188 WSK-OdFのお部屋40/1960年以前

1967年組の来日コンサートの歌声だけのYouTubeが見つかって、タイマー隊が載っている記事186の最後に載せておきました。

今、記事187のコメント蘭が古いレコードの話で盛り上がっています。
そこがあまり長くならないうちに新しい場所を作らにゃ~。
なんかね~、私達オールドには、やっぱりウィーン少年合唱団のいにしえの歌声って永遠にロマンティックなのよね。
ところで、私達が実際にこの目で見た64年組が、現役ファンの間では伝説と言われてしまっていると聞いたことがあります。
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https://www.discogs.com/Die-Wiener-S%C3%A4ngerknaben-Die-Wiener-S%C3%A4ngerknaben-Singen-Die-Sch%C3%B6nsten-Kinderlieder/release/11882831
でも、これからのおしゃべりはそれよりひと昔前のクラスの事です。

盛り上がった記事のコメント欄には1956年代の双子のソリストのエルンスト君とフェルディナント君のヤンコヴィッチュ兄弟が出てきました。
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彼らが、この大好きな動画で(好きな動画は何処にでも出す)歌うブレン隊(愚連隊じゃない!)の団員達だったとは最近知った事です。この動画では二人が何処にいるのかわかりませんね~。

ヤンコヴィッチュさんの息子さんのアンドレアス君もソプラノソリストのウィーン少年合唱団員だったと言う事をブロ友さんに教えていただきましたので探したらこの動画が見つかりました。

今はバリトン歌手になっていられるそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=3kjAYSp5fhc&start_radio=1&list=RD3kjAYSp5fhc
(私はどうもソプラノソリストの方に興味が行ってしまっています)

この嬉しい録音をアップしてくれた方の(本物かどうかは)プロフィールに写っている写真も素敵なのよね。←どうしても話が飛ぶのじゃ

ソプラノを歌うのはフェルディナント君で、アルトがエルンスト君の歌声だとはもうご存じの方がいるでしょうね。
ただし、このジャケットはブレン隊ではなくてキューバッハ隊です。
此処には手前でしっかりと下を向いている小さなソリストのヘルベルト・グレーガー君が写っています。
そう、彼は1971年に私にアウガルテンを案内してくれたスマートでハンサムでどの団員達からも好かれるプレフェクトになりました。
子供は二人しかいないのに、72年組の団員に「確か12人いますよ」なんて言われた先生です。
写真は録音を聞いている場面で、口髭の男性がキューバッハ指揮者。
そしてこれがヤンコヴィッチュ君たちの隊のブレン指揮者です。
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これは1951年のブレン隊の写真ですが、白星を付けたのはヘルベルト君で、どういうわけかこの隊に参加してますね。
黄色の星はフェルディナント君で、赤いのがエルンスト君です。
私が知っている限り、エルンストさんはコルス・ヴィネンシスの団員でもありました。

先月の14日にはホーフブルクカペレで、亡くなったエルンストさんの追悼式があり、シューベルトのミサで指揮者のハラーさんがオルガンを挽き、合唱指揮はタイマーさんが執ったそうです。
兄弟のフェルディナントさんは車椅子で西ドイツからの参加でした。
時は流れているんですね。

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これは映画の「野ばら」や「高らかに鐘は鳴る」でも知られているチロルの夏の山荘で、ウィーン少年合唱団の名前のホテルでしたが、その右隣りには少年達の家と言う名の山荘もあったのです。
この記事の編集後に、ブロ友のYuichannさんが50も前のチロルの古い切り抜きを見つけてわざわざ送ってくれました。
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これで見ると場所が良く解りますが、黄緑の丸がホテル・ウィーン少年合唱団で、橙の丸が少年達の山荘でした。
山荘の白い矢印の場所には木造の舞台があって、日曜日にはミサが行われ、その後では小さな歌劇やコンサートをしたそうです
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少年達はそこで昼間は音楽の練習や普通の授業を受けました。
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少年達の制服のワッペンも無く、フロシャウワー先生のまだ若いこと。
ほかの記事にも書きましたが、夕方になるとお小遣い稼ぎの卒業生達がお隣のホテルに出向いて、ヨーロッパ各地からの沢山のお客様のお相手をしていたそうな。(まだ在れば良かったにぃ)
もちろんおちびちゃんたちはちゃんとお部屋でベットに入っていました。
ドイツから来たトラック隊のドリー君はお母さまがのお体が悪くて、みんなが両親の元に帰っても此処に残って、フロシャウワー先生と夏を過ごしたそうです。

でもこの少年達の山荘はウィーン少年合唱団がセキルンに移った後、1993年の改装中に火事になって燃えてしまったんですって。
この動画には燃えている山荘から白い屋根が長く出ていているのが見えますが、それはホテルへの屋根付きの道なんですって。
雨が降っても濡れないで行き来できたのね。
当時はヒンタービヒルでも最大級の火事だったそうですよ。
でも今はこの通り、ちゃんと新しいホテルになっていますからね。
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この景色、「野ばら」の映画で心当たりがありませんか?
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トニー少年が落ちて流された川なんですよね。
今度またチロル地方に行く時はヒンタービヒルに寄って行きましょう。
ギュンニーさんが2001年にヒンタービヒルに行った時はこのウィーン少年合唱団と言う名だったホテルはニーデルハインと言う名に代わっていたそうです。
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でも、今はこの名前のホテルがその場所に見つかりません。
そしてトニーが落ちて流されたイセル川の対岸にあるホテル・イスリッツァーの玄関先にはこれが展示されていますよと、ライニーさんがこの写真を送ってくださいました。
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そう、タウチュニッヒ団長もミサに参加してますよ。
う~ん、やっぱりね、いつかあそこら辺を見に行かなくちゃ~。




