216 レーゲンスブルク少年合唱団ノスタルジー

「maaさんのブログでラッツィンガー氏の死を知りました。
そしたらなぜか昔録音したレーゲンスの歌声を皆さんに聞いてもらいたくなり、youtubeにアップしました。
以前ponkoさんにメールで送り損ねたものです。
指揮はラッツィンガー氏ではないですが、間違いなく指導者としていたころの歌声です。」

これは本当にラッツインガー氏が指揮者だった時の動画です。



ブロ友のヤマチャンさんから1972年録音のリンク付きのコメントが入ったのは、日本では7月15日の午後でした。
ドイツではまだ14日の朝で、私は丁度ベットから起き上がろうか、どうしようかとの優柔不断の境界線に漂っていましたね。

この日はベルリンのファン友とテラスでブランチをする予定だったので、起床後はすぐに台所に入ってずっとその用意をしていました。
P1140845.JPG
と言う事は、私は携帯を持っていないので、ブログにコメントやメッセージや、友人からメールが入っても、部屋のPCを付けないと、全然、ぜ~んぜんわからないのです。
だから、友との愉快な時間を過ごした後に、のんびりとテレビ映画を観て、寝る直前にPCを覗いて見つけた、ヤマチャンさんのコメントは、その日の最後の嬉しい贈り物でした。
それに、録画の年代が懐かしい1972年と言うのはもっと嬉しかった。

日本ではレーゲンスブルク少年合唱団に接する機会は一度もありませんでしたが、4年ほど前にこの記事を書いて、その時知り合った若い日本女性がこのブランチの友なのです。
https://ponko3.at.webry.info/201608/article_1.html
レーゲンスブルク少年合唱団のコンサートで知り合った友が遊びに来た日に、1972年録音のレーゲンスブルグ少年合唱団の動画を見れたなんて、ちょっと奇遇だな。

それに今月の初めに96歳で亡くなったゲオルク・ラッツインガー氏は、1964年2月1日にテオバルト・シュレムス氏の後を引き継いでレーゲンスブルク少年合唱団の指揮者になっています。
この1964年と言う年代もオールドとしては気になりませんか。
キリアンのいたタイマー隊が来日した1967年に、ラッツインガー氏は法王パウロ6世 (どういう訳かこの厳しい顔付の法王を私は毛嫌いしていました) から高位聖職者のモンシニョールの敬称を頂いています。
彼の指揮の下で歌うレーゲンスブルク少年合唱団の団員達は、カトリック信者としてさぞ自慢だったろうなぁ、と思います。
何故って、11歳だったキューバッハ隊のドリー君なんて、バチカンでローマ法王のそばで歌った時に、自分は神様のそばにいるのだと思い込んでいたくらいだったそうですから。

でも、ラッツインガー氏が指揮者だった時代にあった、聖職者に依る数多くの少年達への性的虐待は、元団員達の告白によって世界中に知れ渡りました。
Prinzchen.png
それに上乗せするようにウィーン少年合唱団での性的虐待も-------。
どこかの大修道院の尼僧と修道士の建物が地下道で結ばれていて、そこには胎児の骨が無数に見つかっていた、などと言う話は聞いていましたが、この少年への性的虐待のニュースが出た時には、私の少女時代の夢や憧れが崩れた気がしました。

2017年になってようやく公的に特別調査が行われだしましたが、いくつかの虐待事件を知っていたにも拘らず、ラッツインガー氏はそれに介入しなかったようです。
彼自身も、前任のシュレムス氏と同様に、自分の理想の合唱に持っていく事となると、少年達に熱狂的な厳しさを示したと、現在の指揮者のビュヒナー氏は語っていました。
少年達の一部はラッツインガー氏を音楽芸術の尊敬する手本とし、一部はひっぱたく人として恐れていたようです。
でも、これは当時のウィーン少年合唱団にも共通していたのでしょう。
厳しい指揮者たちは少年達が上手に歌えた時は世界で一番優しい人になったようですし、もともと歌が好きな少年達も、褒めてもらえるのが嬉しくて更に頑張っていたのでしょうよ。
お蔭で私たちは、彼らの天界の歌声の録音が手に入ったのですよね。

