葉にどう答えて良いものか判りませんでしたが、何だか急に胸が楽になったような気がして、何人かのファンらしい人達が近づいて来るのに気が付くと、ルカをそのままそこに残してお礼も言わずに立ち去りました。
私はドイツ語が出来るという有利な立場を利用して、団員とファンの間の邪魔をする気は一切なかったし、知り合ったばかりのルカにもまだ想いはありませんでした。

みんなから離れて、そのまま大好きな最上階のスイートの雰囲気を味わう為に、私はもう友達のようになったあの思い出のエレベーターに向かいます。

その素敵な思い出のエレベーターでの小さな紳士が、今別れたばかりのルカであるかもしれないということなど念頭になくして・・・・。

スイートの階はまるでパレスの中にいるかの様で、私はそこでまた再びヨーロッパに戻った気分になるのです。
戻りはブーハハ君に遭遇したあの階段で・・・あ、靴のかかとが外れそう。
仕方が無いので途中でエレベーターに切り替え、スイッチを押して待ちました。
数字が赤くなって、ゆっくりとドアが開いた途端・・・ちょっと緊張しました。

その中には一人の綺麗な団員と一人の若い女性がいるのが見えました。
一目でその団員がガチガチに固くなっているのが判りましたが、ドアが開いて私が現われたのを見たとたんに、その子はホ~ッと音が聞こえる程の溜め息と共に「リッキ~」と私の名の混じえた安堵の声を漏らすのが判りました。
え、この子知らないのに。 でも、どうしたんだろう。
私がエレベーターに乗り込むと、すぐにその少年は自分にぴったりとくっついていた若い女性から身を交わすと、私の横に来て、まるで楯にでも隠れるようにへばりつきました。
この時は制服のこんな知らない少年にペッタリへばりつかれても、不思議とそれを自然に受け入れたのです。
私にとっては何だかウッソォ~みたいな状況ですが、その子の内心ではそれまでこんな顔をしていたんじゃないかしらね。
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私の知る限り、この合唱団の少年達は不快な環境に在っても、ファンの前では決して顔に表したことがありません。
でも、ははぁ~、この子はきっと、明らかに可成り年上に見える、このファンの女性にしつこく付け回されていたのかもしれないと想像しました
エレベーターが開くとその少年は何の挨拶もせずに、まるで逃げるように仲間のいる場所に掛け去って、私はその場にその女性と二人きりで残されました。
靴のかかとがカクカク動き出して気になりますが、その女性が知らない私にまるで訴えるように「私、XXXXが好きで仕方ないんです。」と漏らし、その涙を浮かべた顔つきを見たらそんな事はすっかり忘れました。
すごい情熱家なんだわ~、今の私には羨ましいぐらい~。
丸顔(まぁ、私みたい)で目の周りのまつ毛が濃くて、…パンダ(新人パンダ)の様な顔で不美人ではないのに、何となく暗くねばっこい雰囲気の漂っている人でした。
本当は普通の人なのに、どうしようもなく好きになった人がいて想いを遂げられないでいると、執念で顔付きが粘っこくなってしまうのでしょうね。

私はどの団員とも親しくないので誰が誰を好きでもお構いないのですが、全く知らない人に思い掛けなくこんな悩みを言われて途方にくれました。
残念ですが、そのXXXX君はその女性を避けたいと思う気持ちを、さっきの「リッキ~」というため息交じりの訴えで明確に示していましたよ。

去年のブログで団員へのストーカーの記事を載せましたが、今、これを書いているうちに、それははっきりと思い出した出来事の一つでした。
でも、その女性はどうしたらいいんでしょう(今でも多分困惑すると思いますが、)
あのルカの言葉を借りて、「大丈夫よ、なんとかなるわよ」 と言って逃げました。
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立派に成人した並みの男性なら、若い女性にべたべたくっつかれても、それがかえって嬉しいかもしれません。
画像でも変声前で男性ホルモンの分泌がまだ少ない彼らには、母でも姉妹でもない女性のかもし出す異性の魅力が判ったとしても、それを精神的に受け入れる用意がまだ出来ていないのだと思います。