さて、話は進んで第一回目来日組のトラック隊の登場です。
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昔はこうやって花束を持った着物の女性が団員達を迎える写真は珍しくありませんでしたね。
今でも空港でこんな出迎えがあるのかしらん。
さて、3日も掛けて日本に着いたのだから、時差ぼけも緩やかになっていると思うけれど、二日目にはコンサートがありました。
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星印は黄色がドリー君で青がウーヴェ君。
ドリー君はもともとキューバッハ隊の団員でしたが、変声した団員と入れ替わってトラック隊員として来日した少年の一人でした。
ブロ友さんから頂いた動画を貼りますが、14分25秒から4分ほどトラック隊の場面が見られます。
でもね、この動画は素晴らしい歌手が沢山出て来るので最初から最後まで鑑賞してしまいました。

私の持っている動画にはアヴェ・ヴェルム・コルプスが入っていないので、この鮮明で綺麗な画面には嬉しく思います。
でもこれから見る動画は期待せず、想像力を働かせてくださいね。

私達には会った事も無いトラック隊でしたが、何となくこの第一回目の来日組には生きた名前が現れてきましたよね。
ルカと同じ13歳だったドリー君はさておき、、2013年に放送されたNHKの「Songs」でインタビューに出たシュテパネークさん。
映画の野ばらで歌えないトニーの声の代役を務めたハンス・クレス君。
指揮者になったタイマーさんと、このサムネイルの声楽家のクレンさん。
動画はイグナチオ教会のクリスマスミサに出席した時と、その日、鳩山総理の官邸に招待された時のものです。

セーラー服に身を包んだ可愛らしい西洋の少年達は人気スターのような歓迎を受けたそうですよ。
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彼らの東京でのホテルは一体どこだったのでしょうね。
これは私達の知っている高輪プリンスと違うところでしょう?
(ブロ友のmaaさんからのコメントで御茶ノ水の山の上ホテルですって。)

この最後にピストルで遊んでいるという説明ですが、少年達が持っているのはよく見ると、これってクシじゃないのかしらね。

もちろん、日本に来たのだから旅館にも泊りました。
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そしてこの日11歳になったロルフ・ベンゴフ君のお誕生日ケーキ。
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もちろん奈良に行っておねだりの鹿から逃げ出すことにもなりました。
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南日本を周って東京に戻り、御所で雅楽鑑賞をし、その後の北海道では故郷の冬を思い出す景色に出会いました。
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おなじみのモーツアルトの子守歌。
実際に聞いたら、この古い録音の20倍も素敵だと思います。
ソロを歌うのはライナー・トミシェエック君です。

この動画の最後はウィーンと日本が合唱団の訪問によって更に深く友情で結ばれた事を語り、日光の見学場面で終わっています。
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トラック隊のコンサートを聞いた日本の観客たちは、まだウィーン少年合唱団員達の可愛らしいオペレッタを知らなかったのですよね。
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今でこそ毎年のように世界中からの少年合唱団が来日していますが、もしあの時の観客が、ドリー君の愛らしいバスティエンヌ姿で歌う舞台を見たらどんなにかびっくりしたことでしょうね。

トラック隊が日本からウィーンに戻ると、また厳しい勉学と徹底した歌の練習の毎日が始まりました。
その年の5月1日にはトラック隊は「聖母マリアの年」の開会式の為にローマに招待され、翌日ローマ教皇のピウス12世に直々の謁見をしました。
その時、ドリー君は教皇の隣に座っていて、とても信心深かったために、自分は神の横に座っているのだと思っていたそうです。
バチカンからアウガルテンに戻って間もなく、次の演奏旅行の為に懸命に歌の練習に励んでいたドリー君は、何の説明も受けずに突然ケルン行の列車に一人で乗せられました。
着いたケルンの駅にはお父様がドリー君を待っていました。
家に戻るとお母さまの癌がすでに命を奪う寸前のところでした。
ドリー君が戻ってたった二日目にお母さまはお亡くなりになったのです。
その時自分の心の中で何かが崩れたと感じたそうです。
そしてドリー君はそのままもう二度と、仲間の待っているアウガルテン宮殿には戻ることはありませんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・blume-0347.gif von 123gif.de

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この記事へのコメント

maa
2019年02月10日 11:31
ponkoさま
家事をこなしお菓子を焼きつつ、こんな充実した記事を編集するなんてすごい! 朝食をサービスしてくれるプッ夫君にも感謝です。
55年初来日のコアが、ここしばらくの間に急接近でリアルな団員になっています。映像で語られる当時の様子が、ここから連想される日本の状況も含め、何とも言えない気持ちですね。
トラック隊が宿泊したホテルは、御茶ノ水にある山の上ホテルです。昔から文人たちに愛された素敵なホテルです。
ピストルごっこは、私も櫛だと思います。可愛いですね。

ヤンコビッチュ兄弟の子どもの頃の写真も、こうしてツーショットでいるのは初めて見ました。息子さんのアンドレアスさんはこちらの動画で歌われています(3分40秒あたりで手前右端の若いかた)
エルンストさんも90年代ミサ曲などで、コルスのメンバーとして出演されていますね。