このラッツインガー氏は、ローマ法王になったベネディクト16世のお兄さんだった事を知る人ぞ知る。
2005年にあの若者の人気者だったヨハネスパウル2世が亡くなって、ヨゼフ・ラッツインガー氏がローマ法王に選ばれた時、彼の兄は喜ばなかったそうです。
ローマ法王がポップスターのようにはやされた時期で、ゲオルク・ラッツインガー氏も報道陣から追われるのが嫌だったみたいですね。

此処に載せる動画は1955年のレーゲンスブルグ少年合唱団のドキュメンタリー映画です。
指揮者はテオバルト・シュレムス。
オペレッタのヘンゼルとグレーテルの場面もあります。
でもね、動画の説明の声が割れてよく聞き取れないのですよね。

何だか、やっぱり昔のウィーン少年合唱団の日常に似ていますね。

ウィーンでもレーゲンスブルクでもないのですが、完璧にアベマリアを歌う、ベルリン大聖堂合唱団員のデニス君。
私の大好きな歌声の一つです。
こういう歌い方をされると、こっちは64年組の誰かが歌っているのではないのかとノスタルジックな錯覚を起こしてしまう。
彼は今、カナダでオペラ歌手になっているそうな。
彼の動画がもう一つありました。


ブランチの友とは、お茶の時間になったら、家の近くにあるウィンナカフェーに行こうと思っていましたが、あいにくその日はお休みでした。
morgenrot.jpg
ここでのウィンナコーヒーはこの次までのお楽しみで、私たちは今回は、プッ夫クンの焼いてくれたチョコレートケーキと私のクルミ入りのサーターアンダーギで我が家のコーヒータイムを楽しみました。o.jpg

2020年7月19日
さっき偶然、1988年に来日したレーゲンスブルグ少年合唱団の東京公演の動画を見つけました。
まだベルリンの壁があったころです。
あれれ?
今見たら、これは7月5日のmaaさんのブログにすでに載っていました。

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この記事へのコメント

maa
2020年07月17日 12:46
ponkoさま

レーゲンスの話題で繋がりました。
以前の記事も久しぶりに読み返しました。あの時バイエルンの服を着ていた元団員のシュテファンさんは、72年からレーゲンスで歌っていたんですね。ヤマチャン様がNHKで見た番組も72年頃でしたよね。当時はシュテファンさんの頭には、フサフサの巻毛があったものと思われます。
そのコンサートで知り合った日本人のお友達を今年はブランチに招いたなんて、ponko流人生の愉しみをすごく感じます。

レーゲンスの事件はスキャンダルが公になったころは、これでもかというくらいYouTubeに上がっていました。蓋をしてはいけない問題とわかっていても、単細胞な少年合唱団ファンとしてはモヤモヤした気持ちでした。ただ音楽指導としては、厳しさから生まれた完璧な演奏やステージマナーは確かにあると思う。