好意を持つファンの少女には気を許せるのでしょうが、自分が好きでもないファンの女性にしつこく付きまとわれるのはきっと困惑してしまうのでしょうね。

あれ?でも、私が団員達から特に嫌われも相手にもされないのはきっと・・・・
居てもいなくてもど~でも良い中性タヌキみたいな存在だからって事か

ケッ、それはちょっと・・・・・・・あまりにも悲し過ぎる~。

でも、美しい声の美しい少年を見て、一方的に恋をしてしまったら
どうしたらいいのか自分の気持ちに困惑しますね。
片思いは苦しいけれど、それを甘い思いに代えるには
その人との素敵なロマンを書いてみたらどうかしら。
私が今こうして過ぎ去った愛しい72年組の思い出を書いているようにね。
自分の心の内に貯めこまないで、
表に発散しないと苦しいだけですものね。
私は64年組の時、夢物語を3冊もノートに書きました。
とっても楽しかったです。
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翌日はほんの少しの時間を見つけて、新しく名前の分かったルカに、一晩掛かって書いた仲直りのお手紙をプレフェクトに渡してくれるよう頼みました。
もう記憶に無いのですが、きっとそうだったのだと思います。
だって私を思い切り避けているプレフェクトにそんなお手紙を直接渡すなんて、自尊心の高かった私には決して考えられないんですから。
ニコニコしている感じの良いルカに会って、きっと私は彼に頼んだのでしょう。

その時の事は心が沈んでいたようであまり覚えていませんが、記憶が戻る様な事があれば編集し直します。
せっかくドイツ語を話すのがまた楽しくなってきているのに
そのまま地方公演に出掛けてしまうプリプリなプレフェクトでは心が沈みます。

その日、私はルカがちゃんと約束を果たしてくれる事を期待して
知らんぷりをしているプレフェクトにお別れもしないで帰宅の途に就きました。

2015年7月:ギョ、ギョ、頼まれた手紙を受け取った時の、ルカの顔を今さらながら思い出してしまいました。
重い責任を押し付けられたような、とても真剣な表情に変わってしまったので、私はちょっとがっかりしたのです。
親切な少年なので喜んで引き受けてくれると買い被っていましたが、お手紙を渡してからあの顔を見て、悪いことをしたと気が引けたのを思い出しました。
余り嬉しくない事だったので記憶の底に沈んだままになっていたのでしょう。
きっと当時のルカはすべてを真剣に受け止める、まじめで健気な少年だったんでしょうね。