チロルの山荘が火災にあった時の動画はショッキングですね。そんなこともあったのかと、時の流れを新たに感じています。一連の記事は数十年という時代を駆け戻って、今老齢に入っている人の思い出ですからどれも重みがありますが、ドリー君が実家に戻ったエピソードも12~13歳の少年にとって一言で語れることではないですね。でも合唱団時代を振り返りSNSにも参加して、私たちの会話に話題を提供してくださることに拍手を送りたい。元気な私たちオールドがこんなに過去(思い出)を大切にしていることを伝えてください。
ponko310
2019年02月10日 18:53

maaさん
御茶ノ水の山の上ホテルねぇ。
聞いたことがあるような、ないような。
この報告は本文に載せますよ。
TouTubeのリンクが入ってもコメントは反映されるはずですが、用心のために別に送って下さったリンクも本文の方に載せますね。
どうもありがとう。
この記事は当時の元団員達の方の協力で公開することが出来ました。
彼らも懐かしい遥かな青春時代を誰かに語るのは嬉しいのだと思いますし、私達オールドファンに対しても信頼と好意を抱いてくださっています。
ドリー君は13歳の時に急な試練を受けることになりましたね。
でも、それをしっかりと受け止めて自分の道を進んでくれたようです。
今では「僕の奥さんが食事ですよって呼んでいます」とか「今日の昼食は最高だった」とか普通に幸せな生活を楽しんでいる言葉を送って下さっていますから。
今が幸せな事が一番大切ですよね。
maa
2019年02月11日 21:26
poknko様
昔聞いたオールドな情報を思い出してみました。プリントしたのが残っていたので探したら、こんなのが見つかりました。直接1955年来日とはかかわりないのですが、新旧ある画像の中で、1952年とあるのはブレン隊と思われます。ステージ写真で、何番目にエルンストさん、フェルディナントさんと、当時は知っていたのですが、すっかり忘れました。
下の方に67年組が一枚混ざっていました。笑
ダウンロードするには有料かもしれないので、ページを見て楽しむだけにしてくださいね。
https://www.akg-images.de/CS.aspx?VP3=SearchResult&VBID=2UMESQ52KAF5KH&SMLS=1&RW=1366&RH=573
ponko310
2019年02月12日 04:27
maaさん
珍しい写真の情報をありがとう。
こんな貴重な古い画像がこんなに綺麗に残っているのは嬉しいですね。
67年組が懐かしい。
でもこんなに珍しい写真があるのに、72年組だけが何処にもないのよね。
ek
2019年02月12日 21:32
なんだか、どんどんウィーン少年合唱団の深い部分に入っていっているような驚くべき話の進み方ですね。
まだこの頃のお話に出てくる年代よりは、数年後 ウィーン少年合唱団の存在を知り、少ないおこづかいを貯めて、買い集めたレコードを今 懐かしく眺めています。
あの頃 素晴らしいハーモニーに魅了され 夢の世界にいざなってくれる彼らの国に憧れ 宮殿に住む少年合唱団員だから、こんな美しい歌声なんだろうな....なんて乙女チックに夢見る夢子でした。
あ~このソリスト素敵!どんな団員なのかな?などと勝手な空想世界にに入って感動していました。
今 Ponkoさんやお仲間の方々のお陰で次々に分かっていく憧れの団員達。
全く存じ上げない団員達なので、正直 お話に着いていけない。お話の中に出てくる数人の団員達は、映画の場面から そしてただレコードから流れる歌声から私の中で存在していた団員達だったからです。
ソリストであっても、私には憧れのウィーン少年合唱団の一人としてずっと心に感動を与え続けてくれているそう感じています。
もちろん 憧れた声の持ち主を知る事が出来る事は嬉しい事です。
Ponkoさん 皆様ありがとうございます!
訳の解らないコメントでごめんなさい。
ponko310
2019年02月12日 23:42
ekさん
訳の解らないコメントには訳の分からないお返事をしましょう。
私が昔、アウガルテンを訪れた時、案内して下さったグレーガー先生はレコードに名前があったので、とても恐縮しました。
憧れのウィ-ン少年合唱団のソリストなんて、初心で無知な女の子には恐れ多かったのだもの。(まるで法王の横に座ったドリー君やヴォルフィーさんの傍らを歩いたekさんみたいにね)
でも先生は硬くなった私の気持ちを崩そうと「私は合唱団を出たらただの普通の社会人ですよ」とおっしゃりながら廊下を歩いて下さいました。
でも、昔の歌声を覚えていたファンに好感を持ったようです。
舞台の上でスポットライトに照らされて歌う気品ある美しい少年達は私達の憧れでしたよね~。
それと同時に音楽家にならず普通の社会人になったオジンの元団員達は舞台に立った昔が懐かしい時期なんです。
昔の自分たちの美しい歌声が今も自慢なんですよね。
このブログで私達がその歌声を懐かしがっているのを知って嬉しいのだと感じます。
グーグルで翻訳させた文は滑稽だけれど、素晴らしいブログだと褒められました。
そうすると決して交わることのできなかった遥か昔の元団員達とその声にうっとりしていた乙女の私達の繋がりがようやく此処で結ばれたと思いませんか?
わっはっは、ekさんに負けずに訳が判らないでしょう。