東京の感染者が300人近くになってしまったので、また繁華街に出るのが恐くなってstay homeです。でも庭のブルーベリーが色づいてきたので、食べられますよ。今週末はレーゲンスのレコード鑑賞だわ。
ponko310
2020年07月17日 16:16
maaさん
コメント第1号、ありがとう。
東京の感染者が、またドイツ並みに増えているのを、ニュースで見ています。
夜の街をフラフラ出歩く若者達は、責任感の自覚が足りないのかな。
ベルリンの若者も同じですよ。
自分がコロナに掛かっても死なないと思い込んでいるから、他人に感染させるんじゃないかという思い遣りはもう、快楽の陰に消えている。
本当にコロナにどぎつい色がついていればいいのにね。
それが鼻の頭に出てギラギラ光ったら、みんな気をつけるようになるかもしれない。
あ、鼻の頭じゃ、マスクに隠れるか。
でも、感染しても重い症状が出ないで治ってしまう事があるというから、みんな平気でで歩くのかしらね。
私は掛かったら絶対に死ぬから、密には近づきません。
もし掛かるとしたらプッ夫くんからだわ。
ブランチの友とは、その後のキエフやドレスデンのコンサートにも一緒しています。
私は一人では動かないので、レーゲンスで声を掛けて良かったと思っているのです。
あのスキャンダルが報道されてから、全ての少年合唱団が変わってきましたね。
親が子供を寄宿舎に入れるのを恐れるようになりました。
指揮者たちも厳格な指導に気を使い出したかもしれません。
それにネットが広まるに従って、元団員たちの声が私たちにも届くようになって、団員生活の良きも悪きも見えるようになりました。
でも、私が故意に性的虐待について記事にしないのは、可哀想なほんの一部の被害者はいるにしても、殆どの元団員達が、自分の団員時代にはそんな事はつゆにも知らず、著名な合唱団の団員であったことを、心から誇りにしていると思うからです。
少年たちを犠牲にした男どもには腹が煮えくり返るわ。
私もこちらのテレビ放送で犠牲者の告白を見ていましたからね。
涙が止まらなかったんよ。
このナイーブな少年たちの歌声が、と思うと胸が張り裂けそうで、さらに心に深く美しく神聖に響く感じがしたわ。
ヤマチャン
2020年07月17日 22:39
 4年前のレーゲンスブルクのコンサートで知り合ったお友達とブランチを楽しまれた日と、コメントが偶然重なるとは!なんだか不思議ですね。レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊が縁を結んだ一日だったのですね。
 それにしてもラッツィンガー氏在任中にそんなことがあったなんて知りませんでした。WSKも以前からponoさんがほのめかしてましたが…。私たちは現実を離れて、夢や美を少年たちの歌声に見出していたので、できればmaaさんの言うように蓋をしたくなりますね。しかし当事者の方たちは苦しんできたのでしょうから、二度と同じことが起きないようにしてほしいものです。日本ではフランスで現在係争中の同じテーマの映画が上映されてます。
厳しい訓練については今日本のスポーツ界でも問題になっていて、否定されつつありますね。行き過ぎは確かに良くないけれど、大事なのは信頼関係があるかどうかだと思うのです。
 でもponkoさんがお友達とお茶を楽しまれたり、旅行にでかけられるくらい元気を取り戻されて良かったです。お料理やお菓子作りに精を出す、元のponkoさんが戻ってきました。こちらは相変わらず近所を散歩する日常で、めったに最寄り駅にも近づかない生活です。随分緩んだ雰囲気でしたがここ数日の感染の広がりで再び緊張感が増してきたようです。

ponko310
2020年07月18日 03:54
ヤマチャンさん
レーゲンスブルグ少年合唱団の動画は本当に奇遇でした。
maaさんの言うように、コンサートで出会ったシュテファンさんも1972年に団員だった事を思い出しました。
何だか、全てが細い糸で繋がっているみたい。
教会内での性的虐待はラッツインガー氏の前からあったそうですが、彼はその殆どを知らなかったようです。
ドイツの少年達は美しいので、女人禁止のカトリックではつい手を出したくなってしまったのかもしれませんね。
聖職者なんかにならなければよかったのに、と腹が立ちます。

はい、お蔭で小指は治りませんが、帯状疱疹は自転車に乗れるほど回復しました。
傷の色が消えてくれるのか興味深いところです。
ベルリンはダメですが、ブランデンブルグ州は感染者もそれほど出ていないので、許される限りの旅行は大丈夫みたいですよ。
私も、公共の乗り物は避けて行動しています。
それにしても、コロナのお蔭でこれからどう生活環境が変わって行くのでしょうね。
ますます中國が恨めしい。
ウィーンのアパートの一室で中国人が違法で、インビス店の下ごしらえをしているのが見つかっています。
肉の一部は冷蔵をしていず、野菜も床に置いてあり、カビが台所のあちこちに生えていて、不潔そのものだったそうです。
人が住んでいる風ではなかったので、違法の仕事の為だけに借りていたみたいでした。
あ~っ、話が枝分かれした。