勝手な想像ばかりしていないで交際のあるルカ本人に聞けばいい事なんですけれど、立派な大人になった男性にそんな思春期時代の事を聞くのはどうも気が引けるんです。


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この記事へのコメント

gillman
2015年01月12日 13:27
おっ、懐かしいプレフの顔。憶えてますよ。ぼくらはベンちゃんて呼んでました。とにかくストレートな性格。懐かしいなぁ。
ponko310
2015年01月12日 17:46
gillmanさん、いらっしゃい。
やっぱりgillmanさんから見てもそう思えましたか。
いつか私とけんかするのは目に見えていました。
でも、私が何時も書いているファンの多い事はgillmanさんの目からはどうだったんでしょう。
何か団員との問題はありませんでしたか?
⑭dの記事のようにファンが悪い印象を与えた事が無い事を祈っています。・・・・な~んて、自分もそこにいたんですけれど。
gillman
2015年01月12日 21:33
彼はハンサムでしたから、どこへ行ってもモテましたねぇ。団員の少年たちにとっては兄貴格で厳しいところもありましたが、彼もシュベスターには頭が上がらないようでした。
ファンの女性は皆マナーが良かったと思いますが、団員がファンから頂いたプレゼントが持ちきれない場合、持つ役目がぼくに来たりして…
gillman
2015年01月12日 21:36
あ、それから、写真の両側の少年、名前はちょっと思い出せないけど、顔はよく覚えています。特に左の彼は通信簿を貰った時成績が良かった記憶があります。
ponko310
2015年01月12日 21:59
gillmanさん、やっぱりハンネスはもてていましたかぁ~。
団員には厳しかったくせに、女の子にはいつも優しい顔を向けていましたよ。
それに自信過剰でかなり危なっかしい冗談まで言っていました。
8年後に電話した時もなぜ結婚していなのか聞くと、君を待っていたんだ・・とか、かなりきわどい事を言って笑わせてくれましたけれど。
みんな若くて懐かしいです。
あの沢山のプレゼントは国に持ち帰ったのでしょうかね。
何だかルカは何時も手ぶらだったような(笑い)。
私も名前は知らないのですが、なんだか右の少年がブレッヒだったような気がします。
あの御茶目そうな顔がそんな気がして・・・。
2015年01月12日 23:46
ここでちょっとだけお邪魔します・・・
左はエルンスト・スメソフスキー。右の子は、もしかしたらたまに眼鏡をかけていたかなぁ?フランツ・シュッツ・ヨゼフ?(定かではありません)プログラム見れば分かりますが、引っ張りだすのも面倒なので。
>Gillmanさんは、当時の通訳のお兄さんですか? ある地で、幸運と言うか偶然というか、バスに同乗させて頂いた時、通訳さんも一緒でした。その方でしょうか? 指揮者は(団員たちも)自分でも「カペちゃん」と呼んでいましたっけ・・。懐かしいですが、コンサートが良かったことはしっかり覚えていますが・・詳しい自分たちの行動などはあまり覚えていません。ponkoさんの記憶力に脱帽です。まるで昨日のことのように覚えてお出でで・・すごいですね。
ponko310
2015年01月13日 00:06
Gillman氏は後半からの通訳さんでした。
だから新潟の時にはいらっしゃらなかった筈ですが、その時にもしいらしたらnatalさんも含めてもっとお話が弾んだでしょうね。
natalさんの思い出のお話もとても素敵でドキドキさせてもらいました。許可が下りるなら此処に書きたいくらいです。
72年のプログラムがあるんですね。
とっても羨ましいです。
私にはあの時のはっきりした記憶以外何も残っていません。
gillman
2015年01月13日 00:10
ぼくらがいつも彼のことをカペちゃんと呼んでいたのを覚えてしまって…。ぼくが通訳バイトで付いたのは、主に東京から東の沖縄までと、東京公演です。移動のバスにファンの方をお乗せしたことがあります。場所は定かでないですが…。確かにあの頃はオニイサンでしたが、今はオジイサンです。
ponko310
2015年01月13日 00:19
gillmanさん!!!
きゃっ~、ひょっとしてnatalさんと一緒だった?
natalさんは新潟でしたよ~。
どうか一緒でしたように~、これは楽しくなって来ました!!