ek
2019年02月13日 00:46
Ponkoさんのコメントは訳 が解らない私のコメントとは、全く違って納得のいったり来たりじゃなくて納得の至りです。そんな風にこのブログを見るならば、それは凄い事ではないですか!
このお話しに出てくる昔の少年達は今もPonkoさんにとっては、昔ウィーン少年合唱団員だっただけではなく、今もお友達。そして、そんな彼らのお話に感動している私も 彼らと同じ時代を生きているってことなんですね。私の天使さんは雲の上の人になってしまったけれど、今も私の心の中に生き続けていてくれますものね。(なんだかまた、訳の解らない事書いてしまっていますが)
永遠の憧れのソリストさん達が、このブログのドアを叩いて、顔をのぞかせてくださったんですね。
この感動を 私の親愛なる元カぺルマイスターへの次の手紙に書かせていただきます。「ほら、いつも言っているように、音楽は時を感じない。音楽は素晴らしいだろう」って先生おっしゃると思います。
Yuichann
2019年02月18日 18:29
ponkoさん
20年振りにインフルエンザになってしまいました。久し振りにブログを読ませて頂き、もう感激!(タイムカプセルを開けてみたみたいです)その時代を知らないのに何故か?大変懐かしさを感じました。ドリー君(氏)のお話、胸が熱くなりました。お元気でお過ごしの様で大変嬉しいです。
ウイーン西駅での双子さんの写真可愛い!貴重な写真の数々、映像凄いですね!ponkoさんのネットワーク凄いです!NHKはちゃんと残してあるのにNETは(テレビ朝日)無いのですね!
これからもブログ宜しくお願いします!風邪など引かれません様に!
ponko310
2019年02月18日 19:03
ekさん
あなたの感動が上手く言葉に表せて、その元カペルマイスター様に届きましたことを願います。
音楽の嗜好は時代に添って変わりますが、私達オールドには今もって「あの頃」のウィーン少年合唱団ってちゃんと最高の場所に留まっているんですよね~、ね?
ponko310
2019年02月18日 19:20
Yuichannさん
インフルが日本で流行っているとは聞いていましたが、まさか私の大切なブロ友さんが掛かっていたとは思いもよりませんでした。
コメントが書けるまで回復して下さって嬉しく思います。
私もドリー君やギュンニー君の時代のウィーン少年合唱団を知りませんでしたが、「野ばら」や「高らかに鐘は鳴る」で何となく親しみを感じていました。
そして偶然彼らの内の二人と交流が出来て、こんな人たちが歌っていたんですよ、とオールドのみんなにもお報せしました。
Yuichannさんにも喜んでいただいて嬉しいです。
現役の団員達の情報はネットやファンクラブやインスタグラムなどで溢れかえっているので、私は忘れ去られた古い古い情報に…強いて言えば本当に60年代のオールドのファンたちの為にこのブログを書いてきたいと思います。
ek
2019年02月18日 20:45
Ponko様
おっしゃる通りです。レコードで初めて聞いた感動。映画の場面から受けた感動。コンサートで聞いた感動。どの感動も初めて受けたそのまま心に耳に頭に残っていて、そのすべてがWSKをいまだに追い求めてしまう燃えたぎる情熱(この頃はぬるま湯につかっているくらいゆったりしちゃってますが)に、なっているんだと思います。
私にとってWSKはこうあるべき!みたいものが、頑固に出来上がってしまっているのかもしれません。
音楽は不変!私にとって ウィーン少年合唱団は不変であって欲しいと言う思いが強すぎるのかもしれませんね。何 時代遅れの事を言ってるんだ!とお叱りを受けるかもしれませんね。
ponko310
2019年02月19日 04:20
ekさん
叱らん、叱らん。
それどころか古い仲間が嬉しいわ。
今のウィーンはそれも良し。
だけど私達をあれほど感動させてくれた私達のウィーンはあれで良し。
でもね、今でも現役の団員達のコンサートにあの時の私達みたいに感動してくれる若き乙女たちがいるって、それも私には感動なんじゃよ。
もう、良いことばかりに囲まれてキャーと叫びたいくらいよ。
maa
2019年02月19日 19:46
ponkoさま
私はどちらも好きです。笑 昔の記憶はテレビから聞こえてきた歌声だけですが、自分の中では光り輝く思い出です。ただ思い出だけではお腹がすく。
カッペとセーラー服のマジックは、何十年と生きている私でも瞬間乙女に戻してくれますから、イリュージョンだわね。箱から出てきたのは素敵な団員に憧れる少女です。なので55年初来日の記事も、ついこの間のベルリンの記事も、同じ歓びで受け取れました。
こんなタイミングでponkoさんの前に現れてくださった元少年のドリーさんやギュンニーさん。NHKの記録もただの古い映像であなく、きちんとストーリーを持ってここで私たちに紹介されました。これは本当に素晴らしいことだと思います。
ponko310
2019年02月19日 21:52
maaさん キャーとはしゃいでいるところにまたこんな嬉しいコメントが来ちゃって、今度はポンコポンコ飛び跳ねなくちゃね。
素敵な言葉をいただいて感激です。
テレビの思い出だけではお腹が空くmaaさんのテーブルには、ちゃんと現役の団員達が美しい歌声の盛られたお皿を運んで来てくれるのね。
そんなmaaさんは本当に芸術的感覚を備えているんだわ。
私もそんな人生の芸術家でありたいと願います。
若いファンの方はこんなブログ記事達やコメント達を目にしたらきっと私達の感覚がつかめなくて呆れるか、せせら笑うかなんだろうなぁ。
でもね、私達オールドの優理な事は、その若いファンたちの心の様をすでに経験してきてちゃんと心得ているって事。
その心を秘めながら、私達は素敵に歳を得て来た気がしませんか。
maa
2019年02月20日 00:50
ponkoさま
仰る通りですよ!
昔があるから今があるのです。何か書きたいと思った最初の気持ちは、かつて大好きだったウィーン少年合唱団と、当時から何十年も聴き続けた2枚のLPレコードの存在があったからでした。
その頃は気持ちを同じくするファンの友人もなく、ただ自分がずっと好きだったあの思いを取り戻したいだけだったかもしれない。でも今はこうしてお話する場所も見つけ、若いファンの友人が過ぎ去った日々の自分と同じように、大好きな団員にエールを送る姿も間近に見られます。その気持ちが痛いほどわかるのも、心の炎を消さずに来たからでしょうね。