nene
2020年07月18日 06:45
Ponkoさんまたまたお邪魔いたしました。朝早くからキッチンに立ちっぱなしていろいろなものを用意してくださり感激でした。私は何て幸せ者。愛情たっぷりのお料理、ぜ~んぶ美味しかったです。今日は頂いたワインの葉でベジタリアンドルマを作りました。初めてチャレンジしましたよ。今度はひき肉入りドルマを作ります。今回良くなかった部分に気を付けて再チャレンジします。クルミ入りサーターアンダギー面白い発想でしたね。帰ったら主人がぱっくりとたいらげました。
そうなんですよね。私たちレーゲンスのコンサートで知り合ってたんですよね。スキャンダル騒ぎありましたね。車のラジオで初めて知ったのを思い出します。汚らわしいひどい話です。そういう行為は見えないところで行われているだろうから誰かが勇気をもって告白すべきですね。少年合唱団に限らずカトリック修道院などでも虐待があったとか映画にもなってますね。あのスキャンダルのころモンセラやドレスデンの団員に聞いたら僕たちはそんなことはないって言い張りましたが。それどころかモンセラの元団員は当時の修道士の方たちとの面白いエピソードを楽しそうに語ってくれました。
ベルリン大聖堂のデニス君ですか。素敵な歌声。出世したんですね。すごい。
お散歩も気持ち良かったですね。ウィーンカフェ今度こそ行きましょう。日が長いうちにまた会えるといいです。
Yuichann
2020年07月18日 15:09
Ponko さん
可愛らしい天使の様な少年達が、悪魔の餌食になってしまったのには心が痛みます。「子どもの人権」が侵されることがない様な社会になってほしいです。レーゲンスブルクの歌声素敵です。(昔のウィーンみたい)
ご主人様もケーキを焼く事ができるのですか?凄いですね。Ponkoさんの手料理とご主人のチョコレートケーキをご馳走して頂きにベルリンへ行きたいです。
コロナワクチンが早くできる事を願う毎日です。
ponko310
2020年07月18日 17:55
neneさん
日が長いうちにきっとまた会えますね。
合唱団のお話はあまりしないけれど、世間話でいつも盛り上がりますからね。
この記事へのコメントをありがとう。
確かマットデイモンが出演する映画に少年への性的虐待のお話がありませんでしたか?
こちらのテレビで何度か見ていますが、題名を忘れました。
デニス君の歌声はうっとりしてしまいます。
もっと歌ってほしかったな。
彼はWittenauのMärkischezentrumに住んでいたけれど、聖歌隊の団員だと言う事で、いじめに遭って他に越したそうです。
あそこらへんにはモスレムとか程度の低い人種が住んでいるからね。
私は自分の元団員の友人達には性的虐待の事は聞けないわ。
ただ、団員同士でのいじめはあった事は知っているけれど、それは世界中、どこの学校でもあることだしね。
モルゲンロートでのコーヒー、楽しみにしています。
洋館だから、表じゃなくて中で飲みましょうよ。
ponko310
2020年07月18日 18:20
Yuichannさん
日本でも、自分が遊びたくて我が子を殺してしまうニュースが沢山出ていてショックです。
要するにその人たちは、お人形さんが欲しいみたいな感じで子供を作って、生まれてからこんなはずじゃなかったって気が付くのね。
子供を産むにしても動物を飼うにしても、自己犠牲を念頭に置かないと悲しい結果になってしまう。
私も育児中は無我夢中だったな。
少年合唱団なんて、どこ吹く風でした。
自分の子でも他人の子でも、子供は私達の将来なのですから、正しく大切に育てたいものですね。
性的虐待なんてとんでない事です。

プッ夫クンが焼くのは、インスタントケーキだけ。
私は食べませんが、彼はたまにそういうのが食べたくなるそうです。
yuichannさんが来るときには彼に注文しておきますね。
彼と二人で食べて下さい、くふふ。