gillman
2015年01月13日 01:05
いや、おっしゃるようにぼくは後半だったので新潟には行ってませんが、一度ファンの方をバスにお乗せしたことがありました。他の方だったんですね。
ponko310
2015年01月13日 01:50
その方達がこのブログを見つけてくれますように。
そんな素敵な事は本当に滅多にないと思います。
natalさんの時は団員達が随分調子に乗って楽しんでいたようでしたよ。
YUKARI
2015年01月13日 17:04
ケンカするほど仲がいい、とはいうけれど
ケンカ真っ最中は、やっぱり楽しくないですよね。
って、プレフェクトさんが怒ってるだけだったかも?
プレフェクトさんの方が大人なのに、もしかしたら
ちょっぴり子供っぽいところもあったのかなぁ~、なんて思いました。
ponko310
2015年01月14日 03:51
ああ、ダメダメ。こんな所で喧嘩するのはファンにとって命取りよ。
だってずっと日本にいる人達ではなかったのですもの。
それに好きな時に会える訳じゃないし、本当にもう来るの止めようと思ってたらルカがそこにいてくれたの。
ek
2019年11月29日 15:45
Ponko様
もう後一ヶ月と一日で今年も終わりになるんですね。
今年は私にとって 本当にいろいろあった年になりました。
年明け早々から親しく そして色々お世話になった方々の訃報を知らされ 私のウィーンへの想い 憧れを手助けしてくださったその方達との日々を思い出す今まで以上の年になりました。
東京音楽社の内藤さん 尊敬する先生の奥様 ウィーンのファンとして沢山の思い出を共にした友 そして私をウィーンへの道を導いてくださった64年組の素晴らしき指揮者。
先に旅立った友との思い出の中には、その方たちが常に登場している大切な方々です。残念ながらフロシャウワー先生はステージのお姿しかお見かけすることは出来ませんでしたが…。
Ponkoさんは、何故そんな思いをこの72年組のお部屋に?とお思いになられたことと思います。
実は昨夜 夢を見てしまったんです。しまったなんて 嫌な夢みたいな言い方ですが、違うんです。夢を見て「そうなんだ!私のウィーン王宮礼拝堂聖歌隊としての思い出は、64年組だけではない!この72年組もだ!」と改めて思いました。
夢に現れたC君が「64年組の歌声ばかり聴いているけど、僕はあなたが礼拝堂で流した涙を知っていますよ。それは悲しみの涙では無かったはずです」と言ったんです。
そうなんですよね、私がC君のお母様とアウガルテンに行った時 Ponkoさんのお友達のこのお部屋に登場しているプレフェクトのハネスさんが団員達や卒業生とサッカーしていて、ハネスさんとご挨拶したんだ!
E君に案内していただいて初めて入ったアウガルテンを訪問した時も出会った練習に向かう団員達は72年組。
礼拝堂でお隣に気がついて固まりながらも参列したミサでお会いした団長。そのミサで歌われていた美しい歌声は72年組(もちろん来日時とはメンバーは代わってしまっていますが)。
残念な事には、Ponkoさんのお友達のルカ君は既に卒業なさっていたとの事でしたが、沢山の感動をこの隊からももらっているんだと64年組の歌声同様 あの72年組の歌声も私には大切な宝物なんですよね。
C君が「もうすぐクリスマスです。僕達の楽しいクリスマスの歌も聴いてね。」って。
彼らのクリスマスのレコードは本当に美しい!気持ちが落ち着く明るい歌声です。さぁ 夢に現れて言われたC君の言葉通り ちょっと早いけれど クリスマス気分の明るさをあの歌声からいただこうと思っています。
ponko310
2019年11月29日 18:48
ekさん
あなたの記事を読ませていただいて、その思い出はしっかりと私の心に焼き付いています。
私達の歳になると、青春時代の思い出の方々が虹の国に立たれることは避けられないのでしょうね。
此処にコメントが来て、また久しぶりにこの記事を読んで胸が熱くなりました。
若き日の何て素敵な思い出だったのでしょう。
それが当時は素晴らしいと言う感覚が全くなかったのが悲しいのですが、それこそ天にも昇る気持ちで喜んでいたらファンのみんなにリンチに掛けられていたかもね。
でも今はもう時効ですからこの思い出を素直に喜んでいます。
ちなみにルカのいなくなった72年組のクリスマス録音は私も持っています。
64年組に劣らぬ素敵な歌声です。
ryo
2019年11月29日 23:58
ponko様
お部屋お借りしますね?

ek様
なんて美しい思い出なのでしょう。私は72年組についてはバタバタしていた年で、悲しいかな、ほとんど印象が残っていません。団員の名前も3分の1ぐらいしかわかりません。クルト君のグレーテルが本当の女の子のようにかわいかったイメージがあります。そんな年なので、ekさんやponkoさんと思い出を共有できないことが寂しいです。こんなに素敵な思い出を育んでいらしたekさん、一生の宝物ですね?
そして、ponkoさんがおっしゃってるように、私たちの年齢になると、悲しいお別れもありますね?でも、その方たちは、共に素敵な思い出を作ってこられたekさんの心の中で支えてくれていますよね?
ek
2019年11月30日 10:22
Ponko様