今回の記事の一番上にあるレコードジャケットは、いくつかのレコードに使われていますね。私の棚には同じ写真で「singen Bach,Haydn、Mozart」という、ヨハネ受難曲の抜粋などが収録されたLPがあります。そう!マルシャート君のソロです。古い録音と古いジャケ写で感激するのもオールドの特典ですね。
笑われてもいいじゃん!
ponko310
2019年02月20日 01:43
maaさん
ひゃ、私はまだmaaさんのブログの一番最初を読んでいません。どんな事が書いてあるのか、どんな事からそのブログが始まったのか知りたくなりました。
これからちょっと行ってきます。
ek
2019年02月20日 19:51
maaさんのお話に出たレコード 私のお気に入りの1枚で、何度聞き返していることか....。
バッハのアリアもコラールも、もちろんモーツァルトもハイドンも、どれだけ私を癒し 憧れ 天上の世界を夢見せてくれたことか、大切な1枚です。
これぞ ウィーン少年合唱団員って抱きしめてしまう程です。
ponko310
2019年02月20日 21:59
ekさん
わっ、あなたもあのジャケットのレコードを持っているの?
ブラームスの子守歌を歌うスメタナ君とリヒャルト君のじゃないですか。
一体いつ発売になったんだろう。
私が日本にいた時は見たことが無かったのです。
あんなジャケットを見たら二重だろうが三重だろうがきっと買っていたと思いますよ。
でも、今は何とネットで出会ってしまいましたぁ。
もう一つ未だに後悔しているレコードがあるの。
それはマリア・カラスのレコードで、なんと彼女にサインをしてもらっているエーリヒ・シャーリング君が写っていたの。
私服姿だったけれど、あんな少年がカラスのサインをもらうなんて、ウィーン少年合唱団員だからこそチャンスがあったんだろうし、それにエーリヒ君だと未だに確信しているんだわ。
ヨーロッパ旅行の為に節約していたし、私は彼のファンではなかったので買わなかったけれど、カラスのレコードだったら買っても良かったと悔しいわ。
zen
2019年02月24日 21:41
Ponko様
何度も見た映画「野ばら」の50年代のウィーン少年合唱団がリアルタイムで見ることができて嬉しいです。ドリーさんのお話には心が痛みましたが合唱団員として過ごした時間も今となっては古き良き思い出となっているのでしょうか。1996年6月に安田祥子、由紀さおり姉妹がウィーン少年合唱団のオープンディに訪れた時にタイマーさんと初来日時のことを話している所に当時の映像(2分42秒頃)が出てきます。シューベルトコアのテリー・ウェイさんや94年に来日したハイドンコアと日本の童謡を歌っています。
Yasuda Sisters and the Vienna Boys' Choir (1996) – YouTube
www.youtube.com/watch?v=NxywR1HyIHA
また、1970年代前半ウィーン少年合唱団ドキュメンタリーがありますが、ギレスベルガ―教授に個人レッスンを受けているのは、72年に来日したフリードリッヒ・ガイスト(friedrich geist)ではないでしょうか? ペーター・イエーロジッツさんがソロを歌っているところ(75年に来日したハラー先生のコアーにいたのでしょうか)、最後に退団した団員たちが語らっている場面の赤い服の人は69年来日のカール・タウチャーさんに思えます。
Vienna Boys' Choir Documentary in 1970s
www.youtube.com/watch?v=MAxMrrxVa8U
Wiener Sängerknaben ウィーン少年合唱団 
www.youtube.com/watch?v=TxE3Jm5ZeZg
ponko310
2019年02月25日 03:41
zenさん
この二つの動画はすでに知っています。
70年のドキュメンタリーはすでに記事103で紹介してありますが、来日したルカのクラス・アングルベルガー隊ではありませんでした。
でもギルレスベルガーさんにレッスンを受けているのはガイスト君かもしれませんね。
最初の場面でバスティエンヌを歌っている少年と同じかしら。
残念ながら、もうファン活動は止めていたころでした。
退団した団員の写っている場面にはタウチャー君がいますね。
そこには72年組のプレフェクトもいます。
久しぶりにまたその動画を見て楽しみました。
タウチュニヒ団長も懐かしいお方です。
あ~あ、50年近い前の動画になっているんですね。
これからその懐かしい3年前の記事をも読み直さなくちゃ。
ヤマチャン
2019年02月27日 22:38
 ようやく手持ちのレコード久しぶりで聞く時間があり、どうやら「ハレルヤ」はponkoさんお気に入りのシルハネクさんみたいです。ここに載っているヤンコビッチュさんの歌声とは違ってました。指揮者はフロシャウワー氏なので63年録音ということは、「皇帝円舞曲」には64年組のメンバーの歌声がかなり入ってるのかもしれません。そう考えただけでも大興奮です。以前からそうかもしれないと思ってましたが、ponkoさんやここに集っている方たちの貴重な情報でかなり確信がもてました。ありがとうございます。
 ところで鳩山御殿で当時の総理大臣の傍らにいるぼっちゃまは50数年後の総理大臣鳩山由紀夫氏ではないですか?55年組は現役と未来の総理の前で「聖夜」歌ったのですね。
ponko310
2019年02月28日 00:41
ヤマチャンさん
ハレルヤを初めて聞いたのがシルハネクさんのレコードですから、やっぱり一番親近感を覚えてしまいます。
なぁ~んにも知らない頃だったので、どんな少年が歌っているのか、その美しい歌声に胸をときめかせながら聞いていました。
その頃のウィーン少年合唱団はもう、手の届かない貴公子たちばかりの気がしていましたからね。
今だってその頃の歌声に出会うと、過去に戻って彼らは胸の中で輝きだしてしまいますよ。
ヤマチャンさんが想像するように動画にいる坊やは鳩山由紀夫氏でしょうね。
まぁ、現役と未来の総理と言う表現、すごく気に入りました。
あなたがそう言っていたとドリー君にも伝えます。
maa
2019年03月01日 00:18
ponkoさま ヤマチャンさま
鳩山元総理のことは思いつきもしなかったです。そうか。そうですね。そうして、さらに12年後の少女フレンドでは、鳩山由紀夫氏の弟、鳩山邦夫さんの妻となったエミリーちゃんが、67年組と写真に写っていましたね。
山の上ホテルはまたの名を、ホテルヒルトップ(hill top)今も明治大学の裏手の細い坂道を上がったところにあります。泊ったことはないですが、お茶したことは何度か・・・。老朽化のため、4月から休館して工事にはいるそうです。あの建物がかわってしまうのかな。