コロナワクチンをみんなで切望しましょう。
突然現れたコロナのせいで、もう今までの生活が戻ってこないかもしれないなんて、とてもじゃないけれど信じられません。
withコロナの生活はとてもしんどいです。
親しい人とハグしあえないなんて---。
ヤマチャン
2020年07月18日 22:56
 前のコメントで書きそびれたのですが、この55年の動画素晴らしいです。ちょうど映画「菩提樹」を撮っていたころですよね。ということは、ミハエル・アンデの歌の吹き替えをした子がいる可能性がありますね。オペレッタをやっていたのも知りませんでした。
ponko310
2020年07月19日 01:59
ヤマチャンさん
うん、うん、ソリストはその可能性が大いにありますね。
あの動画の最初に出て来たイケメンのソプラノかも----と期待してしまう。
ヘンゼルとグレーテルのオペレッタは、クリスマスの頃かもしれません。
55年というと、ウィーン少が最初に来日した年でもあるんですわ。
レーゲンスブルグ少年合唱団は今でも凄い水準だと思います。

maa
2020年07月19日 03:46
ponkoさま
ヤマチャンさま
自分のところでは書ききれなかったのですが、55年の映像で歌っているのは、この子ですよね。Uli君というそうです。
https://youtu.be/OEaNLSnqWco
YouTubeにソロ歌唱がたくさんありました。数日レーゲンスの古いのを追っていたので、スズメさんたちの歌声がすばらしくて感激しています。
ところでデニス君のこの動画は、プレミアメンバーしか見られないのです。でも探してみたら私も見られるデニス君のアベマリアがあり、そこで聴くことができました。❤

コロナのせいで都内に行けないので、ドイツパン屋をのぞくこともできず、初挑戦で自分でセンメルを作ってみました。YouTubeで手こねのやり方をまねしましたが、発酵中に☆型の切れ目がつながってしまい、焼きあがったらただの丸センメルになってしまいました。でも外は薄い皮がカリカリで中はもっちりで美味しい。来週はもう少し工夫してみます。笑
ponko310
2020年07月19日 05:26
maaさん
思わず、キャ~っと叫んでしまいました。
そうです、このリンクの少年です。
説明ではウリー・クラウスと書いてありましたが、本当はウルリヒ・クラウスと言うのですね。
言われた通り、この子の歌声が幾つか見つかりました。
本当に昔のウィーン少年合唱団とも思わせる歌声でウルウルです。
昔ラジオで聞いたことがあって、ペンフレンドが欲しかったのですが、希望だけで終わっていました。
私のリンクのデニスの動画は日本では簡単に見れないのかしら。
私はプレミアメンバーでは無いのに、こちらでは見れます。
この少年のCDを持っていますが、完璧なソロを歌ってくれているのですよ。
カイザーセンメルを作ってみたのですか?
凄い!
形はどんなでも、中がもっちりだったら万歳です。
普通の小麦粉で大丈夫なのかな。
努力家で研究家のmaaさんなら、ウィーンのパンを再現できそう。
私も真似してみたいな~。
ヤマチャン
2020年07月19日 16:29
ponko様
maa様
 本当にこのソリスト素晴らしいですね。WSKもそうですがこの頃の少年たちは、顔つきもきりっと引き締まってておとなびてますね。歌の表現もなんだか深みをかんじてしまいます。
 デニスは以前にponkoさんが紹介してた時に初めて聞いて、この子なら往年のWSKでも通用すると思いました。ベルリン大聖堂聖歌隊も60年ほど前は教会とは別の組織になっていて、戦前よりレベルが下がっていて、当時の指導者が奮闘していたみたいです。デニス君が在籍していた頃には、立派な聖歌隊に戻ってましたね。
それにしてもいじめられて引っ越したなんて!!宗教的なことが理由なのでしょうかね。本来平和を希求しているはずの宗教が争いの元になっているのは、困ったものです。
ponko310
2020年07月19日 18:01
ヤマチャンさん
デニスもレーゲンスやウィーンやドレスデンのように寄宿舎の学校にいたら良かったのにと思います。
辺りの環境は子供に影響を与えますからね。
1983年に来日したレネ君もつぶやいていましたが、合唱団を卒業して他の学校に通い出してからは、自分がウィーン少年合唱団員だったことを言わなかったみたいです。
私たちはデニスの住んでいた買い物センターによく行くのですが、歩きながらアイスを舐めているアラブ系の太った子供達ばかり目に付きますよ。
あまり環境の良くない地区の、大して情操教育を受けていない子供達には聖歌隊員なんて、からかうだけの対象なのかもしれません。
そもそもアラブの少年合唱団なんてあるのかしらね。