私はオールドファンと申しましても(現実オールドですが)、コンサートは行ったものの実際に現役団員と親しく接したのは72年組だけかもしれません。あとは友人達のお供で会いに行った事がある位でした。
72年組なんて申しましても、正直な所はC君以外は誰が誰やらを判らないと言った方が良いくらいの状態です。
Ponkoさんのブログを通して勝手にルカ君を知っているような感じがしてしまっておりますが…。
でも、この隊の歌声は素晴らしかったと心に残っております。もちろんウィーンで聞いた礼拝堂での彼らの歌声だけではなく、日本公演の時の彼らの演奏もです。まず 歌われたプログラムがとても馴染みのある曲が多くてアングルベルガー先生のアヴェ マリア以外は聞いた事があった曲だったと記憶しています。(先生ごめんなさい)
この隊は穏やかな感じの伸びのある素敵な歌声であったと思います。
そうなんですよね、そこにルカ君の様なちょっと少年の言い難い思春期に入りかけた感情を持った団員達がいたんですね。
小学生のやんちゃな子供達ではなくて(それは中にはやんちゃボーイもいたとはおもいますが)、一歩抜け出した大人びたような落ち着きがあったのかもしれません。そんな感じが彼らの歌声から感じたのかもしれません。
ルカ君 ちょっとプレフェクトに対抗心を持ったのかな?
Ponkoさんが、ご事情で心が沈んでおられた時に現れた救いの天使だったに違いありません。ほら、今でも 彼はPonkoさんの心にふと現れては笑わせてくださったり、思い出をくださったりしているでしょ?私の天使のW 君は完全に神の御使いになってしまわれましたが、どうかPonkoさんは、これからもルカさんとの美しい絆を大切になさってください。
ek
2019年11月30日 10:39
続けてコメントごめんなさい。

ryo様

素敵な言葉かけありがとうございます。幸いな事に私は沢山の合唱団にお友達を持つことが出来ました。彼らから、言い知れぬ素晴らしい思い出 時をいただきました。
中でも 私にとってWSKは特別な存在です。
1964年に初めて聞けたコンサートのお陰でその虜になってしまっておりますが、ryo様の様にチロルの彼らの足跡を訪ねるほどの深い追求心も持たない中途半端なファンだったのかもしれません。
もちろん映画「野ばら」で知ったあのチロルには憧れは持ちました。
でも、私の憧れはインスブルックで止まってしまっていました。
ですから、今改めてryoさんやPonkoさんのお話を伺って悔いが残ってしまいました。
72年組の「ヘンゼルとグレーテル」可愛かったですね。ヘンゼルもグレーテルも声が伸びやかで美しい歌声の中には愛らしさが備わっていて、素敵な楽しいオペレッタでしたね。
あ〜またプログラムにオペレッタが組まれていたら良いのに…。
tackさんがおっしゃっておられるように何か大人のご事情があるようですが、残念でたまりません。
ponko310
2019年11月30日 19:04
ekさん
オールドファンの方から此処で72年組の事を聞くのは天から小判が降って来たような心地です。
本当にWさんの事は心から残念に思っています。
ルカとは40年以上も時間の空白がありましたが、ekさんは64年組が帰国してからすぐの文通でしたものね。
W君の名前がekさんの文に現れると、私の胸にすぐ浮かぶのは舞台の上からあなたの視線に気が付いて赤くなったと言う、その何とも愛らしい場面です。
72年組はやんちゃな坊やたちの集まりでしたよ。
あのエレベーターの中の少年達はまるで子犬がじゃれ合っているみたいでしたが、ルカが気が付いてくれたおかげで押しつぶされずに済んだだけでした。
体形も様相もすっかり男性になってしまいましたが、彼は今でもあの時と変わらないシャルマンなオーラを送ってくれます。
とっても懐かしいけれど、ロマンティックなハネスのようにこれからも決して会わないでいたい人です。
それを思う心にはすでにうふふふ、とニヒルに笑える余裕が出来ていますよ。