モーツァルトの子守歌を実際に聴きたいものですね。シンプルで本当に美しい。真に美しいからなんの飾りもいらないんだわ。古い録音で63年ごろのものは、フロシャウアー先生がピアノで参加していらっしゃいますね。64年組の上級生たちも歌っているかもしれません。笑われるかもしれませんが、ダハシュタインは幼いときのピューリンガーとシャーリングじゃないかと思ったりします。思ってる限り幸せです。笑
ponko310
2019年03月01日 05:39
maaさん
少年達の美しい歌声のお蔭で素敵な空想が飛びかわったり、どこかで過去の出来事が今に繋がっていたり、楽しくてしかたないわ~。
私一人では考え付かないことがブロ友さん達によって明らかにされたり、面白いったらありゃしない。
ek
2019年03月11日 10:34
Ponko様
私は残念ながら他のブロ友さん達のような情報を全くもって持っていないので、ただただPonkoさんや皆さんの驚くような情報に感動するばかりです(前にもこれは書きましたが)。
お話が私の幼き頃の いえいえ段々生まれる前のお話になりつつあり その内WSK誕生時代の話になりそうな勢い。
少年達が「インスブルックよ、さらば!亅なんて言ってウィーンに行くことになる時代のお友達は、さすがのPonkoさんでもいらっしゃらないとは思いますが、話題に出てきそうな感じですね。
昨夜 日本ではウィーンフィルのシェーンブルンコンサート2018が放送されました。
我が思い出の最初の一日 あ〜あそこを歩いた!あそこで彼が振り向いた!なんて音楽に関係ない映像が頭の中 一杯になりました。
ヴォルフガングさんもご一家もそしてエンゲルベルトさんも微笑んでいてくれました。
コンサートの最後の曲が「ウィーン気質」でした。涙がこぼれました。
記事に関係ない独り言書いてごめんなさい。
お仲間の皆さんに甘えてしまいました。