確かにあの頃の少年達はとても大人びていたと思います。
やはり厳しい規律と教育が成長させたのかもしれませんね。
動画の練習風景でも、一人一人がしっかりした歌声を持っていると思いました。
レーゲンスブルグ少年合唱団はやっぱり憧れて間違いなかったんだわ。

maa
2020年07月19日 18:09
ponkoさま
あのバスはやっぱり空色かしらと思いながら映像を見ていました。仮りにレーゲンスが日本に来たとしても、私たちはあの青いバスを見ることができないのです。(すごいミーハーだけど)
ウルリッヒ君の歌はAn die Musikをリピしています。
センメルを焼くのは準強力粉がいいそうですが、日本ではブランドもの扱いで値段が2倍ぐらいする。今回は普通の強力粉にモルトパウダーを混ぜました。ponkoさんならすぐ作れるよ。
ponko310
2020年07月19日 19:21
maaさん
お恥ずかしながら、私はモルトパウダーなるものを知りませんでした。
カイザーセンメルのレシピを見て、初めて何だこりゃ、となりました。
今度近くのお店で売っているか見て来ます。
しかし、最近、こちらでもカイザーセンメルに匹敵するようなローゼンブロートが出ています。
そっちの方が手っ取り早いね、あはは。

レーゲンスのバス、バッチリ水色でした。
maaさんがドレスデンに行った時に、市電にもドレスデンクロイツのがあったの、見なかったかな。
Yuichann
2020年07月21日 16:27
Ponko さん
足の怪我も良くなった様で良かったです。
とても心地良い歌声、88年の来日時には聴けなかったので今、聴くことができ感謝です!(載せて頂きありがとうございます😊)
生活環境、大事だと思います。自分の周りの環境を理解して行動していたレネ君賢いです。今のWSKはそのまま上の学校へ行けるので安心して勉強ができますね?wskも色々考えたのでしょうね。
ベルリンの街の様子をテレビで見ました。中心部は道路が広くて気持ち良さそう⋯。ユニクロが有るのにはビックリ!

ponko310
2020年07月21日 17:20
Yuichannさん
再度のコメントとお見舞いの言葉をありがとう。
またおしゃベリが出来て楽しいです。
実は私もベルリンの中心でユニクロを見た時は、それが日本のお店だと知って驚きました。
ちょっと高かったけれど、品質が良いので私も下着や冬物を買いましたよ。
サンフランシスコでもユニクロは見ましたっけ。
ベルリンの街は道路も広いし、緑が多いので気持ちが良いです。
今の東京に比べたら田舎かもしれませんが、いつか見物に来てみて下さいね。
そのためには早くコロナが消え去ってくれないかなぁ。

子供達の環境については、友人の方が親より大切になってくる思春期の頃から、その子の将来の人生が左右して来るのではないでしょうか。
いくら親が望んでも、子供はそれによって道を外してしまう事もあるのですよね。
親の躾は子供が8歳までにその子の基本が出来ると聞いています。
良くも悪しきも思春期や反抗期で体験した事を足場として、成人してからは自分で社会人としての道を作って行かなくてはならないのですね。
正しい方向へ進んでくれたらいいのですが。
世界中で悪の多くなっている中、言うは易しですけれど。