ponko310
2019年03月12日 20:23
ekさん
コメントをありがとう。
お返事をすぐに書いたのですが、何とエンターを押す前にインターネットの接続が切れて、すべて消え去りました。
此処のヴォーダフォンはたまにこんな悪ふざけをしてくれます。
さて、このブログは私達オールドファンが思い切って青春時代に戻れる場所なんですから、大いに思い出のお話をして浮き浮きと乙女になり切って下さい。
新しい情報なんて無くたって、誰かが昔の団員の名前を出して、あぁ、この団員がなつかしいのよ~、と言うだけでこっちはもう嬉しくなってしまうんですから。
「インスブルックよ、さらば」といってチロルからウィーンに来てくれた少年達が今のWSKの大先輩と知ったのは去年でした。
それまで名前はしっていたものの、動画は見ていませんでした。
何だか、世界最古の少年合唱団のようです。
ま、これから、その「インスブルックよ、さらば」をライニーさんの歌うムント隊で聞くことにします。
ek
2019年03月13日 19:01
Ponko様
わーい‼️やっぱり 「Innsbruckよ、さらば?」って歌っていたご友人がいらしたんですね。まさか WSK 創立当時ではないでしょうが。
63年 ムント隊がこのrecordingをなさった事はわかっていたのですが、ライニーさんが歌われていたなんて‼️
このレコードで歌われている曲はなんだかずし~んと心に響いてお気に入りだったんです。
ponko310
2019年03月13日 19:52
ekさん
今健在な私の友人がWSK創立当時に団員だったら、今、一体何歳になっているのよ~。
化け物か。
私もこの曲が何となく哀愁に満ちていて好きなので、次の記事に載せるもしれないわ。
あなたの言う通りに、私は今、ノスタルジーにはまっていて、
自分がwskファンになる前の時代の団員達の報告に手を付けています。
それが結構面白いので、オールドの方達にも嬉しいかもしれないな。
ekさんのお友達が記念に送って下さった64年組のクラス会の写真も近いうちに公開させていただきますね。
1964-1967
2019年03月16日 14:56
ek さんのコメントはいつも何か気持ちが温かくなります。私も、話題がだんだん古くなって今に500 年前にまで行きつくかもしれないかな、なんて思ったりします(笑)。そうしたら・・アノー…ワタシ…トウジ・ヲ・シッテ…イ…マ・ス・・なんてコメントが来たりしたら大変。 怖いわ~! でも怖くない範囲で、できる限り知りたいですね。Ponko 様宜しくお願いします。
ek
2019年03月16日 20:29
1964-1967様
優しいお言葉ありがとうございます。1964-1967さん達のようには、皆さんの大切なこの場所への素敵な情報もお話も持っていない私 いつも自分の思い出ばかりしかコメント出来なくて....。でも、こうしてお仲間に加えていてくださる事に感謝しています。これからもこんな私ですが、よろしくお願いいたします。
Ponkoさん ブログ主が素敵だから、ここに集う皆さんの優しさが、WSKの歌声のように癒しを下さる!
末永くこの集いの場をお守りください。
さぁ~新しいお話への準備もよろしくお願いいたします!
ponko310
2019年03月16日 20:33
1964-1967さん
ekさんも私のようにバッチリと64年組からのウィーンファンですからね、嬉しい事にこのブログには暖かい気持ちを持っていてくれるお一人です。
え~、いくら何でも500年前の団員達には声を掛けられんわ。
でも1907年の彼らの歌声を聞いてみたいと思いません?
多分世界で最初の彼らの録音だと思いますけどね。
1964-1967
2019年03月16日 22:26
もちろん聴きたいです! そんな凄い録音があるのですか?!
ponko310
2019年03月16日 23:22
1964-1967さん
ただの物好きなファンとして聞いてみる分には良いでしょうね。
現代のCDとはかけ離れた音色ですが、何となく懐かしい歌声がするのです。
では次の記事までのんびり待っていてください。
maa
2019年03月17日 02:25
ponkoさま
またまた、何か宝物を掘り出しましたか? 何々?1907年ですと!明治時代じゃないですか。それはもはやロマンの世界です。私は変な子だったから、明治大正時代に生まれたかったと思っていました。「昔」が大好きでした。なので1907年のウィーン少は、もし私が明治時代の子だったら、今と同じように憧れます。もしかしてスペイン乗馬学校の制服かな?と、もうにやけてしまっています。笑
昔の録音技術は承知しているので、たぶん高音のひゃらひゃらした音になってしまう。1938年のスタバトマーテルですら、多少はそんな感じですから、それは想像がつきます。でも大丈夫ですよ。人から聞いた話ですが、64年ファンは筋金入りなのだそう。
今年のWSKのBallの動画をご覧になりましたか? 日本人形を持ったネンメルト君が写っていました。(たぶん少女フレンドのグラビア)私は動画の最初のほうでお寿司を作るモーコアを見て喜び、そのあとに64年組のネンメルト君の画像に驚き喜びました。どうか64年も、55年も、今も、そして1907年も、願わくば1498年のインスブルックもすべてが一本の赤い糸でつながりますように。
ponko310
2019年03月17日 03:14
maaさん
深いノスタルジアを胸に秘めて、現役の少年達の歌声をも大いに楽しんでいる幸運なオールドファンのmaaさん。
そのノスタルジアが出生以前にまで遡っていたとは思わず顔がほころびました。
オールドファンのノスタルジアはロマンティックで大賛成。
64年組のファンが筋金入りと聞いて足の裏にバネが付いたような気分ですよ。
ekさんはそうだけど、私の筋にはゴムが入ってるから駄目だ。
1907年の歌はモーツアルトのアベベルムコルプスです。
聞いてからご感想を。
ダウンロードが出来るようになっていますからね。
WSKのBallの動画は見ていません。
ネンメルト君とはなんと懐かしい。
それにお寿司を作るモーコアですって?
見なきゃ!!

どこかで1498年のヴェルティン少年合唱団とこのブログを繋げてくれる人、出て来ないかな。


ek
2019年03月17日 07:51
桜の花のほころびの便りは、まだなのですが、maa さんのコメントに顔がほころびました。
maaさんのwskへの愛の広さにはいつも感動していますが、今回コメントに書かれたお話を読ませて頂いて、さすが!maaさん そんな古い時代から心ときめかせていらしたなんて!
どんな縁か私がヴィルテン少年合唱団の歌声を初めて聞いた曲が「Innsbruckよ、さらば!」だったんです。まさか この合唱団が我らがウィーンの元の合唱団だとは、知らずに。「あらら!さすが Innsbruckの合唱団だわ」なんて、とんでもない感想を持って ウィーンが歌うInnsbruckを聞き直したりしてました。
そして何曲か聴いているうちに、あらケルンザーのようなアルプスの風を爽やかに届けてくれ素敵な合唱団だこと!と 時折楽しんでいます。
まさか この合唱が、我が生涯を変えてくれるほどの大切な源だったと知ったのは数年前の事でした。
友人に、ケルンザーみたい!と話して笑われましたが。
残念なことに私の事ですから、ヴィルテン合唱団を詳しく知る由もありませんが、今や大好きな合唱団のひとつになっています。この合唱団の事もお仲間の皆さんからいろいろ教えていただきたいです!
ponko310
2019年03月17日 18:33
ekさん、あなたでしたか、このブログとヴィルテンを繋げてくれたオールドは。
しかしヴィルテンはケルンザーとどうしても結び付けられませんぜ。
制服からしてぜんぜん違うぞ。
マキシミリアンがケルンザーに会ったとしても、絶対にウィーンには連れてこないでしょうに。
私もヴィルテンの事は良く知りません。
一体ヴィルテンってチロルの何処にあるんだろう。
いつか調べなくちゃね。
ek
2019年03月17日 19:59
違うんですよ、Ponkoさん。
ヴィルテン少年合唱団が、アルプスと言うかインスブルック民謡を歌う歌声が、ケルンザーが、旗を振って楽しげに歌う姿と重なったんです。
涼しいアルプスの風と緑を届けてくれる歌声だったんですもの。
もちろん、その後 彼らの歌うバッハもモーツァルトも聴きましたよ。
そこではケルンザーの風は感じませんでしたが、爽やかな合唱団だという事には、違いはありませんでした。
もう皆さんご存知の事と思いますが、Wiltner Sangerknabenは、1138年に創立され、本拠地はInnsbruck市内のWiltner Stift で、ウィーンと違って寄宿舎学校ではなく、練習に通う団員190名の大合唱団だそうです。
制服は....まあInnsbruckですから.... 私は好きです(^-^)
ponko310
2019年03月17日 20:39
ekさん
あ、これでもうわざわざヴィルテンの事を調べないで済むと思ったけれど、ちょっとネットで検索してみました。
彼らの制服は赤と深緑の肩までの写真しか見ていなかったのですが、全体の姿はまさにチロルの民族衣装ですね。
気に入った。
それに教会がまた素晴らしい。
インスブルックに行くことがあったら、覗いてみたい気になりました。
maa
2019年03月18日 17:52
数年前テレビの旅番組がインスブルックを訪問しました。土曜日の朝突然「少年合唱団もいるんです」というアナウンスで、ヴィルテンの歌う場面が出てきた。ほんの短い映像でしたが、突然すぎて録画できず残念でした。番組を見たかたいらっしゃいますか?
彼らのレーダーホーゼンは黒くてシックですね。
ponko310
2019年03月18日 18:19
maaさん
ひゃ~、そちらからもヴィルテンの糸が伸びて来た。
上半身だけの写真しか見ていなかったヴィルテンの制服は、全体を見ると色がまとまって上品な気がします。
ウィーン少年合唱団の先祖になる合唱団と言う事で、世界最古の聖歌隊みたいですね。
それがなぜ日本に来ていないのかしら。
私はまだこちらでその合唱団の番組を見たことがありません・・・・って、オーストリアの放送は見れないんだった。
ek
2019年03月18日 18:53
それがね~Ponkoさん 彼ら来日しているんですよ。私の知らないうちに😩。情報によると、1982年に来日して、31回ものコンサートしたそうです。我が地方でも、コンサートしたそうです😢。お仲間の中には、聴かれた方いらっしゃるかもしれませんね。あ~ウィーンの元の合唱団だとその当時知っていたら😭。
ponko310
2019年03月18日 19:36
ekさん
ひゃ~~~、もっと驚き。
1982年なんて、私が育児で髪を振り乱して奮闘していたころだわ。
少年合唱団も日本の友人達もおろそかになっていたころ。
ヴィルテンが来た時はウィーン少の先祖だって説明があったのかな。
それを知る由は無理かもね。
こんなことが話題になる今は、何て優雅な時間になったんだろうって、ホッコりしています。
Pfirsichchen
2019年03月19日 06:45
ご無沙汰してます。
ちょっといろいろ用があって、日本に行ったりしてました。
久々にPonkoさんのブログのコメント見たら、なんとヴィルテンの合唱団のことが話題になっててちょっとびっくり。
彼らは以前(2006年と2008年)、私がよくミサを聴きに行ってたウィーン3区の教会で、無料コンサートを開いたことがあるので、聴いたことがあります。上手でしたよ。
インスブルックのヴィルテンの教会(Stift Wilten)は何度かコンサートでは行ったことがあるけれど、そこで彼らの歌はまだ聴いたことがないと思う。

インスブルック在住の知り合いの歌手が団員(ソリスト)だったこの合唱団のことで、以前コメントしたことがありますよ。2017年12月28日です。(歌に関する話題でなくてごめんなさい。)

わりと最近、テレビのServus局で彼らの番組があって、オンデマンドでもあったけど、今見たらもう消えてた。ORFにも何年もの間オンデマンドが残ってたけど、今探したら、こんな短いのしか見つからなかった、残念。以前あったのは、どちらも25分番組だったけど。

https://tvthek.orf.at/profile/Archiv/7648449/Die-Wiltener-Saengerknaben/12042509/Die-Wiltener-Saengerknaben/12042513?meta=suggestion-segment&query=Wiltener&pos=0

今度また長いのがあったら、お知らせしますね。
ponko310
2019年03月19日 20:30
Pfirsichchenさん
忙しかったんだ。
日本で流行っていた流感に(願わくば)掛からないで無事に此処に戻って来てくれて嬉しいわ。
記事の174にあなたのヴィルテンのコメントが載っていたけれど、面白いので次の記事にコピーします。
せっかく頂いたリンクなのに、開けたら『オーストリア以外の国では見れません』ですってさ。
ケチな国ださ。
でも次の記事で動画を載せるわ。
あなたのコメントを楽しみにしている一人として、コメントをありがとう。
Yuichann
2019年03月20日 10:27
Ponko さん
ヴィルテン良いですね!楽しみにしています。 数年前、テレビでハプスブルク家の歴史を放映していました。マクシミリアンが聖歌隊(後々のWSK)を作った経緯などをやっていました。ルーツはベルギーにあるそうです。
ponko310
2019年03月20日 18:45
Yuichannさん、これまた新しい情報ですね。
ウィーン少年合唱団がベルギーにルーツを置いていた。
とすると、ヴィルテンは世界最古の少年合唱団ではないと言う事になるのかな。
これはもう、NHKに任せます。