私の知らない俳優さんですけれど、三浦春馬さんと言う若い男声が自殺したと読みました。
誰か、彼の愚痴を受け止めてあげる友人がいなかったのかなぁ、とかわいそうに思いました。
ek
2020年07月23日 15:06
Ponko様
お邪魔して新しいPonkoさんのお話や皆さんからのコメントを読ませて頂いています。
レーゲンスブルクの歌声はレコードやCDで聞く機会は持っていますが、来日公演を聞いたのは1994年でしたでしょうか…?メンバーと文通を始めたのは70年頃でしたが、大聖堂の聖歌隊としての憧れと歌声の深いハーモニーに憧れを持って手紙を書き送っていました。そんな時「もちろん 合唱団員として皆で歌う曲は大好きですが、僕は今の世界中の若者と同じ様に様々な音楽を聞いています。ヴァイオリンも弾きますがギターを演奏しながら一人で歌うのも好きなんです」って書いてきた手紙にぜひ貴方のギター演奏を聞いてみたい!と書いたら、なんと送ってくれたテープには"ロマンス" (禁じられた遊び)が、録音されていました(笑)。団内でいろいろな問題が発生していたのかもしれませんが、彼にしてもヴォルフガングさんからにして 私には憧れの聖歌隊員としてしか感じられ 素敵なお話ばかりでした。ですから、今回のブログ記事に揚げられたお話をニュースで知った時はショックでした。そんな事は友達には尋ねる事は出来ませんでしたが…。

さて、そんなお話より、前のコメントに書かせて頂いたようにPonkoさんは名コックですね。
美味しそう!Ponkoさんを訪問なさったブロ友さん達は舌鼓を打たれたことでしょう。
近くにお住まいだったらPonkoさんのお料理教室の生徒になりたい!
ponko310
2020年07月23日 21:02
ekさん
うわぁ~、レーゲンスブルグにもペンフレンドがいたのですか?
羨ましいなぁ。
あの聖歌隊はウィーンに次いで、私の憧れだったのです。
でも、2016年までコンサートに行くことはありませんでした。
あらまぁ、レーゲンスの団員から禁じられた遊びの曲がプレゼントされたなんて言うのも、凄くキュンとします。
ekさんは本当に素敵なペンフレンドにばかり恵まれていたのですね。
少年達への性的暴行は全世界で問題になりましたが、今の寄宿舎にはそれはもう決して無いものと願っています。
こんなにメディアで騒がれたのだものね。

さて、私が名コックだなんて言うのは、全くの誤解です。
私のところに遊びに来るファン友は大抵の方がお嬢様で、お料理など滅多にしたことが無い方が多いのですよ。
包丁を持ったことが無い、と言うバイオリン弾きの方もいらっしゃいました。
レストランでは豪華なお食事をなさっているはずですが、私のところではきっと、珍妙な味付けに物珍しさを感じるだけなのかもしれません。
日本の普通の主婦の方達と比べられたら、手抜き料理ばかりで軽蔑されるかも、です。
ついでに言えば、楽しいおしゃべりをしながら無料でご飯が食べられたら、どんなものでも美味しいのだと思いますけど?
またベルリーナシュナウツェかな。

ryo
2020年07月24日 12:53
ponko様お久しぶりです。maa様のブログで、なつかしいレーゲンスブルク少年合唱団の動画を見つけ、ponkoさんのブログを訪問したら、レーゲンス祭りじゃないですか?たくさんのコメント、すべて目を通していませんが、すべて目を通していたら、またコメする機会を逸してしまうので、重複してたり過去のことがよくわかっていなかったりしたら、ごめんなさいね?
60年代、少女雑誌に、世界3大少年合唱団は、ウィーン少年合唱団、レーゲンスブルク少年合唱団、パリ木の十字架少年合唱団だと書いてありました。私は大人になるまで、そう思っていました。異を唱える方もいらっしゃると思いますが、歴史・実力・その国を代表する存在、今でもそう思っているところがあります。「菩提樹」「続菩提樹」で、ずっとウィーン少年合唱団が歌っていると思っていたら、一つはレーゲンスが歌っていたことを、後で知ることになります。
名前を知ったのは子ども時代でしたが、"Regensburger Domspatzen"という正式な名前を知ったのは、これも大人になってからでした。87年にパリ木、88年にレーゲンス、89年にウィーンと、私の中の世界3大少年合唱団が立て続けに日本にやってきました。88年、ヒンタービッヒルに行った時、レーゲンスブルクも訪れました。聖ペテルス大聖堂は修復中でしたが、そばの小さな教会でミサがありました。天井から降り注ぐ天使の声と言われていたように、反響の良い教会で、まさにそれを体感しました。ミサを終えて出てきた小雀たちは、天使とはかけ離れた派手な私服で賑やかな子たちでした。
レーゲンスはまた「オルフェウスの窓」の舞台になったところでしたので、シュタイナーネブリュッケやケプラー記念堂など、オル窓に描かれた世界が現実になるのも不思議な感覚でした。
闇の部分は、ラッツィンガー神父の弟さんがベネディクト16世で、前ローマ教皇ですよね?カトリックにおける指導の要綱をまとめるように、フランシスコ教皇から指令が出ていますね?折りしも「グレース オブ ゴッド」が公開されますね?関連の映画、アメリカが舞台でしたが、「スポットライト 世紀のスクープ」という映画は見ました。
ドナウ河畔で食べたヴルスト、レーゲンスブルガーをビールと一緒にもう一度食べたいです。
デニス君のアベマリア、聴きました。私は64年ビデオのアベマリアがベストだと思っていましたが、この子のソプラノも美しいですね?
たまに書いて、言いたいことだけ言って立ち去ります。ponkoさん、コロナと健康に気を付けてくださいね?

ponko310
2020年07月24日 19:48
ryoさん
お久しぶり、お元気ですか?
コメントを頂いて、お元気なのだと勝手に決めつけています。
そう言えば、女学生の頃、レーゲンスブルグ少年合唱団が世界の3大少年合唱団の一つだと書かれていたのを、私も思い出しました。
今思えば、少女雑誌なんていい加減な事ばかり書いていましたよね。
でも確かに、当時のこの3つの少年合唱団は世界に誇る水準があったのだと確信しています。
少女雑誌の編集者なんて、国交のなかった東ドイツのドレスデンクロイツやトマーナの事など知らなかったのかもしれないしね。
パリ木はお風呂屋さんのポスターで、顔が怖かったから興味は無かったけれど、レーゲンスブルクはラジオでも聞いて感動して、すっかり憧れたのですよ。
何しろ、私が「青きドナウ」を見た時は、クラシック音楽など関係の無い環境だったので、世界にはこんなに沢山の少年合唱団のあることなど、他の合唱団が来日し出すまで考えてもみませんでした。
日本のペンフレンド達は大抵お金持ちのお嬢様たちで、親に連れられてウィーン少のコンサートに行ったなどと読むと、もう、羨ましくて羨ましくて仕方ありませんでしたっけ。
64年などテレビでもあんなに感動したのだから、本物の舞台を見て、照明に照らし出されて輝く少年達を見たら、ekさんやシャーリングファンさん達のように、今でもポア~ンと誰かの虜になっていたかもしれないわ。

レーゲンスの「オルフェウスの窓」って、調べたら漫画なのですね。
1974年以降の日本の事は何も知らないで過ごしてきました。
そう、ラッツインガー指揮者の弟さんはローマ法王のベネディクト16世でした。
ローマ法王になると、本来死ぬまでローマ法王なのですが、ベネディクト16世は老衰で任務が出来なくなることを考慮して、辞任された方でした。
法王の辞任など数百年も前に行われたことがあったそうで、ドイツでは大ニュースになっていましたっけ。
宗教の事は良く分からないので、その他の事は良く知りませんが、レーゲンスブルガーというヴルストには興味がありますね~。
私もレーゲンスブルグに行きましたが、プッ夫クンが一緒だったので、殆ど通り越したようなものでした。
いつか私も、じっくりと街を見学して、ドナウのほとりでレーゲンスブルガーにかぶりつきたいな。

デニスの歌声はとても素敵でしょう。
初めてテレビで聞いたときは、久しぶりにドキドキしたくらいでした。
しばらくは、この子の歌うソロのCDを聞きながら眠りについていました。
あ、また聞きたくなった。

ryoさんも、コロナに気を付けて、いつか実現する旅行の為に体力を付けて下さいな。
コメントをいつでも楽しみにしています。